古今和歌集 卷第八 離別歌
0365 題知らず 【○百人一首0016。】
立別れ 因幡山の 峯に生ふる 松とし聞かば 今歸來む
題不知
送君別千里 今立因幡稻羽山 如其峰上松 若知吾人待君苦 還冀今朝歸來矣
在原行平朝臣 365
0366 題知らず
蜾蠃鳴く 秋の荻原 朝立ちて 旅行く人を 何時とか待たむ
題不知
蜾蠃蜂發鳴 飛月秋日分荻原 良人方起程 出旅遠行在今朝 待至何日纔將歸
佚名 366
0367 題知らず
限無き 雲居の餘所に 別るとも 人を心に 置くらさむやは
題不知
吾將啟遠行 羈旅無窮雲彼端 人雖隔兩地 誠心永繫在一處 留置吾情伴嬌妻
佚名 367
0368 小野千古が陸奧介に罷りける時に、母の詠める
垂乳根の 親の守りと あひ添る 心ばかりは せき勿留めそ
小野千古出任陸奧介時,其母所詠
呵護垂乳根 母雖無以伴子行 切心添同往 只望關所役人者 莫堰止兮令赴行
小野千古母 368
0369 貞辰親王家にて、藤原清生が近江介に罷りける時に、餞しける夜、詠める
今日別れ 明日はあふみと 思へども 夜や更けぬらむ 袖の露けき
於貞辰親王家,餞藤原清生出任近江介之夜所詠
今日道別離 明日淡海能相見 身處雖不遠 今憶餞夜亦將明 是淚或露霑襟濕
紀利貞 369
0370 越へ罷ける人に詠みて遣はしける
歸山 在とは聞けど 春霞 立別れなば 戀しかるべし
詠擱遣贈赴越之人
聽聞歸山在 君今赴任有朝歸 然而春霞立 今朝別離隔兩地 仍戀汝君欲相逢
紀利貞 370
0371 人の餞にて詠める
惜しむから 戀しき物を 白雲の 立ちなむ後は 何心地せむ
餞人所詠
離別誠惋惜 兩地分隔慕遠人 棚引白雲上 君旅異地羈他鄉 送別之後是何情
紀貫之 371
0372 友達の、人の國へ罷りけるに詠める
別れては 程を隔つと 思へばや かつ見ながらに 豫て戀しき
友人罷他國時所詠
離別餞宴後 分隔二地相遙距 一方悅相逢 一方今思將別離 離情依依悠然生
在原滋春 372
0373 東方へ罷りける人に詠みて遣はしける
思へども 身を仕分けねば 目に見えぬ 心を君に 偶へてぞやる
友人罷他國時所詠
一心雖思君 此身不得分二體 舉目雖不見 吾心必隨君常行 伴君成偶至天涯
伊香子淳行 373
0374 逢坂にて人を別れける時に詠める
逢坂の 關し真しき 物ならば 飽かず別るる 君を止めよ
與人相別逢坂時所詠
此關名逢坂 若其逢坂名不虛 豈當為離處 還望逢關偃別離 留駐君足令常逢
難波萬雄 374
0375 題知らず
唐衣 裁つ日は聞かじ 朝露の 置きてし行けば 消ぬべき物を
此歌は、或人、司を賜はりて、新しき妻に付きて、年經て住みける人を捨てて、唯、「明日なむ立つ。」とばかり言へりける時に、ともかうも言はで、詠みて遣はしける。
題不知
刀裁唐衣斷 出旅之日不忍聞 吾人猶朝露 汝今既置之而去 不時之間散消盡
此歌者,或人受封國司職,與新妻同往,捨經年同棲之人,僅謂:「明日啟程。」之時,手足無措,無話可言,遂詠歌贈之。
佚名 375
0376 常陸へ罷りける時に、藤原公利に詠みて遣はしける
朝な日に 見べき君とし 賴まねば 思立ちぬる 草枕也
罷往常陸時,詠歌贈以贈藤原公利
朝夕每日間 不得相見公利君 既此當立斷 即身啟程趨常陸 羈旅寢兮枕草枕
寵 376
0377 紀宗定が東へ罷りける時に、人の家に宿りて、曉出で立つとて、罷り申ししければ、女の詠みて出せりける
得ぞ知らぬ 今心見よ 命有らば 我や忘るる 人や訪はぬと
紀宗定罷東國之時,宿於人家,曉而出旅。告別之時,女子所詠出者
將來未可知 不妨今日立睹誓 若幸得長生 是吾忘汝在先乎 或汝先忘絕訪乎
佚名 377
0378 相知りて侍りける人の、東方へ罷りけるを送るとて詠める
雲居にも 通ふ心の 遅れねば 別ると人に 見ゆばかり也
送相知相親之人罷東國而詠
雖雲居彼方 吾心能通至天涯 吾所相間隙 此身雖別心不離 所別只在形影矣
清原深養父 378
0379 友の東へ罷りける時に詠める
白雲の 此方彼方に 立別れ 心を幣と 碎く旅哉
友罷東國時所詠
天際白雲上 彼此相別千萬里 送君赴他鄉 吾心掛念似幣帛 肝腸寸斷碎萬緒
良岑秀崇 379
0380 陸奧國へ罷りける人に詠みて遣はしける
白雲の 八重に重なる 彼方にても 思はむ人に 心隔つな
詠歌以贈罷陸奧國之人
白雲彼之端 八重層疊在天邊 君雖在彼方 勿忘吾人慕思君 莫隔吾心常相惜
紀貫之 380
0381 人を別れける時に詠みける
別れてふ 事は色にも 有ら無くに 心に沁みて 詫しかるらむ
與人相別時所詠
離別色為何 離別本非染色質 然其若色料 猶染衣物沁身心 促人哀愁詫鬱鬱
紀貫之 381
0382 相知れりける人の越國に罷りて、年經て京に詣きて、又歸りける時に詠める
歸山 何ぞは在りて 在る甲斐は 來ても止まらぬ 名にこそ有りけれ
相知之人罷越國,經年詣京,又歸之時所詠
巍峨歸山者 其歸山兮何以在 汝雖來京畿 不止駐足疾歸去 其名如實令人嘆
凡河內躬恒 382
0383 越國へ罷りける人に詠みて遣はしける
他所にのみ 戀ひや渡らむ 白山の 雪見るべくも あらぬ我が身は
詠歌遣贈罷越國之人
身離隔異地 所渡惟戀慕不止 彼端白山遠 吾身不得見其雪 亦不得見汝容顏
凡河內躬恒 383
0384 音羽山の陲にて人を別るとて詠める
音羽山 木高く鳴きて 郭公 君が別れを 惜しむべらなり
與人相別音羽山陲而詠
高聳音羽山 山峰高木居啼鳴 郭公不如歸 非只吾人惜別君 彼鳥亦懷慟離情
紀貫之 384
0385 藤原後蔭が唐物の使ひに、長月晦方に罷りけるに、殿上人酒賜びける遂でに詠める
諸共に 鳴きて留めよ 蛬 秋の別れは 惜しくやはあらぬ
藤原後蔭為唐物使,以長月晦日罷九州之時,殿上人受帝賜酒,而為餞宴之際遂詠
請與共鳴泣 悲啼啜泣挽人留 蟋蟀也蟋蟀 馴季親人今別去 汝豈不惜秋將離
藤原兼茂 385
0386 藤原後蔭が唐物の使ひに、長月晦方に罷りけるに、殿上人酒賜びける遂でに詠める
秋霧の 共に立ち出て 別れなば 晴れぬ思ひに 戀ひや渡らむ
藤原後蔭為唐物使,以長月晦日罷九州之時,殿上人受帝賜酒,而為餞宴之際遂詠
今朝秋霧起 汝與秋霧共啟程 相隔分二地 吾人誠心祈霧晴 以此一心渡戀情
平元規 386
0387 源實が筑紫へ湯浴みむとて罷りけるに、山崎にて別れ惜しみける所にて詠める
命だに 心に叶ふ 物ならば 何か別れの 悲しからまし
源實將罷筑紫湯浴,惜別於山崎之際所詠
不有他冀求 一心只願命長久 命得叶久者 今朝分離終能逢 何以離別悲如此
白女 387
0388 山崎より神奈備森迄、送りに人人罷りて、歸り難にして別れ惜しみけるに詠める
人やりの 道なら無くに 大方は 行き憂しと云ひて 去來歸りなむ
眾人自山崎,餞送至神奈備森,難以分捨而惜別之際所詠
此行出自願 非為他人所強行 實有所慮矣 爾等愈餞愈難行 去來歸兮莫留吾
源實 388
0389 今は之より歸りね、と實が言ひける折に詠みける
慕はれて 來にし心の 身にしあれば 歸るさまには 道も知られず
實云:「爾等今宜於此歸兮。」之際所詠
思慕情不止 一心追隨至此地 己身依此心 時雖既至當歸頃 茫然失道難分離
藤原兼茂 389
0390 藤原惟岳が武藏介に罷りける時に、送りに逢坂を越ゆとて詠みける
且越えて 別れも行くか 逢坂は 人賴め成る 名にこそありけれ
藤原惟岳赴任武藏介時,送至將越逢坂之際而詠
且越且別離 一方不捨一方離 雖山名逢坂 豈非唯是人空賴 徒具其名無作為
紀貫之 390
0391 大江千古が越へ罷りける餞に詠める
君が行く 越の白山 知らねども 雪の隨に 跡は尋ねむ
餞大江千古罷越之宴所詠
君所將赴任 越國白山之處者 吾人雖不知 然吾隨雪漫前行 沿君之後尋足跡
藤原兼輔朝臣 391
0392 人の花山に詣來て、夕去りつ方、歸りなむとしける時に詠める
夕暮の 籬は山と 見え無なむ 夜は越えじと 宿り取るべく
友人訪花山寺,夕暮將歸之時所詠
夕暮昏暗時 群山可作圍籬乎 良人將遠行 冀諭其夜莫越嶮 留駐吾宿過一宿
僧正遍照 392
0393 山に登りて、歸り詣來て、人人別れける遂でに詠める
別をば 山櫻に 任せてむ 止む止めじは 花の隨に
登山歸來,人人相別之際遂詠
將別離與否 不若一任此山櫻 人不決去向 此刻或留或不止 一隨櫻花代為定
幽仙法師 393
0394 雲林院親王舍利會に山に登りて歸りけるに、櫻花の元にて詠める
山風に 櫻吹きまき 亂れなむ 花の紛れに 立止るべく
赴雲林院親王舍利會登山歸來,佇於櫻花之下而詠
比叡山風急 吹拂櫻花散繽紛 花吹雪萬絮 落花紛道滯歸途 冀止君足留相伴
僧正遍照 394
0395 雲林院親王舍利會に山に登りて歸りけるに、櫻花の元にて詠める
如ならば 君止るべく 匂はなむ 歸すは花の 憂きにやはあらぬ
赴雲林院親王舍利會登山歸來,佇於櫻花之下而詠
果咲如此者 當為勝景止君足 花香滿四溢 若不令君忘留連 可憂其景未足勝
幽仙法師 395
0396 仁和帝、親王に坐しける時に、布留の瀧御覽じに坐して、歸賜ひけるに詠める
飽かずして 別るる淚 瀧に添ふ 水增るとや 下は見るらむ
仁和帝光孝天皇尚為親王之時,御覽布留之瀧而歸時所詠
其情未足滿 離情不捨涓墮淚 淚水添急瀧 令其水增益盛流 見川下游水更盛
兼藝法師 396
0397 雷鳴壺に召したりける日、大御酒等飲て、雨の甚く降りければ、夕去り迄侍りて罷出ける折に、盃を取りて
秋荻の 花をば雨に 濡らせども 君をば增して 惜しとこそ思へ
奉召襲芳雷鳴壺之日,受賜酣飲大御酒等,而大雨驟降,遂滯至夕時方為罷出之折,取盃
秋荻花嬌弱 為雨折騰甚可憐 濕濡令人惜 然今雨止君將離 婉惜之情更甚之
紀貫之 397
0398 と詠めりける返し
惜しむらむ 人心を 知らぬ間に 秋の時雨と 身ぞふりにける
對其所詠而返歌
惜別獨傷悲 不知汝心哀如此 不時瞬之間 一如秋日時雨降 吾身零落作老態
兼覽王 398
0399 兼覽王に始めて物語して、別れける時に詠める
別るれど 嬉くもあるか 今宵より 相見ぬ先に 何を戀まし
始與間覽王相談而別時所詠
今朝雖相別 何以心悅愉如此 自今宵以後 與汝香見逢之前 當慕何人心戀誰
凡河內躬恒 399
0400 題知らず
飽かずして 別るる袖の 白玉を 君が形見と 裹みてぞ行く
題不知
餘波無窮盡 惜別傷感淚濡袖 淚珠作白玉 以為吾君之形見 裹兮藏諸伴後生
佚名 400
0401 題知らず
限無く 思ふ淚に 濡ちぬる 袖は乾かじ 逢む日迄に
題不知
思君情無止 涓然淚夏沾襟濕 濡袖未嘗乾 思慕之情化墮淚 直至相逢日到臨
佚名 401
0402 題知らず
搔暮らし 如は降らなむ 春雨に 濡衣著せて 君を留めむ
題不知
搔暮天昏闇 願自天降零如此 春雨使天闇 濡君著衣滯路險 留駐君足不令行
佚名 402
0403 題知らず
強ひて行く 人を留めむ 櫻花 何れを道と 惑ふ迄散れ
題不知
君今欲歸去 吾人惜別不令還 妍哉也櫻花 請散繽紛埋道路 直至戶惑失歸途
佚名 403
0404 志賀山越えにて、石井の許にて物言ひける人の別れける折に詠める
結手の 雫に濁る 山井の 閼伽でも人に 別れぬる哉
越志賀山,相別交言石井許者之際所詠
結手掬清泉 雫落水間濁山泉 山井佛前水 還憂閼伽水少淺 未得滿足需別離
紀貫之 404
0405 道に逢へりける人の車に物を言付きて、別れける所にて詠める
下帶の 道は方方 別るとも 行回りても 逢はむとぞ思ふ
於途中相遇者之車上相談,別離之際所詠
道猶下帶者 雖各歧徒往他方 猶自帶端行 初雖相別兩道首 終將行迴再相逢
紀友則 405
古今和歌集 卷八 離別歌 終