古今和歌集 卷第六 冬歌
0314 題知らず
龍田河 錦織掛く 神無月 時雨の雨を 縱橫にして
題不知
浩蕩龍田河 紅葉漂蕩猶錦織 十月神無月 時雨驟下畫縱橫 編得錦絲織綾纙
佚名 314
0315 冬歌とて詠める 【○百人一首0028。】
山里は 冬ぞ寂しさ 增さりける 人目も草も かれぬと思へば
詠冬歌
獨居深山里 時值冬日倍寂寥 沒落冷清者 人目離兮草木枯 死寂情滿溢方寸
源宗于朝臣 315
0316 題知らず
大空の 月の光し 清ければ 影見し水ぞ 先凍りける
題不知
浩浩虛空間 皎月光明照天下 其光清冷冽 水映月影一晚間 以故庭水率先凍
佚名 316
0317 題知らず
夕去れば 衣手寒し 御吉野の 吉野山に 御雪降るらし
題不知
時值夕暮時 衣袖之中感天寒 冬日御吉野 吉野山上寒冽骨 御雪今方零滿山
佚名 317
0318 題知らず
今よりは 續ぎて降らなむ 我が宿の 芒押し並み 降れる白雪
題不知
冀自今而後 持續零落無所歇 飄降我宿間 押芒靡靡畫一面 飄零白雪莫稍息
佚名 318
0319 題知らず
降る雪は 且つぞ消ぬらし 足引きの 山の激つ 瀨音增さる成り
題不知
降雪不久長 片刻之兼消熔去 險峻足引山 山間激流增溶雪 瀨音此時聲更增
佚名 319
0320 題知らず
此川に 紅葉流る 奧山の 雪消の水ぞ 今增さるらし
題不知
潺潺此川間 紅葉流水順溪下 當是深山裡 零雪解冰入源游 消雪增溢漲水高
佚名 320
0321 題知らず
故里は 吉野山し 近ければ 一日も御雪 降らぬ日は無し
題不知
舊督故邑里 以其位近吉野山 因斯有所以 未嘗一日不零雪 御雪綿綿永降積
佚名 321
0322 題知らず
我が宿は 雪降りしきて 道も無し 踏分けて訪ふ 人し無ければ
題不知
吾人棲宿中 白雪零落降一面 降積埋道路 莫有踏分積零雪 清居寂寥無人問
佚名 322
0323 冬歌とて詠める
雪降れば 冬籠りせる 草も木も 春に知られぬ 花ぞ咲きける
詠冬歌
雪降銀一面 世界籠冬渡嚴寒 或草抑或木 白雪點積猶似華 非春白花咲容顏
紀貫之 323
0324 志賀山越えにて詠める
白雪の 所も判かず 降りしけば 岩頭にも咲く 花とこそ見れ
越志賀山而詠
白雪降茫茫 處所不分積一面 零雪如此者 今見雪花積岩首 勿作巖上開素華
紀秋岑 324
0325 奈良京に罷れりける時に、宿れりける所にて詠める
御吉野の 山の白雪 積もるらし 故里寒く 成り增さる也
罷奈良京時,于宿所所詠
大和御吉野 今夜山間蓋零雪 白雪降積歟 奈良故里添寒氣 凜冽更增冬更嚴
坂上是則 325
0326 寬平御時后宮の歌合の歌
浦近く 降來る雪は 白浪の 末の松山 越すかとぞ見る
寬平御時后宮歌合時歌
自沖就近浦 降來之雪似白波 此浪非凡浪 見其將越沒松山 白雪之浪浩蕩蕩
藤原興風 326
0327 寬平御時后宮の歌合の歌
御吉野の 山の白雪 踏分けて 入りにし人の 音連れもせぬ
寬平御時后宮歌合時歌
遙遙御吉野 踏分白雪入山間 遠去求佛者 非唯不見其人姿 音訊杏然今何如
壬生忠岑 327
0328 寬平御時后宮の歌合の歌
白雪の 降りて積もれる 山里は 住む人さへや 思ひ消ゆらむ
寬平御時后宮歌合時歌
皓皓白雪零 降積遮路閉山里 消徑亦消情 居人思念為雪消 吾人暮此亦心怯
壬生忠岑 328
0329 雪の降れるを見て詠める
雪降りて 人も通はぬ 道是れや 跡はかも無く 思ひ消ゆらむ
見雪降而詠
大雪降一面 遮路不通無人過 道是人如是 徑路足跡無所見 居人思念亦虛儚
凡河內躬恒 329
0330 雪の降りけるを詠みける
冬ながら 空より花の 散來るは 雲の彼方は 春にやあるらむ
詠雪降
時值嚴冬寒 花自空中散零落 今見雪花散 可是雲端彼方處 時值春日花滿開
清原深養父 330
0331 雪の木に降掛れりけるを詠める
冬籠り 思掛ぬを 木間より 花と見る迄 雪ぞ降りける
詠零雪懸木上
萬物籠寒冬 一片靜寂無生意 不意木之間 雪花零落積點點 險誤將雪看作華
紀貫之 331
0332 大和國に罷れりける時に、雪の降りけるを見て詠める 【○百人一首0031。】
朝ぼらけ 有明月と 見る迄に 吉野里に 降れる白雪
罷大和國時,見雪零而詠
朝辰仄將明 薄明之際月掛天 雪降吉野里 還誤有明月曜地 方圓一望盡白皙
坂上是則 332
0333 題知らず
消ぬが上に 又も降りしけ 春霞 立ちなばみ雪 稀にこそ見め
題不知
冀雪默消融 未解之間復降積 一旦春霞立 皓雪美景難復見 豈不惜冬珍此景
佚名 333
0334 題知らず
梅花 それとも見えず 久方の 天霧る雪の 並べて降れれば
此歌は、或人曰く:「柿本人麿ヶ歌也。」
題不知
孰為白梅花 皓皓一片不可辨 雪降久方天 似霧瀰漫一面白 零落紛紛雪織梅
佚名 334
0335 梅花に雪の降れるを詠める
花色は 雪に混りて 見えずとも 香をだに匂へ 人の知るべく
詠雪降梅花上
梅花色白皙 混淆皓雪色茫間 雖云不得見 汝務撲鼻放梅香 令人知悉花所在
小野篁朝臣 335
0336 雪中の梅花を詠める
梅香の 降置ける雪に 紛ひせば 誰か悉 分きて折らまし
詠雪中梅
梅花綻芬芳 若與降積雪混匂 氣味紛難辨 孰人能為分雪梅 手折梅枝採白花
紀貫之 336
0337 雪の降りけるを見て詠める
雪降れば 木每に花ぞ 咲きにける 何れを梅と 分きて折らまし
見雪降而詠
雪降積樹稍 顆顆似有白花咲 木每花與梅 孰是雪花何是梅 如何能辨攀梅枝
紀友則 337
0338 物へ罷りける人を待ちて、師走の晦に詠める
我が待たぬ 年は來ぬれど 冬草の かれにし人は 音連れもせず
苦待杏然未歸人,於師走晦日所詠
吾不待新年 新年不請仍自來 猷若冬日草 草枯人離雖苦盼 所待音訊全杏然
凡河內躬恒 338
0339 年の果に詠める
新まの 年の終りに 成る每に 雪も我が身も ふり增りつつ
歲末所詠
歲末年將新 每至年終歲末時 雪降增積雪 吾身之齡亦增老 或雪或歲徒一添
在原元方 339
0340 寬平御時后宮の歌合の歌
雪降りて 年の暮ぬる 時にこそ 遂に紅葉ぬ 松も見えけれ
寬平御時后宮歌合時歌
雪降漫蒼天 凜冽年終歲暮時 歲寒然後知 松柏後凋葉不紅 堅毅不移長青青
佚名 340
0341 年の果に詠める
昨日と云ひ 今日と暮らして 飛鳥川 流れて速き 月日なりけり
年終所詠
昨日何為者 今日暮兮明何如 飛鳥明日川 其疾流不捨晝夜 川水馳兮流月日
春道列樹 341
0342 歌奉れ、と仰せられし時に、詠みて奉る
行く年の 惜しくも有る哉 真澄鏡 見る影さへに くれぬと思へば
仰詔:「獻歌。」之時,詠而奉呈
行年歲將暮 嘆息哀嘆每不堪 今思真澄鏡 所映吾影形衰老 年暮色暗徒傷悲
紀貫之 342
古今和歌集 卷六 冬歌 終