古今和歌集 卷第五 秋歌 下
0249 是貞親王家歌合の歌 【○百人一首0022。】
吹くからに 秋の草木の 乾るれば 宜山風を 嵐と云ふらむ
是貞親王家歌合歌
風吹野邊者 秋日草木為所折 搖曳狀荒亂 殘摧傾倒甚將枯 是以山風謂之嵐
文屋康秀 249
0250 是貞親王家歌合の歌
草も木も 色變れども 棉津海の 浪花にぞ 秋無かりける
是貞親王家歌合歌
無論草或木 夏日綠意今褪色 然眺大海者 浪花不改竄白沫 猶似秋意不訪浪
文屋康秀 250
0251 秋の歌合しける時に詠める
紅葉せぬ 常磐山は 吹く風の 音にや秋を 聞渡るらむ
秋日歌合時所詠
常綠不褪紅 年中長青常磐山 傾聽其吹風 颼音之間帶秋意 令人聞風能知秋
紀淑望 251
0252 題知らず
霧立ちて 雁ぞ鳴くなる 片岡の 朝原は 紅葉しぬらむ
題不知
霧起漫空中 飛雁鳴兮迷霧間 雁鳴透秋意 片岡朝原山野中 百木今化紅葉歟
佚名 252
0253 題知らず
神無月 時雨も未だ 降ら無くに かねて移ろふ 神奈備社
題不知
神無十月間 時雨未降乏甘霖 時節入初冬 神奈備社鎮座者 彼森今亦葉褪紅
佚名 253
0254 題知らず
千早振る 神奈備山の 紅葉に 思ひは掛けじ 移ろふ物を
題不知
千早振稜威 神奈備山紅葉者 嬌柔美姿容 絢麗之物褪色快 不意之間且移心
佚名 254
0255 貞觀御時、綾綺殿前に梅木在りけり、西方に指せりける枝の紅葉始めたりけるを、殿上に侍ふ殿上人の詠みける遂でに詠める
同じ枝を 分きて木葉の 移ろふは 西こそ秋の 始めなりけれ
清和帝貞觀御時,綾綺殿前有梅木,見其西面之枝始泛紅葉,侍殿上之殿上人等詠歌之時,遂詠之
枝本出同根 木葉二分別東西 褪色轉紅者 西面始為沁秋意 果然秋自西方來
藤原勝臣 255
0256 石山に詣ける時、音羽山の紅葉を見て詠める
秋風の 吹きにし日より 音羽山 峰の梢も 色付きにけり
詣石山時,見音羽山紅葉而詠
蕭蕭也秋風 自西風始拂日起 音羽山之上 風音不絕聲颯颯 峰上梢枝葉已紅
紀貫之 256
0257 是貞親王家の歌合に詠める
白露の 色は一つを 如何にして 秋の木葉を 千千に染むらむ
是貞親王家歌所詠
秋日山野間 白露素色唯一有 僅此一色者 如何能於秋日間 染木葉作千萬色
藤原敏行朝臣 257
0258 是貞親王家の歌合に詠める
秋夜の 露をば露と 置きながら 雁の淚や 野邊を染むらむ
是貞親王家歌所詠
寂寥秋夜中 白露一色仍白露 凝置草木上 唯空秋雁墮赤淚 染遍野邊作秋紅
壬生忠岑 258
0259 題知らず
秋露 色色每に 置けばこそ 山の木葉の 千種なるらめ
題不知
晨曦下秋露 彼受曙光色每變 七色輝耀故 山間木葉為所染 纔為化成千萬色
佚名 259
0260 守山の陲にて詠める
白露も 時雨も甚く 守山は 下葉殘らず 色付きにけり
於守山陲所詠
守山名漏山 無論白露或時雨 皆漏不止降 是以下葉無所殘 盡作紅葉山色褪
紀貫之 260
0261 秋歌とて詠める
雨降れど 露も漏らじを 笠取の 山は如何でか 紅葉染めけむ
詠秋歌
雨雖降笠取 時雨每降無所漏 既不若漏山 何以笠取山草木 盡染紅葉褪色歟
在原元方 261
0262 神社の邊りを罷りける時に、齋垣中の紅葉を見て詠める
千早振る 神の齋垣に 這ふ葛も 秋には勘へず 移ろひにけり
罷神社之邊時,見齋垣中紅葉而詠
千早振稜威 神社淨齋玉垣中 漫地生葛者 雖受神威保長青 仍難堪秋色褪移
紀貫之 262
0263 是貞親王家これさだのみこのいへの歌合うたあはせに詠よめる
雨降あめふれば 笠取山かさとりやまの 紅葉もみぢばは 行交ゆきかふ人ひとの 袖そでさへぞ照てる
是貞親王家歌所詠
雨降則取笠 笠取山間紅葉者 其麗耀光華 紅葉照山美不勝 亦照往來行人袖
壬生忠岑 263
0264 寬平御時后宮くわんぴやうのおほんとききさいのみやの歌合うたあわせの歌うた
散ちらねども 兼かねてぞ惜をしき 紅葉もみぢばは 今いまは限かぎりの 色いろと見みつれば
寬平御時后宮歌合時歌
此葉雖未散 未散之前已令惜 何以為之乎 妍美紅葉可翫者 只限今時尚可觀
佚名 264
0265 大和國やまとのくにに罷まかりける時とき、佐保山さほやまに霧きりの立たてりけるを見みて詠よめる
誰たが為ための 錦是にしきなればか 秋霧あきぎりの 佐保さほの山邊やまべを 立隱たちかくすらむ
罷大和國時,見佐保山起霧而詠
此錦是為誰 佐保紅葉妍似錦 秋霧今湧立 瀰漫佐保山邊間 立隱紅葉不令觀
紀友則 265
0266 是貞親王家歌合これさだのみこのいへのうたあはせの歌うた
秋霧あきぎりは 今朝けさは勿立なたちそ 佐保山さほやまの 楢ははその紅葉もみぢ 他所よそにても見みむ
是貞親王家歌合歌
龍田秋霧矣 望汝今日勿湧立 佐保山之上 楢木紅葉添色彩 欲令他所亦得觀
佚名 266
0267 秋歌あきのうたとて詠よめる
佐保山さほやまの 楢ははその色いろは 薄うすけれど 秋あきは深ふかくも 成なりにける哉かな
詠秋歌
佐保山之上 柞楢木葉色稍退 其色呈薄黃 葉雖不紅秋更濃 秋意已深增色哉
坂上是則 267
0268 人ひとの前栽せんざいに菊きくに結付むすびつけて植うゑける歌うた
植うゑし植うゑば 秋無あきなき時ときや 咲さかざらむ 花はなこそ散ちらめ 根ねさへ枯かれめや
結付他人前庭栽菊上贈歌
摯心植花時 非至秋日將咲哉 如爾心誠者 花雖將散根不枯 他日總會再咲華
在原業平朝臣 268
0269 寬平御時くわんぴやうのおほんとき、菊花きくのはなを詠よませ賜たまうける
久方ひさかたの 雲上くものうへにて 見みる菊きくは 天星あまつほしとぞ 誤あやまたれける
此歌このうたは、未まだ殿上許てんじやうゆるされざりける時ときに召上めしあげられて仕奉つかうまつれるとなむ
宇多帝寬平御時,奉詔詠菊花
久方天雲上 先籍內裏宮殿間 所見秋菊者 其美炫目令人迷 誤作御空天上星
藤原敏行朝臣 269
0270 是貞親王家歌合これさだのみこのいへのうたあはせの歌うた
露つゆながら 折をりて髻かざさむ 菊花きくのはな 老おい為せぬ秋あきの 久ひさしかるべく
是貞親王家歌合歌
玉露在花上 折枝髻髮留年華 長壽秋菊花 還不老長秋者 源遠流長勿轉俄
紀友則 270
0271 寬平御時后宮くわんぴやうのおほんとききさいのみやの歌合うたあわせの歌うた
植うゑし時とき 花待はなまち遠どほに 有ありし菊きく 移うつろふ秋あきに 遭あはむとや見みし
寬平御時后宮歌合時歌
手植親哉時 一心盼望花早咲 妍哉秋菊者 孰知未幾時逢秋 其花已開將移落
大江千里 271
0272 同おなじ御時おほんときせられける菊合きくあはせに、洲濱すはまを作つくりて、菊花植きくのはなうゑたりけるに添くはへたりける歌うた。吹上ふきあげの濱はまの形かたに菊植きくうゑたりけるに詠よめる
秋風あきかぜの 吹上ふきあげに立たてる 白菊しらきくは 花はなか有あらぬか 浪なみの寄よするか
同寬平御時菊合會,作洲濱之形而植菊花時所添之歌。植菊吹上濱形所詠
不負其濱名 吹上濱形秋風拂 濱形上白菊 是實花耶或否耶 抑或湧至濤白浪
菅原道真朝臣 272
0273 仙宮せんきゆうに菊きくを分わけて人ひとの至いたれる形かたを詠よめる
濡ぬれて乾ほす 山路やまぢの菊きくの 露つゆの間まに 何時いつか千年ちとせを 我われは經へにけむ
詠仙宮間,人分菊花而行之形
衣濡而乾兮 山路菊上玉露染 露消頃刻間 不知合時令吾人 步越千年入仙境
素性法師 273
0274 菊花きくのはなの元もとにて人ひとの人待ひとまてる形かたを詠よめる
花見はなみつつ 人待ひとまつ時ときは 白妙しろたへの 袖そでかとのみぞ 誤あやたれける
詠人居菊花邊待君之形
翫花眺千草 久待思人到來時 白妙秋菊者 隨風搖曳飄盪漾 誤作思人揮袖招
紀友則 274
0275 大澤おほさはの池いけの形かたに菊植きくうゑたるを詠よめる
一本ひともとと 思おもひし菊きくを 大澤おほさはの 池底いけのそこにも 誰たれか植うゑけむ
詠植菊大澤池形間
思菊僅一株 未料大澤池之底 又見一株在 池底倒映菊影者 蓋是孰人所植乎
紀友則 275
0276 世中よのなかの儚はかなき事ことを思おもひける折をりに、菊花きくのはなを見みて詠よみける
秋菊あきのきく 匂にほふ限かぎりは 髻首かざしてむ 花はなより先さきと 知しらぬ我わが身みを
思世事無常若夢時,見菊花而詠
秋菊綻芬芳 未散之際折其枝 髻首祈長壽 誰知身命何時終 或花未謝已逝乎
紀貫之 276
0277 白菊花しらぎくのはなを詠よめる 【○百人一首0029。】
心當こころあてに 折をらばや折をらむ 初霜はつしもの 置おき惑まどはせる 白菊花しらぎくのはな
思世事無常若夢時,見菊花而詠
心量計其辰 何時當折菊花枝 孰知初霜降 一面置皓惑吾人 白菊花兮可怜矣
凡河內躬恒 277
0278 是貞親王家歌合これさだのみこのいへのうたあはせの歌うた
色變いろかはる 秋菊あきのきくをば 一年ひととせに 再ふたたび匂にほふ 花はなとこそ見みれ
是貞親王家歌合歌
菊花雖色褪 當思秋菊咲妍姿 年每年之間 二度再開咲且咲 莫思其謝沉鬱情
佚名 278
0279 仁和寺にんなじに菊花召きくのはなめしける時ときに、「歌添うたそへて奉たてまつれ。」と仰おほせられければ、詠よみて奉たてまつりける
秋あきを置おきて 時ときこそ有ありけれ 菊花きくのはな 移うつろふからに 色いろの增まされば
法皇於仁和寺召覽菊花時,仰詔曰:「添歌奉之。」遂詠以奉
無論花盛秋 豈無花再盛之時 妍哉秋菊花 或開或咲或移落 總為自然添新色
平貞文 279
0280 人ひとの家いへなりける菊花きくのはなを移植うつしうゑたりけるを詠よめる
咲さき染そめし 屋戶やどし變かはれば 菊花きくのはな 色いろさへにこそ 移うつろひにけれ
移植人家所植菊花所詠
花咲他人宿 移植屋戶易其家 秋日菊花者 色隨移戶早移落 褪色花謝令人愁
紀貫之 280
0281 題知だいしらず
佐保山さほやまの 楢ははその紅葉もみぢ 散ちりぬべみ 夜よるさへ見みよと 照てらす月影つきかげ
題不知
秋日餘未幾 佐保山上楢紅葉 不時將散盡 夜間見之雖不捨 換得月影照山明
佚名 281
0282 宮仕みやづかへ久ひさしう仕奉つかうまつらで山里やまざとに籠侍こもりはべりけるに詠よめる
奧山おくやまの 岩垣紅葉いはがきもみぢ 散ちりぬべし 照日てるひの光ひかり 見みる時無ときなくて
久未仕奉宮仕而籠居山里時所詠
奧山人不至 紅葉身龍隱垣中 移落轉俄者 悄悄零落無人知 無時得見照日光
藤原關雄 282
0283 題知だいしらず
龍田河たつたがは 紅葉亂みぢみだれて 流ながるめり 渡わたらば錦にしき 中なかや絕たえなむ
此歌このうたは、或人あるひと:「奈良帝ならのみかどの御歌也おほんうたなり。」となむ申もうす。
題不知
秋日龍田川 龍田川間楓紅溢 川瀨流且急 紅葉亂漂猶若錦 唯恐強渡壞錦繡
佚名【平城天皇】 283
0284 題知だいしらず
龍田河たつたがは 紅葉流もみぢばながる 神奈備かんなびの 三室山みむろのやまに 時雨降しぐれふるらし
又または、飛鳥川あすかがは、紅葉流もみぢばながる。
題不知
秋神龍田川 川間紅葉順水流 稜威神奈備 天神降跡三室山 時雨驟降散木葉
佚名 284
0285 題知だいしらず
戀こひしくは 見みても落葉しのばむ 紅葉もみぢばを 吹ふきな散ちらしそ 山下やまおろしの風かぜ
題不知
慕人戀昔時 每見紅葉積庭中 憶發幽懷情 還冀今日落山風 勿吹亂散庭中葉
佚名 285
0286 題知だいしらず
秋風あきかぜに 堪あへず散ちりぬる 紅葉もみぢばの 行方定ゆくへさだめぬ 我われぞ悲かなしき
題不知
不堪秋風冷 紅葉俄移散零落 隨風飄餘所 紅葉行方無定所 無處託依我身悲
佚名 286
0287 題知だいしらず
秋あきは來きぬ 紅葉もみぢは屋戶やどに 降敷ふりしきぬ 道踏分みちふみわけて 訪とふ人ひとは無なし
題不知
秋來情意寂 紅葉零落散我宿 降敷埋庭中 踏分落葉作小徑 無人來訪顧吾居
佚名 287
0288 題知だいしらず
踏分ふみわけて 更さらにや訪とはむ 紅葉もみぢばの 降隱ふりかくしてし 道みちと見みながら
題不知
踏分作小徑 撥冗訪友可否乎 今見紅葉者 飄降埋隱山中道 似不欲人來訪哉
佚名 288
0289 題知だいしらず
秋月あきのつき 山邊爽やまべさやかに 照てらせるは 落おつる紅葉もみぢの 數かずを見みよとか
題不知
舉頭望秋月 月光清爽照山邊 照耀如此者 可是冀人觀地上 數得秋葉落地數
佚名 289
0290 題知だいしらず
吹ふく風かぜの 色いろの千種ちくさに 見みえつるは 秋あきの木葉このはの 散ちればなりけり
題不知
今見吹風者 其色千種眩繽紛 所見如此者 秋日木葉褪百色 為風拂落舞空飄
佚名 290
0291 題知だいしらず
霜しもの縱たて 露つゆの貫ぬきこそ 弱よわからし 山錦やまのにしきの 織おれば且かつ散ちる
題不知
秋霜畫縱絲 玉露貫橫成經緯 紅葉絲嬌弱 山錦雖美不久長 且織且散盡飄落
藤原關雄 291
0292 雲林院うりむゐんの木蔭このかげに佇たたずみて詠よみける
詫わび人ひとの 分わきて立寄たちよる 木この本もとは 賴たのむ蔭無かげなく 紅葉散もみぢちりけり
佇于雲林院木蔭下而詠
無用離世人 困於時雨避樹蔭葉 所佇身木下 無可賴蔭遮風雨 紅葉穉兮正零落
僧正遍照 292
0293 二條后にでうのきさきの春宮御息所とうぐうのみやすどころと申もうしける時ときに、御屏風みびやうぶに龍田河たつたがはに紅葉流もみぢながれたる形かたを描かけりけるを題だいにて詠よめる
紅葉もみぢばの 流ながれて留とまる 水門みなとには 紅深くれなゐふかき 波なみや立たつらむ
二條后尚為春宮御息所時,御屏風繪龍田河中紅葉漂流之形,以之為題而詠
紅葉兮流水 飄著留滯水門處 心思此湊間 浪為紅葉染朱紅 波濤一片赤浪乎
素性法師 293
0294 二條后にでうのきさきの春宮御息所とうぐうのみやすどころと申もうしける時ときに、御屏風みびやうぶに龍田河たつたがはに紅葉流もみぢながれたる形かたを描かけりけるを題だいにて詠よめる 【○百人一首0017。】
千早振ちはやぶる 神世かみよも聞きかず 龍田河たつたがは 韓紅からくれなゐに 水絞みづくくるとは
二條后尚為春宮御息所時,御屏風繪龍田河中紅葉漂流之形,以之為題而詠
縱在千早振 稜威神代未有聞 秋日龍田河 紅葉織水染韓紅 奇景絢麗勝古今
在原業平朝臣 294
0295 是貞親王家歌合これさだのみこのいへのうたあはせの歌うた
我わが來きつる 方かたも知しられず 暗部山くらぶやま 木木ききの木葉このはの 散ちると紛まがふに
是貞親王家歌合歌
吾從何處來 吾人亦不知行方 鞍馬暗部山 林間木葉散紛亂 沉闇緒亂不知方
藤原敏行朝臣 295
0296 是貞親王家歌合これさだのみこのいへのうたあはせの歌うた
神奈備かんなびの 三室山みむろのやまを 秋行あきゆけば 錦裁著にしきたちきる 心地ここちこそすれ
是貞親王家歌合歌
稜威神奈備 神祇坐兮三室山 時至秋日者 紅葉零落猶似錦 如為吾人著華裳
壬生忠岑 296
0297 北山きたやまに紅葉折もみぢをらむとて罷まかれりける時ときに詠よめる
見みる人ひとも 無なくて散ちりぬる 奧山おくやまの 紅葉もみぢは夜よるの 錦成にしきなりけり
罷北山狩紅葉時所詠
飄散無人見 自然零落莫人知 邃邃深山裏 紅葉雖美不出世 孤芳自賞成夜錦
紀貫之 297
0298 秋歌あきのうた
龍田姬たつたひめ 手向たむくる神かみの あればこそ 秋あきの木葉このはの 幣ぬさと散ちるらめ
秋歌
秋神龍田姬 汝既手向供物神 守護歸途者 今以秋日木葉零 紅葉散落作奉幣
兼覽王 298
0299 小野をのと云いふ所ところに住侍すみはべりける時とき、紅葉もみぢを見みて詠よめる
秋山あきのやま 紅葉もみぢを幣さぬと 手向たむくれば 住すむ我われさへぞ 旅心地たびここちする
住侍小野之地時,見紅葉而詠
秋日山紅葉 是為奉神御幣帛 如此思之者 住侍小野吾人矣 油然亦生羈旅情
紀貫之 299
0300 神奈備かむなびの山やまを過すぎて龍田河たつたがはを渡わたりける時ときに、紅葉もみぢの流ながれけるを詠よめる
神奈備かむなびの 山やまを過すぎ行ゆく 秋為あきなれば 龍田河たつたがはにぞ 幣ぬさは手向たむくる
過神奈備山而渡龍田河時,詠紅葉流水
稜威神奈備 秋神越己所坐山 秋日至山傍 龍田河中紅葉流 好似奉幣祝祭神
清原深養父 300
0301 寬平御時后宮くわんぴやうのおほんとききさいのみやの歌合うたあわせの歌うた
白波しらなみに 秋あきの木葉このはの 浮うかべるを 海人あまの流ながせる 舟ふねかとぞ見みる
寬平御時后宮歌合時歌
淘淘白浪間 秋日木葉浮水上 今見其漂游 有若海上漁夫船 漂蕩波間一扁舟
藤原興風 301
0302 龍田河たつたがはの畔ほとりにて詠よめる
紅葉もみぢばの 流ながれざりせば 龍田河たつたがは 水みづの秋あきをば 誰たれか知しらまし
於龍田河畔所詠
紅葉兮零落 順水而流告秋音 浩浩龍田川 若無一葉漂水上 孰人得徵能知秋
坂上是則 302
0303 志賀山越しがのやまごえにて詠よめる 【○百人一首0032。】
山川やまがはに 風かぜの架かけたる 柵しがらみは 流ながれも飽あへぬ 紅葉もみぢなりけり
越志賀山而詠
山間細清川 秋風架柵阻其流 細觀其柵者 留滯難移不得流 紅葉積水為溪柵
春道列樹 303
0304 池畔いけのほとりにて紅葉もみぢの散ちるを詠よめる
風吹かぜふけば 落おつる紅葉もみぢば 水淨みづきよみ 散ちらぬ影かげさへ 底そこに見みえつつ
詠池畔紅葉零落
風吹拂樹梢 紅葉落水彩池上 水清且澄淨 映照枝上未落葉 見在湖底成勝景
凡河內躬恒 304
0305 亭子院ていじのゐんの御屏風をびやうぶの繪ゑに、川渡かはわたらむとする人ひとの、紅葉もみぢの散ちる木きの本もとに、馬むまを控ひかへ立てるを詠よませ賜たまひければ、遣奉つかうまつりける
立止たちとまり 見みてを渡わたらむ 紅葉もみぢばは 雨あめと降ふるとも 水みづは增まさらじ
亭子院御屏風繪中,旅人欲渡川河,於紅葉樹下,羈馬而立。上皇詔以彼為題而詠。遂奏上之
駐足停留歇 眺紅葉兮渡川河 所零是紅葉 雖降如雨水不增 飄零無礙渡川河
凡河內躬恒 305
0306 是貞親王家歌合これさだのみこのいへのうたあはせの歌うた
山田守やまだもる 秋あきの假庵かりいほに 置おく露つゆは 稻負鳥いなおほせどりの 淚なみだなりけり
是貞親王家歌合歌
郊居守山田 秋日田邊假庵上 置降玉露者 此是稻負鳥啜淚 泣嘆稻穗不得食
壬生忠岑 306
0307 題知だいしらず
穗ほにも出いでぬ 山田やまだを守もると 藤衣ふぢころも 稻葉いなばの露つゆに 濡ぬれぬ日ひは無なし
題不知
稻穗實未結 郊居顧守山田者 吾人藤布衣 無日不為稻葉上 冷冽玉露所漬濡
佚名 307
0308 題知だいしらず
刈かれる田たに 生おふる穭ひつちの 穗ほに出いでぬは 世よを今更いまさらに 秋果あきはてぬとか
題不知
收成刈後田 自生穭稻不自生 其因所為何 蓋是今更已厭世 抑或秋日既終乎
佚名 308
0309 北山きたやまに僧正遍昭そうじやうへんぜうと、茸苅たけかりに罷まがれりけるに詠よめる
紅葉もみぢばは 袖そでに扱入こきいれて 持もて出いでなむ 秋あきは限かぎりと 見みむ人ひとの為ため
與僧正遍昭罷北山採茸之時所詠
行至深山間 扱取紅葉入袖中 持之歸都里 里人以為秋既終 令見使知餘波存
素性法師 309
0310 寬平御時くわんびやうのおほんとき、「古歌奉ふるきうたたてまつれ。」と仰おほせられければ、「龍田河紅葉流たつたがはもみぢばながる」と云いふ歌うたを書かきて、其その同おなじ心こころを詠よめりける
深山みやまより 落來おちくる水みづの 色見いろみてぞ 秋あきは限かぎりと 思おもひしりぬる
宇多帝寬平御時,詔曰:「奉古歌。」書「秋神龍田川,川間紅葉順水流」之歌,取同意趣而詠
深山水潺潺 落來溪水盡楓紅 其色雖艷美 卻憶秋日今將盡 不覺歔欷嘆時移
藤原興風 310
0311 秋あきの果はつる心こころを龍田河たつたがはに思遣おもひやりて詠よめる
年每としごとに 紅葉流もみぢばながす 龍田河たつたがは 湊みなとや秋あきの 泊とまりなるらむ
取秋日將終之趣,思遣龍田河之景所詠
年年復年年 紅葉流水告秋意 浩蕩龍田河 其湊非唯滯紅葉 更泊秋日在其間
紀貫之 311
0312 長月ながづきの晦日つごもりのひ、大堰おほゐにて詠よめる
夕月夜ゆふづくよ 小倉山をぐらのやまに 鳴鹿なくしかの 聲こゑの內うちに哉や 秋あきは來くるらむ
長月九月晦日,於大堰所詠
令思夕月夜 小暗山兮小倉山 山間鳴鹿寂 寥寞悲鳴道別離 時節易改秋將暮
紀貫之 312
0313 同おなじ晦日つごもりのひ、詠よめる
道知みちしらば 尋たづねも行ゆかむ 紅葉もみぢばを 幣ぬさと手向たむけて 秋あきは去いにけり
同晦日所詠
若知秋行道 吾將尋跡追其後 秋日落紅葉 以為供神御幣帛 灑落道中去他鄉
凡河內躬恒 313
古今和歌集 卷五 秋歌下 終