金葉和歌集三奏本 卷第七 戀六十七首
0362 五月五日、始めたる女許に遣はしける 【○二度本0350。】
知らざりつ 袖のみ濡れて 菖蒲草 斯る戀路に 生ひむ物とは
小一條院 敦明親王
0363 天德四年內裏歌合に詠める
君戀ふる 心は空に 天原 甲斐無くて行く 月日也けり
中務
0364 女許に遣はしける 【○二度本0351。】
篠薄 上葉に巢搔く 小蟹の 如何樣に為ば 人靡きなむ
大江公資朝臣
0365 曉戀を詠める 【○二度本0352。】
然りともと 思限は 忍ばれて 鳥と共にぞ 音は泣かれける
神祇伯 源顯仲
0366 顯季卿家にて、寄七夕戀の心を詠める 【○二度本0363。】
七夕は 復來む秋も 賴むらむ 逢夜も知らぬ 身を如何に為む
少將藤原公教母
0367 七月七日、人に代りて女許へ遣はしける 【○詞花集0178。】
七夕に 今朝引絲の 露を重み 撓む氣色を 見でや止みなむ
大納言 藤原道綱
0368 女許に遣はしける 【○詞花集0223。】
嬉しきは 如何許かは 思ふらむ 憂は身に沁む 物にぞ在ける
藤原道信朝臣
0369 由緣無く侍ける女許へ遣はしける 【○二度本0353。】
玆に及く 思は無きを 草枕 旅に返すは 稻莚とや
春宮大夫 藤原公實
0370 國信卿家歌合に、夜戀と云ふ事を詠める 【○二度本0387。】
世とともに 玉散る床の 菅枕 見せばや人に 夜景色を
源俊賴朝臣
0371 顯季卿家にて、人人に戀歌詠ませ侍けるに 【○二度本0354。】
逢ふと見て 現效は 無けれども 儚夢ぞ 命也ける
藤原顯輔朝臣
0372 女許遣はしける 【○二度本0355。】
逢迄は 思も寄らず 夏引の 愛ほしとだに 言ふと聞かばや
源雅光
0373 從二位藤原親子家草紙合に 【○二度本0357。】
思遣れ 須磨浦迴て 寢たる夜の 片敷く袖に 掛かる淚を
大宰大貳 藤原長實
0374 【○承前。於從二位藤原親子家草紙合,詠戀心。○二度本0356。】
今は唯 寢られぬ寐をぞ 友とする 戀しき人の 緣と思へば
宣源法師
0375 人を恨みて詠める 【○詞花集0270。】
夕暮は 待たれし物を 今は唯 行くらむ方を 思ひこそ遣れ
相模
0376 題知らず 【○二度本0359。】
戀す云ふ 名をだに流せ 淚河 由緣無き人も 聞きや渡ると
佚名
0377 【○承前。無題。○二度本0360。】
何為むに 思掛けけむ 唐衣 戀しき事は 操為らぬに
佚名
0378 初めたる人許に遣はしける
如何でかは 思有りとは 知らすべき 室八島の 煙為らでは
藤原實方朝臣
0379 或宮腹に侍ける人の、宮を出て、怪しの小家にて物申て、二日許有て遣はしける 【○二度本0362。】
思出や 在し其夜の 吳竹は 淺ましかりし 伏所哉
春宮大夫 藤原公實
0380 題不知 【○二度本0366。】
白雲の 掛かる山路を 踏見てぞ 甚心は 空に成りける
權中納言 藤原顯隆
0381 寄水鳥戀と言ふ事を 【○二度本0364。】
水鳥の 羽風に騒ぐ 細浪の 竒しき迄も 濡るる袖哉
源師俊朝臣
0382 中納言俊忠卿家にて、賴めて逢はぬ戀心を詠める 【○二度本0367。】
逢見むと 賴むればこそ 吳織 竒や如何 立歸るべき
源顯國朝臣
0383 天德四年內裏歌合に詠める 【○後拾遺0656。】
人知れず 逢ふを待間に 戀死なば 何に代つる 命とか言はむ
平兼盛
0384 忍戀之心を詠める 【○二度本0368。】
谷川の 上は木葉に 埋もれて 下に流ると 君見るらめや
中納言 藤原實行
0385 月前戀と言へる事を詠める 【○二度本0369。】
眺むれば 戀しき人の 戀しきに 曇らば曇れ 秋夜月
藤原基光
0386 題不知 【○二度本0370。】
辛しとも 愚なるにぞ 言はれける 如何に恨むと 人に知られむ
佚名
0387 物申ける人の、前前中宮に參りにければ、名殘を戀ひて月明かりける夜、言遣はしける 【○二度本0371。】
面影は 數為らぬ身に 戀られて 雲居月を 誰と見るらむ
藤原知房朝臣
0388 交野に侍ける女許に道貞朝臣通ひけるを、絕えて後飼ける馬離れて交野に罷りたりければ、返し遣はすとて
逢事の 今は交野に 食駒は 忘草にぞ 懷かざりける
交野女
0389 女に物申て又日、移香のしければ、遣はしける 【○後拾遺0656。】
吾妹子が 袖振懸けし 移香の 今朝は身に沁む 物をこそ思へ
源兼澄
0390 文許遣せて言絕えにける人許に言遣はしける 【○二度本0373。】
踏初めて 思歸りし 紅の 筆遊みを 如何で見せけむ
內大臣家小大進
0391 實行卿家歌合に詠める 【○二度本0374。】
知るらめや 淀繼橋 夜と共に 由緣無き人を 戀渡るとは
藤原長實卿母
0392 【○承前。於實行卿家歌合所詠。○二度本0375。】
戀侘て 抑さふる袖や 流出る 淚川の 堰為るらむ
藤原道經
0393 【○承前。於實行卿家歌合所詠。○二度本0376。】
流れての 名にぞ立ちぬる 淚川 人目包みを 堰し堪へねば
少將藤原公教母
0394 題不知 【○二度本0377。】
淚川 袖堰も 朽果て 淀方無き 戀もする哉
皇后宮右衛門佐
0395 戀歌とて詠める 【○二度本0439。】
忘草 茂れる宿を 來て見れば 思木より 生ふる也けり
源俊賴朝臣
0396 初戀之心を 【○二度本0378。】
如是とだに 未だ岩代の 結松 結ぼほれたる 我が心哉
源顯國朝臣
0397 女許遣はしける 【○詞花集0178。】
胸は富士 袖は清見が 關是れや 烟も波も 立たぬ日ぞ無き
平祐擧
0398 後朝之心を 【○二度本0381。】
辛かりし 心馴らひに 逢見ても 猶夢かとぞ 疑はれける
源行宗朝臣
0399 戀歌を詠める 【○二度本0383。】
年經れど 人も荒めぬ 我が戀や 朽木杣の 谷埋木
藤原顯輔朝臣
0400 在るまじき人を思掛けて詠める 【○二度本0384。】
如何に為む 數為らぬ身に 從はで 裹袖より 落つる淚を
佚名
0401 野分のしたりけるに、如何なむと訪れて侍ける人の、又其後、音も為ざりければ遣はしける 【○二度本0386。】
荒かりし 風後より 絕えするは 蜘蛛手に巢搔く 絲にや有らむ
相模
0402 月明かりける夜、人を待兼ねて遣はしける 【○詞花集0298。】
君待つと 山端出て 山端に 入る迄月を 眺めつる哉
橘為義朝臣
0403 相語ける人の由緣無く侍ければ、流石に言ひも放たざりけるに遣はしける 【○拾遺集0865。】
中中に 云ひも放たで 信濃なる 木曾路橋の 懸たるや何ぞ
源賴光朝臣
0404 五月五日、理無くて漏出たる所に、薦と云ふ物を敷きたりしも忘難きに言遣はしける 【○二度本0388。】
菖蒲にも 非ぬ真薦を 引掛けし 假夜殿の 忘られぬ哉
相模
0405 閏五月、侍ける年人を相語けるに、後五月を過ぐしてと申けるに詠める 【○二度本0389。】
何ぞも如是 戀路に立ちて 菖蒲草 餘長引く 五月為るらむ
橘季通
0406 人許に遣はしける 【○二度本0390。】
自づから 夜離るる程の 小莚は 淚憂に 成ると知らずや
神祇伯 源顯仲
0407 人を恨みて遣はしける 【○二度本0391。】
池に棲む 我が名を鴛鴦の 取返す 物に欲得や 人を恨みむ
藤原惟規
0408 人許に罷りけるに、「今宵は歸りね。」と言はせて侍ける後、一夜は如何にと覺えし等申たりければ、言遣はしける 【○二度本0392。】
秋風に 吹返されて 葛葉の 如何に恨みし 物とかは知る
藤原正家朝臣
0409 逢不遇戀の心を詠める 【○二度本0397。】
一夜とは 何時か契し 川竹の 流れてとこそ 思初めしか
左京大夫 藤原經忠
0410 俊忠卿家にて戀十首、人人に詠ませ侍けるに、誓不遇と言へる事を 【○二度本0398。】
逢見ての 後辛からば 世世を經て 此より勝る 戀に惑はむ
皇后宮式部
0411 三條院宮の親王と申ける時、久しく訪はせ賜はざりければ、申さすと思召して女房許へ遣はしける 【○新古今1212。】
世常の 秋風為らば 荻葉に 戰と許の 音はしてまし
安法法師女
0412 戀歌とて詠める 【○詞花集0219。】
忍ぶれば 淚ぞ著き 紅に 物思ふ袖は 染むべかりけり
源道濟
0413 相語ける人の離離に成りて恨めしかりければ、遣はしける 【○二度本0402。】
待ちし夜の 更けしを何に 歎きけむ 思絕えても 過しける身を
白河女御越中
0414 戀心を人人詠みけるに 【○二度本0403。】
命をし 懸けて契し 仲為れば 絕ゆるは死ぬる 心地こそすれ
律師實源
0415 堀河院御時艷書合に詠める 【○二度本0406。】
思遣れ 訪はで日を降る 五月雨に 獨宿漏る 袖雫を
皇后宮肥後
0416 題不知 【○二度本0410。】
何ぞも如是 身に替ふ許 思ふらむ 逢見む事も 人為かは
三宮大進
0417 由緣無かりける人に、逢由の夢を見て遣はしける 【○二度本0415。】
轉寢に 逢と見つるは 現にて 辛きを夢と 思はましかば
藤原公教
0418 女を恨みて遣はしける 【○二度本0417。】
蘆根延ふ 水上とぞ 思ひしを 憂は我が身に 有ける物を
春宮大夫 藤原公實
0419 物思侍ける時詠める 【○詞花集0325。】
忍ぶるも 苦しかりけり 數為らぬ 人は淚の 無から益かば
出羽辨
0420 題不知 【○二度本0420。】
賴置く 言葉だにも 無き物を 何に掛かれる 露命ぞ
皇后宮別當
0421 相語ける人の離離に成りて恨めしかりければ、遣はしける
煩はし 他に渡せる 文見れば 此處や途絕えに 成らむとすらむ
佚名