金葉和歌集 卷第九 雜部上
0516 昔、道方卿に具して筑紫に罷りて、安樂寺に參りて見侍ける梅の、我が任に參りて見れば、木姿は同樣にて花老木にて所所咲きたるを見て詠める 【○三奏本0505。】
神垣に 昔我が見し 梅花 共に老木と 成りにける哉
大納言 源經信
0517 山家鶯と言へる事を詠める 【○三奏本0506。】
山里も 憂世間を 離れねば 谷鶯 音をのみぞ鳴く
攝政左大臣 藤原忠通
0518 圓宗寺花を御覽じて、後三條院御事等覺し出て詠ませ賜りける 【○三奏本0507。】
植置きし 君も亡き世に 年經たる 花は我が身の 心地こそすれ
三宮 輔仁親王
0519 花見御幸を見て妹內侍許に遣はしける 【○三奏本0510。】
行末の 例と今日を 思ふとも 今幾歲か 人に語らむ
權僧正永緣
0520 返し 【○三奏本0511。】
幾千世も 君ぞ語らむ 積居て 面白かりし 花之御幸を
前齋宮內侍
0521 大峯にて思掛けず櫻花咲きたりけるを見て詠める 【○三奏本0512、百人一首0066。】
諸共に 哀と思へ 山櫻 花より外に 知人も無し
諸共山櫻等 當能悲憐感我哉 除山櫻花外 孰能知我解吾身 孰能憐我悲吾遇
僧正行尊
0522 堀河院御時、殿上人數多具して花見に步きけるに、仁和寺に行宗朝臣在りと聞きて、檀紙や有ると尋侍ければ、遣はす傍に書付け侍ける 【○三奏本0513。】
幾年に 我成りぬらむ 諸人の 花見る春を 餘所に聞きつつ
源行宗朝臣
0523 山里に人人罷りて、花歌詠みけるに詠める 【○三奏本0514。】
皆人は 吉野山 櫻花 折知らぬ身や 谷之埋木
源定信
0524 後三條院隱れさせ御座しまして、又年春盛成りける花を見て詠める 【○三奏本0517。】
昨年見しに 色も變らず 咲きにけり 花こそ物は 思はざりけれ
右近將曹秦兼方
0525 司召頃、萬づに羨しき事のみ聞えければ詠める 【○三奏本0518。】
年經れど 春に知られぬ 埋木は 花都に 住む甲斐ぞ無き
藤原顯仲朝臣
0526 藏人下りて臨時祭陪從し侍けるに、右中辨伊家許に遣はしける 【○三奏本0516。】
山吹も 同髻首の 花為れど 雲居櫻 猶ぞ戀しき
藤原惟信朝臣
0527 隆家卿、太宰帥に二度成りて、後度香椎社に參りたりけるに、神主事本と杉葉を取りて帥冠に插すとて詠める 【○三奏本0522。】
千早振る 香椎宮の 杉葉を 二度餝す 我が君ぞ君
神主大膳武忠
0528 源心、座主に成りて初めて山に登りたりけるに、休みける所にて歌詠めと申ければ詠める 【○三奏本0523。】
年を經て 通ふ山路は 變らねど 今日は坂行く 心地こそすれ
良暹法師
0529 藤原基清が藏人にて冠賜はりて下りにければ、又日遣はしける
思兼ね 今朝は空をや 眺むらむ 雲之通路 霞隔てて
藤原家綱
0530 一品宮、天王寺に參らせ給ひて、日頃御念佛せさせ給ひけるに、御供人人住吉に參りて歌詠みけるに詠める 【○三奏本0532。】
幾返り 花咲きぬらむ 住吉の 松も神代の 物とこそ聞け
源俊賴朝臣
0531 田家老翁と言へる事を詠める
丈夫は 山田庵に 老ひにけり 今幾千代に 逢はむとすらむ
中納言 藤原基長
0532 仁和寺に住ませ給ける頃、何時迄さては等、都より尋申たりければ詠ませ給ける
如是てしも 得ぞ住むまじき 山里の 細谷川の 心細さに
三宮 輔仁親王
0533 大峯生岩屋にて詠める
草庵 何露けしと 思ひけむ 漏らぬ岩屋も 袖は濡れけり
僧正行尊
0534 良暹法師怨むる事有りける頃、睦月一日に詣來て、又久しう見えざりければ遣はしける
春來し 其日冰柱は 解けにしを 又何事に 滯るらむ
律師慶範
0535 對山待月と言へる事を詠める
此世には 山端出る 月をのみ 待事にても 止みぬべき哉
藤原正季
0536 山家にて有明月を見て詠める
木間漏る 片割月の 髣髴にも 誰か我が身を 思出べき
僧正行尊
0537 宇治前太政大臣の、時歌詠みを召して月歌詠ませ侍けるに漏れにければ、公實卿許に遣はしける 【○三奏本0524。】
春日山 峰續き照る 月影に 知られぬ谷の 松も有けり
源師光
0538 僧都賴基、光明山に籠りぬと聞きて遣はしける 【○三奏本0526。】
羨まし 憂世を出て 如何許 隈無き峯の 月を見るらむ
橘能元
0539 返し 【○三奏本0527。】
諸共に 西へや行くと 月影の 隈無き峯を 尋ねてぞ來し
僧都賴基
0540 郁芳門院、伊勢に御座しましける頃、顯然に下りけるに、鈴鹿川を渡りけるに詠める 【○三奏本0533、齋宮齋院百人一首0059。】
早くより 賴渡りし 鈴鹿川 思事なる 音ぞ聞ゆる
早自曩昔時 賴以依怙鈴鹿川 今越聞川音 潺潺波濤響玲瓏 洽猶祈神琴音也
六條右大臣北方 源隆子
0541 源仲正女皇后宮に始めて參りたりけるに、琴彈くと聞かせ給ひて彈かせ給ひければ、慎ましながら彈鳴らしけるを聞きて、口遊樣にて言掛けける 【○三奏本0534。】
琴音や 松吹く風に 通ふらむ 千世之例に 引きつべき哉
皇后宮攝津
0542 返し 【○三奏本0535。】
嬉しくも 秋御山の 松風に 初琴音の 通ひける哉
皇后宮美濃
0543 月明かりける夜、人琴彈くを聞きて詠める 【○三奏本0536。】
琴音は 月影にも 通へばや 空に調の 澄昇るらむ
內大臣家越後
0544 伊勢國二見浦にて詠める 【○三奏本0537。】
玉櫛笥 二見浦の 貝繁み 蒔繪に見ゆる 松叢立
大中臣輔弘
0545 宇治前太政大臣布引瀧見に罷りける供に罷りて詠める 【○三奏本0538。】
白雲と 餘所に見つれば 足曳の 山も轟に 落つる激瀨
大納言 源經信
0546 【○承前。宇治前太政大臣罷見布引瀧,隨供而詠。○三奏本0539。】
天川 玆や流の 末為らむ 空より墮つる 布引瀧
佚名
0547 選子內親王齋院に御座しましける時、女房に物申さむとて忍びて參りたりけるに、侍供如何なる人ぞ等粗く申して問はせ侍ければ、疊紙に書きて置かせ侍ける 【○三奏本0540。】
神垣は 木丸殿に 非ねども 名乘りを為ねば 人咎めけり
齋院此神垣 既非朝倉木丸殿 乘輿不在此 何以吾雖未告名 竟為人咎責如此
藤原惟規
0548 郁芳門院、伊勢に御坐しましける時、六條右大臣北方顯然に下りて侍ける時に、思掛けず鐘聲の髣髴に聞えければ詠める 【○三奏本0541。】
神垣の 邊と思ふに 木綿襷 思ひも掛けぬ 鐘聲哉
六條右大臣北方 源隆子
0549 前齋宮伊勢に御座しましける時、寮頭保俊、御祭程宿直物料に衣を借りて、程過ぎて是を忘れて今迄返さざりける事を、と申したりける返事に言遣はしける 【○齋宮齋院百人一首0068。○三奏本0542。】
歸さじと 豫て知りにき 唐衣 戀しかるべき 我が身為らねば
借而不還者 吾身豫知於未然 洽猶唐衣之 不得裏翻寢所如 妾亦非理當戀矣
前齋宮內侍
0550 和泉式部、保昌に具して丹後に侍ける頃、都に歌合侍けるに、小式部內侍歌詠みに取られて侍けるを、中納言定賴局方に詣來て、歌は如何為させ給ふ、丹後へ人は遣はしけむや、使詣來ずや、如何に心許無く思すらむ、等戲れて立ちけるを引留めて詠める 【○三奏本0543、百人一首0060。】
大江山 生野道の 遠ければ 未踏も見ず 天橋立
巍峨大江山 生野道遠難以行 母在山之端 吾未得踏探母路 未獲家書天橋立
小式部內侍
0551 鹽湯浴に西海方へ罷りたりけるに、海松と云ふ物を自取りて、都に在る女許へ遣はしける
磯菜摘む 入江浪の 立歸り 君見る迄の 命と欲得
平康貞女
0552 返し
長居する 海人仕業と 見るからに 袖裏にも 滿淚哉
平康貞女女
0553 百首歌中に夢之心を詠める
轉寢の 夢無かり為ば 別れにし 昔人を 又見ましやは
修理大夫 藤原顯季
0554 百首歌に旅之心を詠める
小夜中に 思へば悲し 陸奥の 安積沼に 旅寢しにけり
參議 源師賴
0555 此集撰し侍ける時、歌請はれて送るとて詠める 【○三奏本0544。】
家風 吹かぬ物故 羽束師の 森言葉 散らし果つる
藤原顯輔朝臣
0556 和泉式部石山に參りけるに、大津に泊りて夜更けて聞きければ、人之氣配數多して喧りけるを尋ねければ、下人米白げ侍る也と申ければ詠める 【○三奏本0546。】
鷺居る 松原如何に 騒ぐらむ 白げば別樣 里響むなり
和泉式部
0557 藤原時房が公實卿許に罷りたりけるに侍らざりければ、出居に置きたりける小弓を執りて侍に玆は下しつと觸れて出にけり。此卿歸りて弓を尋ねければ、「時房下して罷出でぬ。」と申ければ驚きて、「院の御弓ぞ。」とて、「返せ。」と言ひに遣はしたりければ、御弓に結付けたりける 【○三奏本0547。】
梓弓 然こそは反の 高からめ 張程も無く 返るべしやは
藤原時房
0558 男離離に成りて、程經て互ひに忘れて後、人に親しく成りにけり等申すと聞きて嘆きける人に代りて詠める 【○三奏本0548。】
無き名にぞ 人辛さは 知られける 忘られしには 身をぞ恨みし
春宮大夫 藤原公實
0559 大貳資通忍びて物申けるを程も無く、然ぞ等人申ければ詠める 【○三奏本0549。】
如何に為む 山田に圍ふ 垣柴の 暫間だに 隱無き世を
相摸
0560 肥後內侍、男に忘られて嘆きけるを御覽じて詠ませ賜ひける 【○三奏本0550。】
忘られて 歎く袂を 見るからに 然も非ぬ袖の 萎れぬる哉
堀河院御製
0561 水車を見て詠める 【○三奏本0551。】
速瀨に 絕えぬ許ぞ 水車 我も憂世に 迴るとを知れ
僧正行尊
0562 例為らぬ事有りて煩ひける頃、上東門院に柑子奉るとて人に書かせて奉ける 【○三奏本0552。】
仕へつる 此身程を 數ふれば 憐梢に 成りにける哉
堀河右大臣 藤原賴宗
0563 御返し 【○三奏本0553。】
過來ける 月日程も 知られつつ 此身を見るも 哀なる哉
上東門院 藤原彰子
0564 僧正行尊詣來て、夜留りて務めて歸りけるとて、獨鈷を忘れたりける返し遣はすとて詠める 【○三奏本0554。】
草枕 然こそは旅の 床為らめ 今朝霜置きて 歸るべしやは
大納言 藤原宗通
0565 男心變りて詣來ず成りにける後、置きたりける餌袋を取りに遣せたりければ、書付けて遣はしける 【○三奏本0555。】
退羽擊つ 真白鷹の 餌袋に 招餌も指さで 返しつる哉
櫻井尼
0566 後冷泉院御時、近江國より白烏を奉りたりけるを隱して人に見せさせ給はざりければ、女房達懷しがり申ければ、各個歌詠みて奉れ、さて良く詠みたらむ人に見せむ、と仰言有りければ仕奉れる 【○三奏本0556。】
類無く 世に面白き 鳥為れば 床しからずと 誰か思はむ
少將內侍
0567 甲斐國より上りて、姨為る人許に在けるが、儚き事にて其姨が、「莫在そ。」とて逐出したりければ詠める 【○三奏本0557。】
鳥子の 未だ卵ながら 有らま為ば 尾羽と云ふ物は 生出ざらまし
佚名
0568 百首歌中に山家を詠める 【○三奏本0558。】
蜩の 聲許する 柴戶は 入日射すに 任せてぞ見る
修理大夫 藤原顯季
0569 題知らず 【○三奏本0559。】
年經れば 我が頂に 置霜を 草上とも 思ひける哉
藤原仲實朝臣
0570 殿上下たりける頃、人殿上しけるを見て詠める 【○三奏本0560。】
羨まし 雲懸橋 立返り 再登る 道を知らばや
源行宗朝臣
0571 殿上申ける頃せざりければ詠める 【○三奏本0561。】
思ひきや 雲居月を 餘所に見て 心闇に 惑ふべしとは
平忠盛朝臣
0572 語らひ侍ける人の離離に成りければ、異人に付けて筑紫方へ罷りなむとしけるを聞きて、男許より罷るまじき由を申たりければ言遣はしける 【○三奏本0562。】
身憂も 問ふ一文字に 堰かれつつ 心盡しの 道は止りぬ
內大臣家小大進
0573 男無かりける夜、異人を局に入れたりけるに、元男詣來逢ひたりければ、騷ぎて傍局壁崩れより潛逃し遣りて、又日其逃したる局主許、昨夜壁こそ嬉しかりしか、等言に遣はしたりければ詠める 【○三奏本0563。】
寢ぬる夜の 壁騒がしく 見え然ど 我が違ふれば 事無かりけり
佚名
0574 源賴家が物申ける人の五節に出侍けるを聞きて、誠にや度多累ねし小忌衣豐明の曇無き夜に、と詠みて遣はしたりけるに返事に 【○三奏本0564。】
日蔭には 無き名立ちけり 小忌衣 著て見よとこそ 云ふべかりけれ
源光綱母
0575 經信卿に具して筑紫に罷たりけるに、肥後守盛房、太刀有る見せむ、と申して音も為ざりければ、如何にと驚かしたりければ忘れたる樣に申しければ詠める 【○三奏本0565。】
亡き蔭に 懸ける大刀も 有る物を 鞘束間に 忘果ける
源俊賴朝臣
0576 大峯神仙と言ふ所に久しう侍ければ、同行共皆限有りて罷りにければ心細さに詠める 【○三奏本0566。】
見し人は 獨我が身に 添はねども 遲れぬ物は 淚也けり
僧正行尊
0577 徒為らぬ人の、持て隱して有けるに子を產みてけるが元より、熟みたる梅を遣せたりければ詠める 【○三奏本0567。】
葉隱て 萌芽ると見えし 程も無く 子は熟梅に 成にける哉
佚名
0578 堀河院御時、中宮女房達を亮仲實が紀伊守にて侍ける時、和歌浦見せむとて誘ひければ數多罷りけるに、罷らで遣はしける 【○三奏本0568。】
人並に 心許は 立添ひて 誘はぬ和歌の 浦見をぞする
前中宮甲斐
0579 保實卿、他に移りて後、彼元所常に見侍ける鏡を磨がせ侍ければ、暗由申侍けるを聞きて詠める 【○三奏本0569。】
理や 曇ればこそは 真澄鏡 映れる影も 見えず也にき
藤原實信母
0580 月入るを見て詠める 【○三奏本0570。】
西へ行く 心は我も 有物を 獨莫入りそ 秋夜月
源師賢朝臣
0581 為仲朝臣陸奥守にて侍ける時、延任しぬと聞きて遣はしける 【○三奏本0571。】
待つ我は 哀八十に 成りぬるを 阿武隈川の 遠ざかりぬる
藤原隆資
0582 親しき人の春日に參りて、鹿有りつる由等申けるを聞きて詠める 【○三奏本0572。】
三笠山 神驗の 灼然く 然有けると 聞くぞ嬉しき
藤原實光朝臣
0583 屏風繪に志賀須賀渡行く人達煩ふ形描ける所を詠める 【○三奏本0573。】
行人も 立ちぞ煩ふ 志賀須賀の 渡りや旅の 泊為るらむ
藤原家經朝臣
0584 題知らず 【○三奏本0574。】
身憂さを 思冰し解けば 冬夜も 滯らぬは 淚也けり
佚名
0585 「上陽人苦、最多少苦、老亦苦。」と言ふ事を詠める 【○三奏本0575。】
昔にも 非ぬ姿に 成行けど 歎きのみこそ 面變為ね
源雅光
0586 青黛畫眉眉細長と言へる事を詠める 【○三奏本0576。】
然りともと 畫黛の 徒に 心細くも 老いにける哉
源俊賴朝臣
0587 年久しく修行し步きて熊野に驗較しけるを、祐家卿參逢ひて見けるに、事外に瘦衰へて姿も賤しげに窶したりければ、見忘れて傍成りける僧に、如何なる人にか、事外に驗有げなる人哉、等申けるを聞きて遣はしける 【○三奏本0577。】
心こそ 世をば捨てしか 幻の 姿も人に 忘られにけり
僧正行尊
0588 大中臣輔弘、祭主舉ざりける頃、祭主に為させ給へ、と太神宮に申て寢入りたりける夜夢に、枕上に知らぬ人立ちて詠掛けける歌 【○三奏本0578。】
草葉の 靡くも待たず 露身の 置所無く 嘆く頃哉
佚名
0589 六條右大臣、六條家造りて泉等掘りて、夙渡りて泉等見よ、と申たりければ詠める 【○三奏本0579。】
千年迄 澄まむ泉の 底によも 影並べむと 思ひしも為じ
顯雅卿母
0590 宇治平等院の寺主に成りて宇治に住付きて、比叡山形を眺遣りて詠める 【○三奏本0580。】
宇治川の 底水屑と 成りながら 猶雲掛かる 山ぞ戀しき
忠快法師
0591 家を人に放ちて立つとて柱に書付侍ける 【○三奏本0581。】
住侘て 我さへ軒の 忍草 偲形形 茂き宿哉
周防內侍
0592 賀茂成助に始めて會ひて物申ける序に土器取りて詠める 【○三奏本0582。】
聞渡る 御手洗川の 水清み 底心を 今日ぞ見るべき
津守國基
0593 皇后宮弘徽殿に御座しましける頃、俊賴西面細殿にて立ちながら人に物申侍るに、夜更行く儘に苦しかりければ、土に居たりけるを見て、疊を敷かせばや、と女の申ければ、疊は石疊敷かれて侍り、と申すを聞きて詠める 【○三奏本0583。】
石疊 有ける物を 君に亦 敷く物無しと 思ひける哉
皇后宮大貳
0594 大原行蓮聖人許へ小袖遣はすとて詠める 【○三奏本0584。】
憐ばむと 思心は 廣けれど 育む袖の 狹ばくも有哉
天台座主仁覺
0595 百首歌中に述懷之心を詠める 【○三奏本0585。】
世中は 憂身に添へる 影為れや 思捨つれど 離れざりけり
源俊賴朝臣
0596 男に付きて越中國に罷りたりけるに、男心變りて常に端なめければ、都なる親許へ言遣はしける 【○三奏本0586。】
打賴む 人心は 有乳山 越路悔しき 旅にも有哉
佚名
0597 返し 【○三奏本0587。】
思遣る 心さへこそ 苦しけれ 有乳山の 冬景色は
親
0598 思事侍ける頃、詠める 【○三奏本0588。】
徒に 過ぐる月日を 數ふれば 昔を偲ぶ 音こそ泣かるれ
d
0599 鏡を見るに影變行くを見て詠める 【○三奏本0589。】
變行く 鏡影を 見る度に 老蘇森の 歎をぞする
源師賢朝臣
0600 前太政大臣家に侍ける女を、中將忠家朝臣と少將顯國と共に語らひ侍けるに、忠家に會ひにけり。其後程も無く忘られにけりと聞きて女許遣はしける 【○三奏本0590。】
小余綾の 急ぎて逢ひし 甲斐も無く 浪寄來ずと 聞くは誠か
源顯國朝臣
0601 藏人親隆冠給はりて、又日遣はしける 【○三奏本0591。】
雲上に 馴にし物を 葦鶴の 逢事潟に 下居ぬる哉
藤原公教
0602 堀河院御時、源俊重が式部丞申ける申文に添へて、中納言重資卿の頭辨にて侍ける時、遣はしける 【○三奏本0592。】
日光 遍き空の 氣色にも 我が身獨は 雲隱れつつ
源俊賴朝臣
0603 是を奏しければ、內侍周防を召して、「茲が返しせよ。」と仰事有りければ仕奉れる 【○三奏本0593。】
何か思ふ 春嵐に 雲晴れて 清けき影は 君のみぞ見む
周防內侍