金葉和歌集 卷第八 戀部下
0421 始めたる戀心を詠める 【○三奏本0422。】
霞めては 思心を 知るやとて 春空にも 任せつる哉
良暹法師
0422 公任卿家にて、紅葉・天橋立・戀と三つの題を人人に詠ませけるに、遲く罷りて人人皆書く程成りければ、三つの題を一つに詠める歌 【○三奏本0424。】
戀渡る 人に見せばや 松葉も 下紅葉する 天橋立
藤原範永朝臣
0423 後朝戀心を詠める 【○三奏本0425。】
東雲の 明行く空も 歸るには 淚に暮るる 物にぞ有ける
源師俊朝臣
0424 月增戀と言へる事を詠める
甚しく 面影に立つ 今宵哉 月を見よとも 契らざりしを
內大臣 源有仁
0425 戀心を詠める 【○三奏本0427。】
戀侘て 寢ぬ夜積れば 敷妙の 枕さへこそ 疎く成りけれ
藤原顯輔朝臣
0426 鳥羽殿歌合に戀心を詠める 【○三奏本0428。】
夜と共に 袖乾かぬ 我が戀や 敏馬磯に 寄する白浪
藤原仲實朝臣
0427 晩戀と言へる心を詠める
逢事を 今宵と思はば 夕月日 入る山端も 嬉しからまし
中納言 源雅定
0428 戀心を詠める
山井の 岩漏る水に 影見れば 淺ましげにも 成りにける哉
右兵衛督 藤原伊通
0429 皇后宮にて、人人戀歌仕奉けるに詠める
陸奧の 思忍ぶに 在ながら 心に掛かる 逢松原
大宰大貳 藤原長實
0430 奈良人人百首歌詠みけるに、恨心を詠める
思はむと 賴めし人の 昔にも 非ず鳴門の 恨めしき哉
權僧正永緣
0431 戀心を詠める
暮るる間も 定無き世に 逢事を 何時とも知らで 戀渡る哉
隆源法師
0432 源家時離離に成りけるを、恨みて言遣はしける 【○三奏本0432。】
人心 淺澤水の 根芹こそ 懲る許にも 抓真欲けれ
前中宮越後
0433 戀歌十首人人詠みけるに、立聞戀と言へる事を詠める
我妹子が 聲立聞きし 唐衣 其夜露に 袖は濡れけり
修理大夫 藤原顯季
0434 我をば離離に成りて、異人許へ罷ると聞きて遣はしける 【○三奏本0434。】
理や 思較ぶの 山櫻 匂增れる 春を愛るも
佚名
0435 郁芳門院根合に、戀心を詠める 【○三奏本0435。】
戀侘て 眺むる空の 浮雲や 我が下燃の 煙為るらむ
周防內侍
0436 人を恨みて、五月五日に遣はしける 【○三奏本0437。】
逢事の 庇に葺ける 菖蒲草 唯假初の 妻とこそ見れ
前齋宮河內
0437 戀心を詠める
辛きをも 思も知らぬ 身程に 戀しさ如何で 忘れざるらむ
大宰大貳 藤原長實
0438 題知らず 【○三奏本0439。】
前世の 契を知らで 儚くも 人を辛しと 思ひける哉
前中宮上總
0439 戀歌詠みける所にて詠める 【○三奏本0391。】
忘草 茂れる宿を 來て見れば 思木より 生ふる也けり
源俊賴朝臣
0440 人を恨みて詠める
今よりは 思ひも出でじ 恨めしと 云ふも賴みの 掛かる限ぞ
佚名
0441 逢不遇戀之心を詠める 【○三奏本0439。】
思ひきや 逢見し夜半の 嬉しさに 後辛さの 勝るべしとは
左兵衞督 藤原實能
0442 人を恨みける頃、心地例為らざりければ詠める
逢はずとも 亡からむ世には 思出よ 我故命 絕えし人かと
佚名
0443 女許遣はしける 【○三奏本0442。】
磨墨も 落つる淚に 洗はれて 戀しとだにも 得こそ書かれね
藤原永實
0444 家歌合に、初戀之心を詠める 【○三奏本0443。】
色見えぬ 心許 鎮むれど 淚は得こそ 忍ばざりけれ
中納言 源國信
0445 題知らず 【○三奏本0444。】
逢事は 夢許にて 止みにしを 然こそ見しかと 人に語る莫
佚名
0446 【○承前。無題。】
葦垣の 隙無く掛かる 蜘蛛巢の 物難かしく 繁る我が戀
大納言 源經信
0447 【○承前。無題。○三奏本0445。】
押さふれど 餘る淚は 守山の 歎きに落つる 雫也けり
藤原忠隆
0448 無き名立ちける頃、月を見て詠める
如何に為む 歎森は 茂けれど 木間月の 隱れ無き世を
橘俊宗女
0449 物申しける人の久しく音為ざりければ、遣はしける 【○三奏本0447。】
萱葺の 是や忘らるる 端ならむ 久しく人の 音信も為ぬ
前齋院肥後
0450 戀心を詠める
我が戀の 思許の 色に出ば 言はでも人に 見えまし物を
左兵衛督 藤原實能
0451 諸共に敦公を待ちけるに、障事有りて入りにける後、鳴きつや等尋ねけるを聞きて詠める 【○三奏本0448。】
郭公 雲居餘所に 成りしかば 我ぞ名殘の 空に泣かれし
春宮大夫 藤原公實
0452 冬戀と言へる事を詠める 【○三奏本0449。】
水面に 降る白雪の 跡も無く 消えや死なまし 人辛さに
藤原成通朝臣
0453 多聞と言へる童を呼びに遣はしたりけるに、見えざりければ、月明かりける夜、詠める
待人の 大空渡る 月為らば 濡るる袂に 影は見てまし
權僧正永緣
0454 寄水鳥戀
逢事も 奈吳江に漁る 蘆鴨の 浮音を鳴くと 人は知らずや
攝政左大臣 藤原忠通
0455 人を恨みて詠める 【○三奏本0452。】
然のみやは 我が身憂に 為果て 人辛きを 恨みざるべき
藤原盛經母
0456 攝政左大臣家にて、戀心を詠める
名に立てる 粟手浦の 海人だにも 海松布は潛く 物とこそ聞け
源雅光
0457 恨めしき人有るに付けても、昔を思出る事有りて詠める 【○三奏本0453。】
今人の 心を三輪の 山にてぞ 過ぎにし方は 思知らるる
前齋宮甲斐
0458 物申ける人の離離に成りて後、思出て文遣はしたりける返事に言遣はしける
珍しや 岩間に淀む 忘水 幾日を過ぎて 思出らむ
橘俊宗女
0459 山歌合に、戀心を詠める
偶然に 逢夜は夢の 心地して 戀しも何どか 現為るらむ
佚名
0460 如何でかと思人の然も非ぬ先に、然ぞ等人申ければ
戀侘る 君に逢云ふ 言葉は 偽さへぞ 嬉しかりける
中原章經
0461 伊賀少將許に遣はしける 【○三奏本0456。】
四方海の 浦浦每に 漁れども 竒しく見えぬ 生ける甲斐哉
前中納言 藤原資仲
0462 返し 【○三奏本0457。】
偶然に 浪立寄る 浦浦は 何の海松布の 貝か在るべき
伊賀少將
0463 題知らず 【○三奏本0459。】
淺ましや 淚浮ぶ 我が身哉 心輕くは 思はざりしを
上總侍從
0464 物へ罷りける道に、端者の逢ひたりけるを問はせ侍ければ、上東門院に侍ける相撲こそとなむ申す、と言ひけるを詠める 【○三奏本0460。】
名聞くより 豫ても移る 心哉 如何にしてかは 逢ふべかるらむ
源緣法師
0465 戀心を詠める 【○三奏本0461。】
戀侘て 絕えぬ思火の 煙もや 虛しき空の 雲と成るらむ
民部卿 藤原忠教
0466 女許へ遣はしける
逢事は 何時とも無くて 憐我が 知らぬ命に 年を經る哉
大納言 源經信
0467 人許にて、女房の長髮を打出して見せければ詠める
人知れず 思心を 叶へなむ 神顯れて 見えぬと成らば
藤原顯綱朝臣
0468 堀河院御時艷書合に詠める 【○三奏本0463。】
人知れぬ 思荒磯の 浦風に 浪寄るこそ 言は真欲けれ
中納言 藤原俊忠
0469 返し 【○三奏本0464、百人一首0072。】
音に聞く 高師浦の 徒波は 掛けじや袖の 濡れもこそすれ
浪搏音可聞 著名難波高師濱 君意勿掛心 徒波莫擊濕吾袖 還恐薄情君不實
一宮紀伊
0470 暮には必と賴めたりける人の、廿日月出る迄見えざりければ詠める 【○三奏本0465。】
契置きし 人も梢の 木間より 賴めぬ月の 影ぞ洩來る
攝政家堀川
0471 心變りたける人許へ遣はしける 【○三奏本0466。】
目前に 變る心を 淚河 流れてやとも 思ひける哉
江侍從
0472 國信卿家歌合に、初戀心を詠める
今日こそは 岩瀨森の 下紅葉 色に出れば 散も知ぬらめ
源兼昌
0473 雪朝に、出羽辨許より歸侍けるに、送りて侍ける 【○三奏本0467。】
送りては 歸れと思し 魂の 行流離て 今朝は無き哉
出羽辨
0474 返事 【○三奏本0468。】
冬夜の 雪氣空に 出しかど 影より外に 送りやは為し
大納言 源經信
0475 住處を知らせざぬ戀と言へる心を詠める 【○三奏本0472。】
行方無く 搔籠るにぞ 引繭の 厭心の 程は知らるる
前齋院六條
0476 世に在らむ限は忘れじと契りたりける人の、久しく音為ざりければ詠める 【○三奏本0469。】
人はいさ 在りも安らむ 忘られて 問はれぬ身こそ 亡き心地すれ
佚名
0477 年頃物申ける人の、絕えて訪れざりければ遣はしける 【○三奏本0470。】
早くより 淺心を 見てしかば 思絕えにき 山川水
佚名
0478 題知らず 【○三奏本0471。】
洩らさばや 細谷川の 埋水 影だに見えぬ 戀に沈むと
佚名
0479 男の今日は方違に物へ罷ると言はせて侍ければ、遣はしける 【○三奏本0474。】
君こそは 一夜迴の 神と聞け 何逢事の 方違ふらむ
佚名
0480 後朝戀心を
梓弓 返る朝の 思には 引較ぶべき 事無き哉
藤原顯輔朝臣
0481 人許より、せめて袖濡るる樣を見せばや、と申ければ詠める
恨むとも 海松布も有らじ 物故に 何かは海人の 袖濡らすらむ
皇后宮少將
0482 旅宿戀と言へる事を詠める
戀しさを 妹知るらめや 旅寢して 山雫に 袖濡らすとは
修理大夫 藤原顯季
0483 人の、「夕方詣來む。」と申したりければ、詠める
恨む莫よ 影見え難き 夕月夜 朧為らぬ 雲間待身ぞ
一宮紀伊
0484 藏人にて侍ける頃、內を理無く出て女許に罷りて詠める 【○三奏本0475。】
三日月の 朧為らぬ 戀しさに 割れてぞ出る 雲上より
藤原永實
0485 周防內侍親しく成りて後、努努此事洩らす莫等申しければ詠める 【○三奏本0476。】
逢はぬ間は 微睡む程の 有らばこそ 夢にも見きと 人に語らめ
源信宗朝臣
0486 無き名立つと言へる事を詠める 【○三奏本0477。】
人知れず 無き名は立てど 唐衣 襲ねぬ袖は 猶ぞ露けき
左京大夫 藤原經忠
0487 人を恨みて詠める 【○三奏本0478。】
味氣無く 過ぐる月日ぞ 恨めしき 逢見し程を 隔つと思へば
大中臣輔弘女
0488 三井寺にて人人戀歌詠みけるに、詠める 【○三奏本0480。】
辛しとも 思はむ人は 思はなむ 我為ればこそ 身をば恨むれ
僧都公圓
0489 語らひける女許に罷らむと申しけれど、障事有りて罷らざりければ、五月雨頃送りて侍ける 【○三奏本0481。】
五月雨の 空賴めのみ 隙無くて 忘らるる名ぞ 世に降りぬべき
佚名
0490 返し 【○三奏本0482。】
忘られむ 名は世に觸らじ 五月雨も 如何でか暫し 小息まざるべき
左兵衞督 藤原實能
0491 題知らず 【○三奏本0489。】
雨雲の 返風の 音為ぬは 思はれじとの 心為るべし
佚名
0492 【○承前。無題。○三奏本0490。】
足曳の 山隨 倒れたる 枯きは獨 伏せる也けり
佚名
0493 【○承前。無題。拾遺集1264。○三奏本0494。】
三熊野に 駒躓く 青葛 君こそ我が 絆成りけれ
佚名
0494 【○承前。無題。○三奏本0495。】
樵積むる 歎を如何に 為よとてか 君に逢期の 一筋も無し
佚名
0495 【○承前。無題。○三奏本0491。】
津國の 丸屋は人を 芥河 君こそ辛き 瀨瀨は見えしか
佚名
0496 【○承前。無題。○三奏本0492。】
逢身云ふ 名は高島に 聞ゆれど 何方は此處に 栗本里
佚名
0497 【○承前。無題。○三奏本0493。】
笠取の 山に世を經る 身にし有れば 炭燒きも居る 我が心哉
佚名
0498 【○承前。無題。】
逢期無き 物と知る知る 何にかは 歎を山と 樵りは積むらむ
佚名
0499 【○承前。無題。○三奏本0496。】
謀るめる 言斧のみ 多けれど 空歎をば 樵るにや有るらむ
佚名
0500 【○承前。無題。○三奏本0497。】
逢事の 今は筐の 目を麤み 洩りて流れむ 名こそ惜けれ
佚名
0501 【○承前。無題。○三奏本0498。】
逢事は 片寢ぶりなる 磯額 捻伏すとも 甲斐や無からむ
佚名
0502 【○承前。無題。○三奏本0499。】
逢事の 交野に今は 成ぬれば 思狩のみ 行くにや有るらむ
佚名
0503 【○承前。無題。○三奏本0500。】
近江にか 在と云ふなる 餉山 君は越えけり 人と寢臭し
佚名
0504 【○承前。無題。○三奏本0501。】
逢事は 長雨古屋の 板廂 流石に掛けて 年經ぬらむ
佚名
0505 【○承前。無題。○三奏本0502。】
囂し 山下行く 細水 甚切囂我も 思心有り
佚名
0506 【○承前。無題。○三奏本0503。】
盜人と 云ふも理 小夜中に 君が心を 取りに來れば
佚名
0507 【○承前。無題。○三奏本0504。】
花漆 此や塗る人の 無かりける 甚切腹黑の 君が心や
佚名
0508 寄石戀と言ふ心を詠める 【○三奏本0483。】
逢事を 問ふ石神の 由緣無きに 我が心のみ 動きぬる哉
前齋院六條
0509 攝政左大臣家にて、戀心を詠める 【○三奏本0484。】
數為らぬ 身を宇治川の 端端と 言はれながらも 戀渡哉
源雅光
0510 戀歌十首人人詠みけるに、來不留と云へる事を詠める 【○三奏本0485。】
玉津島 岸擊浪の 立歸り 夫出ましぬ 名殘寂しも
修理大夫 藤原顯季
0511 戀歌とて詠める
逢事は 船人弱み 漕ぐ舟の 澪溯る 心地こそすれ
春宮大夫 藤原公實
0512 【○承前。詠戀歌。○三奏本0486。】
心から 著無き戀を 為ざり為ば 逢はで闇には 惑はざらまし
源顯仲卿女
0513 見交しながら恨めしかりける人に詠みかけける 【○三奏本0487。】
如此許 戀病は 重けれど 目に掛避げて 逢はぬ君哉
內大臣家小大進
0514 攝政左大臣家にて、時時逢と言ふ事を詠める 【○三奏本0488。】
我が戀は 賤絓絲 筋弱み 絕間は多く 來るは少なし
源顯國朝臣
0515 戀歌人人詠みけるに、詠める
淺ましや 此は何事の 樣ぞとよ 戀為よとても 生れざりけり
源俊賴朝臣