金葉和歌集 卷第七 戀部上
0350 五月五日、始めたる女許に遣はしける 【○三奏本0362。】
知らざりつ 袖のみ濡れて 菖蒲草 斯る戀路に 生ひむ物とは
小一條院御製 敦明親王
0351 女許に遣はしける 【○三奏本0364。】
篠薄 上葉に巢搔く 小蟹の 如何樣に為ば 人靡きなむ
大江公資朝臣
0352 曉戀を詠める 【○三奏本0365。】
然りともと 思限は 忍ばれて 鳥と共にぞ 音は泣かれける
神祇伯 源顯仲
0353 由緣無かりける女許に遣はしける 【○三奏本0369。】
玆に及く 思は無きを 草枕 旅に返すは 稻莚とや
春宮大夫 藤原公實
0354 顯季卿家にて、人人戀歌詠みけるに詠める 【○三奏本0371。】
逢ふと見て 現效は 無けれども 儚夢ぞ 命也ける
藤原顯輔朝臣
0355 女許に遣はしける 【○三奏本0372。】
逢迄は 思も寄らず 夏引の 愛ほしとだに 言ふと聞かばや
源雅光
0356 從二位藤原親子家草紙合に、戀心を詠める 【○三奏本0374。】
今は唯 寢られぬ寐をぞ 友とする 戀しき人の 緣と思へば
宣源法師
0357 【○承前。於從二位藤原親子家草紙合,詠戀心。○三奏本0373。】
思遣れ 須磨浦迴て 寢たる夜の 片敷く袖に 掛かる淚を
大宰大貳 藤原長實
0358 物申しける人の髮を搔漉して梳るを詠める
朝寢髮 誰が手枕に 束付けて 今朝は形見に 振越して見る
津守國基
0359 題知らず 【○三奏本0376。】
戀す云ふ 名をだに流せ 淚河 由緣無き人も 聞きや渡ると
佚名
0360 【○承前。無題。○三奏本0377。】
何為むに 思掛けけむ 唐衣 戀しき事は 操為らぬに
佚名
0361 【○承前。無題。】
逢ふ事は 何時と渚の 濱千鳥 浪立居に 音をのみぞ泣く
中納言 源雅定
0362 或宮腹に侍ける人の忍びて屋を出て、怪しの所にて物申して、亦日遣はしける 【○三奏本0379。】
思出や 在し其夜の 吳竹は 淺ましかりし 伏所哉
春宮大夫 藤原公實
0363 顯季卿家にて、寄織女戀と云ふ心を詠める 【○三奏本0366。】
織女は 復來む秋も 賴むらむ 逢夜も知らぬ 身を如何に為む
少將藤原公教母
0364 寄水鳥戀と言へる事を詠める 【○三奏本0381。】
水鳥の 羽風に騒ぐ 細浪の 竒しき迄も 濡るる袖哉
源師俊朝臣
0365 寄夢戀と言へる事を詠める
夢にだに 逢ふとは見えよ 然もこそは 現に辛き 心也とも
左兵衞督 藤原實能
0366 題知らず 【○三奏本0380。】
白雲の 掛かる山路を 踏見てぞ 甚心は 空に成りける
中納言 藤原顯隆
0367 賴めて不逢戀と云へる事を 【○三奏本0382。】
逢見むと 賴むればこそ 吳織 竒や如何 立歸るべき
源顯國朝臣
0368 忍戀之心を詠める 【○三奏本0383。】
谷川の 上は木葉に 埋もれて 下に流ると 人知るらめや
中納言 藤原實行
0369 月前戀と言へる事を詠める 【○三奏本0385。】
眺むれば 戀しき人の 戀しきに 曇らば曇れ 秋夜月
藤原基光
0370 題知らず 【○三奏本0386。】
辛しとも 愚なるにぞ 言はれける 如何に恨むと 人に知らせむ
佚名
0371 物申ける人の、前中宮に參りにければ、名殘惜びて月明かりける夜、言遣はしける 【○三奏本0387。】
面影は 數為らぬ身に 戀られて 雲居月を 誰と見るらむ
藤原知房朝臣
0372 障事有りて久しく訪れざりける女許より、言遣し侍ける
淺ましや 何ど書絕ゆる 藻鹽草 然こそは海人の 遊火也とも
佚名
0373 文許遣はして言絕えにける人許に言遣はしける 【○三奏本0390。】
踏初めて 思歸りし 紅の 筆遊みを 如何で見せけむ
內大臣家小大進
0374 實行卿家歌合に戀心を詠める 【○三奏本0391。】
知るらめや 淀繼橋 夜と共に 由緣無き人を 戀渡るとは
藤原長實卿母
0375 【○承前。於實行卿家歌合詠戀心。○三奏本0392。】
戀侘て 抑さふる袖や 流出る 淚川の 堰為るらむ
藤原道經
0376 【○承前。於實行卿家歌合詠戀心。○三奏本0393。】
流れての 名にぞ立ちぬる 淚川 人目包みを 堰し堪へねば
少將藤原公教母
0377 題知らず 【○三奏本0394。】
淚川 袖堰も 朽果て 淀方無き 戀もする哉
皇后宮右衛門佐
0378 【○承前。無題。○三奏本0396。】
如是とだに 未だ岩代の 結松 結ぼほれたる 我が心哉
源顯國朝臣
0379 女許に遣はしける
戀す云ふ 門司關守 幾度か 我書きつらむ 心盡しに
藤原顯輔朝臣
0380 【○承前。遣於女許。】
命だに 儚からずば 年經とも 逢見む事を 待たまし物を
左兵衛督 藤原實能
0381 後朝之心を詠める 【○金葉0700、三奏本0398。】
辛かりし 心馴らひに 逢見ても 猶夢かとぞ 疑はれける
源行宗朝臣
0382 堀河院御時艷書合に詠める
思餘り 如何で洩さむ 小野山の 岩搔籠る 谷下水
春宮大夫 藤原公實
0383 戀心を詠める 【○三奏本0399。】
年經れど 人も荒めぬ 我が戀や 朽木杣の 谷埋木
藤原顯輔朝臣
0384 在るまじき人を思掛けて遣はしける 【○三奏本0400。】
如何に為む 數為らぬ身に 從はで 裹袖より 落つる淚を
佚名
0385 院の熊野へ參らせ御座しましたりける時、御迎に參りて旅床の露消かりければ詠める
徹夜 草枕に 置露は 故鄉戀ふる 淚也けり
大宰大貳 藤原長實
0386 野分したりけるに、如何等訪れたりける人の、其後、又音も為ざりければ遣はしける 【○三奏本0401。】
荒かりし 風後より 絕えするは 蜘蛛手に巢搔く 絲にや有らむ
相模
0387 國信卿家歌合に、夜半戀心を詠める 【○三奏本0370。】
世とともに 玉散る床の 菅枕 見せばや人に 夜景色を
源俊賴朝臣
0388 五月五日、理無くて漏出たる所に、菰と云ふ物引きたりしも忘難さに言遣はしける 【○三奏本0404。】
菖蒲にも 非ぬ真菰を 引掛けし 假夜殿の 忘られぬ哉
相模
0389 閏五月、侍ける年人を語らひけるに、後五月過ぎて等申ければ詠める 【○三奏本0405。】
何ぞも如是 戀路に立ちて 菖蒲草 餘長引く 五月為るらむ
橘季通
0390 人許に遣はしける 【○三奏本0406。】
自づから 夜離るる程の 小莚は 淚憂に 成ると知らずや
神祇伯 源顯仲
0391 人を恨みて遣はしける 【○三奏本0407。】
池に棲む 我が名を鴛鴦の 取返す 物と欲得や 人を恨みじ
藤原惟規
0392 女許に罷りたりけるに、今宵は歸りねと申ければ歸りにける後、一夜は如何思ひし等申ければ、言遣はしける 【○三奏本0408。】
秋風に 吹返されて 葛葉の 如何に恨みし 物とかは知る
藤原正家朝臣
0393 語らひ侍ける人の強ちに申さする事有ければ、言遣はしける
從へば 身をば捨ててむ 心にも 叶はで留る 名こそ惜しけれ
藤原有教母
0394 長實卿家歌合に戀心を詠める
包めども 淚雨の しるければ 戀する名をも 降らしつる哉
藤原忠隆
0395 人を恨みて遣はしける
島風に 屢立つ浪の 立歸り 恨みても猶 賴まるる哉
藤原惟規
0396 無き名立ちける人許に遣はしける
淺ましや 逢瀨も知らぬ 名取川 夙に岩間 洩すべしやは
前齋宮內侍
0397 逢不遇戀の心を詠める 【○三奏本0409。】
一夜とは 何時か契し 川竹の 流れてとこそ 思初めしか
左京大夫 藤原經忠
0398 俊忠卿家にて戀歌十首詠みけるに、誓不遇と言ふ事を詠める 【○三奏本0410。】
逢見ての 後辛からば 世世を經て 此より勝る 戀に惑はむ
皇后宮式部
0399 實行卿家歌合に、戀之心を詠める 【○三奏本0473。】
何時と無く 戀に焦るる 我が身より 立つや淺間の 煙為るらむ
源俊賴朝臣
0400 戀歌とて詠める
後世と 契し人も 無き物を 死なばやとのみ 云ふぞ儚き
藤原成通朝臣
0401 【○承前。詠戀歌。】
言はぬ間は 下延蘆の 根を繁み 隙無き戀を 君知るらめや
攝政左大臣 藤原忠通
0402 語らひける人の離離に成りて恨めしかりければ、遣はしける 【○三奏本0413。】
待ちし夜の 更けしを何と 歎きけむ 思絕えても 過しける身を
白河女御越中
0403 戀心を人人詠みけるに、詠める 【○三奏本0414。】
命をし 懸けて契し 仲為れば 絕ゆるは死ぬる 心地こそすれ
律師實源
0404 【○承前。令人人詠戀心時所詠。】
搔絕えて 程は經ぬるを 小蟹の 今は心に 掛からず欲得
皇后宮美濃
0405 旅宿戀心を詠める
見せばやな 君忍寢の 草枕 玉貫掛くる 旅景色を
攝政左大臣 藤原忠通
0406 堀河院御時艷書合に詠める 【○三奏本0415。】
思遣れ 訪はで日を降る 五月雨に 獨宿漏る 袖雫を
皇后宮肥後
0407 皇后宮にて人人戀歌仕奉けるに、被返書戀と言へる事を詠める
戀ふれども 人心の 解けぬには 結ばれながら 返る玉梓
美濃
0408 人人に戀歌詠ませ侍けるに人に代りて
心指し 淺茅が末に 置露の 偶に訪ふ 人は賴まじ
攝政左大臣 藤原忠通
0409 忍戀と云へる事を詠める
忍ぶれど 貝も渚の 海人小舟 浪掛けても 今は恨みじ
佚名
0410 雲居寺歌合に、人に代りて戀心を詠める 【○三奏本0416。】
何ぞも如是 身に替ふ許 思ふらむ 逢見む事も 人為かは
三宮大進
0411 寄花戀之心を詠める
徒也し 人心に 較ぶれば 花も常磐の 物とこそ見れ
攝政左大臣 藤原忠通
0412 百首歌中に戀心を詠める
我が戀は 烏羽に書く 言葉の 寫らぬ程は 知る人も無し
修理大夫 藤原顯季
0413 攝政左大臣家にて、戀之心を詠める
生憎に 焦るる胸も 有る物を 如何に乾かぬ 袂為るらむ
源雅光
0414 寄山戀と言へる事を詠める
戀侘て 思入佐の 山端に 出る月日の 積りぬる哉
大中臣公長朝臣
0415 由緣無かりける人許に、逢由の夢を見て遣はしける 【○三奏本0417。】
轉寢に 逢と見つるは 現にて 辛きを夢と 思はましかば
藤原公教
0416 權中納言俊忠卿の家にて戀歌十首人人詠みけるに、頓來不留と言へる事を詠める
思草 葉末に結ぶ 白露の 偶偶來ては 手にも掛からず
源俊賴朝臣
0417 女を恨みて遣はしける 【○三奏本0418。】
蘆根延ふ 水上とぞ 思ひしを 憂は我が身に 有ける物を
春宮大夫 藤原公實
0418 重服に成りたる人の、立ちながら詣來むと申しければ、遣はしける
立ちながら 來りと逢はじ 藤衣 脫捨てられむ 身ぞと思へば
橘俊宗女
0419 戀心を人に代りて詠める
石走る 瀧水上 速くより 音に聞きつつ 戀度る哉
前中宮上總
0420 【○承前,代人詠戀心。○三奏本0420。】
賴置く 言葉だにも 無き物を 何に掛かれる 露命ぞ
皇后宮女別當