金葉和歌集 卷第四 冬部
0257 承曆二年御前にて、殿上人題を探りて歌仕奉けるに、時雨を取りて仕奉れる 【○三奏本0259。】
神無月 時雨るる儘に 暗部山 下照る許 紅葉しにけり
源師賢朝臣
0258 從二位藤原親子家草子合に、時雨を詠める 【○三奏本0260。】
時雨つつ 且散る山の 紅葉を 如何に吹く夜の 嵐為るらむ
修理大夫 藤原顯季
0259 奈良に人人百首歌詠みけるに、時雨を詠める
山河の 水は增さらで 時雨には 紅葉色ぞ 深く成りける
權僧正永緣
0260 時雨を詠める
神無月 時雨雨の 降る度に 色色に成る 鈴鹿山哉
攝政家參河
0261 後朱雀院御時、御前にて、霧藏紅葉と言へる事を詠める 【○三奏本0266。】
紅葉散る 山は秋霧 晴為ねば 龍田川の 流をぞ見る
前中納言 藤原資仲
0262 大堰川に罷りて、紅葉を詠める
大堰川 紅葉を渡る 筏士は 棹に錦を 掛けてこそ見れ
平致親
0263 落葉を詠める
三室山 紅葉散るらし 旅人の 菅小笠に 錦織掛く
大納言 源經信
0264 竹風似雨と言へる事を詠める 【○三奏本0267。】
弱竹の 音にぞ袖を 被きつる 濡れぬにこそは 風と知りぬれ
前中納言 藤原基長
0265 十月十日頃に、鹿鳴きけるを聞きて詠める
何事に 秋果ながら 小壯鹿の 思返して 妻を戀ふらむ
法印光清
0266 百首歌中に、紅葉を詠める 【○三奏本0261。】
龍田川 柵掛けて 神奈備の 三室山の 紅葉をぞ見る
源俊賴朝臣
0267 網代を詠める 【○三奏本0268。】
冰魚寄る 川瀨に見ゆる 網代木は 寄白浪の 上にや有るらむ
皇后宮肥後
0268 月照網代と言ふ事を詠める
月清み 瀨瀨網代に 寄る冰魚は 玉藻に冴ゆる 冰也けり
大納言 源經信
0269 旅宿冬夜と言へる事を詠める 【○三奏本0301。】
旅寢する 夜床冴えつつ 明けぬらし 外方に鐘の 聲聞ゆなる
源經信
0270 關路千鳥と言へる事を詠める 【○三奏本0271、百人一首0078。】
淡路島 通ふ千鳥の 鳴聲に 幾夜寢覺めぬ 須磨關守
近畿淡路島 千鳥飛渡畫大空 鳥鳴聲淒厲 幾度令吾夜寢覺 須磨關守甚難眠
源兼昌
0271 冰を詠める 【○三奏本0273。】
高瀨舟 棹音にぞ 知られぬる 葦間冰 一重しにけり
藤原隆經朝臣
0272 谷水結冰と言へる事を詠める 【○三奏本0274。】
谷川の 淀みに結ぶ 冰こそ 見人も無き 鏡也けれ
內大臣 源有仁
0273 百首歌中に冰を詠める 【○三奏本0276。】
息長鳥 豬名伏原 風冴えて 昆陽池水 冰しにけり
藤原仲實朝臣
0274 冬月を詠める 【○三奏本0279。】
冬寒み 空に凍れる 月影は 宿に洩るこそ 解くる也けれ
神祇伯 源顯仲
0275 冰滿池上と言へる事を詠める 【○三奏本0278。】
水鳥の 冰柱枕 隙も無し 宜冴えけらし 十生菅菰
大納言 源經信
0276 深山霰を詠める
鷂鷹の 白斑に色や 紛ふらむ 色替る山に 霰降る也
大藏卿 大江匡房
0277 水邊寒草と言へる事を詠める
高嶺には 雪降りぬらし 真柴川 岸蔭草 垂冰縋れり
大中臣公長朝臣
0278 宇治前太政大臣家歌合に、雪之心を詠める 【○三奏本0281。】
衣手に 余吳浦風 冴冴て 己高山に 雪降りにけり
源賴綱朝臣
0279 橋上初雪と言へる事を詠める 【○三奏本0282。】
白浪の 立渡るかと 見ゆる哉 濱名橋に 降れる初雪
前齋院尾張
0280 初雪を詠める 【○三奏本0284。】
初雪は 槙葉白く 降りにけり 此や小野山の 冬寂しさ
大納言 源經信
0281 雪中鷹狩を詠める 【○三奏本0294。】
濡濡も 猶狩行かむ 鷂鷹の 上羽雪を 打拂ひつつ
源道濟
0282 鷹狩之心を詠める 【○三奏本0298。】
鷂鷹を 取飼ふ澤に 影見れば 我身も共に 鳥屋歸けり
源俊賴朝臣
0283 【○承前。詠鷹狩之趣。○三奏本0297。】
理や 交野小野に 鳴く雉子 然こそは狩の 人は辛けれ
內大臣家越後
0284 百首歌中に、雪之心を詠める 【○三奏本0283。】
如何に為む 末之松山 浪越さば 峯初雪 消えもこそすれ
大藏卿 大江匡房
0285 宇治前太政大臣家歌合に、雪之心を詠める 【○三奏本0286。】
降雪に 杉青葉も 埋れて 徵も見えず 三輪山麓
皇后宮攝津
0286 【○承前。於宇治前太政大臣家歌合,詠雪之趣。○三奏本0287。】
岩代の 結べる松に 降雪は 春も解けずや 有らむとすらむ
中納言女王
0287 大嘗會主基方、備中國彌高山を詠める 【○三奏本0289。】
雪降れば 彌高山の 梢には 未冬ながら 花咲きにけり
藤原行盛
0288 雪歌とて詠める
衣手の 冴行く儘に 細枝結ふ 葛城山に 雪は降りつつ
源俊賴朝臣
0289 雪御幸に遲く參りければ、頻に遲由の御使賜りて、仕奉れる 【○三奏本0290。】
朝每の 鏡影に 面馴れて 雪見むとしも 急がれぬ哉
六條右大臣 源顯房
0290 炭窯を詠める 【○三奏本0291。】
炭窯に 立烟さへ 小野山は 雪氣雲と 見ゆる也けり
皇后宮權大夫 源師時
0291 百首歌中に、雪を詠める
都だに 雪降りぬれば 信樂の 槇杣山 跡絕えぬらむ
隆源法師
0292 【○承前。百首歌中,詠雪。】
道も無く 積れる雪に 跡絕えて 故里如何に 寂しかるらむ
皇后宮肥後
0293 選子內親王、齋院に御座しましける時、雪降りたりけるに月明かりける夜參りたりけれど、女房達寢たりけるにや、月も見ざりければ、殿上御簾に結付けける歌 【○齋宮齋院百人一首0034。】
搔黯し 雨降る夜半や 如何為らむ 月と雪とは 甲斐無かりけり
綜為天曇之 搔暗雨零夜半者 其又復何如 難得零雪月明夜 無人與觀殄天物
藤原兼房朝臣
0294 家經朝臣桂山庄障子繪に、神樂したる所を詠める 【○三奏本0300。】
榊葉や 立舞ふ袖の 追風に 靡かぬ神は 有らじとぞ思ふ
康資王母
0295 神樂を詠める
神垣の 三室山に 霜降れば 木綿垂掛けぬ 榊葉ぞ無き
皇后宮權大夫 源師時
0296 冰を詠ませ給ける 【○三奏本0277。】
繋がねど 流も行かず 高瀨舟 結冰の 解けぬ限は
三宮 輔仁親王
0297 池冰を詠める
浪枕 如何に浮寢を 定むらむ 冰益田の 池鴛鴦
前齋宮內侍
0298 【○承前。詠池冰。○三奏本0303。】
狹莚に 思ひこそ遣れ 笹葉に 冴ゆる霜夜の 鴛獨寢
修理大夫 藤原顯季
0299 依花待春と云ふ心を 【○三奏本0305。】
何と無く 年暮るるは 惜けれど 花緣に 春を待哉
內大臣 源有仁
0300 歲暮之心を詠める 【○三奏本0306。】
人知れず 暮行く年を 惜間に 春厭ふ名の 立ちぬべき哉
藤原成通朝臣
0301 霜月十日頃に攝政左大臣家にて、各題供を探りて詠侍けるに、歲暮を取りて詠める 【○三奏本0307。】
數ふるに 殘少なき 身にし有れば 責めても惜しき 歲暮哉
此歌詠みて後、歲內に身罷りにけるとぞ。
藤原永實
0302 歲暮之心を詠ませ給ける 【○三奏本0308。】
如何に為む 暮行く年を 標にて 身を尋ねつつ 老は來にけり
三宮 輔仁親王
0303 【○承前。詠歲暮之情。○三奏本0309。】
年暮ぬ と許こそは 聞かましか 我が身上に 積らざり為ば
中原長國
0304 【○承前。詠歲暮之情。】
何事を 待つとは無しに 明暮れて 今年も今日に 成にける哉
中納言 源國信