金葉和歌集 卷第三 秋部
0156 百首歌中に、秋立つ心を詠める 【○三奏本0149。】
常永久に 吹く夕暮の 風為れど 秋立つ日こそ 凉しかりけれ
春宮大夫 藤原公實
0157 野草帶露と言へる事を詠める 【○三奏本0150。】
真葛延ふ 阿陀大野の 白露を 吹莫亂りそ 秋初風
大宰大貳 藤原長實
0158 後冷泉院御時、皇后宮春秋歌合に、七夕之心を詠める 【○三奏本0151。】
萬代に 君ぞ見るべき 七夕の 行逢空を 雲上にて
土佐內侍
0159 七夕之心を詠める 【○三奏本0152。】
織女の 苔衣を 厭はずば 人並並に 貸しもしてまし
能因法師
0160 七月七日、父服にて侍ける年、詠める 【○三奏本0153。】
藤衣 忌もやすると 七夕に 貸さぬに付けて 濡るる袖哉
橘元任
0161 七夕之心を詠める 【○三奏本0154。】
戀戀て 今宵許や 織女の 枕に塵の 積らざるらむ
前齋宮河內
0162 【○承前。詠七夕之趣。○三奏本0155。】
天川 別に胸の 焦がるれば 歸途之舟は 梶も執られず
三宮 輔仁親王
0163 【○承前。詠七夕之趣。○三奏本0156。】
七夕に 貸せる衣の 露けさに 飽かぬ景色を 空に知る哉
中納言 源國信
0164 七夕後朝之心を詠める
限有りて 別るる時も 七夕の 淚色は 變らざりけり
內大臣 源有仁
0165 【○承前。詠七夕後朝之趣。○三奏本0158。】
七夕の 飽かぬ別の 淚にや 花蘰も 露懸るらむ
皇后宮權大夫 源師時
0166 【○承前。詠七夕後朝之趣。○三奏本0159】
天川 歸途之舟に 浪掛けて 乘煩はば 程も經許
內大臣家越後
0167 【○承前。詠七夕後朝之趣。】
歸途は 淺瀨も知らじ 天川 飽かぬ淚に 水し增さらば
源俊賴朝臣
0168 草花告秋と云へる事を詠める
咲初むる 朝原の 女郎花 秋を知らする 端緒にぞ有ける
源雅兼朝臣
0169 同心を詠める 【○三奏本0163。】
咲きにけり 梔子色の 女郎花 言はねど著し 秋景色は
源緣法師
0170 秋初之心を詠める
自から 秋は來にけり 山里の 葛は引かかる 槇之伏屋に
大納言 源經信
0171 田家早秋と言へる事を詠める
稻葉吹く 風音せぬ 宿為らば 何に付けてか 秋を知らまし
右兵衛督 藤原伊通
0172 山里秋と言ふ事を詠める
山深み 訪人も無き 宿為れど 外面小田に 秋は來にけり
藤原行盛
0173 師賢朝臣の梅津山里に人人罷りて、田家秋風と言へる事を詠める 【○三奏本0164、百人一首0071。】
夕去れば 門田稻葉 音づれて 葦丸屋に 秋風ぞ吹く
夕暮黃昏刻 門田稻葉聲作響 一猶人來訪 秋風吹拂蘆丸屋 稻葉作響猶喚人
大納言 源經信
0174 三日月之心を詠める 【○三奏本0166。】
山端に 飽かず入りぬる 夕月夜 何時有明に 成らむとすらむ
大江公資朝臣
0175 攝政左大臣家にて、夕月夜之心を詠ませ侍けるに詠める
風吹けば 枝休からぬ 木間より 仄めく秋の 夕月夜哉
藤原忠隆
0176 月旅宿友と言へる事を詠める
草枕 此旅寢にぞ 思知る 月より外の 友無かりけり
法橋忠命
0177 閒見月と言へる事を詠める 【○三奏本0170。】
諸共に 草葉露の 置居ずは 獨や見まし 秋夜月
源顯仲卿女
0178 翫明月と言へる事を詠める
偽に 也ぞ知ぬべき 月影を 此見る許 人に語らば
前中納言 藤原伊房
0179 鳥羽殿にて、旅宿月と言へる事を詠める
我こそは 明石瀨戶に 旅寢せめ 同水にも 宿る月哉
春宮大夫 藤原公實
0180 寛治八年八月十五夜鳥羽殿にて、池上翫月と言へる事を詠ませ給ひける 【○三奏本0171。】
池水に 今宵月を 映以て 心儘に 我物と見る
白河院御製
0181 【○承前。寛治八年八月十五夜,於鳥羽殿詠池上翫月。○三奏本0172。】
照月の 岩間水に 宿らずば 玉居る數を 如何で知らまし
大納言 源經信
0182 翫明月と云ふ事を詠める 【○三奏本0174。】
何處にも 今宵月を 見る人の 心や同じ 空に澄むらむ
民部卿 藤原忠教
0183 後冷泉院御時皇后宮歌合に、駒迎之心を詠める 【○三奏本0175。】
引駒の 數より外に 見えつるは 關清水の 影にぞ有ける
藤原隆經
0184 駒迎之心を詠める 【○三奏本0177。】
東路を 遙かに出る 望月の 駒に今宵や 逢坂關
源仲正
0185 八月十五夜之心を詠める 【○三奏本0178。】
清けさは 思做しかと 月影を 今宵と知らぬ 人に問はばや
源親房
0186 閏九月有る年の八月十五夜に詠める 【○三奏本0180。】
秋は猶 殘多かる 年為れど 今宵月の 名こそ惜けれ
春宮大夫 藤原公實
0187 水上月を詠める 【○三奏本0183。】
雲浪 掛からぬ小夜の 月影を 清瀧川に 宿してぞ見る
前齋院六條 待賢門院堀河
0188 八月十五夜、明月之心を詠める 【○三奏本0204。】
澄登る 心や空を 拂ふらむ 雲塵居ぬ 秋夜月
源俊賴朝臣
0189 月を詠める 【○三奏本0184。】
月を見て 思心の 儘為らば 行方も知らず 憧れなまし
皇后宮肥後
0190 人許に罷りて物申しける程に、月入りにければ詠める 【○三奏本0185。】
如何にして 柵懸けむ 天川 流るる月や 暫淀むと
源師俊朝臣
0191 經長卿の桂山庄にて、閑見月と言へる事を人人詠みけるに詠める 【○三奏本0186。】
今宵我が 桂里の 月を見て 思殘せる 事無哉
大納言 源經信
0192 承曆二年內裏歌合に、月を詠める 【○三奏本0187。】
曇無き 影を留めば 山端に 入るとも月を 惜まざらまし
春宮大夫 藤原公實
0193 宇治前太政大臣家歌合に、月を詠める 【○三奏本0188。】
照月の 光冴行く 宿為れば 秋水にも 冰居にけり
皇后宮攝津
0194 【○承前。於宇治前太政大臣家歌合,詠月。○三奏本0189。】
山端に 雲衣を 脫捨て 一人も月の 立昇る哉
源俊賴朝臣
0195 水上月 【○三奏本0190。】
蘆根延ひ 勝見も茂き 沼水に 理無く宿る 夜半月哉
攝政左大臣 藤原忠通
0196 宇治前太政大臣家歌合に、月を詠める 【○三奏本0191。】
鏡山 峯より出る 月為れば 曇る夜も無き 影をこそ見れ
一宮紀伊
0197 秋、難波方に罷りて月明かりける夜、見したる人人詠みけるに詠める 【○三奏本0192。】
古の 難波事を 思出て 高津宮に 月澄むらむ
參議 源師賴
0198 秋月如晝と言へる事を詠める
菊上に 露微りせば 如何にして 今宵月を 夜と知らまし
藤原隆經朝臣
0199 翫明月と云へる事を詠める 【○三奏本0193。】
餘波無く 夜半嵐に 雲晴れて 心儘に 澄める月哉
源行宗朝臣
0200 八月十五夜に、人人歌詠みけるに詠める 【○三奏本0194。】
三笠山 光を射して 出しより 曇らで明けぬ 秋夜月
平師季
0201 宇治入道前太政大臣三十講歌合に、月心を詠める 【○三奏本0195。】
宿からぞ 月光も 增さりける 夜曇無く 澄めば也けり
佚名
0202 奈良花林院歌合に、月を詠める
如何為れば 秋は光の 勝るらむ 同三笠の 山端月
權僧正永緣
0203 詠月歌
三笠山 漏來る月の 清ければ 神心も 澄みやしぬらむ
藤原顯輔
0204 太皇太后宮の扇合に、月心を詠める 【○三奏本0196。】
春日山 峯より出る 月影は 佐保川瀨の 冰也けり
大納言 源經信
0205 顯季卿家にて九月十三夜、人人月歌詠みけるに 【○三奏本0198。】
暈も無き 鏡と見ゆる 月影に 心移らぬ 人は有らじな
大宰大貳 藤原長實
0206 【○承前。九月十三夜於顯季卿家,令人人詠月歌。○三奏本0199。】
叢雲や 月暈をば 拭ふらむ 晴行く度に 照增る哉
源俊賴朝臣
0207 月照古橋と言へる事を詠ませ給ける 【○三奏本0200。】
途絕えして 人も通はぬ 棚橋は 月許こそ 澄渡りけれ
三宮 輔仁親王
0208 水上月を詠める 【○三奏本0201。】
月影の 射すに任せて 行舟は 明石浦や 泊為るらむ
藤原實光朝臣
0209 題知らず 【○三奏本0203。】
然らぬだに 玉に紛ひて 置露を 甚磨ける 秋夜月
大宰大貳 藤原長實
0210 永承四年殿上歌合に、月心を詠める 【○三奏本0205。】
夜と共に 曇らぬ雲の 上為れば 思事無く 月を見る哉
藤原家經朝臣
0211 月前旅宿と言ふ事を詠める
松が根に 衣片敷き 終夜 眺むる月を 妹見るらむか
修理大夫 藤原顯季
0212 獨見月と云ふ事を詠める
眺むれば 覺えぬ事も 無かりけり 月や昔の 形見為るらむ
藤原有教母
0213 行路曉月と言へる事を詠める 【○三奏本0207。】
諸共に 出とは無しに 有明の 月見送る 山路をぞ行く
權僧正永緣
0214 對山待月と言へる事を詠める 【○三奏本0208。】
有明の 月待つ程の 轉寢は 山端のみぞ 夢に見えける
土御門右大臣 源師房
0215 山家曉月と言へる事を詠める 【○三奏本0210。】
山里の 門田稻の 仄仄と 明くるも知らず 月を見る哉
中納言 藤原顯隆
0216 月明かりける頃、明石に罷りて月を見て登りたりけるに、都人人、「月は如何?」等尋ねけるを聞きて詠める 【○三奏本0212。】
有明の 月も明石の 浦風に 波許こそ 寄ると見えしか
平忠盛朝臣
0217 月前落葉と言へる事を詠める
嵐をや 葉守神も 祟るらむ 月に紅葉の 手向しつれば
源俊賴朝臣
0218 蟲を詠める 【○三奏本0214。】
露繁き 野邊に傚ひて 蟋蟀 我が手枕の 下に鳴く也
前齋院六條
0219 機織と言ふ蟲を詠める 【○三奏本0215。】
小蟹の 絲引掛くる 草叢に 機織蟲の 聲ぞ聞ゆる
源顯仲卿母
0220 雁を詠める
玉梓は 掛けて來たれど 雁音の 上空にも 聞ゆなる哉
佚名
0221 歌合に雁を 【○三奏本0218。】
妹背山 峯嵐や 寒からむ 衣雁音 空に鳴く也
春宮大夫 藤原公實
0222 鹿を詠める 【○三奏本0219。】
妻戀ふる 鹿ぞ鳴くなる 獨寢の 鳥籠山風 身にや沁むらむ
三宮大進
0223 曉聞鹿と言へる事を詠める 【○三奏本0221。】
思事 有明方の 月影に 哀を添ふる 小壯鹿聲
皇后宮右衛門佐
0224 夜聞鹿聲と云へる事を詠める 【○三奏本0222。】
夜半に鳴く 聲に心ぞ 憧るる 我が身は鹿の 妻為らねども
內大臣家越後
0225 攝政左大臣家にて、旅宿鹿と言へる事を詠める 【○三奏本0223。】
然もこそは 都戀しき 旅為らめ 鹿音にさへ 濡るる袖哉
源雅光
0226 鹿歌とて詠める 【○三奏本0226。】
世中を 秋果ぬとや 小壯鹿の 今は嵐の 山に鳴くらむ
藤原顯仲朝臣
0227 野花帶露と言へる事を詠める
白露と 人は言へども 野邊見れば 置花每に 色ぞ變れる
皇后宮肥後
0228 太皇太后宮扇合に人に代りて、萩之心を詠める
小萩原 匂盛りは 白露の 色色にこそ 見え渡りけれ
僧正行尊
0229 萩を詠める 【○三奏本0227。】
白菅の 真野萩原 露ながら 折つる袖ぞ 人莫咎めそ
大宰大貳 藤原長實
0230 女郎花を詠める
女郎花 咲ける野邊にぞ 宿りぬる 花名立に 成やしぬらむ
隆源法師
0231 顯隆卿家歌合に、女郎花を詠める 【○三奏本0228。】
夕露の 玉鬘して 女郎花 野原風に 折れやしぬらむ
中納言 藤原俊忠
0232 女郎花を詠める 【○三奏本0229。】
白露や 心置くらむ 女郎花 色めく野邊に 人通ふとて
藤原顯輔朝臣
0233 【○承前。詠女郎花。】
女郎花 夜間風に 折伏して 今朝白露に 心置かる莫
攝政左大臣 藤原忠通
0234 攝政左大臣家にて、歌合し侍けるに、蘭を詠める 【○三奏本0230。】
佐保川の 汀に咲ける 藤袴 浪皈りてや 掛けむとすらむ
源忠季
0235 蘭を詠める 【○三奏本0231。】
狩に來る 人も著よとや 藤袴 秋野每に 鹿立らむ
右兵衞督 藤原伊通
0236 【○承前。詠蘭。○三奏本0232。】
細蟹の 絲縫目や 徒ならむ 綻渡る 藤袴哉
神祇伯 源顯仲
0237 鳥羽殿にて、前栽合に詠める 【○三奏本0234。】
化野の 露吹亂る 秋風に 靡きも堪へぬ 女郎花哉
春宮大夫 藤原公實
0238 野花留人と言ふ事を詠める
行人を 招くか野邊の 花薄 今宵も此處に 旅寢為よとや
平忠盛朝臣
0239 堀河院御時、御前にて各題を探りて歌仕奉けるに、薄を取りて仕奉れる 【○三奏本0233。】
鶉鳴く 真野入江の 濱風に 尾花浪皈る 秋夕暮
源俊賴朝臣
0240 河霧を詠める 【○三奏本0239。】
宇治川の 河瀨も見えぬ 夕霧に 槙島人 舟喚ばふ也
藤原基光
0241 郁芳門院歌合に、菊を詠める 【○三奏本0241。】
盛為る 籬菊を 今朝見れば 未空冴えぬ 雪ぞ積れる
中納言 藤原通俊
0242 鳥羽殿前栽合に、菊を詠める 【○三奏本0242。】
千歲迄 君が積むべき 菊為れば 露も仇には 置かじとぞ思ふ
修理大夫 藤原顯季
0243 攝政左大臣家にて、紅葉隔牆と言へる心を詠める 【○三奏本0243。】<
百舌鳥居る 櫨立枝の 薄紅葉 誰我宿の 物と見るらむ
藤原仲實朝臣
0244 承曆二年內裏歌合に、紅葉を詠める
箒木の 梢や何方 覺束無 皆園原は 紅葉しにけり
源師賢朝臣
0245 宇治前太政太臣、大堰川に罷渡りけるに罷りて、水邊紅葉と言へる事を詠める 【○三奏本0253。】
大堰川 岩浪高し 筏士よ 岸紅葉に 傍目莫為そ
大納言 源經信
0246 太皇太后宮扇合に人に代りて、紅葉之心を詠める 【○三奏本0255。】
音羽山 紅葉散るらし 逢坂の 關小川に 錦織掛く
源俊賴朝臣
0247 紅葉を詠める 【○三奏本0249。】
谷川に 柵懸けよ 龍田姫 峯紅葉に 嵐吹く也
藤原伊家
0248 大堰川行幸に仕奉れる
大堰川 堰音の 無かりせば 紅葉を敷ける 渡とや見む
修理大夫 藤原顯季
0249 深山紅葉と言へる事を詠める 【○三奏本0246。】
山守よ 斧音高く 響く也 峯紅葉は 避きて切らせよ
大納言 源經信
0250 紅葉を詠める
餘所に見る 峯紅葉や 散來ると 麓里は 嵐をぞ待つ
神祇伯 源顯仲
0251 大堰川逍遙に、水上落葉と言へる事を詠めるめる 【○三奏本0250。】
柞散る 岩間を潛く 鴨鳥は 己が青羽も 紅葉しにけり
藤原伊家
0252 落葉埋橋と言へる事を詠める 【○三奏本0254。】
小倉山 峯嵐の 吹くからに 谷掛橋 紅葉しにけり
修理大夫 藤原顯季
0253 落葉藏水と言へる事を詠める
大堰川 散る紅葉に 埋れて 戶無瀨瀧は 音のみぞする
大中臣公長朝臣
0254 九月盡之心を詠める 【○三奏本0256。】
明日よりは 四方山邊の 秋霧の 面影にのみ 立たむとすらむ
中原經則
0255 【○承前。詠九月晦之情。○三奏本0257。】
草葉に 儚消ゆる 露をしも 形見に置きて 秋行くらむ
源俊賴朝臣
0256 九月盡日、大堰に罷りて詠める
惜めども 四方紅葉は 散果てて 戶無瀨ぞ秋の 泊也ける
春宮大夫 藤原公實