金葉和歌集 卷第二 夏部
0094 卯月朔に更衣之心を詠める 【○三奏本0098。】
我のみぞ 急裁たれぬ 夏衣 一重に春を 惜む身為れば
源師賢朝臣
0095 二條關白家にて、人人に餘花之心を詠ませ侍けるに詠める 【○三奏本0099。】
夏山の 青葉混りの 遲櫻 初花よりも 珍しき哉
藤原盛房
0096 應德元年四月、三條內裏にて庭樹結葉と言へる事を詠ませ賜ひける 【○三奏本0100。】
押並て 梢青葉に 成りぬれば 松綠も 別れざりけり
白河院御製
0097 【○承前。應德元年四月,於三條內裏詠庭樹結葉。○三奏本0101。】
玉柏 庭も葉廣に 成りにけり 此や木綿垂て 神祭る頃
大納言 源經信
0098 鳥羽殿にて、人人歌仕奉けるに、卯花之心を詠める 【○三奏本0103。】
雪色を 奪ひて咲ける 卯花に 小野里人 冬籠りす莫
春宮大夫 藤原公實
0099 卯花連牆と言へる事を詠める 【○三奏本0104。】
何れをか 別きて訪はまし 山里の 垣根繼きに 咲ける卯花
大藏卿 大江匡房
0100 卯花を詠める 【○三奏本0106。】
雪と霜 紛ひも果てず 卯花は 暮るれば月の 影かとも見ゆ
江侍從
0101 【○承前。詠卯花。○三奏本0107。】
卯花の 咲かぬ垣根は 無けれども 名に流れたる 玉川里
攝政左大臣 藤原忠通
0102 卯花誰牆と言ふ事を詠める 【○三奏本0108。】
神山の 麓に咲ける 卯花は 誰が標結し 垣根為るらむ
中納言 藤原實行
0103 卯花を詠める 【○三奏本0109。】
賤女が 蘆火炊屋も 卯花の 咲きし掛かれば 窶れざりけり
大納言 源經信
0104 鳥羽殿歌合に郭公を詠める 【○三奏本0110。】
深山出て 未里馴れぬ 時鳥 旅空為る 音をや鳴くらむ
修理大夫 藤原顯季
0105 尋郭公と言へる事を詠める 【○三奏本0111。】
今日も亦 尋暮しつ 時鳥 如何で聞くべき 初音為るらむ
藤原節信
0106 郭公歌十首、人人に詠ませ侍る序に 【○三奏本0112。】
時鳥 姿は水に 宿れども 聲は映らぬ 物にぞ有ける
攝政左大臣 藤原忠通
0107 【○承前。令人人詠郭公歌十首之頃。】
時鳥 鳴きつと語る 人傳の 言葉さへぞ 嬉しかりける
源雅光
0108 郭公を尋ねける日は聞かで、二日許有りて鳴きけるを聞きて詠める
時鳥 音羽山の 麓迄 尋ねし聲を 今宵聞哉
橋成元
0109 長實卿家歌合に、郭公を詠める 【○三奏本0113。】
年每に 聞くとはすれど 時鳥 聲は古せぬ 物にぞ有ける
左京大夫 藤原經忠
0110 郭公を待つ心を詠める
戀す云ふ 無き名や立たむ 時鳥 待つに寢ぬ夜の 數し積れば
內大臣 源有仁
0111 郭公を詠める 【○三奏本0114。】
時鳥 心も空に 在所離れて 夜離勝ちなる 深山邊里
藤原顯輔朝臣
0112 承曆二年內裏歌合に、郭公を人に代りて詠める 【○三奏本0115。】
時鳥 飽かで過ぎぬる 聲により 跡無き空に 眺めつる哉
藤原孝善
0113 郭公を詠める 【○三奏本0116。】
聞く度に 珍しければ 子規 何時も初音の 心地こそすれ
權僧正永緣
0114 人人十首歌詠みけるに、郭公を
待兼ねて 尋ねざり為ば 時鳥 誰とか山の 峽に鳴かまし
源俊賴朝臣
0115 郭公驚夢と言へる事を詠める
驚かす 聲無かり為ば 時鳥 未だ現には 聞かずや有らまし
中納言 藤原實行
0116 待郭公と云へる事を詠ませ賜ひける 【○三奏本0118。】
時鳥 待つに限りて 明かす哉 藤花とや 人は見るらむ
白河院御製
0117 俊忠卿家歌合に、郭公を詠める
待人の 宿をば知らで 時鳥 彼方山邊を 鳴きて過ぐらむ
後二條關白家筑前
0118 【○承前。俊忠卿家歌合,詠郭公。○三奏本0119。】
子規 仄めく聲を 何方と 聞惑はしつ 曙空
中納言女王
0119 郭公を詠める 【○三奏本0120。】
宿近く 暫語らへ 時鳥 待夜之數の 積る驗に
前齋院六條
0120 【○承前。詠郭公。】
時鳥 稀に鳴く夜は 山彥の 答ふるさへぞ 嬉しかりける
中納言 源雅定
0121 宇治前太政大臣家歌合に郭公を詠める 【○三奏本0122。】
山近く 浦漕ぐ舟は 時鳥 鳴 く渡りこそ 泊也けれ
康資王母
0122 匡房卿美作守にて下りける時、道にて郭公鳴くを聞きて詠める
聞きも堪へず 漕ぎぞ別るる 子規 我が心為る 舟出為らねば
中原高真
0123 月前郭公と言へる事を詠める 【○三奏本0123。】
時鳥 雲之絕間に 漏る月の 影髣髴にも 鳴渡る哉
皇后宮式部
0124 曉聞郭公と言へる事を詠める 【○三奏本0124。】
吾妹子に 逢坂山の 時鳥 明くれば歸る 空に鳴くなり
源定信
0125 尋郭公と云へる事を詠める
子規 尋ぬるだにも 有る物を 待人如何で 聲を聞くらむ
佚名
0126 雨中霍公鳥と言へる事を詠める 【○三奏本0125。】
時鳥 雲路に惑ふ 聲す也 小止みだに為よ 五月雨之空
大納言 源經信
0127 五月五日、實能卿許に藥玉遣はすとて
菖蒲草 妬くも君が 問はぬ哉 今日は心に 掛かれと思ふに
內大臣 源有仁
0128 永承四年殿上根合に、菖蒲を詠める 【○三奏本0127。】
萬代に 變らぬ物は 五月雨の 雫に薰る 菖蒲也けり
大納言 源經信
0129 郁芳門院根合に、菖蒲を詠める 【○三奏本0128。】
菖蒲草 引手も弛く 長根の 如何で安積の 沼に生ひけむ
藤原孝善
0130 承曆二年內裏歌合に、菖蒲を詠める
玉江にや 今日菖蒲を 引きつらむ 磨ける宿の 褄と見ゆるは
春宮大夫 藤原公實
0131 宮仕しける娘許に、五月五日藥玉遣はすとて 【○三奏本0129。】
菖蒲草 我が身の憂を 引更へて 並べて為らぬに 生ひも出なむ
權僧正永緣母
0132 百首歌中に菖蒲を詠める
菖蒲草 淀野に生ふる 物為れば 寢ながら人は 引くにや有るらむ
春宮大夫 藤原公實
0133 五月五日に家に菖蒲葺くを見て詠める 【○三奏本0131。】
同じくは 調へて葺け 菖蒲草 五月雨たらば 漏りもこそすれ
左近府生秦兼久
0134 昔、中院に住ませ給ひける程には見えざりける菖蒲を、人の、中院の、等申しけるを見て詠ませ給ひける
淺ましや 見し故鄉の 菖蒲草 我が知らぬ間に 生ひにける哉
第三宮 輔仁親王
0135 百首歌中に、五月雨を詠める
五月雨に 沼之岩垣 水越えて 真菰苅るべき 方も知られず
參議 源師賴
0136 五月雨之心を詠める 【○三奏本0132。】
五月雨は 日數經にけり 東屋の 萱が軒端の 下朽つる迄
藤原定通
0137 承曆二年內裏歌合に五月雨之心を詠める 【○三奏本0133。】
五月雨に 玉江水や 增さるらむ 蘆下葉の 隱行く哉
源通時朝臣
0138 權中納言俊忠卿家歌合に、五月雨之心を詠める 【○三奏本0134。】
五月雨に 水增さるらし 澤田川 槇之繼橋 浮きぬ許に
藤原顯仲朝臣
0139 五月雨之心を詠める
五月雨は 小田水口 手も掛けで 水心に 任せてぞ見る
左兵衛督 藤原實能
0140 【○承前。詠五月雨之趣。】 【○三奏本0135。】
五月雨に 入江橋の 浮きぬれば 下す筏の 心地こそすれ
三宮 輔仁親王
0141 攝政左大臣家にて夏月之心を詠める 【○三奏本0136。】
夏夜の 庭に降頻く 白雪は 月入るこそ 消ゆる也けれ
神祇伯 源顯仲
0142 權中納言俊忠卿家歌合に水鷄之心を詠める 【○三奏本0137。】
里每に 叩く水鷄の 音す也 心留る 宿や無からむ
藤原顯綱朝臣
0143 攝政左大臣家にて水鷄を詠める 【○三奏本0138。】
終夜 儚く叩く 水鷄哉 鎖せる戶も無き 柴之假屋を
源雅光
0144 實行卿家歌合に、夏風之心を詠める 【○三奏本0139。】
夏衣 裾野草を 吹風に 思ひも堪へず 鹿や鳴くらむ
修理大夫 藤原顯季
0145 水風晚凉と言へる事を詠める
風吹けば 蓮浮葉に 玉越えて 凉しく成りぬ 蜩聲
源俊賴朝臣
0146 照射之心を詠める 【○三奏本0141。】
澤水に 火串影の 映れるを 二燈しとや 鹿は見るらむ
源仲正
0147 【○承前。詠照射之趣。】
鹿立たぬ 端山が裾に 昭射して 幾夜甲斐無き 夜を明すらむ
神祇伯 源顯仲
0148 家歌合に、花橘を詠める
五月闇 花橘の 在處をば 風の傳にぞ 空に知りける
中納言 藤原俊忠
0149 百首歌中に、花橘を詠める
宿每に 花橘ぞ 匂ふなる 一木が末を 風は吹けども
春宮大夫 藤原公實
0150 二條關白家にて、雨後野草と言へる事を詠める 【○三奏本0145。】
此里も 夕立しけり 淺茅生に 露縋らぬ 草葉も無し
源俊賴朝臣
0151 實行卿家歌合に、鵜川之心を詠める
大堰川 幾瀨鵜舟の 過ぎぬらむ 髣髴に成りぬ 篝火影
中納言 源雅定
0152 夏月を詠める 【○三奏本0143。】
玉櫛笥 二上山の 雲間より 出れば明くる 夏夜月
源親房
0153 六月廿日頃に秋節に成りけ日、人許に遣はしける 【○三奏本0146。】
水無月の 照日影は 射しながら 風のみ秋の 景色為る哉
攝政左大臣 藤原忠通
0154 公實卿家にて、對水待月と言へる心を詠める
夏夜の 月待つ程の 手遊みに 岩漏る清水 幾掬びしつ
藤原基俊
0155 秋隔一夜と言へる事を詠める
禊する 汀に風の 凉しきは 一夜を込めて 秋や來ぬらむ
中納言 藤原顯隆