秋
冬
逢戀
不逢戀
雜
賀茂保憲女集
秋
070
霧迷
(
きりまよ
)
ふ
秋
(
あき
)
は
來
(
き
)
にけり
遲
(
をく
)
れじと
思
(
おも
)
ひて
草木
(
くさき
)
今
(
いま
)
や
色付
(
いろつ
)
く
071
七夕
(
たなばた
)
の
天川船
(
あまのかはぶね
)
秋每
(
あき
)
に
如何
(
いか
)
なる
星
(
ほし
)
か
綱手引
(
つなでひ
)
くらん
072
七夕
(
たなばた
)
の
別
(
わか
)
るる
朝
(
あさ
)
の
袖漬
(
そでひ
)
ちて
星
(
ほし
)
の
見渡
(
みわた
)
る
鵲橋
(
かささぎのはし
)
073
七夕
(
たなばた
)
に
貸
(
か
)
しし
衣
(
ころも
)
を
秋每
(
あきごと
)
に
風吹
返
(
かぜふきかへ
)
す
戀
(
こひ
)
ぞせんかし
074
女郎花
(
をみなへし
)
人
(
ひと
)
や
賴
(
たの
)
めて
戀
(
こひ
)
つらむ
妹解
(
いもと
)
かきたる
秋夕暮
(
あきのゆふぐれ
)
075
秋野
(
あきのの
)
に
放捨
(
はなちす
)
てたる
駒
(
こま
)
の
尾
(
お
)
は
鞍
(
くら
)
とは
露
(
つゆ
)
ぞ
移
(
うつ
)
し
置
(
おき
)
ける
076
思
(
おも
)
ふには
成
(
な
)
る
事無
(
ことな
)
しと
鈴蟲
(
すずむし
)
の
聲振立
(
こゑふりた
)
つる
秋
(
あき
)
ぞ
悲
(
かな
)
しき
077
山田守
(
やまだもる
)
我衣手
(
われころもで
)
に
露
(
つゆ
)
は
置
(
お
)
けど
草葉
(
くさば
)
にしても
移
(
うつ
)
ろは
無
(
な
)
くに
078
穗
(
ほ
)
のめきし
光許
(
ひかりばかり
)
に
秋田
(
あきのだ
)
の
見守侘
(
みもりわび
)
しき
頃
(
ころ
)
の
色哉
(
いろかな
)
079
山田守
(
やまだも
)
る
庵
(
いほ
)
に
妻無
(
つまな
)
き
我
(
われ
)
とてや
夜
(
よ
)
な
夜
(
よ
)
な
襲
(
おそ
)
ふ
秋白露
(
あきのしらつゆ
)
080
秋風
(
あきかぜ
)
に
哀添
(
あはれそ
)
へむと
雲路分
(
くもぢわ
)
け
羽振分
(
はねふりわ
)
けて
雁
(
かり
)
は
來
(
き
)
にけり
081
秋霧
(
あきぎり
)
の
標結
(
しめゆ
)
ひそふる
大空
(
おほぞら
)
に
如何
(
いか
)
でか
雁
(
かり
)
の
飛通
(
とびかよ
)
ふらん
082
蛬
(
きりぎりす
)
片鳴
(
かたな
)
きすれば
妹
(
いも
)
が
衣
(
きぬ
)
砧
(
し
)
で
打合
(
うちあは
)
せ
聲唱
(
こゑとな
)
ふ
也
(
なり
)
083
小男鹿
(
さほしか
)
も
聲振立
(
こゑふりた
)
つる
秋
(
あき
)
とてや
荻下葉
(
はぎのしたば
)
も
色
(
いろ
)
に
出
(
い
)
でぬらん
084
風吹
(
かぜふけ
)
ば
秋
(
あき
)
の
白露
(
しらつゆ
)
轉合
(
まろびあ
)
ひて
結
(
むす
)
ぶ
草葉
(
くさは
)
も
色
(
いろ
)
に
出
(
い
)
でにけり
085
見渡
(
みわた
)
せば
浪
(
なみ
)
とぞ
見
(
み
)
ゆる
秋野
(
あきのの
)
に
帆
(
ほ
)
に
揚
(
あ
)
げて
舟
(
ふね
)
や
漕渡
(
こぎわた
)
るらん
086
藤袴
(
ふぢばかま
)
綻渡
(
ころびわた
)
る
身
(
み
)
は
他
(
ほか
)
に
脫
(
ぬ
)
ぎせん
人
(
ひと
)
ぞ
戀
(
こひ
)
しかりける
087
小男鹿
(
さをしか
)
の
柵臥
(
しがらみふ
)
する
秋萩
(
あきはぎ
)
の
露
(
つゆ
)
は
得成
(
えな
)
らぬ
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
088
秋風
(
あきかぜ
)
の
寒
(
さむ
)
き
宵間
(
よひま
)
に
萩葉
(
おぎのは
)
に
唆
(
そそのか
)
されて
人
(
ひと
)
ぞ
戀
(
こひ
)
しき
089
蜩
(
ひぐらし
)
は
暫
(
しば
)
しはならず
朝顏
(
あさがほ
)
の
花見
(
はなみ
)
る
心
(
こころ
)
安
(
やす
)
けくも
無
(
な
)
し
090
白露
(
しらつゆ
)
の
消
(
き
)
ゆるを
惜
(
お
)
しみ
下草
(
したくさ
)
に
玉吹結
(
たまふきむす
)
ぶ
秋夜風
(
あきのよのかぜ
)
091
萎
(
しほ
)
るらん
草木
(
くさき
)
に
添
(
たぐ
)
ふ
魂
(
たましゐ
)
を
心
(
こころ
)
を
風
(
かぜ
)
や
吹
(
ふ
)
けらかしつる
092
波
(
なみ
)
ならば
四方山每
(
よもやまごと
)
に
吹返
(
ふきかへ
)
す
蜘蛛
庵
(
くものいほり
)
ぞ
如何
(
いかが
)
しつらん
093
秋夜
(
あきのよ
)
の
寢覺
(
ねざ
)
めの
程
(
ほど
)
を
雁音
(
かりがね
)
の
空
(
そら
)
にしればや
鳴渡
(
なきわた
)
るらん
094
秋田
(
あきじのた
)
の
宛
(
さなが
)
ら
年
(
とし
)
を
經
(
へ
)
てければ
殘
(
のこ
)
り
少
(
すく
)
なき
月日也
(
つきひなり
)
けり
095
肖
(
あ
)
えよとて
菊
(
きく
)
の
白露
(
しらつゆ
)
拭
(
のご
)
へども
過
(
す
)
ぎにし
齡
(
よはひ
)
歸
(
かへ
)
らざりけり
096
紅葉
(
もみぢば
)
は
色
(
いろ
)
めく
秋
(
あき
)
に
漁
(
あさ
)
りして
木草
(
くさき
)
に
袖
(
そで
)
を
引
(
ひ
)
かれるぬ
哉
(
かな
)
097
山賤
(
やまがつ
)
の
園
(
その
)
の
紅葉
(
もみぢ
)
は
赤
(
あか
)
けれど
闇
(
やみ
)
なる
夜
(
よる
)
の
錦也
(
にしきなり
)
けり
098
野山行
(
のやまゆ
)
き
松茸組
(
まつたけく
)
める
葛籠
(
つづらご
)
の
幾節秋
(
いくふしあき
)
を
繰返
(
くりかへ
)
すらん
099
淵
(
ふち
)
と
成
(
なり
)
瀨
(
せ
)
とのみなるか
世中
(
とのなか
)
を
踏迷
(
ふみまよ
)
はせる
秋
(
あき
)
が
短
(
みぢ
)
き
100
紅葉
(
もみぢば
)
の
降頻
(
ふりし
)
く
山
(
やま
)
に
交
(
ま
)
じらひて
身代成
(
みのしろな
)
らぬ
色衣
(
いろきぬ
)
か
著
(
き
)
る
101
朝
(
あさ
)
ぼめの
色衣
(
いろきぬ
)
てすら
舟
(
ふね
)
かとに
上
(
うへ
)
に
紅葉
(
もみぢ
)
の
袖
(
そで
)
は
見
(
み
)
えけり
102
紅葉葉
(
もみぢば
)
は
秋
(
あき
)
にぞ
染
(
し
)
むる
世中
(
よのなか
)
を
御室山
(
みむろのやま
)
は
名
(
な
)
のみ
也
(
なり
)
けり
103
秋風
(
あきかぜ
)
に
離
(
か
)
れにし
人
(
ひと
)
ぞ
戀
(
こ
)
ひらるる
宿
(
やど
)
も
衣
(
ころも
)
も
枯
(
か
)
れやしつらん
104
故鄉
(
ふるさと
)
へ
秋
(
あき
)
は
歸
(
かへ
)
りぬ
幣
(
ぬさ
)
ひける
山錦
(
やまのにしき
)
を
褻衣
(
けごろも
)
に
著
(
き
)
て
105
人
(
ひと
)
も
皆
(
みな
)
離
行
(
かれゆ
)
く
野邊
(
のべ
)
に
花薄
(
はなすずき
)
露
(
つゆ
)
にのみこそ
結
(
むす
)
ばれにけれ
106
打延
(
うちは
)
へて
機織
(
はたを
)
る
蟲
(
むし
)
の ある
物
(
もの
)
を
綴
(
つづ
)
りさせてふ
聲
(
こゑ
)
や
何也
(
なになり
)
冬
(
ふゆ
)
、
此處迄
(
ここまで
)
は
秋
(
あき
)
と
云
(
い
)
へり。
107
大海原
(
わたつみ
)
に
風浪高
(
かぜなみたか
)
し
月
(
つき
)
も
日
(
ひ
)
も
走
(
はし
)
り
舟
(
ふね
)
して
冬
(
ふゆ
)
の
來
(
き
)
ぬれば
108
冬
(
ふゆ
)
を
甚
(
いた
)
み
薄
(
うす
)
き
衣
(
ころも
)
と
變
(
かへ
)
つれど
心
(
こころ
)
は
野邊
(
のべ
)
に
草
(
くさ
)
に
成
(
なり
)
けり
109
紅葉
(
もみぢば
)
の
積
(
つも
)
れる
上
(
うへ
)
に
置
(
を
)
く
霜しも(
)
の
半
(
なか
)
らは
消
(
き
)
えて
物
(
もの
)
をこそ
思
(
も
)
へ
110
紅
(
くれなゐ
)
の
瀨
(
せ
)
に
流
(
なが
)
れめや
菊花
(
きくのはな
)
霜
(
しも
)
にも
勝
(
か
)
てぬ
色
(
いろ
)
ぞ
悲
(
かな
)
しき
111
時雨故
(
しぐれゆゑ
)
我立寄
(
われたちよ
)
れば
此本
(
このもと
)
は
賴
(
たの
)
む
甲斐無
(
かひな
)
く
成
(
なり
)
にける
哉
(
かな
)
112
山人
(
やまびと
)
の
葦上
(
あしのうへ
)
しも
消返
(
きえかへ
)
り
道
(
みち
)
に
侘
(
わ
)
ぶれて
嘆
(
なげ
)
き
凝
(
こ
)
るらん
113
冬野
(
ふゆのの
)
に
猶群立
(
なほむれた
)
てる
花薄
(
はなすすき
)
結
(
むす
)
びし
紐
(
しも
)
ぞ
先
(
ま
)
づ
枯
(
か
)
れにける
114
冬夜
(
ふゆのよ
)
を
託言
(
かごと
)
ふしもを
思
(
おぼ
)
すらん
己
(
おの
)
が
羽風
(
はかぜ
)
に
草
(
くさ
)
も
枯
(
かれ
)
つつ
115
人
(
ひと
)
も
離
(
か
)
れ
蟲
(
むし
)
も
音
(
をと
)
せぬ
山里
(
やまさと
)
に
誰
(
たれ
)
かは
暫
(
しば
)
し
立止
(
たちとま
)
るべき
116
夕月夜
(
ゆふつくよ
)
光
(
ひかり
)
を
見
(
み
)
ずは
遊男
(
あそびお
)
の
山端近
(
やまのはちか
)
く
宵
(
よひ
)
ぞ
來
(
き
)
にける
117
雲晴
(
くもはれ
)
ぬ
霰
(
あられ
)
を
見
(
み
)
れば
降延
(
ふりは
)
へて
寒
(
さむ
)
さの
來
(
く
)
るに
侘
(
わび
)
しかりけり
118
白妙
(
しろたへ
)
の
雪
(
ゆき
)
に
色付
(
いろつ
)
く
實蔓
(
さねかづら
)
冬
(
ふゆ
)
は
來
(
く
)
れども
衰
(
をとろ
)
へ
無
(
な
)
くに
119
久方
(
ひさかた
)
の
日照
(
ひて
)
る
方
(
かた
)
にも
冬野
(
ふゆのの
)
は
凍
(
し
)
みこそ
增
(
ま
)
され
色
(
いろ
)
は
見
(
み
)
えずて
120
影見
(
かげみ
)
えて
流
(
なが
)
れし
葦
(
あし
)
も
冬來
(
ふゆく
)
れば
稀
(
まれ
)
に
鞍
(
くら
)
しな
人
(
ひと
)
や
荒
(
すさ
)
めぬ
121
冬寒
(
ふゆさむ
)
み
冰
(
こほ
)
る
池水
(
いけみづ
)
行雁
(
ゆくかり
)
の
影閉
(
かげとぢ
)
らめよ ひときるふへに
122
冬川
(
ふゆかは
)
の
波
(
なみ
)
の
宵間
(
よひま
)
に
凍
(
こほ
)
れるを
風
(
かぜ
)
もて
織
(
を
)
れる
綾
(
あや
)
かとぞ
見
(
み
)
る
123
冬籠
(
ふゆごも
)
り
人
(
ひと
)
も
通
(
かよ
)
はぬ
山里
(
やまさと
)
の
稀
(
まれ
)
の
細道
(
ほそみち
)
塞
(
ふた
)
ぐ
雪
(
ゆき
)
かも
124
法師
(
のりのし
)
の
言傳
(
ことづ
)
て
來
(
こ
)
ゆる
冬成
(
ふゆな
)
れば
山
(
やま
)
の
瀧聲
(
たきこゑ
)
閉
(
と
)
ぢやしぬらん
125
山川
(
やまかは
)
の
漁
(
いさ
)
から
檻
(
ほり
)
の
閉
(
と
)
ぢたるは
風
(
かぜ
)
こそ
網
(
あみ
)
と
吹結
(
ふきむす
)
びけれ
126
朝跡
(
あさあと
)
も
宛
(
さなが
)
ら
消
(
き
)
えて
川千鳥
(
かはちどり
)
冰
(
こほ
)
れる
身
(
み
)
にぞ
冬
(
ふゆ
)
は
棲
(
す
)
みける
127
湧返
(
わきかへ
)
り
瀧
(
たぎ
)
りて
見
(
み
)
ゆる
山川
(
やまかは
)
も
冬
(
ふゆ
)
には
堪
(
あ
)
へず
冰
(
こほり
)
すらしも
128
白妙
(
しろたへ
)
の
鶴
(
たづ
)
の
上毛
(
うはげ
)
に
置
(
お
)
く
霜
(
しも
)
の
紛
(
まぎ
)
れて
見
(
み
)
ゆる
朝朗哉
(
あさぼらけかな
)
129
水鳥
(
みづどり
)
の
上
(
うへ
)
は
凍
(
こほ
)
れる
羽衣
(
はねころも
)
いで
入洗
(
いりあら
)
ふ
浪間
(
なみのま
)
も
無
(
な
)
し
130
冬夜
(
ふゆのよ
)
を
獨寢覺
(
ひとりねざめ
)
に
起
(
お
)
きたれば
同心
(
おなじこころ
)
に
雁
(
かり
)
も
鳴
(
な
)
く
也
(
なり
)
131
石
(
いし
)
に
生
(
お
)
ふる
海松根
(
うみまつのね
)
は
固
(
かた
)
けれど
年置積
(
としおきつも
)
る
山
(
やま
)
に
生
(
お
)
ひぬる
132
戀
(
こひ
)
はせる
何
(
いづ
)
れか
三輪
(
みわ
)
の
杉門
(
すぎのかど
)
理知
(
ことわりし
)
らず
雪
(
ゆき
)
の
降
(
ふ
)
れれば
133
葦鶴
(
あしたづ
)
の
聲
(
こゑ
)
を
帆
(
ほ
)
に
揚
(
あ
)
げて
我戀
(
われこひ
)
は
天川原
(
あまのかはら
)
に
今
(
いま
)
ぞ
鮒釣
(
ふなつ
)
る
134
芦田鶴
(
あしたづ
)
の
雲
(
くも
)
の
隱
(
かく
)
れに
飛隱
(
とびかく
)
れ
人
(
ひと
)
に
知
(
し
)
らねぬ
戀
(
こひ
)
ぞ
侘
(
わび
)
しき
135
雲路
(
くもち
)
にも
直
(
ただ
)
ちに
紛
(
まが
)
ふ
雁音
(
かりがね
)
の
思當
(
おもふあた
)
りに
行難
(
つきがた
)
き
哉
(
かな
)
136
思
(
おも
)
へども
我身
(
わがみ
)
は
他所
(
よそ
)
に
飛鳥
(
とぶとり
)
の
何
(
な
)
ど
人馴
(
ひとな
)
れぬ
戀
(
こひ
)
にか
有
(
ある
)
らん
137
雲高
(
くもたか
)
き
道無里
(
みちなきさと
)
は
我是
(
われな
)
れや
跡絕
(
あとた
)
え
人
(
ひと
)
の
文
見
(
ふみみ
)
ざるらん
138
臥
(
ふ
)
すと
起
(
お
)
くと
常呼
(
とこよ
)
ばひする
嘆
(
なげ
)
きには
木靈出來
(
こだまいでく
)
る
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
139
淚以
(
なみだも
)
て
思消
(
おもひけ
)
てども
我
(
わ
)
が
戀
(
こひ
)
は
微
(
ほのほ
)
に
見
(
み
)
ゆる
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
140
云
(
い
)
へど
云
(
い
)
へど さも
動無
(
うごきな
)
き
心哉
(
こことかな
)
岩木
(
いはき
)
よりだに
出
(
い
)
づる
思
(
おも
)
ひを
141
天衣
(
あまごろも
)
千潮染
(
ちしほそ
)
むれど
世
(
よ
)
と
共
(
とも
)
に
色無
(
いろな
)
き
心
(
こころ
)
如何
(
いか
)
で
見
(
み
)
せまし
142
風吹
(
かぜふ
)
けば
波
(
なみ
)
の
締結
(
しめゆ
)
ふ
流葦
(
ながれあし
)
の
臥起
(
ふしお
)
き
戀
(
こひ
)
に
沉
(
しづ
)
む
比哉
(
ころかな
)
143
君
(
きみ
)
をのみ
戀釣
(
こひつ
)
る
海人
(
あま
)
の
玉緒
(
たまのを
)
は
小竿
(
さほ
)
に
掛
(
か
)
かれる
命也
(
いのちなり
)
けり
144
賴
(
たの
)
めねど
待
(
ま
)
つ
事
(
こと
)
に
高砂
(
たかさご
)
の
尾上
(
おのへ
)
に
直
(
す
)
ぐす
事
(
こと
)
ぞ
侘
(
わび
)
しき
145
夜
(
よ
)
の
程
(
ほど
)
は
安積沼
(
あさかのぬま
)
と
云
(
い
)
ひながら
何
(
な
)
ど
恨
(
うと
)
まれぬ
心
(
こころ
)
なるらん
146
如此許
(
かくばかり
)
人
(
ひと
)
の
語
(
かた
)
むる
逢坂
(
あふさか
)
を
如何
(
いか
)
で
心
(
こころ
)
の
行歸
(
ゆきかへ
)
るらん
147
見
(
み
)
ぬ
人
(
ひと
)
を
雲居
(
くもゐ
)
の
他所
(
よそ
)
に
戀初
(
こひそ
)
めて
踏跡
(
ふむあと
)
さへに
惑
(
まど
)
ふ
頃哉
(
ころかな
)
148
類無
(
たぐひな
)
く
命絕
(
いのちた
)
えなば
我
(
わ
)
が
戀
(
こひ
)
に
如何
(
いか
)
なる
人
(
ひと
)
か
摑
(
つか
)
むとすらむ
149
逢事
(
あふこと
)
の
雲居遠
(
くもゐとを
)
くて
我
(
わ
)
が
戀
(
こひ
)
は
命
(
いのち
)
に
通
(
かよ
)
ふ
程
(
ほど
)
ぞ
悲
(
かな
)
しき
150
濱千鳥
(
はまちどり
)
跡
(
あと
)
に
魂
(
たましゐ
)
通
(
かよ
)
ふ
也
(
なり
)
自
(
みづか
)
ら
見
(
み
)
えぬ
息通
(
いきかよ
)
りなん
151
玉章
(
たまづき
)
の
命
(
いのち
)
を
掛
(
か
)
けし
我
(
わ
)
が
戀
(
こひ
)
の
逢
(
あ
)
はばとさへも
泣
渡
(
なきわた
)
る
哉
(
かな
)
152
亂
(
みだ
)
れつつ
戀
(
こひ
)
をこそすれ
牧場馬
(
むまきむま
)
亂
(
みだ
)
れて
伸
(
おほ
)
す
髮成
(
かみな
)
ら
無
(
な
)
くに
153
色見
(
いろみ
)
えぬ
言葉
(
ことのは
)
だにも ある
物
(
もの
)
を
心
(
こころ
)
に
初
(
そ
)
めば
人
(
ひと
)
や
借
(
か
)
りなん
154
葦垣
(
あしがき
)
の
中
(
なか
)
に
世端
(
よのは
)
の
味氣無
(
あぢきな
)
さ
逢事無
(
あふことな
)
みに
寄
(
よ
)
らば
濡
(
ぬ
)
れつつ
逢
(
あひ
)
ての戀
155
死
(
し
)
ぬと
云
(
い
)
へど
尚魂
(
なほたましゐ
)
は
髣髴
(
ほの
)
めきし
見
(
み
)
ては
殼
(
から
)
さへ
無
(
な
)
き
心地
(
ここち
)
する
156
侘
(
わ
)
びつつも
賴
(
たの
)
むに
成
(
な
)
れば
玉章
(
たまづき
)
の
使
(
つかひ
)
を
遣
(
や
)
るぞ
今朝
(
けさ
)
は
戀
(
こひ
)
しき
157
髣髴
(
ほのか
)
にも
結
(
むす
)
びし
水
(
みづ
)
の
面影
(
おもかげ
)
に
見
(
み
)
えて
戀
(
こひ
)
しき
君
(
きみ
)
にもある
哉
(
かな
)
158
待
(
ま
)
つと
云
(
い
)
ひて
君
(
きみ
)
を
綠
(
まどり
)
の
色深
(
いろふか
)
く
長閑
(
のどけ
)
き
影
(
かげ
)
に
千代
(
ちよ
)
は
隱
(
かく
)
れん
159
逢
(
あ
)
はざりし
戀
(
こひ
)
に
我
(
わ
)
が
身
(
み
)
は
消
(
き
)
えにせば
歸
(
かへ
)
る
歸
(
かへ
)
るは
惑
(
まど
)
はざらまし
160
在
(
ある
)
こそは
侘
(
わび
)
しかりけれ
憂
(
う
)
き
事
(
こと
)
に
誰
(
たれ
)
か
消
(
け
)
ぬ
世
(
よ
)
と
言始
(
いひはじ
)
めけん
161
慰
(
なぐさ
)
むやと
思
(
おも
)
ひけるこそ
愚
(
をろ
)
かなれ
見
(
み
)
ても
戀
(
こひ
)
しき
世
(
よ
)
にこそ
有
(
あり
)
けれ
162
逢
(
あ
)
へる
夜
(
よ
)
を
命
(
いのち
)
に
換
(
か
)
ふる
物
(
もの
)
ならば
泣
(
な
)
きて□□□□
添
(
そひ
)
て
見
(
み
)
るべく
163
紅
(
くれなゐ
)
の
初花染
(
はつはなぞ
)
めの
色衣
(
いろごろも
)
著
(
き
)
つつ
見
(
み
)
れども
茜色哉
(
あかねいろかな
)
164
獨寢
(
ひとりね
)
に
哀
(
あは
)
れと
聞
(
きき
)
し
木綿付
(
ゆふつけ
)
の
今朝鳴
(
けさな
)
く
聲
(
こゑ
)
は
恨
(
うら
)
めしき
哉
(
かな
)
165
逢事
(
あふこと
)
は
飽
(
あ
)
かぬに
明
(
あ
)
くる
東雲
(
しののめ
)
も
見果
(
みは
)
てぬ
夢
(
ゆめ
)
の
心地
(
ここち
)
こそすれ
逢
(
ひ
)
て
逢
(
あ
)
はぬ戀
166
見
(
み
)
し
人
(
ひと
)
の
聲
(
こゑ
)
ならねども
小夜更
(
さよふ
)
けて
寢覺
(
ねざ
)
めに
泣
(
な
)
くぞ
侘
(
わび
)
しかりける
167
見
(
み
)
てだにも
惑
(
まど
)
ひし
心
(
こころ
)
侘
(
わび
)
びぬれば
逢
(
あ
)
はでも
命也
(
いのちなり
)
けり
168
白絲
(
しらいと
)
の
如何
(
いか
)
なる
夏
(
なつ
)
か
結
(
むす
)
びけん
打
臥
(
うちふ
)
しの□□
泣
(
な
)
きぞ
侘
(
わび
)
しき
169
思
(
おも
)
ふてふ
逢見
(
あひみ
)
し
時
(
とき
)
の
言葉
(
ことのは
)
は
辛
(
つら
)
きに
變
(
かは
)
る
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
170
戀侘
(
こひわ
)
びて
面影
(
おもかげ
)
にのみ
戀
(
こひ
)
ぬれば
隻身
(
ひとるみ
)
に
成
(
な
)
る
心地
(
ここち
)
こそすれ
四季歌
(
しきのうた
)
、
戀歌
(
こひうた
)
とは
去
(
さ
)
る
物
(
もの
)
ぞ
置
(
お
)
きて、
雜
(
ざう
)
ぞいと
哀
(
あは
)
れなる。
或
(
ある
)
は
旅行人
(
たびゆくひと
)
の、
面白
(
おもしろ
)
き
所
(
ところ
)
に
著
(
つ
)
けて、
又水海
(
またみずうみ
)
の
片付
(
かたつけ
)
ける山寺の
心凄
(
こころすご
)
く
尊
(
たうと
)
げなるに、
木下
(
きのもと
)
に
巡
(
めぐ
)
りて經を
讀
(
よ
)
むに、聲の
尊
(
たうと
)
く
聞
(
きこ
)
ゆるに、
海
(
うみ
)
には
舟
(
ふね
)
の
漕行音
(
こぎつくをと
)
も
合
(
あ
)
ひて
哀
(
あが
)
れなるに、
繁
(
しげ
)
れるやの
中
(
なか
)
、
僅
(
わづ
)
かに
唯人
(
ただひと
)
の
行
(
ゆ
)
く
見
(
み
)
ゆ。
心細
(
こころぼそ
)
げにて、
合間人馬
(
あむまひとむま
)
ばかり
行
(
ゆ
)
く。
男等行
(
をとこなどゆく
)
。
壺坂上
(
つぼさかのうへ
)
に
木葉
(
このは
)
の
刺
(
さ
)
し
大重渡
(
おほへわた
)
るも
可笑
(
おか
)
しきに、
川原寄
(
かはらよ
)
りの
物持
(
ものも
)
たせて
行
(
ゆ
)
く
程
(
ほど
)
の
哀
(
あは
)
れなるに、
詠
(
よ
)
みなとすへて、
言盡
(
いひつ
)
くすべうも
有
(
あ
)
らねば、
唯
(
ただ
)
は
死也
(
しなり
)
。
或
(
ある
)
は
心細
(
こころぼそ
)
き
宿
(
やど
)
に
徒然
(
つれづれ
)
と
雨降
(
あめのふ
)
るを
眺
(
なが
)
め
至
(
いた
)
るをなむ、
眼
(
まなこ
)
をば
流
(
なが
)
るる水に
例
(
たと
)
へり。
171
潮
(
しほ
)
ならで
蓮海
(
はちすのうみ
)
に
槽
(
こ
)
ぐ
舟
(
ふね
)
の
奧聲
(
おくのこゑ
)
をぞ
帆
(
ほ
)
にと
上
(
あ
)
げつる
172
水
(
みづ
)
も
無
(
な
)
き
空
(
そら
)
に
網張
(
あみは
)
る
細蟹
(
ささがに
)
の
掛
(
か
)
かれる
蟲
(
むし
)
を
魚
(
いを
)
と
見
(
み
)
るらむ
173
雨降
(
あめふ
)
れば
庭
(
には
)
に
軋
(
きしろ
)
ふ
泡沫
(
うたかた
)
を
何
(
いず
)
れか
先
(
ま
)
づは
消
(
き
)
ゆるとぞ
見
(
み
)
る
174
大海原
(
わたつみ
)
を
波
(
なみ
)
の
隨
(
まにま
)
に
見渡
(
みわた
)
せば
果
(
は
)
て
無
(
な
)
く
見
(
み
)
ゆる
世中
(
よのなか
)
の
憂
(
う
)
さ
175
伊勢海
(
いせのうみ
)
に
藻鹽燒
(
もしほや
)
く
海人
(
あま
)
の
風
(
かぜ
)
を
甚
(
いた
)
み
空
(
そら
)
を
萎
(
しぼ
)
むる
君
(
きみ
)
にぞ
有
(
ある
)
べき
176
足引
(
あしひき
)
の
病
(
やま
)
ひ
止
(
や
)
むてふ
法
(
ほう
)
のかは
吹寄
(
ふきよ
)
る
風
(
かぜ
)
も
有
(
あ
)
らじとぞ
思
(
おも
)
ふ
177
背
(
そむ
)
けども
天下
(
あまのした
)
をし
離
(
はな
)
れねば
何處
(
いずこ
)
にもよる
淚成
(
なみだなり
)
けり
178
假初
(
かりそめ
)
の
旅
(
たび
)
と
結
(
むす
)
びし
草枕
(
くさまくら
)
紅葉
(
もみぢ
)
する
迄
(
まで
)
我
(
われ
)
は
經
(
へ
)
にけり
179
淚
(
なみだ
)
もて
思
(
おも
)
ひ
續
(
つづ
)
けし
水莖
(
みづくき
)
の
筆海
(
ふでのうみ
)
とも
成
(
なり
)
にける
哉
(
かな
)
時
(
とき
)
に
臨
(
のぞ
)
みて、
使召
(
つかひめす
)
す、
岸
(
きし
)
の
紅葉
(
もみぢ
)
180
染
(
そ
)
めし
色
(
いろ
)
も
時
(
とき
)
に
臨
(
のぞ
)
めば
紅葉
(
もみぢば
)
の
邊
(
あた
)
りの
海
(
うみ
)
に
散懸
(
ちりかか
)
りけり
鶺鴒
(
にはたたき
)
181
門
(
かど
)
をだに
避
(
よ
)
きし
心
(
こころ
)
を
思
(
おも
)
ふには くなふりはてて
遠
(
おを
)
き
山路
(
やまぢ
)
を
182
庭潦
(
にはたづみ
)
岸
(
きし
)
のみ
殘
(
のこ
)
る
泡皆
(
あはみな
)
に
斧柄朽
(
をののえく
)
たす
長雨
成
(
ながめなり
)
けり
183
影共
(
かげとも
)
に
見
(
み
)
えたる
月
(
つき
)
を
浮雲
(
うきくも
)
の こせをふくるみ □□にぞ
有
(
あり
)
ける
184
我
(
わ
)
が
如
(
ごと
)
く
夜深嘆
(
よふかきなげ
)
き する
鳥
(
とり
)
の
聲
(
こゑ
)
にや
嘆
(
なげ
)
き
凝
(
こり
)
し
行
(
ゆ
)
くらん
網代冰魚
(
あじろのひを
)
を、
宇治
(
うぢ
)
にて
185
樣
(
さま
)
も
名
(
な
)
も
河原
(
かはら
)
で
波
(
なみ
)
は
網代木
(
あじろぎ
)
の
同
(
おな
)
じ
氏
(
うぢ
)
なる
魚
(
いほ
)
にぞ
有
(
ある
)
べき
186
相撲草
(
すまひぐさ
)
帆手吹
(
ほてふ
)
く
風
(
かぜ
)
に
吹
(
ふ
)
き
葛
(
つづら
)
何
(
なに
)
ぞ
知
(
し
)
るらん
定無
(
さだめな
)
き
世
(
よ
)
を
187
片分
(
かたわ
)
きて
吹風
(
ふくかぜ
)
に
寄
(
よ
)
る
相撲草
(
すまひぐさ
)
露
(
つゆ
)
に
移
(
うつ
)
るぞ
甲斐無
(
かひな
)
かりける
188
夜
(
よ
)
に
入
(
い
)
りて
月影射
(
つきのかげさ
)
す
槙戶
(
まきのと
)
は
木綿付鳥
(
ゆふつけどり
)
の
舟
(
ふね
)
も
明
(
あ
)
けける
189
人目無
(
ひとめな
)
き
山
(
やま
)
にも
水門
(
みと
)
は
入
(
い
)
れつれど
隱
(
かく
)
れ
ぬ
物
(
沼もの
)
は
憂
(
う
)
きき
也
(
なり
)
けり
冰魚返
(
ひをのかへ
)
し
190
速瀨
(
はやきせ
)
も
淺
(
あさ
)
きは
違
(
たが
)
ふ
同
宇治
(
おなじうぢ
)
も
冰魚
(
ひを
)
ぞ
屍
(
かばね
)
を
取
(
と
)
らぬ
成
(
なる
)
べし
191
楫音
(
かじ
)
に
寄
(
よ
)
る
漕舟
(
こぐふね
)
は
哀
(
あは
)
れなる
皆人皆
(
みなひとみな
)
の
綾
(
あや
)
は
甲斐無
(
かひな
)
し
192
葦鶴
(
あしたづ
)
の
聲
(
こゑ
)
さへ
雲
(
くも
)
に
隱
(
かく
)
れせば
哀
(
あは
)
れを
如何
(
いか
)
で
空
(
そら
)
に
知
(
し
)
らまし
193
玉匣
(
たまくしげ
)
鏡
(
かがみ
)
の
裏
(
うら
)
に
棲
(
す
)
む
千鳥
(
ちどり
)
覺束無
(
おぼるかな
)
みに
飛
(
と
)
ふ
飛
(
と
)
ふと
行
(
ゆ
)
く
194
契有
(
ちぎりあ
)
れば
如何逃
(
いかがのが
)
れむ
生
(
む
)
まるとも
飼籠
(
かひこ
)
め
朽
(
く
)
ちて
鳥子
(
とりのこ
)
の
孵
(
かへ
)
りては
身
(
み
)
の
憂事
(
うきこと
)
を
親
(
おや
)
の
結
(
むす
)
べる
心內
(
こころのうち
)
に
何時
(
いつ
)
か
洗
(
あら
)
はひ
潛
(
くぐ
)
む
事
(
こと
)
鳴
(
な
)
く
泣
(
な
)
く
籠
(
こも
)
り
在
(
あり
)
ければ
己
(
をの
)
が
羽羽
(
はねはね
)
生立
(
おひた
)
ちて
隱
(
かく
)
れし
親
(
おや
)
の
羽衣
(
はねごろも
)
皆忘
(
みなわす
)
られて
飛慣
(
とびなら
)
ひ
或
(
ある
)
は
賢
(
かしこ
)
く なる
素子
(
すご
)
の
賢鷹
(
かしこきたか
)
と
名
(
な
)
を
震
(
ふる
)
ひ
或
(
ある
)
は
儚
(
はかな
)
く
流離
(
さすらへ
)
て
立
(
たつ
)
と
居
(
ゐる
)
とに
思
(
おも
)
ひつつ
嘆
(
なげ
)
きの
枝
(
えだ
)
を
降
(
ふ
)
り
登
(
のぼ
)
り
今
(
いま
)
や
儚
(
はかな
)
き
死
(
し
)
にすると
囀聲
(
さへづるこゑ
)
を
聞
(
き
)
く
人
(
ひと
)
は
競鳴
(
いそひ
)
するとや
思
(
おも
)
ふらむ
哀悲
(
あはれかな
)
しき
我
(
わ
)
が
身哉
(
みかな
)
冬成
(
ふゆな
)
りし
時
(
とき
)
消
(
き
)
えにせば たと
返
(
かへ
)
しする
風吹
(
かぜふ
)
きて
惜
(
お
)
しむ
草木
(
くさき
)
も
在
(
あり
)
なまし
人並
(
いとなみ
)
ならで
人
(
いと
)
と
成
(
な
)
り
物思
(
ものおも
)
ふ
事
(
こと
)
は
大澤
(
おほさは
)
の
生
(
い
)
ける
甲斐無
(
かひな
)
しと
思
(
おも
)
ひつつ
猶
舊
事
(
なほふること
)
は
不破關
(
ふはのせき
)
人
(
ひと
)
より
其處
(
そこ
)
は
越
(
こ
)
えざらめ
等
(
など
)
しくだにも
成
(
な
)
るやとて
儚
(
はかな
)
く
過
(
す
)
ぐす
夏冬
(
なつふゆ
)
を
暑
(
あつ
)
し
寒
(
さむ
)
しと
云
(
い
)
ふ
程
(
ほど
)
に
年月並
(
としげつなみ
)
に
越
(
こ
)
ゆるぎの
急
(
いそ
)
がぬ
我
(
われ
)
は
徒然
(
つれづれ
)
と
葎下
(
うぐらのした
)
に
這臥
(
はひふ
)
して
適人無
(
かなふひとな
)
み
蔀山
(
しとみやま
)
吹上下
(
ふきあげおろ
)
す
風音
(
かぜのをと
)
の
朝夕
(
あしたふゆ
)
に
悲
(
かな
)
しきは
鹿聲
(
かせぎのこゑ
)
に
居時
(
いるとき
)
に
答
(
こた
)
ふるが
如
(
ごと
)
聞
(
きこ
)
ゆれば
等
(
など
)
しも
此處
(
ここ
)
に
在
(
あ
)
るかとぞ
心
(
こころ
)
に
適
(
かな
)
ふ
呼子鳥
(
よぶこどり
)
呼
(
と
)
ぶに
從
(
したが
)
ふ
山彥
(
やまびこ
)
の
響
(
ひび
)
きばかりを
賴
(
たの
)
みつつ
稀
(
まれ
)
に
掛
(
か
)
かれる
玉簾
(
たますだれ
)
淚
(
なみだ
)
ばかりの
出入
(
いでいり
)
に
朽果
(
くちは
)
て
貫
(
ぬ
)
れば
甚
(
いとどし
)
く
心內
(
こころのうち
)
も
見
(
み
)
え
果
(
は
)
てて
身
(
み
)
を
恥
(
はづ
)
かしの
社下
(
もりのした
)
影
(
かげ
)
に
變
(
かは
)
らぬ
我身
(
わがみ
)
とや
人
(
ひと
)
や
見
(
み
)
るらん
葦
繁
(
あししげ
)
み
嘗
(
かつ
)
は
由緣無
(
つれな
)
く
成
(
な
)
りながら
下騷
(
したさは
)
がるる
我
(
わ
)
が
胸
(
むね
)
は
安
(
やす
)
けくも
無
(
な
)
し
鳴瀧
(
なるたき
)
の
落
(
お
)
ちつむ
垂
(
た
)
るは
多
(
おほ
)
かれど
我身隻
(
わがみひとつ
)
に
數成
(
かずな
)
らぬと
思
(
おも
)
ひしかども
世中
(
よのなか
)
の
憂
(
う
)
きとを
面
(
つら
)
ふ いれつれば
習
(
なら
)
へに
侘
(
わぶ
)
る
葦根
(
あしのね
)
の
煙
(
けぶり
)
に
誰
(
たれ
)
も
成
(
な
)
り
果
(
は
)
てて
忌忌
(
ゆゆ
)
し
忌忌
(
ゆゆ
)
しと
云
(
い
)
ふ
程
(
ほど
)
に
明日
(
あす
)
ぞ
瀨
(
せ
)
に
成
(
な
)
る
飛鳥河
(
かすかがは
)
淵
衣
(
ふちのころも
)
に
纏
(
まつ
)
はれて
高
(
たか
)
き
卑
(
いや
)
しき
淚川
(
なみだがは
)
水上速
(
みなかみはや
)
く
成
(
な
)
りにける
哉
(
かな
)
195
草深
(
くさふか
)
く
繁
(
しげ
)
れる
宿
(
やど
)
を
出
(
い
)
でていなば たが
雁卵
(
かりのこ
)
と
成
(
な
)
らむとすらん
196
思
(
おも
)
はじと
心
(
こころ
)
を
叱
(
もど
)
く
心
(
こころ
)
しも
惑增
(
まどひま
)
さりて
戀
(
こひ
)
しかるらん
197
遠
(
とを
)
からぬ
袂
(
たもと
)
に
淵
(
ふち
)
は ありながら
身
(
み
)
は
捨
(
す
)
て
難
(
がた
)
き
物
(
もの
)
にぞありける
198
天川
(
あまのかは
)
波間
(
なみま
)
に
見
(
み
)
ゆる
明星
(
あかほし
)
は
雲間
(
くもま
)
に
浮
(
う
)
かぶ
火影
成
(
ほかげなる
)
べし
199
思
(
おも
)
ひきや
再
(
ふたた
)
び
著
(
き
)
てし
墨染
(
すみぞめ
)
の
衣
(
ころも
)
に
近
(
ちか
)
く
馴
(
な
)
れん
物
(
もの
)
とは
200
山里
(
やまさと
)
に
知人
(
しるひと
)
も
無
(
な
)
き
郭公
(
ほととぎす
)
馴
(
な
)
れにし
里
(
さと
)
を
哀
(
あは
)
れとぞ
鳴
(
な
)
く
201
思侘
(
おもひわび
)
草木
(
くさき
)
を
賴
(
たの
)
む
山里
(
やまさと
)
は
冬來
(
ふゆく
)
る
時
(
とき
)
ぞ
侘
(
わび
)
しかりける
202
冬夜
(
ふゆのよ
)
の
淚
(
なみだ
)
の
掛
(
かか
)
る
烏玉
(
むばたま
)
の
髮
(
かみ
)
は
冰
(
こほり
)
に
結
(
むす
)
ぼほれつつ
203
淺
(
あさ
)
ましき
事
(
こと
)
は
夢
(
ゆめ
)
かと
驚
(
おどろ
)
けど
現
(
うつつ
)
は
覺
(
さ
)
めぬ
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
204
身
(
み
)
のあはに
思下
(
おもひくだ
)
せば
網掛
(
あみか
)
けて
唯
過來
(
ただすぎく
)
れの
頃
(
ころ
)
も
とぞ
思
(
おもふ
)
返
(
かへ
)
し
205
程
(
ほど
)
へてぞ
網
(
あみ
)
は
如是
(
かく
)
べき
過來
(
すぎく
)
れの さるは
身
(
み
)
のあはに
久
(
ひさ
)
しかるべく
復
(
また
)
、返し
206
堰
(
せき
)
も
堪
(
あ
)
へぬ
激心
(
たぎつこころ
)
を くれぐれと
如何
見慣
(
いかがみな
)
れて
久
(
ひさ
)
しかるべき
人
(
ひと
)
に
梅
(
むめ
)
を
戀
(
こひ
)
たれば
207
相思
(
あひおも
)
ふ
君
(
きみ
)
が
為
(
ため
)
には
梅
(
むめ
)
が
枝
(
えだ
)
に
折
(
お
)
れば
甚
(
いとど
)
く □□□□□□□
返し
208
鶯
(
うぐひす
)
の
通
(
かよ
)
ひし
枝
(
えだ
)
を
折
(
お
)
りつれば □□□□□□□ □□□□□□□
終日
(
ひねもす
)
に、
雨降暮
(
あめふりくら
)
して、
櫻花
(
さくらのはな
)
やうやう
綻
(
こほろ
)
びて、
鳥聲
(
とりのこゑ
)
と
有哉
(
ありや
)
、
柳絲綠亂
(
やなぎのいとみどりみだ
)
れて、
庭面青
(
にはのおもてあを
)
やさなせり。
庭潦消返
(
にはたづみきえかへ
)
る。
居
(
ゐ
)
ると
見
(
み
)
る
程
(
ほど
)
に
消
(
き
)
ゆめる。
水程
(
みづほど
)
も
劣
(
をと
)
らぬ
物
(
もの
)
は
我身也
(
わがみなり
)
けりと
見
(
み
)
ゆるして、
209
雨腳
(
あめのあし
)
も
數
(
かず
)
こそ
增
(
ま
)
され
淀川
(
よどかは
)
の
薦
(
こも
)
の
水際
(
みぎは
)
如何
(
いかが
)
なるらむ
210
常
(
つね
)
よりも
薦
(
こも
)
の
水際
(
みぎは
)
は
增
(
ま
)
されども
淺
(
あさ
)
ましくこそ
人
(
ひと
)
は
辛
(
つら
)
けれ
※賀茂保憲女集 裏書
已上百十六首,他人歌。
長歌
加茂女 保憲女
私云,歌員數百十六首云云。而二百餘首在之,如何?
以他本可校合哉。
或勘物云:
賀茂保憲者,吉備麻呂五代之孫,丹波權介忠行子。榖倉院別當,曆、文章等博士,主計頭。
延喜十七年丁巳生,貞元二年二月廿日卒。
※
『續本朝往生傳』比丘尼緣妙
大江匡房著
比丘尼緣妙者,賀茂保憲之孫。其母稱賀茂女,長和歌。緣妙未出家之前,稱之監君,二條關白之侍女。當初之好色也,後起道心,落餝入道,步行都鄙,常稱:「常住佛性。」之四字,勸人佛事,唱導為本。八十餘而臨終之刻,瑞相自至,往生不疑者也。