玉葉和歌集 卷第四 秋歌上
0449 七月一日曙空を見て詠める
東雲の 空切渡り 何時しかと 秋景色に 世は成りにけり
紫式部
0450 山里にて初秋之心を詠侍ける
何處にも 秋は來ぬれど 山里の 松吹風は 別にぞ有ける
前大納言 藤原公任
0451 名所百首歌に、龍田山秋
心當ての 思色ぞ 龍田山 今朝しも染めし 木木白露
前中納言 藤原定家
0452 初秋朝と云事を
今朝よりは 吹來る風も 置露も 袖に始めて 秋ぞ知らるる
前參議 冷泉為相
0453 弘長百首歌に、早秋
草上に 朝置く庭の 露見れば 袖も涼しく 秋は來にけり
衣笠前內大臣 藤原家良
0454 道助法親王家五十首歌に、同心を
寂しさの 哀れを添へぬ 宿も非じ 四方草木の 秋初風
藤原信實朝臣
0455 殘暑之心を
秋淺き 日影に夏は 殘れども 暮るる籬は 荻上風
前大僧正慈鎮
0456 百首歌中に、秋歌
身に沁みて 吹きこそ增され 日晩の 鳴く夕暮の 秋初風
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0457 初秋之心を
吹增さる 風儘なる 葛葉の 衷珍らしく 秋は來にけり
後一條入道前關白左大臣 一條實經
0458 嘉元四年、法皇三十首歌召されける時、秋歌
豫てだに 涼しかりしを 片岡の 森梢の 秋初風
後二條院權大納言典侍
0459 題知らず
秋は來ぬ と許こそは 眺めつれ 籬暮に 萩下露
寂蓮法師
0460 【○承前。無題。】
人よりも 分きて露けき 袂哉 我為に來る 秋には非ねど
前大僧正道玄
0461 早秋之心を
秋來て 今日三日月の 雲間より 心盡しの 影ぞ仄めく
常盤井入道前太政大臣 西園寺實氏
0462 【○承前。詠早秋之心。】
秋にこそ 復成りぬれと 思ふより 心に早く 添ふ哀哉
從三位 源親子
0463 五十番歌合に秋露を詠ませ給うける
我も悲し 草木も心 痛むらし 秋風觸れて 露降る頃
院御製 伏見院
0464 弘長百首歌に、七夕を
久方の 雲居遙かに 待侘し 天星合の 秋も來にけり
前大納言 藤原為家
0465 同心を
彥星の 妻戀衣 今宵だに 袖露干せ 秋初風
平為時
0466 龜山院に奉ける七夕歌中に
待たれつる 天河原に 秋立ちて 紅葉を渡す 浪浮橋
安嘉門院四條 阿佛尼 奧山度繁女
0467 乞巧奠之心を
庭面に 彈かで手向くる 琴音を 雲居に交す 軒松風
入道前太政大臣 西園寺實兼
0468 題知らず
彥星の 妻迎へ舟 漕出らし 天河原に 霧立てれば
山上憶良
0469 天曆元年七月七日、殿上人に歌詠ませさせ給うける序に
戀渡る 年は經れども 天川 稀にぞ掛かる 瀨には逢ひける
天曆御製 村上帝
0470 七夕を
離れじの 心や深き 七夕の 年に一度 稀にのみ逢ふ
花山院御製
0471 七月七日詠侍ける
思遣り 天河原を 眺むれば 絕間がちなる 雲ぞ渡れる
馬內侍 源時明女
0472 【○承前。侍詠七月七日。】
彥星の 稀に渡れる 天川 岩越す浪の 立莫歸りそ
大僧正行尊
0473 守覺法親王家五十首歌中に
何と無く 秋にし成れば 彥星の 逢夜を誰も 待つ心地して
野宮左大臣 德大寺公繼
0474 嘉元百首歌奉りける時、七夕之心を
逢事の 年に變らぬ 七夕は 賴む一夜や 命為るらむ
二品法親王覺助
0475 秋歌中に
露繁き 袖をば貸さじ 七夕の 淚干す間の 秋一夜に
平政村朝臣
0476 堀川院百首歌に
七夕の 翻る袂の 雫には 天川浪 立ちや添ふらむ
源俊賴朝臣
0477 七夕に詠侍ける
稀に逢ふ 秋七日の 吳織 文無く軈て 明けぬ此夜は
小侍從 待宵小侍從 八幡小侍從
0478 天德三年九月庚申歌合に、荻を詠侍ける
荻葉に 風涼しき 秋來ては 暮に恠き 物をこそ思へ
藤原元真
0479 秋海と云事を
此頃の 浦吹風に 磯馴松 變らぬ色も 秋は見えけり
從二位 藤原家隆
0480 秋御歌中に
山風に 脆き一葉は 且落ちて 梢秋為る 日暮聲
院御製 伏見院
0481 早秋之心を
庵結ぶ 早稻田鳴子 引替へて 夜寒に成りぬ 露衣手
常盤井入道前太政大臣 西園寺實氏
0482 題知らず
然らでだに 身にしむ秋の 夕暮に 松を拂ひて 風ぞ過ぐなる
式子內親王
0483 【○承前。無題。】
誰が世より 如何なる色の 夕とて 秋しも物を 思始めけむ
惠慶法師
0484 閑中秋と云ふ事を
誰にかは 秋心も 愁へまし 友無き宿の 夕暮空
從三位 二條為實
0485 秋夕を
風に聞き 雲に眺むる 夕暮の 秋愁へぞ 堪へず成行く
永福門院 西園寺鏱子
0486 【○承前。詠秋夕。】
黃昏に 物思居れば 我宿の 荻葉戰ぎ 秋風ぞ吹く
鎌倉右大臣 源實朝
0487 山家秋夕と云事を詠ませ給うける
都人 今問來なむ 獨聞く 軒端杉の 秋風暮
院御製 伏見院
0488 「深洞聞風老檜悲」と云ふ詩心を詠ませ給うける
苔深き 洞秋風 吹過ぎて 古檜原の 音ぞ悲しき
土御門院御製
0489 秋歌中に
夕附日 寂しき影は 入果てて 風のみ殘る 庭荻原
入道前太政大臣 西園寺實兼
0490 【○承前。秋歌之中。】
袖垂れて 去來見に行かむ 唐衣 裾野真萩 綻びぬらし
前大僧正道玄
0491 萩を詠侍ける
唐衣 妻問ふ鹿の 鳴く時は 裾野萩の 花も咲きけり
山階入道前左大臣 洞院實雄
0492 【○承前。侍詠萩。】
眺過ぐす 日數や秋に 移りぬる 小萩末ぞ 花に成行く
從一位 藤原教良女
0493 【○承前。侍詠萩。】
咲遣らぬ 末葉花は 稀に見えて 夕露繁き 庭萩原
章義門院 譽子內親王
0494 題知らず
高圓の 野邊秋萩 此頃の 曉露に 咲きにける哉
中納言 大伴家持
0495 屏風繪に花見る女車有り、童立寄りて萩花居る所
小牡鹿の 然慣らはせる 萩為れや 立寄るからに 己折伏す
紫式部
0496 嘉元內裏百首歌奉りけるに、萩露
散れば且 風跡より 置換へて 落つるとも無き 萩下露
關白前太政大臣 鷹司冬平
0497 草花を
植ゑざりし 今一本も 悔しきは 花咲く後の 庭萩原
前參議 冷泉為相
0498 秋歌中に
心をば 色と聲とに 分留めつ 萩に鹿鳴く 宮城野原
二品法親王守覺 守覺法親王
0499 卅首歌人人に詠ませさせ給ひし時、草花露を
靡返る 花末より 露散りて 萩葉白き 庭秋風
院御製 伏見院
0500 【○承前。令眾人詠卅首歌,草花露。】
數數に 月光も 映りけり 有明庭の 露玉萩
入道前太政大臣 西園寺實兼
0501 【○承前。令眾人詠卅首歌,草花露。】
露重る 小萩が末は 靡伏して 吹返す風に 花ぞ色添ふ
前大納言 藤原為兼 京極為兼
0502 寶治百首歌召されける時、萩露を
白露も 零れて匂ふ 高圓の 野邊秋萩 今盛也
後嵯峨院御製
0503 【○承前。無題。】
乙女子が 髻首萩の 花枝に 玉を餝れる 秋白露
前大納言 藤原為家
0504 【○承前。無題。】
秋萩の 花咲きしより 宮城野の 木下露の 置かぬ日ぞ無き
太宰權帥 吉田為經 藤原為經
0505 同心を
真萩原 露に映ふ 月色も 花に成行く 曙庭
入道前太政大臣 西園寺實兼
0506 遠鄉萩と云事を
此里の 真萩に擦れる 衣手を 干さで都の 人に見せばや
皇太后宮大夫 藤原俊成
0507 萬葉集の詞にて、二百首歌詠侍けるに、衣に擦らむ
秋萩の 咲くや花野の 露分けて 衣に擦らむ 人莫咎めそ
從二位 藤原隆博
0508 風後草花と云事を詠ませ給うける
徹夜の 野分風の 跡見れば 末伏す萩に 花ぞ稀なる
新院御製 後伏見院
0509 【○承前。詠風後草花。】
枝折りつる 風は籬に 鎮りて 小萩上に 雨灌く也
永福門院 西園寺鏱子
0510 守覺法親王家五十首歌中に
里は荒れて 時ぞとも無き 庭面も 本荒小萩 秋は見えけり
前中納言 藤原定家
0511 題知らず
真葛原 靡く秋風 吹く每に 阿多大野の 萩花散る
詠人知らず
0512 【○承前。無題。】
秋風は 日每に吹きぬ 高圓の 野邊秋萩 散らまく惜しも
詠人知らず
0513 萩を
小牡鹿の 今朝衷觸れて 鳴くなへに 野原小萩 花散りぬべし
藤原基俊
0514 題知らず
高圓の 野邊秋萩 徒に 散りか過ぐらむ 見る人無しに
笠金村
0515 【○承前。無題。】
妻乞ひに 鹿鳴く山の 秋萩は 露霜寒み 盛過行く
高圓廣世
0516 【○承前。無題。】
我岡の 秋萩花 風を疾み 散るべく成りぬ 見む人欲得
大納言 大伴旅人
0517 露を詠侍し
何方より 置くとも知らぬ 白露の 暮るれば草の 上に見ゆらむ
前大納言 藤原為兼 京極為兼
0518 卅首歌召され侍りし時、草花露
亂伏す 野邊千種の 花上に 色清かなる 秋白露
從三位 藤原為信
0519 秋歌中に
置露も 情けぞ深き 百草の 花紐解く 朝霧庭
前右近大將 藤原公顯
0520 【○承前。秋歌之中。】
村雨の 霽るる日影に 秋草の 花野露や 染めて干すらむ
大江貞重
0521 【○承前。秋歌之中。】
月殘り 露未消えぬ 朝明の 秋籬の 花色色
前大僧正實承
0522 【○承前。秋歌之中。】
別樣何ど 霧朝明の 女郎花 花姿を 立隱すらむ
藤原行藤
0523 後一條院御時、上達部殿上人、嵯峨野花見に罷りて內に歸參りて侍けるに、中宮御方台盤所御簾に女郎花枝を插されたるを見て詠侍ける
一枝の 花色だに 有物を 野邊錦を 思遣らなむ
堀川右大臣 藤原賴宗
0524 女郎花を詠ませ給うける
見し人も 住荒してし 故鄉に 獨露けき 女郎花哉
崇德院御製
0525 雨降る日、女郎花に付けて人に遣はしける
秋雨に 眺めし程に 女郎花 移ふ迄も 成りにける哉
中務卿 具平親王
0526 亭子院歌合に、女郎花を
白露の 置ける朝の 女郎花 花にも葉にも 玉ぞ懸かれる
讀人不知
0527 嵯峨野花見に罷りて詠侍ける
歸りなば 恨みもぞする 女郎花 今宵は野邊に 去來留りなむ
清慎公 藤原實賴
0528 女郎花に露置きたるを見て詠める
長夜を 如何に明かして 女郎花 曉置きの 露けかるらむ
中務 敦慶親王女
0529 西園寺にて詠ませ給ひける秋御歌中に
尾花のみ 庭に靡きて 秋風の 響は峰の 梢にぞ聞く
永福門院 西園寺鏱子
0530 題知らず
色色の 秋野邊をば 花薄 招かずとても 堪へや過ぐべき
刑部卿 難波賴輔
0531 【○承前。無題。】
月影の 入野薄 仄仄と 山端為らで 明くる東雲
中原師員朝臣
0532 原薄を
秋山の 麓原の 叢薄 穗末偏り 秋風ぞ吹く
入道前太政大臣 西園寺實兼
0533 千五百番歌合に
色變る 端山峰に 鹿鳴きて 尾花吹越す 野邊秋風
大藏卿 藤原有家
0534 百首歌中に
花薄 穗向絲を 吹風に 玉緒解けて 露ぞ亂るる
權中納言 衣笠經平
0535 秋風を
復秋の 愁色に 向ふ也 尾花が風に 庭月影
從三位 源親子
0536 秋御歌中に
薄霧の 晴るる朝明の 庭見れば 草に餘れる 秋白露
永福門院 西園寺鏱子
0537 露を詠ませ給ひける
秋去れば 我袖濡らす 淚より 草木露も 置くにや有るらむ
新院御製 後伏見院
0538 朝露を詠侍ける
入殘る 雲間月は 明果てて 猶光有る 庭朝露
入道前太政大臣 西園寺實兼
0539 名所百首御歌中に、嵯峨野
狩人の 草分衣 干しも堪へず 秋嵯峨野の 四方白露
順德院御製
0540 十首歌人人に詠ませ侍ける時、松風
松風は 如何で知るらむ 秋夜の 寢覺めせらるる 折にしも吹く
中務卿 具平親王
0541 三首歌召されし時、遠近秋風と云事を
吹撓り 外山に響く 秋風に 軒端松も 聲合す也
權中納言 今出川兼季
0542 秋歌とて
吹撓る 四方草木の 裏葉見えて 風に知らめる 秋曙
永福門院內侍 坊門基輔女
0543 百首御歌中に
秋去れば 甚思ひを 真柴苅る 此里人も 袖や露けき
後鳥羽院御製
0544 秋廿首歌召されし時
露色 真柴風の 夕景色 明日もや茲に 堪へて眺めむ
前大納言 藤原為兼 京極為兼
0545 建保內裏秋十五首歌召されける中に
夕去れば 野も狹に巢掛く 白露の 溜れば難に 秋風ぞ吹く
大藏卿 藤原有家
0546 題知らず
櫻麻の 生ふの下露 置きも敢へず 靡く草葉に 秋風ぞ吹く
藤原義景
0547 露を詠侍ける
露けさの 袖に變らぬ 草葉迄 問はばや秋は 物や思ふと
前關白太政大臣 鷹司基忠
0548 【○承前。侍詠露。】
置餘る 木下露や 染めつらむ 草葉移ふ 宮城野原
源清兼朝臣
0549 題知らず
物思ふと 言はぬ許ぞ 露掛かる 草木も秋の 夕暮色
藤原定成朝臣
0550 守覺法親王家五十首歌に
秋は來ぬ 鹿は尾上に 聲立てつ 夜半寢覺めを 問人は無し
大藏卿 藤原有家
0551 秋歌中に
八重葎 秋分入る 風色を 我先にとぞ 鹿は啼くなる
前中納言 藤原定家
0552 建曆歌合に
秋山の 峰行く鹿の 伴を無み 霧に惑へる 夕暮聲
前大僧正慈鎮
0553 千五百番歌合に
秋風に 本荒小萩 露落ちて 山陰寒み 鹿ぞ鳴くなる
從二位 藤原家隆
0554 題知らず
山遠き 宿為ら無くに 秋萩を 柵む鹿の 鳴きも來ぬ哉
紀貫之
0555 【○承前。無題。】
我宿の 秋萩花 咲く時ぞ 尾上に鹿の 聲高く鳴く
凡河內躬恒
0556 【○承前。無題。】
雁も來ぬ 萩も散りぬと 小壯鹿の 鳴くなる聲は 衷觸れにけり
讀人知らず
0557 【○承前。無題。】
草隱れ 見えぬ牡鹿も 妻戀ふる 聲をば得こそ 忍ばざりけれ
從三位 源賴政
0558 【○承前。無題。】
宿近く 妻問ふ鹿の 聲のみそ 秋寢覺の 友と成りける
冷泉前太政大臣 西園寺公相
0559 【○承前。無題。】
鹿音も 尾上鐘も 弛む也 淚は盡きぬ 秋寢覺めに
藤原永光
0560 秋御歌中に
野山にも 秋愁や 一つならし 男鹿妻問ひ 蟲も鳴く也
新院御製 後伏見院
0561 卅首歌奉りし時、野鹿
矢田野や 夜寒露の 置くなへに 淺茅色付き 牡鹿鳴く也
從三位藤原為子 二條為子
0562 【○承前。奉卅首歌時,野鹿。】
鳴鹿の 聲導も 甲斐ぞ無き 道踏惑ふ 春日野原
從一位 近衛兼教
0563 秋歌とて
露分くる 木下通き 春日野の 尾花が中に 小牡鹿聲
藤原冬綱朝臣
0564 賀茂社へ奉ける百首歌中に、鹿を
嵐吹き 籬萩に 鹿鳴きて 寂しからぬは 秋山里
皇太后宮大夫 藤原俊成
0565 前右近中將資盛家歌合に、同心を
荻葉の 音も恠き 夕暮に 鹿音をさへ 添へて聞く哉
大宮入道內大臣 藤原實宗
0566 千五百番歌合に
哀なる 時しも秋の 寢覺哉 妻問ふ鹿の 明方聲
大納言 源通具
0567 鹿を
更增さる 人待つ風の 暗夜に 山陰辛き 小牡鹿聲
前中納言 藤原定家
0568 【○承前。詠鹿。】
深山路や 曉掛けて 鳴鹿の 聲する方に 月ぞ傾く
土御門院御製
0569 秋歌中に
鹿音を 垣根に籠めて 聞くのみか 月も澄みけり 秋山里
西行法師 佐藤義清
0570 光明峰寺入道前攝政家歌合に、月下鹿
棹鹿の 聲聞く時の 秋山に 復澄昇る 夜半月影
藻璧門院少將 藤原信實女
0571 田家曉鹿と云事を
足曳の 山田守る庵に 寢覺めして 鹿音聞かぬ 曉ぞ無き
前大納言 藤原伊平
0572 建保四年內裏百番歌合に
常磐なる 山路は秋の 他かとて 眺むる暮も 小牡鹿聲
嘉陽門院越前 伊勢女房 七條院越前 大中臣公親女
0573 秋御歌中に
初尾花 誰が手枕に 夕霧の 籬も近く 鶉鳴く也
後鳥羽院御製
0574 寶治百首歌に、初雁を
我が為に 來るとも聞かぬ 初雁の 空に待たるる 秋にも有哉
衣笠前內大臣 藤原家良
0575 同心を
秋風の 寒き朝明に 來に蓋し 雲に聞こゆる 初雁聲
後二條院御製
0576 題知らず
住む里は 雲居為らねど 初雁の 鳴渡りぬる 物にぞ有ける
伊勢 伊勢御息所 藤原繼蔭女
0577 【○承前。無題。】
聞かざりし 物とは無しに 雁音の 來る度每に 哀と言はるる
源重之女
0578 正治二年百首歌奉ける時
我門の 稻葉風に 驚けば 霧彼方に 初雁聲
式子內親王
0579 雁を詠侍ける
秋風は 雲上迄 吹きぬらし 今はた雁の 聲ぞ聞こゆる
後一條入道前關白左大臣 一條實經
0580 千五百番歌合に
頃も憂し 初雁音の 玉章に 書合へぬ物は 淚也けり
前大僧正慈鎮
0581 百首歌中に
下葉散る 柳梢 打靡き 秋風高し 初雁聲
中務卿 宗尊親王
0582 雁を詠める
故鄉の 淺茅が末葉 色付きて 初雁音ぞ 雲に鳴くなる
二條太皇太后宮大貳 藤原通宗女
0583 【○承前。詠雁。】
山端の 雲極を 吹風に 亂れて續く 雁列哉
前中納言 藤原定家
0584 【○承前。詠雁。】
秋風に 日影移ふ 叢雲を 分染め顏に 雁ぞ啼くなる
前大納言 藤原為家
0585 【○承前。詠雁。】
聞かじ唯 秋風寒き 夕附日 移ふ雲に 初雁聲
前大納言 藤原為家
0586 百首御歌中に
雲高き 夕空の 秋風に 列も長閑に 渡る雁音
院御製 伏見院
0587 秋歌とて
肌寒く 風も秋為る 夕暮の 雲極を 渡る雁音
永陽門院少將 源全女
0588 【○承前。秋歌。】
叢叢の 雲空には 雁鳴きて 草葉露なる 秋朝明
從三位 源親子
0589 雨中雁
秋雨の 物寒く降る 夕暮の 空に濕れて 渡る雁音
永福門院 西園寺鏱子
0590 建保五年九月、家に秋三首歌詠侍けるに、雲間雁を
夕去れば 彌遠離り 飛雁の 雲より雲に 跡ぞ消行く
光明峰寺入道前攝政左大臣 九條道家
0591 百首歌詠侍ける中に
誰にかも 衣雁音 秋風の 寒き夕の 空に鳴くらむ
從二位 藤原行家
0592 日吉社へ奉ける百首歌中に
歸る雁 復しも會はじと 思ひしに 哀に秋の 雲に鳴くなる
皇太后宮大夫 藤原俊成
0593 題知らず
雁音の 寒く為るより 水莖の 岡葛葉は 色付きにけり
柿本人麿 柿本人麻呂
0594 【○承前。無題。】
秋風の 寒くし為れば 朝霧の 八重山越えて 雁も來にけり
院御製 伏見院
0595 延喜十三年十月、尚侍藤原朝臣滿子四十賀屏風歌、內よりの仰事にて讀みて奉ける中に、雁鳴くを聞く所
秋霧の 立渡れども 鳴雁の 聲は空にも 隱れざりけり
紀貫之
0596 題知らず
秋夜の 衣雁音 鳴くからに 寢覺床も 風ぞ寒けき
權大納言 藤原長家
0597 【○承前。無題。】
雁鳴きて 寒朝明に 見渡せば 霧に籠らぬ 山端も無し
中務卿 宗尊親王
0598 千五百番歌合に
哀なる 山田庵の 寢覺め哉 稻葉風に 初雁聲
二條院讚岐 內讚岐 中宮讚岐 源賴政女
0599 霧中雁を
峰越ゆる 聲は數多に 聞く雁も 霧隙行く 數ぞ少なき
大江宗秀
0600 【○承前。詠霧中雁。】
山際の 霧晴始めて 聲はかり 聞きつる雁の 列ぞ見え行く
藤原實文朝臣
0601 月前雁
月影の 更くる雲居に 訪れて 一列過ぐる 秋雁音
民部卿 藤原為世 二條為世
0602 秋御歌とて
鳴盡す 野も狹の蟲の 音のみして 人は音せぬ 秋故鄉
朔平門院 璹子內親王
0603 秋夜雨
降增さる 雨夜閨の 螽斯 絕え絕えになる 聲も悲しき
永福門院 西園寺鏱子
0604 月前蟲と云事を
月澄みて 風將寒き 秋夜の 籬草に 蟲聲聲
今上御製 花園天皇
0605 秋御歌中に
月も復 影見え始めぬ 夕暮の 籬は蟲の 音をのみぞ聞く
廣義門院 西園寺寧子
0606 【○承前。秋御歌中。】
更行けば 蟲聲のみ 草に滿ちて 分くる人無き 秋夜野邊
院御製 伏見院
0607 秋里に侍ける頃、七條后宮より、「何どか久しく參らぬ、松蟲も鳴止み、花盛も過ぎぬへし。」と宣はせたりける御返事に
松蟲も 鳴止みぬなる 秋野に 誰喚ぶとてか 花見にも來む
伊勢 伊勢御息所 藤原繼蔭女
0608 題知らず
鈴蟲の 聲振立つる 秋夜は 哀に物の 成增さる哉
和泉式部 大江雅致女
0609 相知りて侍ける人の、伏見に住むと聞きて尋罷りたりけるに、庭草、道も見えず茂りて蟲鳴きければ
分けて入る 袖に哀を 掛けよとて 露けき庭に 蟲さへぞ鳴く
西行法師 佐藤義清
0610 題知らず
鳴蟲の 聲も亂れて 聞ゆ也 夕風渡る 岡萱原
平通時
0611 蟲を詠侍ける
露は置き 風は身にしむ 夕暮を 己が時とや 蟲鳴くらむ
權大納言 鷹司冬教
0612 題知らず
夕月夜 心も頻に 白露の 置く此庭に 螽斯鳴く
湯原王
0613 【○承前。無題。】
草深み 螽斯甚く 鳴く宿の 萩見に君は 何時か來まさむ
柿本人麿 柿本人麻呂
0614 秋歌とて
鈴蟲の 聲亂れたる 秋野は 振捨難き 物にぞ有ける
藤原敏行朝臣
0615 【○承前。秋歌。】
哀知れと 我を進むる 夜半為れや 松嵐も 蟲鳴音も
高辨上人 明惠上人 栂尾上人
0616 蟲を詠める
秋夜を 一人や鳴きて 鳴樣し 伴ふ蟲の 聲無かりせば
西行法師 佐藤義清
0617 【○承前。詠蟲。】
鳴明す 友とは聞けど 螽斯 思ふ心は 通ひしもせじ
前右兵衛督 京極為教
0618 【○承前。詠蟲。】
憂世ぞと 思はぬ蟲の 鳴聲も 聞くから悲し 秋夕暮
讀人不知
0619 殿上人題を探りて歌仕奉けるに蟲を詠ませ給ひける
野邊に獲る 我が松蟲の 鳴聲も 馴れし住家を 戀しくや思ふ
法皇御製 後宇多院
0620 同心を
螽斯 寢覺床を 問ひ言に 分きて枕の 下にしも無く
新院少納言
0621 【○承前。詠同心。】
寂しさは 我宿からの 秋ならし 荒たる庭に 蟲聲聲
權僧正憲淳
0622 秋歌中に、蟲
暮れぬとや 片山陰の 螽斯 夕日隱れの 露に鳴くらむ
入道前太政大臣 西園寺實兼
0623 【○承前。秋歌中,詠蟲。】
里遠き 野中杜の 下草に 暮るるも復ぬ 松蟲聲
衣笠前內大臣 藤原家良
0624 龜山院より百首歌召されける中に
色色に 穗向風を 吹返へて 遙かに續く 秋小山田
安嘉門院四條 阿佛尼 奧山度繁女
0625 露を詠侍ける
小山田の 稻葉押浪 吹風に 穗末を傳ふ 秋白露
入道前太政大臣 西園寺實兼
0626 秋歌中に
雁鳴きて 山風寒し 秋田の 假廬庵の 村雨空
藤原光俊朝臣
0627 【○承前。秋歌之中。】
荻葉に 變りし風の 秋聲 軈て野分の 露碎く也
前中納言 藤原定家
0628 稻妻を
宵間の 叢雲傳ひ 影見えて 山端巡る 秋稻妻
院御製 伏見院