玉葉和歌集 卷第二 春歌下
0136 五十首御歌中に
山櫻 此夜間にや 咲きぬらし 朝明霞 色に棚引く
院御製 伏見院
0137 初花を
大方の 花盛も 程も非じ 庭一木は 咲始めにけり
前關白太政大臣 鷹司基忠
0138 花歌中に
見渡せば 白木綿けて 咲きにけり 神岡山の 初櫻花
中務卿 宗尊親王
0139 【○承前。花歌之中。】
山高み 朝居る雲と 見えつるは 夜間に咲ける 櫻也けり
祝部成仲
0140 【○承前。花歌之中。】
絕え絕えに 懸かれる峰の 白雲や 早咲始むる 櫻為るらむ
內大臣 近衛經平
0141 花漸盛と云ふ事を
盛りをば 猶待つ枝の 殘れども 數多梢に 花ぞ成行く
前大僧正道潤
0142 見花と云事を
花ならし 霞みて匂ふ 白雲の 春は立添ふ 御吉野山
後二條院御製
0143 題知らず
色色の 錦と見ゆる 花櫻 春霞や 立重ぬらむ
權中納言 藤原定賴
0144 靜為らむと思侍る頃、花見に人人詣來りければ
花見にと 群つつ人の 來るのみぞ 可惜櫻の 咎には有ける
西行法師 佐藤義清
0145 修行し侍ける道にて、花面白かりける所にて詠侍ける
眺むるに 花名立ての 身為らずは 木本にてや 春を暮さむ
西行法師 佐藤義清
0146 花歌とて詠侍ける
細浪や 長柄山の 花盛り 志賀浦風 吹かずも有らなむ
權中納言 源師俊
0147 正治二年百首歌に
訪ふ人も 折らでを歸れ 鶯の 羽風も辛き 宿櫻を
式子內親王
0148 春御歌中に
遠近の 山は櫻の 花盛り 野邊は霞に 鶯聲
永福門院 西園寺鏱子
0149 山花
春霞 文無勿立ちそ 雲居る 遠山櫻 餘所にても見む
山階入道前左大臣 洞院實雄
0150 山家花を
都には 雲とや見えむ 我宿の 軒端に近き 山櫻を
尚侍藤原頊子朝臣 萬秋門院
0151 俊惠法師、歌林苑月次歌に
咲混る 花を別けてや 白雲の 山を離れて 立登らむ
源仲綱
0152 千五百番歌合に
先立ちて 誰御吉野の 山櫻 知らぬ栞の 跡付けてけり
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
0153 暮山花を
誰が春の 雲眺めに 暮ぬらむ 宿借る花の 峰木本
前中納言 藤原定家
0154 題知らず
初瀨山 尾上花は 霞暮れて 麓に響く 入相聲
權僧正憲淳
0155 花盛に雨降り侍ける日、西園寺に御幸有りて、花御覽ぜられける時、詠ませ給うける
春雨の 古木櫻 今日しこそ 折得て花の 色も見えけれ
龜山院御製
0156 【○承前。侍花盛雨降之日,有行幸西園寺賞花時令詠。】
露を重み 梢垂れたる 絲櫻 柳が枝に 咲くかとぞ見る
入道前太政大臣 西園寺實兼
0157 題を探りて人人歌仕奉けるに、春路と云事を
道邊や 木下每の 休らひに 待つらむ花の 宿や暮れなむ
院御製 伏見院
0158 齋院に侍ける時、宇治前關白太政大臣所所花見る由聞きて申遣はしける
殘無く 尋ぬなれども 注連內の 花は花にも 非ぬ成るべし
選子內親王
0159 返し、關白に代りて詠侍ける
風を疾み 先づ山邊をぞ 尋入る 標結ふ花は 散らじと思ひて
堀川右大臣 藤原賴宗
0160 逐日看花と云事を
櫻花 飽かぬ匂ひに 誘はれて 春は山路に 行かぬ日ぞ無き
前大納言 源師忠
0161 白川院花見御幸時、詠侍ける
明日も來む 今日も日暮 見つれども 飽かぬは花の 匂也けり
大宮前太政大臣 藤原伊通
0162 見花日暮と云ふ事を
櫻花 日暮見つつ 今日も復 月待つ程に 成りにける哉
橘為仲朝臣
0163 平忠度朝臣、山里花見侍けるに、「家苞は折らずや?」と申遣はして侍ければ、「家苞も、未折知らず、山櫻、散らて歸りし、春し無ければ。」と申して侍ける返事に
我為に 折れや一枝 山櫻 家苞にとは 思はずも有れ
小侍從 待宵小侍從 八幡小侍從
0164 法金剛院花盛に、上西門院藏人共誘ひて花見侍けるに、暫見て過侍けるを、「如何に花を見捨てては歸るぞ?」と申侍ければ
理無しや 他にも花の 無くばこそ 一木本に 日をも暮さめ
法橋顯昭
0165 花を詠侍ける
花色は 飽かじとぞ思ふ 萬代を 宛ら春に 為して見るとも
權中納言 藤原長方
0166 花木共を數多ゑさせ給ひて風吹きける日、詠ませ給うける
木立をば 繕はずして 櫻花 風隱れにぞ 植うべかりける
花山院御製
0167 題知らず
如何に復 待たせ待たせて 櫻花 見る程も無く 散らむとすらむ
二條大皇太后宮大貳 藤原宗子
0168 【○承前。無題。】
見る程は 世憂事も 忘わすれけり 復またも花はなをぞ 植ううべかりける
中務卿 具平親王
0169 花歌中はなのうたのなかに
老おいらくは 心色こころのいろや 增まさるらむ 年としに添そへては 飽あかぬ花哉はなかな
藤原清輔朝臣
0170 三月許やよひばかりに、人人數多伴ひとびとあまたともなひて花見はなみて歸かへり侍はべりけるに
行迴ゆきめぐり 見みれども飽あかず 山櫻やまざくら 我われのみならば 歸かへらましやは
祭主 大中臣輔親
0171 題知だいしらず
故鄉ふるさとを 立たち莫隱なかくしそ 春霞はるがすみ 花盛はなのさかりは 行ゆきて見みるべく
贈皇后宮 藤原懷子
0172 人家ひとのいへに暫侍しばしはべりけるに、彌生朔頃やよひのついたちころ、花盛はなのさかりに復他またほかへ罷まかるとて詠侍よみはべりける
徒也あだなりと 思莫捨おもひなすてぞ 未散まだちらぬ 花はなより先さきに 移うつろひぬとて
前大納言 藤原公任
0173 花歌はなのうたとて
年としを經へて 變かはらず匂にほふ 花為はななれは 見みる春每はるごとに 珍めづらしき哉かな
院中務內侍
0174 春歌中はるのうたのなかに
思染おもひそめき 四時よつのときには 花春はなのはる 春中はるのうちにも 曙空あけぼののそら
前大納言 藤原為兼 京極為兼
0175 【○承前。春歌之中。】
徒色あだしいろに 猶疎なほうとまれぬ 櫻花さくらばな 待まつも惜おしむも 物ものをこそ思おもへ
權中納言 今出川兼季
0176 花未飽くわみほうと云いふ事ことを
一年ひととせに 稀まれなる春はるの 內うちも猶なほ 逢見あひみる花はなの 頃ころぞ少すくなき
從三位 二條為實
0177 花十首御歌中はなのじっしゅのみうたのなかに
花中はなのなかに 如何いかに契ちぎりて 櫻さくらしも 春はるに異ことなる 名なを遺のこしけむ
新院御製 後伏見院
0178 內裏だいりにて題だいを探さぐりて人人歌仕奉ひとびとうたつかうまつりける時とき、花はなを
遲おそく時とき 數多梢あまたこずゑを 見みる時ときぞ 花盛はなのさかりの 程ほどは久ひさしき
關白前太政大臣 鷹司冬平
0179 折花をりばなと云いふ心こころを
折餝おりかざす 道行人みちゆきびとの 氣色けしきにて 世よは皆花みなはなの 盛さかりをぞ知しる
永福門院 西園寺鏱子
0180 光明峰寺入道前攝政くわうみゃうふじにふだうさきのせっしゃう、內大臣ないだいじんに侍はべりける時とき、詠よませ侍はべりける百首歌ひゃくしゅのうたに、尋花じんくわと云事いふことを
鳥聲とりのこゑ 霞色かすみのいろを 導しるべにて 面影匂おもかげにほふ 春山踏はるのやまぶみ
前中納言 藤原定家
0181 三條右大臣さんでううだいじんに伴ともなひて花見侍はなみはべりけるに、急いそぐ事有ことありて歸かへるとて詠侍よみはべりける
櫻花さくらばな 匂にほふを見みつつ 歸かへるには 靜心無しづこころなき 物ものにぞ有ありける
中納言 藤原兼輔
0182 返かへし
立歸たちかへり 花はなをぞ我われは 怨うらみつる 人心ひとのこころを 留とめぬと思おもへば
三條右大臣 藤原定方
0183 題知だいしらず
櫻花さくらばな 折をりて髻首かざさむ 黑髮くろかみの 變かはれる色いろに 見みえ紛まがふべく
凡河內躬恒
0184 【○承前。無題。】
雪ゆきかとぞ 餘所よそに見みつれど 櫻花さくらばな 折をりては似にたる 色無いろなかりけり
小式部內侍 橘道貞女 和泉式部女
0185 春頃はるころ、西山にしやまなる所ところに暫侍しばしはべりけるに、花面白はなおもしろく咲渡さきわたれるに、人目ひとめも見みえざりければ
里遠さととほみ 餘あまり奧おくなる 山路やまぢには 花見はなみにとても 人來ひとこざりけり
菅原孝標朝臣女
0186 故鄉花ふるさとはなと云いふ事ことを
櫻咲さくらさく 奈良都ならのみやこを 見渡みわたせば 何方いづくも同おなじ 八重白雲やへのしらくも
前中納言 大江匡房
0187 題知だいしらず
八重匂やへにほふ 花はなを昔むかしの 導しるべにて 見みぬ世よを慕したふ 奈良古鄉ならのふるさと
前大僧正範憲
0188 花御歌中はなのみうたのなかに
御吉野みよしのの 山貴方やまのあなたの 櫻花さくらばな 人ひとに知しられぬ 人ひとや見みるらむ
順德院御製
0189 花十首歌詠侍はなのじっしゅのうたよみはべりけるに、山花やまばな
眺遣ながめやる 四方山邊よものやまべも 咲花さくはなの 匂にほひに霞かすむ 二月空きさらぎのそら
深心院關白前左大臣 近衛基平
0190 花歌はなのうたとて
今いまは世よに 思增おもひますべき 方かたも無なし 心長閑こころのどかに 花はなをだに見みむ
後一條入道前關白左大臣 一條實經
0191 【○承前。詠花歌。】
老おいらくは 我身他わがみのほかの 春為はるなれば 花見はなみてだにも 淚落なみだおちけり
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
0192 【○承前。詠花歌。】
異方ことかたも 復奧またゆかしさに 山櫻やまざくら 同一木おなじひときを 靜しづかにも見みず
藤原為守
0193 守覺法親王家しゅかくほふしんわうのいへに五十首歌詠ごじっしゅのうたよませ侍はべりける時とき、詠よみて遣つかはしける春歌はるのうた
春夜はるのよの 明行あけゆく空そらは 櫻咲さくらさく 山端やまのはよりぞ 白しらみ始そめける
三條入道左大臣 三條實房
0194 千五百番歌合せんごひゃくばんのうたあはせに
仄仄ほのぼのと 花橫雲はなのよこくも 明始あけそめて 櫻さくらに白しらむ 御吉野山みよしののやま
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
0195 後京極攝政ごきゃうごくせっしゃう、左大將さだいしゃうに侍はべりける時とき、家いへに六百番歌合ろくぴゃくばんうたあはせし侍はべりけるに、春曙はるのあけぼの
霞かすみかは 花鶯はなのうぐひすに 閉とぢられて 春はるに籠こもれる 宿曙やどのあけぼの
前中納言 藤原定家
0196 曙花あけぼののはなを
山本やまもとの 鳥聲とりのこゑより 明始あけそめて 花はなも斑斑むらむら 色いろぞ見みえ行行く
永福門院 西園寺鏱子
0197 【○承前。詠曙花。】
哀暫あはれしばし 此時過このときすぎて 眺ながめばや 花軒端はなののきばの 匂にほふ曙あけぼの
從三位藤原為子 二條為子
0198 【○承前。詠曙花。】
春はるは唯ただ 曇くもれる空そらの 曙あけぼのに 花はなは遠とほくて 見みるべかりけり
從三位 源親子
0199 春朝之心はるのあさのこころを詠侍よみはべりける
遠方をちかたの 花薰はなのかほりも 稍見ややみえて 明あくる霞かすみの 色いろぞ長閑のどけき
永福門院 西園寺鏱子內侍
0200 夕花ゆふばなと云事いふことを
今朝迄けさまでは 殘のこる形見かたみも 咲添さきそひて 夕ゆふべに花はなの 盛さかりをぞ見みる
近衛關白前右大臣 近衛家基
0201 題知だいしらず
眺暮ながめくらす 色いろも匂にほひも 猶添なほそひて 夕影增ゆふかげまさる 花下哉はなのしたかな
大江宗秀
0202 山花やまばなを
盛為さかりなる 峰櫻みねのさくらの 一ひとつ色いろに 霞かすみも白しろき 花夕映はなのゆふばへ
右兵衛督 飛鳥井雅孝
0203 花御歌中はなのみうたのなかに
山端やまのはに 入日移いりひうつろふ 紅くれなゐの 薄花櫻うすはなさくら 色いろぞ異ことなる
龜山院御製
0204 【○承前。花御歌中。】
咲見さきみてる 花薰はなのかほりの 夕附日ゆふづくひ 翳かすみて沉しづむ 春遠山はるのとほやま
入道前太政大臣 西園寺實兼
0205 春歌中はるのうたのなかに
在所離あくがるる 心儘こころのままに 花はなを見みば 春はるは山路やまぢや 棲家為すみかならまし
式乾門院御匣 安嘉門院三條 久我通光女
0206 家花盛いへのはなさかりに、內女房誘うちのにうばうさそひて見みせ侍はべりけるに、大納言三位だいなごんさんゐに消息せうそこして侍はべりけるを、障事有さはることある由よし申まをして罷まからず侍はべりければ、詠よみて譴つかはしける
吹風ふくかぜの 誘さそはぬ先さきと 待またるるを 訪とはずは花はなの 名なをや貶やつさむ
關白前太政大臣 鷹司冬平
0207 返かへし
尋たづねても 色いろを添そふべき 身為みならねば 訪とふに付つけてや 花はなも窶やつれむ
從三位藤原為子 二條為子
0208 暮山花くれやまのはなと云いへる心こころを
立籠たちこむる 霞外かすみのほかも 山櫻やまざくら 花はなに匂にほへる 夕暮空ゆふぐれのそら
平貞時朝臣
0209 題知だいしらず
雲くもに映うつる 日影色ひかげのいろも 薄うすく成なりぬ 花光はなのひかりの 夕映ゆふばへの空そら
藤原為顯
0210 五十番歌合ごじつばんのうたあはせに、夕花ゆふばな
目めに近ちかき 庭櫻にはのさくらの 一木ひときのみ 霞遺かすみのこれる 夕暮色ゆふぐれのいろ
九條左大臣女 二條道良女
0211 建保五年四月けんぽごねんうづき庚申かうしんに、春夜はるのよ
山端やまのはの 月待つきまつ空そらの 匂にほふより 花はなに背そむくる 春燈火はるのともしび
前中納言 藤原定家
0212 為兼家ためかねがいへに歌合うたあはせし侍はべりし時とき、同心おなじこころを
花薰はなかをり 月翳かすむ夜よの 手枕たまくらに 短みじかき夢ゆめぞ 猶別行なほわかれゆく
前參議 冷泉為相
0213 題知だいしらず
入相いりあひの 聲こゑする山やまの 陰暮かげくれて 花木間はなのこのまに 月出つきいでにけり
永福門院 西園寺鏱子
0214 春月はるのつき
朧為おぼろなる 影かげとは何なにか 思おもひけむ 花はなに映うつろふ 春夜月はるのよのつき
後德大寺前太政大臣 藤原公孝 德大寺公孝
0215 尋花日暮じんくわにちぼと云いふ心こころを
暮くれぬとも 宿やどをば訪とはじ 山櫻やまざくら 月つきにも花はなは 見みえぬ物ものかは
關白前太政大臣 鷹司冬平
0216 源氏信みなもとのうぢのぶが跡あとに二本櫻有二本ふたもとのさくらあり、名高なだかき花為はななるによりて、人人誘ひとびとさそひて見侍みはべりけるに、程無ほどなく暮くれて月出つきいでにける後のち、各各歌詠侍おのおのうたよみはべりける時とき
二本ふたもとの 花光はなのひかりを 添そへむとや 霞かすまで出いづる 春夜月はるのよのつき
平貞時朝臣
0217 花見侍はなみはべりけるに、齋院さいゐんより、忌いみじく常ながき柳枝やなぎのえだを折おりて、「絲本いとのもとには。」と言いはせて侍はべりければ
散ちりぬべき 花はなをのみこそ 見みに來きつれ 思おもひも寄よらぬ 青柳絲あをやぎのいと
堀川右大臣 藤原賴宗
0218 冷泉院れいぜんゐん、春宮とうぐうに御座おはしましける時とき、百首歌召ひゃくしゅのうためしける中なかに、春歌はるのうた
鶯うぐひすの 來居きゐる羽風はかぜに 散花ちるばなを 長閑のどけく見みむと 思おもひける哉かな
源重之
0219 山路落花やまぢのらっか
散始ちりそむる 花初雪はなのはつゆき 降ふりぬれば 踏分ふみわけ真憂まうき 志賀山越しがのやまごえ
西行法師 佐藤義清
0220 右大臣うだいじんに侍はべりける時とき、家いへに百首歌詠侍ひゃくしゅのうたよみはべりける中なかに
櫻咲さくらさく 高嶺たかねに風かぜや 渡わたるらむ 雲立騷くもたちさわぐ 小初瀨山をはつせのやま
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0221 春歌中はるのうたのなかに
山深やまふかき 谷吹登たにふきのぼる 春風はるかぜに 浮うきて天霧あまぎる 花白雪はなのしらゆき
前大納言 藤原為家
0222 落花おちばな
雲くもとなり 雪ゆきと降敷ふりしく 山櫻やまざくら 孰いづれを花はなの 色いろとかも見みむ
常盤井入道前太政大臣 西園寺實氏
0223 【○承前。落花。】
誘行さそひゆく 花梢はなのこずゑの 春風はるかぜに 曇くもらぬ雪ゆきぞ 空そらに天霧あまぎる
前右兵衛督 京極為教
0224 【○承前。落花。】
庭面にはのおもは 降敷ふりしく雪ゆきと 見みる共なへに 梢こずゑは花はなぞ 稀まれに成行なりゆく
藤原俊言朝臣
0225 春歌中はるのうたのなかに
白雲しらくもの 棚引たなびく色いろも 且消かつきえぬ 花散はなちる山やまの 峰春風みねのはるかぜ
入道前太政大臣 西園寺實兼
0226 【○承前。春歌中。】
散ちるは憂うく 香かは懷なつかしき 花枝はなのえに 厭いとひ厭いとはぬ 春山風はるのやまかぜ
權大納言 九條房實
0227 題知だいしらず
里さとは皆みな 散果ちりはてにしを 足引あしびきの 山櫻やまのさくらは 未盛まださかり也なり
凡河內躬恒
0228 【○承前。無題。】
足引あしびきの 山邊やまべを照てらす 櫻花さくらばな 此春雨このはるさめに 散ちりぬらむ哉かも
詠人知よみひとしらず
0229 春歌はるのうたとて
花為はなならぬ 慰なぐさめも無なき 山里やまざとに 櫻さくらは暫しばし 散ちらすも有あらなむ
相模
0230 長治二年閏二月ちゃうぢにねんのうるふきさらぎ、中宮花合ちゅうぐうのはなあはせの序ついでに申侍まうしはべりける
九重ここのへに 移うつさざりせば 山櫻やまざくら 一人ひとりや苔こけの 上うへに散ちらまし
中御門右大臣 藤原宗忠
0231 題不知だいしらず
枝えだし有あらば 復またも咲さかなむ 風かぜよりも 折おる人辛ひとつらき 花櫻哉はなざくらかな
前參議 藤原教長
0232 花はなを
憂世うきよには 留置とどめおかじと 春風はるかぜの 散ちらすは花はなを 惜をしむ也なりけり
西行法師 佐藤義清
0233 月前落花つきさきのおちばなと云事いふことを詠よませ給たまうける
春夜はるのよの 霞かすめる空そらの 月影つきかげに 散敷ちりしく花はなの 色いろは紛まがひぬ
後冷泉院御製
0234 題知だいしらず
散積ちりつもる 庭にはに光ひかりを 映うつすより 月つきこそ花はなの 鏡也かがみなりけれ
源光行
0235 春月はるのつきを
御吉野みよしのの 峰花園みねのはなその 風吹かぜふけば 麓ふもとに曇くもる 春夜月はるのよのつき
常盤井入道前太政大臣 西園寺實氏
0236 【○承前。詠春月。】
秋あきも猶なほ 偲しのばれぬべき 光哉ひかりかな 花はなしく庭にはの 朧夜月おぼろよのつき
式部卿親王 久明親王
0237 花歌はなのうたに
春風はるかぜに 心こころを暫しばし 宿やどし置おきて 花惜はなのおしさを 知しらせてしがな
祐盛法師
0238 【○承前。花歌中。】
春每はるごとに 誘さそふ嵐あらしの 無なく欲得もがな 千世ちよもと花はなを 見みる人為ひとのため
前大僧正道玄
0239 百首歌中ひゃくしゅのうたのなかに
花為はなならで 又慰またなぐさむる 形欲得かたもがな 由緣無つれなく散ちるを 由緣無つれなくて見みむ
式子內親王
0240 閑中花かんちゆうくわ
我わが身世みよに 降ふるとも無なしの 長雨ながめして 幾春風いくはるかぜに 花散はなのちるらむ
前中納言 藤原定家
0241 題知だいしらず
梢こずゑより 嵐吹降あらしふきおろす 杣川そまがわの 筏いかだを越こゆる 花白浪はなのしらなみ
平齊時
0242 【○承前。無題。】
庭面にはのおもは 埋定うづみさだむる 方かたも無なし 嵐あらしに輕かろき 花白雪はなのしらゆき
津守國助
0243 西山にしやまに住侍すみはべりける頃ころ、花盛はなのさかりに前大納言為家さきのだいなごんためいへ人人誘ひとびとさそひて尋たづね詣來まうできて歌詠交うたよみかはして侍はべりけるを、殿上人中うへのおのこのなかより尋侍たづねはべりければ、送遣おくりつかはすとて書添侍かきそへはべりける
思おもひきや 空そらに知しられぬ 雪ゆきも猶なほ 雲上迄くものうへまで 散ちらむ物ものとは
蓮生法師
0244 花歌中はなのうたのなかに
思遣おもひやる 並なべての花はなの 春風はるのかぜ 此一本このひともとの 恨うらみのみかは
前大納言 藤原為兼 京極為兼
0245 【○承前。花歌之中。】
御吉野みよしのの 山彼方やまのあなたに 散花ちるばなを 吹越ふきこす風かぜの 便たよりにぞ知しる
前中納言 源雅賴
0246 家櫻いへのさくらの風かぜに散ちりけるを見みて詠よめる
惜おしと思おもふ 花主はなのあるじを 置おきながら 我わが物顏ものがほに 誘さそふ風哉かぜかな
花園左大臣 源有仁
0247 延喜御時えんぎのおほむとき、御屏風おほむびゃうぶに
水面みづのおもに 浮うきて流ながるる 櫻花さくらばな 孰いづれを沫あはと 人ひとは見みるらむ
凡河內躬恒
0248 雨中落花うちゆうらくくわ
降暮ふりくらす 雨靜あめしづかなる 庭面にはのおもに 散ちりて偏かたよる 花白浪はなのしらなみ
前關白太政大臣 鷹司基忠
0249 春御歌中はるのみうたのなかに
過移すぎうつる 時ときと風かぜとぞ 恨うらめしき 花心はなのこころは 散ちらむともせじ
永福門院 西園寺鏱子
0250 花はなを詠よませ給たまひける
並なべて世よの 春心はるのこころは 長閑のどけきに 移易うつろひやすく 花散はなのちるらむ
法皇御製 後宇多院
0251 永仁三年三月えいにんさんねんやよひ、內裏三首歌講だいりのさんしゅのうたかうぜられ侍はべりし時とき、山路落花やまぢおちばな
昨日越きのふこえし 尾上櫻をのへのさくら 散ちりにけり 今日歸途けふかへるさの 道惑みちまどふ迄まで
左近大將 洞院實泰
0252 嘉元百首歌奉かげんのひゃくしゅのうたたてまつりけるに、花はな
櫻花さくらばな 梢寂こずゑさびしく 散過ちりすぎて 殘のこれる枝えだに 春はるぞ少すくなき
前攝政左大臣 九條師教
0253 春歌中はるのうたのなかに
立並たちならぶ 峰梢みねのこずゑを 吹風ふくかぜに 松まつよりも散ちる 山櫻哉やまざくらかな
前參議 冷泉為相
0254 【○承前。春歌之中。】
吹弱ふきよわる 嵐庭あらしのにはの 木本このもとに 一斑白ひとむらしろく 花はなぞ殘のこれる
前參議 藤原家親
0255 ○
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