後拾遺和歌集 卷十七 雜三
0971 備中守棟利身罷りにける代りを人人望侍ると聞きて、內なりける人許に遣はしける
誰か又 年經ぬる身を 振捨てて 吉備中山 越えむとすらむ
清原元輔
0972 田舍に侍ける頃、司召を思遣りて
春每に 忘られにける 埋木は 花都を 思ひこそ遣れ
源重之
0973 司召にもりての年秋、殿上人大井川に罷りて舟に乘侍けるに詠める
川舟に 乘りて心の 行く時は 沈める身とも 思ほえぬ哉
大江匡衡朝臣
0974 大納言公任宰相に成侍らざりける頃、詠みて遣はしける
世中を 聞くに袂の 濡るる哉 淚は餘所の 物にぞ有ける
大江為基
0975 司召侍けるに、申文に添へて侍ける
徒に 成りぬる人の 又有らば 云合せてぞ 音をば泣かまし
藤原國行
0976 小一條右大將に名簿奉るとて詠みてそへて侍ける
陸奥の 安達真弓 引くやとて 君に我が身を 任せつる哉
源重之
0977 後朱雀院御時、年頃夜居仕奉けるに、後冷泉院位に就せ賜ひて、又夜居に參りて後、上東門院に奉侍ける
雲上に 光隱れし 夕より 幾夜と云ふに 月を見つらむ
天臺座主明快
0978 藏人にて冠給はりける日に詠める
限有れば 天羽衣 脫變へて 降りぞ煩ふ 雲之懸梯
源經任
0979 右大辨通俊藏人頭に成りて侍けるを、程經て喜言ひに遣はすとて詠侍る
嬉しと云ふ 事は並べてに 成ぬれば 言はで思ふに 程ぞ經にける
周防內侍 平仲子
0980 後冷泉院御時藏人にて侍けるを、冠給はりて又日、大貳三位局に遣はしける
澤水に 降居る鶴は 年經とも 慣し雲居ぞ 戀しかるべき
橘為仲朝臣
0981 同御時藏人にて侍けるに、世中替りて前藏人にて侍けるを、當時に臨時祭の舞人に罷入りて、試樂之日詠める
思ひきや 衣色は 綠にて 三代迄竹を 髻首すべしとは
橘俊宗
0982 世中を恨みて籠居て侍ける頃、八重菊を見て詠侍ける
押並て 咲白菊は 八重八重の 花霜とぞ 見え渡りける
前大納言 藤原公任
0983 年頃沉居て、萬を思歎侍ける頃
侍事の 有るとや人の 思ふらむ 心にも非で 永らふる身を
藤原兼綱朝臣
0984 兄弟為る人の沉みたる由、言遣せて侍ける返事に遣はしける
君をだに 浮べてしがな 淚川 沉む中にも 淵瀨有りやと
藤原元真
0985 身の徒に成果てぬる事を思嘆きて、播磨に度度通侍けるに、高砂松を見て
我のみと 思ひしかども 高砂の 尾上松も 未立てりけり
藤原義定
0986 世中を恨みける頃、惠慶法師許に遣はしける
世中を 今は限と 思ふには 君戀しくや 成らむとすらむ
平兼盛
0987 賀茂神主成助許に罷りて酒等飲て、今迄冠等給はらざりける事を嘆きて詠侍ける
紅葉する 桂中に 住吉の 松のみ獨 綠為る哉
津守國基
0988 司召に漏りて歎侍ける頃、女許に遣はしける
破舟の 沈みぬる身の 悲しきは 渚に寄する 浪さへぞ無き
中納言基長
0989 年頃領侍ける牧愁有事有りて、宇治前太政大臣に侍ける頃、雪降りたる朝、為仲朝臣許に言遣はしける
尋ねつる 雪朝の 放駒 君許こそ 跡を知るらめ
源兼俊母
0990 小一條院、東宮と聞えける時、思はずに位下給ひけるに、火燒屋等毀騷ぐを見て詠侍ける
雲居迄 立昇るべき 煙かと 見えし思の 他にも有哉
堀河女御 藤原延子
0991 同院高松女御に住移給ひて、絕絕に成給ひての頃、松風之心淒吹きけるを聞きて
松風は 色や綠に 吹きつらむ 物思ふ人の 身にぞ沁みぬる
堀河女御 藤原延子
0992 題知らず
世中を 思亂れて 繼繼と 詠むる宿に 松風ぞ吹く
源道濟
0993 世中、心に叶はで恨侍ける頃、月を眺めて詠侍ける
心には 月見むとしも 思はねど 憂には雲ぞ 眺められける
藤原為任朝臣
0994 事有りて播磨へ罷下りける道より、五月五日に京へ遣はしける
世中の 憂に生ひたる 菖蒲草 今日は袂に 根ぞ掛りける
中納言 藤原隆家
0995 五月五日、服為りける人許に遣はしける
今日迄も 菖蒲も知らぬ 袂には 引違へたる 根をや掛くらむ
小辨
0996 靜範法師、八幡宮事に掛かりて、伊豆國に流されて、又年五月に、內の大貳三位許に遣はしける
五月闇 子戀社の 子規 人知れずのみ 鳴渡る哉
藤原兼房朝臣
0997 返し
子規 子戀社に 鳴聲は 聞く夜ぞ人の 袖も濡れけり
大貳三位 藤原賢子
0998 茲を聞召して、召返すべき由仰下されけるを聞きて詠侍ける
皇も 顯人神も 宥む迄 鳴きける杜の 子規哉
素意法師
0999 丹後國にて、保昌朝臣、「明日狩為む。」と言ひける夜、鹿鳴くを聞きて詠める
理や 如何でか鹿の 鳴かざらむ 今宵許の 命と思へば
和泉式部
1000 西宮大臣、筑紫に罷りて後、住侍ける西宮家を見步きて詠侍ける
松風も 岸打つ浪も 諸共に 昔に非ぬ 音のする哉
惠慶法師
1001 二條前大臣、日頃煩ひて、怠りて後、等訪はざりつるぞと言侍ければ詠める
死許 歎きにこそは 嘆きしか 生きて訪ふべき 身にし非ねば
小式部內侍
1002 題知らず 【○齋宮女御集0059。】
大空に 風待つ程の 蜘蛛巢の 心細さを 思遣らなむ
齋宮女御 徽子女王
1003 返し 【○齋宮女御集0060。】
思遣る 我が衣手は 小蟹の 曇らぬ空に 雨のみぞ降る
東三條院
1004 世中騒がしき頃、久しう音為ぬ人許に遣はしける
亡數に 思做してや 尋はざらむ 未有明の 月待物を
伊勢大輔
1005 世儚かりける頃、梅花を見て詠める
散るをこそ 憐と見しか 梅花 花や今年は 人を偲ばむ
小大君
1006 京より具して侍ける女を、筑紫に罷下りて後、異女に思付きて、思出ず成侍りにけり。女賴無くて京に上るべき術も無く侍ける程に、患事有て、死なむとしける折、男許に言遣しける
問へかしな 幾夜も有らじ 露身を 暫しも言の 葉にや懸ると
或人云、此女經衡筑前守にて侍ける時、共に罷下れりける人の女になむ有ける。如是て女亡成りにければ、經衡後に聞付けて、心憂かりける武士心哉とて、男追上せられにけり。
佚名
1007 世中常無く侍ける頃、詠める
物をのみ 思ひし程に 儚くて 淺茅が末に 世は成りにけり
和泉式部
1008 【○承前。念世中無常之頃所詠。】
忍ぶべき 人も亡き身は 在折に 哀憐と 言ひや置かまし
和泉式部
1009 思事侍ける頃、紅葉を手弄りにして詠侍ける
如何為れば 同色にて 落つれども 淚は目にも 止らざるらむ
和泉式部
1010 世中騒がしく侍ける夕暮に、中納言定賴許に遣はしける
常よりも 儚頃の 夕暮は 亡成る人ぞ 數へられける
堀河右大臣 藤原賴宗
1011 返し
草葉に 置かぬ許の 露身は 何時其數に 入らむとすらむ
中納言 藤原定賴
1012 世中常無く侍ける頃、久しう音為ぬ人許に遣はしける
消えも堪へず 儚程の 露許 有りや無しやと 人問へかし
赤染衞門
1013 世中を何に譬へむと云ふ古言を上に置きて數多詠侍けるに
世中を 何に譬へむ 秋田を 髣髴に照らす 宵之稻妻
源順
1014 中關白忌に法興院に籠りて、曉方に千鳥の鳴侍ければ
明けぬ也 賀茂河瀨に 千鳥鳴く 今日も儚く 暮れむとすらむ
圓昭法師
1015 文集の「蕭蕭暗雨打窗聲」と云ふ心を詠める
戀しくば 夢にも人を 見るべきに 窗打つ雨に 目を醒しつつ
大貳 藤原高遠
1016 王昭君を詠める
歎越し 道露にも 增りけり 馴れにし里を 戀ふる淚は
赤染衞門
1017 【○承前。詠王昭君。】
思ひきや 古都を 立離れ 胡國人に 成らむ物とは
僧都懷壽
1018 【○承前。詠王昭君。】
見る度に 鏡影の 辛き哉 斯らざり為ば 斯らましやは
懷圓法師
1019 入道前太政大臣法成寺にて念佛行侍ける頃、後夜時に逢はむとて近所に宿りて侍けるに、鳥啼侍ければ、昔を思出て詠侍ける
古は 辛く聞えし 鳥音の 嬉しきさへぞ 物は悲しき
井手尼 橘清子
1020 修行に出立つ日詠みて右近馬場之柱に書付侍ける
ともすれば 四方山邊に 在所離し 心に身をも 任せつる哉
增基法師
1021 語らひ侍ける人許より、世を背きなむと在しは如何と言遣せて侍ければ
然すがに 悲しき物は 世中を 浮立つ程の 心也けり
馬內侍
1022 山に登りて法師に成侍ける人に遣はしける
何か其 身入るにしも 丈からむ 心を深き 山に澄ませよ
藤原長能
1023 賴家朝臣世を背きぬと聞きて遣はしける
誠にや 同道には 入りにける 獨は西へ 行かじと思ふに
律師長濟
1024 中宮內侍尼に成りぬと聞きて遣はしける
如何で如是 花袂を 裁替へて 裏なる玉を 忘れざりけむ
加賀左衛門
1025 返し
掛けてだに 衣裏に 玉有りと 知らで過ぎけむ 方ぞ悔しき
中宮內侍
1026 上東門院尼に成らせ賜ひける頃、詠みて聞侍ける
君すらも 誠道に 入りぬなり 一人や長き 闇に惑はむ
選子內親王
1027 高階成順世を背侍けるに、麻衣を人許より遣侍るとて
今日としも 思ひや馳せし 麻衣 淚玉の 掛かるべしとは
佚名
1028 返し
思ふにも 言ふにも餘る 事為れや 衣玉の 顯るる日は
伊勢大輔
1029 後一條院亡せさせ賜ひて、世儚く覺えければ、法師に成りて横川に籠居て侍ける頃、上東門院より呼ばせ賜ひたりければ
世を捨てて 宿を出にし 身為れども 猶戀しきは 昔也けり
前中納言 源顯基
1030 御返し
時間も 戀しき事の 慰まば 世は二度も 背かざらまし
上東門院 藤原彰子
1031 世を背く人人多く侍ける頃 【○拾遺集1335。】
思知る 人も在ける 世中を 何時を何時とて 過ぐす成るらむ
前大納言 藤原公任
1032 三條院東宮と申しける時、法師に成りて、宮內に奉りける
君に人 馴れ莫習ひそ 奥山に 入りての後は 侘しかりけり
藤原統理
1033 御返し
忘られず 思出つつ 山人を 然ぞ戀しく 我も眺むる
三條院御製
1034 法師に成りて住侍ける所に櫻咲きて侍けるを見て
見し人も 忘れのみ行く 故里に 心長くも 來る春哉
前中納言 藤原義懷
1035 世を背きて長谷に侍ける頃、入道中將許より、未住慣れじかし等申したりければ
谷風に 馴れずと如何 思ふらむ 心は早く 澄みにし物を
前大納言 藤原公任
1036 良暹法師大原に籠居ぬと聞きて遣はしける
水草居し 朧清水 底澄みて 心に月の 影は浮ぶや
素意法師
1037 返し
程經てや 月も浮ばむ 大原や 朧清水 澄む名許に
良暹法師
1038 良暹法師許に遣はしける
思遣る 心さへこそ 寂しけれ 大原山の 秋夕暮
藤原國房
1039 弟為りける法師の山籠りして侍ける許より、如是てなむ在遂ぐまじきと言ひて侍ける返事に遣はしける
思はずに 入るとは見えき 梓弓 歸らば還れ 人為かは
律師朝範
1040 長樂寺に住侍ける頃、人の、何事かと言ひて侍ければ遣はしける
思遣れ 訪人も無き 山里の 懸樋水の 心細さを
上東門院中將