後拾遺和歌集 卷十六 雜二
0903 入道攝政夜離勝に成侍ける頃、暮には等言遣せて侍ければ言遣はしける
柏木の 森之下草 暮每に 猶賴めとや 離るを見る見る
大納言藤原道綱母
0904 來むと言ひて來ざりける人の、暮に必ずと言ひて侍ける返事に
待程の 過ぎのみ行けば 大井川 賴むる暮も 如何とぞ思ふ
馬內侍
0905 女許に、暮にはと、男言遣はしたる返事に詠侍ける
淺瀨を 越す筏士の 綱弱み 猶此暮も 危ふかりけり
佚名
0906 中關白通始めける頃、夜離して侍ける務めて、今宵は明かし難くてこそ等言ひて侍ければ詠める
獨寢る 人や知るらむ 秋夜を 長しと誰か 君に告げつる
馬內侍
0907 忍びたる男の
外に出會へ等言侍ければ
春霞 立出む事も 思ほえず 淺綠為る 空景色に
新左衞門
0908 為家朝臣物言ひける女に離離に成りて後、御阿禮日暮にはと言ひて、葵を遣せて侍ければ、女に代りて詠侍ける
其色の 草とも見えず 枯にしを 如何に云てか 今日は掛くべき
小馬命婦
0909 男の夜更けて詣來て侍けるに、寢たりと聞きて歸りにければ、務めて、如是なむ有しと、男の言遣せて侍ける返事に
伏しにけり 然しも思はば 笛竹の 音をぞ為まし 夜更けたりとも
和泉式部
0910 宵程詣來ける男の夙歸りにければ
休はで 立つに立てうき 真木戶を 鎖しも思はぬ 人も有けり
和泉氏部
0911 小式部內侍の許に二條前太政大臣初めて罷りぬと聞きて遣はしける
人知らで 寢たさも寢たし 紫の 根摺衣 上著にも為む
堀川右大臣 藤原賴宗
0912 返し
濡衣と 人には言はむ 紫の 根摺衣 上著也とも
和泉式部
0913 平行親藏人にて侍けるに、忍びて人許に通ひながら抗ひけるを見顯はして
秋霧は 立隱せども 萩原に 鹿伏しけりと 今朝見つる哉
兵衞內侍
0914 實方朝臣女に文通はしけるを,藏人行資に會ひぬと聞きて,此女の局に伺ひて,見顯はして詠侍ける
朝な朝な 起きつつ見れば 白菊の 霜にぞ痛く 移ろひにける
左兵衛督 藤原公信
0915 大江公資、相模守に侍ける時、諸共に彼國に下りて、遠江守にて侍ける頃、忘られにければ、異女を率下ると聞きて遣はしける
逢坂の 關に心は 通はねど 見し東道は 尚ぞ戀しき
相模
0916 左大將朝光通侍ける女に、徒なる異人に言はる也と言侍ければ、女詠める
根蓴の 寢ぬ名の多く 立ちぬれば 猶大澤の 生けらじや世に
佚名
0917 太政大臣離離に成りて四月許に、檀紅葉を見て詠侍ける
住人の 枯行く宿は 時別かず 草木も秋の 色にぞ有ける
藤原兼平朝臣母
0918 女許にて曉鐘を聞きて
曉の 鐘聲こそ 聞こゆ為れ 茲を入相と 思はましかば
小一條院
0919 男の、隔つる事も無く語らはむ等言契りて、如何思ほえけむ、人間には隱遊びもしつべくなむと言ひて侍ければ
何方にか 來ても隱れむ 隔てつる 心隈の 有らばこそ有らめ
和泉式部
0920 來むと言ひて唯に明してける男許に遣はしける
休らひに 真木戶こそは 鎖さざらめ 如何に明つる 冬夜為らむ
和泉式部
0921 後三條院坊に御座しましける時、女房局前に柳枝を植ゑて侍けるを、宵に物語等して歸りたる朝、其柳無かりければ、昨夜の人取りたるかとて、乞ひに遣せたりければ
青柳の 絲に無き名ぞ 立ちにける 夜來る人は 我為らねども
藤原顯綱朝臣
0922 皇后宮親王宮の女御と聞えける時、里へ罷出賜ひにければ、其務めて、咲かぬ菊に付けて御消息有けるに
未咲かぬ 籬菊も 有る物を 如何なる宿に 移ひぬらむ
後三條院御製
0923 忘れじと言侍ける人の離離に成りて、枕箱取りに遣せて侍けるに
玉櫛笥 身は餘所餘所に 成りぬとも 二人契りし 事莫忘れそ
馬內侍
0924 物へ罷るとて、人許に言置侍ける
何方に 行くと許は 告げてまし 問ふべき人の 有る身と思はば
和泉式部
0925 忍びたる男の雨降る夜詣來て、濡れたる由、歸りて言遣せて侍ければ
斯許に 忍ぶる雨を 人尋はば 何に濡れたる 袖と云ふらむ
和泉式部
0926 人許に文遣る男を恨遣りて侍ける返事に抗侍ければ
空に成る 人心は 小蟹の 如何で今日又 如是て暮らさむ
和泉式部
0927 男の物言侍ける女を、今は更に行かじと言ひて後、雨甚降りける夜、罷りけりと聞きて遣はしける
三笠山 指離れぬと 聞きしかど 雨も世にとは 思ひし物を
和泉式部
0928 年頃住侍ける女を、男思離れて、物具等運侍ければ、女の詠める
歎かじな 終に為まじき 別れかは 是は在世にと 思許を
佚名
0929 兼房朝臣、女許に詣來て物語し侍けるを、如是と聞きて、別樣と言遣はしたりける返事に、物越になむ等、女の言遣せて侍ければ詠める
古の 著馴らし衣 今更に 其物越の 解けずしも非じ
中納言 藤原定賴
0930 大貳資通睦まじき樣になむ云ふと聞きて遣はしける
誠にや 空に無き名の 古りぬらむ 天照神の 曇無世に
相模
0931 元輔文通はしける女を諸共に文等遣はしけるに、元輔に會ひて忘られにけりと聞きて、女許に遣はしける
懲りぬらむ 徒なる人に 忘られて 我習はさむ 思例は
藤原長能
0932 入道前太政大臣、兵衛佐にて侍ける時、一條左大臣家に罷初めて、如是なむ有るとは知りたりやと言遣せて侍ける返事に詠める
春雨の 古めかしくも 告ぐる哉 早柏木の 社にし物を
馬內侍
0933 早住侍ける女許に罷りて端方に居て侍けるに、寢所の見え侍ければ詠める
古の 常世國や 變りにし 唐土許 遠く見ゆるは
清原元輔
0934 赤染衞門怨むる事侍ける頃、遣はしける
大海原 立白浪の 如何為れば 餘波久しく 見ゆる成るらむ
右兵衛督 源朝任
0935 返し
風は唯 思はぬ方に 吹きしかど 大海原立つ 浪は無かりき
赤染衛門
0936 中納言定賴家を離れて獨侍ける頃、住侍ける所の小柴垣中に置かせ侍ける
人知れず 心ながらや 時雨るらむ 更行く秋の 夜半寢覺に
相模
0937 女許に罷りたりけるに、東を指出て侍ければ
逢坂の 關之彼方も 未見ねば 東琴も 知られざりけり
大江匡衡朝臣
0938 十月許詣來りける人の、時雨し侍ければ、佇侍けるに
搔曇れ 時雨と為らば 神無月 氣色空なる 人や留ると
馬內侍
0939 大納言行成物語等し侍けるに、內御物忌に籠ればとて、急歸りて務めて、鳥聲に催されてと言遣せて侍ければ、夜深かりける鳥聲は函谷關之事にやと言遣はしたりけるを、立歸り、是は逢坂關に侍ると有れば、詠侍ける 【○百人一首0062。】
夜を籠めて 鳥之空音に 謀るとも 世に逢坂の 關は赦さじ
夜闇天未明 偽庭鳥鳴空音聞 偽謀佯雞啼 縱令得過函谷關 豈輒赦通逢坂關
清少納言
0940 三輪社渡に侍ける人を尋ぬる人に代りて
古里の 三輪山邊を 尋ぬれど 杉間月の 影だにも無し
素意法師
0941 同胞と云ふ人の、忍びて來むと言ひたる返事に
東道の 其兄妹は 來りとも 逢坂迄は 來さじとぞ思ふ
相模
0942 俊綱朝臣度度文遣はしけれど、返事も為ざりけるを、猶等言侍ければ、櫻花に書きて遣はしける
散らさじと 思餘りに 櫻花 言葉をさへ 惜みつる哉
近衞姫君
0943 睦ましくも無き男に名立ちける頃、其男許より、春も立ちぬ、今は打解けねかし等言ひて侍ければ
然らでだに 岩間水は 漏る物を 冰解けなば 名こそ流れめ
縱便不為然 岩間之水自漏矣 若為冰解者 流言蜚語必遠流 烏有浮名豈堪哉
四條宮下野
0944 能通朝臣女を思懸けて、石山に籠りて、逢はむ事を祈侍けり。逢由之夢を見て、女之乳母に、如是なむ見たると言遣はして侍ければ、如是詠みて遣はしける
祈りけむ 事は夢にて 限りてよ 偖も逢ふ云ふ 名こそ惜けれ
四條宰相
0945 資良朝臣藏人にて侍ける時、園韓神祭の內侍に催すとて、禊すれど此世之神は驗無ければ、園韓神に祈らむと言ひて侍ける返事に詠める
近きだに 效かぬ禊を 何か園 韓神迄は 遠祈らむ
少將內侍
0946 家經朝臣文通はし侍けるに、會はぬ先に絕絕に成りければ、遣はしける
忘るるも 苦しくも非ず 根蓴の 妬くもと思ふ 事し無ければ
伊賀少將
0947 左衛門藏人に文遣はしけるに、疎くのみ侍ければ、小さき瓜に書きて遣はしける
馴らされぬ 御園瓜と 知りながら 宵曉と 立つぞ露けき
少將藤原義孝
0948 人女の幼く侍けるを、大人びて等契りけるを、異樣に思成るべしと聞きて、其渡人の扇に書付け侍ける
生立つを 松と賴めし 甲斐も無く 浪越すべしと 聞くは誠か
左大將 藤原朝光
0949 秋を待てと言ひたる女に遣はしける
何時しかと 待ちし甲斐無く 秋風に 戰と許も 荻音為ぬ
源道濟
0950 男の文通はしけるに、此廿日程にと賴侍けるを、待遠しと言侍ければ
君は未だ 知らざりけりな 秋夜の 木間月は 廿日にぞ見る
和泉式部
0951 中納言定賴馬に乘りて詣來けるに、門開けよと言侍けるに、と如是言ひて開侍らざりければ、歸りにける又日、遣はしける
然もこそは 心較べに 負けざらめ 早くも見えし 駒足哉
相模
0952 物言はしける人の、音為ずと恨みければ
自づから 我が忘るるに 成りにけり 人心を 試しまに
中原長國
0953 辛かりける童を恨むとて、音し侍らざりければ、童許より、我さへ人をと言遣せて侍ければ
恨みずば 如何でか人に 問はれまし 憂きも嬉しき 物にぞ有ける
律師朝範
0954 橘則長、父陸奧守にて侍ける頃、馬に乘りて罷過ぎけるを見侍て、男は然も知らざりければ、又日遣はしける
綱絕えて 離果てにし 陸奥の 尾駮駒を 昨日見しかな
相模
0955 木葉甚散りける日、人許に差置かせける
言葉に 附けても何どか 問はざらむ 蓬宿も 別かぬ嵐を
相模
0956 返し
八重葺の 隙だに有らば 蘆家に 音為ぬ風は 非じとを知れ
中納言 藤原定賴
0957 三條太政大臣家に侍ける女、承香殿に參侍りて、見し人とだに更に思はずと恨侍ければ
理無しや 身は九重の 內ながら 問へとは人の 恨むべしやは
藤原實方朝臣
0958 高階成棟、小一條院の御供に難波に參るとて、如何に戀しからむずらむと言遣せて侍ければ
暫しこそ 思ひも出め 津國の 長柄へ行かば 今忘れなむ
中宮內侍
0959 人に儚戲言ふとて恨みける人に
是もさは 蘆苅けりな 津國の 小屋事作る 始なるらむ
上總大輔
0960 小一條院離離に成給ひける頃、詠める
心得つ 海人栲繩 打延へて 繰るを苦しと 思ふ成るべし
土御門御匣殿 藤原光子
0961 日頃牛を失ひて求煩ひける程に、絕絕に成りにける女家に、此牛入りて侍ければ、女許より引かせて、憂しと見し心に增侍けりと言遣せて侍ける返事に
數為らぬ 人を野飼の 心には 憂しともものを 思はざらなむ
祭主 大中臣輔親
0962 人局を忍びて叩きけるに、誰ぞと問侍ければ詠侍ける
磯馴るる 人は數多に 聞ゆるを 誰が莫告藻を 借りて答む
大貳 高階成章
0963 久しう音為ぬ人の、山吹に插して、日頃之罪は許せと言ひて侍ければ
訪へとしも 思はぬ八重の 山吹を 許すと言はば 折に來むとや
和泉式部
0964 同人許より來りと聞きて、同花に付けて遣はしける
味氣無く 思ひこそ遣れ 徒然と 一人や井手の 山吹花
和泉氏部
0965 患ふと言ひて久しう音為ぬ男の、他には步くと聞きて遣はしける
根蓴の 苦しき程の 絕間かと 絕ゆるを知らで 思ひける哉
少將內侍
0966 師賢朝臣の物言渡りけるを、絕えじ等契りて後も又絕えて年頃に成りにければ、通はしける文を返すとて、其端に書付けて遣はしける
行末を 流れて何に 賴みけむ 絕えける物を 中川之水
式部命婦
0967 門遲開くとて、歸りにける人許に遣はしける
長しとて 明ずやは有らむ 秋夜は 待てかし真木の 戶許をだに
和泉式部
0968 內より出ば必告げむ等契りける人の、音も為で里に出にければ遣はしける
天原 遙に渡る 月だにも 出るは人に 知らせこそすれ
藤原道信朝臣
0969 題知らず
憂事も 未白雲の 山端に 懸かるや辛き 心為るらむ
藤原元真
0970 【○承前。無題。】
吹風に 靡く淺茅は 我為れや 人心の 秋を知らする
齋宮女御 徽子女王