後拾遺和歌集 卷十五 雜一
0832 題知らず
年經れば 荒れのみ增る 宿內に 心永くも 住める月哉
善滋為政朝臣
0833 【○承前。無題。】
月影の 入るを惜しむも 苦しきに 西には山の 無から益かば
宇治忠信女
0834 【○承前。無題。】
我獨 眺むと思ひし 山里に 思事無き 月も澄みけり
藤原為時
0835 船中月と云ふ心を詠侍ける
水馴掉 取らでぞ下す 高瀨舟 月光の 射すに任せて
源師賢朝臣
0836 池上月を詠める
月影の 傾く儘に 池水を 西へ流ると 思ひける哉
良暹法師
0837 後冷泉院御時、后宮にて月を詠侍ける
月影は 山端出る 宵よりも 更行く空ぞ 照增りける
大藏卿 藤原長房
0838 連夜に月を見ると云ふ心を詠侍ける
敷妙の 枕塵や 積るらむ 月盛りは 寐こそ寢られね
源賴家朝臣
0839 月の甚面白侍ける夜、來方行末も有難き事等思う給へて、徒步より輔親が六條家に罷れりけるに、夜更けにければ人も有らじと思給ひけるに、住荒らしたる家端に出居て、前なる池に月映りて侍けるを眺めてなむ侍ける。同心にも等言ひて詠侍ける
池水は 天川にや 通ふらむ 空為る月の 底に見ゆるは
懷圓法師
0840 中納言泰憲近江守に侍ける時、三井寺にて歌合し侍けるに月を詠侍ける
何方へ 行くとも月の 見えぬ哉 棚引く雲の 空に無ければ
永胤法師
0841 永承四年內裏歌合に、月を詠める
何時よりも 曇無き夜の 月為れば 見る人さへに 入難き哉
江侍從
0842 麗景殿女御家歌合に
山端の 斯からましかば 池水に 入れども月は 隱れざりけり
堀川右大臣 藤原賴宗
0843 題知らず
宿每に 變らぬ物は 山端の 月待程の 心也けり
加賀左衛門
0844 依月客來と云ふ心を詠める
我獨 眺めてのみや 明かさまし 今宵月の 朧成りせば
永源法師
0845 賀陽院に御座しましける時、石立て瀧落し等して御覽じける頃、九月十三夜に成りければ
岩間より 流るる水は 早けれど 映れる月の 影ぞ長閑けき
後冷泉院御製
0846 月夜、中納言定賴許に遣はしける
板間麤み 荒れたる宿の 寂しきは 心にも有らぬ 月を見る哉
彈正尹清仁親王
0847 其夜、返しは無くて、二三日許有りて、雨降りける日、親王許に遣はしける
雨降れば 閨板間も 葺きつらむ 漏來る月は 嬉しかりしを
中納言 藤原定賴
0848 人許より、「今宵月は如何?」と言ひたる返事に遣はしける
月見ては 誰も心ぞ 慰まぬ 姨捨山の 麓為らねど
藤原範永朝臣
0849 公の御畏りにて侍ける頃、賀茂御社に夜夜參りて祈申しけるに、月面白く侍けるに
如此許 隈無き月を 同じくば 心も晴れて 見由欲得
賀茂成助
0850 鞍馬より出侍ける人の、月甚可憐しかりければ、鞍馬山も如此こそは等思出けるを聞きて
住馴るる 都月の 清けきに 何か鞍馬の 山は戀しき
齋院中務
0851 返し
諸共に 山端出し 月為れば 都ながらも 忘れやはする
齋院中將
0852 月明かく侍ける夜、小一條大臣昔を戀ふる心を詠侍けるに詠める
天原 月は變らぬ 空ながら 在し昔の 世をや戀ふらむ
清原元輔
0853 月前に思ひを述ぶと云ふ心を詠侍ける
何時とても 變らぬ秋の 月見れば 唯古の 空ぞ戀しき
藤原實綱朝臣
0854 前藏人にて侍ける時、對月懷舊と云ふ心を人人詠侍けるに
常よりも 清けき秋の 月を見て 憐戀しき 雲上哉
源師光
0855 齊信民部卿女に住渡侍けるに、彼女身罷りにければ、法住寺と云ふ所に籠居て侍けるに、月を見て
諸共に 眺めし人も 我も無き 宿には月や 獨住むらむ
民部卿 藤原長家
0856 兼房朝臣、月出ば迎へに來むと賴めて、音為ざりければ、詠侍ける
月見れば 山端高く 成にけり 出ばと言ひし 人に見せばや
江侍從
0857 思事有ける頃、山寺に月を見て詠侍ける
山端に 入りぬる月の 我ならば 憂世中に 又は出でじを
源為善朝臣
0858 山に住煩ひて奈良に罷りて住侍けるに、知りたる人も無く、又見し世の住處にも似ざりければ、月面白く侍けるを眺めて詠める
昔見し 月影にも 似たる哉 我と共にや 山を出けむ
聖梵法師
0859 中關白少將に侍ける時、內御物忌に籠るとて、月入らぬ先にと、急出侍ければ、務めて女に代りて遣はしける
入りぬとて 人急ぎし 月影は 出ての後も 久しくぞ見し
赤染衛門
0860 例為らず御座しまして、位等去らむと覺しめしける頃、月明かりけるを御覽じて 【○百人一首0068。】
心にも 非で憂世に 永らへば 戀しかるべき 夜半月哉
不能如所願 若致苟活憂世間 莫得脫苦海 今顧此世可戀者 唯有夜半清月哉
三條院御製
0861 後朱雀院御時、月明かりける夜、上に上らせ給ひて、如何なる事か申させ給ひけむ
今は唯 雲居之月を 眺めつつ 巡逢ふべき 程も知られず
陽明門院 禎子內親王
0862 來むと言ひつつ來ざりける人許に、月明かりければ遣はしける
等閑の 空賴為で 哀にも 待つに必ず 出る月哉
小辨
0863 返し
賴めずば 待たでぬる夜ぞ 重ねまし 誰故か見る 有明月
小式部
0864 月明く侍ける夜、半蔀に女共立ちて侍けるを、男參らむ等言入れさせて侍ければ詠める
誰とてか 荒れたる宿と 言ひながら 月より外の 人を入るべき
佚名
0865 今宵必ずと賴めたる女許に、月明かりける夜、罷りて侍けるに、下籠めて女逢侍らざりければ、歸りて又日遣はしける
縱然らば 待たれぬ身をば 置きながら 月見ぬ君は 名こそ惜けれ
藤原隆方朝臣
0866 月の山端に入らむとするを見て詠侍ける
眺むれば 月傾きぬ 哀れ我が 此世程も 斯許ぞかし
僧正深覺
0867 侍從尼廣澤に籠ると聞きて遣はしける
山端に 隱れ莫果てそ 秋月 此世をだにも 闇に惑はじ
藤原範永朝臣
0868 月を見て詠侍ける
諸共に 同憂世に 澄月の 羨ましくも 西へ行哉
中原長國妻
0869 入道攝政物語等して、寢待月の出る程に、止りぬべき事等言ひたらば、止らむと言侍ければ詠侍ける
如何に為む 山端にだに 止らで 心空に 出む月をば
大納言藤原道綱母
0870 月朧成りける夜、入道攝政詣來て物語し侍けるに、賴もしげ無き事等言侍りければ詠める
曇る夜の 月と我が身の 行末と 覺束無さは 孰勝れり
大納言藤原道綱母
0871 村上御時、上に上りて侍けるに、上御殿籠りにければ歸下りて詠侍ける 【○齋宮女御集0005。】
隱沼に 生ふる菖蒲の 憂寐して 果は無情く 成る心哉
齋宮女御 徽子女王
0872 題知らず
川上や 樗池の 浮蓴は 憂事有れや 來人も無し
曾禰好忠
0873 六條前齋院に歌合在らむとしけるに、右に心寄有りと聞きて、小辨許に遣はしける
顯れて 恨みや為まし 隱沼の 汀に寄せし 浪心を
小式部
0874 返し
岸遠み 漂浪は 中空に 寄方も無き 嘆きをぞ為し
小辨
0875 五月五日、六條前齋院に物語合し侍けるに、小辨遲く出すとて、方の人人籠めて次物語を出し侍ければ、宇治の前太政大臣、彼小辨が物語は見所等や有らむとて、異物語を止めて待侍ければ、岩垣沼と云ふ物語を出すとて詠侍ける
引捨つる 岩垣沼の 菖蒲草 思知らずも 今日に逢哉
小辨
0876 伯耆國に侍ける同胞の音し侍らざりければ便に付けて遣はしける
行かばこそ 逢はずも有らめ 箒木の 有と許は 音信寄かし
馬內侍
0877 患人の道命を呼侍けるに、罷らで、又日如何と訪らひに遣はしたりける返事に
思出て 問ふ言葉を 誰見まし 辛きに堪ぬ 命也為ば
佚名
0878 患ひて山寺に侍ける頃、人問ひて侍けれど、又も音も為ず成りにければ
山里を 尋ねて問ふと 思ひしは 辛き心を 見する也けり
中務典侍 藤原高子
0879 馬內侍許に遣はしける 【○齋宮女御集0056。】
夢如 朧めかれ行く 世中に 何時問はむとか 音信も為ぬ
齋宮女御 徽子女王
0880 或人女を語らひつきて、久しく音し侍らざりければ
踏見ても 物思ふ身とぞ 成にける 真野繼橋 途絕のみして
相模
0881 男許より、氣配變りたるは如何に、今は參るまじきかと言遣せて侍ければ
野飼はねど 荒行く駒を 如何為む 森之下草 盛りならねば
相模
0882 忍事有る女に中納言兼賴忍びて通ふと聞きて、難絕侍りにけり。中納言さへ又離離に成侍りにければ、女の詠める
徒に 身は成りぬとも 辛からぬ 人故とだに 思はましかば
佚名
0883 赤染、右大臣道綱に名立侍ける頃、遣はしける
在るが上に 又脫懸くる 唐衣 如何操も 作合ふべき
大江匡衡朝臣
0884 定輔朝臣絕絕えに成りて他心等有りければ、時時は引留めよと云ふ人侍ければ
理無しや 心に叶ふ 淚だに 身之憂時は 止りやはする
源雅通朝臣女
0885 熊野へ參るとて、人許に言遣はしける
忘る莫よ 忘ると聞かば 三熊野の 浦濱木綿 恨重ねむ
道命法師
0886 思はむと賴めたりける人の然も非ぬ氣色成ければ詠侍ける
忘れじと 言ひつる中は 忘れけり 忘れむとこそ 云ふべかりけれ
道命法師
0887 久しく訪れぬ人許に
物言はで 人心を 見る程に 頓て問はれで 止みぬべき哉
道命法師
0888 後冷泉院亡賜ひて、世之憂事等思亂れて籠居て侍けるに、後三條院位に就かせ賜ひて後、七月七日に參るべき由仰言侍ければ詠める
天川 同流と 聞きながら 渡らむ事の 猶ぞ悲しき
周防內侍 平仲子
0889 源賴光の朝臣、女に後れて侍ける頃、霜置きたる朝に遣はしける
此頃の 夜半寢覺は 思遣る 如何なる鴛鴦か 霜は拂はむ
小大君
0890 大貳國章、妻亡成りて秋風夜寒なる由、便に付けて言遣せて侍ける返事に遣はしける
思ひきや 秋夜風の 寒けきに 妹無き床に 獨寢むとは
清原元輔
0891 春頃、為賴、長能等相共に歌詠侍けるに、m今日事をば忘る莫と言渡りて後、為賴朝臣身罷りて、又年春、長能許に遣はしける
如何為れば 花匂も 變らぬを 過ぎにし春の 戀しかるらむ
中務卿具平親王
0892 能宣身罷りて後、四十九日の內に冠給はりて侍けるに、大江匡衡が許より其由言遣せて侍ける返事に言遣はしける
墨染に 緋衣を 重著て 淚色の 二重為る哉
祭主 大中臣輔親
0893 陸奥に罷下りけるに、信夫郡と云ふ所に早見し人を尋ねければ、其人亡成りにけりと聞きて
淺茅原 荒れたる宿は 昔見し 人を忍ぶの 渡也けり
能因法師
0894 母に後侍りて又年、果業等過ぎて徒然に侍ける夕暮に、塵積りたる琴等押拭ひて、彈くとは無けれど、今は程など過ぎにければ、折折鳴らしけるを、姨なりける人相住みける方より、琴音聞けば物ぞ悲しき等言遣せて侍ける返事に詠める
亡人は 音信も為で 琴緒を 絕ちし月日ぞ 歸期にける
大納言道綱朝臣
0895 母に後れて侍ける頃、兄弟方方に弔ひの人人詣來けれど、我が方には訪るる人侍らざりければ
時雨れど 甲斐無かりけり 埋木は 色付く方ぞ 人も問ひける
源經隆朝臣
0896 物思ひける頃、時雨甚降侍ける朝、今宵の時雨は何ど人の音信て侍ければ詠める
人知れず 落る淚の 音を為ば 夜半時雨に 劣らざらまし
少將井尼
0897 故中宮亡賜ひて、又年七月七日に、宇治前太政大臣許に遣はしける
去年今日 別れし星も 逢ひぬめり 何ど類無き 我が身為るらむ
後朱雀院御製
0898 後朱雀院亡賜ひて打續き世の儚事侍ける頃、花の面白侍ければ
儚さに 餘所へて見れば 櫻花 折知らぬにや 成らむとすらむ
小左近
0899 故皇太后宮亡賜ひて翌年、其宮の梅花面白く咲きたりけるに、人人甚口惜く等言ひければ
形見ぞと 思はで花を 見しだにも 風を厭はぬ 春は無かりき
辨乳母 藤原明子
0900 世中儚くて右大將通房隱侍りぬと聞きて
數為らぬ 身之憂事は 世中に 亡中にだに 入らぬ也けり
小辨
0901 只にも非で里に罷出て侍けるに、十月許程近う成りて、內より御弔有りける返事に奉り侍ける 【○定家本齋宮女御集0045。】
枯果つる 淺茅上の 霜よりも 消ぬべき程を 今かとぞ待つ
齋宮女御 徽子女王
0902 後朱雀院亡せさせ賜ひて、上東門院白河に渡賜ひて、嵐甚吹きける務めて、彼院に侍ける侍從內侍許に遣はしける
古を 戀ふる寢覺めや 增さるらむ 聞きも為らはぬ 峰嵐に
藤原範永朝臣