後拾遺和歌集 卷十四 戀四
0770 心變侍ける女に、人に代りて 【○百人一首0042。】
契きな 互に袖を 絞りつつ 末之松山 浪越さじとは
嚮日契山盟 互濕衣襟誓不渝 揮淚絞袖乾 駭浪無越末松山 何以今日毀昔約
清原元輔
0771 中納言定賴許に遣はしける
蘆根の 憂身程と 知りぬれば 恨みぬ袖も 浪は立ちけり
公圓法師母
0772 年頃逢はぬ人に逢ひて後に遣はしける
逢見しを 嬉しき事と 思ひしは 歸りて後の 歎也けり
道命法師
0773 題知らず
深山木の 樵りや知ぬらむと 思間に 甚思火の 燃增る哉
藤原元真
0774 【○承前。無題。】
岩代の 森言はじと 思へども 雫に濡るる 身を如何に為む
惠慶法師
0775 【○承前。無題。】
味氣無し 我が身に增る 物や有ると 戀為し人を 擬きし物を
曾禰好忠
0776 【○承前。無題。】
我と如何に 由緣無く成りて 試む 辛き人こそ 忘難けれ
和泉式部
0777 忍びて物思ひける頃、詠める
怪しくも 顯れぬべき 袂哉 忍音にのみ 泣くと思ふを
相模
0778 【○承前。詠竊下憂思時。】
打忍び 泣くと為しかど 君戀ふる 淚は色に 出にける哉
西宮前左大臣 源高明
0779 承曆二年內裏歌合に詠める
戀すとも 淚色の 無かりせば 暫しは人に 知られざらまし
辨乳母 藤原明子
0780 題知らず
人知れぬ 戀にし死なば 大方の 世儚きと 人や思はむ
源道濟
0781 忍びたる女に
人知れず 顏には袖を 覆ひつつ 泣く許をぞ 慰めにする
堀川右大臣 藤原賴宗
0782 冬夜戀を詠める
思侘び 返す衣の 袂より 散るや淚の 冰為るらむ
藤原國房
0783 題知らず
慰むる 心は無くて 徹夜 返す衣の 裏ぞ濡れける
清原元輔
0784 【○承前。無題。】
世中に 在らばぞ人の 辛からむと 思ふにしもぞ 物は悲しき
佚名
0785 【○承前。無題。】
夜な夜なは 目御覺めつつ 思遣る 心や行きて 驚かすらむ
道命法師
0786 【○承前。無題。】
思云ふ 事は言はでも 思ひけり 辛きも今は 辛しと思はじ
平兼盛
0787 男絕えて侍けるに、程經て遣はしける
思遣る 方無き儘に 忘行く 人心ぞ 羨まれける
中原賴成妻
0788 題知らず
閨近き 梅匂に 朝な朝な 竒しく戀の 增さる頃哉
能因法師
0789 【○承前。無題。】
危しと 見ゆる途絕えの 丸橋の 麿何ど斯る 物思ふらむ
相模
0790 【○承前。無題。】
世中に 戀云ふ色は 無けれども 深く身に染む 物にぞ有ける
和泉式部
0791 在所知らぬ女に
小蟹の 何處に人は 在とだに 心細くも 知らで經る哉
清原元輔
0792 堀川右大臣許に遣はしける
戀しさの 憂きに紛るる 物為らば 又二度と 君を見ましや
大貳三位 藤原賢子
0793 題知らず
在ればこそ 人も辛けれ 怪しきは 命欲得と 賴む也けり
藤原有親
0794 露置きたる萩に差して女許に遣はしける
庭面の 萩上にて 知りぬらむ 物思ふ人の 夜半袂は
源道濟
0795 題知らず
我が袖を 秋草葉に 較べばや 何れか露の 置きは勝ると
相模
0796 【○承前。無題。】
荒磯海の 濱真砂を 咸欲得 獨寢る夜の 數に取るべく
相模
0797 【○承前。無題。】
數ふれば 空為る星も 知る物を 何を辛さの 數に取らまし
藤原長能
0798 二月許に人許に遣はしける
徒然と 思へば永き 春日に 賴む事とは 眺めをぞする
藤原道信朝臣
0799 五月五日に人許に遣はしける
只管に 軒菖蒲の 熟と 思へば音のみ 掛かる袖哉
和泉式部
0800 題知らず
類無く 憂き身也けり 思知る 人だに有らば 問ひこそは為め
和泉式部
0801 【○承前。無題。】
君戀ふる 心は千千に 碎くれど 一も失せぬ 物にぞ有ける
和泉式部
0802 【○承前。無題。】
淚川 同身よりは 流るれど 戀をば消たぬ 物にぞ有ける
和泉式部
0803 【○承前。無題。】
我が戀は 益田池の 浮蓴菜 苦しくてのみ 年を經る哉
小辨
0804 【○承前。無題。】
大方に 降るとぞ見えし 五月雨は 物思ふ袖の 名にこそ有けれ
源道濟
0805 【○承前。無題。】
餘所に降る 人は雨とや 思ふらむ 我が目に近き 袖雫を
西宮前左大臣 源高明
0806 【○承前。無題。】
日に添へて 憂事のみも 增る哉 暮ては頓て 明けずも有らなむ
西宮前左大臣 源高明
0807 天德四年內裏歌合に詠める
君戀ふと 且は消えつつ 經程を 斯ても生ける 身とや見るらむ
藤原元真
0808 題知らず
戀しさの 忘られぬべき 物為らば 何にか生ける 身をも恨みむ
藤原元真
0809 中納言定賴許に遣はしける
戀しさを 忍びも堪へず 空蟬の 現心も 無く成りにけり
大和宣旨
0810 小辨許に遣はしける
君が為 落つる淚の 玉為らば 貫懸けて 見せまし物を
民部卿 源經信
0811 題知らず
契有らば 思ふが如ぞ 思はまし 竒や何の 報なるらむ
西宮前左大臣 源高明
0812 【○承前。無題。】
今日死為ば 明日迄物は 思はじと 思ふにだにも 叶はぬぞ憂き
西宮前左大臣 源高明
0813 女に遣はしける
思ひには 露命ぞ 消えぬべき 言葉にだに 掛善かし君
入道攝政 藤原兼家
0814 題知らず
燒くとのみ 枕上に 潮垂れて 煙絕えせぬ 床浦哉
相模
0815 永承六年內裏歌合に 【○百人一首0065。】
恨侘び 乾さぬ袖だに 有物を 戀に朽なむ 名こそ惜しけれ
悲憤復悲憤 至今既已無氣力 濡袖永不乾 吾名已因此戀朽 惋惜難堪嘆狼藉
相模
0816 題知らず
神無月 夜半時雨に 言寄せて 片敷く袖を 乾しぞ煩ふ
相模
0817 【○承前。無題。】
樣樣に 思心は 在物を 押只菅に 濡るる袖哉
和泉式部
0818 【○承前。無題。】
我が心 變らむ物か 瓦屋の 下焚く煙 湧返りつつ
藤原長能
0819 離離に成侍ける男に詠める
打延へて 燻るも苦し 如何で猶 世に炭竈の 煙絕ゆらむ
藤原範永朝臣女
0820 題知らず
人身も 戀火には換つ 夏蟲の 顯に燃ゆと 見えぬ許ぞ
和泉式部
0821 【○承前。無題。】
枯草苅き 臥豬床の 寢を安み 然こそ寢ざらめ 斯らず欲得
和泉式部
0822 女許に遣はしける
我が戀火は 春山邊に 付けてしを もえいでて君が 目にも見えなむ
入道攝政 藤原兼家
0823 返し
春野に 付くる思火の 數多有れば 孰を君が 燃ゆるとか見む
大納言藤原道綱母
0824 同女に
春日野は 名のみ也けり 我が身こそ 烽火ならねど 燃渡りけれ
入道攝政 藤原兼家
0825 永承四年內裏歌合に詠める
何時と無く 心空為る 我が戀火や 富士高嶺に 懸かる白雲
相模
0826 【○承前。永承四年內裏歌合所詠。】
憂しとても 更に思ひぞ 返されぬ 戀は裏無き 物にぞ有ける
堀川右大臣 藤原賴宗
0826b 辛かりける女に
難波潟 汀蘆の 老世に 恨みてぞ古る 人心を
平兼盛
0827 題知らず
松島や 雄島磯に 漁為し 海人之袖こそ 如此は濡れしか
源重之
0828 【○承前。無題。】
限ぞと 思ふに盡きぬ 淚哉 抑さふる袖も 朽ちぬ許に
盛少將
0829 雨降侍ける夜、女に
搔暗し 雲間も見えぬ 梅雨は 絕えず物思ふ 我が身也けり
藤原長能
0830 題知らず
淚こそ 近江海と 成りにけれ 見目無し云ふ 眺為し間に
相模
0831 露許逢初めたる男許に遣はしける
白露も 夢も此世も 幻も 例へて言はば 久しかりけり
和泉式部