後拾遺和歌集 卷十三 戀三
0715 陽明門院皇后宮と申しける時、久しく內に參らせ給はざりければ、五月五日、內より奉らせ給ひける
菖蒲草 懸けし袂の 根を絕えて 更に戀路に 惑頃哉
後朱雀院御製
0716 服に侍ける頃、忍びたる人に遣はしける
藤衣 敝るる袖の 絲弱み 絕えて逢見ぬ 程ぞ理無き
清原元輔
0717 高階成順石山に籠りて久しう音し侍らざりければ詠める
海松こそ 近江海に 難からめ 吹きだに通へ 志賀浦風
伊勢大輔
0718 逢初めて又も逢侍らざりける女に遣はしける
秋風に 靡きながらも 葛葉の 恨めしくのみ 何どか見ゆらむ
叡覺法師
0719 津國に明ら樣に罷りて、京なる女に遣はしける
戀しきに 難波之事も 思ほえず 誰住吉の 松と言ひけむ
大江匡衡朝臣
0720 源遠古女に物言渡侍けるに、彼が許に在ける女を又使人相住侍けり。伊勢國に下りて都戀しう思ひけるに、使人も同心にや思ふらむ通許て詠める
我が思ふ 都花の 鳥總故 君も下枝の 靜心非じ
祭主 大中臣輔親
0721 橘則光の朝臣、陸奥守にて侍けるに、奧郡に罷入るとて、「春なむ歸るべき。」と言遣せて侍ければ、女詠める
片敷の 衣袖は 冰りつつ 如何で過ぐさむ 解くる春迄
光朝法師母
0722 遠所なる女に遣はしける
戀しさは 思遣るだに 慰むを 心に劣る 身こそ辛けれ
藤原國房
0723 人語らふ女を忍びて物言侍けるに、物に罷りて歸りける道に、此女を男田舍へ率下侍けり。逢坂關に行逢ひて、為方無く思侘びて、人を歸して言遣はしける
何方を 我眺めまし 邂逅に 行逢坂の 關無かり為ば
大中臣能宣朝臣
0724 返し
行歸り 後に逢ふとも 此度は 玆より越ゆる 物思ひぞ無き
佚名
0725 東に侍ける人に遣はしける
東道の 旅空をぞ 思遣る 彼方に出る 月を眺めて
民部卿 源經信
0726 返し
思遣れ 知らぬ雲道も 入方の 月より外の 眺めやは在る
康資王母
0727 同人に遣はしける
歸るべき 程を程數へて 待人は 過ぐる月日ぞ 嬉しかりける
左近中將 藤原隆綱
0728 返し
東屋の 萱が下にし 亂るれば 今や月日の 行くも知られず
康資王母
0729 題知らず
霜枯の 萱が下折れ 彼に斯に 思亂れて 過ぐる頃哉
藤原惟規
0730 物へ罷りけるに、鳴海渡と云ふ所にて人を思出て詠侍ける
甲斐無きは 猶人知れず 逢事の 遙か成身の 恨也けり
增基法師
0731 遠所に侍ける女に遣はしける
思遣る 心空に 行歸り 覺束無さを 語ら益かば
右大辨 藤原通俊
0732 清家父の供に、阿波國に下りて侍ける時、彼國女に物言渡侍けり。父津國に成移りて罷上りければ、女便に付けて遣はしける
心をば 生田杜に 懸くれども 戀しきにこそ 死ぬべかりけれ
佚名
0733 賴めける童の久しう見侍らざりければ詠侍ける
賴めしを 待つに日頃の 過ぎぬれば 玉緒弱み 絕えぬべき哉
律師慶意
0734 源賴綱朝臣父の供に美濃國に下侍ける時、彼國女に逢ひて、又音もし侍らざりければ、女詠める
淺ましや 見しは夢かと 問ふ程に 驚かすにも 成ぬべき哉
佚名
0735 中納言定賴許に遣はしける
遙遙と 野中に見ゆる 忘水 絕間絕間を 嘆く頃哉
大和宣旨
0736 題知らず
如何許 嬉しからまし 面影に 見ゆる許の 逢夜なり為ば
大納言 藤原忠家
0737 男有ける女を忍びに物言ふ人侍けり。暇無き樣を見て離離に成侍ければ、女の言遣はしける
我が宿の 軒忍に 事寄せて 軈ても茂る 忘草哉
佚名
0738 成資朝臣、大和守にて侍ける時、物言渡侍けり。絕えて年經にける後、宮に參りて侍ける車に入れさせて侍ける
逢事を 今は限と 三輪山 杉過ぎにし 方ぞ戀しき
皇太后宮陸奥
0739 五節に出侍ける人を、必ず尋ねむと云ふ男侍けれど、音為ざりければ、女に代りで遣はしける
杉叢と 言ひて驗も 無かりけり 人も尋ねぬ 三輪山本
佚名
0740 題知らず
住吉の 岸為らねども 人知れぬ 心中の 待つぞ侘しき
相模
0741 思ひける童の三井寺に罷りて久しう音もし侍らざりければ詠侍ける
逢坂の 關清水や 濁るらむ 入りにし人の 影も見えぬは
僧都遍救
0742 題知らず
淚やは 又も逢ふべき 端ならむ 泣くより外の 慰めぞ無き
左京大夫 藤原道雅
0743 語らひ侍ける童の異人に思付きければ、久しう音も為で侍けるに、流石に覺えければ、詠みて遣はしける
餘所人に 成果てぬとや 思ふらむ 恨むるからに 忘れやはする
前律師慶暹
0744 忘れじと契たる女の久しう逢侍らざりければ、遣はしける
辛しとも 思知らでぞ 止みなまし 我も果無き 心也せば
大中臣輔弘
0745 久しう問はぬ人の訪れて、又音も為ず成侍りにければ詠める
中中に 憂かりし儘に 止みに為ば 忘るる程に 成もしなまし
和泉式部
0746 題知らず
憂世をも 復誰にかは 慰めむ 思知らずも 訪はぬ君哉
和泉氏部
0747 物言渡侍ける女、親等に包む事有りて、心にも叶はざりければ詠める
逢迄や 限なるらむと 思ひしを 戀は盡きせぬ 物にぞ有ける
源政成
0748 伊勢齋宮渡寄罷上りて侍ける人に忍びて通ひける事を公けも聞召して、戍女等付けさせ賜ひて、忍びにも通はず成りにければ、詠侍ける
逢坂は 東道とこそ 聞然ど 心盡しの 關にぞ在ける
左京大夫 藤原道雅
0749 【○承前。竊罷伊勢齋宮之事,為人公聞,付戍女等,不復得竊通而詠。】
榊葉の 木綿紙垂懸けし 其神に 押返しても 渡頃哉
左京大夫 藤原道雅
0750 【○承前。竊罷伊勢齋宮之事,為人公聞,付戍女等,不復得竊通而詠。百人一首0063。】
今は唯 思絕えなむ と許を 人傳為らで 言由欲得
事既至如此 縱今須與君絕情 斷此相思者 唯欲不願借人傳 只願親述由君口
左京大夫 藤原道雅
0751 又同所に結付けさせ侍ける
陸奥の 緒絕橋や 是為らむ 文見踏まずみ 心惑はす
藤原道雅
0752 心指侍ける女の事樣に成りて後、石山に籠合ひて侍ければ詠侍ける
戀しさも 忘れやはする 中中に 心騷がす 志賀浦浪
前大納言 藤原經輔
0753 中納言定賴、今は更に來じ等ひて歸りて、音もし侍らざりければ遣はしける
來じとだに 言はで絕えなば 憂かりける 人の誠を 如何で知らまし
相模
0754 題知らず
誰が袖に 君重ぬらむ 唐衣 夜な夜な我に 片敷かせつつ
相模
0755 【○承前。無題。】
黑髮の 亂れも知らず 打臥せば 先搔遣りし 人ぞ戀しき
漆黑烏玉兮 未覺黑髮緒紊亂 伶仃伏臥者 不禁思慕曩昔時 撫我秀髮伊人矣
和泉式部
0756 或女に
移香の 薄く成行く 炊物の 燻ゆる思火に 消えぬべき哉
清原元輔
0757 男に忘られて裝束等包みて送侍けるに、革帶に結付侍ける
泣流す 淚に堪へで 絕えぬれば 縹帶の 心地こそすれ
和泉式部
0758 題知らず
中絕ゆる 葛城山の 岩橋は 踏見る事も 難くぞ有ける
相模
0759 二條院に侍ける人許に遣はしける
忘れなむと 思ふさへこそ 思事 叶はぬ身には 叶はざりけれ
大貳 藤原良基
0760 題知らず
忘れなむと 思ふに濡るる 袂哉 心長きは 淚也けり
高橋良成
0761 【○承前。無題。】
如何許 覺束無さを 嘆かまし 此世常と 思作さずば
大納言藤原忠家母 源懿子
0762 【○承前。無題。】
逢事の 惟頓るの 夢為らば 同枕に 又も寢なまし
權僧正靜圓
0763 心地例為らず侍ける頃、人許に遣はしける 【○百人一首0056。】
在らざらむ 此世外の 思出に 今一度の 逢事欲得
此命在旦夕 今思將來在他界 願得追憶者 只冀吾身殞命前 還緣再見君一面
和泉式部
0764 父許に越國に侍ける時、重煩ひて、京に侍ける齋院中將許に遣はしける
都にも 戀しき事の 多かれば 猶此旅は 生かむとぞ思ふ
藤原惟規
0765 心變りける人許に遣はしける
契りしに 非ぬ辛さも 逢事の 無きには得こそ 恨みざりけれ
周防內侍 平仲子
0766 題知らず
忘れなむ 其も恨みず 思ふらむ 戀ふらむとだに 思遣せよ
西宮前左大臣 源高明
0767 七月七日に女許に遣はしける
年內に 逢はぬ例の 名を立てて 我織女に 忌まるべき哉
藤原道信朝臣
0768 【○承前。七月七日,遣贈女許。】
七夕を 擬かしとのみ 我が見しも 果は逢見ぬ 例とぞ成る
增基法師
0769 題知らず
蜘蛛手さへ 搔絕えにける 小蟹の 命を今は 何に懸け益
馬內侍