後拾遺和歌集 卷十二 戀二
0664 女に逢ひて又日遣はしける
程も無く 戀る心は 何為れや 知らでだにこそ 年は經にしか
祭主 大中臣輔親
0665 實範朝臣女の許に通始めて朝に遣はしける
古の 人さへ今朝は 辛き哉 明くれば何どか 歸初めけむ
源賴綱朝臣
0666 惟任朝臣に代りて詠める
夜を籠めて 歸る空こそ 無かりけれ 羨ましきは 有明月
永源法師
0667 平行親朝臣女のもとに罷めて又朝に詠める
暮るままの 千歲を過ぐす 心地して 待つは誠に 久しかりけり
藤原隆方朝臣
0668 題知らず
今日よりは 夙吳竹の 節每に 夜は長かれと 思ほゆる哉
源定季
0669 女許より歸りて遣はしける 【○百人一首0050。】
君が為 惜しからざりし 命さへ 長く欲得と 思ひける哉
若為與君會 往日無顧不惜生 然與君契後 只願此命能長久 廝守偕老至石爛
少將藤原義孝
0670 人許に通ふ人に代りて詠める
今日暮る 程待つだにも 久しきに 如何で心を 懸けて過ぎけむ
伊勢大輔
0671 女許より雪降侍ける日、歸りて遣はしける
歸途の 道やは變る 變らねど 解くるに惑ふ 今朝沫雪
藤原道信朝臣
0672 【○承前。降雪之日,自女許歸而遣贈。百人一首0052。】
明けぬれば 暮るる物とは 知りながら 猶恨めしき 朝朗け哉
一旦天明後 雖知日必終將暮 猶恨不能止 心怨春宵夜短促 憾恨黎明散佳偶
藤原道信朝臣
0673 或人許に泊りて侍けるに、晝は更に見苦しとて出ざりければ詠める
值嘉浦に 浪寄せまさる 心地して 干間無くても 暮らしつる哉
藤原道信朝臣
0674 題知らず
逢見ての 後こそ戀は 勝りけれ 由緣無き人を 今は怨みじ
永源法師
0675 女に遣はしける
現にて 夢許為る 逢事を 顯許の 夢に為さばや
西宮前左大臣 源高明
0676 題知らず
偶に 行逢坂の 關守は 夜を通さぬぞ 侘しかりける
藤原道信朝臣
0677 【○承前。無題。】
知人も 無くて止みぬる 逢事を 如何で淚の 袖に漏るらむ
清原元輔
0678 男の、「待て。」と言遣せて侍ける返事に詠侍ける
賴むるを 賴むべきには 非ねども 待つとは無くて 待たれもや為む
相模
0679 時時物言ふ男、暮行許と言ひて侍ければ詠める
眺めつつ 事有顏に 暮らしても 必夢に 見えばこそ有らめ
相模
0680 中關白少將に侍ける時、同胞為る人に物言渡侍けり。賴めて詣來ざりける務めて、女に代りて詠める 【○百人一首0059。】
息らはで 寢な益物を 小夜更けて 傾ぶく迄の 月を見し哉
早知君不臨 不若率先入寢眠 時至小夜更 月傾西山天將曙 望月終夜苛孤苦
赤染衛門
0681 人の賴めて來ず侍ければ、務めて遣はしける
起きながら 明しつる哉 共寢為ぬ 鴨上毛の 霜為ら無くに
和泉式部
0682 越前守景理、「夕去りに來む。」と言ひて音為ざりければ詠める
夕露を 淺茅上と 見し物を 袖に置きても 明しつる哉
大輔命婦
0683 女許に遣はしける
如何に為む 甚切文憎の 春日や 夜半景色の 斯らましかば
藤原隆經朝臣
0684 返し
烏玉の 夜半景色は 遮莫 人心を 斯らましかば
童木
0685 題知らず
淀野へと 御秣山に 行人も 暮には唯に 歸る物かは
源重之
0686 女許に罷りけるに、隱れて逢はざりければ、歸りて遣はしける
歸りしは 我が身一つと 思ひしを 淚さへこそ 止まらざりけれ
源師賢朝臣
0687 左大將朝光、女許に罷れりけるに、惱まし、歸りねと言侍ければ、歸りての朝、女許より遣はしける
雨雲の 歸る許の 村雨に 所狹き迄 濡れし袖哉
佚名
0688 物言侍ける男の、晝等は通ひつつ、夜泊侍らざりければ詠める
我が戀は 天原為る 月為れや 暮るれば出る 影をのみ見る
一宮紀伊
0689 大貳高遠物言侍ける女の家傍に、又忍びて物言女の家侍けり。門前より忍びて渡り侍けるを、如何でか聞きけむ、女許より遣はしける
過ぎて行く 月をも何に 怨むべき 待つ我が身こそ 哀也けれ
佚名
0690 返し
杉立てる 門為ら坐せば 訪てまし 心待つは 如何知るべき
大貳 藤原高遠
0691 題知らず
津國の 昆陽とも人を 云ふべきに 隙こそ無けれ 蘆八重葺
和泉式部
0692 兼仲朝臣住侍ける時、忍びたる人數數に逢事難く侍ければ詠める
人目のみ 繁深山の 青蔓 苦しき世をも 思侘びぬる
高階章行朝臣女子
0693 題知らず
來ぬも憂く 來るも苦しき 青蔓 如何なる方に 思絕えなむ
佚名
0694 人娘の親にも知らせで物言ふ人侍けるを、親聞付けて言侍ければ、男詣來りけれど歸りにけりと聞きて、女に代りて遣はしける
知るらめや 身こそ人目を 憚りの 關に淚は 止らざりけり
佚名
0695 忍びて物思侍ける頃、色にや知るかりけむ、打解けたる人、何どか物難しげにと言侍ければ、心中に如是なむ思ひける
諸共に 何時解くべき 逢事の 片結為る 夜半下紐
相模
0696 物言度る男の、淵は瀨に等言ヘりける返事に詠める
淵やさは 瀨には成りける 飛鳥川 淺きを深く 成す世也せば
赤染衞門
0697 道濟が田舍へ罷下りけるに、女許より遣はしける
逢見では 有ぬべしやと 試みる 程は苦しき 物にぞ有ける
佚名
0698 心為らぬ事や侍けむ、語らひける女許に罷りて、枕に書付侍ける
我が心 心にも非で 辛からば 夜離れむ床の 形見とも為よ
右大臣 源顯房
0699 男の、「來む。」と言侍けるを待煩ひて、夕占を問はせけるに、「夜に來じ。」と告侍ければ、心細く思ひて詠侍ける
來ぬ迄も 待た益物を 中中に 賴む方無き 此夕占哉
佚名
0700 入道攝政、九月許の事にや、夜離れして侍ける務めて、文遣せて侍ける返事に遣はしける
消歸り 露も未乾ぬ 袖上に 今朝は時雨るる 空も理無し
大納言藤原道綱母
0701 中關白、女許より曉に歸りて、內にも入らで外に居ながら歸侍ければ詠める
曉の 露は枕に 置きけるを 草葉上と 何思ひけむ
馬內侍
0702 明日程に迄來むと言ひたる男に
昨日今日 歎許の 心地為ば 明日に我が身や 逢はじとすらむ
相模
0703 雨甚降る日、淚雨の袖に等言ひたる人に
見し人に 忘られて降る 袖にこそ 身を知る雨は 何時もを止まね
和泉式部
0704 輔親物言侍ける女許に、昨夜は雨降りしかば憚りてなむと言へりける返事に、夙止みにし物をとて、女の遣はしける
忘らるる 身を知る雨は 降らねども 袖許こそ 乾かざりけれ
佚名
0705 忍びて通ふ女の又異人に物言ふと聞きて遣はしける
越えにける 浪をば知らで 末松 千代迄とのみ 賴みける哉
藤原能通朝臣
0706 語らひ侍ける女の異人に物言ふと聞きて遣はしける
浦風に 靡きにけりな 里海人の 炊藻煙 心弱さは
藤原實方朝臣
0707 清少納言、人に知らせで絕えぬ中にて侍けるに、久しう訪れ侍らざりければ、餘所餘所にて物等言侍けり。女指寄りて、忘れにけり等言侍ければ詠める
忘れずよ 復忘られずよ 瓦屋の 下焚く煙 下咽びつつ
藤原實方
0708 男離離に成侍ける頃、詠める
風音の 身に沁む許 聞こゆるは 我が身に秋や 近く成るらむ
佚名
0709 離離に成る男の、覺束無く等言ひたるに詠める 【○百人一首0058。】
有馬山 豬名笹原 風吹けば いで其よ人を 忘れやはする
攝津有馬山 豬名笹原風吹者 草木為所拂 嗚呼是矣其音者 何得忘汝釋慕懷
大貳三位 藤原賢子
0710 右大將道綱久しく音せで、何ど恨みぬぞと言ひて侍ければ、女に代りて
恨むとも 今は見えじと 思ふこそ 責めて辛さの 餘也けれ
赤染衛門
0711 「夜每に來む。」と言ひて夜離し侍ける男許に遣はしける
今宵さへ 在らば如斯こそ 思ほえめ 今日暮れぬ間の 命と欲得
和泉式部
0712 男、恨むる事や有けむ、今日を限にて又は更に音為じと言ひて出侍りにけれど、如何にか思ひけむ、晝方訪れて侍けるに詠める
明日為らば 忘らるる身に 成ぬべし 今日を過ぐさぬ 命と欲得
赤染衛門
0713 題知らず
厭ふとは 知らぬに非ず 知りながら 心にも有らぬ 心也けり
藤原長能
0714 七月七日、二條院御方に奉らせ給ひける
逢事は 棚機女に 貸しつれど 渡ら真欲き 鵲橋
後冷泉院御製