後拾遺和歌集 卷第十 哀傷
0536 一條院御時、皇后宮隱賜ひて後、帳帷子紐に結付けられたる文を見付けたれば、內にも御覽ぜさせよと思し顏に、歌三つ書付けられたりける中に
終夜 契りし事を 忘れずば 戀む淚の 色ぞ懷しき
一條帝中宮 藤原定子
0537 【○承前。一條院御時,皇后宮崩後,覓得結於御帳帷紐之文,欲使天皇御覽所誌和歌三首之中。】
知人も 無き別路に 今はとて 心細くも 急發哉
一條帝中宮 藤原定子
0538 物言女の侍ける所に罷れりけるに、昨夜亡く成りにきと言侍ければ
在しこそ 限也けれ 逢事を 何ど後世と 契らざりけむ
源兼長
0539 山寺に籠りて侍けるに、人を葬るが見え侍ければ詠める
立昇る 煙に付けて 思哉 何時亦我を 人如是見む
和泉式部
0540 三條院皇太后宮隱賜ひて、葬送の夜、月明く侍けるに詠める
何どて如是 雲隱るらむ 如此許 長閑に澄める 月も有る夜に
命婦乳母 源憲子
0541 圓融院法皇亡賜ひて、紫野に御葬送侍けるに、一歲此所にて子日せさせ給ひし事等思出て詠侍ける
紫の 雲懸けても 思ひきや 春霞に 成して見むとは
左大將 藤原朝光
0542 【○承前。圓融法皇崩御,葬送紫野之際,憶及昔年過子日於此所而詠。】
後れじと 常御幸は 急ぎしを 煙に添はぬ 旅悲しさ
大納言 藤原行成
0543 長保二年十二月に皇后宮亡せさせ給ひて、葬送之夜、雪降りて侍ければ遣はしける
野邊迄に 心一つは 通へども 我が御幸と 知らずや在るなむ
一條院御製
0544 入道前太政大臣の葬送之朝に、人人罷歸るに、雪降りて侍ければ、詠侍ける
薪盡き 雪降頻ける 鳥邊野は 鶴林の 心地こそすれ
法橋忠命
0545 入道一品宮隱給ひて、葬送之供に罷りて、又日相模が許に遣はしける
晴れずこそ 悲しかりけれ 鳥邊山 立返りつる 今朝霞は
小侍從命婦
0546 二月十五日の事にや有けむ、彼宮葬送後、相模許に遣はしける
古の 薪も今日の 君が世も 盡果てぬるを 見るぞ悲しき
小侍從命婦
0547 返し
時しも有れ 春半場に 過たぬ 夜半之煙は 疑も無し
相模
0548 三條院御時、皇后宮の后に立賜ひける時、藏人仕奉りける人の、亡給ひて御葬送之夜、親しき事仕奉けるを聞きて遣はしける
具はれし 玉小櫛を 插しながら 哀悲しき 秋に逢ひぬる
山田中務
0549 同頃、其宮に侍ける人許に遣はしける
問はばやと 思遣るだに 露けきを 如何にぞ君が 袖は朽ちぬや
相模
0550 返し
淚川 流るる身をと 知らねばや 袖許をば 人問ふらむ
大和宣旨
0551 後一條院御時中宮、九月に亡賜ひて後朱雀院の御時、又弘徽殿中宮八月に隱賜ひにければ、彼宮に侍ける伊賀少將許に遣はしける
如何許 君歎くらむ 數為らぬ 身だに時雨し 秋哀を
前中宮出雲
0552 左兵衛督經成、身罷りにける其忌に、妹の扱ひ等為むとて、師賢朝臣籠侍けるに遣はしける
餘所に聞く 袖も露けき 柏木の 森雫を 思こそ遣れ
小左近
0553 靈山に籠りたる人に逢はむとて罷りたりけるに、身罷りて後、十三日に當りて、物忌すと聞侍りて
主無しと 答ふる人は 無けれども 宿景色ぞ 言ふに勝れる
能因法師
0554 右兵衛督俊實、子に後れて歎侍ける頃、弔ひに遣はしける
如何許 寂しかるらむ 木枯の 吹きにし宿の 秋夕暮
右大臣北方 源隆子
0555 親亡成りて、山寺に侍ける人許に遣はしける
山里の 柞紅葉 散りにけり 木本如何に 寂しかるらむ
佚名
0556 出羽辨が親に後れて侍けるに、聞きて身を抓めば甚哀なる事等、云遣はすとて詠侍ける
思ふらむ 別れし人の 悲しさは 今日迄經べき 心地やは為し
前大納言 源隆國
0557 返し
悲しさの 類に何を 思はまし 別れを知れる 君無かりせば
出羽辨
0558 高階成棟、父に後れにけると聞きて遣はしける
惜まるる 人亡く何どて 成にけむ 捨たる身だに 有れば在る世に
中宮內侍
0559 清原元輔弟元真、身罷りにけるを遲聞きたる由元輔許に言遣はすとて詠める
宵間の 空煙と 成りにきと 天之同胞 何どか告來ぬ
源順
0560 橘則長、越にて隱侍りにける頃、相模が許に遣はしける
思出や 憶出るに 悲しきは 別ながらの 訣也けり
橘季通
0561 後冷泉院御時、暇等申して筑紫に下侍ける程に、代も變りぬと聞きて、上東門院の問はせ賜ひたる御返りに奉侍ける
思遣れ 豫て別れし 悔しさに 添へて悲しき 心盡くしを
式部命婦
0562 後三條院、位に舊かせ賜ひての頃、五月雨暇無く曇暗して、六月一日未だ搔岸し雨降侍ければ、先帝御事等思出る事や侍けむ、詠める
五月雨に 非ぬ今日さへ 晴れせぬは 空も悲しき 事や知るらむ
周防內侍 平仲子
0563 二條前太政大臣妻亡成りて後、落ちたる髮を見て詠侍ける
徒に如是 落つと思ひし 烏玉の 髮こそ長き 形見也けれ
中納言 藤原定賴母
0564 子に後れて侍ける頃、夢に見て詠侍ける
轉寢の 此世夢の 儚きに 覺めぬ軈ての 命と欲得
藤原實方朝臣
0565 父の身罷りける忌に詠侍ける
夢見ずと 歎きし人を 程も無く 復我が夢に 見ぬぞ悲しき
此歌は、粟田右大臣身罷りて後、彼家に父相如宿直して侍けるに、「夢ならで、又も逢ふべき、君ならば、寐られぬ寢をも、歎ざらまし。」【○詞花集0394。】と詠みて程も無く身罷りにければ、如是詠めるとなむ、言傳へたる。
藤原相如女
0566 物言侍ける女の、程も無く身罷りにければ、女の親許に遣はしける
契有りて 此世に復は 生まるとも 面變りして 見もや忘れむ
藤原實方朝臣
0567 一條攝政身罷りて、後業事等果てて人人散散に成侍ければ
今はとて 飛別るめる 群鳥の 古巢に獨 眺むべき哉
少將藤原義孝
0568 小式部內侍亡成りて、孫供の侍けるを見て詠侍ける
留置きて 誰を哀と 思ふらむ 子は勝るらむ 子は勝りけり
和泉式部
0569 一條院亡賜ひて後、撫子花の侍けるを、後一條院稚く御座しまして、何心も知らで取らせ賜ひければ、覺し出る事や有けむ
見る儘に 露ぞ零るる 後れにし 心も知らぬ 撫子花
上東門院 藤原彰子
0570 道信朝臣と諸共に紅葉見むと契りて侍けるに、彼人身罷りての秋詠侍ける
見むと言ひし 人は儚く 消えにしを 獨露けき 秋華哉
藤原實方朝臣
0571 五月頃ほひ、女に後侍ける年の冬、雪降りける日、詠侍ける
別れにし 其五月雨の 空よりも 雪降ればこそ 戀しかりけれ
大江匡房朝臣
0572 田舍に侍ける程に、京に侍ける親亡成りにければ、急上りて、山崎にて故里を思遣せて詠侍ける
何しかは 今は急がむ 都には 待つべき人も 亡成りにけり
大江嘉言
0573 敦道親王に後れて詠侍ける
今は唯 其よ其事と 思出て 忘る許の 憂事欲得
和泉式部
0574 同頃、尼に成らむと思ひて詠侍ける
捨果てむと 思ふさへこそ 悲しけれ 君に馴にし 我が身と思へば
和泉氏部
0575 十二月晦夜、詠侍ける
亡人の 來る夜と聞けど 君も無し 我が住む宿や 魂無里
和泉氏部
0576 右大將通房身罷りて後、古るく住侍ける帳內に、蜘蛛網掛きけるを見て詠侍ける
別れにし 人は來べくも 有ら無くに 如何に振舞ふ 笹蟹ぞ此は
土御門右大臣源師房女
0577 筑紫より罷上りけるに、亡成りにける人を思出て詠侍ける
戀しさに 寢夜無けれど 世中の 儚時は 夢とこそ見れ
大貳 藤原高遠
0578 兼綱朝臣、妻亡成りて後、越前守に成りて罷下りけるに、裝束遣はすとて詠侍ける
忌忌しさに 慎めど餘る 淚哉 掛けじと思ふ 旅衣に
源道成朝臣
0579 少納言亡成りて、哀なる事等歎きつつ置きたりける百和香を、小さき籠に入れて、兄人の棟政朝臣許に遣はしける
法為 摘みける花を 數數に 今は此世の 形見とぞ見る
選子內親王
0580 思人二人有る男、亡成りて侍けるに、末に物言はれける人に代りて、元女許に遣はしける
深さこそ 藤袂は 勝るらめ 淚は同じ 色にこそ染め
伊勢大輔
0581 服に侍ける頃、十月一日同態なる人、我のみなむ同姿にと言遣せて侍ければ詠める
君のみや 花色にも 立變へで 袂露は 同秋為る
康資王母
0582 赤染、匡衡に後れて後、五月五日に詠みて遣はしける
墨染の 袂は甚ど 泥にて 菖蒲草の 根や茂るらむ
美作三位 藤原豐子
0583 圓融院法皇亡せさせ賜ひて又年、御果業等頃にや有けむ、內裏に侍ける御乳母の藤三位局に、胡桃色紙に老法師の手真似をして書きて差入れさせ給ひける
玆をだに 形見と思ふを 都には 葉替へやしつる 椎柴袖
一條院御製
0584 後冷泉院、位に就かせ賜ひければ、里に罷出侍て又年秋、東三條局の前に植ゑて侍ける萩を人折りて持參來りければ
去年よりも 色こそ濃けれ 萩花 淚雨の 斯かる秋には
麗景殿前女御 藤原延子
0585 成順に後侍りて、又年果業し侍けるに
別れにし 其日許は 巡來て 生も歸らぬ 人ぞ悲しき
伊勢大輔
0586 年頃住侍ける妻に後れて又年、果業つかうまつりけるに詠める
年を經て 馴たる人も 別にし 去年は今年の 今日にぞ有ける
紀時文
0587 返し
別れけむ 心を汲みて 淚川 思遣る哉 去年今日をも
清原元輔
0588 後一條院御時、皇太后宮亡賜ひて、果業に障る事有りて參らざりければ、彼宮より、昨日は何ど參らざりし等言ひに遣せて侍けるに詠める
我が身には 悲しき事の 盡きせねば 昨日を果と 思はざりけり
江侍從
0589 父服脫侍ける日詠める
思兼ね 形見に染めし 墨染の 衣にさへも 別れぬる哉
平棟仲
0590 【○承前。詠服父喪終之日。】
薄く濃く 衣色は 變れども 同淚の 掛かる袖哉
平教成
0591 服脫侍けるに詠める
憂きながら 形見に見つる 藤衣 果ては淚に 流しつる哉
藤原定輔朝臣女
0592 十月許に物へ罷りける道に、一條院を過ぐとて、車を引入れて見侍ければ、火焚屋等の侍けるを見て詠める
消えにける 衛士焚火の 跡を見て 煙と成りし 君ぞ悲しき
赤染衞門
0593 菩提樹院に、後一條院の御影をかきたるを見て、見なれ申しける事思出て詠侍ける
如何にして 寫留めけむ 雲居にて 明かず隱れし 月光を
出羽辨
0594 匡衡に後れて後、石山に參侍ける道に、新らしき家の甚荒れて侍けるを問はせければ、親に後れて、二年に如是成りてはべるなりと言ひければ
獨こそ 荒行く事は 嘆きつれ 主亡宿は 亦も有けり
赤染衛門
0595 熊野へ詣侍けるに、小一條院の通賜ひける難波と云ふ所に泊りて、昔を思出て詠める
古に 難波事は 變らねど 淚懸かる 旅は無かりき
源信宗朝臣
0596 如是詠みて侍けるを、傳に聞きて、彼信宗朝臣許に遣はしける
思遣る 哀難波の 浦寂て 蘆浮根は さぞ泣かれけむ
伊勢大輔
0597 秋、身罷りける人を思出て詠める
年每に 昔は遠く 成行けど 憂かりし秋は 又も來にけり
源重之
0598 【○承前。秋日憶故人而詠。】
然許 契りし物を 渡川 歸る程には 忘るべしやは
此歌、義孝少將患侍けるに、亡成りたりとも暫待て、經詠果てむと、妹女御に言侍りて程も無く身罷りて後、忘れてと如是してければ、其夜母夢に見え侍ける歌也。
藤原義孝
0599 【○承前。秋日憶故人而詠。】
時雨とは 千草花ぞ 散紛ふ 何故鄉の 袖濡らすらむ
此歌、義孝隱侍りて後、十月許に賀緣法師の夢に、心地良げにて笙を吹くと見る程に、口を唯鳴らすになむ侍ける。母の如此許戀ふるを、心地良げにて如何にといひ侍りければ、立つを引留めて、如是詠めるとなむ言傳へたる。
藤原義孝
0600 【○承前。秋日憶故人而詠。】
著馴れし 衣袖も 乾かぬに 別れし秋に 成りにける哉
此歌、身罷りて後、翌年秋、妹の夢に少將義孝が歌とて見え侍ける。
藤原義孝
0601 【○承前。秋日憶故人而詠。】
逢事を 夕暮每に 出立てど 夢路為らでは 甲斐無かりけり
或人云、此歌、思女を置きて、身罷りにける男の娘の夢に、茲彼女に取らせよとて詠侍ける。
死者
0602 娘、彼女許に遣るとて詠侍ける
泣く泣くも 君には告げつ 亡人の 復歸來と 如何言はまし
佚名
0603 女忌じく泣きて、返事に詠侍ける
先に立つ 淚を道の 標にて 我こそ行きて 言は真欲けれ
佚名