後拾遺和歌集 卷第九 覊旅
0500 石山より歸侍ける道に、走井にて清水を詠侍ける
逢坂の 關とは聞けど 走井の 水をば得こそ 止めざりけれ
堀川太政大臣
0501 十月許に、初瀨に參りて侍けるに、曉に霧立ちけるを詠侍ける
行道の 紅葉色も 見るべきを 霧と共にや 急發つべき
前大納言 藤原公任
0502 返し
霧分けて 急發ちなむ 紅葉色 色し見えなば 道も行かれじ
中納言 藤原定賴
0503 熊野道にて、御心地例為らず思されけるに、海士鹽燒きけるを御覽じて
旅空 夜半煙と 昇りなば 海人藻鹽火 炊くかとや見む
花山院御製
0504 熊野へ參侍ける道にて吹上濱を見て
都にて 吹上濱を 人問はば 今日見る許 如何語らむ
懷圓法師
0505 熊野へ參る道にて月を見て詠める
山端は 障るかとこそ 思ひしか 峰にても猶 月ぞ待たるる
少輔
0506 舟に乘りて、堀江と云ふ所を過侍るとて詠める
過難に 覺ゆる物は 蘆間哉 堀江程は 綱手緩べよ
藤原國行
0507 津國へ罷る道にて
蘆屋の 昆陽渡りに 日は暮ぬ 何方行くらむ 駒に任せて
能因法師
0508 東へ罷りける道にて
都のみ 顧られて 東道を 駒心に 任せてぞ行く
增基法師
0509 和泉に下侍けるに、夜、都鳥の仄かに鳴きければ詠侍ける
言問はば 在隨に 都鳥 都事を 我に聞かせよ
和泉式部
0510 正月許、近江へ罷りけるに、鏡山にて雨に遭ひて詠侍ける
鏡山 越ゆる今日しも 春雨の 搔曇やは 降るべかりける
惠慶法師
0511 七月朔頃に、尾張に下りけるに、夕涼みに關山を越ゆとて、暫車を止めて休侍りて、詠侍ける
越果てば 都も遠く 成りぬべし 關之夕風 暫凉まむ
赤染衛門
0512 題知らず
今日許 霞まざらなむ 飽かで行く 都山は 其とだに見む
增基法師
0513 津國に下りて侍けるに、旅宿遠望之心を詠侍ける
渡邊や 大江岸に 宿して 雲居に見ゆる 生駒山哉
良暹法師
0514 為善朝臣、三河守にて下侍けるに、墨俣と云ふ渡に降居て、信濃御坂を見遣りて詠侍ける
白雲の 上より見ゆる 足引の 山高嶺や 御坂為るらむ
能因法師
0515 東方へ罷りけるに、宇留馬と云ふ所にて
東路に 此處を賣間と 云ふ事は 行交ふ人の 有れば也けり
源重之
0516 父の供に、遠江國に下りて、年經て後、下野守にて下侍けるに、濱名橋許にて詠侍ける
東路の 濱名橋を 來て見れば 昔戀しき 渡也けり
大江廣經朝臣
0517 志香須賀渡にて詠侍ける
思人 在と無けれど 故鄉は 志香須賀にこそ 戀しかりけれ
能因法師
0518 陸奧國に罷下りけるに、白河關にて詠侍ける
都をば 霞と共に 發然ど 秋風ぞ吹く 白河關
能因法師
0519 出羽國に罷りて、象潟と云ふ所にて詠める
世中は 如是ても經けり 象潟の 海人苫屋を 我が宿にして
能因法師
0520 筑紫へ下りけるに、道に須磨浦にて詠侍ける
須磨浦を 今日過行くど 來し方へ 歸る波にや 言を傳てまし
大中臣能宣朝臣
0521 筑紫に罷下りけるに、鹽燒くを見て詠める
風吹けば 藻鹽煙 打靡き 我も思はぬ 方にこそ立て
大貳 藤原高遠
0522 書寫聖に會ひに、播磨國に御座しまして、明石と云ふ所の月を御覽じて
月影は 旅空とて 變らねど 尚都のみ 戀しきや何ぞ
花山院御製
0523 播磨明石と云ふ所に、潮湯浴に罷りて、月明かりける夜、中宮臺盤所に奉侍ける
覺束無 都空や 如何為らむ 今宵明しの 月を見るにも
中納言 源資綱
0524 返し
眺むらむ 明石浦の 景色にて 都月を 空に知らなむ
繪式部
0525 常陸に下りける道にて、月明く侍けるを詠める
月は如是 雲居為れども 見る物を 哀都の 掛からましかば
康資王母
0526 宇佐使にて、筑紫へ罷りける道に、海上に月を待つと云ふ心を詠侍ける
都にて 山端に見し 月影を 今宵は浪の 上にこそ待て
橘為義朝臣
0527 筑紫に罷りて、月明かりける夜詠める
都出て 雲居遙かに 來れども 猶西にこそ 月は入りけれ
藤原國行
0528 筑紫へ罷りける道にて詠侍ける
七日にも 餘りにけりな 便有らば 數聞かせよ 沖島守
西宮前左大臣 源高明
0529 筑紫に下侍けるに、明石と云ふ所にて詠侍ける
物思ふ 心闇し 暗ければ 明石浦も 甲斐無かりけり
帥前內大臣 藤原伊周
0530 出雲國に流され侍ける道にて詠侍ける
然もこそは 都外に 宿為め 別樣露けき 草枕哉
中納言 藤原隆家
0531 伊豫國より、十二月十日頃に舟に乘りて、急罷上りけるに
急ぎつつ 船出ぞしつる 年內に 花都の 春に逢ふべく
式部大輔 藤原資業
0532 筑紫より上りける道に、佐屋形山と云ふ所を過ぐとて詠侍ける
乾風吹く 瀨戶潮合に 船出して 早くぞ過ぐる 佐屋形山を
右大辨 藤原通俊
0533 越後より上りけるに、姨捨山麓に月明かりければ
是や此 月見る度に 思遣る 姨捨山の 麓也けり
橘為仲朝臣
0534 春頃田舍より上侍ける道にて詠める
見渡せば 都は近く 成りぬらむ 過ぎぬる山は 霞隔てつ
源道濟
0535 同道にて
小夜更けて 峯嵐や 如何為らむ 汀波の 聲增さる也
源道濟