後拾遺和歌集 卷第八 別
0461 祭主輔親、田舍へ罷下らむとしけるに、野花、山紅葉等は誰とか見むとすると言ひて遣はしける
紅葉見む 殘秋も 少なきに 君長居為ば 誰と折らまし
惠慶法師
0462 返し
惜むべき 都紅葉 未散らぬ 秋內には 歸らざらめや
祭主 大中臣輔親
0463 田舍へ下りける人許に罷りたりけるに、侍らざりければ、家柱に書付けける
常為らば 逢はで歸るも 歎かじを 都出づとか 人告げける
源道濟
0464 東へ罷るとて、京を出る日詠侍ける
都出る 今朝許だに 僅かにも 逢見て人を 別れましかば
增基法師
0465 遠江守為憲、罷下りけるに、在る所より扇遣はしけるに詠める
別れての 四歲春の 春每に 花都を 思遣為よ
藤原道信朝臣
0466 父許に越後に罷りけるに、逢坂畔より源為善朝臣に遣はしける
逢坂の 關打越ゆる 程も無く 今朝は都の 人ぞ戀しき
藤原惟規
0467 田舍へ罷りける人に、狩衣、扇遣はすとて
世常に 思別の 旅為らば 心見えなる 手向せましや
藤原長能
0468 三月許に、筑後守藤原為正、國に下侍けるに、扇給はすとて、藤枝作りたるに、結付けて侍ける
逝春と 共に立ちぬる 船道を 祈掛けたる 藤浪花
選子內親王
0469 返し
祈りつつ 千代を掛けたる 藤浪に 生松こそ 思遣らるれ
藤原為正
0470 人の遠所に罷りけるに
誰が世も 我が世も知らぬ 世中に 待程如何 有らむとすらむ
藤原道信朝臣
0471 入道攝政稚侍ける頃、大納言道綱母に通侍けるに、陸奧にへ罷下らむとて、見よと思しくて女硯に入れて侍ける
君をのみ 賴む旅なる 心には 行末遠く 思ほゆる哉
藤原倫寧朝臣
0472 返し
我をのみ 賴むと言はば 行末の 松千代をも 君こそは見め
入道攝政 藤原兼家
0473 筑紫に下りて侍けるに、上らむとて家主為る人許に遣はしける
山端に 月影見えば 思出よ 秋風吹かば 我も忘れじ
堪圓法師
0474 源賴清朝臣、陸奧國守果てて、又肥後守に成りて下侍けるを、出立所に、誰とも無くて差置かせける
度度の 千代を遙かに 君や見む 末松より 生松原
相模
0475 嘉言、對馬に成りて下侍けるに、人に代りて遣はしける
厭はしき 我が命さへ 行人の 歸らむ迄ぞ 惜しく成ぬる
相模
0476 對馬に成りて罷下りけるに、津國の程より能因法師許に遣はしける
命有らば 今歸來む 津國の 難波堀江の 蘆裏葉に
大江嘉言
0477 橘則光、陸奧國に下侍けるに、言遣はしける
假初の 別と思へど 白河の 堰止めぬは 淚也けり
中納言 藤原定賴
0478 義通朝臣、十二月頃ほひ、宇佐使に罷りけるに、年明けば冠賜はらむ事等思ひて、餞賜ひけるに、土器取りて詠侍ける
別道に 發つ今日よりも 歸る際を 哀雲居に 聞かむとすらむ
橘則長
0479 筑紫へ下る人に餞し侍るとて、人人酒飲て終日に遊びて、夜漸漸更行く儘に、老いぬる事等云出して詠侍ける
誰よりも 我ぞ悲しき 巡來む 程を待つべき 命為らねば
慶範法師
0480 筑紫より上りて後、良勢法師許に遣はしける
別るべき 中と知る知る 睦じく 習にけるぞ 今日は悔しき
佚名
0481 返し
名殘有る 命と思はば 纜の 又もや來ると 待た益物を
良勢法師
0482 能因法師、伊豫國に罷下りけるに、別を惜みて
春は花 秋は月にと 契つつ 今日を別と 思はざりけり
藤原家經朝臣
0483 能因法師、伊豫國より上りて、又歸下りけるに、人人餞して、明けむ春上らむと言侍ければ詠める
思へ唯 賴めて去にし 春だにも 花盛は 如何待たれし
源兼長
0484 語らふ人の陸奧國に侍けるに
思出よ 道は遙に 成りぬとも 心中は 山も隔てじ
源道濟
0485 能登へ罷下りけるに、人人詣來て歌詠侍ければ
止るべき 道には非ず 中中に 逢はでぞ今日は 有べかりける
源道濟
0486 讃岐へ罷りける人に遣はしける
松山の 松浦風 吹寄せば 拾ひて忍べ 戀忘貝
中納言 藤原定賴
0487 返し
發たぬより 絞りも堪へぬ 衣手に 夙莫掛けそ 松が浦波
源光成
0488 為善、伊賀に罷侍けるに、人人餞給ひけるに、土器取りて 【○和漢朗詠0627。】
如是しつつ 多くの人は 惜しみ來ぬ 我を送らむ 事は何時ぞは
楊岐路滑兮 吾之送人已多年 如是惜來矣 反顧李門浪高而 人之送我當何日
源兼隆
0489 大江公資朝臣、遠江守にて下侍けるに、師走廿日頃に、餞すとて、土器取りて詠侍ける
暮れて行く 年と共にぞ 別れぬる 道にや春は 逢はむとすらむ
源為善朝臣
0490 顯然に田舍へ罷ると、女許に言遣はしたりける返事に、暫と聞けど關越ゆる等有れば、遠心地こそすれと言ひて侍ければ、遣はしける
逢坂の 關道越ゆとも 都なる 人に心の 通はざらめや
祭主 大中臣輔親
0491 橘道貞、式部を忘れて陸奧國に下侍ければ、式部許に遣はしける
行人も 留るも如何に 思ふらむ 別れて後の 復別を
赤染衛門
0492 物言ひける女の、何方事も無くて遠所へなむ行くと言侍ければ
何處とも 知らぬ別の 旅為れど 如何で淚の 先に立つらむ
中原賴成
0493 女に睦じく成りて、程も無く遠所に罷りければ、女許より、雲居遙かに行くこそ有るか無きかの心地せらるれと言侍ける返事に遣はしける
逢事は 雲居遙かに 隔つとも 心通はぬ 程は非じを
祭主 大中臣輔親
0494 筑紫に罷りける女に
歸りては 誰を見むとか 思ふらむ 老いて久しき 人は有哉は
藤原節信
0495 筑紫に罷りて上侍けるに、人人別惜み侍けるに詠める
筑紫船 未だ纜も 解か無くに 差出る物は 淚也けり
連敏法師
0496 出雲へ下るとて、能因法師許に遣はしける 【○金葉集三奏本0520。】
故鄉の 花都に 住侘びて 八雲立つ云ふ 出雲へぞ行く
長居故鄉之 百花絢爛平安京 已然難棲故 今往八雲層湧出 山陰出雲國也矣
大江正言
0497 寂昭法師、入唐為むとて筑紫へ罷下るとて、七月七日船に乘侍けるに遣はしける 【○拾遺集1093。】
天川 後今日だに 遙けきを 何時とも知らぬ 舟出悲しな
前大納言 藤原公任
0498 入唐し侍ける道より、源心許に送侍ける
其程と 契れる旅の 別だに 逢事稀に 在とこそ聞け
寂昭法師
0499 成尋法師、唐土に渡侍りて後、彼母許に遣はしける
如何許 空を仰ぎて 歎くらむ 幾雲居とも 知らぬ別を
佚名