後拾遺和歌集 卷第六 冬
0377 十月朔に、殿上人大井川に罷りて、歌詠侍けるに詠める
落積る 紅葉を見れば 大井川 井堰に秋も 留る也 けり
前大納言 藤原公任
0378 十月朔頃、紅葉散るを詠める
手向にも すべき紅葉の 錦こそ 神無月には 甲斐無かりけれ
僧正深覺
0379 承保三年十月、今上、御狩りの序に、大井川に行幸せさせ賜ふに詠ませ賜へる
大井川 古き流を 尋來て 嵐山の 紅葉をぞ見る
御製 白河帝
0380 桂山庄にて、時雨甚降侍ければ詠める
哀にも 絕えず音する 時雨哉 訪ふべき人も 訪はぬ棲家に
藤原兼房朝臣
0381 山里時雨を詠侍ける
神無月 深成行く 梢より 時雨て渡る 深山里
永胤法師
0382 落葉如雨と云ふ事を詠める
木葉散る 宿は聞分く 事ぞ無き 時雨する夜も 時雨為ぬ夜も
源賴實
0383 【○承前。詠落葉如雨。】
紅葉散る 音は時雨の 心地して 梢空は 曇らざりけり
藤原家經朝臣
0384 十月許、山里に夜泊りて詠める
神無月 寢覺めに聞けば 山里の 嵐聲は 木葉也けり
能因法師
0385 宇治にて、網代を詠侍ける
網代木に 紅葉扱混ぜ 寄る冰魚は 錦を洗ふ 心地こそすれ
橘義通朝臣
0386 宇治に罷りて、網代零れたるを見て詠める
宇治川の 早く網代は 無かりけり 何によりてか 日をば暮さむ
中宮內侍
0387 俊綱朝臣、讃岐にて、綾川千鳥を詠侍けるに詠める
霧晴れぬ 綾川邊に 鳴く千鳥 聲にや友の 行方を知る
藤原孝善
0388 永承四年內裏歌合に千鳥を詠侍ける
佐保川の 霧之彼方に 鳴く千鳥 聲は隔てぬ 物にぞ有ける
堀河右大臣 藤原賴宗
0389 【○承前。無題。】
難波潟 朝滿潮に 立つ千鳥 浦傳ひする 聲聞こゆ也
相模
0390 題知らず
寂しさに 煙をだ にも 斷たじとて 柴折燒る 冬山里
和泉式部
0391 冬夜月を詠める
山端は 名のみ也けり 見る人の 心にぞ入る 冬夜月
大貳三位 藤原賢子
0392 題知らず
冬夜に 幾度許 寢覺して 物思宿の 隙白むらむ
增基法師
0393 障子に、雪朝、鷹狩したる所を詠侍ける
鳥屋歸る 白斑鷹の 木居を無み 雪げの空に 合せつる哉
民部卿 藤原長家
0394 鷹狩を詠める
打拂ふ 雪も止なむ 御狩野の 雉子跡も 尋ぬ許に
能因法師
0395 【○承前。詠狩鷹。】
萩原も 霜枯にけり 御狩野は 漁る雉子の 隱無き迄
律師長濟
0396 屏風繪に、十一月に女許に人音したる所を詠める
霜枯の 草閉しは 徒為れど 並ての人を 入るる物かは
大中臣能宣朝臣
0397 霜枯草を詠める
霜枯は 一色にぞ 成にける 千種に見えし 野邊には非ずや
少輔
0398 霜落葉を埋むと云ふ心を詠める
落積る 庭木葉を 夜程に 拂ひてけりと 見する朝霜
佚名
0399 霰を詠める
杉板を 疎に葺ける 閨上に 驚く許 霰ふるらし
大江公資朝臣
0400 山里の霰を詠める
訪ふ人も 無き蘆葺の 我が宿は 降る霰さへ 音為ざりけり
橘俊綱朝臣
0401 永承四年內裏歌合に初雪を詠める
都にも 初雪降れば 小野山の 真木炭竈 焚增さるらむ
相模
0402 埋火を詠める 【○和漢朗詠0357。】
埋火の 邊は春の 心地して 散來る雪を 花とこそ見れ
灰中藏埋火 此焰周邊有春情 在茲何所感 今見零來吹雪者 殆要以為是散華
素意法師
0403 染殿式部卿親王家にて、松上雪と云ふ心を人人詠侍けるに詠める
沫雪も 松上にし 降りぬれば 久しく消えぬ 物にぞ有ける
藤原國行
0404 隆經朝臣、甲斐守にて侍ける時、便に付けて遣はしける
何方と 甲斐白根は 知らねども 雪降る每に 思ひこそ遣れ
紀式部
0405 山雪を詠侍にける
紅葉故 心中に 標結し 山高嶺は 雪降りにけり
能因法師
0406 題知らず
朝朗け 雪降る里を 見渡為ば 山端每に 月ぞ殘れる
源道濟
0407 【○承前。無題。】
來し道も 見えず雪こそ 降にけれ 今や解くると 人は待らむ
慶尋法師
0408 【○承前。無題。】
如何許 降る雪為れば 息長鳥 豬名柴山 道惑ふらむ
藤原國房
0409 旅宿雪と云ふ心を詠める
獨寢る 草枕は 冴ゆれども 降積む雪を 拂はでぞ見る
津守國基
0410 屏風繪に、雪降りたる所に、女眺めしたる所を詠める
春や來る 人や訪ふらむ 待たれけり 今朝山里の 雪を眺めて
赤染衞門
0411 道雅三位八條家の障子に、山里雪朝、客人門に在る所を詠める
雪深き 道にぞ知るき 山里は 我より先に 人來ざりけり
藤原經衡
0412 【○承前。詠道雅三位八條家障子,山里雪朝客人在門繪。】
山里は 雪こそ深く 成りにけれ 訪はでも年の 暮にける哉
源賴家朝臣
0413 法師に成りて、飯室に侍けるに、雪朝人許に遣はしける
思遣れ 雪も山路も 深くして 跡絕えにける 人棲家を
信寂法師
0414 題知らず
樵積みて 槇炭燒く 氣を溫るみ 大原山の 雪斑消え
和泉式部
0415 天曆御時の御屏風繪に、十二月雪降る所を詠める
我が宿に 降頻く雪を 春よ未だ 年越えぬ間の 花とこそ見れ
清原元輔
0416 雪降れる務めて、大納言公任許に遣はしける
同じくぞ 雪積るらむと 思へども 君古里は 先づぞ訪はるる
入道前太政大臣 藤原道長
0417 雪降りて侍ける朝、女許に送りける
降る雪は 年と共にぞ 積りける 何れか高く 成增るらむ
前大納言 藤原公任
0418 薄冰を詠める
狹莚は 宜冴えけらし 隱沼の 蘆間冰 一重しにけり
賴慶法師
0419 題知らず
小夜更くる 儘に汀や 凍るらむ 遠離行く 志賀浦波
快覺法師
0420 入道前太政大臣の修行之許にて、冬夜冰を詠侍ける
鷗こそ 夜離れにけらし 豬名野なる 昆陽池水 上冰り
僧都長算
0421 題知らず
岩間には 冰楔 打ちてけり 玉ゐし水も 今は洩來ず
曾禰好忠
0422 冰逐夜結
烏玉の 夜を經て凍る 原池は 春と共にや 浪も立つべき
藤原孝善
0423 後三條院、東宮と申しける時、殿上にて人人年暮ぬる由を詠侍けるに
白妙に 頭髮は 成りにけり 我が身に年の 雪積りつつ
藤原明衡朝臣
0424 十二月晦頃、備前國より出羽辨が許に遣はしける
都へは 年と共にぞ 歸るべき 軈て春をも 迎へがてらに
源為善朝臣