後拾遺和歌集 卷第五 秋下
0335 永承四年內裏歌合に擣衣を詠侍ける
唐衣 長夜徹 打聲に 我さへ寢でも 明しつる哉
中納言 源資綱
0336 【○承前。永承四年內裏歌合,詠擣衣。】
小夜更けて 衣繁打つ 聲聞けば 急がぬ人も 寢られざりけり
伊勢大輔
0337 【○承前。永承四年內裏歌合,詠擣衣。】
轉寢に 夜や更けぬらむ 唐衣 打聲高く 成增る也
藤原兼房朝臣
0338 花山院歌詠ませ賜ひけるに詠侍ける
菅根の 長長し云ふ 秋夜は 月見ぬ人の 云ふにぞ有ける
藤原長能
0339 選子內親王、齋院と聞えける時、九月十日餘に、曉近う成迄人人眺むるに、來方行末も斯る夜は有らじ等言ひて、詠侍ける
月は良し 烈しき風の 音さへぞ 身に沁む許 秋は悲しき
齋院中務
0340 山家秋風と云ふ心を詠める
山里の 賤松垣 隙を麤み 甚勿吹きそ 木枯風
大宮越前
0341 題知らず
見渡せば 紅葉しにけり 山里は 妬くぞ今日は 一人來にける
源道濟
0342 永承四年內裏歌合に
如何為れば 同時雨に 紅葉する 柞森の 薄く濃からむ
堀河右大臣 藤原賴宗
0343 宇治にて人人紅葉を翫ぶ心を詠侍けるに詠める
日を經つつ 深く成行く 紅葉の 色にぞ秋の 程は知らるる
藤原經衡
0344 長樂寺に住侍ける頃、人許より、「此頃は何事か?」と問ひて侍ければ詠める
此頃は 木木梢に 紅葉して 鹿こそは鳴け 秋山里
上東門院中將
0345 屏風繪に車押へて紅葉見る所を詠める
故鄉は 未だ遠けれど 紅葉の 色に心の 留りぬる哉
藤原兼房朝臣
0346 紅葉尚色淺しと云ふ心を、今上詠ませ給ふ序に、奉侍ける
如何為れば 船木山の 紅葉の 秋は過ぐれど 焦れざるらむ
右大辨 藤原通俊
0347 西京に住侍ける人の身罷りて後、籬菊を見て詠める
植置きし 主は亡くて 菊花 己獨ぞ 露けかりける
惠慶法師
0348 中納言定賴、離離に成侍けるに、菊花に插して遣はしける
辛からむ 方こそ有らめ 君為らで 誰にか見せむ 白菊花
大貳三位 藤原賢子
0349 上東門院、菊合させ給ひけるに、左頭仕奉るとて詠める
目も離れず 見つつ暮さむ 白菊 花より後の 花し無ければ
伊勢大輔
0350 【○承前。上東門院菊合,仕奉左頭而詠。】
紫に 八入染めたる 菊花 移ふ色と 誰か言ひけむ
藤原義忠朝臣
0351 後冷泉院御時、后宮の御方にて、人人、翫庭菊題にて詠侍ける
朝夙 八重咲く菊の 九重に 見ゆるは霜の 置ける也けり
大藏卿 藤原長房
0352 菊花面白き所有りと聞きて、見に罷りにける人の、遲歸りければ、遣しける
菊にだに 心は移る 花色を 見に行く人は 歸リしも為じ
赤染衞門
0353 天曆御時御屏風に、菊を翫ぶ家有る所を詠める
薄く濃く 色ぞ見えける 菊花 露や心を 別きて置くらむ
清原元輔
0354 屏風繪に、菊花咲きたる家に、鷹据ゑたる人宿借る所を詠める
狩に來む 人に折らる莫 菊花 移果てむ 末迄も見む
大中臣能宣朝臣
0355 妹に侍ける人許に、男來ずなりにければ、九月許に菊移ひて侍けるを見て詠める
白菊の 移行くぞ 哀なる 如是しつつこそ 人も離れしか
良暹法師
0356 相模、公資に忘られて後、彼が家に罷れりけるに、移ひたる菊侍ければ詠める
植置きし 人心は 白菊 花より先に 移ひにけり
藤原經衡
0357 五條なる所に渡りて住侍けるに、幼き子供の菊を翫侍ければ詠める
我のみや 斯かると思へば 故鄉の 籬菊も 移ひにけり
中納言 藤原定賴
0358 永承四年內裏歌合に殘菊を詠める
紫に 移ひにしを 置霜の 猶白菊と 見する也けり
中納言 源資綱
0359 寬和二年正月、入道前太政大臣大饗し侍ける屏風 に、山里の紅葉見る人來る所を詠める
山里の 紅葉見にとや 思ふらむ 散果てこそ 訪ふべかりけれ
前大納言 藤原公任
0360 屏風繪に、山家に男女木下に紅葉翫ぶ所を詠める
唐錦 色見え紛ふ 紅葉の 散る木本は 立憂かりけり
平兼盛
0361 山里に罷りて詠侍ける
紅葉散る 頃成りけりな 山里の 殊ぞとも無く 袖濡るるは
清原元輔
0362 月前落葉と云ふ心を
紅葉の 雨と降るなる 木間より 綾無く月の 影ぞ洩來る
御製 白河帝
0363 落葉隱道と云ふ心を詠める
紅葉散る 秋山邊は 白樫の 下許こそ 道は見えけれ
法印清成
0364 故式部卿親王、大井に罷れりけるに、紅葉を詠侍ける
水上に 紅葉れて 大井川 斑濃に見ゆる 瀧白絲
堀河右大臣 藤原賴宗
0365 大井川にて詠侍ける
水も無く 見えこそ渡れ 大井川 岸紅葉は 雨と降れども
中納言 藤原定賴
0366 永承四年內裏歌合に詠める 【○百人一首0069。】
嵐吹く 御室山の 紅葉は 龍田川の 錦也けり
嵐吹三諸岳 御室山上紅葉者 飄落龍田川 川間楓紅朱似錦 絢爛如畫映眼簾
能因法師
0367 題知らず
見しよりも 荒れぞしにける 石上 秋は時雨の 降增りつつ
藤原範永朝臣
0368 後冷泉院御時后宮歌合に詠める
秋夜は 山田庵に 稻妻の 光のみこそ 漏明しけれ
伊勢大輔
0369 師賢朝臣、梅津山庄にて、田家秋風と云ふ心を詠める
宿近き 山田引板に 手も掛けで 吹く秋風に 任せてぞ見る
源賴家朝臣
0370 土御門右大臣家歌合に、秋田を詠める
秋田に 並寄る稻は 山川の 水引植ゑし 早苗也けり
相模
0371 題知らず
夕日射す 裾野芒 片寄りに 招くや秋を 送る成るらむ
源賴綱朝臣
0372 九月盡日、終夜惜秋の心を詠侍ける
明日よりは 甚時雨や 降添はむ 暮行く秋を 惜む袂に
藤原範永朝臣
0373 【○承前。九月盡日,詠惜秋心。】
明果てば 野邊を先見む 花芒 招く景は 秋に變らじ
藤原範永朝臣
0374 九月盡日詠侍ける
秋は唯 今日許ぞと 眺むれば 夕暮にさへ 成りにける哉
法眼源賢
0375 九月盡日、伊勢大輔許に遣はしける
年積る 人こそ甚 惜まるれ 今日許成る 秋夕暮
大貳 源資通
0376 九月晦夜、詠侍ける
終夜 眺めてだにも 慰む 明けて見るべき 秋空かは
源兼長