後拾遺和歌集 卷第四 秋上
0235 秋立つ日詠める
打付けに 袂凉しく 覺ゆるは 衣に秋の 來る也けり
佚名
0236 【○承前。詠立秋日。】
淺茅原 玉纏く葛の 裏風の 衷悲しかる 秋は來にけり
惠慶法師
0237 扇歌詠侍けるに
大方の 秋來るからに 身に近く 慣らす扇の 風ぞ涼しき
藤原為賴朝臣
0238 七月六日詠める
一歲の 過ぎつるよりも 織女の 今宵を如何に 明しかぬらむ
小辨
0239 七月七日、庚申に當りて侍けるに詠める
甚しく 露けかるらむ 織女の 寢ぬ夜に合へる 天羽衣
大江佐經
0240 七月七日詠める
織女に 朝引く絲の 亂れつつ 解くとや今日の 暮を待つらむ
小左近
0241 七月七日、宇治前太政大臣賀陽院家にて、人人酒食べて遊びけるに、憶牛女言志心を詠侍ける
織女は 雲衣を 引重ね 返さで寢るや 今宵為るらむ
堀河右大臣 藤原賴宗
0242 七月七日、梶葉に書付侍ける
天川 門度る舟の 梶葉に 思事をも 書付くる哉
上總乳母
0243 長能家にて七夕を詠める
秋夜を 長物とは 星逢の 影見ぬ人の 云ふにぞ有ける
能因法師
0244 七月七日に詠める
織女の 逢夜數の 侘つつも 來月每の 七日也為ば
橘元任
0245 【○承前。詠七夕。】
待得たる 一夜許を 織女の 逢見ぬ程と 思は益かば
右大將 藤原通房
0246 七月七日に、男の、今日事は掛けても言はじ等忌侍けるに、忘られにければ、行交空を見て詠侍ける
忘れにし 人に見せばや 天川 忌まれし星の 心長さを
新左衛門
0247 七月七日、風等甚吹きて、齋院に七夕祭等留りて、八日迄在るべきに非ずとて、祭侍けるに詠める
邂逅に 逢事よりも 七夕は 今日祭るをや 珍しと見る
小辨
0248 居易初到香山之心を詠侍ける
急ぎつつ 我こそ來つれ 山里に 何時より澄める 秋月ぞも
藤原家經朝臣
0249 客依月來と云ふ心を殿上人詠侍けるに詠める
忘れにし 人も訪ひけり 秋夜は 月出ばとこそ 待つべかりける
左近中將 藤原公實
0250 花山院、東宮と申ける時、閑院に御座しまして、秋月を翫給ひけるに詠侍ける
秋夜の 月見に出て 夜は更けぬ 我も有明の 入らで明かさむ
大貳 藤原高遠
0251 三條太政大臣、左右を形分きて、前栽植侍りて、歌に心得たる者十六人を選びて、歌詠侍けるに、水上秋月と云ふ心を詠侍ける
濁無く 千世を數へて 澄水に 光を添る 秋夜月
平兼盛
0252 土御門右大臣家に歌合し侍けるに、秋月を詠める
大空の 月光し 明かければ 真木板ども 秋は鎖れず
源為善朝臣
0253 河原院にて詠侍ける
集きけむ 昔人も 無き宿に 唯影するは 秋夜月
惠慶法師
0254 題知らず
身を抓めば 入るも惜まじ 秋月 山彼方の 人も待つらむ
永源法師
0255 藏人に成りての秋、南殿の月を翫びて、詠侍ける
餘所なりし 雲上にて 見る時も 秋月には 飽かずぞ有ける
源道濟
0256 寬和元年八月十日、內裏歌合に詠侍ける
何時も見る 月ぞと思へど 秋夜は 如何なる影を 添ふる成るらむ
藤原長能
0257 八月許、月雲隱れけるを詠める
澄むとても 幾夜も有らじ 世中に 曇勝ちなる 秋夜月
前大納言 藤原公任
0258 廣澤月を見て詠める 【○金葉集三奏本0167。】
住む人も 無き山里の 秋夜は 月光も 寂しかりけり
藤原範永朝臣
0259 山寺に侍けるに、人人詣來て、歸侍けるに詠める
訪ふ人も 暮るれば歸る 山里に 諸共に住む 秋夜月
素意法師
0260 題知らず
白妙の 衣袖を 霜かとて 拂へば月の 光也けり
藤原國行
0261 八月十五夜に詠める
古の 月掛為ば 葛城の 神は夜とも 契らざらまし
惟宗為經
0262 【○承前。中秋夜所詠。】
終夜 空澄む月を 眺むれば 秋は明くるも 知られざりけり
堀河右大臣 藤原賴宗
0263 【○承前。中秋夜所詠。】
憂儘に 厭ひし身こそ 惜まるれ 有ればぞ見ける 秋夜月
藤原隆成
0264 【○承前。中秋夜所詠。】
今宵こそ 世に在る人は 懷しけれ 何處も如是や 月を見るらむ
赤染衞門
0265 題知らず
秋も龝 今夜も今宵 月も明月 所も處 見る公も君
或人云、賀陽院にて八月十五夜月面白侍けるに、宇治前太政大臣歌詠めと侍ければ、覺源法師詠侍けると云へり。
佚名
0266 【○承前。無題。】
色色の 花紐解く 夕暮に 千代松蟲の 聲ぞ聞ゆる
清原元輔
0267 鈴蟲聲を聞きて詠める
鳥屋歸り 我が手馴しし 鷂鷹の 來ると聞ゆる 鈴蟲聲
大江公資朝臣
0268 【○承前。聞鈴蟲聲而詠。】
年經ぬる 秋にも飽かず 鈴蟲の 古行く儘に 聲增れば
前大納言 藤原公任
0269 返し
尋來る 人も有らなむ 年を經て 我が故鄉の 鈴蟲聲
四條中宮 藤原諟子
0270 長恨歌繪に玄宗許所に歸りて、蟲等鳴き、草も枯渡りて、帝歎賜へる像有かたある所ところを詠よめる
故里ふるさとは 淺茅原あさぢがはらと 荒果あれはてて 終夜蟲よすがらむしの 音ねをのみぞ泣なく
道命法師
0271 題知だいしらず
淺茅生あさぢふの 秋夕暮あきのゆふぐれ 鳴蟲なくむしは 我如下わがごとしたに 物ものや悲かなしき
平兼盛
0272 【○承前。無題。】
秋風あきかぜに 聲弱行こゑよはりゆく 鈴蟲すずむしの 遂つひには如何いかが 成ならむとすらむ
大江匡衡朝臣
0273 【○承前。無題。】
鳴なけや啼なけ 蓬よもぎが杣そまの 蟋蟀きりぎりす 過行すぎゆく秋あきは 實げにぞ悲かなしき
曾禰好忠
0274 寬和くわんわ元年八月十日はづきのとをか、內裏歌合だいりのうたあはせに詠よめる
我妹子わぎもこが 掛かけて待まつらむ 玉梓たまづさを 書連かきつらねたる 初雁聲はつかりのこゑ
藤原長能
0275 久ひさしく患わづらひける頃ころ、雁鳴かりのなきけるを聞ききて詠よめる
起おきも居ゐぬ 我わが常世とこよこそ 悲かなしけれ 春歸はるかへりにし 雁かりも鳴なく なり
赤染衞門
0276 後冷泉院御時ごれいぜいゐんのおほむとき、后宮歌合きさきのみやのうたあはせに詠よめる
小夜深さよふかく 旅空たびのそらにて 鳴雁なくかりは 己羽風おのがはかぜや 夜寒よさむなるらむ
伊勢大輔
0277 八月許はづきばかりに、殿上人うへのをのこどもを召めして歌詠うたよませさせ給たまひけるに、旅中聞雁たびのうちにかりがねをきくと云いふ心こころを
指さして行ゆく 道みちは忘わすれて 雁音かりがねの 聞きこゆる方かたに 心こころをぞ遣やる
御製 白河帝
0278 八月はづき、駒迎こまむかへを詠よめる
逢坂あふさかの 杉群立すぎのむらたち 牽程ひくほどは 小斑をぶちに見みゆる 望月駒もちづきのこま
良暹法師
0279 【○承前。詠八月迎駒。】
陸奥みちのくの 安達駒あだちのこまは 滯なづめども 今日逢坂けふあふさかの 關迄せきまでは來きぬ
源緣法師
0280 屏風繪びゃうぶのゑに、駒迎こまむかへしたる所ところを詠侍よみはべりける
望月もちつきの 駒牽こまひく時ときは 逢坂あふさかの 木之下闇このしたやみも 見みえずぞ有ありける
惠慶法師
0281 禪林寺ぜんりんじに人人罷ひとびとまかりて、山家秋晩やまのいへのあきのゆふへと云いふ心こころを詠侍よみはべりける
暮行くれゆけば 淺茅原あさぢがはらの 蟲音むしのねも 尾上鹿をのへのしかも 聲立こゑたてつ也なり
源賴家朝臣
0282 公基朝臣きみもとのあそん、丹後守たんごのかみにて侍はべりける時とき、國くににて歌合うたあはせし侍はべりけるに詠よめる
鹿音しかのねに 秋あきを知しる哉かな 高砂たかさごの 尾上松をのへのまつは 綠為みどりなれども
凉すずしき
0283 萩盛待鹿はぎさかりにしてしかをまつと云いふ心こころを
甲斐かひも無なき 心地ここちこそすれ 小壯鹿さをしかの 立聲たつこゑも為せぬ 萩錦はぎのにしきは
御製 白河帝
0284 山里やまざとに鹿しかを聞ききて詠よめる
秋萩あきはぎの 咲さくにしも何など 鹿鳴しかのなく 移うつろふ花はなは 己妻哉おのがつまかも
大中臣能宣朝臣
0285 土御門右大臣家歌合つちみかどうだいじんのいへのうたあはせに詠侍よみはべりける
秋萩あきはぎを 柵伏しがらみふする 鹿音しかのねを 妬物ねたきものから 先まづぞ聞ききつる
源為善朝臣
0286 題知だいしらず
籬為まがきなる 萩下葉はぎのしたばの 色いろを見みて 思遣おもひやりつる 鹿しかぞ鳴なくなる
安法法師
0287 【○承前。無題。】
秋あきは猶なほ 我わが身為みならねど 高砂たかさごの 尾上鹿をのへのしかも 妻つまぞ戀こふらし
能因法師
0288 夜宿野亭よるやていにやどすと云いふ心こころを詠よめる
今宵こよひこそ 鹿音近しかのねちかく 聞きこゆなれ 軈やがて垣根かきねは 秋野為あきののなれば
叡覺法師
0289 題知だいしらず 【○古今集0694。】
宮城野みやきのに 妻喚つまよぶ鹿しかぞ 叫さけぶなる 本荒萩もとあらのはぎに 露つゆや寒さむけき
陸奧宮城野 哀切喚妻小壯鹿 啼泣嚎嘯矣 斑駁落葉積荻根 葉上露霜道天寒
藤原長能
0290 祐子內親王家すけこないしんわうのいへの歌合うたあはせに詠侍はべりける
秋霧あきぎりの 晴為はれせぬ峯みねに 立鹿たつしかは 聲許こゑばかりこそ 人ひとに知しらるれ
大貳三位 藤原賢子
0291 【○承前。祐子內親王家歌合所詠。】
鹿音しかのねぞ 寢覺床ねざめのとこに 通かよふなる 小野草伏をののくさぶし 露つゆや置おくらむ
藤原家經朝臣
0292 【○承前。祐子內親王家歌合所詠。】
小倉山をぐらやま 立處たちども見みえぬ 夕霧ゆふぎりに 妻迷つままどはせる 鹿しかぞ鳴なくなる
江侍從
0293 題知だいしらず
晴はれずのみ 物ものぞ悲かなしき 秋霧あきぎりは 心內こころのうちに 立たつにや有あるらむ
和泉式部
0294 【○承前。無題。】
殘無のこりなき 命いのちを惜をしと 思哉おもふかな 宿秋萩やどのあきはぎ 散果ちりはつる迄まで
天台座主源心
0295 物思ものおもふ事有ことありける頃ころ、萩はぎを見みて詠よめる
起明おきあかし 見みつつ眺ながむる 萩上はぎのうへの 露吹亂つゆふきみだる 秋夜風あきのよのかぜ
伊勢大輔
0296 湊みなとと云いふ所ところを過すぐとて詠よめる
思事おもふこと 無なけれど濡ぬれぬ 我わが袖そでは 轉有うたたある野邊のべの 萩露哉はぎのつゆかな
能因法師
0297 萩寢はぎのねたるに、露置つゆのおきたるを、人人詠侍ひとびとよみはべりけるに詠よめる
未まだ宵よひに 寢ねたる萩哉はぎかな 同おなじ枝えに 頓やがて置居おきゐる 露つゆもこそ在あれ
新左衛門
0298 同心おなじこころを詠侍よみはべりける
人知ひとしれず 物ものをや思おもふ 秋萩あきはぎの 寢ねたる顏がほにて 露つゆぞ零こぼるる
中納言女王 小一條院女
0299 八月晦はづきのつごもり、萩枝はぎのえだに付つけて人許ひとのもとに遣つかはしける
限有かぎりあらむ 仲なかは儚はかなく 成なりぬらむ 露つゆけき萩はぎの 上うへをだに尋とへ
和泉式部
0300 同胞為はらからなる人家ひとのいへに住侍すみはべりける頃ころ、萩はぎのをかしう咲さきて侍はべりけるを、家主いへあるじは他ほかに侍はべりて音為おとせざりければ、言遣いひつかはしける
白露しらつゆも 心置こころおきてや 思おもふらむ 主ぬしも尋たづねぬ 宿秋萩やどのあきはぎ
筑前乳母
0301 家花いへのはなを人戀侍ひとのこひはべりければ詠よめる
置露おくつゆに 撓たわむ枝えだだに 有ある物ものを 如何いかでか折をらむ 宿秋萩やどのあきはぎ
橘則長
0302 題知だいしらず
君無きみなくて 荒あれたる宿やどの 淺茅生あさぢふに 鶉鳴うづらなくなり 秋夕暮あきのゆふぐれ
源時綱
0303 【○承前。無題。】
秋風あきかぜに 下葉したばや寒さむく 散ちりぬらむ 小萩原こはぎがはらに 鶉鳴うづらなくなり
藤原通宗朝臣
0304 草叢くさむらの露つゆを詠侍よみはべりける
今朝來けさきつる 野原露のはらのつゆに 我寢われぬれぬ 移うつりやしぬる 萩はぎが花摺はなずり
藤原範永朝臣
0305 世よを背そむきて後のち、磐余野いはれのと云いふ所ところを過すぎて詠よめる
磐余野いはれのの 萩朝露はぎのあさつゆ 別行わけゆけば 戀為こひせし袖そでの 心地ここちこそすれ
素意法師
0306 題知だいしらず
小蟹ささがにの 巢搔すがく淺茅あさぢの 末每すゑごとに 亂みだれて貫ぬける 白露玉しらつゆのたま
藤原長能
0307 寬和くわんわ元年八月七日はづきのなぬか、內裏歌合だいりのうたあはせに詠侍よみはべりける
如何いかにして 玉たまにも貫ぬかむ 夕去ゆふされば 萩葉分はぎのはわきに 結むすぶ白露しらつゆ
橘為義朝臣
0308 題知だいしらず
袖振そでふれば 露零つゆこぼれけり 秋野あきののは 捲手まくりでにてぞ 行ゆくべかりける
良暹法師
0309 土御門右大臣家歌合つちみかどのうだいじんのいへのうたあはせに詠よめる
秋野あきののは 折をるべき花はなも 無なかりけり 零こぼれて消きえむ 露つゆの惜をしさに
源親範
0310 秋あき、前栽中せんざいのなかに下居おりゐて酒飲さけたうべて、世中無常よのなかのつねなき事等言ことなどいひて詠よめる
草上くさのうへに 置おきてぞ明あかす 秋野あきののの 露異為つゆことならぬ 我わが身みと思おもへば
大中臣能宣朝臣
0311 人家ひとのいへの水畔みづのほとりに女郎花をみなへしの侍はべりけるを詠侍よみはべりける 【○和漢朗詠0115。】
女郎花をみなへし 影かげを映うつせば 心無こころなき 水みづも色いろなる 物ものにぞ有ありける
妍哉女郎花 濃艷倒影照映者 誰謂水無心 倏然之間波變色 婀娜多姿蕩漾矣
堀河右大臣 藤原賴宗
0312 殿上人うへのをのこども、前栽掘せんざいほりに野邊のべに罷出まかりいでたりけるに、遣つかはしける
女郎花をみなへし 多おほかる野邊のべに 今日けふしまれ 後うしろめたくも 思遣おもひやる哉かな
橘則長
0313 題知だいしらず
秋風あきかぜに 折をれじと爭すまふ 女郎花をみなへし 幾度野邊いくたびのべに 起伏おきふしぬらむ
前律師慶暹
0314 天曆御時てんりゃくのおほむときの御屏風みびゃうぶに、小鷹狩こたかかりする野のに、旅人宿たびひとのやどれる所ところを詠よめる
秋野あきののに 狩かりぞ暮くれぬる 女郎花をみなへし 今宵許こよひばかりは 宿やども貸かさなむ
清原元輔
0315 每家有秋いへごとにあきありと云いふ心こころを
宿每やどごとに 同野邊おなじのべをや 移うつすらむ 面變為おもがはりせぬ 女郎花哉をみなへしかな
御製 白河帝
0316 題知だいしらず
餘所よそにのみ 見みつつは行ゆかじ 女郎花をみなへし 折をらむ袂たもとは 露つゆに濡ぬるとも
源道濟
0317 朝顏あさがほを詠よめる
在ありとても 賴たのむべきかは 世中よのなかを 知しらする物ものは 朝顏花あさがほのはな
和泉式部
0318 題知だいしらず
甚いとどしく 慰難なぐさめがたき 夕暮ゆふぐれに 秋あきと覺おぼゆる 風かぜぞ吹ふくなる
源道濟
0319 村上御時むらかみのおほむとき、八月許はづきばかり、上久うへひさしう渡わたらせ賜たまはで、忍しのびて渡わたらせ賜たまひけるを、知しらず顏がほにて、琴彈侍ことひきはべりける 【○齋宮女御集0009。續古今1917。】
然さらでだに 恠あやしき程ほどの 夕暮ゆふぐれに 荻吹をぎぶく風かぜの 音おとぞ聞きこゆる
齋宮女御 徽子女王
0320 土御門右大臣家つちみかどうだいじんのいへに歌合うたあはせし侍はべりけるに、秋風あきかぜを詠よめる
荻葉はぎのはに 吹過ふきすぎて行ゆく 秋風あきかぜの 復誰またたが里さとに 驚おどろかすらむ
佚名讀人知らず
0321 資良朝臣すけよしのあそん、音おとし侍はべらざりければ、遣つかはしける
然さりともと 思おもひし人ひとは 音おとも為せで 荻上葉はぎのうはばに 風かぜぞ吹ふくなる
三條小右近
0322 來こむと賴たのめて侍はべりける友達ともだちの、詣來まうでこざりければ、秋風涼あきかぜのすずしかりける夜よ、獨言居ひとりごちゐて侍はべりける
荻葉はぎのはに 人賴ひとたのめなる 風音かぜのおとを 我わが身みに染しめて 明あかしつる哉かな
僧都實誓
0323 花山院歌合かざんのゐんうたあはせせさせ賜たまはむとしけるに、留侍とどまりはべりにけれど、歌うたをば奉たてまつりけるに、秋風あきかぜを詠よめる
荻風はぎかぜも 稍吹增ややふきまさる 聲こゑすなり 悲秋あはれあきこそ 深ふかく成なるらし
藤原長能
0324 山里霧やまざとのきりを詠よめる
明あけぬるか 川瀨霧かはせのきりの 絕間たえまより 遠方人おちかたひとの 袖見そでのみゆるは
大納言源經信母
0325 土御門右大臣家歌合つちみかどうだいじんのいへのうたあはせに詠よめる
定無さだめなき 風吹かぜのふかずば 花薄はなすすき 心こころと靡なびく 方かたは見みてまし
藤原經衡
0326 野花ののはなを翫もてあそぶと云いふ心こころを詠侍よみはべりける
然さらでだに 心留こころのとまる 秋野あきののに 甚いとども招まねく 花薄哉はなすすきかな
源師賢朝臣
0327 天曆御時てんりゃくのおほむとき、御屏風みびゃうぶに八月十五夜はづきのじふごや、前栽植せんざいうゑたる所ところを詠よめる
今年ことしより 植初うゑはじめたる 我わが宿やどの 花はなは何いづれの 秋あきか見みざらむ
清原元輔
0328 桂かつらに罷まかりて、水邊秋花みづべのあきばなを詠よめる
水色みづのいろに 花匂はなのにほひを 今日添けふそへて 千歳秋ちとせのあきの 例ためしとぞ見みる
大中臣能宣朝臣
0329 庭移秋花あきばなにはにうつすと云いふ心こころを
我わが宿やどに 秋野邊あきののべをば 移為うつせりと 花見はなみに行ゆかむ 人ひとに告つげばや
關白前左大臣 藤原師實
0330 思野花ののはなをおもふと云いふ心こころを詠よめる
朝夕あさゆふに 思心おもふこころは 露為つゆなれや 掛かからぬ花はなの 上うへし無なければ
良暹法師
0331 橘義清が家たちばなのよしきよがいへ歌合うたあはせし侍はべりけるに、庭にはに秋花あきのはなを盡つくすと云いふ心こころを詠よめる
我わが宿やどに 千草花ちぐさのはなを 植うゑつれば 鹿音しかのねのみや 野邊のべに殘のこらむ
源賴家朝臣
0332 【○承前。侍橘義清家歌合,詠庭中秋花盡之情。】
我わが宿やどに 花はなを殘のこさず 移植うつしうゑて 鹿音聞しかのねきかぬ 野邊のべと作なしつる
源賴實
0333 題知だいしらず 【○百人一首0070。】
寂さびしさに 宿やどを立出たちいでて 眺ながむれば 何處いづくも同おなじ 秋夕暮あきのゆふぐれ
獨居山庵間 不耐寂寞出居步 信步眺望者 處處之景咸皆同 誰彼時分秋夕暮
良暹法師
0334 山里やまざとに急須あからさまに罷まかりて侍はべりけるに、物思頃ものおもふころにて侍はべりければ詠よめる
何なにしかは 人ひとも來きて見みむ 甚いとどしく 物思增ものおもひまさる 秋山里あきのやまざと
和泉式部