後拾遺和歌集 卷第三 夏
0165 四月朔日詠める
櫻色に 染めし衣を 褪換へて 山郭公 今日よりぞ待つ
和泉式部
0166 四月一日、郭公を待つ心を詠める
昨日迄 惜みし花は 忘られて 今日は待たるる 郭公哉
藤原明衡朝臣
0167 津國古曾部と云ふ所にて詠める
我が宿の 梢夏に 成る時は 生駒山ぞ 見えず成行
能因法師
0168 冷泉院、東宮と申ける時、百首歌奉ける中に
夏草は 結許に 成りにけり 野飼し駒や 憧れぬらむ
源重之
0169 題知らず
榊採る 卯月に成れば 神山の 楢葉柏は 元葉も無し
曾禰好忠
0170 山里水鷄を詠侍ける
八重繁る 葎門の 欝悒に 鎖さずや何を 叩く水鷄ぞ
大中臣輔弘
0171 山里卯花を詠侍ける
跡絕れて 來人も無き 山里に 我のみ見よと 咲ける卯花
藤原通宗朝臣
0172 民部卿泰憲、近江守に侍ける時、三井寺にて歌合し侍けるに、卯花を詠める
白浪の 音為で立つと 見えつるは 卯花咲ける 垣根也けり
佚名
0173 題知らず
月影を 色にて咲ける 卯花は 明けば有明の 心地こそ為め
佚名
0174 或所の歌合に、卯花を詠侍ける
卯花の 咲ける邊は 時為らぬ 雪降る里の 垣根とぞ見る
大中臣能宣朝臣
0175 正子內親王の、繪合し侍けるに、金冊子に書侍ける
見渡せば 浪柵 掛けてけり 卯花咲ける 玉川里
相摸
0176 【○承前。正子內親王繪合,書侍於金冊子。】
卯花の 咲ける垣根は 白浪の 龍田川の 井堰とぞ見る
伊勢大輔
0177 卯花を詠侍ける
雪とのみ 誤たれつつ 卯花の 冬籠れりと 見ゆる山里
源道濟
0178 筑紫大山寺と云ふ所にて、歌合し侍けるに、詠める
我が宿の 垣根莫過ぎそ 郭公 孰里も 同卯花
元慶法師
0179 題知らず
郭公 我は待たでぞ 試る 思事のみ 違身為れば
慶範法師
0180 四月晦に、右近馬場に郭公聞かむとて罷りて侍けるに、夜更來る迄鳴侍らざりければ
郭公 尋許の 名のみして 聞かずば扨や 宿に歸らむ
堀河右大臣 藤原賴宗
0181 道命法師、山寺に侍けるに遣はしける
此處に我が 聞か真欲きを 足引の 山郭公 如何に鳴くらむ
藤原尚忠
0182 返し
足引の 山郭公 のみ為らず 大方鳥の 聲も聞えず
道命法師
0183 禖子內親王、賀茂齋院と聞えける時、女房にて侍けるを、年經て、後三條院御時、齋院に侍ける人許に、昔を思出て祭歸さの日、神館に遣はしける 【○齋宮齋院百人一首0043。】
聞かばやな 其神山の 子規 在昔の 同聲かと
吾身欲耳聞 賀茂別雷御神山 子規不如歸 其所鳴者與往昔 是否仍為同聲哉
皇后宮美作
0184 祭使して、神館に侍けるに、人人多問ひに訪侍けるを、大藏卿長房見侍らざりければ遣はしける
郭公 名告りしてこそ 知らるなれ 尋ねぬ人に 告げや遣らまし
備前典侍
0185 四月許、有馬湯より歸侍りて、郭公をなむ聞きつると、人言遣せて侍ければ
聞捨て 君が來にけむ 郭公 尋ねに我は 山道越えみむ
大中臣能宣朝臣
0186 古を戀ふる事侍ける頃、田舍にて郭公を聞きて詠める
此頃は 寢てのみぞ待つ 郭公 暫し都の 物語為よ
增基法師
0187 題知らず
宵間は 睡みなまし 子規 明けて來鳴くと 豫知り為ば
橘資成
0188 永承五年六月五日、祐子內親王家歌合に詠める
聞きつとも 聞かずとも無く 郭公 心惑はす 小夜一聲
伊勢大輔
0189 【○承前。永承五年六月五日,祐子內親王家歌合所詠。】
夜だに明けば 尋ねて聞かむ 郭公 信太森の 方に鳴くなり
能因法師
0190 【○承前。永承五年六月五日,祐子內親王家歌合所詠。】
夏夜は 扨もや寢ぬと 郭公 二聲聞ける 人に問はばや
藤原兼房朝臣
0191 【○承前。永承五年六月五日,祐子內親王家歌合所詠。】
寢夜こそ 數積りぬれ 時鳥 聞程も無き 一聲に因り
小辨
0192 祐子內親王家に歌合し侍けるに、歌合等果て後、人人同題を詠侍ける
有明の 月だに在れや 郭公 唯一聲の 行方も見む
宇治前太政大臣 藤原賴通
0193 宇治前太政大臣三十講後、歌合し侍けるに郭公を詠める
鳴かぬ夜も 鳴く夜も更に 郭公 待つとて安く 寐やは寢らるる
赤染衞門
0194 【○承前。宇治前太政大臣三十講後,侍歌合詠郭公。】
終夜 待つる物を 郭公 再だに鳴かで 過ぎぬ成哉
赤染衞門
0195 相模守にて上侍けるに、老曾森許にて郭公を聞きて詠める
東道の 思出に為む 郭公 老曾森の 夜半一聲
大江公資朝臣
0196 郭公を聞きて詠める
聞きつるや 初音為るらし 郭公 老は寢覺ぞ 嬉しかりける
法橋忠命
0197 長保五年五月十五日、入道前太政大臣家の歌合に、遙聞郭公と云ふ心を詠める
何方と 聞きだに判かず 郭公 唯一聲の 心惑ひに
大江嘉言
0198 五月許赤染許に遣はしける
郭公 待程とこそ 思ひつれ 聞きての後も 寢られざりけり
道命法師
0199 【○承前。五月,遣於赤染之許。】
郭公 夜深き聲を 聞くのみぞ 物思人の 取所為る
道命法師
0200 公御畏まりにて山寺に侍けるに、郭公を聞きて詠める
一聲も 聞難かりし 郭公 共に泣く身と 成りにける哉
律師長濟
0201 郭公を詠める
郭公 來鳴かぬ宵の 著からば 寢る夜も一夜 有ら益物を
能因法師
0202 【○承前。詠郭公。】
待たぬ夜も 待つ夜も聞きつ 子規 花橘の 匂邊りは
大貳三位 藤原賢子
0203 【○承前。詠郭公。】
寢てのみや 人は待つらむ 子規 物思ふ宿は 聞かぬ夜ぞ無き
小辨
0204 早苗を詠める
御田屋守 今日は皐月に なりにけり 急げや早苗 老もこそすれ
曾禰好忠
0205 永承六年五月、殿上根合に早苗を詠める
五月雨に 日も暮れぬめり 道遠み 山田早苗 取りも果ぬに
藤原隆資
0206 宇治前太政大臣家にて三十講後、歌合し侍けるに五月雨を詠める
梅雨は 美豆御牧の 真菰草 苅乾す暇も 有らじとぞ思ふ
相摸
0207 宮內卿經長が桂山庄にて、五月雨を詠侍ける
梅雨は 見えし小笹の 原も無し 安積沼の 心地のみして
藤原範永朝臣
0208 【○承前。於宮內卿經長桂山庄,詠五月雨。】
徒然と 音絕え為ぬは 五月雨の 軒菖蒲の 雫也けり
橘俊綱朝臣
0209 題知らず
梅雨の 小止む景色の 見えぬ哉 庭潦のみ 數增りつつ
叡覺法師
0210 五月五日に、初めたる所に罷りて詠侍ける
香を覓めて 訪人有るを 菖蒲草 竒しく駒の 荒めざりけり
惠慶法師
0211 永承六年五月五日殿上根合に詠める
筑摩江の 底深さを 餘所ながら 引ける菖蒲の 根にて知る哉
良暹法師
0212 右大臣、中將に侍ける時、歌合しけるに詠める
寢屋上に 根刺止めよ 菖蒲草 尋ねて引くも 同淀野を
大中臣輔弘
0213 年頃住侍ける所離れて、他に渡りて、翌年五月五日に詠める
今日も今日 菖蒲も菖蒲 變らぬに 宿こそ在し 宿と覺えね
伊勢大輔
0214 花橘を詠める
五月雨の 空懷かしく 匂哉 花橘に 風や吹くらむ
相摸
0215 【○承前。詠花橘。】
昔をば 花橘の 無かりせば 何に付けてか 思出まし
大貳 藤原高遠
0216 螢を詠侍ける
音も為で 思火に燃ゆる 螢こそ 鳴蟲よりも 哀也けれ
源重之
0217 宇治前太政大臣卅講後、歌合し侍けるに、螢を詠める
澤水に 空なる星の 映るかと 見ゆるは夜半の 螢也けり
藤原良經朝臣
0218 題知らず
一重なる蟬の羽衣夏は猶うすしといへど厚くぞ有りける
能因法師
0219 【○承前。無題。】
夏苅の 玉江蘆を 踏拉き 群居る鳥の 立空ぞ無き
源重之
0220 【○承前。無題。】
夏衣 龍田川原の 柳蔭 涼みに著つつ 馴らす頃哉
曾禰好忠
0221 冰室を詠める
夏日に 成る迄消えぬ 冬冰 春立つ風や 避きて吹くらむ
源賴實
0222 夏夜月と云ふ心を詠侍ける
夏夜の 月は程無く 入ぬとも 宿れる水に 影は留めなむ
土御門右大臣 源師房
0223 【○承前。詠夏夜月之趣。】
何をかは 明くる兆と 思ふべき 晝も變らぬ 夏夜月
大貳 源資通
0224 宇治前太政大臣家に卅講後、歌合し侍けるに詠侍ける
夏夜も 涼しかりけり 月影は 庭白栲の 霜と見えつつ
民部卿 藤原長家
0225 【○承前。於宇治前太政大臣家卅講後歌合,詠侍。】
常夏の 匂へる庭は 唐國に 織れる錦も 及かじとぞ見る
中納言 藤原定賴
0226 道濟家にて、雨夜常夏を思ふと云ふ心を詠める
如何ならむ 今宵雨に 常夏の 今朝だに露の 重げ成りつる
能因法師
0227 題知らず
來て見よと 妹が家路に 告遣らむ 我が獨寢る 常夏花
曾禰好忠
0228 【○承前。無題。】
夏深く 成りぞしにける 大荒木の 森下草 並べて人苅る
平兼盛
0229 夏凉しき心を詠侍ける
程も無く 夏凉しく 成りぬるは 人に知られで 秋や來ぬらむ
堀河右大臣 藤原賴宗
0230 暮夏有明月を詠める
夏夜の 有明月を 見る程に 秋をも待たで 風ぞ凉しき
內大臣 藤原師通
0231 俊綱朝臣許にて、晩涼如秋と云ふ心を詠侍ける
夏山の 楢葉戰ぐ 夕暮は 今年も秋の 心地こそすれ
源賴綱朝臣
0232 屏風繪に、夏末に小倉山形描きたる所を詠める 【○拾遺集0135。】
紅葉為ば 赤く成りなむ 小倉山 秋待程の 名にこそ有けれ
大中臣能宣朝臣
0233 泉聲入夜寒と云ふ心を詠侍ける
小夜深き 岩井水の 音聞けば 掬ばぬ袖も 凉しかりけり
源師賢朝臣
0234 六月祓を詠める
水神も 荒振る心 有らじかし 波も夏越の 祓しつれば
伊勢大輔