後拾遺和歌集 卷第二 春下
0128 三月三日、桃花を御覽じて
三千代經て 成ける物を 何どてかは 桃としも將 名付初めけむ
花山院御製
0129 天曆御時屏風に、桃花有ける所を詠める
飽かざらば 千代迄髻首せ 桃花 花も變らじ 春も絕えねば
清原元輔
0130 世尊寺の桃花を詠侍ける
故鄉の 花物言ふ 世成り為ば 如何に昔の 事を問はまし
出羽辨
0131 永承五年六月、祐子內親王家歌合し侍けるに、此中題を人人詠侍けるに詠める
櫻花 飽かぬ餘りに 思哉 散らずば人や 惜まざらまし
堀河右大臣 藤原賴宗
0132 題知らず
惜めども 散りも止らぬ 花故に 春は山邊を 棲家にぞする
內大臣 藤原賴宗
0133 天德四年歌合に
世と共に 散らずも有らなむ 櫻花 飽かぬ心は 何時絕ゆべき
平兼盛
0134 【○承前。天德四年歌合。】
櫻花 夙莫散りそ 何により 春をば人の 惜むならぬに
大中臣能宣朝臣
0135 屏風繪に、櫻花散るを惜み顏なる所を詠侍ける
山里に 散果てぬべき 花故に 誰とは無くて 人ぞ待たるる
源道濟
0136 太神宮の燒けて侍ける事兆に、伊勢國に下りて侍けるに、齋宮上侍りて、此宮、人も無くて櫻甚面白く散りければ、立止りて詠侍ける
標結し 其上為らば 櫻花 惜まれつつや 今日は散らまし
右大辨 藤原通俊
0137 山路落花を詠める
櫻花 道見えぬ迄 散りにけり 如何はすべき 志賀山越え
橘成元
0138 隣花を詠める
櫻散る 鄰に厭ふ 春風は 花無き宿ぞ 嬉しかりける
坂上定成
0139 花の、庭に散りて侍ける所にて詠める
花蔭 裁たまく惜き 今宵哉 錦を晒す 庭と見えつつ
清原元輔
0140 承曆二年內裏後番歌合に、櫻を詠侍ける
惜むには 散りも止らで 櫻花 飽かぬ心ぞ 常磐也ける
藤原通宗朝臣
0141 題知らず
心から 物をこそ思へ 山櫻 尋ねざりせば 散るを見ましや
永源法師
0142 三月許に花散るを見て詠侍ける
羨し 如何なる花か 散りにけむ 物思ふ身しも 世には殘りて
土御門御匣殿 藤原光子
0143 永承五年六月五日、祐子內親王家に歌合し侍けるに詠める
吹風ぞ 思へば辛き 櫻花 心と散れる 春し無ければ
大貳三位 藤原賢子
0144 題知らず
年を經て 花に心を 碎く哉 惜むに留る 春は無けれど
中納言 藤原定賴
0145 家櫻散て水に流るるを詠める
此處に來ぬ 人も見よとて 櫻花 水心に 任せてぞ遣る
大江嘉言
0146 白河にて、花散りて流れけるを詠侍ける
行末も 堰止めばや 白河の 水と共にぞ 春も行きける
土御門右大臣 源師房
0147 粟田右大臣家に、人人殘花惜侍けるに詠める
後れても 咲くべき花は 咲きにけり 身を限とも 思ひける哉
藤原為時
0148 庭に櫻多散て侍ければ詠める
風だにも 吹拂はずば 庭櫻 散るとも春の 程は見てまし
和泉式部
0149 三月許、野草を詠侍ける
野邊見れば 彌生月の 廿日迄 未浦稚き 虎杖哉
藤原義孝
0150 躑躅を詠める
岩躑躅 折持てぞ見る 兄子が著し 紅染めの 色に似たれば
和泉式部
0151 【○承前。詠躑躅。】
吾妹子が 紅染めの 色と見て 漂はれぬる 岩躑躅哉
藤原義孝
0152 月輪と云ふ所に罷りて、元輔、惠慶等と共に庭藤花を翫びて詠侍ける
藤花 盛と成れば 庭面に 思ひも掛けぬ 浪ぞ立ちける
大中臣能宣朝臣
0153 題知らず 【○齋宮女御集0097。】
紫に 八入染めたる 藤花 池に灰注す 物にぞ有ける
齋宮女御 徽子女王
0154 【○承前。無題。】
藤花 折りて髻首せば 濃紫 我が元結の 色や添ふらむ
源為善朝臣
0155 承曆二年內裏歌合に藤花を詠める
水底に 紫深く 見ゆる哉 岸岩根に 掛かる藤浪
大納言實季 藤原實季
0156 民部卿泰憲、近江守に侍ける時、三井寺にて歌合し侍けるに、藤花を詠侍ける
住江の 松翠も 紫の 色にぞ隱る 岸藤浪
佚名
0157 題知らず
道遠し 井手へも行かじ 此里も 八重やは咲かぬ 山吹花
藤原伊家
0158 【○承前。無題。】
沼水に 蛙鳴くなり 宜しこそ 岸山吹 盛也けれ
大貳 藤原高遠
0159 長久二年弘徽殿女御家歌合に蛙を詠める
水隱れて 多集蛙の 諸聲に 騒ぎぞ渡る 池浮草
良暹法師
0160 題知らず
聲絕えず 囀れ野邊の 百千鳥 殘少なき 春にやは有らぬ
藤原長能
0161 法輪に道命法師の侍ける訪ひに罷たる夜、喚子鳥の鳴侍ければ詠める
我獨 聞く物為らば 喚子鳥 二聲迄は 鳴かせざらまし
法圓法師
0162 三月盡日に、郭公鳴くを聞きて詠侍ける
郭公 思ひも掛けぬ 春鳴けば 今年ぞ待たで 初音聞きつる
中納言 藤原定賴
0163 三月晦日、惜春之心を人人詠侍けるに詠める
郭公 鳴かずば鳴かず 如何にして 暮行く春を 又も加へむ
大中臣能宣朝臣
0164 三月晦日、親墓に罷りて詠める
思出る 事のみ繁き 野邊に來て 又春にさへ 別れぬる哉
永胤法師