後撰和歌集 卷十八 雜歌四
1250 蛙を聞きて
我が宿に 相宿して 棲蛙 夜に成ればや 物は悲しき
佚名
1251 人人數多知りて侍ける女許に、友達許より、「此頃は思定めたるなめり。賴もしき事也。」と戲興せて侍ければ
玉江漕ぐ 葦苅り小舟 差分けて 誰を誰とか 我は定めむ
佚名
1252 男の、初め如何に思へる樣にか有けむ、女の氣色も心解けぬを見て、「恠く思はぬ樣なる事。」と言侍ければ
陸奧の 尾駮駒も 野飼ふには 荒こそ勝れ 懷く物かは
佚名
1253 中將にて內に侍ひける時、相知りける女藏人の曹司に、壺箙・老懸を宿し置きて侍けるを、俄に事有て、遠所に罷りけり。此女許より、此老懸を起せて、哀なる事等言ひて侍ける返事に
何處とて 尋來つらむ 玉蔓 我は昔の 我成ら無くに
源善朝臣
1254 便に付きて、人國方に侍て、京に久しう罷上らざりける時に、友達に遣はしける
朝每に 見し京路の 絶えぬれば 事誤りに 問人も無し
佚名
1255 遠國に侍ける人を、京に上りたりと聞きて相待つに、詣來ながら、問はざりければ
何時しかと 待乳山の 櫻花 待ちても餘所に 聞くが悲しさ
佚名
1256 題知らず
五十瀨渡る 川は袖より 流るれど 問ふに問はれぬ 身は浮きぬめり
伊勢
1257 【○承前。】
人目だに 見えぬ山路に 立雲を 誰炭竈の 煙と云ふらむ
北邊左大臣 源信
1258 男の、「人にも數多問へ。我や徒なる心有る。」と云へりければ
飛鳥川 淵瀨に變る 心とは 皆上下の 人も言ふめり
伊勢
1259 人の婿の、「今詣來む。」と言ひて罷りにけるが、文遣する人有と聞きて、久しう詣來ざりければ、誂語の心を取りて、「如是なむ申しける。」といひ遣はしける
今來むと 言ひし許を 命にて 待つに消ぬべし 佐久佐女刀自
女母
1260 返し
數為らぬ 身のみ物憂く 思ほえて 待たるる迄も 成にける哉
婿
1261 常に來とて、五月蠅がりて、隱れければ、遣はしける
有と聞く 音羽山の 郭公 何隱るらむ 鳴聲はして
佚名
1262 物に籠りたるに、知りたる人の局並べて正月行ひて出る曉に、甚污げなる下沓を落したりけるを、取りて遣はすとて
葦浦の 甚污くも 見ゆる哉 浪は寄りても 洗はざりけり
佚名
1263 題知らず
人心 例へて見れば 白露の 消ゆる間も猶 久しかりけり
佚名
1264 【○承前。無題。】
世中と 言ひつる物は 陽炎の 有か無きかの 程にぞ有ける
佚名
1265 友達に侍ける女の、年久しく賴みて侍ける男に訪はれず侍ければ、諸共に歎きて
如此許 別易き 世中に 常と賴める 我ぞ儚き
佚名
1266 常に無き名立侍ければ
塵に立つ 我が名清めむ 百敷の 人心を 枕と欲得
伊勢
1267 徒名立ちて言騒がれける頃、或男洸に聞きて、「哀、如何にぞ?」と問侍ければ
憂事を 忍ぶる雨の 下にして 我が濡衣は 乾せど乾かず
小野小町孫
1268 隣なりける琴を借りて、返す序でに
逢事の 形見聲の 高ければ 我が泣音とも 人は聞かなむ
佚名
1269 題知らず
淚のみ 知る身の憂さも 語るべく 歎く心を 枕に欲得
佚名
1270 物思ひける頃 【○古今集0756。】
逢に逢て 物思ふ頃の 我が袖は 宿る月さへ 濡るる顏なる
雖然逢幾度 憂思不減此頃時 淚水漬袖濕 明月映影宿淚海 其顏泣濡與我同
伊勢
1271 或所にて、簾前に、彼此物語し侍けるを聞きて、內より女聲にて、「怪しく物哀知顏成る翁哉。」と云ふを聞きて
哀云ふ 事に驗は 無けれども 言はでは得こそ 有らぬ物なれ
紀貫之
1272 女友達の常に言交しけるを、久しく訪れざりければ、十月許に、「徒人の思ふと言ひし言葉は。」と云ふ古言を言遣はしたりければ、竹葉に書付けて遣はしける
移はぬ 名に流れたる 川竹の 何世にか 秋を知るべき
佚名
1273 題知らず 【○後撰集0933。】
深思 染めつと言ひし 言葉は 何時か秋風 吹きて散ぬる
贈太政大臣 藤原時平
1274 返し 【○後撰集0286。】
心無き 身は草葉にも 無ら無くに 秋來る風に 疑はるらむ
伊勢
1275 題知らず
身憂きを 知れば端に 成ぬべみ 思へば胸の 焦れのみする
佚名
1276 【○承前。無題。】
雲路をも 知らぬ我さへ 諸聲に 今日許とぞ 泣歸ぬる
佚名
1277 【○承前。無題。】
夙から 思ひ濃色に 染めむとや 若紫の 根を尋ぬらむ
佚名
1278 【○承前。無題。】
見えも為ぬ 深心を 語りては 人に勝ちぬと 思物かは
伊勢
1279 亭子院に侍ひけるに,御齋下し賜はせたりければ
伊勢海に 年經て住し 海人為れど 斯る海松藻は 潛かざりしを
伊勢
1280 粟田家にて人に遣はしける
足引の 山山鳥 甲斐も無し 峯白雲 立ちし寄らねば
藤原兼輔朝臣
1281 左大臣家にて、彼此題を探りて歌詠みけるに、露と云ふ文字を得侍て
我成らぬ 草葉も物は 思ひけり 袖より外に 置ける白露
藤原忠國
1282 人許に遣はしける
人心 嵐風の 寒ければ 木芽も見えず 枝ぞ萎るる
伊勢
1283 異人を相語らふと聞きて遣はしける
憂きながら 人を忘れむ 事難み 我が心こそ 變らざりけれ
佚名
1284 或法師の、源等朝臣家に罷りて、數珠窠を落し置けるを、朝に贈るとて
轉寢の 床に留れる 白玉は 君が置きける 露にや有るらむ
佚名
1285 返し
甲斐も無き 草枕に 置露の 何に消え無で 落留りけむ
佚名
1286 題知らず
思遣る 方も知られず 苦しきは 心惑ひの 常にや有るらむ
佚名
1287 昔を思出て、村子內侍に遣はしける
鈴蟲に 劣らぬ音こそ 泣かれけれ 昔秋を 思遣りつつ
左大臣 藤原實賴
1288 獨侍ける頃、人許より、「如何にぞ?」と問ひて侍ければ、朝顏花に付けて遣はしける
夕暮の 寂しき物は 朝顏の 花を賴める 宿にぞ有ける
佚名
1289 左大臣の書かせ侍けるruby>草子の奧に書付侍ける
柞山 峯嵐の 風を疾み 振言葉を 書きぞ集むる
紀貫之
1290 題知らず
世中を 厭ひて尼の 住方も 憂目のみこそ 見え渡けれ
小野小町姊
1291 昔相知りて侍ける人の、內に侍ひけるが許に遣はしける 【○古今集1000。】
山川の 音にのみ聞く 百敷を 身を早ながら 見由欲得
一如山川者 唯聞其音不見影 百敷宮闕間 還望此身得若返 能得逢由見其詳
伊勢
1292 人に忘られたりと聞く女許に遣はしける
世中は 如何にや如何に 風音を 聞くにも今は 物や悲しき
佚名
1293 返し 【○拾遺集1238。】
世中は いさとも去來や 風音は 秋に飽副ふ 心地こそすれ
伊勢
1294 題知らず
例來る 露と等しき 身にし有れば 我が思ひにも 消えむとやする
佚名
1295 辛かりける男の同胞許に遣はしける
小蟹の 空に巢掛る 絲よりも 心細しや 絕えぬと思へば
佚名
1296 返し
風吹けば 絶えぬと見ゆる 蜘蛛の網も 又搔繼かで 止むとやは聞く
佚名
1297 伏見と云ふ處にて
名に立ちて 伏見里と 云ふ事は 紅葉を床に 敷けば也けり
佚名
1298 題知らず 【○萬葉集0606。】
我も思ふ 人も忘る莫 荒磯海の 浦吹風の 止時も無く
吾思君無絕 君亦莫忘此情誼 此情此意者 其猶荒磯海浦吹風 拂行不止無歇時
均子內親王
1299 【○承前。無題。】
足引の 山下響み 鳴鳥も 我が如絕えず 物思ふらめや
山田法師
1300 神無月朔頃、妻の密男したりけるを、見付けて、言ひ等して務めて
今はとて 秋果てられし 身為れども 霧立人を 得やは忘るる
佚名
1301 十月許、面白かりし所成ればとて、北山陲に此彼遊侍ける序でに
思出て 來つるも驗く 紅葉の 色は昔に 變らざりけり
藤原兼輔朝臣
1302 同心を
峯高み 行きても見べき 紅葉を 我が居ながらも 髻首しつる哉
坂上是則
1303 師走許に、東より詣來ける男許より京に相知りて侍ける女許に、正月朔迄、訪れず侍ければ
待人は 來ぬと聞けども 新玉の 年のみ越ゆる 逢坂關
佚名