0994 人許に遣はしける
逢事を 淀に在云ふ 美豆森 辛しと君を 見つる頃哉
佚名
0995 返し
美豆森 盛る此頃の 眺めには 怨みも堪へず 淀川浪
佚名
0996 自ら詣來て徹夜物言侍けるに、程無く明侍にければ、罷歸りて
憂世とは 思物から 天門の 明るは辛き 物にぞ有ける
佚名
0997 女許に遣はしける
怨むれど 戀ふれど君が 世と共に 知らず顏にて 由緣無かるらむ
佚名
0998 返し
怨むとも 戀ふとも如何 雲居より 遙けき人を 空に知るべき
佚名
0999 言煩ひて止みにける人に、久しう有て、又遣はしける
倭文機に 經つる程也 白絲の 絕えぬる身とは 思はざらなむ
佚名
1000 返し
經つるより 疎く成りにし 倭文機の 絲は絶えでも 甲斐や無からむ
佚名
1001 男詣來て好事をのみしければ、人や如何るらむとて
來事は 常為らずとも 玉葛 賴みは絕えじと 思ほゆる哉
佚名
1002 返し
玉鬘 賴め繰日の 數は有れど 絶絕にては 甲斐無かりけり
佚名
1003 男久しう訪れざりければ
古の 心は無くや 成にけむ 賴めし事の 絕えて年經る
佚名
1004 返し
古も 今も心の 無ければぞ 憂きをも知らで 年をのみ經る
佚名
1005 男の、只成りける時は常に詣來けるが、物言ひて後は、門より渡れど、詣來ざりければ
絕えざりし 昔だに見し 宇治橋を 今は渡ると 音にのみ聞く
佚名
1006 言侘て二年許音も為ず成りにける男の、五月許に詣來て、「年頃久しう有りつる。」等云ひて罷りにけるに
忘られて 年經る里の 郭公 何に一聲 鳴きて行くらむ
佚名
1007 題知らず
訪ふやとて 杉無き宿に 來にけれど 戀しき事ぞ 標也ける
佚名
1008 物言侘びて女許に言遣りける
露命 何時とも知らぬ 世中に 何どか辛しと 思置かるる
佚名
1009 女の他に侍けるを、其處にと教ふる人も侍らざりければ、心づから訪ひて侍ける返事に遣はしける
狩人の 尋ねる鹿は 印南野に 逢はでのみこそ 有ら真欲けれ
佚名
1010 忍びたる女許より、「何どか音も為ぬ?」と申したりければ
小山田の 水成ら無くに 如此許 流出めては 絶えむ物かは
右大臣 藤原師輔
1011 男詣來で、在在て、雨る夜、大傘を乞ひに遣はしたりければ
月にだに 待つ程多く 過ぎぬれば 雨も世に來じと 思ほゆる哉
藤原伊衡朝臣女今君
1012 初めて人に遣はしける
思ひつつ 未云初めぬ 我が戀を 同心に 知らせてし哉
佚名
1013 言煩ひて止みにけるを、又思出て訪侍ければ、「甚定め無き心哉。」と言ひて飛鳥川の心を言遣はして侍ければ
飛鳥川 心內に 流るれば 底柵 何時か淀まむ
佚名
1014 思掛けたる女許に
富士嶺を 餘所にぞ聞きし 今は我が 思火に燃ゆる 煙也けり
朝賴朝臣
1015 返し
驗無き 思火とぞ聞く 富士嶺も 斯如許の 煙なるらむ
佚名
1016 言交しける男の親甚痛制すと聞きて、女の言遣はしける
言閉して 止めらるなる 池水の 浪何方に 思寄るらむ
佚名
1017 同所に侍ける人の、思心侍けれど、言はで忍びけるを、如何なる折にか有りけむ、邊に書きて落しける
知られじな 我が人知れぬ 心以て 君を思火の 中に燃ゆとは
佚名
1018 志をば憐と思へど、人目になむ慎むと言ひて侍ければ
逢量り 無くてのみ經る 我が戀を 人目に掛る 事侘しさ
佚名
1019 題知らず
夏衣 身には成るとも 我が為に 薄心は 掛ずも有らなむ
佚名
1020 【○承前。無題。】
如何にして 事語らはむ 郭公 嘆きの下に 鳴けば甲斐無し
佚名
1021 【○承前。無題。】
思ひつつ 經にける年を 導にて 成れぬる物は 心也けり
佚名
1022 文等遣はしける女の異男に付侍けるに遣はしける
我為らぬ 人住江の 岸に出て 難波方を 怨みつる哉
源整
1023 整、離方に成侍にければ、留置きたる笛を遣はすとて
濁行く 水には影の 見えばこそ 葦迷ふ江を 留めても見め
佚名
1024 菅原太政大臣家に侍ける女に通侍ける男、仲絕えて、又問ひて侍ければ
菅原や 伏見里の 荒れしより 通ひし人の 跡も絕えにき
佚名
1025 女の男を厭ひて、流石に如何思えけむ、言へりける
千早振る 神にも非ぬ 我が仲の 雲居遙に 成りも徃哉
佚名
1026 返し
千早振る 神にも何に 例ふらむ 己雲居に 人を為しつつ
佚名
1027 女三內親王に
浮沈み 淵瀨に騒ぐ 鳰鳥は 底も長閑に 非じとぞ思ふ
敦慶親王
1028 甲斐に人の物言ふと聞きて
松山に 浪高き音ぞ 聞ゆなり 我より越ゆる 人は有らじを
藤原守文
1029 男許に、雨降る夜、傘を遣りて呼びけれど、來ざりければ
指して來と 思ひし物を 三笠山 甲斐無く雨の 漏りにける哉
佚名
1030 返し
漏目のみ 數多見ゆれば 三笠山 知る知る如何 指して行くべき
佚名
1031 女許より、「甚痛く莫思侘びそ。」と賴遣せて侍ければ
慰むる 言葉にだに 斯からずば 今も消ぬべき 露命を
佚名
1032 元良親王の密に住侍ける、「今來む。」と賴めて、來ずなりにければ
人知れず 待つに寢られぬ 有明の 月にさへこそ 欺かれけれ
兵衛
1033 忍びて住侍ける人許より、「斯かる氣色、人に見す莫。」と言へりければ
龍田川 立ちなば君が 名を惜み 磐瀨森の 言はじとぞ思ふ
在原元方
1034 宇多院に侍ける人に消息遣はしける、返事も侍らざりければ
宇多野は 耳成山か 喚子鳥 呼聲にさへ 答へざるらむ
佚名
1035 返し
耳無の 山為らずとも 呼子鳥 何かは聞かむ 非時音を
女五內親王 依子內親王
1036 由緣く侍ける人に
戀侘びて 死ぬ云事は 未無きを 世例にも 成ぬべき哉
壬生忠岑
1037 立寄りけるに、女逃て入りければ、遣はしける
影見れば 奧へ入りける 君により 何どか淚の 外へは出らむ
佚名
1038 逢ひにける女の、又逢はざりければ
知らざりし 時だに越えし 逢坂を 何ど今更に 我惑ふらむ
佚名
1039 女許に罷出めて、朝に
飽かずして 枕上に 別れにし 夢路を又も 尋ねてし哉
藤原蔭基
1040 男問はず成りにければ
音も為ず 成も行哉 鈴鹿山 越ゆ云名のみ 高く立ちつつ
佚名
1041 返し
越えぬ云ふ 名を莫怨みそ 鈴鹿山 甚間近く 成らむと思ふを
佚名
1042 女に物言はむとて來りけれど、異人に物言ひければ歸りて
我が為に 且は辛しと 深山木の 樵りとも懲りぬ 斯る戀為じ
佚名
1043 返し
逢期無き 身とは知る知る 戀すとて 嘆樵積む 人は良きかは
佚名
1044 人に遣はしける
朝每に 露は置けども 人戀ふる 我が言葉は 色も變らず
戒仙法師
1045 來て物言ひける人の、大方は睦ましかりけれど、近うは得逢はずして
間近くて 辛きを見るは 憂けれども 憂は物かは 戀しきよりは
佚名
1046 女許に遣はしける
筑紫なる 思染川 渡りなば 水や增らむ 淀む時無く
藤原真忠
1047 返し
渡りては 仇に成る云ふ 染川の 心盡しに 成りもこそすれ
佚名
1048 男許より、「花盛に來む。」と言ひて來ざりければ
花盛り 過ぐしし人は 辛けれど 言葉をさへ 隱しやは為む
佚名
1049 男久しう訪はざりければ
訪事を 待つに月日は 小余綾の 磯にや出て 今は恨みむ
右近
1050 相知りて侍ける人許に久しう罷らざりければ、「忘草何をか種と思ひしは。」と云事を言遣はしたりければ
忘草 名をも忌忌しみ 假にても 生云ふ宿は 行きてだに見じ
佚名
1051 返し
憂事の 繁き宿には 忘草 植ゑてだに見じ 秋ぞ侘しき
佚名
1052 女と諸共に侍て
數知らぬ 思ひは君に 在物を 置所無き 心地こそすれ
佚名
1053 返し
置所 無き思とし 聞付れば 我に幾らも 非じとぞ思ふ
佚名
1054 元長親王に夏裝束して贈るとて、添たりける
1055 久しう訪はざりける人の、思出て、「今宵詣來む。門鎖さで、相待て。」と申して、詣來ざりければ
八重葎 鎖しても門を 今更に 何に悔しく 開けて待ちけむ
佚名
1056 人を言煩ひて、異人に逢侍りて後、如何有けむ、初めの人に思返りて、程經にければ、文は遣らずして、扇に高砂形描きたるに付けて遣はしける
小壯鹿の 妻鳴き戀を 高砂の 尾上小松 聞きも入れなむ
源庶明朝臣
1057 返し
小壯鹿の 聲高砂に 聞えしは 妻鳴時の 音にこそ有けれ
佚名
1058 思人に得逢侍らで、忘られにければ
堰も堪へず 淚川の 瀨を早み 如斯らむ物と 思やはせし
佚名
1059 題知らず 【○拾遺集0964。】
瀨を早み 絕えず流るる 水よりも 絶えせぬ物は 戀にぞ有ける
佚名
1060 【○承前。古今集0766。】
戀ふれども 逢夜無き身は 忘草 夢路にさへや 生繁るらむ
戀慕雖情深 夜夢尚且不得逢 何以如此者 蓋是萱草生夢路 令人忘卻失吾所
佚名
1061 【○承前。】
世中の 憂きは並ても 無かりけり 賴む限ぞ 怨みられける
佚名
1062 賴めたりける人に
夕去れば 思ひぞ繁き 待人の 來むや來じやの 定無ければ
佚名
1063 女に遣はしける
厭はれて 歸越路の 白山は 入らぬに惑ふ 物にぞ有ける
源善朝臣
1064 題知らず
人並に 非ぬ我が身は 難波為る 葦根のみぞ 下に泣るる
佚名
1065 【○承前。無題。】
白雲の 徃くべき山も 定まらず 思方にも 風は寄せなむ
佚名
1066 【○承前。無題。】
世中に 猶有明の 月無くて 闇に惑ふを 問はぬ辛しな
佚名
1067 「定まらぬ心有。」と女言ひたりければ遣はしける 【○後撰集0752。】
飛鳥川 堰て止むる 物為らば 淵瀨に成ると 何どか言はれむ
贈太政大臣 藤原時平
1068 久しう罷通はず成りければ、十月許に雪少降りたる朝に言侍ける
身を抓めば 哀とぞ思ふ 初雪の 降りぬる事も 誰に言はまし
右近
1069 源正明朝臣、十月許に常夏を折りて贈りて侍ければ
冬為れど 君が垣廬に 咲きぬれば 宜常夏に 戀しかりけり
佚名
1070 女の、怨むる事有て親許に罷渡りて侍けるに、雪深降りて侍ければ、朝に女の迎へに車遣はしける消息に加へて遣はしける
白雪の 今朝は積れる 思哉 逢はで經る夜の 程も經無くに
藤原兼輔朝臣
1071 返し 【○古今集0978。】
白雪の 積る思も 憑まれず 春より後は 有らじと思へば
雖云汝思情 猶雪積地覆八重 飄邈不可依 春雪雖美縱消逝 只恐稍後不復見
佚名
1072 志侍る女、宮仕へし侍ければ逢事難くて侍けるに、雪降るに遣はしける
我が戀し 君が邊を 離れねば 降白雪も 空に消ゆらむ
佚名
1073 返し
山隱れ 消えせぬ雪の 侘しきは 君俟葉に 懸りてぞ降る
佚名
1074 物言侍ける女に、年果の頃ほひ、遣はしける
新玉の 年は今日明日 越えぬべし 逢坂山を 我や贈れむ
藤原時雨