後撰和歌集 卷十二 戀歌四
0795 女許に遣はしける
我が戀の 數を數へば 天原 曇塞がり 降雨の如
藤原敏行朝臣
0796 忘れにける女を思出て遣はしける
打返し 見まくぞ欲しき 故鄉の 大和撫子 色や變れる
佚名
0797 女に遣はしける
山彥の 聲に立てても 年は經ぬ 我が物思を 知らぬ人聞け
枇杷左大臣 藤原仲平
0798 身より餘れる人を思掛けて遣はしける
玉藻苅る 海人には非ねど 大海の 底ゐも知らず 入る心哉
紀友則
0799 返事も侍らざりければ、又重ねて遣はしける
海松も無く 海布も無き海の 磯に出て 返る返るも 怨つる哉
紀友則
0800 徒に見え侍ける男に
懲ずまの 浦白浪 立出て 寄る程も無く 返る計か
佚名
0801 相知りて侍る人の近江方へ罷りければ
關越えて 粟津森の 逢はずとも 清水に見えし 影を忘る莫
佚名
0802 返し
近ければ 何かは驗 逢坂の 關外ぞと 思絕えなむ
佚名
0803 辛く成りにける男許に、「今は。」とて裝束等返遣はすとて
今はとて 梢に懸る 空蟬の 空を見むとは 思はざりしを
平中興女
0804 返し
忘らるる 身を空蟬の 唐衣 返すは辛き 心也けり
源巨城
0805 物言ひける女の鏡を借りて返すとて
影にだに 見えもやすると 賴みつる 甲斐無く戀を 真澄鏡哉
佚名
0806 男の、物等言遣はしける女の田舍家に罷りて、叩きけれども、聞付けずや有けむ、門も開けず成りにければ、田畔に蛙鳴きけるを聞きて
足引の 山田案山子 打侘て 獨蛙の 音をぞ鳴きぬる
佚名
0807 文遣はしける女の母の、「戀をし戀ひば。」と言へりけるが、年頃經にければ、遣はしける
種は有れど 逢事難き 岩上の 松にて年を 古るは甲斐無し
佚名
0808 女に遣はしける
只管に 厭果ぬる 物ならば 吉野山に 行方知られじ
贈太政大臣 藤原時平
0809 返し
我が宿と 賴む吉野に 君し入らば 同髻首を 插しこそは為め
伊勢
0810 題知らず
紅に 袖をのみこそ 染めてけれ きみを恨むる 淚懸りて
佚名
0811 由緣無く見えける人に遣はしける
紅に 淚移ると 聞きしをば 何ど偽りと 我が思ひけむ
佚名
0812 返し
紅に 淚し濃くは 綠なる 袖も紅葉と 見え益物を
佚名
0813 相住みける人、心にも有らで別れにけるが、「年月を經ても相見む。」と書きて侍ける文を見出て遣はしける
古の 野中清水 見るからに 差汲む物は 淚也けり
佚名
0814 思事侍て男許に遣はしける
天雲の 晴る世も無く 降物は 袖のみ濡るる 淚也けり
佚名
0815 方塞がりとて、男來ざりければ
逢事の 方塞がりて 君來ずば 思心の 違許ぞ
佚名
0816 相語らひける人の久しう來ざりければ、遣はしける
常磐にと 賴めし事は 待程の 久しかるべき 名にこそ有けれ
佚名
0817 題知らず
濃さ增る 淚色も 甲斐ぞ無き 見すべき人の 此世ならねば
佚名
0818 女許に遣はしける
住吉の 岸に來寄する 沖浪 間無く掛けても 思ほゆる哉
佚名
0819 返し
住江の 目に近からば 岸に居て 浪數をも 讀むべき物を
伊勢
0820 辛かりける人許に遣はしける
戀ひて經むと 思心の 理無さは 死にても知れよ 忘形見に
佚名
0821 返し
若もやと 逢見む事を 賴まずは 如是する程に 先ぞ消なまし
贈太政大臣 藤原時平
0822 題知らず
逢ふとだに 形見に見ゆる 夢ならば 忘るる程も 有ら益物を
佚名
0823 【○承前。無題。】
音にのみ 聲を聞く哉 足引の 山下水に 非ぬ物から
佚名
0824 秋霧立ちたる夙めて、「甚辛ければ、此度許なむ云ふべき。」と言ひたりければ
秋とてや 今は限の 立ちぬらむ 思ひに堪へぬ 物為ら無くに
伊勢
0825 心內に思事や有けむ
見し夢の 思出らるる 宵每に 言はぬを知るは 淚也けり
伊勢
0826 題知らず
白露の 起きて逢見ぬ 事よりは 衣返しつつ 寢なむとぞ思ふ
佚名
0827 人許に遣はしける
言葉は 無げなる物と 言乍ら 思はぬ為は 君も知るらむ
佚名
0828 女許に遣はしける
白浪の 打出る濱の 濱千鳥 跡や尋ぬる 標成るらむ
藤原朝忠朝臣
0829 女に遣はしける
大島に 水を運びし 速舟の 早くも人に 相見てし哉
大江朝綱朝臣
0830 「伊勢なむ人に忘られて歎き侍る。」と聞きて遣はしける
一向に 思ひ勿侘そ 古さるる 人心は 其ぞ世常
贈太政大臣 藤原時平
0831 返し
世常の 人心を 未見ねば 何か此度 消ぬべき物を
伊勢
0832 淨藏、「鞍馬山へなむ入る。」と言へりければ
墨染の 鞍馬山に 入る人は 辿辿るも 歸來ななむ
平中興女
0833 逢知りて侍ける人の、稀にのみ見えければ
日を經ても 影に見ゆるは 玉蔓 辛きながらも 絶えぬ成りけり
伊勢
0834 態とには非ず時時物言侍ける女、程久しう問はず侍ければ
高砂の 松を綠と 見し事は 下紅葉を 知らぬ也けり
佚名
0835 返し
時別かぬ 松綠も 限無き 思火には猶 色や燃ゆらむ
佚名
0836 唯文交す許にて年經侍ける人に遣はしける
水鳥の 儚き跡に 年を經て 通許の 緣にこそ有けれ
佚名
0837 返し
浪上に 跡やは見ゆる 水鳥の 浮きて經ぬらむ 年は數かは
佚名
0838 消息遣はしける女許より、「稻舟の。」と云ふ事を返事に言侍ければ、賴みて言渡りけるに、猶逢難き氣色に侍ければ、「暫しと在しを、如何なれば如是は。」と云へりける返事に遣はしける
流寄る 瀨瀨白浪 淺ければ 泊る稻舟 歸るなるべし
佚名
0839 返し
最上川 深きにも堪へず 稻舟の 心輕くも 返るなる哉
三條右大臣 藤原定方
0840 甚忍びて語らふ人の疎なる樣に見えければ
花薄 穗に出る事も 無き物を 夙吹きぬる 秋風哉
佚名
0841 心疎かに見えける人に遣はしける
待たざりし 秋は來ぬれど 見し人の 心は餘所に 成りも行哉
平中興女
0842 返し
君を思ふ 心長さは 秋夜に 何れ勝ると 空に知らなむ
源是茂朝臣
0843 或所に近江と云ふ人を甚忍びて語らひ侍けるを、夜明けて歸りけるを、人見て囁きければ、其女許に遣はしける
鏡山 明けて來つれば 秋霧の 今朝や立つらむ 近江云ふ名は
坂上恒蔭
0844 相知りて侍る女人に徒名立侍けるに遣はしける
枝も無く 人に折らるる 女郎花 根をだに殘せ 植ゑし我が為
平希世朝臣
0845 人許に罷りて侍るに、呼入れねば、簀子に伏明かして遣はしける
秋田の 假初伏しも してけるが 徒居寢を 何に積ままし
藤原成國
0846 平兼材が漸う離方に成りにければ、遣はしける
秋風の 吹くに付けても 訪はぬ哉 荻葉らば 音はしてまし
中務
0847 年月を經て消息し侍ける人に遣はしける
君見ずて 幾世經ぬらむ 年月の 古ると共にも 落る淚か
佚名
0848 女に遣はしける
中中に 思懸けては 唐衣 身に馴ぬをぞ 怨むべらなる
佚名
0849 返し
怨むとも 掛けてこそ見め 唐衣 身に馴ぬれば 古りぬとか聞く
佚名
0850 人に遣はしける
歎けとも 甲斐無かりけり 世中に 何に悔しく 思初めけむ
佚名
0851 忘方に成侍ける男に遣はしける
來ぬ人を 松枝に降る 白雪の 消えこそ返れ 悔ゆる思火に
承香殿中納言
0852 忘侍にける女に遣はしける
菊花 移る心を 置霜に 變りぬべくも 思ほゆる哉
佚名
0853 返し
今はとて 移果にし 菊花 變る色をば 誰か見るべき
佚名
0854 人娘に甚忍びて通侍けるに、氣色を見て親守りければ、五月長雨頃遣はしける
眺して 守も侘ぬる 人目哉 何時雲間の 有らむとすらむ
佚名
0855 未逢はず侍ける女許に、「死ぬべし。」と言へりければ、返事に、「早死ねかし。」と言へりければ、又遣はしける
同じくは 君と並びの 池にこそ 身を投げつとも 人に聞かせめ
佚名
0856 女に遣はしける
陽炎の 仄めきつれば 夕暮の 夢かとのみぞ 身を辿つる
佚名
0857 返し
仄見ても 目馴にけりと 聞くからに 臥返りこそ 死な真欲けれ
佚名
0858 消息屢ば遣はしけるを、父母侍て、制し侍ければ、得逢侍らで
近江云ふ 方標も 得てし哉 見目無き事 行きて恨みむ
源善朝臣
0859 返し
逢坂の 關と守らるる 我是れば 近江云ふらむ 方も知られず
春澄善繩朝臣女
0860 女許に遣はしける 【○古今集0491。】
足引の 山下水の 木隱れて 激心を 堰きぞ兼ねつる
足曳勢險峻 山麓川水入樹間 木隱人不知 暗流激盪我心慌 思慕之情難以堰
源善朝臣
0861 返し
木隱れて 激つ山水 孰かは 目にしも見ゆる 音にこそ聞け
佚名
0862 人許より歸りて遣はしける
曉の 無からましかば 白露の 置きて侘しき 別れせましや
紀貫之
0863 返し
置きて行く 人心を 白露の 我こそ先づは 思消えぬれ
佚名
0864 女許に男、「如是しつつ、世をや盡さむ、高砂の。」と云事を言遣はしたりければ
高砂の 松と言ひつつ 年を經て 變らぬ色と 聞かば賴まむ
佚名
0865 人の女許に、忍びつつ通侍けるを、親聞付けて、甚痛く言ひければ、歸りて遣はしける
風を痛み 燻ゆる煙の 立出て 猶懲りずまの 浦ぞ戀しき
紀貫之
0866 初めて女許に遣はしける
言はねども 我が限無き 心をば 雲居に遠き 人も知らなむ
佚名
0867 題知らず
君が音に 暗部山の 時鳥 何れ徒なる 聲勝るらむ
佚名
0868 消息通はしける女、疎なる樣に見侍ければ
戀ひて寢る 夢路に通ふ 魂の 馴るる甲斐無く 疎き君哉
佚名
0869 女に遣はしける
篝火に 有らぬ思の 如何為れば 淚川に 浮きて燃ゆらむ
佚名
0870 人許に罷りて朝に遣はしける
待暮す 日は菅根に 思ほえて 逢由も何ど 玉緒ならむ
佚名
0871 大江千里罷通ひける女を思ひ離方に成りて、「遠所に罷りにたり。」と言はせて、久しう罷らず成りにけり。此女、思侘て寢たる夜夢に、詣來りと見えければ、疑ひに遣はしける
儚かる 夢兆に 謀られて 現に負くる 身とや成りなむ
佚名
0872 如是て遣はしたりければ、千里見侍て、等閑に、「誠に一昨日なむ歸詣來しかど、心地 惱ましくてなむ在つる。」と許、言送りて侍ければ、重ねて遣はしける
思寢の 夢と云ひても 闇憖 中中何に 有と知りけむ
佚名
0873 大和守に侍ける時、彼國介藤原清秀が女を迎へむと契りて、公事によりて顯から樣に京に上りたりける程に、此女真延法師に迎へられて罷りにければ、國に歸りて、尋ねて遣はしける
早晩の 音に鳴歸り 來しかども 野邊淺茅は 色付きにけり
藤原忠房朝臣
0874 消息遣はしける女の返事に、「忠實やかにしも非じ。」等言ひて侍ければ
獨蠒の 如是蓋籠り 為ま欲み 桑扱垂れて 泣くを見せばや
佚名
0875 或人女數多有けるを、姉よりはじめて言侍けれど、聞かざりければ、三に當る女に遣はしける
關山の 峯杉群 過行けど 近江は猶ぞ 遙けかりける
佚名
0876 朝忠朝臣久しう音もせで文遣せて侍ければ
思出て 訪れしける 山彥の 答へに懲りぬ 心何也
佚名
0877 甚忍びて罷步きて
微睡まぬ 物から別樣 然すがに 現にも非ぬ 心地のみする
佚名
0878 返し
現にも 非ぬ心は 夢為れや 見ても儚き 物を思へば
佚名
0879 太秦渡に大輔が侍けるに、遣はしける
限無く 思入日の 共にのみ 西山邊を 眺めやる哉
小野道風朝臣
0880 女五內親王に 【○拾遺集0707。】
君が名の 立つに咎無き 身成りせば 大凡人に 成して見ましや
藤原忠房朝臣女
0881 返し
絶えぬると 見れば逢ひぬる 白雲の 甚大凡に 思ばず欲得
女五內親王 依子內親王
0882 御匣殿に初めて遣はしける
今日其故に 暮れざらめやはと 思へども 堪へぬは人の 心也けり
藤原敦忠朝臣
0883 道風忍びて詣來けるに、親聞付けて制しければ、遣はしける
甚斯て 止みぬるよりは いなづまの 光間にも 君を見てしが
大輔
0884 大輔が許に詣來りけるに侍らざりければ、歸りて又朝に遣はしける
徒に 立歸りにし 白浪の 餘波に袖の 乾時も無し
藤原朝忠朝臣
0885 返し
何にかは 袖濡るらむ 白浪の 餘波有げも 見えぬ心を
大輔
0886 好古朝臣、「更に逢はじ。」と誓言をして又朝に遣はしける
誓ひても 猶思には 負けにけり 誰が為惜しき 命為らねば
藏內侍
0887 忍びて罷りけれど逢はざりければ
難波女に 見つとは無しに 葦根の 夜短くて 明る侘しさ
小野道風
0888 物言わむとて罷りたりけれど、先立ちて棟用が侍ければ、「早歸りね。」と言出して侍ければ
歸るべき 方も覺えず 淚川 何か渡る 淺為るらむ
佚名
0889 返し
淚川 如何なる淺より 歸りけむ 見馴るる澪も 怪しかりしを
大輔
0890 大輔が許に遣はしける
池水の 云出る事の 難ければ 御籠ながら 年ぞ經にける
藤原敦忠朝臣