0700 女に遣はしける 【○百人一首0025。】
名にし負はば 逢坂山の 真葛 人に知られで 來由欲得
若不負此名 逢坂山上真葛矣 小寢繰彼葛 如何不為人所知 竊來相會全慕情
三條右大臣 藤原定方
0701 【○承前。】
戀しとは 更にも言はじ 下紐の 解けむを人は 其と知らなむ
在原元方
0702 返し
下紐の 印とするも 解無くに 語るが如は 非ずも有哉
佚名
0703 女甚思離れて云ふに、遣はしける 【○後撰集0598。】
現にも 儚き事の 侘しきは 寢無くに夢と 思ふ也けり
佚名
0704 宮仕へする女の、逢難侍けるに
手向為ぬ 別する身の 侘しきは 人目を旅と 思也けり
紀貫之
0705 假初めなる所に侍ける女に、心變りにける男の、「茲にては、如是便無きところなれば、志は有ながらなむ、得立寄らぬ。」と言へりければ、所を變て待ちけるに、見えざりければ
宿變て 待つにも見えず 成ぬれば 辛き所の 多くも有哉
女
0706 題知らず 【○後撰集0665。】
思はむと 賴めし人は 變らじを 訪はれぬ我や 有らぬなるらむ
佚名
0707 源信明、「賴事無たくば死ぬべし。」と言へりければ
徒に 度度死ぬと 言ふめれば 逢ふには何を 替むとすらむ
中務
0708 返し
死ぬ死ぬと 聞く聞くだにも 逢見ねば 命を何時の 世にか殘さむ
源信明
0709 時時見えける男の居所の障子に、鳥形を書付けて侍ければ、邊りに押付侍ける
繪に掛ける 鳥とも人を 見てし哉 同所を 常に訪ぶべく
本院侍從
0710 大納言國經朝臣家に侍ける女に、平定文甚忍びて語らひ侍て、行末迄契侍ける頃、此女俄に贈太政大臣に迎へられて渡侍にければ、文だにも通はす方無く成りにければ、彼女の子の五つ許成るが本院の西對に遊步きけるを、呼寄せて、「母に見せ奉れ。」とて、腕に書付侍ける
昔為し 我が豫事の 悲しきは 如何に契りし 名殘なるらむ
平定文
0711 返し
現にて 誰契りけむ 定無き 夢路に迷ふ 我は我かは
佚名
0712 公使にて、東方へ罷りける程に、始めて相知りて侍女に、「如是止む事無き道是れば、心にも在らず罷りぬる。」等申して下侍けるを、後に改定めらるる事有りて召返されければ、此女聞きて、喜びながら、問ひに遣はしたりければ、道にて人志送りて侍ける吳服と云ふ綾を二疋包みて遣はしける
吳服 綾に戀しく 有然ば 兩村山も 越えず成りにき
清原諸實
0713 返し
唐衣 裁つを惜みし 心こそ 兩村山の 關と成りけめ
佚名
0714 人許に遣はしける
夢かとも 思ふべけれど 覺束無 寢ぬに見然ば 別きぞ兼つる
藤原清成女
0715 少將真忠通侍ける所を去りて、異女に付きて、其より春日使に出立ちて罷りければ
空知らぬ 雨にも濡るる 我が身哉 三笠山を 餘所に聞きつつ
元の女
0716 朝顏花前に在ける曹司より、男の開けて出侍けるに
諸共に 居るとも無しに 打解けて 見えにける哉 朝顏花
佚名
0717 內に參りて、久しう音為ざりける男に
百敷は 斧柄朽す 山是れや 入りにし人の 訪れも為ぬ
女
0718 女許に衣を脫置きて、取りに遣はすとて
鈴鹿山 伊勢をの海士の 捨衣 汐馴れたりと 人や見るらむ
藤原伊尹朝臣
0719 題知らず
如何で我 人にも問はむ 曉の 明かぬ別れや 何に似たりと
紀貫之
0720 【○承前。無題。】
戀しきに 消返りつつ 朝露の 今朝は起居む 心地こそ為ね
在原業平朝臣
0721 【○承前。無題。】
東雲に 充かで別れし 袂をぞ 露や分けしと 人や咎むる
佚名
0722 【○承前。無題。】
戀しきも 思込めつつ 有物を 人に知らるる 淚何也
平中興
0723 辛うじて逢へりける女に、裹事侍て、又得逢はず侍ければ遣はしける
逢坂の 木下露に 濡れしより 我が衣手は 今も乾かず
藤原兼輔朝臣
0724 題知らず
君を思ふ 心を人に 小動の 磯玉藻や 今も苅らまし
凡河內躬恒
0725 親有る女に忍びて通ひけるを、男も、「暫は人に知られじ。」と言侍ければ
無名ぞと 人には言ひて 有ぬべし 心問はば 如何答へむ
佚名
0726 無名立ちける頃
清けれど 玉為らぬ身の 侘しきは 磨ける物に 言はぬ也けり
伊勢
0727 忍びて住侍ける女に遣はしける
逢事を 去來穗に出なむ 篠薄 忍果つべき 物なら無くに
藤原敦忠朝臣
0728 相語らひける人、此も彼も裹事りて、離れぬべく侍ければ、遣はしける
逢見ても 別るる事の 無かりせば 且且物は 思はざらまし
佚名
0729 人許より曉歸りて
何時間に 戀しかるらむ 唐衣 濡れにし袖の 乾間許に
閑院左大臣 藤原冬嗣
0730 【○承前。曉歸自人許。】
別れつる 程も經無くに 白浪の 立返りても 見まく欲きか
紀貫之
0731 女許に遣はしける
人知れぬ 身は急げども 年を經て 何ど越難き 逢坂關
藤原伊尹朝臣
0732 返し
東路に 行交ふ人に 有らぬ身は 何時かは越えむ 逢坂關
小野好古朝臣女
0733 女許に遣はしける
由緣も無き 人に負じと 為程に 我も徒名は 立ぞしにける
藤原清正
0734 離方に成りにける男許に裝束調じて送れりけるに、「斯かるから疎き心地なむする。」と云へりければ
辛からぬ 中に在るこそ 疎しと云へ 隔果てし 衣にやは有らぬ
小野遠興女
0735 五節所にて、閑院大君に遣はしける
常磐なる 日蔭蔓 今日しこそ 心色に 深く見えけれ
藤原師尹朝臣
0736 返し
誰と無く 斯る大忌に 深からむ 色を常磐に 如何賴まむ
佚名
0737 藤壺の人人、月夜に步來けるを見て、一人が許に遣はしける
誰と無く 朧に見えし 月影に 別ける心を 思知らなむ
藤原清正
0738 左兵衞督師尹朝臣に遣はしける
春をだに 待たで鳴きぬる 鶯は 古巢許の 心也けり
本院兵衞
0739 題知らず
夕去れば 我身のみこそ 悲しけれ 何方に 枕定めむ
兼茂朝臣女
0740 【○承前。無題。】
夢にだに 未見え無くに 戀しきは 何時に習へる 心なるらむ
在原元方
0741 【○承前。無題。】
思云ふ 事をぞ妬く 古しける 君 にのみこそ 云ふべかりけれ
壬生忠岑
0742 【○承前。無題。】
甚戀し 行きてや見まし 津國の 今も有云ふ 浦初島
戒仙法師
0743 止事無き事によりて遠所に罷りて、「立たむ月許になむ罷歸るべき。」と言ひて罷下りて、道より遣はしける 【○萬葉集3131。】
月易て 君をば見むと 云然ど 日だに隔てず 戀しき物を
昨日兩相別 直至月易不得見 胸每懷此念 雖然離別不足日 戀慕情繁已難耐
紀貫之
0744 同所に宮仕し侍て常に見慣しける女に遣はしける
伊勢海に 鹽燒く海人の 藤衣 褻とはすれど 逢はぬ君哉
凡河內躬恒
0745 題知らず
海底 潛きて知らむ 君が為 思心の 深さ較べに
坂上是則
0746 人の男にて侍る人を相知りて遣はしける
唐衣 掛けて賴まぬ 時ぞ無き 人夫とは 思物から
右近 藤原季繩女
0747 人許に罷れりけるに、簾外に据ゑて物言ひけるを、簾を引上げければ、甚騷ぎければ、罷歸りて、又朝に遣はしける
荒かりし 浪心は 辛けれど 簾越に寄せし 聲ぞ戀しき
藤原守正 兼輔男
0748 相知りて侍ける女の、心ならぬ樣に見侍ければ、遣はしける
何方に 立隱れつつ 見よとてか 思隈無く 人の成行く
藤原後蔭朝臣
0749 男心漸う離方に見え行きければ
辛きをも 憂をも餘所に 見しかども 我が身に近き 世にこそ有けれ
土佐
0750 女に、志有由を言遣はしたりければ、世中の人心定無ければ賴難き由を言ひて侍ければ
淵は瀨に 成變る云ふ 飛鳥川 渡見てこそ 知るべかりけれ
在原元方
0751 題知らず
厭はるる 身を憂はしみ 早晩と 飛鳥川をも 賴むべらなり
伊勢
0752 返し 【○後撰集1067。】
飛鳥川 塞きて留むる 物為らば 淵瀨に成ると 何か言はせむ
贈太政大臣 藤原時平
0753 女四內親王に送りける
葦鶴の 澤邊に年は 經ぬれども 心は雲の 上にのみこそ
九條右大臣 藤原師輔
0754 返し
葦鶴の 雲居に懸る 心有らば 世を經て澤に 住まずぞ有らまし
勤子內親王
0755 消息遣はしける女の、又異人に文遣はすと聞きて、「今は思絕えね。」と言送りて侍ける返事に
松山に 辛きながらも 浪越さむ 事は流石に 悲しき物を
贈太政大臣 藤原時平
0756 宮仕侍ける女、程久しく有りて、「物言はむ。」と言侍けるに、遲罷りければ
宵間に 早慰めよ 石上 古りにし床も 打拂ふべく
枇杷左大臣 藤原仲平
0757 返し
大海と 荒にし床を 今更に 拂はば袖や 泡と浮きなむ
伊勢
0758 志有りて言交しける女許より、人數為らぬ樣に言侍ければ
潮間に 漁する海人も 己が世世 甲斐有りとこそ 思ふべらなれ
紀長谷雄朝臣
0759 題知らず
味氣無く 何どか松山 浪越さむ 事をば更に 思離るる
贈太政大臣 藤原時平
0760 返し
岸も無く 潮し滿ちなば 松山を 下にて浪は 越さむとぞ思ふ
伊勢
0761 守置きて侍ける男の、心變りにければ、其守を返遣るとて
0762 人心辛く成りにければ、袖と云ふ人を使にて
人知れぬ 我が物思の 淚をば 袖に付けてぞ 見すべかりける
佚名
0763 文等遣する男、他樣に成りぬべしと聞きて
山端に 掛る思の 絕えざらば 雲居ながらも 哀と思はむ
藤原真忠妹
0764 町尻君に文遣はしたりける返事に、「見つ。」とのみ有ければ、遣はしける
泣流す 淚の甚ど 添ひぬれば 儚き水も 袖は濡らしけり
藤原師氏朝臣
0765 題知らず
夢如 儚物は 無かりけり 何とて人に 逢ふと見つらむ
源賴
0766 志侍ける女の由緣無きに
思寢の 夜な夜な夢に 逢事を 唯片時の 現と欲得
佚名
0767 返し
時間の 現を忍ぶ 心こそ 儚夢に 勝らざりけれ
佚名
0768 題知らず
玉津嶋 深き入江を 漕舟の 浮きたる戀も 我はする哉
大伴黑主
0769 【○承前。】
津國の 難波立たまく 惜みこそ 𥢶焚火の 下に焦るれ
紀內親王
0770 人許に罷りて、入れざりければ、簀子に臥明かして歸るとて言入侍ける
夢路にも 宿かす人の 有らませば 寐覺に露は 拂はざらまし
佚名
0771 返し
淚川 流す寢覺も 在物を 拂許の 露や何也
佚名
0772 志は有ながら、得逢はざりける人に遣はしける
海松苅る 方ぞ近江に 無しと聞く 玉藻をさへや 海人は潛かぬ
佚名
0773 返し
名のみして 逢事無みの 繁間に 何時か玉藻を 海人は潛かむ
佚名
0774 志有りて人に言交し侍けるを、由緣無かりければ、言煩ひて止みにけるを、思出て言送りける返事に、「心為らぬ樣也。」と言へりければ
葛城や 久米地橋に 有らばこそ 思心を 中空にせめ
佚名
0775 人許に遣はしける
隱沼に 住む鴛鴦の 聲絕えず 鳴けど甲斐無き 物にぞ有ける
右大臣 藤原師輔
0776 釣殿內親王に遣はしける 【○百人一首0013。】
筑波嶺の 峯より落つる 男女川 戀ぞ積りて 淵と成りける
常陸筑波嶺 流自嶺上落綿延 涓涓男女川 日積月累納情戀 匯作深潭永彌堅
陽成院御製
0777 相知りて侍ける人の詣來ずなりて後、心にも有らず聲をのみ聞く許にて、又音も為ず侍ければ、遣はしける
雁音の 雲居遙に 聞得しは 今は限りの 聲にぞ有ける
佚名
0778 返し
今はとて 行歸りぬる 聲ならば 追風にても 聞得ましやは
兼覽王
0779 男の氣色漸う辛げに見得ければ
心から 浮きたる舟に 乘初めて 一日も浪に 濡れぬ日ぞ無き
小野小町
0780 男の心辛く思離れにけるを、女、「等閑に、何どか音も為ぬ?」と云遣はしたりければ 【○古今集0718。】
忘れなむと 思心の 安からば 由緣無き人を 恨みましやは
決意忘斯人 若得下定此決心 雲淡風輕者 雖然汝為負心郎 豈將恚恨如此許
佚名
0781 宵に女に逢ひて、「必後に逢はむ。」と誓言を立てさせて、朝に遣はしける
千早振る 神引掛けて 誓ひてし 言も忌忌しく 爭ふ莫努
藤原滋幹
0782 院の大和に扇遣はすとて
思ひには 我こそ入りて 惑はるれ 綾無く君や 凉しかるべき
右大臣 藤原師輔
0783 兼通朝臣、離方に成りて、年越えて訪ひて侍ければ
新玉の 年も越えぬる 松山の 浪心は 如何なるらむ
元平親王女
0784 元妻に歸住むと聞きて男許に遣はしける
我が為は 甚淺くや 成りぬらむ 野中清水 深さ勝れば
佚名
0785 女許に遣はしける
近江路を 標無くても 見てしがな 關此方は 侘しかりけり
源中正
0786 返し
道知らで 止みやは知なぬ 逢坂の 關此方は 海と云也
下野
0787 女許に罷りたるに、「早歸りね。」とのみ言ひければ
由緣無きを 思忍ぶの 真蔓 果ては繰るをも 厭ふ也けり
佚名
0788 敦慶親王家に大和と云ふ人に遣はしける
今更に 思出じと 忍ぶるを 戀しきにこそ 忘侘ぬれ
左大臣 藤原實賴
0789 言交しける女の、「今は思忘れね。」と言侍ければ
我が為は 見る甲斐も無し 忘草 忘る許の 戀にし有らねば
紀長谷雄朝臣
0790 忍びて通ひける人に
逢見ても 包む思の 侘しきは 人間にのみぞ 音は泣かれける
藤原有好
0791 物言侍ける男言煩ひて、「如何は為む、否とも言放ちてよ。」と言侍ければ
小山田の 苗代水は 絕えぬとも 心池の 楲は放たじ
佚名
0792 方違に、人家に人を具して罷りて歸りて遣はしける
千代經むと 契置きてし 姫松の 寢ざし始めてし 宿は忘れじ
佚名
0793 物言ひける女に蟬殼を包みて遣はすとて
是を見よ 人も好さめぬ 戀すとて 音を鳴蟲の 成れる姿を
源重光朝臣
0794 人許より歸詣來て遣はしける
逢見ては 慰むやとぞ 思ひしに 名殘しもこそ 戀しかりけれ
坂上是則