後撰和歌集 卷第七 秋歌下
0351 題知らず
藤袴 著る人無みや 立ちながら 時雨雨に 濡らし染めつる
佚名
0352 【○承前。無題。】
秋風に 逢ひとし逢へば 花薄 孰とも無く 穗にぞ出ける
佚名
0353 寬平御時后宮歌合に
花薄 微ともすれば 秋風の 吹くかとぞ聞く 獨寢る夜は
在原棟梁
0354 題知らず
花薄 穗に出易き 草為れば 身にならむとは 賴まれ無くに
佚名
0355 【○承前。無題。】
秋風に 誘はれ渡る 雁音は 雲居遙に 今日ぞ聞ゆる
佚名
0356 越方に思人侍ける時に
秋夜に 雁かも鳴きて 渡るなり 我思人の 言傳や為し
紀貫之
0357 題知らず
秋風に 霧飛別けて 來る雁の 千世に變らぬ 聲聞ゆなり
紀貫之
0358 【○承前。無題。】
物思ふと 月日行くも 知らざりつ 雁こそ鳴きて 秋を告げつれ
佚名
0359 大和に罷りける序に 【○萬葉集2194。】
雁音の 鳴きつる共に 唐衣 龍田山は 紅葉しにけり
其與飛雁之 來鳴之際殆同時 妙裁韓衣兮 秋日錦織龍田山 絢麗斑駁葉已黃
佚名
0360 題知らず
秋風に 誘はれ渡る 雁音は 物思ふ人の 宿を避かなむ
佚名
0361 【○承前。無題。】
誰聞けと 鳴雁音ぞ 我宿の 尾花が末を 過難にして
佚名
0362 【○承前。無題。】
往還り 此處も彼所も 旅為れや 來る秋每に 假假と鳴く
佚名
0363 【○承前。無題。】
秋每に 來れど歸れば 賴まぬを 聲に立てつつ 假とのみ鳴く
佚名
0364 【○承前。無題。】
只管に 我が思は無くに 己れさへ 假假とのみ 鳴渡るらむ
佚名
0365 人の、「雁は聞にけり。」と申すを聞きて
年每に 雲路惑はぬ 雁音は 心づからや 秋を知るらむ
凡河內躬恒
0366 大和に罷りける時、彼此共にて
天川 雁ぞと渡る 佐保山の 梢は宜も 色付きにけり
佚名
0367 兼輔朝臣左近少將に侍ける時、武藏の御馬迎へに罷立つ日、俄に障る事有りて、代りに同司の少將にて迎へに罷りて、逢坂より隨身を返して言送侍ける
朝霧の 立野駒を 牽時は 心に乘りて 君ぞ戀しき
藤原忠房朝臣
0368 題知らず
石上 布留野草も 秋は猶 色異にこそ 改まりけれ
在原元方
0369 【○承前。無題。】
秋野の 錦如も 見ゆる哉 色無き露は 染めじと思ふに
佚名
0370 【○承前。無題。】
秋野に 如何なる露の 置積めば 千千草葉の 色變るらむ
佚名
0371 【○承前。無題。】
孰をか 別きて忍ばむ 秋野に 移ろはむとて 色變る草
佚名
0372 【○承前。無題。新撰萬葉0070。】
聲立てて 泣きぞしぬべき 秋霧に 友惑はせる 鹿には有らねど
愁人慟哭類鹿聲 落淚千行意不平 枯槁形容何日改 通宵抱膝百憂成
紀友則
0373 【○承前。無題。續古今1918。】
誰聞けと 聲高砂に 小壯鹿の 長長し夜を 獨鳴くらむ
佚名
0374 【○承前。無題。】
打延へて 影とぞ賴む 峯松 彩る秋の 風に移る莫
佚名
0375 【○後撰集0443。】
初時雨 降れば山邊ぞ 思ほゆる 何方か 先づ黃變らむ
佚名
0376 【○承前。無題。】
妹が紐 解くと結ぶと 龍田山 今ぞ紅葉の 錦織りける
佚名
0377 【○承前。無題。萬葉集2181。】
雁鳴きて 寒朝の 露為らし 龍田山を 黃變だす物は
蓋是雁鳴之 泣聲冷冽朝寒時 晨曦露霜哉 所令寧樂龍田山 添色黃變絢麗者
佚名
0378 【○承前。無題。】
見る每に 秋にもなる哉 龍田姫 紅葉染むとや 山も霧るらむ
佚名
0379 【○承前。無題。】
梓弓 入佐山は 秋霧の 中る每にや 色增さるらむ
源宗于朝臣
0380 兄弟共、如何なる事か侍けむ
君と我 妹背山も 秋來れば 色變りぬる 物にぞ有ける
佚名
0381 題知らず
遲く疾く 色付く山の 紅葉葉は 遲れ先立づ 露や置くらむ
在原元方
0382 龍田山を越ゆとて
如此許 黃變づる色の 濃ければや 錦龍田の 山と云ふらむ
紀友則
0383 題知らず
唐衣 龍田山の 紅葉葉は 物思ふ人の 袂也けり
佚名
0384 守山を越ゆとて
足引の 山山守 守山の 紅葉為さする 秋は來にけり
紀貫之
0385 題知らず
唐錦 龍田山も 今よりは 紅葉ながらに 常磐ならなむ
佚名
0386 【○承前。無題。】
唐衣 龍田山の 紅葉葉は 機物も無き 錦也けり
佚名
0387 人人諸共に濱面を罷る道に山紅葉を此彼詠侍けるに
幾寸とも 得こそ見別ね 秋山の 紅葉錦 餘所に立てれば
壬生忠岑
0388 題知らず
秋風の 打吹くからに 山も野も 並べて錦に 織翻す哉
佚名
0389 【○承前。無題。】
何ど更に 秋かと問はむ 唐錦 龍田山の 紅葉する世を
佚名
0390 【○承前。無題。】
徒也と 我は見無くに 紅葉を 色變れる 秋し無ければ
佚名
0391 【○承前。無題。】
玉蔓 葛城山の 紅葉は 面影にのみ 見え渡る哉
紀貫之
0392 【○承前。無題。】
秋霧の 立ちし隱ば 紅葉は 覺束無くて 散りぬべら也
紀貫之
0393 鏡山を越ゆとて
鏡山 山搔曇り 時雨れど 紅葉明かくぞ 秋は見えける
素性法師
0394 隣に住侍ける時、九月八日、伊勢が家菊に綿を著せに遣しけたりれば、又朝、折て返すとて
數知らず 君が齡を 延へつつ 名立たる宿の 露と成らなむ
伊勢
0395 返し
露だにも 名立たる宿の 菊ならば 花主や 幾世成るらむ
藤原雅正
0396 九月九日、鶴鳴く也にければ
菊上に 置居るべくは 有ら無くに 千年身をも 露に成哉
伊勢
0397 題知らず
菊花 長月每に 咲來れば 久しき心 秋や知るらむ
佚名
0398 【○承前。無題。】
名にし負へば 長月每に 君が為 垣根菊は 匂へとぞ思ふ
佚名
0399 他菊を移植ゑて
故里を 別れて咲ける 菊花 旅ながらこそ 匂ふべら成れ
佚名
0400 男久しう迄來ざりければ
何に菊 色染返し 匂ふらむ 花持榮す 君も來無くに
佚名
0401 月夜に紅葉散るを見て
紅葉の 散來る見れば 長月の 有明月の 桂なるらし
佚名
0402 題知らず
幾千機 織ればか秋の 山每に 風に亂るる 錦なるらむ
佚名
0403 【○承前。無題。】
等閑に 秋山邊を 越來れば 織らぬ錦を 著人ぞ無き
佚名
0404 【○承前。無題。】
紅葉を 分けつつ行けば 錦著て 家に歸ると 人や見るらむ
佚名
0405 【○承前。無題。】
打群れて 去來吾妹子が 鏡山 越えて紅葉の 散らむ影見む
紀貫之
0406 【○承前。無題。】
山風の 吹きの隨に 紅葉は 此も彼もに 散りぬべら也
佚名
0407 【○承前。無題。拾遺集0208。】
秋夜に 雨と聞えて 降りつるは 風に亂るる 紅葉なりけり
佚名
0408 【○承前。無題。】
立寄りて 見るべき人の 有ればこそ 秋林に 錦敷くらめ
佚名
0409 【○承前。無題。】
木本に 織らぬ錦の 積れるは 雲林の 紅葉也けり
佚名
0410 【○承前。無題。】
秋風に 散る紅葉は 女郎花 宿に織敷く 錦也けり
佚名
0411 【○承前。無題。】
足引の 山紅葉 散りにけり 嵐先に 見て益物を
佚名
0412 【○承前。無題。】
紅葉の 降敷く秋の 山邊こそ 斷ちて悔しき 錦也けれ
佚名
0413 【○承前。無題。】
龍田川 色紅に 成にけり 山紅葉ぞ 今は散るらし
佚名
0414 【○承前。無題。】
龍田川 秋にし成れば 山近み 流るる水も 紅葉しにけり
紀貫之
0415 【○承前。無題。】
紅葉の 流るる秋は 川每に 錦洗ふと 人や見るらむ
佚名
0416 【○承前。】
龍田川 秋は水無く 淺ななむ 飽かぬ紅葉の 流るれば惜し
佚名
0417 【○承前。無題。】
浪分けて 見由欲得 海の 底海松も 紅葉散るやと
文屋朝康
0418 【○承前。無題。】
木葉散る 浦に浪立つ 秋為れば 紅葉に花も 咲紛ひけり
藤原興風
0419 【○承前。無題。】
海の 神に手向る 山姫の 幣をぞ人は 紅葉と云ひける
佚名
0420 【○承前。無題。】
蜩の 聲も暇無く 聞ゆるは 秋夕暮に 成れば成りけり
紀貫之
0421 【○承前。無題。】
風音の 限と秋や 迫めつらむ 吹來る每に 聲侘しき
佚名
0422 【○承前。無題。】
紅葉に 溜れる雁の 淚には 月影こそ 映るべらなれ
佚名
0423 相知りて侍ける男の久しう問はず侍ければ、長月許に遣はしける
大方の 秋空だに 侘しきに 物思添る 君にも有哉
右近
0424 題知らず
我が如く 物思ひけらし 白露の 世を徒に 起明かしつつ
佚名
0425 相知りて侍ける人、後後まで來ずなりにければ、男の親聞きて、「猶罷問へ。」と申教ふと聞きて、後に迄來りければ
秋深み 餘所にのみ聞く 白露の 誰が言葉に 如斯るなるらむ
平伊望朝臣女
0426 離れにける男の秋問へりけるに。
問事の 秋しも稀に 聞ゆるは 雁にや我を 人賴めし
昔承香殿阿漕
0427 紅葉と色濃き裂いでとを女許に遣はして
君戀ふと 淚に濡るる 我が袖と 秋紅葉と 孰勝れり
源整
0428 題知らず
照月の 秋しも殊に 清けきは 散る紅葉を 夜も見よとか
佚名
0429 故宮內侍に兼輔朝臣忍びて通はし侍ける文を取りて、書付けて內侍に遣はしける
何ど我身 下葉紅葉と 成りにけむ 同投木の 枝にこそ在れ
佚名
0430 秋闇なる夜、彼此物語し侍間、雁鳴渡侍ければ
明からば 見るべき物を 雁音の 何所許に 鳴きて行くらむ
源濟
0431 「菊花折れり。」とて人言侍ければ
徒に 露に置かるる 花かとて 心も知らぬ 人や折りけむ
佚名
0432 身成出ぬ事等歎侍ける頃、紀友則が元より、「如何にぞ。」と問起せて侍ければ、返事に菊花を折りて遣はしける
枝も葉も 移ふ秋の 花見れば 果は影無く 成りぬべら也
藤原忠行
0433 返し
雫以て 齡延ぶ云ふ 花為れば 千代秋にぞ 影は繁らむ
紀友則
0434 延喜御時、秋歌召有ければ奉りける
秋月 光清けみ 紅葉の 落つる影さへ 見え渡る哉
紀貫之
0435 題知らず
秋每に 列を離れぬ 雁音は 春歸るとも 變らざらなむ
佚名
0436 男の、「花鬘結はむ。」とて菊有と聞く所に、乞ひに遣はしたりければ、花に加へて遣しける
皆人に 折られにけりと 菊花 君が為にぞ 露は置きける
佚名
0437 題知らず
吹風に 任する舟や 秋夜の 月上より 今日は漕ぐらむ
佚名
0438 紅葉散積れる木本にて
紅葉は 散る木本に 留りけり 過行く秋や 何地なるらむ
佚名
0439 忘れにける男の紅葉を折りて送りて侍ければ
思出て 問ふには非じ 秋果つる 色限を 見する成るらむ
佚名
0440 長月晦日、紅葉に冰魚を付けて起こせて侍ければ
宇治山の 紅葉を見ずは 長月の 過行く日をも 知らずぞ有らまし
藤原千兼女
0441 九月晦に
長月の 有明月は 在ながら 儚く秋は 過ぎぬべらなり
紀貫之
0442 同晦に
何方に 夜は成りぬらむ 覺束無 明けぬ限は 秋ぞと思はむ
凡河內躬恒