後撰和歌集 卷第六 秋歌中
0271 延喜御時に秋歌召有ければ、奉ける
秋霧の 立ちぬる時は 暗部山 覺束無くぞ 見渡りける
紀貫之
0272 【○承前。延喜御時奉召秋歌。】
花見にと 出にし物を 秋野の 霧に迷ひて 今日は暮しつ
佚名
0273 寬平御時后宮歌合に
浦近く 立つ秋霧の 藻鹽燒く 煙とのみぞ 見渡りける
佚名
0274 同御時の女郎花合に
折からに 我が名は立ちぬ 女郎花 去來同じくば 花花に見む
藤原興風
0275 【○承前。同御時女郎花合,其二。】
秋野の 霧に置かるる 女郎花 拂人無み 濡れつつや經る
佚名
0276 【○承前。同御時女郎花合,其三。】
女郎花 花心の 婀娜為れば 秋にのみこそ 相渡りけれ
佚名
0277 母服にて、里に侍けるに、先帝の御文給へりける御返事に
五月雨に 濡れにし袖に 甚しく 露置添る 秋侘しさ
近江更衣 源周子
0278 御返し
大方も 秋はわびしき 時為れど 露けかるらむ 袖をしぞ思ふ
延喜御製 醍醐帝
0279 亭子院御前の花の甚面白く朝露置けるを召して見せさせ給ひて
白露の 變るも何か 惜からむ 有ての後も 稍憂き物を
法皇御製 宇多帝
0280 御返し
植立てて 君が標結ふ 花為れば 玉と見えてや 露も置くらむ
伊勢
0281 大輔が後涼殿に侍けるに、藤壺より女郎花を折りて遣はしける
折て見る 袖さへ濡るる 女郎花 露けき物と 今や知るらむ
右大臣 藤原師輔
0282 返し
萬代に 掛からむ露を 女郎花 何思ふとか 夙濡るらむ
大輔
0283 又
起明かす 露の夜な夜な 經にければ 夙濡る共 思はざりけり
右大臣 藤原師輔
0284 返し
今は早 打解けぬべき 白露の 心置く迄 夜を八重にける
大輔
0285 相知りて侍ける女の、徒名立ちて侍ければ、久しく訪らはざりけり。八月許に女許より、「何どか甚由緣無き。」と言遣せて侍ければ
白露の 上は由緣無く 置居つる 萩下葉の 色をこそ見れ
佚名
0286 返し 【○後撰集1274。】
心無き 身は草葉にも あら無くに 秋來る風に 疑がはるらむ
伊勢
0287 男許に遣はしける
人はいさ 事ぞとも無き 眺にぞ 我は露けき 秋も知らるる
佚名
0288 人許に尾花の甚高きを遣はしたりければ、返事に忍草を加へて
花薄 穗に出る事も 無き宿は 昔忍の 草をこそ見れ
中宮宣旨
0289 返し
宿も狹に 植並めつつぞ 我は見る 招く尾花に 人や止ると
伊勢
0290 題知らず
秋夜を 徒にのみ 置明かす 露は我身の 上にぞ有ける
佚名
0291 【○承前。無題。】
大方に 置く白露も 今よりは 心してこそ 見るべかりけれ
佚名
0292 【○承前。無題。】
露ならぬ 我身と思へど 秋夜を 斯こそ明せ 起居ながらに
右大臣 藤原師輔
0293 秋頃ほひ、或所に女共の數多廉內に侍けるに、男歌元を言入れて侍ければ、末は內より
白露の 置くに數多の 聲すれば 花色色 有と知らなむ
佚名
0294 八月中十日許に、雨の沾降りける日、女郎花ほりに藤原庶正を野邊に出して、遲歸りければ、遣はしける
暮果てば 月も待つべし 女郎花 雨止めてとは 思はざらなむ
左大臣 藤原實賴
0295 題知らず 【○萬葉集2100。】
秋田の 假廬宿の 匂迄 咲ける秋萩 見れど飽かぬ哉
奉為苅秋田 權設假廬小宿之 為其所映照 咲有秋萩芽子花 百見不厭更欲翫
佚名
0296 【○承前。無題。】
秋夜を 微睡まずのみ 明す身は 夢路とだにぞ 賴まざりけり
佚名
0297 萩花を折りて人に遣はすとて
時雨降り ふりなば人に 見せも堪へず 散りなば惜み 折れる秋萩
佚名
0298 秋歌とて
往還り 折りて髻首さむ 朝な朝な 鹿立鳴らす 野邊秋萩
紀貫之
0299 【○承前。詠秋歌,其二。】
我が宿の 庭秋萩 散りぬめり 後見む人や 悔しと思はむ
源宗于朝臣
0300 【○承前。詠秋歌,其三。萬葉集2099。】
白露の 置かまく惜き 秋萩を 折ては更さらに 我や隱さむ
吾謂秋荻之 遭白露置甚可惜 故不欲為凍 手折其枝欲珍藏 更隱籠之避風霜
佚名
0301 年積りにける事を彼此申しける序に
秋萩の 色付く秋を 徒に 數多算へて 老ぞしにける
紀貫之
0302 題知らず 【○萬葉集2174、百人一首0001。】
秋田の 苅廬庵の 苫を荒み 我が衣手は 露に濡れつつ
奉為苅秋田 權造假廬設小屋 萱苫葺已荒 衣袖冷冽映心寒 露霜降置更寂侘
天智天皇御製
0303 【○承前。無題。】
我が袖に 露ぞ置くなる 天川 雲柵 浪や越すらむ
佚名
0304 【○承前。無題。萬葉集2170。】
秋萩の 枝元撓に 成行くは 白露重く 置けば成りけり
秋萩芽子之 枝葉撓曲垂懸盪 末梢更下屈 天寒冷冽白露重 紛紛降置時節矣
佚名
0305 【○承前。無題。萬葉集1572。】
我宿の 尾花が上の 白露を 消たずて玉に 貫物に欲得
吾庭屋戶間 尾花上白露矣 願汝莫易散 珠玉晶瑩更剔透 冀能貫之作數珠
佚名
0306 延喜御時、歌召しければ
小壯鹿の 立馴す小野の 秋萩に 置ける白露 我も消ぬべし
紀貫之
0307 【○承前。延喜御時召歌,其二。】
秋野の 草は絲とも 見え無くに 置く白露を 玉と貫くらむ
佚名
0308 【○承前。延喜御時召歌,其三。百人一首0037。】
白露に 風吹頻く 秋野は 貫止めぬ 玉ぞ散りける
瑩瑩白露者 頻為風吹拂大氣 寂寥秋野間 猶絲無以貫繫止 緒斷真珠散飛空
文屋朝康
0309 【○承前。延喜御時召歌,其四。】
秋野に 置く白露を 今朝見れば 玉や敷けると 驚かれつつ
壬生忠岑
0310 題知らず
置くからに 千草の色に 成る物を 白露とのみ 人の云ふらむ
佚名
0311 【○承前。無題。】
白玉の 秋木葉に 宿れると 見ゆるは露の 謀る也けり
佚名
0312 【○承前。無題。】
秋野に 置く白露の 消えざらば 玉に貫きても 懸て見てまし
佚名
0313 【○承前。無題。】
唐衣 袖朽る迄 置く露は 我身を秋の 野とや見るらむ
佚名
0314 【○承前。無題。】
大空に 我が袖一つ 有ら無くに 悲しく露や 分きて置くらむ
佚名
0315 【○承前。無題。古今集0922。】
朝每に 置く露袖に 受溜めて 世憂時の 淚にぞ借る
每逢朝晤時 水露置袖霑襟濕 衣手受貯而 身在空蟬此世間 憂時借以為珠淚
佚名
0316 秋歌とて詠める
秋野の 草も分けぬを 我袖の 物思共に 露漬かるらむ
紀貫之
0317 【○承前。詠秋歌,其二。】
幾夜經て 後か忘れむ 散りぬべき 野邊秋萩 琢く月夜を
清原深養父
0318 【○承前。詠秋歌,其三。】
秋夜の 月影こそ 木間より 落葉衣と 身に映りけれ
佚名
0319 【○承前。詠秋歌,其四。】
袖に映る 月光は 秋每に 今宵變らぬ 影と見えつる
佚名
0320 【○承前。詠秋歌,其五。】
秋夜の 月に重なる 雲晴れて 光朗かに 見る由欲得
佚名
0321 【○承前。詠秋歌,其六。】
秋池の 月上漕ぐ 舟為れば 桂枝に 棹や障らむ
小野美材
0322 【○承前。詠秋歌,其七。】
秋海に 映れる月を 立返り 浪は洗へど 色も變らず
清原深養父
0323 是貞親王家歌合に
秋夜の 月光は 清けれど 人心の 隈は照さず
佚名
0324 【○承前。是貞親王家歌合。】
秋月 常に如是照る 物為らば 闇に古る身は 交らざらまし
佚名
0325 八月十五夜
何時とても 月見ぬ秋は 無き物を 別きて今宵の 珍しき哉
藤原雅正
0326 【○承前。八月十五夜。】
月影は 同じ光の 秋夜を 別きて見ゆるは 心也けり
佚名
0327 月を見て
空遠み 秋や避くらむ 久方の 月桂の 色も變らぬ
紀淑望朝臣
0328 【○承前。觀月,其二。】
衣手は 寒くも有らねど 月影を 貯らぬ秋の 雪とこそ見れ
紀貫之
0329 【○承前。觀月,其三。】
天川 柵懸けて 止めなむ 飽かず流るる 月や淀むと
佚名
0330 【○承前。觀月,其四。】
秋風に 浪や立つらむ 天川 渡る瀨も無く 月流るる
佚名
0331 【○承前。觀月,其五。】
秋來れば 思心ぞ 亂れつつ 先づ紅葉と 散增りけり
佚名
0332 【○承前。觀月,其六。】
消返り 物思ふ秋の ころもこそ 淚川の 紅葉也けれ
清原深養父
0333 【○承前。觀月,其七。】
吹風に 深賴みの 空しくば 秋心を 淺しと思はむ
佚名
0334 是貞親王家歌合歌
秋夜は 人を靜めて 徒然と 搔鳴す琴の 音にぞ泣きぬる
佚名
0335 露を詠める
貫止むる 秋し無ければ 白露の 千種に置ける 玉も甲斐無し
藤原清正
0336 八月十五夜
秋風に 甚吹行く 月影を 立莫隱しそ 天川霧
佚名
0337 延喜御時、秋歌召有ければ奉りける
女郎花 匂へる秋の 武藏野は 常よりも猶 睦ましき哉
紀貫之
0338 人に遣はしける
秋霧の 晴るるは嬉し 女郎花 立寄る人や 有らむと思へば
兼覽王
0339 題知らず
女郎花 叢每に 群立つは 誰松蟲の 聲に迷ふぞ
佚名
0340 【○承前。無題。】
女郎花 晝見て益を 秋夜の 月光は 雲隱れつつ
佚名
0341 【○承前。無題。】
女郎花 花盛に 秋風の 吹く夕暮を 誰に語らむ
佚名
0342 【○承前。無題。】
白妙の 衣片敷き 女郎花 咲ける野邊にぞ 今宵寢にける
紀貫之
0343 【○承前。無題。】
名にし負へば 強て賴まむ 女郎花 花心の 秋は憂くとも
佚名
0344 【○承前。無題。】
織女に 似たる物哉 女郎花 秋より他に 逢時も無し
凡河內躬恒
0345 【○承前。無題。】
秋野に 夜もや寢なむ 女郎花 花名をのみ 思懸けつつ
佚名
0346 【○承前。無題。】
女郎花 色にも有哉 松蟲を 共に宿して 誰を待つらむ
佚名
0347 前栽に女郎花侍ける所にて
女郎花 匂盛を 見る時ぞ 我がおいらくは 悔しかりける
佚名
0348 相撲還宴の暮方、女郎花を折りて敦慶親王の髻首に插すとて
女郎花 花名ならぬ 物為らば 何かは君が 髻首にも為む
年頃、家女に消息通はし侍けるを、女為に輕輕し等言ひて、許さぬ間になむ侍ける。
三條右大臣 藤原定方
0349 法皇、伊勢が家の女郎花を召しければ奉るを聞きて
女郎花 折りけむ枝の 節每に 過ぎにし君を 思出や為し
枇杷左大臣 藤原仲平
0350 返し
女郎花 折りも折らずも 古を 更に如是べき 物成ら無くに
伊勢