後撰和歌集 卷第四 夏歌
0147 題知らず
今日よりは 夏衣に 成ぬれど 著人さへは 變らざりけり
佚名
0148 題知らず
卯花の 咲ける垣根の 月清み 寢ず聞けとや 鳴郭公
佚名
0149 卯月許、友達の住侍ける所近く侍て、必ず消息遣はしてむと待ちけるに、音無く侍ければ
郭公 來居る垣根は 近ながら 待遠にのみ 聲聞えぬ
佚名
0150 返し
郭公 聲待つ程は 遠からで 忍びに鳴くを 聞かぬなるらむ
佚名
0151 物言交し侍ける人の由緣無く侍ければ、其家垣根の卯花を折りて、云入れて侍ける
恨めしき 君が垣根の 卯花は 憂しと見つつも 猶賴む哉
佚名
0152 返し
憂物と 思知りなば 卯花の 咲ける垣根も 尋ねざらまし
佚名
0153 卯花垣根有る家にて 【○拾遺集0094。】
時別かず 降れる雪かと 見る迄に 垣根も撓に 咲ける卯花
佚名
0154 友達の問ひ迄來ぬ事を恨遣はすとて
白妙に 匂ふ垣根の 卯花の 憂くも來てとふ 人無哉
佚名
0155 【○承前。恨友不來訪,其二。】
時別かず 月か雪かと 見る迄に 垣根儘に 咲ける卯花
佚名
0156 【○承前。恨友不來訪,其三。】
鳴詫びぬ 何方か行かむ 時鳥 猶卯花の 影は離れじ
佚名
0157 卯月許の、月面白かりける夜、人に遣はしける
相見しも 未見ぬ戀も 郭公 月に鳴夜ぞ 世に似ざりける
佚名
0158 女許に遣はしける
有とのみ 音羽山の 郭公 聞きに聞えて 逢はずも有哉
佚名
0159 題知らず
木隱れて 皐月待つとも 郭公 羽習はしに 枝移り為よ
伊勢
0160 藤原克巳命婦に住侍ける男、人手に移侍にける又年、杜若に付けて克巳に遣はしける
言初めし 昔宿の 杜若 色許こそ 形見なりけれ
良岑義方朝臣
0161 賀茂祭の物見侍ける女の車に言入れて侍ける
行交る 八十氏人の 玉蔓 掛けてぞ賴む 葵云ふ名を
佚名
0162 返し
木綿襷 掛けても云ふ無 仇人の 葵云ふ名は 禊にぞ為し
佚名
0163 題知らず
此頃は 五月雨近み 郭公 思亂れて 鳴かぬ日ぞ無き
佚名
0164 【○承前。無題。】
待人は 誰為らなくに 時鳥 思外に 鳴かば憂からむ
佚名
0165 【○承前。無題。】
匂ひつつ 散りにし花ぞ 思ほゆる 夏は綠の 葉のみ茂れば
佚名
0166 朱雀院の、春宮に御座しましける時、帶刀等皐月許、御書所に罷りて、酒等食べて彼此歌詠みけるに
五月雨に 春宮人 來る時は 郭公をや 鶯に為む
大春日師範
0167 夏夜深養父が琴彈くを聞きて
短夜の 更行く儘に 高砂の 峯松風 吹くかとぞ聞く
藤原兼輔朝臣
0168 同心を
足引の 山下水は 行通ひ 琴音にさへ 流るべら也
紀貫之
0169 題知らず
夏夜は 逢名のみして 敷妙の 塵拂ふ間に 明けぞしにける
藤原高經朝臣
0170 【○承前。無題。】
夢よりも 儚き物は 夏夜の 曉方の 別れなりけり
壬生忠岑
0171 相知りて侍ける中の、彼も此も志は有りながら包事有りて、得有はざりければ 【○古今集0609。】
餘所乍ら 思ひしよりも 夏夜の 見果ぬ夢ぞ 儚かりける
相較離異處 更為可惜者何哉 夏夜夢逢瀨 相晤綺夢未見終 更為虛渺幻儚也
佚名
0172 夏夜、暫し物語して歸りにける人許に又朝遣はしける
二聲と 聞くとは無しに 郭公 夜深く目をも 覺しつる哉
伊勢
0173 人許に遣はしける
逢ふと見し 夢に習ひて 夏日の 暮難きをも 歎きつる哉
藤原安國
0174 【○承前。遣贈人許,其二。】
疎まるる 心し無くば 郭公 飽かぬ別に 今朝は消なまし
佚名
0175 思事侍ける頃、郭公を聞きて
折延へて 音をのみぞ鳴く 郭公 繁歎きの 枝每に居て
佚名
0176 四五月許、遠國へ罷下らむとする頃、郭公を聞きて
郭公 來ては旅とや 鳴渡る 我は別の 惜しき都を
佚名
0177 題知らず 【○萬葉集1476。】
獨居て 物思ふ我を 郭公 此處にしも鳴く 心有るらし
隻身形影孤 憂思獨居黃昏夕 杜鵑霍公鳥 從此啼血悲鳴渡 汝蓋能知我心哉
佚名
0178 【○承前。無題。】
玉匣 開けつる程の 郭公 唯二聲も 鳴きて來し哉
佚名
0179 五月許に、物言ふ女に遣はしける
數為らぬ 我身山邊の 郭公 木葉隱れの 聲は聞ゆや
佚名
0180 題知らず
常夏に 鳴きても經なむ 郭公 繁き御山に 何歸るらむ
佚名
0181 【○承前。無題。】
臥すからに 先ぞ侘しき 郭公 鳴も果てぬに 明くる夜為れば
佚名
0182 三條右大臣、少將に侍ける時、忍びに通所侍けるを、上の殿上人五六人許、五月の長雨少し止みて、月朧なりけるに、酒食べむとて、押入りて侍りけるを、少將は離方にて侍らざりければ、立休らひて、「主出せ。」等戲侍ければ
五月雨に 詠暮せる 月為れば 清かに見えず 雲隱れつつ
主女
0183 女子持て侍ける人に、心侍て遣はしける
雙葉より 我が標結し 撫子の 花盛を 人に折らす莫
佚名
0184 題知らず 【○古今集0150。】
足引の 山郭公 打延て 誰か勝ると 音をのみぞ鳴く
足曳勢險峻 不如歸去山郭公 哀鳴恆久遠 好似無人悲勝己 豈知我腸已寸斷
佚名
0185 五月長雨頃、久しく絕侍にける女許に、罷りたりければ,女
徒然と 眺むる空の 郭公 訪ふに付けてぞ 音は泣かれける
女
0186 題知らず
色變ぬ 花橘に 郭公 千世を鳴らせる 聲聞ゆ也
佚名
0187 【○承前。無題。萬葉集1938。】
旅寢して 妻戀すらし 郭公 神奈備山に 小夜更けて鳴く
蓋是羈旅而 客寢異鄉慕妻哉 嗚呼霍公鳥 徬徨神奈備山間 鳴泣啼血小夜中
佚名
0188 【○承前。無題。】
夏夜に 戀しき人の 香を留めば 花橘ぞ 標なりける
佚名
0189 女の物見に罷りたりけるに、異車傍に來けるに、物等言交して、後に遣はしける
郭公 僅かなる音を 聞初めて 有らぬも其と 朧めかれつつ
伊勢
0190 五月二つ侍けるに、思事侍て
五月雨の 續ける年の 眺めには 物思合へる 我ぞ侘びしき
佚名
0191 女に、甚忍びて物言ひて返りて
郭公 一聲に明くる 夏夜の 曉方や 逢期なるらむ
佚名
0192 題知らず
打延へて 音を鳴暮す 空蟬の 空しき戀も 我はする哉
佚名
0193 【○承前。無題。】
常も無き 夏草葉に 置露を 命と賴む 蟬の儚さ
佚名
0194 【○承前。無題。】
八重葎 繁き宿には 夏蟲の 聲より外に 問人も無し
佚名
0195 【○承前。無題。】
空蟬の 聲聞くからに 物ぞ思ふ 我も空しき 世にし住まへば
佚名
0196 人許に遣はしける
如何に為む 小倉山の 郭公 覺束無しと 音をのみぞ泣く
藤原師尹朝臣
0197 題知らず
郭公 曉方の 一聲は 憂世中を 過ぐすなりけり
佚名
0198 【○承前。無題。】
人知れず 我が標野の 撫子は 花咲きぬべき 時ぞ來にける
佚名
0199 【○承前。無題。萬葉集1448。
】
我宿の 垣根に植し 撫子は 花に咲かなむ 擬へつつ見む
吾人屋宿外 垣根牆下之所植 石竹撫子矣 願得早咲綻艷華 擬作伊人常賞翫
佚名
0200 【○承前。無題。】
常夏の 花をだに見ば 事無しに 過ぐす月日も 短かかりなむ
佚名
0201 【○承前。無題。】
常夏に 思染めては 人知れぬ 心程は 色に見えなむ
佚名
0202 返し
色と云へば 濃きも薄きも 賴まれず 大和撫子 散る世無しやは
佚名
0203 師尹朝臣の未だ童にて侍ける時、常夏花を折りて持ちて侍ければ、此花に付けて尚侍の方に送侍ける
撫子は 何れとも無く 匂へども 後れて咲くは 哀れなりけり
太政大臣 藤原忠平
0204 題知らず 【○萬葉集1972。】
撫子の 花散り方に 成りにけり 我が待つ秋ぞ 近く成るらし
石竹撫子花 眼見瞿麦已散華 觀彼花凋零 人云見微能知著 吾所待秋蓋近矣
佚名
0205 【○承前。無題。】
宵乍ら 晝にも有らなむ 夏為れば 待暮す間の 程無かるべき
佚名
0206 【○承前。無題。】
夏夜の 月は程無く 明けぬれば 朝間をぞ 託せつる
佚名
0207 【○承前。無題。】
鵲の 峯飛越えて 鳴行けば 夏夜渡る 月ぞ隱るる
佚名
0208 【○承前。無題。】
秋近み 夏果て行けば 郭公 鳴く聲難き 心地こそすれ
佚名
0209 桂內親王の、「螢を捕へて。」と言侍ければ、童のかざみのそでに包みて
包めども 隱れぬ物は 夏蟲の 身より餘れる 思なりけり
佚名
0210 題知らず
天川 水增さるらし 夏夜は 流るる月の 淀間も無し
佚名
0211 月頃、煩事有りて、罷有きもせで、詣來ぬ由言ひて、文の奧に
花も散り 郭公さへ 往ぬる迄 君にも行かず 成りにける哉
紀貫之
0212 返し
花鳥の 色をも音をも 徒に 物憂かる身は 過ぐすのみ也
藤原雅正
0213 題知らず
夏蟲の 身を焚捨て 魂有らば 我と真似ばむ 人目もる身ぞ
佚名
0214 夏夜、月面白く侍けるに
今宵斯く 眺むる袖の 露けきは 月霜をや 秋と見つらむ
佚名
0215 六月祓しに、河原に罷出て、月明きを見て
賀茂川の 水底澄みて 照月を 行きて見むとや 夏祓する
佚名
0216 六月二つ有ける年
棚機は 天河原を 七返り 後晦日を 禊には為よ
佚名