後撰和歌集 卷第二 春歌中
0047 年老いて後、梅花植ゑて翌年春、思所有りて
植ゑし時 花見むとしも 思はぬに 咲散る見れば 齡老にけり
藤原扶幹朝臣
0048 閨前に竹の在所に宿侍りて
竹近く 夜床寐は為じ 鶯の 鳴聲聞けば 朝いせられず
藤原伊衡朝臣
0049 大和の布留山を罷るとて
石上 布留山邊の 櫻花 植ゑけむ時を 知る人ぞ無き
僧正遍昭
0050 花山にて、道俗酒等食べける折に
山守は 言はば言はなむ 高砂の 尾上櫻 折りて餝さむ
素性法師
0051 面白き櫻を折りて友達の遣はしたりければ
櫻花 色は等しき 枝是れど 形見に見れば 慰ま無くに
佚名
0052 返し
見ぬ人の 形見がてらは 折らざりき 身に准へる 花にし非ねば
伊勢
0053 櫻花を詠める
吹風を 慣らしの山の 櫻花 長閑くぞ見る 散らじと思へば
佚名
0054 前栽に竹中に櫻咲たるを見て
櫻花 今日良く見てむ 吳竹の 一夜の程に 散りもこそすれ
坂上是則
0055 題知らず
櫻花 匂ふとも無く 春來れば 何どか歎きの 繁りのみする
佚名
0056 貞觀御時、弓技仕奉けるに
今日櫻 雫に我身 去來濡れむ 香込めに誘ふ 風來ぬ間に
河原左大臣 源融
0057 家より遠所に罷る時、前栽の櫻花に結付け侍ける
櫻花 主を忘れぬ 物是らば 吹來む風に 言傳は為よ
菅原右大臣道真
0058 春心を
青柳の 絲縒延へて 織る服を 何山の 鶯か著る
伊勢
0059 花散るを見て
相思はで 移ふ色を 見る物を 花に知られぬ 眺めする哉
凡河內躬恒
0060 歸雁を聞きて
歸雁 雲路に惑ふ 聲すなり 霞吹解け 目芽張る風
佚名
0061 朱雀院櫻の面白き事と延光朝臣の語侍ければ、見る由も有らまし物を等、昔を思出て
咲き咲かず 我に莫告げそ 櫻花 人傳にやは 聞かむと思ひし
大將御息所
0062 題知らず 【○萬葉集1875。】
春來れば 木隱多き 夕月夜 覺束無しも 花蔭にして
每逢春臨者 多隱木蔭為所遮 夜暮夕月者 朦朧飄渺無覺束 隱於山因匿不見
佚名
0063 【○承前。無題。】
立渡る 霞のみかは 山高み 見ゆる櫻の 色も一つを
佚名
0064 【○承前。無題。】
大空に 覆ふ許の 袖も哉 春咲く花を 風に任せじ
佚名
0065 彌生朔頃に、女に遣はしける
歎きさへ 春を知るこそ 侘しけれ 萌ゆとは人に 見えぬ物から
佚名
0066 「春雨降らば思ひの消えもせで甚嘆きの目を燃やすらむ。」と云ふ古歌の心延へを、女に言遣はしたりければ
萌渡る 歎きは春の 性是れば 大方にこそ 哀れとも見れ
佚名
0067 女許に遣はしける
青柳の 甚由緣無くも 成行くか いかなる筋に 思寄らまし
藤原師尹朝臣
0068 衛門御息所家太秦に侍けるに、「其處の花面白か也。」とて折りに遣はしたりければ、聞えたりける
山里に 散りなましかば 櫻花 匂盛りも 知られざらまし
衛門御息所 藤原能子
0069 御返し
匂濃き 花香もてぞ 知られける 植ゑて見るらむ 人心は
佚名
0070 小貳に遣はしける
時しも有れ 花盛に 辛ければ 思はぬ山に 入やしなまし
藤原朝忠朝臣
0071 返し
我為に 思はぬ山の 音にのみ 花盛行く 春を怨みむ
小貳
0072 題知らず
春池の 玉藻に遊ぶ 鳰鳥の 腳暇無き 戀もする哉
宮道高風
0073 寬平御時、「花色霞に籠めて見せずと云ふ心を詠みて奉れ。」と仰せられければ
山風の 花香誘ふ 麓には 春霞ぞ 絆成りける
藤原興風
0074 題知らず
春雨の 世に降りにたる 心にも 尚可惜しく 花をこそ思へ
佚名
0075 京極御息所に送侍ける
春霞 立ちて雲居に 成行くは 雁心の 變るなるべし
佚名
0076 題知らず
寢られぬを 強ひて我が寢る 春夜の 夢を現に 成由欲得
佚名
0077 忍たりける男許に春行幸有るべしと聞きて裝束一具調じて遣はすとて、櫻色下襲に添へて侍ける
我宿の 櫻色は 薄くとも 花盛は 來ても折らなむ
佚名
0078 忘侍にける人家に、花を乞ふとて
年を經て 花便に 事問はば 甚仇なる 名をや立ちなむ
兼覽王
0079 呼子鳥を聞きて隣家に贈侍ける
我宿の 花に莫鳴きそ 呼子鳥 喚ぶ甲斐有りて 君も來無くに
春道列樹
0080 壬生忠岑が左近番長にて文起こせて侍りける序でに、身を恨みて侍ける返事に
古りぬとて 甚莫侘そ 春雨の 唯に止むべき 物為ら無くに
紀貫之