齋宮齋院百人一首稿

所京子

001 大津皇子竊下於伊勢神宮上來時,大伯皇女御作歌二首。
002 田邑帝文德天皇御時,慧子內親王為賀茂齋院,人云:「母有過。」而將退下交代之際,其事得雪而止,遂詠之。
003 在原業平朝臣罷伊勢國時,竊與齋宮(恬子內親王)秘會。翌朝,欲遣使送後朝之文,卻不得其方之間,女方贈歌而來。
004 君子內親王為賀茂齋院時,添菊花而奉之。
005 齋院(君子內親王)返歌。
006 延曆十六年四月廿二日,以私事罷伊勢齋宮時,寮頭輙遣國中,以國國所所為題,令詠野望歌等。
007 前齋宮(柔子內親王)於伊勢國時,堤中納言為敕使以往。未聞返歌。彼齋宮居處,謂竹宮(たけのみや)
008 參伊勢齋宮而歸頃,自早知之女許。此女者,齋宮內侍云也。
009 聞彼女御逢左太政大臣(藤原實賴)而遣之。
010 於桃園齋院屏風。【○桃園齋院,蓋桃園中納言保光父代明親王之同母妹。恭子內親王、婉子內親王之一哉。拾遺集1007。】
011 於所栖桃園前齋院屏風。【○桃園齋院,見前曲。】
012 反歌。【○與藤原敦忠答歌。】
013 海人。
014 天曆十一年九月十五日,齋宮(樂子內親王)下向之時,自內調硯賜之。
015 天曆御石,齋宮(樂子內親王)下向之時,為長奉送使罷歸。
016 堀河中宮(篤子內親王)崩後,贈圓融院。
017 天德二年二月五日,一條太政大臣侍子日於齋院(婉子內親王),翫庭松而題。
018 齋宮のかん神し(たま)ひしに(あかつき)琴聲(きんのこゑ)僅鳴(はつかな)りしが(また)()こえざりしを心元無(もとな)しと思ひし程に酒出(さけいだ)させ給ひたる土器取(かはらけと)りて。
019 齋宮賜御扇時,命詠歌者。
020 齋宮內侍にびはどの色色(いろいろ)物贈賜(ものおくりたま)ふに。
021 齋宮の(みや)にて官仕給(かんしたま)ひしに。
022 (うへ)久度(ひさしくわた)らせ給はぬ秋の夕暮(ゆふぐれ)に、きむ甚可笑(いとをかし)彈給ひきたまふに、上、(しろ)御苑萎(みぞのな)えたるを(たてまつ)りて、急度(いそぎわた)らせ給ひて、御側(おんかたはら)()させ給へど、人の御座おはするとも見入(みい)れさせ給はぬ景色(けしき)にて彈給ひきたまふを聞召(きこしめ)せば。
023 諸共下向,於鈴鹿山。齋宮御返歌。
024 伊勢規子齋內親王群行後,歸途翌朝,於齋王御前賜饗祿,男女詠歌奉之。
025 自一品宮,(くだ)向伊勢。
026 齋宮の下り侍けるに、(とも)(まか)りける女に言遣(いひつか)はしける。
027 齋宮の下居(おりゐ)給へる古宮(ふるみや)所の甚憐(いとあは)れにあれて、人影(ひとかげ)も見えぬを、入りて見れば、三月十日(ばかり)(さくら)甚面白(いとおもしろ)し、(はや)うさせりける(さかき)()れたるを見て。
028 齋院にて物申(ものまを)しける人、內渡(うちわたり)(まゐ)れる由聞(よしき)きて、(あふひ)()けて(つか)はしける。
029 位さらせ給て、紫野(むらさきの)子日(ねのび)せさせ給けるに、御消息(ごせうそこ)()く、過ぎさせ給ひにけるを、又日、齋院より、野邊(のべ)ながらひく松(かず)にあらぬ身は()ぎし子日(ねのび)(わす)れやはすると侍りける御返事。
030 七月八日,未だ(つと)めて、齋院より、龍膽(りうたん)の露いみじうおきたるに、まだ御との(こも)りたる程に。御返事。
031 祭祀歸途,於齋院御車中,知人之許,書於葵上。
032 為祭使,於神館宿所遣贈齋院女房。
033 女院(藤原詮子)御八講捧物(おほんはっこうのほうもつ),侍詠金造龜形かねしてかめのかた
034 選子內親王為齋院時,零雪月明之夜,雖然參向,女房等既寢,無緣相與翫月,遂結於御簾之歌。
035 四月禊(),於河原(かはら)神鳴甚唸(いたう)。則遣贈右近之君所乘車。
036 (には)汗殿(あせどの)時,倏然雨降,思之莫名時,取相撲草(すまひぐさ)(よもぎ)中而詠。
037 前齋院の御葬送(さうそう)に、其夜、筑紫(つくし)(くだ)りにし御乳母(めのと)(むまご)はしらじかしと思ひしに(あは)れにて、其人を知りたる人に遣りし。
038 御前に女郎花(うつ)させたまて、其に付けて、みつきよの中將に。返し。
039 長元四年六月十七日,伊勢齋宮(嫥子女王)參侍內宮時,俄然風吹雨降。齋宮躬自託宣,召祭主輔親仰公御事等,即度度顛飲神酒,賜盃而詠。
040 後一條院御時,侍中宮行啟齋院。庚申之夜,詠懸月照殘菊之情。
041 齋宮下賜時
042 侍於齋院長官,為少將,預賀茂祭使,奉珍由之人言而詠。
043 禖子內親王任賀茂齋院時,為女房奉侍。經年以後,三條院御時,於侍齋院之人許,憶及昔日,祭之翌日,遣贈神館。
044 庚申夜,隨御神樂,侍女房歌合。
045 六條齋院(禖子内親王)歌合
046 永承四年十二月二日庚申夜,於本院御神樂次行之十番。雪。右。
047 夏題。榊。
048 永承三年。春鷹司殿倫子百和香歌合。桃。
049 禖子內親王家庚申夜歌合。九番。堇菜。左。
050 永承元年~康平三年。夏。賴資。資成歌合。納涼。
051 任賀茂齋頃,見本院透垣(すいがき)朝顏(あさがほ)咲懸(さきかか)而詠。
052 詠於百首歌中。
053 堀河院御時,女御殿女房等群聚賞花而詠。
054 於瞻西上人歌合。
055 詠黑戶前植菊。
056 久我におはしましける比,月の()かかりける夜,六條右大室如何(いか)にせん()きもやられで(あくが)るる心の(かぎ)(さそ)月影(つきかげ)と詠みて奉りける御返事。
057 媞子內親王家歌合。永保三年十月。日祝。左勝。
058 齋宮於野宮,命人人詠萩歌。
059 郁芳門院(媞子內親王)為伊勢齋時,俄然下向渡鈴鹿川而詠。
060 齋宮群行,於鈴鹿頓宮詠旅歌。
061  於本院詠花盛。
062 詠野花隨風。
063 二條太皇太后宮(齋院令子內親王)為賀茂齋時,於本院詠翫松枝映水之心。
064 齋宮群行時,遣贈於妹。
065 伊勢に(はべ)りける(ころ)、別當實行公卿敕使にて大神宮へ(まゐ)られたりけるに、齋宮のくだ()らせ給ひ(をり)行事の辨にて侍りけるが、事果(ことは)てて京へ(かへ)るとて(みや)(まゐ)りて、日來(ひころ)()れて罷歸(まかりかへ)るこそ心細寂(こころほそくさぶら)へ、斯樣(かやう)(まゐ)らむ事も有難(ありがた)く、もし命寂(いのちさぶら)はば公卿になりて勅使にて(くだ)らむ時ぞ斯樣(かやう)にも(まゐ)るべきと申して(のぼ)りけるに、十年(ばかり)ありて勅使にて(くだ)られたりけるが、(むかし)のあらまし(ごと)(わす)れずは(かなら)(まゐ)らむずらむとまたれけるに、(まゐ)らで過ぎられければおひて(つか)はさんとて、其頃(そのころ)の歌めしければ二つを詠みてまゐらせたりけるを、(これ)(つか)はしたりける。
066 故鄉(ふるさと)となりぬる(みや)夕霞(ゆふかすみ)思掛(おもひかけ)ずや立變(たちかは)るらむ。(かへ)し。
067 天仁元年齋宮群行時,於所謂忘井(わすれゐ)處詠之。
068 前齋宮(姰子內親王)奉齋伊勢時,寮頭保俊御祭之際,借絹以為宿直物(とのゐもの)料,時隔已久,至今忘還,申此事故,遣以答事。
069 禊川,近江/永久四年十月齋宮宣旨家名所歌合,禊川。
070 土御門前齋院(かく)れ給ひて、程經(ほどへ)斯院(かのゐん)(まゐ)り侍りけるに、堀河院前齋院(篤子內親王)相次(あひつぎ)住給(すみたま)ひければ、何事(なにこと)(かは)らぬ(さま)には侍れど、昔思出(おもひで)られ侍りければ、女房の(もと)言遣(いひつか)はしける。
071 上西門院賀茂齋(かものいつき)と申しけるを(かは)らせ給ひて唐崎(からさき)(はら)へし給ひける御伴(おとも)にて女房の(もと)(つか)はしける。
072 故左大臣(ひだりののおとど)の仁和寺の德大寺の堂に、上西門院(統子內親王)前齋院と申しし時の女房、數多度(あまたわたり)て歌等詠置(よみお)かりたりけるを、後に見出てて、其返しせよとて、大炊御門右大臣(右大將の時)のありしかば、書添(かきそ)へつつ、(つか)はしける歌に。
073 上西門院(統子內親王)為賀茂(いつき)時,待賢門院神館(かんたち)めに渡らせ給ひたりけるに御供に(さぶら)ひて齋院の女房のなかに葵につけて遣しける。
074 返歌。
075 長承元年十二月廿四日雪朝,當齋院參御台盤所(みだいばんどころ),付於雪降之竹。
076 齋院未だ本院にも至給はざりける時、(わづら)ひており給ひにけり、其後程無(ほどな)隱給(かくれたま)ひにければ、()みて彼祖父(かのおほぢのもと)へ。
077 長承二年十二月廿一日,齋院卜定次日雪朝,遣宣旨之許。返歌。
078 詠霧隔行舟去之心。
079 大炊帝(おほゐのみかど)齋院(時子內親王)(いま)坐本院之(ころ),自彼宮(かのみや)中將君(もと),折御垣內(みかきのうち)(はな)而贈。
080 返歌。
081 侍齋院時,詠於神館。
082 左衛門督家通(藤原)任中將時,為祭使,泊於賀茂神館。天曉,獲贈自齋院女房中。
083 前齋院大炊御門(淳和帝)御座(おは)しましける頃、女房の中より八重櫻(やへざくら)につけて。返し。
084 住吉社歌合。嘉應二年十月九日。題,社頭月。十七番。左持。
085 伊勢に齋王御座(おは)(まさ)年經(としへ)にけり齋宮木立許(こだちばかり)さかと見えてつがきも()(やう)になりけるを見て。
086 (まつり)(かへ)さの()、齋殿に參りたりければ、可笑(をか)しげなる端物(はしたもの)茲見(これみ)よとて(いだ)されて侍りければ、歸りて(あふひ)に書きて女に(つか)はしける。
087 居伊勢之際,嘗植女郎花。返上京師時所詠。
088 五月五日,本院へ參りて、女房越前を(たづ)ねて對面して稍久(ややひさ)しくありて(いで)けるに、忠信卿春宮權亮の扇を取りて硯を()してたびたれば、書付侍(かきつけはべ)る。
089 於千五百番歌合。
090 所念齋宮群行事。
091 公繼卿任大將時,為敕使赴太神宮,歸京之際,受贈於齋宮女房中。返歌。
092 回憶式乾門院(利子內親王)齋宮下向伊勢之時而詠侍。
093 文永元年九月齋宮群行之時,奉薰物(たきもの)而詠。
094 為同群行長奉送使,一同下向復奏(かへりまうし)(あかつき),書贈女房之中。
095 延慶元年八月自野宮啟程而詠。
096 奉於皇后宮為齋宮時。
097 無題。
098 無題。
099 詠齋宮群行之心。
100 自野宮退下,觀其後雪。

底本:所京子『齋王の歷史と文學』齋宮齋院百人一首稿



【再臨ノ詔】 【久遠の絆】