小倉百人一首
051 斯くとだに えやは伊吹の 蓬草 さしも知らじな 燃ゆる思火を
雖思君如此 藏於方寸不能言 伊吹山蓬萌 汝或不知我心思 思火熾烈燃身心 【後拾遺0612。】
藤原實方朝臣
052 明けぬれば 暮るる物とは 知りながら 猶恨めしき 朝朗け哉
一旦天明後 雖知日必終將暮 猶恨不能止 心怨春宵夜短促 憾恨黎明散佳偶 【後拾遺0672。】
藤原道信朝臣
053 嘆つつ 獨寢る夜の 明る間は 如何に久しき 物とかは知る
悲嘆復悲嘆 獨守空閨孤寢夜 問君誠可知 夜長漫漫天難明 待曉之間何苦久 【拾遺集0912。】
右大將道綱母
054 忘れじの 行末迄は 難ければ 今日を限の 命と欲得
君稱不忘卿 誓情海枯盟石爛 吾知世無常 但願命隕在今宵 得君愛擁死無憾 【新古今1149。】
儀同三司母
055 瀧音は 絕えて久しく 成ぬれど 名こそ流れて 猶聞えけれ
瀧音絕已久 昔日名瀧今水涸 其形雖不再 盛名流傳亙萬代 至今猶聞無絕日 【千載集1035、拾遺集0449。】
大納言公任
056 在らざらむ 此世外の 思出に 今一度の 逢事欲得
此命在旦夕 今思將來在他界 願得追憶者 只冀吾身殞命前 還緣再見君一面 【後拾遺0763。】
和泉式部
057 巡逢ひて 見しや其とも 判ぬ間に 雲が隱にし 夜半月哉
邂逅巡相逢 未得細察觀其形 已然遁無蹤 倏忽雲隱難辨明 洽猶夜半月牙哉 【新古今1499。】
紫式部
058 有馬山 豬名笹原 風吹けば いで其よ人を 忘れやはする
攝津有馬山 豬名笹原風吹者 草木為風拂 嗚呼是矣其音者 何得忘汝釋慕懷 【後拾遺0709。】
大貳三位
059 休らはで 寢な益物を 小夜更けて 傾く迄の 月を見し哉
早知君不臨 不若率先入寢眠 時至小夜更 月傾西山天將曙 望月終夜苛孤苦 【後拾遺0680。】
赤染衛門
060 大江山 生野道の 遠ければ 未だ踏みも見ず 天橋立
巍峨大江山 生野道遠難以行 母在山之端 吾未得踏探母路 未獲家書天橋立 【金葉集0550。】
小式部內侍
061 古の 奈良都の 八重櫻 今日九重に 匂ひぬる哉
曩古奈良都 平城京中八重櫻 故其昔盛日 還願今日化九重 綻放內裏絢繽紛 【詞花集0029。】
伊勢大輔
062 夜を籠めて 鳥の空音は 計るとも 世に逢坂の 關は赦さじ
夜闇天未明 偽庭鳥鳴空音聞 偽計佯雞啼 縱令得過函谷關 豈輒赦通逢坂關 【後拾遺0939。】
清少納言
063 今は唯 思絕えなむ とばかりを 人傳て成らで 言由もがな
事既至如此 縱今須與君絕情 斷此相思者 唯欲不願借人傳 只願親述由君口 【後拾遺0750。】
左京大夫道雅
064 朝朗 宇治川霧 絕絕に 現渡る 瀨瀨網代木
黎明早朝時 宇治川霧漸見晴 斷續且斷續 漸而現出顯分明 瀨瀨之間網代木 【千載集0420。】
權中納言定賴
065 恨侘 乾さぬ袖だに 有物を 戀に朽ちなむ 名こそ惜けれ
悲憤復悲憤 至今既已無氣力 濡袖永不乾 吾名已因此戀朽 惋惜難堪嘆狼藉 【後拾遺0815。】
相模
066 諸共に 悲れと思へ 山櫻 花より外に 知人も無し
諸共山櫻等 當能悲憐感我哉 除山櫻花外 孰能知我解吾身 孰能憐我悲吾遇 【金葉集0521。】
前大僧正行尊
067 春夜の 夢許なる 手枕に 甲斐無く立たむ 名こそ惜けれ
春夜夢無常 好景虛幻易俄逝 君願借手枕 然其表麗卻無實 只懼徒立浮名矣 【千載集0964。】
周防內侍
068 心にも 非で憂世に 長らへば 戀しかるべき 夜半の月哉
不能如所願 若致苟活憂世間 莫得脫苦海 今顧此世可戀者 唯有夜半清月哉 【後拾遺0860。】
三條院
069 嵐吹く 三室山の 紅葉は 龍田川の 錦也けり
嵐吹三諸岳 三室山上紅葉者 飄落龍田川 川間楓紅朱似錦 絢爛如畫映眼簾 【後拾遺0366。】
能因法師
070 寂しさに 宿を立出て 眺むれば 何處も同じ 秋夕暮
獨居山庵間 不耐寂寞出居步 信步眺望者 處處之景咸皆同 誰彼時分秋夕暮 【後拾遺0333。】
良選法師
071 夕去れば 門田稻葉 訪れて 蘆丸屋に 秋風ぞ吹く
夕暮黃昏刻 門田稻葉聲作響 一猶人來訪 秋風吹拂蘆丸屋 稻葉作響猶喚人 【金葉集0173。】
大納言經信
072 音に聞く 高師濱の 徒波は 掛けじや袖の 濡れもこそすれ
浪搏音可聞 著名難波高師濱 君意勿掛心 徒波莫擊濕吾袖 還恐薄情君不實 【金葉集0469。】
祐子內親王家紀伊
073 高砂の 尾上櫻 咲きにけり 外山霞 立たずも有らなむ
高砂尾上峰 頂上山櫻咲美哉 今見此勝景 還願外山霞莫起 勿遮遠山艷櫻姿 【後拾遺0120。】
前權中納言匡房
074 憂かりける 人を初瀨の 山下しよ 激しかれとは 祈らぬ物を
致憂復致惱 薄情之人甚冷漠 初瀨長谷山 山下之嵐淒冷冽 吾可曾祈漠如此 【千載集0708。】
源俊賴朝臣
075 契置きし 蓬艾が露を 命にて 憐れ今年の 秋も行ぬめり
相諾曾相許 吾命薄幸如朝露 見蓬艾上露 可惜今年秋又至 方知此歲復背信 【千載集1026。】
藤原基俊
076 海原 漕出て見れば 久方の 雲居に紛ふ 沖つ白波
綿津見海原 漕出滄海一望者 瀛浪似皓雲 海上遙空水天線 誤作久方天雲居 【詞花集0382。】
法性寺入道前關白太政大臣
077 瀨を早み 岩に塞かるる 瀧川の 割れても末に 合はむとぞ思ふ
其流疾且速 川瀨遇岩遭阻絕 瀧川割二分 吾度彼川今雖離 其末必將再相逢 【詞花集0229。】
崇德院
078 淡路島 通ふ千鳥の 鳴聲に 幾夜寢覺めぬ 須磨關守
近畿淡路島 千鳥飛渡畫大空 鳥鳴聲淒厲 幾度令吾夜寢覺 須磨關守甚難眠 【金葉集0270。】
源兼昌
079 秋風に 棚引く雲の 絕間より 漏出る月の 影の清けさ
秋風曳雲長 棚引綿延亙虛空 雲間月光漏 洩出月影誠皎潔 月清朗朗今流泄 【新古今0413。】
左京大夫顯輔
080 長からむ 心も知らず 黑髮の 亂て今朝は 物をこそ思へ
君心實如何 不知可否亙長久 黑髮長紊亂 昨夜雲雨今朝別 吾心若髮亂如麻 【千載集0802。】
待賢門院堀河
081 郭公 鳴きつる方を 眺むれば 唯有明の 月ぞ殘れる
郭公不如歸 今尋聞聲眺望者 不見啼鳥蹤 唯視有明天將曙 殘月掛空懸太虛 【千載集0161。】
後德大寺左大臣
082 思侘び 然ても命は 有物を 憂きに耐へぬは 淚也けり
心惱徒嘆息 此命今日雖仍在 無非虛度矣 憂愁難耐徒苟活 熱淚盈眶涕泣下 【千載集0818。】
道因法師
083 世中よ 道こそ無けれ 思入る 山奥にも 鹿ぞ鳴くなる
悠悠此世間 天下雖大無寄道 難有容身處 深覺縱隱深山奧 仍聞鳴鹿淒切聲 【千載集1151。】
皇太后宮大夫俊成
084 長らへば 復此頃や 偲ばれむ 憂しと見し世ぞ 今は戀しき
若得長壽者 他日復憶此憂世 可將念懷否 往昔苦痛回首顧 是否反致人戀惜 【新古今1843。】
藤原清輔朝臣
085 夜も徹 物思頃は 明けやらで 閨の隙さへ 由緣無かりけり
終夜悲不眠 沉浸物思陷憂情 夜長天不明 豈知幽暗閨中隙 亦感無情甚冷漠 【千載集0766。】
俊惠法師
086 嘆けとて 月やは物を 思はする 託顏なる 我淚
月云嘆息乎 似令人作徒物思 雖知非如此 不覺託顏作慍色 我淚涕下竊怨月 【千載集0929。】
西行法師
087 村雨の 露も未だ乾ぬ 真木葉に 霧立昇る 秋夕暮
村雨叢陣雨 雨露未乾置木葉 真木杉檜間 霧氣冉冉昇瀰漫 秋日蕭條夕暮時 【新古今0491。】
寂蓮法師
088 難波江の 蘆苅根の 一節故 澪標てや 戀渡るべき
所生難波江 蘆葦苅根一節短 假寢一夜故 當顧澪標汎江海 宜盡此身奉戀慕 【千載集0807。】
皇嘉門院別當
089 玉緒よ 絕えなば絕えね 長らへば 忍ぶる事の 弱りもぞする
魂絲玉緒矣 汝若將絕實當絕 吾命亦如斯 若徒長生茍存者 竊慕難忍情將露 【新古今1034。】
式子內親王
090 見せばやな 雄島海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は變らず
欲使君觀之 雄島海人漬袖濕 常濡色不變 然吾衣袖沾血淚 染作朱紅見斑斑 【千載集0886。】
殷富門院大輔
091 蟋蟀 鳴くや霜夜の 狹蓆に 衣片敷き 一人かも寢む
秋節蟋蟀鳴 霜夜孤眠窄蓆寒 敷衣草蓆上 不能成雙唯孤枕 獨寢難眠甚悽悽 【新古今0518。】
後京極攝政前太政大臣
092 我袖は 潮乾に見えぬ 沖石の 人こそ知らね 乾く間も無し
吾人衣袖者 洽猶潮退未嘗顯 深邃沖石矣 不為人知浸潤久 濕袖未有俄乾時 【千載集0760。】
二條院讚岐
093 世中は 常にもがもな 渚漕ぐ 天小舟の 綱手愛しも
世事總無常 若願何者能長久 冀海人小舟 漕渚綱手永不絕 令人難忘甚愛憐 【○新敕撰0525。】
鎌倉右大臣
094 御吉野の 山秋風 小夜更けて 舊里寒く 衣打つ也
大和御吉野 吉野山秋風蕭瑟 夜更吹故里 冽氣更令舊里寒 猶聞戶戶擣衣聲 【新古今0483。】
參議雅經
095 おほけ無く 憂世の民に 覆ふ哉 我が立杣に 墨染袖
吾身力不逮 今在比叡杣山上 身著墨染袖 不知今借三寶力 可否覆澤憂世民 【千載集1137。】
前大僧正慈円
096 花誘ふ 嵐の庭の 雪ならで 降行く物は 我身也けり
山嵐誘花至 庭間落花紛似雪 花零吾身者 還憂己身日益衰 年歲老去猶花落 【○新敕撰1052。】
入道前太政大臣
097 來ぬ人を 松帆浦の 夕凪に 燒くや藻鹽の 身も焦れつつ
身居松帆浦 江畔待人人不至 黃昏夕凪間 一猶海人燒藻鹽 吾妬心焚身亦焦 【○新敕撰0849。】
權中納言定家
098 風戰ぐ 楢の小川の 夕暮れは 禊ぞ夏の 徵也ける
風吹楢樹響 賀茂御手洗川上 晚夏初秋時 唯有夕暮祓禊事 稍留六月夏日徵 【○新敕撰0192。】
從二位家隆
099 人も惜し 人も恨めし 味色無く 世を思故に 物思ふ身は
時惜憐他者 時憎他人常反覆 無奈俗世間 我心不由陷物悲 心亂如麻不自己 【○續後撰1199。】
後鳥羽院
100 百敷や 古き軒端の 偲ぶにも 猶餘有る 昔也けり
百敷大宮闈 今日忍草荒叢生 偲懷古軒簷 已是大昔歲有餘 唯得永憶在心中 【○續後撰1202。】
順德院