小倉百人一首
001 秋田の 假廬の庵の 苫を荒み 我が衣手は 露に濡れつつ
秋日田圃間 心穗假廬粗庵內 苫蓆陋且荒 吾人衣袖霑夜露 濡濕不乾龍田秋 【後撰0302。】
天智天皇
002 春過ぎて 夏來にけらし 白妙の 衣乾す云ふ 天香具山
佐保春已過 今觀夏概既來兮 白妙素織服 晾曬乾衣披山間 典雅天之香具山 【新古今0175、萬葉0028。】
持統天皇
003 足引の 山鳥の尾の 垂尾 長長し夜を 獨かも寢む
足曳勢險峻 雉子山鳥尾醒目 垂尾長綿延 漫漫長夜映尾長 孤眠獨寢恨夜長 【拾遺0778。】
柿本人麻呂
004 田子浦に 打出て見れば 白妙の 富士に 雪は降りつつ
駿河田子浦 至此出步覽觀者 白妙浩皚皚 不死富士高嶺上 白雪零落降紛紛 【新古今0675。】
山部赤人
005 奧山に 紅葉踏分け 鳴鹿の 聲聞く時ぞ 秋は悲しき
寂寥深山中 腳踏紅葉獨步行 不知自何方 鳴鹿哀啼聲可聞 秋日懷悲沁身心 【古今0215。】
猿丸大夫
006 鵲の 渡せる橋に 置霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける
七夕喜相逢 烏鵲成橋渡銀漢 宮苑霜已降 夜更鵲啼霜滿天 鵲橋皓白映夜深 【新古今0620。】
中納言家持
007 天原 振離け見れば 春日なる 三笠山に 出し月かも
久方高天原 翹首遙望思東天 於此所眺月 可與奈良春日間 三笠山出皎月同 【古今0406。】
安倍仲麿
008 我庵は 都の辰巳 然ぞ棲む 世を宇治山と 人は云也
吾庵在辰巳 都之東南離塵囂 宇治喜撰山 人云吾以憂世艱 住此僻里暮終日 【古今0983。】
喜撰法師
009 花色は 移りにけりな 徒に 我身世に經る 長雨せし間に
花色雖多彩 時節遞嬗本無常 徒有空悲感 此身形貌隨年老 虛眺長雨摧花落 【古今0113。】
小野小町
010 是や此の 行くも歸るも 別ては 知るも知らぬも 逢坂關
是耶此地矣 往返絡繹常不絕 別離踐遠行 無論相識不相識 俱在相會逢坂關 【後撰1089。】
蟬丸
011 海原 八十島驅けて 漕出でぬと 人には告げよ 海人釣舟
綿津大海原 航往八十千千島 漕楫出滄海 還請海人釣舟上 白水郎兒告家人 【古今0407。】
參議篁
012 天風 雲の通路 吹閉ぢよ 乙女の姿 暫留めむ
蒼窮天風矣 願阻天界凡世間 相通天雲路 吹閉雲路滯天女 暫留妍姿在人世 【古今0872。】
僧正遍昭
013 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 戀ぞ積て 淵と成りぬる
常陸筑波嶺 流自嶺上落綿延 涓涓男女川 日積月累納情戀 匯作深潭永彌堅 【後撰0776。】
陽成院
014 陸奧の 信夫捩摺 誰故に 亂初めにし 我なら無くに
陸奧信夫郡 忍草捩摺因誰故 紋染凌不整 吾心初亂如紊麻 究竟當為誰之過 【古今0724。】
河原左大臣
015 君が為 春野に出でて 若菜摘む 我衣手に 雪は降りつつ
一心全為君 罷身春野田原間 俯拾摘若菜 早春若菜生雪間 袖上細雪降紛紛 【古今0021。】
光孝天皇
016 立別れ 因幡山の 峯に生ふる 松とし聞かば 今歸來む
送君別千里 今立因幡稻羽山 如其峰上松 若知吾人待君苦 還冀今朝歸來矣 【古今0365。】
中納言行平
017 千早振る 神世も聞かず 龍田川 韓紅に 水絞るとは
縱在千早振 稜威神代未有聞 秋日龍田河 紅葉織水染韓紅 奇景絢麗勝古今 【古今0294。】
在原業平朝臣
018 住江の 岸に寄る波 夜さへや 夢の通路 人目避くらむ
住吉住之江 江邊波濤寄岸來 猶如夜中寢 夢間通路竊相晤 汝避人目來相逢 【古今0559。】
藤原敏行朝臣
019 難波潟 短かき蘆の 節間も 逢はで此世を 過ぐしてよとや
浪速難波潟 難波蘆葦節間短 人生促須臾 豈稱未逢過此世 何以心安不念君 【新古今1049。】
伊勢
020 侘ぬれば 今將同じ 難波なる 身を盡くしても 逢はむとぞ思ふ
事泄心緒亂 吾暮君心仍無易 難波澪標矣 縱令身毀永不復 仍願再逢與君會 【後撰0961。】
元良親王
021 今來むと 言ひし許に 長月の 有明月を 待出つる哉
君稱今將至 豈知口諾無其實 久月秋夜長 吾人苦待不得逢 下旬有明月已出 【古今0691。】
素性法師
022 吹くからに 秋の草木の 萎るれば 宜山風を 嵐と云ふらむ
風吹野邊者 秋日草木為所折 搖曳狀荒亂 殘摧傾倒甚將枯 是以山風謂之嵐 【古今0249。】
文屋康秀
023 月見れば 千千に物こそ 悲しけれ 我身一つの 秋には有らねど
舉頭望秋月 千千萬物令吾悲 何其物哀者 雖秋非為吾一人 吾身孑然獨愁愴 【古今0193。】
大江千里
024 此旅は 幣も取合へず 手向山 紅葉の錦 神の隨に
此旅行急促 未得備妥獻御幣 此是手向山 當以紅葉零似錦 奉神隨意納誠情 【古今0420。】
菅家
025 名にし負はば 逢坂山の 真葛 人に知られで 來由欲得
若不負此名 逢坂山上真葛矣 小寢繰彼葛 如何不為人所知 竊來相會全慕情 【後撰0700。】
三條右大臣
026 小倉山 峰紅葉 心有らば 今一度の 行幸待たなむ
嵯峨小倉山 峰上楓葉盡火紅 紅葉若有心 還妄且暫勿凋零 更待吾君再幸臨 【拾遺1128。】
貞信公
027 甕原 分きて流るる 泉川 何時見きとてか 戀しかるらむ
三香瓶甕原 水分泉湧流而下 木津川泉河 究竟何時曾見君 令吾戀慕至於今 【新古今0996。】
中納言兼輔
028 山里は 冬ぞ寂しさ 增さりける 人目も草も 枯れぬと思へば
獨居深山里 時值冬日倍寂寥 沒落冷清者 人目離兮草木枯 死寂情滿溢方寸 【古今0315。】
源宗于朝臣
029 心當てに 折らばや折らむ 初霜の 置き惑はせる 白菊花
心量計其辰 何時當折菊花枝 孰知初霜降 一面置皓惑吾人 白菊花兮可怜矣 【古今0277。】
凡河內躬恒
030 有明の 由緣無く見えし 別より 曉許り 憂物は無し
晨曦有明月 徒留空中迎朝曉 伊人甚無情 相別不予再相會 以故憂莫勝曉許 【古今0625。】
壬生忠岑
031 朝ぼらけ 有明月と 見る迄に 吉野里に 降れる白雪
朝辰仄將明 薄明之際月掛天 雪降吉野里 還誤有明月曜地 方圓一望盡白皙 【古今0332。】
坂上是則
032 山川に 風の架けたる 柵は 流れも飽へぬ 紅葉なりけり
山間細清川 秋風架柵阻其流 細觀其柵者 留滯難移不得流 紅葉積水為溪柵 【古今0303。】
春道列樹
033 久方の 光長閑けき 春日に 靜心無く 花の散るらむ
朝陽懸虛空 閑日高照暖世間 此時雖春日 櫻花俄遷心無靜 愁帶哀思散儚華 【古今0084。】
紀友則
034 誰をかも 知る人に為む 高砂の 松も昔の 友なら無くに
吾當以孰人 交好相知為故友 高砂松久常 然彼為松不為人 何以作友常相伴 【古今0909。】
藤原興風
035 人はいさ 心も知らず 故里は 花ぞ昔の 香に匂ひける
人心每浮動 變化無常不知衷 今日訪故地 不知人心依舊否 惟有花香猶往昔 【古今0042。】
紀貫之
036 夏夜は 未だ宵ながら 明けぬるを 雲の何處に 月宿るらむ
夏夜也苦短 方覺夜至夜已盡 東方天將明 明月無暇沉西天 叢雲何處可蔽身 【古今0166。】
清原深養父
037 白露に 風の吹きしく 秋野は 貫き留めぬ 玉ぞ散ける
瑩瑩白露者 頻為風吹拂大氣 寂寥秋野間 猶絲無以貫繫止 緒斷真珠散飛空 【後撰0308。】
文屋朝康
038 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人命の 惜しくも有哉
不恨為汝忘 此身雖悲無所怨 所惜為君命 想君當年誓不渝 今日背信命危哉 【拾遺0870。】
右近
039 淺茅生の 小野篠原 忍ぶれど 餘りて何どか 人の戀しき
淺茅生小野 野間篠原棲忍草 吾暗耐苦戀 然至今日殆潰堤 何以戀慕如此許 【後撰0577、古今0505。】
參議等
040 忍ぶれど 色に出でにけり 我戀は 物や思ふと 人の問ふ迄
情不願人知 雖欲隱而仍形色 顯露者何如 以為暱之人既察 來問吾戀何惱哉 【拾遺0622。】
平兼盛
041 戀す云ふ 我名は夙 立ちにけり 人知れずこそ 思初しか
人云吾戀汝 浮名已傳天下聞 唯吾不識噂 以為此情方萌芽 竊思戀慕無人知 【拾遺0621。】
壬生忠見
042 契きな 互に袖を 絞りつつ 末之松山 波越さじとは
嚮日契山盟 互濕衣襟誓不渝 揮淚絞袖乾 駭浪無越末松山 何以今日毀昔約 【後拾遺0770。】
清原元輔
043 逢見ての 後の心に 較ぶれば 昔は物を 思はざりけり
逢見相契後 慕情更甚烈於前 相較於今者 往昔曩日所憂惱 未能堪稱相思苦 【拾遺0710。】
權中納言敦忠
044 逢事の 絕えてし無くば 中中に 人をも身をも 恨ざらまし
今懟相思苦 茍令自初無逢事 反致心自得 若使往日未相識 於人於身不留恨 【拾遺0678。】
中納言朝忠
045 哀とも 云ふべき人は 思ほえで 身徒に 成ぬべき哉
今顧我身者 可有孰人哀憐乎 無人憐吾身 縱令馬齒徒增長 此亦枉然苟活哉 【拾遺0950。】
謙德公
046 由良門を 渡る舟人 梶を絕え 行方も知らぬ 戀道哉
由良川海門 渡子舟人失槳梶 無術漂泛海 吾人情路亦如是 何去何從無所寄 【新古今1071。】
曾禰好忠
047 八重葎 繁れる宿の 寂しきに 人こそ見えね 秋は來にけり
荒蕪雜草生 八重葎茂家門間 其景何其寂 不見人影無人跡 唯有秋來慘戚戚 【拾遺0140。】
惠慶法師
048 風を疾み 岩打波の 己のみ 碎けて物を 思ふ頃哉
疾風速且勁 拂揚巨浪拍岸岩 汝固身如岩 吾今思己如彼濤 身碎心裂徒愴然 【詞花0211。】
源重之
049 御垣守 衛士の炊火の 夜は燃え 晝は消えつつ 物をこそ思へ
警固御垣守 衛士炊火若吾情 夜燃而晝滅 吾人思火亦如是 時燃時消屢煎熬 【詞花0225。】
大中臣能宣朝臣
050 君が為 惜しからざりし 命さへ 長く欲得と 思ける哉
若為與君會 往日無顧不惜生 然與君契後 只願此命能長久 廝守偕老至石爛 【後拾遺0669。】
藤原義孝