日本書紀 卷第一 神代【上】


天地初闢,陰陽渾沌
『淮南子』俶真訓:「天地未剖,陰陽不判,四時未分,萬物未生。注然平靜,寂然清澄,莫見其形。」『淮南子』天文訓:「天墜未形,馮馮翼翼,洞洞灟灟,故曰大昭。道始于虛霩,虛霩生宇宙,宇宙生氣,氣有漢垠。清陽者薄靡而為天,重濁者凝滯而為地。清妙之合專易,重濁之凝竭難。故天先成而地後定。」『三五曆記』:「天地渾沌如雞子,盤古生其中。萬八十歳,天地開闢,陽清為天,陰濁為地,盤古在其中。一曰,九變,神於天,聖於地。」亦云:「未有天地之時,混沌狀如雞子」『昭明文選』云:「夫太極之初,渾混沌未分。」係知天地未創,世皆混沌。


品川神社藏,國之常立神御面


王仁三郎繪:國常立尊、豐雲野尊


天津神社藏造化三神像
造化三神者,天御中主尊、高皇產靈尊、神皇產靈尊
一、天地開闢並三柱神

 古天地未剖,陰陽(めを)不分,渾沌如雞子(とりのこ),溟涬而含(きざし)。及其清陽者,薄靡(たなびき)而為天;重濁者,淹滯(とどこほり)而為地。精妙之合摶易,重濁之凝竭難。故天先成而地後定,然後神聖生其中焉。故曰:「開闢之初,洲壤浮漂(くにつちのうかびただよふ),譬猶(あそぶ)魚之浮水上也。」
 于時,天地之中生一物,狀如葦芽(あしかび),便化為神。
 號,國常立尊(くにのとこたちのみこと)【至貴曰尊,自餘曰命,並訓みこと(美舉等)也。下皆倣此。】
 次,國狹槌尊(くにさつちのみこと)
 次,豐斟渟尊(とよくむぬのみこと)。凡三神矣,乾道獨化,所以成此純男(ひたを)


二、四對偶之八神

 次有神,埿土煑尊(うひぢにのみこと)【埿土,此云うひぢ(于毘尼)。】沙土煑尊(すひぢにのみこと)【沙土,此云すひぢ(須毘尼)。亦曰,埿土根尊、沙土根尊。】
     神  次有神,大戶之道尊(おほとのぢのみこと)【亦云,大戶之邊(おほとのべ)。】大苫邊尊(おほとまべのみこと)【亦曰,大戶摩彥尊(おほとまひこのみこと)大戶摩姬尊(おほとまひめのみこと);亦曰,大富道尊(おほとみぢのみこと)大富邊尊(おほとみべのみこと)。】
 次有神,面足尊(おもだるのみこと)惶根尊(かしこねのみこと】)【亦曰吾屋惶根尊(あやかしこねのみこと),亦曰忌橿城尊(いみかしきのみこと),亦曰青橿城根尊(あをかしきねのみこと),亦曰吾屋橿城尊(あやかしきのみこと)。】
 次有神,伊奘諾尊(いざなぎのみこと)伊奘冉尊(いざなみのみこと)


三、神世七代

 凡八神矣。乾坤之道,相參而化,所以成此男女。自國常立尊,迄伊奘諾尊,是謂神世七代(かむよななよ)者矣。


神世七代


國常立尊(神世一代)

國狹槌尊(神世二代)

豐斟渟尊(神世三代)

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埿土煑尊     沙土煑尊(神世四代)
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大戶之道尊   大苫 邊尊(神世五代)
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面足尊     惶根尊(神世六代)
│       │
└───┬───┘

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伊奘諾尊   伊奘冉尊(神世七代)


以天瓊探滄海圖
伊奘諾尊、伊奘冉尊坐天浮橋,以天瓊矛探獲滄溟。矛鋒垂落之潮,凝而成島,是即磤馭慮嶋也。


上立神岩
沼島之自凝神社,全島皆為御神體之日本創世聖地。傳上立神岩者,即天御柱矣。二神婚於此,生八大洲國、森羅萬象,並八百萬神。『易經』繫辭云:「天地絪縕,萬物化醇。男女構精,萬物化生。」是其表也。


伊奘諾神宮 大鳥居
祭神: 伊奘諾大神/伊奘冉大神
鎮座: 淡路國津名郡一宮町多賀


伊奘諾神宮【幽宮】
傳伊奘諾大神,命天照大御神治天下而,退居淡路島多賀之地,築幽宮而隱兮。故謂幽宮。


蛭兒神社
傳水蛭子乘天磐樟船而流至此地,該船化作蒼鬱之森。以伊奘諾尊、伊奘冉尊嘆其子蛭兒不善,故名其地云奈氣木【嘆】之杜。


阿伎留神社所藏
神伝鹿卜秘事記/太占之圖
鹿卜者,焚其鹿之肩胛骨等,依其龜裂之狀以為占卜之法。『古事記』云:「天津神遂燒鹿肩骨占。」復云:「內拔天香山之真男鹿之肩拔而取天香山之天之波波迦而令占合。」又記紀神典不見龜占,唯『龜兆傳』有龜津比女命、太詔戶命云云。
四、聖婚磤馭慮島並八大洲國誕生

 伊奘諾尊、伊奘冉尊立於天浮橋(あまのうきはし)之上,共計曰:「底下豈無國歟?」迺以天之瓊矛(あまのぬぼこ)【瓊,玉也,此云()。】指下而探之,是獲滄溟(あをうなはら)。其矛鋒滴瀝之潮,凝成一嶋。名之曰,磤馭慮嶋(おのごろしま)
 二神於是降居彼嶋,因欲共為夫婦(いもせ),產生洲國。便以磤馭慮嶋,為國中之柱,【柱,此云みはしら(美簸旨邏)。】陽神(をかみ)左旋,陰神(めかみ)右旋,分巡國柱,同會一面。時陰神先唱曰:「憙哉(あなうれしゑや),遇可美少男(うましをとこ)焉!【少男,此云をとこ(烏等孤)。】」陽神不悅曰:「吾是男子(をのこ),理當先唱。如何婦人(たわやめ)反先言乎?事既不祥,宜以改旋。」於是二神卻更相遇。是行也,陽神先唱曰:「憙哉,遇可美少女(うましをとめ)焉!【少女,此云をとめ(烏等咩)。】
 因問陰神曰:「汝身有何成耶?」對曰:「吾身有一雌元(めのもと)之處。」陽神曰:「吾身亦有雄元(をのもと)之處。思欲以吾身元處,合汝身之元處。」於是陰陽(めを)始遘合為夫婦。
  及至產時,先以淡路洲(あはぢのしま)為胞。意所不快,故名之曰淡路洲。吾恥(あはぢ)也。
  乃生,大日本豐秋津洲(おほやまととよあきづしま)【日本,此云やまと(耶麻騰)。下皆傚此。】
  次生,伊豫二名洲(いよのふたなのしま)
  次生,筑紫洲(つくしのしま)
  次,雙生億岐洲(おきのしま)佐度洲(さどのしま)。世人或有雙生(ふたごにう)者,象此也。
  次生,越洲(こしのしま)
  次生,大洲(おほしま)
  次生,吉備子洲(きびのこしま)。由是始起大八洲國(おほやしまくに)之號焉。
  即對馬嶋(つしま)壹岐嶋(いきのしま)及處處小嶋,皆是潮沫(しほなわ)凝成者矣。亦曰,水沫(みなわ)凝而成也。


五、天照大神、月夜見尊、素戔嗚尊誕生

  次生,(うなはら)
  次生,(かは)
  次生,(やま)
  次生,木祖句句迺馳(くくのち)
  次生,草祖草野姬(かやのひめ)。亦名,野槌(のつち)
 既而伊奘諾尊、伊奘冉尊共議曰:「吾已生大八洲國及山川草木(やまかはくさき),何不生天下之主者歟?」
  於是共生日神(ひのかみ),號大日孁貴(おほひるめのむち)【大日孁貴,此云おほひるめのむち(於保比屢咩能武智)。孁音,力丁反。音同靈。一書云,天照大神(あまてらすおほみかみ)。一書云,天照大日孁尊(あまてらすおほひるめのみこと)。】此子光華明彩(ひかりうるはしき),照徹於六合(くに)之內。故二神喜曰:「吾息雖多,未有若如此靈異(くすびにあやしき)之兒。不宜久留此國。自當早送于天,而授以天上之事。」是時天地相去未遠,故以天柱,舉於天上也。
  次生,月神(つきのかみ)【一書云,月弓尊(つくゆみのみこと)月夜見尊(つくよみのみこと)月讀尊(つくよみのみこと)。】光彩亞日(ひかりひにつげり),可以配日而治。故亦送之于天。
  次生,蛭兒。雖已三歲,腳猶不立。故載之於天磐櫲樟船(あまのいはくすぶね),而順風放棄。
  次生,素戔嗚尊(すさのをのみこと)【一書云,神素戔嗚尊(かむすさのをのみこと)速素戔嗚尊(はやすさのをのみこと)。】此神有勇悍以安忍,且常以哭泣為行,故令國內人民多以夭折(わかじに),復使青山變枯。
 故其父母二神敕素戔嗚尊:「汝甚無道,不可以君臨宇宙(あめのした)。固當遠適之於根國(ねのくに)矣!」遂逐之。



伊勢神宮
內宮伊勢皇太神宮,祀天照大神。外宮豐受大神宮,祀豐受大神。內宮以八咫鏡為神體,係日本眾神社之本宗。天武帝訂廿年為式,行式年遷宮,若輪迴再生,歷久彌新。圖為遷宮途上,東西宮地並存之際。


月讀神社
祀月夜見尊,境內納有神功皇后用安產應神天皇之月延石【安產石】


熊野本宮大社
祭神加津美御子大神,亦云熊野家武呂乃命、熊野奇靈御木野命,即素戔嗚尊【建速須佐之男命】是也。


花窟神社
傳伊弉冉尊葬紀伊國熊野有馬村之花窟矣。例大祭掛御繩神事,以七本藁繩所紐大綱,連結磐頂與境內,乃伊弉冉尊所產風、海、木、草、火、土、水等七柱自然神之象也。另有三流幡,為天照大神、月夜見尊、素戔嗚尊等三貴子之徵矣。


伊勢神宮藏 御鏡
白銅鏡【白銅,銅錫銀合金】上塗以水銀,而俱光澤。此鏡之類,藏伊勢神皇太神宮及其別宮。豐受大神宮及其別宮,則納有八花崎形之鏡。


產田神社
傳為伊奘冉尊為產火神軻遇突智之地,遂名產田。亦云其地者,乃伊奘冉尊所神退去之處也。


愛宕神社
主祭神火產靈命,京都愛宕山鎮守。火神軻遇突智為伊奘諾尊斬後,為防治火害之神,分祀此地。


天安河原
伊奘諾尊斬斬斬軻遇突,劍刃垂血,是為天安河邊所在五百箇磐石。即經津主神之祖矣。天安河原,今在宮崎縣高千穗天岩戶神社旁。

黃泉國之伊奘冉尊
伊奘諾尊陰取湯津爪櫛之雄柱為秉炬。是見膿沸蟲流。故今世人夜忌一片之火,又夜忌擲櫛。

伊奘冉尊脹滿太高,上有八色雷公。即火雷、土雷、稚雷、黑雷、山雷、野雷、裂雷八柱雷神。


甲斐 檜峰神社
主祭少彥名命,副祀八雷神。傳檜峰者火峰之訛,落雷炎上之景矣。亦甲斐八箇岳,或八雷神之象乎。


泉津平坂并泉門塞之大神
伊奘冉尊來追至泉津平坂,伊奘諾尊以千引磐石,塞坂路,建絕妻之誓。自後陰陽相隔,不能互往。依其所誓,葦原中國,日必亡去千人,日亦產人千五。『古事記』云:「夫黃泉比良坂【泉津平阪】者,今出雲國之伊賦夜阪是也。」此伊賦夜阪,今在島根縣八束郡東出雲町邊。


筑紫日向之小戶
筑紫日向小戶橘之檍【阿波岐】原,今宮崎縣小戶橘檍原也。即大淀川流域河口一帶。


住吉大社
祭神住吉大神。即底筒男命、中筒男命、表筒男命三柱是也。


志賀海神社
祭神綿津見大神。即上綿津見神【表津少童命】、中綿津見神【中津少童命】、底綿津見神【底津少童命】


志和稻荷神社 宇迦之御魂大神像
宇迦之御魂大神,傳即保食神、大宜都姬神、豐受姬神矣。


豐受大神宮
伊勢神宮外宮,祭豐受大神。或云豐受大神亦保食神者,然無定論。


高天原 高千穗之旭日
天孫降臨筑紫。高天原所在傳亦于此。宮崎縣高千穗,以神代史跡著聞,可謂神物靈蹤,今皆見存。


高千穗槵觸峰 高天原遙拜所
傳天孫降臨後,八百萬神群集此地遙拜高天原。今在槵觸神社郊。

高千穗峽 天真名井之瀧

高千穗 天真名井
天真名井,傳為天照大神、素戔嗚尊誓約之地。然史料記載,除依所生之男女,斷正邪心外,各皆不同。『古事記』須佐之男【素戔嗚尊】十握劍化生三女神,是知其心之清明。而『日本書紀』異之,素戔嗚尊生女,為邪心之證。又書紀一書第一生男心清,一書第二生女心濁,一書第三生男心清,莫衷一是。
高千穗天真名井,傳瓊瓊杵尊天降之際,該地無水脈。天村雲命遂復昇於天,取天真名井水種移植,成此御神水。天真名井之瀧,位於高千歲峽,傳其水脈,源自天真名井。


宗像大社 邊津宮

宗像大社 中津宮
玄海町邊津宮、神湊海岸沖大島中津宮,玄界灘沖之島沖津宮,並稱宗像大社。祀神市杵嶋姬命、湍津姬命、田霧姬命,宗像三女神是也。拜殿匾額,書有天照大神神敕:「奉助天孫,而為天孫所祭也。」


速日神社
栗駒町沼倉字桑田之速日神社。此社祭神,正哉吾勝勝速日尊。


高田神社
主祭高魂命,相殿神天津彥根命。
六、素戔嗚尊與天照大神之誓約

 於是素戔嗚尊請曰:「吾今奉教,將就根國。故欲暫向高天原,與姊相見,而後永退矣。」敕許之。乃昇詣(まゐのぼり)之於天也。
 是後,伊奘諾尊神功(あやしきわざ)既畢,靈運(たまうつり)當遷,是以構幽宮(かくれみや)於淡路之洲,寂然長隱者矣。亦曰,伊奘諾尊(かむわざ)既至矣,(みいきほひ)亦大矣。於是登天報命,仍留宅於日之少宮矣。【少宮,此云わかみや(倭柯美野)。】
 始素戔嗚尊昇天之時,溟渤(おほきうみ)以之鼓盪(とどろきただよひ),山岳為之鳴呴(なりほえき)。此則神性雄健(かむさがたけき)使之然也。天照大神素知其神暴惡(あらくあしき),至聞來詣之狀,乃勃然(さかり)而驚曰:「吾弟之來,豈以善意(よきこころ)乎?謂當有奪國之(こころざし)歟!夫父母既任諸子,各有其(さかひ)。如何棄置當就之國,而敢窺窬(うかかふ)此處乎?」乃結髮為(みづら),縛(みこ)(はかま),便以八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいほつみすまる)【御統,此云みすまる(美須磨屢)。】,纏其髻、(かづら)(ただむき),又背負千箭之靫(ちのりのゆき)五百箭(いほのり)之靫,【千箭,此云ちのり(知能梨)。】臂著稜威之高鞆(いつのたかとも)【稜威,此云いつ(伊都)。】振起弓彇(ゆはず),急握劍柄(たかみ),蹈堅庭(かたには)而陷(むかもも),若沫雪(あわゆき)蹴散(くゑはららかす)【蹴散,此云くゑはららかす(俱穢簸邏邏箇須)。】奮稜威之雄誥(をたけび)【雄誥,此云をたけび(嗚多稽眉)。】發稜威之嘖讓(ころひ)【嘖讓,此云ころひ(舉廬毘)。】而俓詰問(なじり)焉。
 素戔嗚尊對曰:「吾元無黑心(きたなきこころ),但父母已有嚴敕(いつくしきみことのり),將永就乎根國。如不與姊相見,吾何能敢去?是以跋涉(ふみわたり)雲霧,遠自來參。不意,阿姊翻起嚴顏(かへりていかり)。」于時天照大神復問曰:「若然者,將何以明(なむぢ)赤心(きよきこころ)也?」對曰:「請與姊共誓。夫誓約(うけひ)之中,【誓約之中,此云うけひのみなか(宇氣譬能美儺箇)。】必當生子。如吾所生是女者,則可以為有濁心(きたなきこころ);若是男者,則可以為有清心(きよきこころ)。」於是天照大神乃索取素戔嗚尊十握劍,打折為三段,濯於天真名井(あまのまなゐ)𪗾然咀嚼,【嚙然咀嚼,此云さがみにかむ(佐我彌爾加武)。】吹棄氣噴(ふきうつるいふき)之狹霧,【吹棄氣噴之狹霧,此云ふきうつるいふきのさぎり(浮枳于都屢伊浮岐能佐擬理)。】所生神。
  號曰,田心姬(たこりひめ)
  次,湍津姬(たぎつひめ)
  次,市杵嶋姬(いちきしまひめ)。凡三女(みはしらのひめかみ)矣。
 既而素戔嗚尊乞取天照大神髻、鬘及腕所纏八坂瓊之五百箇御統,濯於天真名井,𪗾然咀嚼(さがみにかむ),而吹棄氣噴之狹霧(さぎり)所生神。
  號曰,正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)
  次,天穗日命(あまのほひのみこと)【是出雲臣(いづものおみ)土師連(はじのむらじ)等祖也。】
  次,天津彥根命(あまつひこねのみこと)【是凡川內直(おほしかふちのあたひ)山代直(やまひろのあたひ)等祖也。】
  次,活津彥根命(いくつひこねのみこと)
  次,熊野櫲樟日命(くまののくすひのみこと)。凡五男(いつはしらのひこかみ)矣。
 是時,天照大神敕曰:「原其物根(ものざね),則八坂瓊之五百箇御統者,是吾物也。故彼五男神,悉是吾兒。」乃取而子養(ひだし)焉。又敕曰:「其十握劍者,是素戔嗚尊之物也。故此三女神,悉是爾兒。」便授之素戔嗚尊。此則筑紫胸肩君(むなかたのきみ)等所祭神是也。


七、素戔嗚尊之暴行與放逐

 是後素戔嗚尊之為行也,甚無狀(あづきなし)。何則,天照大神以天狹田、長田為御田(みた)。時素戔嗚尊春則重播種子(しきまき)【重播種子,此云しきまき(璽枳磨枳)。】(はなつ)()【毀,此云はなつ(波那豆)。】秋則放天斑駒(あまのふちこま),使伏田中。復見天照大神當新嘗(にひなへ)時,則(ひそかに)𡱁(くそまる)新宮(にひなへのみや)。又見天照大神方織神衣(かむみそ)齋服殿(いみはたどの),則(さかはぎ)天斑駒,穿殿甍(おほとののいらか)而投納。是時天照大神驚動,以()傷身。由此發慍(いかり),乃入于天石窟(あまのいはや),閉磐戶(いはと)幽居焉(こもります)。故六合(くに)之內常闇(とこやみ),而不知晝夜之相代(ひるよるのあひかはるき)
 于時八十萬神(やそよろづのかみたち)會合於天安河邊,計其可禱之方。故思兼神(おもひかねのかみ)深謀遠慮,遂聚常世之長鳴鳥(とこよのながなきどり),使互長鳴。亦以手力雄神(たちからをのかみ)立磐戶之側,而中臣連(なかとみのむらじ)遠祖天兒屋命(あまのこやねのみこと)忌部(いみべ)遠祖太玉命(ふとたまのみこと),掘天香山(あまのかぐやま)五百箇真坂樹(いほつまさかき),而上枝懸八坂瓊之五百箇御統,中枝懸八咫鏡(やたかがみ)【一云,真經津鏡(まふつのかがみ)。】下枝懸青和幣(あをにきて)白和幣(しろにきて)【和幣,此云にきて(尼枳底)。】相與致其祈禱焉。又猿女君(さるめのきみ)遠祖天鈿女命(あまのうずめのみこと),則手持茅纏之矟(ちまきのほこ),立於天石窟戶之前,巧作俳優(わざをき)。亦以天香山之真坂樹為(かづら),以(ひかげ)手繦(たすき)【蘿,此云ひかげ(比舸礙)。手繦,此云たすき(多須枳)。】火處燒(ほところやき)覆槽(うけ)置,【覆槽,此云うけ(于該)。】顯神明之憑談(かむがかり)【顯神明之憑談,此云かむがかり(歌牟鵝可梨)。】
 是時天照大神聞之而曰:「吾比閉居(こもりをり)石窟,謂當豐葦原中國(とよあしはらのなかつくに)必為長夜(とこよ)。云何天鈿女命㖸樂(ゑらく)如此者乎?」乃以御手細開磐戶窺之。時手力雄神則奉承天照大神之手,引而奉出。於是中臣神(なかとみのかみ)忌部神(いみべのかみ),則(さかふ)端出之繩(しりくめなは)【繩,亦云左繩端出。此云しりくめなは(斯梨俱梅儺波)。】乃請曰:「勿復還幸。」
 然後諸神歸罪過於素戔嗚尊,而科之(おほす)千座置戶(ちくらおきと),遂促徵(せめはたる)矣。至使拔髮,以贖其罪。亦曰,拔其手足之爪贖之。已而竟逐降焉(やらひき)



六合常闇
天照大神入天石窟而幽居,故天下恒闇,無復晝夜之殊。


天岩戶神社
御神體即天照大神所幽居之天石窟,可由拜殿仰望天石窟遺跡。


天安河原
天安河原 仰慕窟

天安河原 仰慕窟
傳諸神集天安河共議之處。窟內有天安河原宮,祀思兼神、八百萬神。


天鈿女命
猿女君祖天鈿女以榊為鬘蘿為襷,舉庭燎,巧作俳優,顯神明之憑談。


手力雄神

天照大御神
天照大神聊開天岩屋戶窺之,手力雄神引啟其扉,奉承大神之手,引而奉出。日神之光,遂滿於六合。


八岐大蛇
大蛇頭尾各八岐,眼如赤酸醬,松柏生背上,蔓延八丘八谷間。其實體有諸說,如洪水化身說、火山神格說、外族侵略說、蹈韛冶鐵說等。


天叢雲劍 【草薙劍】
大蛇所居之上常有雲氣,故名天叢雲。日本武尊東征,于駿河為賊所欺,殆被燔死,時藂雲自抽薙草而得免,遂改名草薙劍。或云與安德帝共沒壇浦。或云今奉熱田神宮。


八重垣神社壁畫 素戔嗚尊

八重垣神社壁畫 奇稻田姬
素戔嗚尊八重垣之歌:「八雲層湧立 出雲清地八重垣 欲籠妻在此 遂造出雲八重垣 其八重垣可怜矣


出雲簸之川 裴伊川流域


出雲大社 大國主神、稻羽素兔像
大國主,本文云,素戔嗚尊、奇稻田姬之子。一書第一、第二云,素戔嗚尊六世孫。世系莫衷一是。蓋天津、國津神話融合之際,有所混淆歟。


少彥名神社
大國主、少彥名,戮力經營天下。
八、素戔嗚尊討伏八岐大蛇

 是時素戔嗚尊自天而降,到於出雲國簸之川(いづものくにひのかは)上。時聞川上有啼哭之聲(ねなくこゑ),故尋聲覓往者,有一老公(おきな)老婆(おうな),中間置一少女,撫而哭之。素戔嗚尊問曰:「汝等誰也,何為哭之如此耶?」對曰:「吾是國神(くにつかみ),號腳摩乳(あしなづち)。我()手摩乳(てなづち)。此童女是吾兒也,號奇稻田姬(くしいなだひめ)。所以哭者,往時吾兒有八箇少女(やたりのをとめ),每年為八岐大蛇(やまたのをろち)所吞。今此少童(をとめ)且臨被吞,無由脫免(まぬかるる),故以哀傷。」素戔嗚尊敕曰:「若然者,汝當以女奉吾耶?」對曰:「隨敕(みことのりのまにまに)奉矣。」
 故素戔嗚尊立化奇稻田姬為湯津爪櫛,而插於御髻(みみづら)。乃使腳摩乳、手摩乳釀八醞酒(やしほをり),并作假庪(さずき)八間,【假庪,此云さずき(佐受枳)。】各置一口(さかふね),而盛酒以待之也。至期果有大蛇,頭、尾各有八岐,眼如赤酸醬(あかかがち)【赤酸醬,此云あかかがち(阿箇箇鵝知)。】松柏(まつかへ)生於背上,而蔓延(はひわたり)八丘(やを)八谷(やたに)之間。
 及至得酒,頭各一槽飲,醉而睡。時素戔嗚尊乃拔所帶十握劍,(つだつだ)斬其蛇。至尾劍刃少欠,故割裂其尾視之。中有一劍,此所謂草薙劍(くさなぎのつるぎ)也。【草薙劍,此云くさなぎのつるぎ(俱娑那伎能都留伎)。一書云,本名天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ),蓋大蛇所居之上,常有雲氣(くものけ),故以名歟。至日本武皇子(やまとたけるのみこ),改名曰草薙劍。】素戔嗚尊曰:「是神劍(あやしきつるぎ)也,吾何敢私以安乎?」乃上獻於天神也。
 然後行覓將婚(みあはしせむ)之處,遂到出雲之清地(すが)焉。【清地,此云すが(素鵝)。】乃言曰:「吾心清清之(すがすがし)【此,今呼此地曰清。】」於彼處建宮。【或云,時武素戔嗚尊(たけすさのをのみこと)歌之曰:「
八雲立(やくもた)つ 出雲八重垣(いづもやへがき) 妻籠(つまごめ)に 八重垣作(やへがきつく)る 其八重垣(そのやへがき)」】
  乃相與遘合(みとのまぐはひ)而生兒,大己貴神(おほあなむちのかみ)
 因敕之曰:「吾兒宮首(みやのつかさ)者,即腳摩乳、手摩乳也。」故賜號於二神曰,稻田宮主神(いなだのみやぬしのかみ)。已而,素戔嗚尊遂就於根國矣。


【久遠の絆】 【卷三十】 【卷第二】 【再臨詔】