神字日文傳 下巻





 
神字日文傳 跋
     己常おのれつねに思へるやう,我が大御國に,もとより文字しと云ふことは,早くより聞えたる事には有れど,此は非說ひがごとなるべし。るはづ、世中次次に開行あけゆくにしたがひて,事業繁ことわざしげく,萬物出來よろづのものいでくるに就ては,必それに名付なづくべし。其名あるからは,必に當る文字なくは有べからず。漢國からくにの如く,うるさく言痛こちたく,作出つくりいづる事はあらざるべしけれど,印度を始め,西洋なる,末とも末の國國までさまこそかはれ,各各文字き國やはる。たとへば,ひとつにはゝとき,ふたつには〻と書き,たてなる物は|をき,よこなる物には—を書けば,如何いかをさなき者とへども,必然かならずしかすべく。且漢人かつからびとも云へる如く,象形とて,日月車馬などの字の如く,ただに打見たるままうつせるもあり。其餘萬物そのほかよろづのものこれに準へてさとるべし。此ゝ〻|一など是即これすなはち文字のもとにて,これらば,如何いかなる文字か制得つくりえられざらむ。ましくすしくたふき神神の御上にくをや,然れば大皇國おほみくに文字無もじなしとふは,如何いか非說ひがことならじやは。然思定しかおもひさだむるにつきては,其由書著かきあらはさばやとは思ふものから,もとよりむなびの力無ちからなく,をこがましきわざにしれば,もだれ止在りける。此程これほど師の御教みをしへを受け,かつ神字日文傳をも拜讀をがみよみて,始めて我が御國文字の,其原そのもと太兆ふとまに町形まちがたよりいてて,神達かみたち如是愛かくめでたくうるはして,制成つくりなし給ひ,はた古人の書風先てぶりさき其儘そのままつたはれるを見るに,かねおのが思へるよりも,はるかにまさりて,斯斯かくかくこそ,萬國よろづのくに祖國おやぐに神字かむななる事灼然いちしるく,いとも正しく,いとも尊く,うれしさかたじけなさ,はむ方ぞかりける。故此由かれこのよし一言書記ひとことかきしるして,師の御許に贈參をくりまゐらすになむ。甚切惶恐あなかしこ

      秋田人 源小笠原以忠