憂國
- 中尉の遺書は只一句のみ「皇軍の万歳を祈る」とあり、夫人の遺書は両親に先立つ不幸を詫び、「軍人の妻として来るべき日が参りました」云々と記せり。烈夫烈婦の最期、洵に鬼神をして哭かしむの概あり。因に中尉は享年三十歳、夫人は二十三歳、豪燭の典を挙げしより半歳に充たざりき。
- 中尉遺書,唯誌「奉祈皇軍萬歳。」一語。夫人遺書,謝捨親先逝之不孝,更記「既為軍人之妻,定命之日臨矣。」烈夫烈婦之終局,甚有慟天地哭鬼神之概。此外,中尉享年卅歳,夫人廿三,去其豪燭舉式連理之日,未足半載。
- 然し、斯うしてゐる間の沈黙の時間には、雪解けの溪流のやうな清冽さが有つた。中尉は二日に渡る永い懊惱の果てに、我家で美しい妻の顔と對坐してゐる時、初めて心の安らぎを覺えた。言は無いでも、妻が言外の覺悟を察してゐる事が、直ぐ判つたからである。
- 然而,便在如斯靜肅沉默之間,卻有猶融雪溪流之清冽。中尉懊惱長達二日之末,與自家美麗妻子對坐相覷之時,首度感到內心之安詳。不假言語,倏然便知愛妻已然洞悉己身言外之覺悟。
- 麗子の體は白く嚴そか、盛り上った乳房は、いかにも力強い拒否の潔らかさを示しながら、一旦受け容れたあとでは、それが塒の温かさを湛えた。かれらは床の中でも怖ろしいほど、厳粛なほどまじめだった。おいおい烈しくなる狂態のさなかでもまじめだった。
- 麗子身體,雪白莊嚴。隆起之乳房,既展示強力抗拒之貞潔,一旦受容,又轉而充滿著床褥之溫暖。彼等於床第之間,亦正經地令人畏怖。認真之譜,堪稱嚴肅。縱在漸發激烈之狂態間,仍舊充斥著正經與肅穆。
- 結婚以来、良人が存在していることは自分が存在していることであり、良人の息づかいの一つ一つはまた自分の息づかいでもあったのに、今、良人は苦痛のなかにありありと存在し、麗子は悲嘆の裡に、何一つ自分の存在の確証をつかんでいなかった。
- 結婚以來,良人之存在便是自身之存在,良人之吐息便為自身之吐息。然而如今,良人在苦痛中歷然存在,麗子卻身處悲嘆之中,哀怨無法掌握任何自身存在之確証。
- 麗子は遅疑しなかった。さっきあれほど死んでゆく良人と自分を隔てた苦痛が、今度は自分のものになると思うと、良人のすでに領有している世界に加わることの喜びがあるだけである。苦しんでいる良人の顔には、はじめて見る何か不可解なものがあった。今度は自分がその謎を解くのである。
- 麗子毫無遅疑。念及方才阻絕於赴死良人與自身間之苦痛,如今將歸屬於己,自身即將加入良人所領有之世界,甚是喜不自禁。良人苦澀之面龐,首見之時蘊有不可解之謎團。而現今,己將親身赴義,解其奧秘。
- 麗子は咽喉元へ刃先をあてた。一つ突いた。浅かった。頭がひどく熱して来て、手がめちゃくちゃに動いた。刃を横に強く引く。口のなかに温かいものが迸り、目先は吹き上げる血の幻で真赤になった。彼女は力を得て、刃先を強く咽喉の奥へ刺し通した。
- 麗子以刀尖頂住咽喉。一突,甚淺。頭中感到熾熱,雙手顫慄。強行將刀刃横劃。口中迸起一股溫暖,眼前因血液噴濺之幻覺而化作一片朱紅。她藉此鼓舞了力量,堅毅地將刀尖刺入咽喉深處。
癩王のテラス
- 肉体の崩壊と共に、大伽藍が完成してゆくと云ふ、その恐ろしい対照が、恰も自分の全存在を芸術作品に移譲して滅びてゆく芸術家の人生の比喩のやうに思はれた。
生がすべて滅び、バイヨンのやうな無上の奇怪な芸術作品が、圧倒的な太陽の下に、静寂をきはめて存続してゐるアンコール・トムを訪れたとき、人は芸術作品といふものの、或る超人的な永生のいやらしさを思はずにはゐられない。壮麗であり又不気味であり、きはめて崇高であるが、同時に、嘔吐を催されるやうなものがそこにあつた。
- 隨著肉體崩壞,大伽藍漸趨完臻。那恐怖的對照,洽如將自身一切存在委讓于藝術作品而毀滅的藝術家人生之比喻。
有生殄滅之餘,如巴戎之無上奇怪的藝術作品,在壓倒的太陽下,極其靜寂而存續。當人訪問吳哥窟時,不得不體感其藝術作品上、或超人永生之厭嫌,為其所震撼。壯麗而詭異。極盡崇高的同時,亦寓有令人作噁的特質。
- ──カンボジャのバイヨン大寺院のことを、かつて『癩王のテラス』といふ芝居に書きましたが、この小説(『豊饒の海』をさす──室谷注)こそ私にとつてのバイヨンでした。
- ──有關柬埔寨的巴戎大寺院,雖然我一度在戲曲『癩王之台』言及,但這部小說(『豐饒之海』)才是我的巴戎。
孔雀
- 遭到殺害之際,孔雀必與其泉源之寶石一致吧。一如川瀨與河床之結合...
富岡瞑目沉思,描繪那殺戮的場面。想像其該由何等輝煌之戰慄所滿盈。
「當時,孔雀所發出的悲鳴...」其嘴角零落出詩歌般的低喃。
「勢必如那縱橫畫破曉空的蒼刃般。碧綠的羽毛散亂著。啊啊,那綻放青綠光茫的羽毛,是如何地苦待著這刻的造訪,如何地夢想那解放的剎那,而緊緊地服貼在孔雀身上呢?如今,那一枚枚細小的羽毛,猶如無數微小的孔雀般,在M遊樂園的丘陵中,受東昇破曉之一閃所照,而令其碧綠輝煌盡情飛翔。啊啊,那尊貴的血液,孔雀羽毛所唯一欠乏的鮮豔朱紅飛濺而出,何等華麗地在那苦悶的鳥身上,描繪出美麗的斑駁。此情此景,孰人得見!在此,孔雀扮演了其另一身分──作為稚鳥般獵物的角色。鳥類身為朝狩獵物的本質之姿,展現其式典風格的樣態。孔雀那煩躁輕率的態度、跌跌撞撞損及威嚴的舉動,都在這一瞬間受到封印。化作優美、堂堂,淌血的獵物。其頸上的藍、綠、萌黃,就在這不動之間,成為殞身騎士的鎧甲與縅毛。倒臥於暴亂悽烈之曉空底下的獵物。既是孔雀,亦同時達到鳥類命運的頂點。那惱人的長頸,在最完美不過的角度彎屈、靜止。一旦飛去的細小孔雀們──那些羽毛,再度返其歸宿,靡靡地降在綠雪般的亡骸上。悄悄地滲入土中的血...就在此時,孔雀與其本質結合,河川與河床合一,孔雀終於與寶石化一。啊啊,沒能見證到那一瞬,豈非我一生的憾事!如果是我下手的話,不就能盡情地吟味那奇蹟的時刻了嗎!犯人實在令人嫉妒!我絕對要糾出犯人!至少,要見上那犯下世上最豪奢犯罪之徒的顏面!」
輕王子與衣通姬
- 嘗て王子は狩競の他に樂しみを思はぬ少年であつた。朝霧の野を眠りを驚かされた鹿の群が軽やかに逃れ去り、露けき蜘蛛の巣が辺りに亂れて虚しいのを見ると、王子の心には悔しいと共に故知れぬ苛立たしさが疼いた。獲物は何時も王子の手から逃れやうとしてゐた。捕はれた後でさへも。──血に染み狩手の前に項垂れた動か無く成つた時は、それは「死」で狩手に抗ひ、「死」を楯として永久に狩手から逃れて行かうとしてゐた。
- 過去,王子是未嘗於狩競以外感到歡愉之少年。然而,每當眼觀眠於朝霧野間受驚而輕盈逃去之鹿群、露濕之蜘蛛巢致使一帶徒留紛亂空虛之際,王子心中除了悔恨,更同時為一股莫名的挫折感所苛責。無論何時,獲物皆欲自王子手中逃去。縱然遭到捕獲之後亦然。──為鮮血沾染,倒臥獵人之前而不再活動之時,那是以「死」對抗獵人,以「死」為楯而永久地自獵人手中逃去之狀。
潮騒
- 若者の腕は、少女の体をすつぽりと抱き、二人はお互ひの裸の鼓動を聞いた。永い接吻は、充たされない若者を苦しめたが、或る瞬間から、この苦痛が不思議な幸福感に転化したのである。
- 青年以手腕緊抱少女的身軀,相互聽聞對方赤裸的鼓動。悠永的接吻,令無以滿足的青年感到煎熬。這份煎熬,卻在某個瞬間轉化為難以理解的幸福感。
- そこで母親が、失敗した善行のお陰で、孤獨に成つた。
仮面の告白
- これが恋であろうか?一見純粋な形を保ち、その後幾度となく繰り返されたこの種の恋にも、それ独特の堕落や頽廃がそなわっていた。それは世にある愛の堕落よりももっと邪悪な堕落であり、頽廃した純潔は、世の凡ゆる頽廃のうちでも、一番悪質の頽廃だ。
- 這可堪稱戀情?這種一見保有純粹之形,往後幾度反覆之戀,具備著獨特的墮落與頹廢。其為遠較世間愛意之墮落更為邪悪之墮落。頹廢的純潔,在世間種種頹廢之中,堪稱最為悪質之頹廢。
- が、唯一つ鮮やかな物が、私を目覺かせ、切無くさせ、私の心を故知らぬ苦しみを以て充たした。其は神輿の担手達の、世にも淫らな・あからさまな陶酔の表情だつた……
- 然而,唯一鮮烈的事物,讓我覺醒、懊惱,令我的心胸為苦痛所充斥。就是擔負神輿之男子們,那舉世無雙的淫靡、灼然露骨的陶醉神情……
- 勿論、私は他の子供らしい物をも十分に愛した。アンデルセンで好きなのは「夜鶯」であり、又、子供らしい多くの漫画の本を喜んだ。しかしともすると私の心が、死と夜と血潮へ向かつて徃くのを、礙げる事は出来無かつた。
- 當然,我也十分喜愛許多童趣之物。安徒生童話中,最喜歡的作品是「夜鶯」。而孩童項的漫畫,亦得我心。然而即便如此,這並不妨礙我的真情,那心向死亡、闇夜與血潮,豬突猛進的胸懷。
- その絵を見た刹那、私の全存在は、或る異教的な歓喜に押しゆるがされた。私の血液は奔騰し、私の器官は憤怒の色を湛へた。この巨大な・張り裂けるばかりになつた私の一部は、今までに無く激しく私の行使を待つて、私の無知を詰り、憤ろしく息衝いてゐた。私の手は知らず知らず、誰にも教へられぬ動きを始めた。私の内部から暗い輝やかしいものの足早に攻め昇つて来る気配が感じられた。と思ふ間に、それはめくるめく酩酊を伴つて迸つた。
- 見到那幅畫的刹那,我的全存在,皆受到某種異教般的歡喜所推動、震撼。血液奔騰,器官精湛著憤怒之色。我那巨大,宛如撐破的部分,破天荒地等待著我去行使。斥責我的無知,義憤填膺地呼吸著。我的手在不知不覺間,無師自通地開始了激烈的舉動。我感受到來自身體深奧之處,那黑暗而光輝的東西,急速昇起攻訐之氣息。轉瞬之間,其隨著暈眩的酩酊,激越噴發。
- その上まるで豊かな秋の収穫のやうに、私のぐるりにある夥しい死、戦災死、殉職、戦病死、戦死、轢死、病死のどの一群かに、私の名が予定されてゐない筈はないと思はれた。死刑囚は自殺をしない。どう考へても自殺には似合はしからぬ季節であつた。私は何ものかが私を殺してくれるのを待つてゐた。ところがそれは、何ものかが私を生かしてくれるのを待つてゐるのと同じことなのである。
- 自己欺瞞が今や私の頼みの綱だつた。傷を負つた人間は間に合はせの繃帯が必ずしも清潔である事を要求し無い。私はせめても使ひ慣れた自己欺瞞で出血を取押へて、病院へ向つて駈けて行きたいと思つた。
- 自我欺瞞,是我現在賴以維生的生命線。就適合傷者的繃帯而言,清潔絕非必要條件。我忙著以熟悉的自我欺瞞抑制出血,向醫院急馳。
- 私は彼女の唇を唇で覆った。一秒経った。何の快感もない。二秒経った。同じである。三秒経った。──私には全てがわかった。
- 我以嘴唇捺上園子的香唇。一秒經過,索然無味。二秒逝去,依然如故。三秒之後,我洞悉了一切。
獅子
- 圭輔とても壽雄の愛情に何割かの將来の打算が入つてゐるとは知つてゐたが、打算のない愛情ほど信頼の置けない物はない訳だから、却つてその点で彼は安堵してゐるのだつた。
- 就圭輔而言,他很清楚壽雄對其女兒的愛情,參雜了幾分對於將來的算計。然而,世上豈有比毫無算計的愛情更不可信之物?是以,這點反而令其安堵。
- 壽雄は項垂れて繁子の沈著な一語一語を聞いてぬた。突然低い悲痛な叫びを洩らした。「あ、やっぱりお前だな。お前が毒を盛つたのだな。」
「ええ、あたくしよ。貴方のお苦しみになつてゐるその顔を見たさの一念でした事です。」
「惡魔め。お前は女ではないぞ。人の顔をした牝獅子だ。何といふ禍ひを私は花嫁と呼んだりした事だらう。お前は罪のない善良な人達を殺して置いて、そんな高慢な落著き顏で納まり返つてゐる。お前こそ地上の惡の根源だ。お前を憎む。ああ百萬遍繰返してもこの憎しみは盡きない位だ。」
「あたくしも貴方が憎い。ただ貴方と違ふ所は、一度憎いと申し上げただけで、一生心に憎しみの滿足が得られるやうな、さういふ願つてもない機會に今あたくしがゐる事ですわ。」
壽雄は叫ぶ氣力も失つて立ち盡くしてゐた。或る更に痛ましい懸念が彼の腦裡を過ぎつた。「親雄に會つて來る。手燭を寄越せ。」
──繁子は真闇の廊下の壁に凭れてゐた。彼女の胸には歡ぴの鼓動が高鳴つた。この瞬間の為にこそ彼女は生きたのだつた。
親雄の寢室には永い沉默があつた。暫くして、初めは静かな、次第に募る號泣が聞こえて來た。──彼女が待つてゐた。
兩手で顏を覆うて幸雄がよろめき出た。老人としか見えない姿だつた。繁子の前まで来るとへたへたと床に崩折れた。暫く動か無かつた。良人の手が彼女の足に縋りつくのを繁子は感じた。
「お願ひだ。直ぐ私を殺してくれ。私にはもう自分を殺すだけの餘力は無いのだ」
「私は貴方を苦しめました。それで目的は達してをります。お死になさるには及びません。」
力尽きた男は最後の尤も痛烈な侮辱を込めた逆說を投掛けてそれに酬いた。「繁子、それでも私が心から愛してぬたのはお前ただ一人だったと云ふ事に気が付かなかつたのか。」
──繁子は暗闇の中でもそれと分かる百合のやうに美しい齒を見せて微笑した。その晴れやかな聲音が答へた。「あたくしもそれを知つてをりました。一度たりともあたくしはそれを疑つた事は無かつたのです。」
- 壽雄垂頭喪志地鈴聽繁子冷靜沉著的一言一語。突然,宣洩出低沉悲痛的哀鳴。「啊,果然是妳。是妳下的毒吧。」
「沒錯,是我。全是一心為了能見到您痛苦的表情而為。」
「惡魔。妳根本不算女性。妳是批著人皮的牝獅!我娶了何等禍害為妻。妳殺了無罪善良的人們,卻面露出如此高慢沉著的表情,自以為滿。妳才是地上罪惡的根源。我恨妳。啊啊,就算重複個百萬遍也無法消彌這份恨意啊。」
「我也恨著您。不過和您不同的是,我現在擁有只要一度表明憎恨,便能讓心中為憎惡滿足一生那般求之不得的機會。」
壽雄失去吶喊的力氣,呆然佇立。他腦中閃過了更為痛烈的不安。「我要去看看親雄,給我蠟燭。」
──在黑闇的走廊中,繁子倚著牆壁。歡愉的鼓動在胸中高鳴。她彷彿是為了這一瞬間而生。
親雄的寢室是永恆的沉默。片刻之後,起初是静悄悄地,而次第傳出號泣。──這便是她一心所苦待的場景。
幸雄兩手摀臉,舉步闌珊地走出,姿態猶若老人。來到繁子面前,便跌跌撞撞地攤在地上,毫無動靜。良久,繁子感受到到丈夫的手正抓著自己的腳。
「求求妳,快殺了我!我已經連自殺的餘力都沒了!」
「我為您帶來痛苦。這樣目的便達成了。沒有讓您一死的必要。」
最後,男子精疲力竭,以蘊含了最為痛烈侮辱之逆說,拋向妻子:「繁子,妳難道沒有察覺?事實是即便如此,我真正打從心裏所愛的,只有妳一個人嗎?」
繁子微笑著露出那百合般美齒──縱在暗闇之中,亦顯著異常──以明朗的聲音回答:「妾身清楚的很。我未曾對其有過絲毫懷疑。」
美しい星
- 人間の政治、いつも未来を女の太腿のように猥褻にちらつかせ、夢や希望や『よりよいもの』への餌を、馬の鼻面に人参をぶらさげるやり方でぶらさげておき、未来の暗黒へ向って人々を鞭打ちながら、自分は現在の薄明の中に止まろうとするあの政治……
- 人類的政治,往往讓人猥褻地瞥見未來,洽如見到女性大腿走光一般。以夢、希望、「更好」為餌,彷若在馬前懸吊蘿蔔,鞭打眾人航向未來之黑暗,自分則停留於現在薄明之間的政治……
- 皮肉な事に愛の背理は、待たれてゐるものは必ず来ず、望むだ物は必ず得られず、しかも來無い事得られぬ事の原因が、正に待つ事・望む事自体に在ると云ふ構造を持つてゐる。
- 諷刺也矣,愛之悖論者,所俟必不至,所望必不得,然就其構造原理論,不至、不得者,恰為所以苦待、切望之因。
午後の曳航
- 血が必要なんだ!人間の血が!そうしなくちゃ、この空っぽの世界は蒼ざめて、枯れ果ててしまうんだ。僕たちはあの男の生きのいい血を絞り取って、死にかけている宇宙、死にかけている空、死にかけている森、死にかけている大地に輸血してやらなくちゃいけないんだ。今だ!今だ!今だ!
- 血是必要的!人類的血!非茲不可。這空虛的世界,蒼褪憔悴,枯竭將盡。吾等當擰取該男子活力充沛之血液,替那瀕死之宇宙,彌留之穹空,大漸之森林、残喘之大地輸血不可。現在!現在!現在!
禁色
- 「およそ人間的な烈しい憎悪、嫉妬、怨恨、情熱の種々相は、氏の関知しないところであるかのようだ」 嘘である! 嘘である! 嘘である!
- 「舉凡人類激烈之憎惡、嫉妬、怨恨、情熱等諸相,好似皆盡坐落於與氏無關之境般。」謊言!誑語!虛說!
- それは精神によって築かれた顔というよりは、むしろ精神によって蝕まれた顔である。
- 與其稱之為由精神所構築的容貌,毋寧說是為精神所侵蝕的面龐。
- 愛してくれる女を幸福にしてやれない以上、不幸にしてやる事がせめてもの思い遣りであり精神的な贈物でもあると考える逆説に熱中した結果、何ものへ向かってとも知れぬ復讎の情熱を、仮に目前の恭子へ向けることに、露ほども道徳的呵責を感じないで居た。
- 既然無法給予愛著自己的女性幸福,反過來令其不幸不啻是一種體諒與精神性的贈與。在熱中於此逆説之結果,將不知向何處抒發之復讎情熱,傾注於眼前的恭子身上,悠一絲毫不感到任何道徳的呵責。
- 渡辺稔:「……女なんて、何だい。股の間に不潔なポケットを仕舞い込んでやがるだけじゃないか。ポケットに貯まるのは塵芥ばっかりだ。」
- 渡辺稔:「……女人算什麼?不過就是在跨下裝了個汙穢的口袋罷了。會積在口袋中的,只有垃圾而已。」
- 愛する者はいつも寛大で、愛される者はいつも残酷さ。
- 齡五十にして、河田の望む幸福は、生活を蔑視する事である。
- 「悠一君、この世には最高の瞬間というものがる」——と俊輔は言った。「この世における精神と自然との和解、精神と自然との交合の瞬間だ」
- 「悠一,世間有所謂至上之瞬。」俊輔說。「精神與自然所以和解、交合之瞬間。」「死無非事實。行為之死,或稱自殺。人無由依自身意志而生,卻得以依之而死。乃古來自然哲學之根本命題。無疑的,死得以藉由名為自殺之行為,展現與全生表現之同時性。表現至上之瞬,非俟死而不可。」
朱雀家の滅亡
- われわれはすべて幻のなかに生きている。幻がだんだん現実のなかへしみこんで来て、明日をも知れぬ世にわれわれは生きている。ついそこまでが幻なら、今だって幻だといえるのだ。
- 吾等吾輩,咸生息虛幻之間。虛幻漸漸侵入現實,吾等生息,在於不知明日之世。既然虛幻如斯,則現今亦堪稱虛幻。
金閣寺
- 私はといえば、目ばたきもせずに、有為子の顔ばかりを見つめていた。彼女は捕われの狂女のように見えた。月の下に、その顔は動かなかった。私は今まで、あれほど拒否にあふれた顔を見たことがない。私は自分の顔を、世界から拒まれた顔だと思っている。しかるに有為子の顔は世界を拒んでいた
- 我毫不轉瞬地凝視著有為子的容貌。她看似被拿捕的狂女。明月之下,面龐毫不動搖。我至今未嘗見聞如此充溢拒絕之表情。竊以為,自己的容貌為世界所拒絕。然而有為子的容貌則拒絕著世界。
- 鈍感な人たちは、血が流れなければ狼狽しない。が、血の流れたときは、悲劇は終ってしまったあとなのである。
- 鈍感之人,非遇流血而不覺狼狽。然而,流血之際,已在悲劇終焉之後。
- 「美は……」と言いさすなり、私は激しく吃つた。埒も無い考へではあるが、其時、私の吃りは私の美の観念から生じた物では無いかと云ふ疑ひが脳裡を過つた。
「美は……美的な物はもう僕にとつては怨敵なんだ。」
- 「所謂美……」正要啟口,卻為強烈地口吃所遮攔。雖然荒誕不經,但於此時,莫非我的口吃是源自己身對於美的概念之疑問,在腦中閃過。
「美之於我,既是怨敵!」
- 今迄遂ぞ思ひもし無かつた此の考へは、生れると同時に、忽ち力を増した。寧ろ私が其れに包まれた。其の想念とは、斯うであつた。 「金閣を焼かねばならぬ!」
- 至今為止,未嘗湧起之思緒,在降誕的同時,倏然大增其力。毋寧說,我為其所包攝。其想念者、如斯。「非將金閣燒卻不可。」
- 孤独が始まると、其に私は容易く馴れ、誰とも口を効かぬ生活は、私にとつて尤も努力の要らぬ物だと云ふ事が、改めて判つた。生への焦躁も私から去つた。死んだ毎日は快かつた。
- 一旦陷入孤獨,我儼然如魚得水。我再度悟出,與人斷絕言語的生活,是最不需努力之事物。生活之焦躁離我遠去,槁木死灰之日常著時痛快無比。
- 私の足は捗ら無く成つた。思倦ねた末には、一體金閣を燒く為に童貞を捨てやうとしてゐるのか、童貞を失ふ為に金閣を燒かうとしてゐるの判ら無く成つた。其時、意味も無しに「天歩艱難」と云ふ高貴な單語が心に浮び、「天歩艱難天歩艱難」と繰返し呟きながら歩ひた。
- 我的腳步不覺停滯。在反覆苦惱之末,究竟是為了燒卻金閣而將捨去童貞,抑或是為了捨去童貞而將燒卻金閣,已然無由辨知。方時「天歩艱難」這高貴的單語無由地在心中閃過。「天歩艱難、天歩艱難」如是反覆呢喃而漫然走著。
豊饒の海一 春雪
- もしかすると清顕と本多は、同じ根から出た植物の、まったく別のあらわれとしての花と葉であったかもしれない。
- 也許,清顯與本多,恰是同根所生,表現卻殊然迥異之花與葉也說不定。
- 彼は優雅の棘だ。しかも粗雑を忌み、洗煉を喜ぶ彼の心が、実に徒労で、根無し草のやうなものである事をも、清顕はよく知つてゐた。蝕もうと思つて蝕むのではない。犯さうと思つて犯すのではない。
- 其乃優雅之棘。而且其忌諱粗雜,喜好洗煉之心,莫過徒勞無根草之疇,清顯亦有自知之明。既非心欲侵蝕而蝕之,亦非心欲侵犯而犯之。
- 別れていることが苦痛なら、逢っていることも苦痛でありうるし、逢っていることが歓びならば、別れていることも歓びであってならぬという道理はない。
- 既然離別苦痛,相逢亦可為苦痛。若相逢是為歡愉,離別自無不可為歡愉之道理。
- ……高い喇叭の響きのようなものが、清顕の心に湧きのぼった。 『僕は聡子に恋している』 いかなる見地からしても寸分も疑わしいところのないこんな感情を、彼が持ったのは生れてはじめてだった。 『優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を』と彼は考えた。
- ……宛如高亮喇叭之響徹,自清顯之內心湧上。『我愛上聰子了。』此般如何審視,亦毫無疑問之情感,乃其受生以來所未嘗有之經驗。『優雅是即犯禁,殊以至高之禁忌為尚。』清顯如斯思量。
- ……海は直ぐ其の目前で終る。 波の果てを見て居れば、其が如何に長い果てし無い努力の末に、今其處で敢へ無く終つたかが判る。其處で世界を廻る全海洋的規模の、一つの雄大極まる企図が徒労に終るのだ。
- ……大海倏於其眼前告終。一旦見得滄溟之盡,便知亙久無涯努力之末,於今毫不猶豫地畫下句點。於茲那環繞世界全海洋規模,極其雄大之企圖,徒勞落幕。
- 今、夢を見てゐた。又、會ふぜ。屹度會ふ。瀧の下で...
- 方才,做了個夢。再會了。必能再會。在那千尋瀧壑之下...
豊饒の海二 奔馬
- 正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼(まぶた)の裏に赫奕(かくやく)と昇つた。
豊饒の海四 天人五衰
- これと云つて奇功のない、閑雅な、明るく開いた御庭である。數珠を繰るやうな蟬声が茲を領してゐる。その他には何一つ音とてなく、寂莫を極めてゐる。この庭には何もない。記憶もなければ何もない所へ、自分は來て了つたと本多は思つた。庭は夏の日盛りの日を浴びてしんとしてゐる...
- 這是一處平凡無奇、閑雅明亮而開放的庭苑。猶如念珠般的蟬聲, 支配了一切。除此之外,毫無微音,寂莫至極。庭苑中一無所有。本多心想,自己竟到了一個既無記憶,亦無絲毫,虛無空亡之境地。庭苑受炎夏的盛日照臨,蕭然寂寥...
裸體與衣裳
- 猫。あの憂鬱な獸が好きでせうが無いのです。藝を覺えないのだつて、覺えられないのでは無く、そんな事は莫迦らしいと思つてゐるので、あの小賢しい拗ねた顔付き、綺麗な歯並、冷たい媚、何んとも言へず私は好きです。
- 貓。我無可自拔地愛著那憂鬱的野獣。其不學藝,絕非學之不來,實視該類愚蠢而已。那的狡頡的容貌,美麗的瑞齒,冷淡的媚態,無一不令我莫名地為之著迷。
- 私は猫が大好きです。理由は猫といふヤツが、実に淡々たるエゴイストで、忘恩の徒であるからで、しかも猫は概して忘恩の徒であるにとどまり、悪質な人間のやうに、恩を仇で返すことなどありません。
- 吾好貓者甚也。何以?凡貓之疇,實皆利己主義,而忘恩之徒矣。然吾有所思,貓者皆止於忘恩,而未有恩將仇報如人類者。
- 私は書斎の一隅の椅子に眠つてゐる猫を眺める。私はいつも猫のやうでありたい。
その運動の巧緻、機敏、無類の柔軟性、絶対の非妥協性と絶妙の媚態、絶対の休息と目的に向かつて駈出す時の恐るべき精力、卑しさを物ともせぬ優雅と、優雅を物ともせぬ卑しさ、いつも卑却である事を怖れない勇気、高貴であつて野蠻、野性に対する絶対の誠実、完全な無関心、残忍で冷酷……
これら様々の猫の特性は、芸術家がそれをそのまま座右銘にして少しもおかしくない。
- 我眺望著睡在書齋一隅的椅子上的猫兒。我總是希望能和貓一樣。
其運動之巧緻、機敏、無以倫比之柔軟性、絕對的非妥協性與絕妙的媚態,朝向絕對休憩與目的而馳騁之時那令人生畏的精力,無視卑俗的優雅,與無視優雅的卑俗,往往不畏卑怯的勇気。
高貴而野蠻,對於野性的絕對誠實,完全的事不關己,殘忍而冷酷……
以上種種貓的特性,作為藝術家之座右銘,沒有絲毫不妥。
- 身の動きが自由に成ると逸速く僕は驅寄つて廣間の一隅の小さなしかし重重しい木彫を施した扉を開けた。其れは奇妙な程容易く開いたので、僕は扉の間から頭を差入れて部屋の様子を覗ふ事が出來た。一瞬茲の廣間と全く同じやうな室内が覗かれた。と思ふ間も無く、僕は額を打付けた。扉の向ふには鏡が張詰られてゐたのである。
「ラディゲは鏡中へ入つて了つたのだ」と僕は痛みを堪へて獨言した。しかし僕は其中へは入れ無かつた。
一九四八、三、三〇。
- 身體一恢復自由,我便急速衝向大廳一隅,打開那小巧而沉重,施加木彫的門扉。其扉意外地可以輕易打開,故我將頭顱伸入扉間,得以窺見房間的模樣子。一瞬,與此大廳如出一轍的室內望入眼簾。不消幾時,我的額頭激烈的撞上。門扉的對面,竟貼著鏡子。
「Radiguet 已遁入鏡中。」我忍受著痛楚獨言。然而,我卻無以涉入其間。
一九四八、三、三〇。(Le Bal du comte d'Orgel)
短文
- 猫は何を見ても猫的見地から見るでせうし、床屋さんは映画を見てもテレビを見ても、人の頭ばかり気になるさうです。世の中に、絶対公平な、客観的な見地などといふものが あるわけはありません。われわれはみんな色眼鏡をかけてゐます。
- 無論觀看何事,貓皆以貓之視點觀之。一如美髮師無論觀看電影、電視,都不免在意人頭一般。世中必無絕對公平、客観的見地。吾等咸皆帶著有色的眼鏡。
- 私はあくまで黒い髪の女性を美しいと思ふ。洋服は髪の毛の色によつて制約されるであらうが、女の黒い髪は最も派手な、華やかな色であるから、かうして黒い服を着た黒い髪の女は、世界中で一番派手な美しさと言へるだらう。
- 竊以為,濡烏黑髮之女性,最為美麗。縱令洋服受髪色所制,女性黑髮卻為殊麗之豔色。如斯,身著黑裳,頭戴烏絲之女性,堪稱世上殊美而可哉。
- 無論如何,我認為黒髮的女性是最為美麗的。儘管洋服將受髪色制約,女性的黑髮卻是最為華麗、鮮豔的顏色。如是,身穿黑服的黑髮女性,便堪稱世上最為奢華的美吧。
- 法律が私の恋文になり牢屋が私の贈物になる。
- 決定されてゐるが故に僕らの可能性は無限であり、止められてゐるが故に僕らの飛翔は永遠である。
- 吾等之可能,因受侷定而化作無限。吾等之飛翔,因逢阻止而化作永遠。
- 精神を凌駕する事の出來るのは習慣と云ふ怪物だけなのだ。
- 文学だらうと、何だらうと、簡明が美徳でないやうな世界など、犬に食はれてしまふがいい。
- 文學也好,其餘也罷。不以簡明為美德之世,為犬噬之而可矣。
- われわれの古典文学では、紅葉や桜は、血潮や死のメタフォアである。
- 犯罪が近づくと夜は生き物になるのです。僕はかういふ夜を沢山知つてゐます。夜が急に脈を打ちはじめ、温かい体温に充ち……とどのつまりは、その夜が犯罪を迎へ入れ犯罪と一緒に寝るんです。時には血を流して……
- 每當犯罪逼近,晚夜則仿若受生。如斯之夜,我悉知之甚。晚夜倏然鼓動其脈搏,體溫俄然為溫熱之血潮所充盈……最終,晚夜迎納犯罪入門,與之共寢。時而流血……
- 知的なものは、たえず対極的なものに身をさらしてゐないと衰弱する。自己を具体化し 肉化する力を失ふのである。
- 屬智者,若非常時曝於對極之事物,則衰弱亡逝。其已然喪失了將己身具體化、肉化之力。
- 一度自分の肉体的魅力を知った人間は、その日から、世間全体に向って、微妙な精神的売淫を始めます。世間はそれにお金か或いはもっと大事なものを支払うのです。アメリカでは、テレビでニヤッと笑う笑顔のよさ如何で政治家の人気が決り、大統領選挙にさえも響くそうです。これも一種の精神的淫売です。
- 人類一旦獲悉其肉體之魅力,便自該日起向著全世界,開始在精神層面上彆扭地賣淫。世上則對之支付金錢或更為珍貴之事物。於美國,如何在電視上露出爽朗的笑容,決定了政治家的聲望,其影響甚至能波及大統領選戰。這亦是一種精神性的賣淫。
- 僕はね、品のいいものと悪いものと非常に区別するのだよ。それでやはり、ウンコと言うよりも便通と言ったほうが品がいいと思うのだよ、おれは。そうしてね、そういうもののリファインメントというものだけに、そういうような怪しげなものにだけ言語の洗練がかかっているのだというふうに、僕は考える。
- 筆者極度偏執於上下品之分。竊以為,「排便」較「拉屎」稍雅。僅消藉此枝微末節之精製,如斯光怪陸離之更迭,言語自然步步洗鍊,逐而完臻。
- 人間の神の拒否、神の否定の必死の叫びが、実は「本心からではない」事をバタイユは冷酷に指摘する。その「本心」こそバタイユの所謂「エロティシズム」の確信であり、ウィーンの俗悪な精神分析学者等の遠く及ばぬエロティシズムの深淵を、我我に切り拓いて見せてくれた人こそバタイユであつた。
- Bataille 冷酷地指謫道 ── 人類使盡渾身解數拒絕神、否定神之吶喊,其實並非真情。那份「真情」洽是 Bataille 所謂「情色主義」的確信。維也納出身的精神分析學者 ( Sigmund Freud ) 之疇,其俗惡眼界所遠遠望塵莫及的情慾深淵,將之開拓、示現在我輩眼前的,正是 Bataille。
- なぜ大人は酒を飲むのか。大人になると悲しいことに、酒を呑まなくては酔へないからである。
子供なら、何も呑まなくても、忽ち遊びに酔つてしまふことができる。
- 成人何以飲酒?成人之哀,在無酒而不醉。
稚童不消暢飲,卻可倏忽遊興而得酣。
太陽と鐵
- 「武」とは花と散る事であり、「文」とは不朽の花を育てる事だ(…)不朽の花とは即ち造花である。
- 隨花殞落為「武」,育花不朽為「文」。不朽之花,是即造華。
- 其時、私は蛇を見たのだ。地球を取巻いてゐる白い雲の、繋がり繋がつて自らの尾を嚥んでゐる、巨大と云ふも愚かな蛇の姿を。
- 方時,我見到了蛇。那包圍著地球的白雲,延延不絕地交聯而銜尾。那即便用巨大來形容亦難以言喻的碩蛇之姿。
男というものは
- 我々男性は少年時代から、女よりも遥かに自由な自我の世界に住んでゐるが、その癖持前の社会適応性から、却つて女よりも盲目的な服従に陥る事が多い。
- 我等男性自少年時代起,即棲身於遠較女性自由且自我之世界。然而,卻因那社會適應性之故,反而遠較女性更容易陷入盲目的服従。
芸術にエロスは必要か
- 無智者は、自ら美しくもなく、善くもなく、聡明でもないくせに、それで自ら十分だと満足している。自ら欠乏を感じていないから、その欠乏を感じていないものを、欲求する筈がないのである。
- 無智者,自身不美、不善、不慧,卻自以為十分而滿足。以己不感闕乏,自無其所欲求。
機能と美
- 人體が美しく無く成つたのは、男女の人體が自然の與へた機能を逸脱し、或いは文明の進歩に依つて、さう云ふ機能を必要とし無く成つたからである。
- 人體之所以不復美麗,乃因男女之人體已然逸脱自大自然所賦予之機能,或因文明之進步,而此類機能不復需要所致。
私の嫌いな人
- 我々は出来れば何でも打明けられる友達が欲しい。どんな秘密でも頒つ事の出来る友達が欲しい。しかしさう云ふ友達こそ、相手の尻尾も確り掴んでゐ無ければ危険である。相手の尻尾を完全に掴んだと判る迄、自分の全部を曝出す事は、常に危険である。
- 可能的話,我們希望能有披肝瀝膽、推心置腹的朋友。然而這類友人,若非抓住其辮子,則危險異常。在尚未透析其一切,而貿然開誠布公,往往是極度危險的。
文学的予言
- 老人と若者の違ひは簡單な事で、老人は此世中が変はる事を知つてゐるから、強ひて變へやうともし無いし、若者は此世中が變はら無いと思ひ詰めてゐるから、性急に變へやうと努力する。
世の中は老人が考へるやうに「自然に」変はつたのでも無ければ、若者の考へるやうに革新の力によつて変はつたのでも無い。両者の力が程程に働いて、希望は裏切られ、目的は逸らされ、老人にとつても若者にとつても、百パーセント満足と云ふ結果には決してならずに、変はるのである。
- 老稚之差,顯然易見。老人悉知世間無常,不強求變。稚少以為世間永恆,汲汲求易。
娑婆世中,既不若老人心中自然變異,亦不猶稚以為非藉革新之力而不動。
兩者之力,相互拉扯。希望遭叛,目的脫逸。
或老或稚,世之遞嬗者,必以咸皆遺憾之結果而改易。
反貞女大学
- 男たちの漠然としたニヒリズムは何處から来るのでせうか?男は一度女に自分の種子を植ゑつけたが最後、もう種族の使命を終はつたやうなものですから、その時から、男の、永い永い、得体の知れぬニヒリズムが始まるのです。
- 男性漠然之虛無主義源自何處?男性一旦將自身之精種播於女體,其基於物種之使命業已完遂。是以,自方時起,男性亙久無涯而莫名之虛無主義,遂油然而生。
不道徳教育講座
- バカという病気の厄介なところは、人間の知能と関係があるようでありながら、一概にそうともいいきれぬ点であります。
- 笨病麻煩之處,在於其似與人類智能有關,卻又難以一概論之之處。
ボクシングと小説
- 「仮面の告白」という拙作を読んだ方はご承知と思うが、私は病弱な少年時代から、自分が、生、活力、エネルギ—、夏の日光、等々から決定的に、あるいは宿命的に隔てられていると思い込んできた。この隔絶感が私の文学的出発点になった。
- 想來讀過拙作『假面的告白』的各位應已了然。筆者自病弱的少年時代開始,就自命與生命、活力、能量、盛夏日光等等,存在著決定的或稱宿命的隔絕。此份隔絕感,便成為吾人文學的出発點。
革命哲学としての陽明学
- かつて太陽を浴びていたものが日蔭に追いやられ、かつて英雄の行為として人々の称賛を博したものが、いまや近代ヒューマニズムの見地から裁かれるようになった。
- 過去萬眾矚目者,被驅逐至陰闇之間。過往被視作英雄的行為而博得眾人稱讚者,如今在近代人本主義之視角下遭到責難。
幸福といふ病気の療法
愛国心
- 「愛国心」というのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである。
- 「愛國心」無以理喻。何以?夫愛國之心,即是藉國境自限之愛也。
Georges Albert Maurice Victor Bataille『Eroticism』
- 十七世紀が主知主義の時代であるのに対して、十八世紀はエロチシズムの時代、サドの時代であり、十九世紀が科学的実証主義の時代あるのに反して、二十世紀は再び、エロチシズムの時代であるかもしれない。
- 相較於十七世紀為主知主義時代,十八世紀則堪稱情色主義時代、虐待主義時代。同樣地,十九世紀為科學實証主義時代,二十世紀則或為其反動,而再度迎來情色主義時代也未可知。
一つの政治的意見
- 嘘の言葉を、其れと知りながら使ふと云ふのは、紛れもないニヒリズムの兆候である(だから小説家と云ふ人種は油断ならないのだ)。催眠術師、魔術師、扇動家、感傷家、悲壮趣味、ヒロイズム、……此等は皆ニヒリズムの兆候である。
- 知其誑語而用之,無疑乃虛無主義之徵兆。(是以對小説家,不可掉以輕心。)催眠術師、魔術師、搧動家、感傷家、悲壯趣味、英雄主義、……此疇皆為虛無主義之徵兆。
陶酔について
- 文学はおそらく、もっとも知性に抵抗を与える素材を取り来って、それを知的に再構成するという職分を持っており、これこそ知的冒険であり、水の力で以て火を消さずに、火を水で包んで結晶させるような一種の魔術なのである。
- 文學恐怕是汲取最與知性牴觸之素材,而將之再構化作知性產物的一種職分。此其方是知性之冒險。不以水之力滅火,而是將火包攝於水中,令其結晶的一種魔術。
アメリカ人の日本神話
- 微笑が、西洋人には、實に氣味の悪い、謎に充ちた物に見える言は定評がある。しかし我我にとつては単純な問題である。悲しいから微笑する。困惑するから微笑する。腹が立つから微笑する。
- 微笑看在西洋人眼裡,常有詭譎難懂,晦澀不明的論斷。然而對我等而言,卻是至極單純的問題。因悲傷而微笑,因困惑而微笑,因憤怒而微笑。
小説家の休暇
- 理智と官能との渾然たる境地にあつて、音楽をたのしむ人は、私には羨ましく思はれる。音楽会へ行つても、私は殆ど音楽を享楽する事が出来無い。意味内容の無い事の不安に耐へられ無いのだ。音楽が始まると、私の精神は慌しい分裂状態に見舞はれ、ベートーベンの最中に、昨日の忘れ物を思ひ出したりする。
音楽と云ふものは、人間精神の暗黒な深淵の淵の處で、戯れてゐる物のやうに私には思はれる。斯ういふ恐ろしい戯れを生活の愉楽に加添へ、音楽会や美しい客間で、音楽に耳を傾けてゐる人たちを見ると、私はさういふ人たちの豪胆さに驚らかずにはゐられ無い。
音と云ふ形の無い物を、厳格な規律の元に統制した此の音楽なる物は、何か人間に捕へられ檻に入れられた幽霊と謂つた、物淒い印象を私に惹き起す。音楽愛好家達が、斯うした形の無い暗黒に対する作曲家の精神の勝利を簡明に信じ、安心して其の勝利に身を委ね、喝采してゐる点では、檻の中の猛獣の演技に拍手を送るサーカスの観客と變りが無い。しかしもし檻が破れたらどうするのだ。勝つてゐると見えた精神がもし敗北してゐたとしたら、どうすのだ。音楽会の客と、サーカスの客との相違は、後者が萬が一にも檻の破られる危険を考へてもみない所に在る。私はビアズレエの描いた「ワグネルを聽く人々」の、驕慢な顏立ちを思ひ出さずには居られない。
作曲家の精神が、もし敗北してゐると仮定する。其の瞬間に音楽は有毒な恐ろしい物に成り、毒 ガス のやうな致死の効果を齎す。音は溢れ出し、聴衆の精神を、形の無い闇で、十重廿重に圍こんで了ふ。聴衆は自ら其と知らずに、深淵に突き落される......
所で私は、何時も制作に疲れてゐるから、斯ういふ深淵と相渉るやうな楽しみを求め無い。音楽に對する私の要請は、官能的な豚に私をしてくれ、と云ふ事に尽きる。だから私は食事の喧騒の間を流れる淺墓な音楽や、尻振り踊りを伴奏する中南米の音楽をしか愛さ無いのである。 ~
何か藝術の享受に、サディスティックな物と、マゾヒスティックな物が有るとすると、私は明瞭に前者であるのに、音楽愛好家はマゾヒストなのでは無からうか。音楽を聞楽しみは、包まれ、抱擁され、刺される事の純粋な楽しみでは無からうか。命令してくる情感に只管受動的である事の歡びでは無からうか。如何なる種類の音楽からも、私は解放感を感じた事が無い。(音楽について)
- 我十分羨慕得以縱身理智、官能渾然境地而享受音楽之人。縱使參加音樂會,我也幾乎無法享樂音樂。我難以忍耐對不含意義之內容的不安。每當音楽開始,我的精神就陷入慌亂的分裂狀態。就是聆聽貝多芬的演奏,也會想起昨日紛失之物。
竊以為,所謂音樂,恰如遊興於人類精神之暗黑深淵。每逢見到將這種玩火自焚的遊興加添於生活的愉樂,在音樂會富麗堂皇的大廳豎耳傾聽音樂者,筆者往往無法不詫異其豪膽。
將名為音聲之無形物體,統制於嚴格規律之下的音樂,帶給我的印象,猶如遭捕獲而囚於牢籠間之幽靈般猛烈。音樂愛好家簡明地相信、作曲家精神勝利於如斯無形之黑暗,安心委身於此勝利之間,喝采鼓舞。這儼然與馬戲團觀眾對檻中猛獸之演技拍手無異。然而,若是牢籠破裂,該當何如?或是精神看似勝利,實則敗北,又當何如?音楽會與馬戲團觀眾的決定性差異,便在後者未嘗考慮萬一牢籠破損的危險。我無法不想起 Aubrey Vincent Beardsley 筆下「聆聽 Wagner 之眾人」那驕慢的容顏。
假設作曲家的精神萬一敗北。轉瞬之間,音樂化作有毒之劇害,帶來如毒瓦斯般的致死力。音樂滿溢而出,將聴眾的精神以十重廿重的無形晦闇包圍。聴眾被推入萬壑深淵,永劫不復而毫無自覺 ......
然而,我無論何時都因創作而疲憊,故不求此般與深淵相渉之娛樂。我對於音樂的要求,就是讓筆者化作官能之豚而已。是以我唯愛用餐時喧囂膚淺的音樂,以及為擺臀舞蹈伴奏的中南美音樂。 ~
在藝術享受上,似乎存在著 Sadistic 與 Masochistic之別,而我儼然屬於前者。音樂愛好家,則蓋是 Masochistic 吧?所謂聆聽音樂的悅樂,豈非為其所包攝、抱擁、穿刺的純粹悅樂?豈非單純地、被動地從順於被命令的情感的悅樂?無論是何種音樂,我都無以體會解放感。(關於音楽)
パリにほれず
- トーマス・マンも云ふやうに、藝術とは何か極めて如何わしい物であり、丁度日本の家のやうに之の後ろに便所があるやうな、さう云ふ構造を宿命的に持つてゐる。
- 恰如 Paul Thomas Mann 所言,藝術實為極度不雅、下流之物。恰如日本民家,壁龕之後緊隨茅廁一般,宿命地備有此般構造。
魔
- 最令人玩味地,便是隨機殺人犯(通り魔)無暇親眼吟味殺傷的現場,亦無緣詳觀被害者的容顏。在闇夜中,自遠方察覺對象為年輕女子即足矣。轉瞬之間,刀刃擦過,唯有手感之餘韻留下。洽如自疾馳夜路的車窗,瞥見須臾片刻為車燈照亮的鮮艷野花般。他無法聽聞被害著的叫喚。當下痛苦尚未造訪,流露的唯有輕微的驚愕之聲。他的手甚至不被血沫沾染。這皆因其騎乘自行車,在黑夜間急馳遠去之故。
犯人真能堪稱參與犯行嗎?其是否足以成為證人?犯人會不會只是單純地錯身而過?藉由此一犯行,在回味著確實擦刺的手觸,但是否能將現實收諸掌中,則令人存疑。毋寧說,相較於的確擦刺的感覺性實感,觀念上更接近於佇立夢與現實的境界上。(下略)
川端康成宛書簡
- 太宰治氏「斜陽」第三回も感銘深く読みました。滅亡の叙事詩に近く、見事な芸術的完成が予見されます。しかし未だ予見されるに留まつております。感性の一歩手前で崩れて了ひさうな太宰氏一流の妙な不安が未だこびり付いてゐます。
- 太宰治氏「斜陽」,第三回亦深受銘感而閱畢。近於滅亡之叙事詩,其卓越藝術之完遂已可預見。然而,卻止步於得以預見之次。在感性之前功虧一簣,太宰氏那一流的詭異不安,依舊形影不離。
辭世
- 益荒男が 手挾む太刀の 鞘鳴りに 幾歲耐へて 今日の初霜
- 壯士英豪之 所以手挾劍太刀 令其鞘鳴而 苦耐隱忍幾春秋 今日終於降初霜
- 散るを厭ふ 世にも人にも 先驅けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐
- 縱令此世間 人人忌避厭凋零 然能為先驅 散落不餘是真華 如斯吹拂小夜嵐
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