風土逸文【參考】


尾張國風土記逸文

尾張國號

 風土記云.日本武尊征東夷,還到當國,以所帶劍藏于熱田宮.其劍,原出於八岐巨蛇尾.仍號-尾張國.

寺島良安『和漢三才圖會』第七十一卷


川嶋社

 尾張國風土記云.葉栗郡,川嶋社.在河沼鄉川嶋村.奈良宮御宇聖武天皇時,凡海部人申.此神話為白鹿,時時出現.有詔,奉齋,為天社.

先覺『万葉集註釋』卷第一,總記條〈冷泉家本〉


福興寺 [三宅寺]

 同國愛智郡,福興寺.俗名三宅寺.南去郡家九里十四步.在日下部鄉伊福村.平城宮御宇天璽國押開櫻彥命天皇,神龜元年,主政外-從七位下-三宅連-麻佐,所奉造也.

先覺『万葉集註釋』卷第一,總記條〈冷泉家本〉


玉置山 星池 [星石]

 玉置山.出鹿狐.在神號-道主命.亦有一小石.昔人云,赤星之所落也.山麓有星池,星之常宿所也.亦有怪石,星之所化石也.今猶且星落焉.

今井似閑「風土記殘篇(尾張國風土記)」『万葉緯』卷第十七〈『未刊國文古註釋大系』3〉


阿波手森 [咲ふ山]

 顯昭云,カヘル山者,在越前.......私云,古キ物ニハ風土記等ヲヒキテ,阿波手ノ森咲フ山等云フ處ヲバ,ミナカヤウニイヒアラハセリ.

顯昭『古今集註』卷第十七,九零二番歌條〈『日本歌學大系』別卷四〉


宇夫須那社

 [不載]

『塵袋』


葉栗尼寺

 [不載]

『塵袋』


大吳里

 [不載]

『塵袋』


張田邑

 [不載]

『塵袋』


藤木田

 [不載]

『塵袋』


登登川

 [不載]

『塵袋』


德德志

 [不載]

『塵袋』


參河國風土記逸文

豐河

 [不載]

山崎闇齋『再遊紀行』


矢作河

 晏子春秋云,臨難鑄兵,臨渴掘井,此類也.愚按,本朝參河風土記,有矢作河.

文明十七年本『下學集』態藝門「見軍作矢」條


遠江國風土記逸文

白羽官牧

 [不載]

『遠江山下氏系譜』


駿河國風土記逸文

駿河國號

 風土記云.國中富士河在之.其水キハメテ健ク疾シ.ヨッテ駿河國ト名付クト云云.

下河邊長流『枕詞燭明抄』上「うちよする」條〈『長流全集』上卷〉


神女羽衣 [三保松原]

 三保松原者,在駿河國有度郡.有度濱北,有富士山.南有大洋海.久能山嶮於西.清見關田子浦.在其前.松林蒼翠,不知其幾千萬株也.殆非凡境.誠天女海童之所遊息也.按風土記,古老傳言.昔有神女.自天降來,曝羽衣於松枝.漁人拾得而見之,其輕軟不可言也.所謂六銖衣乎.織女機中物乎.神女乞之,漁人不與.神女欲上天,而無羽衣,於是,遂與漁人為夫婦,蓋不得已也.其後一旦,女取羽衣乘雲而去,其漁人亦登仙云.

林道春『本朝神社考』第五卷,三一丁表~裏「三保」條


てこの呼坂 不來見の濱

 東路のてこの呼坂こえ兼て山にかねんもやとりはなしにあつまちのてこの呼坂越ていなはあれは戀んな後は相ぬとも.
 右するかの國の風土記に云,庵原郡不來見の濱に妻ををきてかよふ神有.其神常に岩木の山より越て來るに,かの山に荒振神の道さまたくる神有て,さえきりて不通.件の神あらさる間をうかかひてかよふ.かるかゆへに來ることかたし.女神は男神を待とて,岩木の山の此方にいたりてよるく待に,待得ることなければ,男神の名よひてさけふ.よりてそこを名付て,てこの呼坂とすと云云.てこは東俗の言葉に,女をてこと云ふ.田子のうちも手子の浦なり.上の二首はかの男神の歌と云ヘリ.女神の歌に云
 岩木山たた越きませいほさきのこぬみの濱に我たちまたん
 此歌も万葉集に入られ侍り.いほ崎はいほ原の崎なり.こぬみの濱は男神の來ぬよりいへると云云.

下河邊長流『續歌林良材集』上「て子のよひ坂の事」條〈『長流全集』上卷〉


伊豆國風土記逸文

伊豆國 奧野神獵 [獵鞍]

 伊豆國風土記曰.割駿河國伊豆乃崎,號-伊豆國.日金嶽,祭瓊瓊杵尊荒神魂.奧野神獵,年年國別役也.構八牧別所幣坐.出納狩具行裝之次第,有圖記.推古天皇御宇,伊豆甲斐兩國之間,聖德太子御領多.自此獵鞍停止.八牧別所,往古,獵鞍之司,司祭山神.號-幣坐神社.其舊法斷久也.夏野獵鞍者,伊藤奧野,每年撰鹿柵射手行云云.

加藤謙齋『鎌倉實記』第四,享保版本一三丁裏「賴朝八牧代兼隆を討事」條


奧野 伊豆船 [獵鞍]

 又曰.應神天皇五年甲午冬十月,課伊豆國造船.長十丈船成泛海,而輕如葉馳.傳云.此舟木者,日金山麓奧野之楠也.是本朝造大船始也.

加藤謙齋『鎌倉實記』第四,享保版本一三丁裏「賴朝八牧代兼隆を討事」條


日金嶽

 日金嶽者,往昔伊豆別王子所以勸請瓊瓊牧尊.見於伊豆國風土記.伊豆第一高山也.

加藤謙齋『鎌倉實記』第四,享保版本一零丁裏~一一丁裏「賴朝八牧代兼隆を討事」條


伊豆溫泉

 准后親房記,引伊豆國風土記曰.稽溫泉,玄古,天孫未降也,大己貴尊與少彥名,我秋津洲,憫民夭折,始製禁藥湯泉之術.伊津神湯,又其數而,箱根之元湯是也.走湯者不然,人王四十四代養老年中開基.非尋常出湯,一晝夕二度,山岸窟中,火焰隆發,而出溫泉.甚燐烈.鈍沸湯,以樋盛湯船.浸身者諸病悉治.

加藤謙齋『鎌倉實記』第三,享保版本二一丁表「賴朝蛭兒嶋御館事」中「筥根走湯」條


甲斐國風土記逸文

菊花山

 雲のうへにきくほりうゑてかひのくにつるのこほりをうつしてぞみる
 此歌注云,於風土記,甲斐國鶴郡有菊花山,流水洗菊,飲其水人壽如鶴云云.

『夫木和歌抄』卷第十四,五九零零番歌條〈『新編國歌大觀』第二卷〉


相模國風土記逸文

足輕山

 相模國風土記云.足輕山は此山の杉の木を取りて舟に作るに,足の輕き事他の材にて作れる船にことなり.よりて足輕山と付たりと云云.

下河邊長流『續歌林良材集』上「あしから小船の事」條〈『長流全集』上卷〉


常陸國風土記逸文

かひ屋

 登蓮法師云.常陸國の風土記に,あさくひろきを澤と云,ふかくせばきをかひ屋と云とみえたりと申侍しかど,彼風土記未見ばおぼつかなし.

顯昭『袖中抄』第一「かひ屋がした」條〈『日本歌學大系』別卷二〉


召尾池

 [不載]

『夫木和歌集』


係蘇

 [不載]

『塵袋』


下總國‧上總國風土記逸文

下總‧上總國號

 下總‧上總は總とは木の枝を謂.昔,此國大なる楠を生す.長數百丈に及へり.時に帝これを怪しみこれを卜占し賜ふに大史奏して云,天下の大兇事也.因茲彼木を斷捨,南方に倒れぬ.上の枝を上總と云,下の枝を下總と云.風土記.

菊本賀保『日本國花万葉集』卷之十.第十六冊,一丁表


近江國風土記逸文

淡海國號 [細浪國]

 淺井家紀錄に近江國風土記を引云.淡海國者,以淡海為國號.故一名云-細浪國.所以目前向觀湖上之漣漪也とあるを思ふべし.

橘守部『神樂歌入文』卷下〈『橘守部全集』第七〉


八張口神社 左久那太李神

 近江國風土記曰.八張口神社,即忌伊勢左久那太李神.所祭瀨織津比咩也云云.

多田義俊『創禊弁』〈『大祓詞註釋大成』上卷〉


息長川

 [不載]

下河邊長流『枕詞燭明抄』下〈『長流全集』上卷〉


伊香小江

 古老傳曰.近江國伊香郡與胡鄉伊香小江,在鄉南也.天之八女,俱為白鳥自天而降.浴於江之南津.于時,伊香刀美,在於西山.遙見白鳥,其形奇異.因疑若是神人乎.往見之,實是神人也.於是伊香刀美,即生感愛,不得還去.竊遣白犬盜取天衣.得隱弟衣.天女乃知,其兄七人,飛昇天上.其弟一人,不得飛去.天路永塞,即為地民.天女浴浦,今謂神浦是也.伊香刀美,與天女弟女共為室家,居於此處,遂生男女.男二女二.兄名-意美志留,弟名-那志等美.女名-伊是理比咩,次名-奈是理比賣.此伊香連等之先祖是也.母即搜取天羽衣,著而昇天.伊香刀美,獨守空床,吟詠不斷.

神宮文庫本『帝王編年記』第十,元正天皇養老七年癸亥條


竹生島

 又云.霜速比古命之男-多多美比古命,是謂夷服岳神也.女-比左志比女命,是夷服岳之姊,在於久惠峰也.次-淺井比咩命,是夷服神之姪,在於淺井岡也.是,夷服岳與淺井岳,相競長高.淺井岡一夜增高.夷服岳恐拔刀釰,殺淺井比賣.比賣之頸,墮江中而成江嶋.名竹生嶋,其頭乎.

神宮文庫本『帝王編年記』第十,元正天皇養老七年癸亥條,續前條


注進風土記事

 [不載]

中山忠親『山槐記』


美濃國風土記逸文

金山彥神 一宮

 風土記云.伊奘並尊生火神軻遇槌之時,悶熱懊惱,因為吐.此化神曰-金山彥神是也.一宮也.

卜部兼俱『延喜式神名帳頭註』「金山彥」條〈『大祓詞註釋大成』上卷〉


飛驒國風土記逸文

飛馱國號

 風土記云.此國本美濃內也.往昔江洲大津造王宮時,自此郡良材多出.而負馬馱來,其速如飛.因改稱-飛馱國.

寺島良安『和漢三才圖會』第七十卷


信濃國風土記逸文

其の原ふせや ははき木

 昔,風土記と申文件侍しにこそ,此ははき木のよしは大略特見侍しか.されど,年久に罷成て,はかぐしくも覺侍らず.件の木は美濃‧信乃兩國の界,その原ふせやと云所に有木也.遠くてみれば,ははき木を立たる樣にてたてり.ちかくてみれば,それに似たる木もなし.然者,ありとはみれどあはぬにたとへ侍.

顯昭『袖中抄』第十九「ははき木」條〈『日本歌學大系』別卷二〉