火燎肥前國風土記 松浦/杵嶋/藤津/彼杵/高來
火燎肥前國風土記 松浦郡
一、松浦略記
松浦郡
(
まつらのこほり
)
。
鄉
(
さと
)
壹拾壹所,
【
里
(
こざと
)
廿六。】
驛
(
うまや
)
伍所,
烽
(
とぶひ
)
捌所。
昔者
(
むかし
)
,
氣長足姬尊
(
おきながたらしひめのみこと
)
,
【○神功。】
欲征伐
新羅
(
しらき
)
,
行
(
いでまし
)
於此郡,而
進食
(
みをし
)
於
玉嶋小河
(
たましまのをがは
)
之
側
(
ほとり
)
。
於茲,
皇后
(
きさき
)
,
勾
(
まげ
)
針
(
はり
)
為
鉤
(
ち
)
,
飯粒
(
いひぼ
)
為
餌
(
ゑ
)
,
裳絲
(
ものいと
)
為
緡
(
つりのを
)
,登
河中
(
かはなか
)
之石,
捧
(
ささげ
)
鉤
祝
(
ほぎ
)
曰:「
朕
(
あれ
)
,欲
征伐
(
うち
)
新羅,求彼
財寶
(
たから
)
。其事
成功
(
いさをしなり
)
凱旋
(
かちかへらむ
)
者,
細鱗之魚
(
あゆのうを
)
,
吞
(
のめ
)
朕
鉤緡
(
つり
)
。」
既而
(
やがて
)
投
(
なげ
)
鉤。
片時
(
しまし
)
,
果
(
はたし
)
得其魚。
皇后
(
神功
)
曰:「
甚希見物
(
あなめづらしきものそ
)
。
【
希見
(
きけん
)
,謂
めづらし
(
梅豆羅志
)
。】
因曰
希見國
(
めづらのくに
)
。今
訛
(
よこなまり
)
謂松浦郡。 所以,此國
婦女
(
をみな
)
,
孟夏四月
(
うづき
)
,常以針釣之
年魚
(
あゆ
)
。
男夫
(
をとこ
)
雖釣,
不能
(
あたはず
)
獲之。
氣長足姬尊 三石神社神功皇后像
玉嶋小河 松浦川唐津灣河口
佐用姬岩
佐用姬傳說地,有弟日姬子足跡。
褶振峰 遙望唐津灣虹松原
傳佐用姬惜別,登褶振峰遙望船發,又追至呼子加部島,七日七夜啜泣不止,終化為岩。『萬葉集』卷五有松浦佐用姬歌多首。
蛇人語弟姬子歌
:「
松浦篠原之 佐用弟日姬子矣 至於能率寢 纏綿共度良宵時 方令汝歸返家去
」
蛇池 弟日姬子終焉之沼
二、松浦佐用姬傳說
鏡渡
(
かがみのわたり
)
。
【在郡
北
(
きた
)
。】
昔者
(
むかし
)
,
檜隈廬入野宮
(
ひのくまのいほりのみや
)
御宇
(
あめのしたしろしめし
)
武少廣國押楯
(
たけをひろくにおしたて
)
天皇
(
宣化
)
之世,遣
大伴狹手彥連
(
おほとものさでひこのむらじ
)
,
鎮
(
しづめ
)
任那
(
みまな
)
之國,
兼
(
かねて
)
救
百濟
(
くだら
)
之國。
奉
(
うけたまはり
)
命
(
みこと
)
到來
(
まかりき
)
,至於此村,即
娉
(
つまどひ
)
篠原村
(
しのはらのむら
)
【
篠
(
せう
)
謂
しの
(
志弩
)
。】
弟日姬子
(
おとひひめこ
)
,成
婚
(
まぐはひ
)
。
【
日下部君
(
くさかべのきみ
)
等
祖
(
おや
)
也。】
容貌美麗
(
かほうるはし
)
,特
絕
(
すぐれたり
)
人間
(
ひとのよ
)
。
分別之日
(
わかるるひ
)
,取鏡
與
(
あたへき
)
婦
(
をみな
)
。婦含
悲渧
(
かなしみのなみた
)
,渡
栗川
(
くりかは
)
,所與之
鏡
(
かがみ
)
,
緒絕
(
をたえ
)
沈
(
しづみき
)
川。因
名
(
なづく
)
鏡渡。
褶振峰
(
ひれふりのみね
)
。
【在郡東。
烽處
(
とぶひのところ
)
名曰
褶振烽
(
ひれふりのとぶひ
)
。】
大伴狹手彥連,
發船
(
ふなたち
)
渡任那之時,弟日姬子,登此,用褶
振招
(
ふりをきき
)
。因名褶振峰。
然弟日姬子,與狹手彥連
相分
(
あひわかれ
)
,經
五日
(
いつか
)
之後,有人
每夜
(
よごと
)
來,與婦
共寢
(
ともにいね
)
,至
曉
(
あかとき
)
早歸
(
つとにかへる
)
。
容止形貌
(
かほかたち
)
,
似
(
にたり
)
狹手彥。婦
抱
(
おもひ
)
其
恠
(
あやし
)
,不得
忍默
(
もだす
)
,
竊
(
ひそかに
)
用
續麻
(
うみを
)
,繫其人
襴
(
すそ
)
。
隨
(
を
)
麻
尋往
(
とめゆき
)
,到此
峰頭
(
みね
)
之
沼邊
(
ぬまのへ
)
,有
寢蛇
(
いねたるへみ
)
,身
人
(
ひと
)
而
沈
(
しづみ
)
沼底,
頭
(
かしら
)
蛇而
臥
(
ふす
)
沼
脣
(
みぎは
)
。
忽
(
たちまち
)
化為
(
なる
)
人,即
語
(
かたり
)
云:
篠原
(
しのはら
)
の
弟姬子
(
おとひめのこ
)
そ
小一宵
(
さひとゆ
)
も
率寢
(
ゐね
)
てむ
時
(
した
)
や
家
(
いへ
)
に
下
(
くだ
)
さむ
于時
(
ときに
)
,弟日姬子之
從女
(
とものめ
)
,
走
(
はしり
)
告
親族
(
うがら
)
。親族
發
(
いだし
)
眾
(
もろびと
)
,
昇
(
のぼり
)
而看之,蛇并弟日姬子,
並亡
(
ともにうせ
)
不存
(
あらず
)
。
於茲,見其
沼底
(
ぬまのそこ
)
,
但
(
ただ
)
有
人屍
(
ひとのかばね
)
。
各
(
おのもおのも
)
謂:「弟日女子之
骨
(
み
)
。」即
就
(
つき
)
此峰南,造墓
治置
(
おさめおきき
)
。其墓
見在
(
いまにあり
)
。
三、鄉里驛家
賀周里
(
かすのさと
)
。
【在郡
西北
(
にしきた
)
。】
昔者,此里有
土蜘蛛
(
つちぐも
)
,名曰
海松橿媛
(
みるかしひめ
)
。
纏向日代宮
(
まきむくひしろのみや
)
御宇
(
あめのしたしろしめし
)
天皇
(
景行
)
巡國
(
くにめぐり
)
之時,遣
陪從
(
おもとびと
)
大屋田子
(
おほやたこ
)
,
【
日下部君
(
くさかべのきみ
)
等祖也。】
誅滅
(
つみなひほろぼし
)
。
時霞
四含
(
よもをふふみ
)
,不見
物色
(
もののいろ
)
。因曰
霞里
(
かすみのさと
)
。今謂賀周里,
訛之也
(
よこなまれり
)
。
逢鹿驛
(
あふかのうまや
)
。
【在郡西北。】
曩者
(
むかし
)
,
氣長足姬尊
(
おきながたらしひめのみこと
)
,
【○神功皇后。】
欲征伐
新羅
(
しらき
)
,
行幸
(
いでまし
)
之時,於此
道路
(
みち
)
,有
鹿
(
しか
)
遇之。因名
遇鹿驛
(
あふかのうまや
)
。驛東
海
(
うみ
)
,有
蚫
(
あはび
)
、
螺
(
さざえ
)
、
鯛
(
たひ
)
、
海藻
(
め
)
、
海松
(
みる
)
等。
登望驛
(
とものうまや
)
。
【在郡西北。】
昔者,
氣長足姬尊
(
神功皇后
)
,到於此處,
留
(
とどまり
)
為
雄裝
(
をのよそひ
)
,
御負
(
みはかし
)
之
鞆
(
とも
)
,
落
(
おちき
)
於此村。因號
鞆驛
(
とものうまや
)
。驛
東西
(
ひむがしとにし
)
之海,有蚫、螺、鯛、
雜魚
(
くさぐさのうを
)
、海藻、海松等。
大家嶋
(
おほやのしま
)
。
【在郡西。】
昔者,
纏向日代宮御宇
(
景行
)
天皇
(
すめらみこと
)
,
巡幸
(
めぐりいでまし
)
之時,此村有
土蜘蛛
(
つちぐも
)
,名曰
大身
(
おほみ
)
。
恒
(
つねに
)
拒
(
さかへ
)
皇命
(
おほみこと
)
,
不肯
(
あへざりき
)
降服
(
まつろひ
)
。
天皇
(
景行
)
,
敕命
(
みことのり
)
誅滅
(
つみなひほろぼさしめたまふ
)
。
自爾
(
それより
)
以來
(
このかた
)
,
白水郎等
(
あまども
)
,就於此嶋,造宅
居之
(
すめり
)
。因曰
大家鄉
(
おほやのさと
)
。鄉南有
窟
(
いはや
)
,有
鐘乳
(
いしのち
)
及
木蘭
(
もくらに
)
。
迴緣
(
めぐり
)
之海,蚫、螺、鯛、雜魚及海藻、海松
多之
(
さはなり
)
。
值嘉鄉
(
ちかのさと
)
。
【在郡
西南
(
にしみなみ
)
之
海中
(
わたなか
)
。有
烽處
(
とぶひのところ
)
三所。】
昔者,
同
(
おなじき
)
天皇
(
景行
)
,巡幸之時,在
志式嶋
(
ししきしま
)
之
行宮
(
かりみや
)
,
御覽
(
みそなはし
)
西海。海中有嶋,
煙氣
(
けぶり
)
多
覆
(
おほへり
)
。勒
陪從
(
おもとびと
)
阿曇連百足
(
あづみのむらじももたり
)
,
遣
(
やり
)
令
察之
(
みし
)
。
爰
(
ここに
)
有
八十餘
(
やそあまり
)
。
就中
(
そのなか
)
二嶋,嶋
別
(
ごと
)
有人。
第一
(
はじめ
)
嶋,名
小近
(
をちか
)
,土蜘蛛
大耳
(
おほみみ
)
居之。
第二
(
つぎ
)
島,名
大近
(
おほちか
)
,土蜘蛛
垂耳
(
たりみみ
)
居之。
自餘
(
そのほか
)
之島,
並
(
ともに
)
人不在
(
ひとあらず
)
。於茲,百足
獲
(
とらへ
)
大耳等,
奏聞
(
まをしきこゆ
)
。
天皇
(
景行
)
,敕,且令誅殺。時大耳等,
叩頭
(
のみ
)
陳聞
(
のべきこえ
)
曰:「大耳等之
罪
(
つみ
)
,實當
極刑
(
しぬるつみ
)
。
萬
(
よろづたび
)
被戮殺
(
ころさるる
)
,不足
塞
(
ふさぐ
)
罪。若降
恩情
(
おほみめぐみ
)
,得
再生
(
またいくる
)
者,奉造
御贄
(
みにへ
)
,恒
貢
(
たてまつらむ
)
御膳
(
みけ
)
。」即取
木皮
(
きのかは
)
,作
長蚫
(
ながあはび
)
、
鞭蚫
(
むちあはび
)
、
短蚫
(
みじかあはび
)
、
陰蚫
(
かげあはび
)
、
羽割蚫
(
はわりあはび
)
等之
樣
(
ためし
)
,
獻
(
たてまつりき
)
於
御所
(
みもと
)
。
於茲,
天皇
(
景行
)
,垂
恩
(
みめぐみ
)
赦放
(
ゆるしやり
)
。更敕云:「此島雖遠,
猶
(
なほ
)
見如近。
可謂
(
いふべし
)
近島
(
ちかしま
)
。」因曰值嘉。島則有
檳榔
(
あぢまさ
)
、木蘭、
枝子
(
くちなし
)
、
木蓮子
(
いたび
)
、
黑葛
(
つづら
)
、
菫
(
なよたけ
)
、
篠
(
しの
)
、
木綿
(
ゆふ
)
、
荷
(
はちす
)
、
莧
(
ひゆ
)
。海則,有蚫、螺、鯛、
鯖
(
さば
)
、雜魚、海藻、海松、
雜海菜
(
くさぐさのもは
)
。
彼
白水郎
(
あま
)
,
富
(
とむ
)
於
馬
(
うま
)
、
牛
(
うし
)
。或有
一百餘
(
ももあまり
)
近嶋,
或
(
ある
)
有八十餘
近嶋
(
ちかきしま
)
。西有
泊
(
はつる
)
船之
停
(
とまり
)
二處。
【
一處
(
ひとところ
)
名曰
相子田停
(
あひこだのとまり
)
,應泊
廿
(
はたち
)
餘船。一處名曰
川原浦
(
かはらのうら
)
,應泊
一十
(
とを
)
餘船。】
遣唐之使
(
けんたうのつかひ
)
,從
此停
(
このとまり
)
發,到
美彌良久之埼
(
みねらくのさき
)
,
【即川原浦之
西埼
(
にしのさき
)
,
是也
(
これなり
)
。】
從此
發船
(
ふなたち
)
,
指
(
さし
)
西
度之
(
わたる
)
。
此島
白水郎
(
あま
)
,
容貌
(
かたち
)
似
隼人
(
はやひと
)
,恒
好
(
このみ
)
騎射
(
うまゆみ
)
,其
言語
(
ことば
)
,
異
(
ことなり
)
俗人
(
くにひと
)
也。
見借庚申尊 猿田彥神社
賀周里、賀周驛,唐津市見借。見借,其名出自土蜘蛛海松橿媛。
逢鹿驛 唐津市相賀
大家嶋 馬渡島
值嘉鄉 五島列島
志式嶋行宮 志志伎神社
美彌良久埼 三井樂町北端
美彌良久埼,『續日本後紀』云松浦郡旻樂埼。川原浦,白石浦。
火燎肥前國風土記 杵嶋郡
盤田杵村 朝日町上瀧
溫液湯泉 柄崎溫泉
孃子山 兩子山
一、杵嶋略記
杵嶋郡
(
きしまのこほり
)
。
鄉
(
さと
)
肆所,
【
里
(
こざと
)
一十三。】
驛
(
うまや
)
壹所。
【據『和名抄』,其鄉
多駄
(
ただ
)
、杵島、
能伊
(
のい
)
、
島見
(
しまみ
)
。】
昔者
(
まかし
)
,
纏向日代宮
(
まきむくひしろのみや
)
御宇
(
あめのしたしろしめし
)
天皇
(
景行
)
,
巡幸
(
めぐりいでまし
)
之時,
御船
(
みふね
)
泊此郡
盤田杵之村
(
いはたきのむら
)
。于時,從船
牂戨之穴
(
かしのあな
)
,
冷水
(
しみづ
)
自出。
一云,
船泊之處
(
ふねはてしところ
)
,
自
(
おのづから
)
成一島。
天皇
(
景行
)
御覽,詔
群臣等
(
まへつぎみたち
)
曰:「此郡可謂
牂戨嶋郡
(
かししまのこほり
)
。」今謂杵嶋郡,
訛之也
(
よこなまれり
)
。郡西有
湯泉
(
いづみ
)
出之。
巖岸
(
いはのきし
)
峻極
(
さかし
)
,
人跡罕及也
(
あとまれにいたる
)
。
孃子山
(
をみなやま
)
。
【在郡東北。】
同
(
景行
)
天皇
(
すめらみこと
)
,行幸之時,
土蜘蛛
(
つちぐも
)
八十女人
(
やそをみな
)
,有此
山頂
(
やまのいただき
)
,常
捍
(
さかへ
)
皇命
(
おほみこと
)
,不肯
降服
(
まつろひ
)
。於茲,遣
兵
(
いくさびと
)
掩滅
(
おそひほろぼさしめたまひき
)
。因曰孃子山。
火燎肥前國風土記 藤津郡
一、藤津略記
藤津郡
(
ふぢつのこほり
)
。
鄉
(
さと
)
肆
所
(
ところ
)
,
【
里
(
こざと
)
九。】
驛
(
うまや
)
壹所,
烽
(
とぶひ
)
壹所。
【〇據『和名抄』,其鄉三。
鹽田
(
しほた
)
、
美能
(
みの
)
、託羅。加藤津鄉為四。】
昔者
(
むかし
)
,
日本武尊
(
やまとたけるのみこと
)
,
行幸之時
(
いでまししとき
)
,
到
(
いたりましき
)
於此津,日
沒
(
いり
)
西山,御船
泊之
(
はつ
)
。
明旦
(
あくるはした
)
遊覽
(
みそなはす
)
,
繫
(
ゆひつけ
)
船
纜
(
ともづな
)
於
大藤
(
おほきふぢ
)
。
【○即,以大藤繫之。】
因曰藤津郡。
能美鄉
(
のみのさと
)
。
【在郡
東
(
ひむがし
)
。】
昔者,
纏向日代宮
(
まきむくひしろのみや
)
御宇
(
あめのしたしろしめし
)
天皇
(
景行
)
,行幸之時,此里有
土蜘蛛
(
つちぐも
)
三人
。
【
兄
(
え
)
名
大白
(
おほしろ
)
,
次
(
つぎ
)
名
中白
(
なかしろ
)
,
弟
(
おと
)
名
少白
(
をしろ
)
。】
此人等,造
堡
(
をき
)
隱居
(
かくりすみ
)
,
不肯
(
あへず
)
降服
(
まつろひ
)
。爾時,遣
陪從
(
おもとびと
)
紀直
(
きのあたひ
)
等
祖
(
おや
)
穉日子
(
わかひこ
)
,以且
誅滅
(
つみなひほろぼす
)
。於茲,大白等
三人
(
みたり
)
,
但
(
ただ
)
叩頭
(
のみ
)
,
陳
(
のべ
)
己
罪過
(
つみ
)
,共
乞
(
こひき
)
更生
(
またいきむ
)
。因曰能美鄉。
託羅鄉
(
たらのさと
)
。
【在郡
南
(
みなみ
)
,
臨
(
のぞむ
)
海。】
同
(
おなじき
)
天皇
(
景行
)
,行幸之時,到於此鄉御覽,
海物
(
わたつもの
)
豐多
(
さはなり
)
,敕曰:「
地勢
(
ところのさま
)
雖少,
食物
(
くらひもの
)
豐足
(
ゆたけくたらはす
)
。可謂
豐足村
(
たらひのむら
)
。」今謂託羅鄉,
訛之也
(
よこなまれり
)
。
鹽田川
(
しほたがは
)
。
【在郡
北
(
きた
)
。】
此川之
源
(
みなもと
)
,出郡西南
託羅之峰
(
たらのみね
)
,東流入海。
潮滿
(
うしほみつる
)
之時,
逆
(
さかへ
)
流
泝洄
(
さかのぼる
)
。
流勢
(
ながるるいきほひ
)
太高
(
はなはだたかし
)
。因曰
潮高滿川
(
しほたかみつがは
)
。今訛
謂
(
いふ
)
鹽田川。川源有
淵
(
ふち
)
,
深
(
ふかさ
)
二許丈
(
ふたつゑばかり
)
。
石壁
(
いはがき
)
嶮峻
(
さがし
)
,
周匝
(
めぐり
)
如垣
(
かきのごとし
)
。
年魚
(
あゆ
)
多在,東邊有
湯泉
(
ゆのいづみ
)
,
能
(
よく
)
愈
(
いやす
)
人
病
(
やまひ
)
。
藤津郡 鹿島市 祐德稻荷神社
能美鄉 鹿島市能古見
託羅鄉 太良町多良
鹽田川
火燎肥前國風土記 彼杵郡
宇佐海濱 宇佐周防灘
速來村 佐世保市早岐
健村之里 佐世保市宮村
川棚川 川岸之村
浮穴鄉 七釜鄉 七釜鍾乳洞
速來門 早岐瀨戶
一、彼杵略記
彼杵郡
(
そのきのこほり
)
。
鄉
(
さと
)
肆所,
【
里
(
こざと
)
七。】
驛
(
うまや
)
貳所,
烽
(
とぶひ
)
參所。
【○據『和名抄』,其鄉二,
大村
(
おほむら
)
、彼杵。合浮穴、周賀為四。】
昔者,
纏向日代宮
(
まきむくひしろのみや
)
御宇
(
あめのしたしろしめし
)
天皇
(
景行
)
,
誅滅
(
つみなひほろぼし
)
球磨噌唹
(
くまそ
)
,
凱旋
(
かちかへり
)
之時,
天皇
(
すめらみこと
)
,在
豐前國
(
とよくにのみちのくちのくに
)
宇佐海濱
(
うさのはま
)
行宮
(
かりみや
)
,
勒
(
おほせ
)
陪從
(
おともびと
)
神代直
(
かみしろのあたひ
)
,
遣
(
やり
)
此郡
速來村
(
はやきのむら
)
,捕
土蜘蛛
(
つちぐも
)
。於茲,有人名曰
速來津姬
(
はやきつひめ
)
。此
婦女
(
をみな
)
申云:「妾
弟
(
おと
)
,名曰
健津三間
(
たけつみま
)
,住
健村之里
(
たけむらのさと
)
。此人有
美玉
(
うるはしきたま
)
。名曰
石上神之
(
いそのかみのかみの
)
木蓮子玉
(
いたびだま
)
。
愛
(
めで
)
而
固藏
(
かたくかくし
)
,不肯示他。」
神代直,
尋覔之
(
たづねまぐ
)
,
超
(
こえ
)
山而
逃
(
にげ
)
,
走
(
はしり
)
落石岑
(
おちいしのみね
)
。
【郡
以北
(
きた
)
之山。】
即
逐及
(
おひしき
)
捕獲
(
とらへ
)
,
推問
(
かむがへとふ
)
虛實
(
いつはりまこと
)
,健津三間云:「實有
二色之玉
(
ふたくさのたま
)
。一者
曰
(
いひ
)
石上神木蓮子玉。一者曰
白珠
(
しらたま
)
。
雖比
(
たぐへつれども
)
䃤砆
(
しゅふく
)
,
【○黑砥也。】
願以獻之。」亦申云:「有人,名曰
篦簗
(
のやな
)
,住
川岸之村
(
かはぎしのむら
)
。此人有美玉。
愛之罔極
(
うつくしむこときはみなし
)
。
定
(
さだめ
)
無
服
(
したがふ
)
命。」
於茲,神代直,
迫
(
せめ
)
而捕獲,問之。篦簗云:「實
有之
(
もてり
)
。以貢於
御
(
みもと
)
。不敢
愛惜
(
をし
)
。」
神代直,
捧
(
ささげ
)
此三色之玉,還
獻
(
たてまつりき
)
於
御
(
みもと
)
。于時,
天皇
(
景行
)
敕曰:「此國可謂
具足玉國
(
そなひだまのくに
)
。」今謂彼杵郡,
訛之也
(
よこなまれり
)
。
浮穴鄉
(
うきあなのさと
)
。
【在郡北。】
同
(
景行
)
天皇,在
宇佐濱行宮
(
うさはまのかりみや
)
,
詔
(
のり
)
神代直曰:「
朕
(
あれ
)
,
歷巡
(
へめぐり
)
諸國
(
もろもろのくに
)
,既至
平
(
ことむけ
)
治
(
をさむる
)
。
未被
(
かがぶらざる
)
朕
治
(
ことむけ
)
有
異徒
(
けしきともがら
)
乎?」神代直,
奏
(
まをし
)
云:「彼
煙之起村
(
けぶりのたてるむら
)
,未
猶
(
なほ
)
被治。」即
勒
(
おほせ
)
直遣此村,有土蜘蛛,名曰
浮穴沫媛
(
うきあなわひめ
)
。
捍
(
さかへ
)
皇命
(
おほみこと
)
,甚
無禮
(
ゐやなし
)
。即
誅之
(
ころしき
)
。因曰浮穴鄉。
周賀鄉
(
すかのさと
)
。
【在郡
西南
(
にしみなみ
)
。】
昔者,
氣長足姬尊
(
おきながたらしひめのみこと
)
,
【○神功。】
欲征伐
新羅
(
しらき
)
,行幸之時,御船
繫
(
つなぎ
)
此鄉東北之海,
艫舳
(
へとも
)
之
牂戨
(
かし
)
,化而為
磯
(
いそ
)
。高
二十餘丈
(
はたつゑあまり
)
,
周
(
めぐり
)
十餘丈,
相去
(
あひさる
)
十餘町
(
とところあまり
)
。
充
(
たかく
)
而
嵯峨
(
さがし
)
,
草木
(
くさき
)
不生
(
おひず
)
。
加以
(
また
)
,
陪從
(
おもとびと
)
之船,
遭
(
あひ
)
風
漂沒
(
ただよひしづみき
)
。於茲,有
土蜘蛛
(
つちぐも
)
,名
欝比表麻呂
(
うつひおまろ
)
,
拯濟
(
すくひき
)
其船。因名曰
救鄉
(
すくひのさと
)
。今
謂
(
いふ
)
周賀鄉,訛之也。
速來門
(
はやきのと
)
。
【在郡西北。】
此門之
潮
(
うしほ
)
之
來
(
くる
)
者,東
潮落者
(
うしほおつれば
)
,西
涌登
(
わきのぼる
)
。
涌響
(
わくおと
)
同
雷音
(
いかづちのこゑ
)
。因曰速來門。又有
拔木
(
しげれるき
)
。
本
(
もと
)
者
著
(
つき
)
地,
末
(
すゑ
)
者
沈
(
しづめり
)
海。
海藻
(
め
)
早生
(
つとにおふ
)
,以
擬
(
あつ
)
貢上
(
みつぎ
)
。
火燎肥前國風土記 高來郡
一、高來略記
高來郡
(
たかくのこほり
)
。
鄉
(
さと
)
玖所,
【
里
(
こざと
)
二十一。】
驛
(
うまや
)
肆所,
烽
(
とぶひ
)
伍所。
【
據『和名抄』,其鄉四,
山田
(
やまだ
)
、
新居
(
にひゐ
)
、
神代
(
かうじろ
)
、
野鳥
(
のとり
)
。
昔者
(
むかし
)
,
纏向日代宮
(
まきむくひしろのみや
)
御宇
(
あめのしたしろしめし
)
天皇
(
景行
)
,在
肥後國
(
ひのみちのしりのくに
)
玉名郡
(
たまきなのこほり
)
長渚濱之行宮
(
ながすはまのかりみや
)
,
覽
(
めし
)
此郡山曰:「彼山之
形
(
かたち
)
,似於
別嶋
(
はなれしま
)
。
屬
(
つく
)
陸
(
くが
)
之山
歟
(
か
)
,
別居
(
わかれゐる
)
之嶋歟。朕
欲
(
ほりす
)
知之。」仍勒
神大野宿禰
(
みわおほののすくね
)
,遣
看之
(
みしたまふ
)
,
往
(
ゆき
)
到此郡。
爰
(
ここに
)
有人,
迎來
(
むかへき
)
曰:「
僕
(
あ
)
者此山神,名
高來津座
(
たかつくくら
)
。聞
天皇使
(
すめらみことのつかひ
)
之來,奉迎
而已
(
のみ
)
。」因曰高來郡。
土齒池
(
つぢはのいけ
)
。
【
俗
(
くにひと
)
言岸為
ひぢは
(
比遲波
)
。在郡西北。】
此池東之
海邊
(
うみべた
)
,有
岸
(
きし
)
。高百餘丈,長三百餘丈。西海
波濤
(
なみ
)
,常以
濯滌
(
あらひすすく
)
。
緣
(
より
)
土人辭
(
くにびとのことば
)
,號曰土齒池。
池堤
(
いけのつつみ
)
,長六百餘丈,廣五十餘丈,高二丈餘。
池裏
(
いけのうら
)
,
縱橫
(
たてよこ
)
二十餘
町
(
まち
)
許
(
ばかり
)
。
潮來之
(
うしほくれば
)
,常
突入之
(
つきいる
)
。
荷
(
はちす
)
、
菱
(
ひし
)
多生
(
さはにおふ
)
。
秋七八月
(
ふみつきはつき
)
,
荷根
(
はちすのね
)
甚甘
(
いとうまし
)
。
季秋九月
(
ながつき
)
,
香味
(
かとあぢはひ
)
共變
(
ともにかはり
)
,
不中
(
あたらず
)
用
(
もちゐる
)
也。
峰湯泉
(
みねのゆのいづみ
)
。
【在郡南。】
此
湯泉
(
ゆ
)
之
源
(
みなもと
)
,
出
(
いで
)
郡南
高來峰
(
たかくのみね
)
西南之峰
(
ひつじさるのみね
)
,流於東之。
流勢
(
ながるるいきほひ
)
甚多
(
いとさはに
)
,
熱
(
あつき
)
異
(
ことなり
)
餘湯
(
ほかのゆ
)
。但
和
(
まじふる
)
冷水
(
さむきみづ
)
,
乃
(
すなはち
)
得
沐浴
(
ゆあみ
)
。其味
酸
(
すし
)
。有
流黃
(
ゆのあわ
)
、
白土
(
しらつち
)
,及
和松
(
にきまつ
)
。其葉
細
(
ほそく
)
有
子
(
このみ
)
,
大
(
おほきさ
)
如
小豆
(
あづき
)
,令得
喫
(
くらふ
)
。
高來峰 雲仙岳
【溫泉岳】
土齒池 千千石
高來郡家 高下古墳鬼岩屋
峰湯泉 雲仙溫泉舊湯
[久遠の絆]
[總 記]
[地 名]
[再臨詔]