續古今和歌集 假名序
和歌は、昔素鵞昔里には葦原言葉を始めて傳へ、斑鳩富小川には流を汲みて源を尋ねしより以來、其諺盛りに興り、其交ひ萬に渡りて、國靜かなる時は年を祝ふ中立てと成り、關戶鎖さぬ頃は道弘き、思を開く。斯りければ、色に耽る人は春秋を家とし、情けを知る。里には野にも山にも多し。大方は代代敕撰之中に彼『萬葉集』、奈良帝の詔を受けて始めて撰奉りしより、貴き賤しき、折節に付け志を遣る習は、皆變らざるべし。よりて、古事をも筆跡に顯し、行きて見ぬ堺をも宿ながら知るは唯此道也。然のみ為らず、花は木每に咲きて遂に心山を餝り、露は草葉より積りて辭海と成る。
然は有れど、難波江海人の藻鹽は汲めども絕ゆる事無く、筑波山松の爪木は拾へども尚繁し。物皆如斯。歌趣亦同かるべし。抑神授けし國を得て、四方海山を心に司り、代を承保つ位に備りて、空行月日を袖に宿しつつ、千千之掟を為して五年を送りし間、始めは雲帳を掛かけて、民煙絕えざるを喜び、今は霞洞を閉めても、尚朝政を隔てざれば、天皇の畏き光も一つにて、天照星も人道を守る、契變らざれば、野なる草も殘る枯葉無く惠、谷之埋木も克克花を待つ時為るべし。
斯るが故に、大和島根は玆我が代也。春風に疾を仰かむと願ひ、和歌浦も復我が國也。秋月に滿ちを明きらめむと思ふ。玆によりて、古今之跡を改めず四人之輩を定めらる。所謂前內大臣藤原朝臣、民部卿藤原朝臣為家、侍從藤原朝臣行家、右大辨藤原朝臣光俊等也。此等に仰せて、『萬葉集』之中、十代集之餘を廣記し、遍求めて、各奉らしむる。彼此孰も別難きによりて、『新古今』之時、始置れたる跡を取行ひつつ。
昨日は心水の清掟に任せ、今日は朝中の蓬の正誠を施して、我と定め手づから整ふる趣きは、深く九江に洗ふども斯かる錦色は得難く。高く五崗に拾ふとも、斯かる玉光は有らじ。但し此外にも尚河に堰く紅色屑は花簗より漏れ、狩場に騒ぐ秋鳥も草繁みに隱果る習ひ、古くも無きに有らざれば、今も亦はかりがたけれど、をしてとりえらべる歌二千首、廿卷、號けて『續古今和歌集』と云へり。
春は風靜かなる世に飽くまで花を見、夏は寢ぬ夜の人に己言問ふ霍公鳥、秋は二上山に明行月を惜み、冬は伊吹外山に雪深き年暮迄
時に付けたる情け為るべし。言はむや亦春日明神は卅一字を持ちて、清けき月夜を照らす光を添へ。傳教大師は廿八品中、法師品の如來使を述給ふ。
慕ふ別道には我が淚さへ止まらず。白鳥の鷺坂山に松宿の夜を明かし。合ふも偏になる船は風を待つ緣邊も無く、其處は彼と無き空雲は四方嵐峯に消え、和歌浦に鳴く鶴は葦邊を指して渡り、花持つ消ぜぬ龜山の齡久しき世と成れば、露往き霜來る折節には、心中に世も欲し事他に顯はさずと云ふ事無し。
次に此集を『續古今』と云へる事は、延喜に『古今集』を撰ばれて後、他の敕撰多隔たれども、重ねて元久に『新古今』と號けらる。其上、古今之字を猶用るは、即ち此度之集を取ちて取別き正しき直ちと相繼て永世にも傳へ、時人にも知らしめむが為也。嘗は計らざるに彼二代之後變らず、今も又乙丑之年に巡會ひて時至り理叶へるなるべし。
此處に仁和御門此道に殘置賜ふ春野若菜の生る事、年を積みて雪跡絕えず傳へまします故に、雲居より馴來りて今も八雲之道に遊び、里遠く尋求めて、廣く千里山も殘らず。
斯かる時を得て蓬島之浪も古きに歸り。芝砌之露も色深くむすばれたるのみにあらず。關のあなたの竹園も風聲節節に恥ずして數數に言知らぬ姿に堪へざる餘り、立所に相竝びて各志入れ奉る事は、古より今だ聞かざる例也と持成し饗る仇の偽は、餘所之譏と成るべけれど、暫く彼等が心に任せたる為るべし。
全ては敕撰も度重なり詠める輩も數知らざる。中に菅丞相は延喜より始めて雲上之撰に備はり。天曆より新たに都北之跡を垂れしかば、松蔭を別けて御幸重なり、野邊草を凌ぎて、手向を結びつつ、朝夕に仰尊奉る餘り、代代之集に誌されたる跡を此度新留むる習し。
時に文永二年十二月廿六日なむ、此集を誌終りぬる。大方は夙に起き夜半に寢覺めても、石上古之種種を引見つつ世世之情けに留めむが為、自ら辨へ撰べる所、若奈良葉都に降置ける時雨にも其色變らず、淺香山奧に咲きたらむ花にも其匂同じくば、此時に逢へらむ人も此道に入りたらむ輩も、一度は巷に謠ひ里に喜び、一度は古きを豫て新なる世を仰がざらめ哉。
藤原基家
續古今和歌集 真名序
夫天地之二儀，共成一物化神。雌雄之兩元，相遘八州分號。有日月然後有人倫，有人倫然後有和歌。起自素鵞、斑鳩之往躅，被於柿本、山邊之秀士，以降千五百秋之地，年紀雖迴環三十一字之篇，風軆猶連綿。源浚者流遠，根固者木長。皇澤洽者，此道作。此道作者，其國昌宜哉。上好而賞之，下舉而從之。蘭芬菊耀之方，互競陶染之功，花心月性之客，各為周遊之媒。於是，聽政事之次，命侍臣而曰：「皇帝君臨之第六載，遍樂苏寧。民黎子來，而自萬方，皆獻花祝眾正之。聖智易決萬機之諮詢多隙，屢乘餘閑，將撰一集。」
『萬葉集』者，平城皇朝課英俊兮被降芝詔。『古今集』者，醍醐聖代，敕四人而欲傳百王。自爾以來，繼芳塵而總編，及十代，挺佳句而類聚餘萬首。察之往時，何有遺漏。然而霍山之玉，拾而不盡。麗水之金，採而有餘。物皆如此，歌亦相同。肆賞延喜、元久之勝跡，殊卜枝幹相應之佳期。乙者木也，其性如空虛。厥形有花葉，壯觀無過之。即為歌軆。丑者土也，居終始之際，得紐結之名。萬品顯自之，又為歌德云。乙云丑軆，同同德，故『古今集序』曰：「和歌者，託其根於心地，發其花於詞林。」上句者土也，下句者木也。木非土不生之故也。此一句之趣叙，二字之理相當。此歲恢弘我道，兩代兩集，有以有由哉。
仍詔前內大臣藤原朝臣、民部卿藤原朝臣為家、侍從藤原朝臣行家、右大辨藤原朝臣光俊等，人人家家之集、尊卑緇素之作，皆究精要，各令呈進。最初『萬葉集』，依為濫觴，猶採之。其後十代集，雖多綴玉，悉除之。伏惟，遁位於九禁，為父于二帝，桃花源之春、菊花源之秋，留春秋於姑峯之花色，青松澗之松潤之月移，風月於仙洞之松陰。就斯，方外之居而握翫，引彼端右之才而琢磨。摛花璃實，深索風骨之妙。或諷或吟，廣披露膽之詞，取捨兮得二千首，部類兮為二十卷，名曰『續古今倭歌集』。
方今，手勵提携，目不暫捨。雖隨後鳥羽上皇之叡襟，恥隔彼鳳毛巾興之秀章。而今上陛下，天才日新，同胞仙院，顯言葉於芝砌。中書大王，積詞花於李蹊，不堪耽道之志，愗聚難閣之句，還恐令後之覩今，勝今之覩古。
於戲！天生萬物，萬物之形容區分，年有四時。四時之景趣互好。其外之雜類寔繁。意端之感思，非一釋門之作。神道之詠縡，在幽玄，尤貴情素。此中，昌泰之右相者，絕妙之上才也。累代集，雖加菅氏鼎臣之號，尊德之餘，今載藂詞篇什之字，修撰之義，蓋云備矣。
凡和歌者，志之所之也。氣之動物，物之感人，情蕩於中，言形於外。以暉麗三才，以和理萬。有瑩國瑩人之要，無雙照古照今之美。第一，譬猶說孔昭能礪，殷武丁之金徽，諫不暗誠，為唐天子之鏡。匪啻比三易之超，眾藝亦將同君臣之合，應蓋以三代古今之撰，宜為為諸集，編次之最。
文永二年玄陰季月，大綱之趣，右筆而勒。云爾。
藤原長成
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