雜歌、譬喻、挽歌
真字萬葉集 卷第七 雜歌、譬喻歌、挽歌


雜歌

1068 詠天

     天海丹 雲之波立 月船 星之林丹 榜隱所見

     天海(あめのうみ)に 雲波立(くものなみた)ち 月舟(つきのふね) 星林(ほしのはやし)に 漕隱(こぎかく)()

       遙遙久方兮 天海雲湧如駭浪 月舟渡大虛 榜入星林沒其間 漕隱之狀今可見

      柿本人麻呂 1068

         右一首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1069 詠月 【十八第一。】

     常者曾 不念物乎 此月之 過匿卷 惜夕香裳

     (つね)(かつ)て (おも)はぬ(もの)を 此月(このつき)の 過隱(すぎかく)らまく ()しき(よひ)かも

       日頃恆常者 雖不曾有作此念 然今見此月 過匿雲後隱不見 甚惜今宵此夜矣

      佚名 1069


1070 【承前,十八第二。】

     大夫之 弓上振起 獵高之 野邊副清 照月夜可聞

     大夫(ますらを)の 弓末振起(ゆずゑふりおこ)し 獵高(かりたか)の 野邊(のへ)さへ(きよ)く 照月夜(てるつくよ)かも

       大夫益荒男 弓末振起箭上絃 將為遊狩之 獵高野邊亦朗照 清冽明晰月夜矣

      佚名 1070


1071 【承前,十八第三。】

     山末爾 不知夜歷月乎 將出香登 待乍居爾 夜曾降家類

     山端(やまのは)に 十六夜月(いさよふつき)を ()でむかと ()ちつつ()るに ()()けにける

       眺望山之端 既望十六夜之月 躊躇月晚出 昂首待月猶豫間 不覺宵闌夜已更

      佚名 1071


1072 【承前,十八第四。】

     明日之夕 將照月夜者 片因爾 今夜爾因而 夜長有

     明日夕(あすのよひ) ()らむ月夜(つくよ)は 片寄(かたよ)りに 今夜(こよひ)()りて 夜長(よなが)からなむ

       明日夕暮後 將照夜月可挪乎 還願其片寄 添於今宵令夜長 只冀今晚莫疾逝

      佚名 1072


1073 【承前,十八第五。】

     玉垂之 小簾之間通 獨居而 見驗無 暮月夜鴨

     玉垂(たまだれ)の 小簾間通(をすのまとほ)し 獨居(ひとりゐ)て ()驗無(しるしな)き 夕月夜(ゆふつくよ)かも

       珠麗玉垂兮 小簾隙間目通之 獨居形影孤 隻身獨賞甚無驗 可惜良景暮月夜

      佚名 1073


1074 【承前,十八第六。】

     春日山 押而照有 此月者 妹之庭母 清有家里

     春日山(かすがやま) ()して()らせる 此月(このつき)は (いも)(には)にも (さや)けかりけり

       春日山頂上 高空照臨此月者 其光曜無私 吾妻庭亦為所照 幽光清冽曜宿明

      佚名 1074


1075 【承前,十八第七。】

     海原之 道遠鴨 月讀 明少 夜者更下乍

     海原(うなはら)の 道遠(みちとほ)みかも 月讀(つくよみ)の 光少(ひかりすく)なき ()()けにつつ

       蓋以滄溟之 海遠道遠路遙哉 月讀壯士矣 其光幽微晦不明 難涉之間夜已深

      佚名 1075


1076 【承前,十八第八。】

     百師木之 大宮人之 退出而 遊今夜之 月清左

     百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)の 罷出(まかりで)て (あそ)今夜(こよひ)の 月清(つきのさや)けさ

       百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 罷出興遊宴 所樂今夜月清雅 照臨四方令心清

      佚名 1076


1077 【承前,十八第九。】

     夜干玉之 夜渡月乎 將留爾 西山邊爾 塞毛有粳毛

     烏玉(ぬばたま)の 夜渡(よわた)(つき)を (とど)めむに 西山邊(にしのやまへ)に (せき)もあらぬ(かも)

       漆黑烏玉兮 闇夜虛空明月渡 為留此月者 冀於西面山際處 營設關塞止月沉

      佚名 1077


1078 【承前,十八第十。】

     此月之 此間來者 且今跡香毛 妹之出立 待乍將有

     此月(このつき)の 此間(ここ)(きた)れば (いま)とかも (いも)出立(いでた)ち ()ちつつあるらむ

       皎潔此月之 渡空來至此間者 且今當此時 妹妻蓋思吾將至 出立翹首盼吾臨

      佚名 1078


1079 【承前,十八十一。】

     真十鏡 可照月乎 白妙乃 雲香隱流 天津霧鴨

     真十鏡(まそかがみ) ()るべき(つき)を 白栲(しろたへ)の (くも)(かく)せる 天霧(あまつきり)かも

       清澄真十鏡 明月當照卻不見 蓋是白栲兮 浮雲蔽月遮太陰 抑或天霧漫空哉

      佚名 1079


1080 【承前,十八十二。】

     久方乃 天照月者 神代爾加 出反等六 年者經去乍

     久方(ひさかた)の 天照(あまて)(つき)は 神代(かみよ)にか 出反(いでかへ)るらむ (とし)()につつ

       遙遙久方兮 凌空照天明月者 圓闕能復始 蓋是返生歸神代 經年常若永彌新

      佚名 1080


1081 【承前,十八十三。】

     烏玉之 夜渡月乎 可怜 吾居袖爾 露曾置爾雞類

     烏玉(ぬばたま)の 夜渡(よわた)(つき)を 可怜(おもしろ)み ()()(そで)に (つゆ)()きにける

       漆黑烏玉兮 闇夜虛空明月渡 其月甚可怜 吾觀美月久居間 不覺置露沾袖濕

      佚名 1081


1082 【承前,十八十四。】

     水底之 玉障清 可見裳 照月夜鴨 夜之深去者

     水底(みなそこ)の (たま)さへ(さや)に ()つべくも ()月夜(つくよ)かも 夜更行(よのふけゆ)けば

       珠玉沉水底 水下寶珠晰可見 如此光照曜 明月懸空清清矣 只消夜之深去者

      佚名 1082


1083 【承前,十八十五。】

     霜雲入 為登爾可將有 久堅之 夜渡月乃 不見念者

     霜曇(しもぐも)り すとにかあるらむ 久方(ひさかた)の 夜渡(よわた)(つき)の ()()(おも)へば

       蓋入霜曇後 匿其後為所蔽哉 遙遙久方兮 闇夜虛空所渡月 不復得見所以歟

      佚名 1083


1084 【承前,十八十六。】

     山末爾 不知夜經月乎 何時母 吾待將座 夜者深去乍

     山端(やまのは)に 十六夜月(いさよふつき)を 何時(いつ)とかも ()待居(まちを)らむ ()()けにつつ

       眺望山之端 十六夜月總遲出 不知何時昇 吾人猶豫待月間 不覺宵闌夜已更

      佚名 1084


1085 【承前,十八十七。】

     妹之當 吾袖將振 木間從 出來月爾 雲莫棚引

     (いも)(あた)り ()袖振(そでふ)らむ 木間(このま)より 出來(いでく)(つき)に 雲莫棚引(くもなたなび)

       吾欲指妻方 振袖揮腕示吾情 自林隙木間 所出來兮明月矣 浮雲莫掛勿蔽之

      佚名 1085


1086 【承前,十八十八。】

     靱懸流 伴雄廣伎 大伴爾 國將榮常 月者照良思

     靫懸(ゆきか)くる 伴男廣(とものをひろ)き 大伴(おほとも)に 國榮(くにさか)えむと (つき)()るらし

       懸靫負箶籙 伴男人眾勢浩大 棟樑大伴氏 大伴之地國彌榮 明月臨照祝常盛

      佚名 1086


1087 詠雲 【○續古今1748。】
1088 【承前,第二。】

     足引之 山河之瀨之 響苗爾 弓月高 雲立渡

     足引(あしひ)きの 山川瀨(やまがはのせ)の ()るなへに 弓月岳(ゆつきがたけ)に 雲立渡(くもたちわた)

       足引勢險峻 山川壯麗瀨奔騰 伴其湍音響 弓月之岳脊頂上 層雲騰湧渡虛行

      柿本人麻呂 1088

         右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1089 【承前,第三。○續古今1654。】


1090 詠雨

     吾妹子之 赤裳裙之 將染埿 今日之霡霂爾 吾共所沾名

     我妹子(わぎもこ)が 赤裳裾(あかものすそ)の (ひづ)ちなむ 今日(けふ)小雨(こさめ)に (われ)さへ()れな

       愛妻吾妹子 所著赤裳裙裾矣 蓋為漬染埿 今日霡霂小雨下 吾亦共為所沾濡

      佚名 1090


1091 【承前,第二。】

     可融 雨者莫零 吾妹子之 形見之服 吾下爾著有

     (とほ)るべく (あめ)莫降(なふ)りそ 我妹子(わぎもこ)が 形見衣(かたみのころも) 我下(あれした)()

       雨矣莫甚零 吾衣濡濕將通透 親親吾妹子 所留信物行見衣 今著服下貼肌身

      佚名 1091


1092 詠山 【七首第一。】

     動神之 音耳聞 卷向之 檜原山乎 今日見鶴鴨

     鳴神(なるかみ)の (おと)のみ()きし 卷向(まきむく)の 檜原山(ひはらのやま)を 今日見(けふみ)つるかも

       鳴神雷動兮 唯其聲名音可聞 卷向檜原山 久仰其名未得見 今日終能瞻其容

      柿本人麻呂 1092


1093 【承前,七首第二。】

     三毛侶之 其山奈美爾 兒等手乎 卷向山者 繼之宜霜

     三諸(みもろ)の 其山並(そのやまなみ)に 兒等(こら)()を 卷向山(まきむくやま)は ()ぎの(よろ)しも

       三諸御室兮 三輪山旁所相並 兒等之手兮 纏向之地卷向山 群峰相繼勢宜哉

      柿本人麻呂 1193


1094 【承前,七首第三。】

     我衣 色取染 味酒 三室山 黃葉為在

     ()(ころも) 色取染(いろどりそ)めむ 味酒(うまさけ) 三室山(みむろのやま)は 黃葉(もみち)しにけり

       吾之所著衣 欲取其色以為染 美酒彌醇矣 三室御諸三輪山 萬葉始渲染紅黃

      柿本人麻呂 1194

         右三首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1095 【承前,七首第四。】

     三諸就 三輪山見者 隱口乃 始瀨之檜原 所念鴨

     三諸憑(みもろつ)く 三輪山見(みわやまみ)れば 隱國(こもりく)の 泊瀨檜原(はつせのひはら) (おも)ほゆるかも

       三諸神所憑 齋三輪山見之者 盆底隱國兮 長谷泊瀨之檜原 不覺所念更相思

      佚名 1095


1096 【承前,七首第五。○續古今1746。】
1097 【承前,七首第六。】

     吾勢子乎 乞許世山登 人者雖云 君毛不來益 山之名爾有之

     ()背子(せこ)を 此方巨勢山(こちこせやま)と (ひと)()へど (きみ)來坐(きま)さず 山名(やまのな)()らし

       人云吾兄子 將來此方巨勢山 人雖云如此 君甚薄情不來坐 徒有山名卻無實

      佚名 1097


1098 【承前,七首第七。】

     木道爾社 妹山在云 櫛上 二上山母 妹許曾有來

     紀道(きぢ)にこそ 妹山在(いもやまあり)()へ 櫛上(くしがみ)の 二上山(ふたかみやま)も (いも)こそ()りけれ

       人云紀道間 妹山聳立在途中 然在櫛上之 寧樂御所二上山 亦有妹山居其間

      佚名 1098


1099 詠岳

     片岡之 此向峯 椎蒔者 今年夏之 陰爾將化疑

     片岡(かたをか)の 此向峰(このむかつを)に 椎蒔(しひま)かば 今年夏(ことしのなつ)の (かげ)()らむか

       葛城片岡之 此向峰者馬見丘 若蒔椎實者 待至今年夏日臨 可化日蔭蔽陽哉

      佚名 1099


1100 詠河 【十六第一。】

     卷向之 痛足之川由 徃水之 絕事無 又反將見

     卷向(まきむく)の 穴師川(あなしのかは)ゆ 行水(ゆくみづ)の ()ゆる事無(ことな)く 復返見(またかへりみ)

       卷向痛足之 穴師川水流斯夫 不捨晝夜矣 猶彼行水流無絕 吾欲再三復返見

      柿本人麻呂 1100


1101 【承前,十六第二。】

     黑玉之 夜去來者 卷向之 川音高之母 荒足鴨疾

     烏玉(ぬばたま)の 夜去來(よるさりく)れば 卷向(まきむく)の 川音高(かはおとたか)しも (あらし)かも()

       漆黑烏玉兮 每逢闇夜率來者 卷向川音高 湍瀨鳴聲響無絕 蓋因山嵐疾吹哉

      柿本人麻呂 1101

         右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1102 【承前,十六第三。】

     大王之 御笠山之 帶爾為流 細谷川之 音乃清也

     大君(おほきみ)の 御笠山(みかさのやま)の (おび)()る 細谷川(ほそたにがは)の 音清(おとのさや)けさ

       吾皇大君之 高座御蓋三笠山 所配御帶者 綿延流長細谷川 湍瀨之音響清清

      佚名 1102


1103 【承前,十六第四。】

     今敷者 見目屋跡念之 三芳野之 大川余杼乎 今日見鶴鴨

     (いま)しくは ()めやと(おも)ひし 御吉野(みよしの)の 大川淀(おほかはよど)を 今日見(けふみ)つるかも

       吾度近日間 蓋當無緣能所見 三芳御吉野 滔滔大川六田淀 不料今日得復見

      佚名 1103


1104 【承前,十六第五。】

     馬並而 三芳野河乎 欲見 打越來而曾 瀧爾遊鶴

     馬並(うまな)めて 御吉野川(みよしのがは)を ()まく()り 打越來(うちこえき)てそ (たき)(あそ)びつる

       率馬並連騎 欲見三芳吉野川 翻山復越嶺 來到吉野宮瀧處 以為清遊盡歡娛

      佚名 1104


1105 【承前,十六第六。】

     音聞 目者末見 吉野川 六田之與杼乎 今日見鶴鴨

     (おと)()き ()には未見(いまだみ)ぬ 吉野川(よしのがは) 六田淀(むつたのよど)を 今日見(けふみ)つるかも

       久仰其盛名 目雖未見傾心久 芳野御吉野 吉野大川六田淀 今日得見償宿願

      佚名 1105


1106 【承前,十六第七。】

     川豆鳴 清川原乎 今日見而者 何時可越來而 見乍偲食

     蛙鳴(かはづな)く (きよ)川原(かはら)を 今日見(けふみ)ては 何時(いつ)越來(こえき)て ()つつ(しの)はむ

       水雞川蛙鳴 清冽御吉野川原 今日見而者 何時方能復越來 再見觀翫賞之哉

      佚名 1106


1107 【承前,十六第八。】

     泊瀨川 白木綿花爾 墮多藝都 瀨清跡 見爾來之吾乎

     泊瀨川(はつせがは) 白木綿花(しらゆふはな)に 落激(おちたぎ)つ ()(さや)けみと ()()(われ)

       隱國泊瀨川 白木綿花之所如 湍急落激甚 川瀨清爽曠神怡 來見此景吾是矣

      佚名 1107


1108 【承前,十六第九。】

     泊瀨川 流水尾之 湍乎早 井提越浪之 音之清久

     泊瀨川(はつせがは) (なが)るる水脈(みを)の ()(はや)み ()()(なみ)の 音清(おとのきよ)けく

       隱國泊瀨川 澪脈逝水去不止 以彼湍瀨速 越堰之波音清澈 潺潺入耳曠神怡

      佚名 1108


1109 【承前,十六第十。】

     佐檜乃熊 檜隅川之 瀨乎早 君之手取者 將緣言毳

     佐檜隈(さひのくま) 檜隈川(ひのくまがは)の ()(はや)み (きみ)手取(てと)らば 言寄(ことよ)せむかも

       佐日隈迴兮 檜隈川流瀨且速 猶彼逝水急 一旦吾執子手者 不消幾時蜚語傳

      佚名 1109


1110 【承前,十六十一。】

     湯種蒔 荒木之小田矣 求跡 足結出所沾 此水之湍爾

     湯種蒔(ゆだねま)く (あら)きの小田(をだ)を (もと)めむと 足結出濡(あゆひいでぬ)れぬ 此川瀨(このかはのせ)

       欲求蒔湯種 開墾新田惠三世 遍求覓良田 足結出濡盡沾濕 來回步巡此川瀨

      佚名 1110


1111 【承前,十六十二。】

     古毛 如此聞乍哉 偲兼 此古川之 清瀨之音矣

     (いにしへ)も 如此聞(かくき)きつつか (しの)ひけむ 此布留川(このふるがは)の 清瀨音(きよきせのおと)

       曩昔古時人 蓋亦如此聽聞而 馳偲賞翫乎 傾聽此地布留川 清瀨湍音響潺潺

      佚名 1111


1112 【承前,十六十三。】

     波禰蘰 今為妹乎 浦若三 去來率去河之 音之清左

     葉根蘰(はねかづら) (いま)する(いも)を 衷若(うらわか)み 去來率川(いざいざかは)の 音清(おとのさや)けさ

       今織葉根蘰 結環飾首姑娘矣 其年齒方稚 以故去來率川者 湍音清清摧無息

      佚名 1112


1113 【承前,十六十四。】

     此小川 白氣結 瀧至 八信井上爾 事上不為友

     此小川(このをがは) (きり)(むす)べる 激行(たきちゆ)く 走井上(はしりゐのうへ)に 言舉(ことあ)げせねども

       潺潺此小川 白氣露凝漫霧結 瀧水激落兮 激泉八信走井上 吾未揚言何若此

      佚名 1113


1114 【承前,十六十五。】

     吾紐乎 妹手以而 結八川 又還見 萬代左右荷

     ()(ひも)を (いも)手以(てもち)て 結八川(ゆふやがは) 復返見(またかへりみ)む 萬代迄(よろづよまで)

       逢瀨纏綿後 妹手所結吾衣紐 襲名結八川 吾欲再三復返見 直至千世萬代後

      佚名 1114


1115 【承前,十六十六。】

     妹之紐 結八河內乎 古之 并人見等 此乎誰知

     (いも)(ひも) 結八河內(ゆふやかふち)を (いにしへ)の 皆人見(みなひとみ)きと (ここ)誰知(たれし)

       與妻相手結 結八之川河內矣 曩古往昔時 殿上宮人皆見歟 此事真偽誰人知

      佚名 1115


1116 詠露

     烏玉之 吾黑髮爾 落名積 天之露霜 取者消乍

     烏玉(ぬばたま)の ()黑髮(くろかみ)に 降滯(ふりなづ)む 天露霜(あまのつゆしも) ()れば()につつ

       漆黑烏玉兮 吾人青絲黑髮上 紛紛所降置 斑白天之露霜者 取之乍消融逝矣

      佚名 1116


1117 詠花

     嶋迴為等 礒爾見之花 風吹而 波者雖緣 不取不止

     島迴(しまみ)すと (いそ)()(はな) 風吹(かぜふ)きて (なみ)()すとも ()らずは()まじ

       嶋迴漁獵時 磯上見花貌姣好 縱雖狂風拂 捲起駭浪波濤來 吾豈堪得不取哉

      佚名 1117


1118 詠葉

     古爾 有險人母 如吾等架 彌和乃檜原爾 插頭折兼

     (いにしへ)に (あり)けむ(ひと)も ()(ごと)か 三輪檜原(みわのひはら)に 髻首(かざ)()りけむ

       遙想過往時 所在故人當何如 蓋如吾等者 身居三輪檜原間 折枝髻首插頭哉

      柿本人麻呂 1118


1119 【承前,第二。】

     徃川之 過去人之 手不折者 裏觸立 三和之檜原者

     行川(ゆくかは)の ()ぎにし(ひと)の 手折(たを)らねば 衷觸(うらぶ)()てり 三輪檜原(みわのひはら)

       逝水如斯夫 故人以往不復在 無人為手折 故吾孤零佇此地 三輪笠縫檜原間

      柿本人麻呂 1119

         右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1120 詠蘿

     三芳野之 青根我峯之 蘿席 誰將織 經緯無二

     御吉野(みよしの)の 青根峰(あをねがみね)の 蘿席(こけむしろ) (たれ)()りけむ 經緯無(たてぬきな)しに

       三芳御吉野 青根峰上蘿席茂 苔蘚絨毯者 此是孰人所織乎 既無經緯亦無絲

      佚名 1120


1121 詠草

     妹等所 我通路 細竹為酢寸 我通 靡細竹原

     妹等所(いもらがり) ()行道(ゆくみち)の 篠芒(しのすすき) (われ)(かよ)はば (なび)篠原(しのはら)

       前往吾妻許 我所行道篠原上 細竹芒薄等 當吾路過所通時 還願皆靡此篠原

      佚名 1121


1122 詠鳥

     山際爾 渡秋沙乃 行將居 其河瀨爾 浪立勿湯目

     山際(やまのま)に (わた)秋沙(あきさ)の ()きて()む 其川瀨(そのかはのせ)に 波立(なみた)勿努(なゆめ)

       山際峽會間 越度雁鴨秋沙之 行居所降止 停歇此川瀨之間 還願風波切莫起

      佚名 1122


1123 【承前,第二。】

     佐保河之 清河原爾 鳴知鳥 河津跡二 忘金都毛

     佐保川(さほがは)の 清川原(きよきかはら)に 鳴千鳥(なくちどり) (かはづ)(ふた)つ 忘兼(わすれか)ねつも

       千鳥齊鳴兮 清澈佐保川原間 爭啼千鳥與 此起彼落鳴蛙者 雙雙難忘永銘心

      佚名 1123


1124 【承前,第三。】

     佐保川爾 小驟千鳥 夜三更而 爾音聞者 宿不難爾

     佐保川(さほがは)に 騷驟(さをど)千鳥(ちどり) 夜降(よくた)ちて ()聲聞(こゑき)けば 寢難(いねかて)なくに

       千鳥齊鳴兮 小驟保川原間 躍步千鳥矣 夜入三更聞汝聲 輾轉難眠不易睡

      佚名 1124


1125 思故鄉

     清湍爾 千鳥妻喚 山際爾 霞立良武 甘南備乃里

     清瀨(きよきせ)に 千鳥妻呼(ちどりつまよ)び 山際(やまのま)に 霞立(かすみた)つらむ 神奈備里(かむなびのさと)

       故京清湍間 千鳥喚妻呼鳴啼 吐息化水氣 霞湧彌熳滿山間 飛鳥神奈備之里

      佚名 1125


1126 【承前,第二。】

     年月毛 末經爾 明日香川 湍瀨由渡之 石走無

     年月(としつき)も 未經無(いまだへな)くに 明日香川(あすかがは) 瀨瀨(せぜ)(わた)しし 石橋(いしばし)()

       自遷都以來 未經年月不幾時 明日香川間 用以渡所湍瀨之 石橋已逝不復存

      佚名 1126


1127 詠井

     隕田寸津 走井水之 清有者 癈者吾者 去不勝可聞

     落激(おちたぎ)つ 走井水(はしりゐみづ)の (きよ)くあれば ()きては(われ)は 行克(ゆきかて)ぬかも

       落激走水之 激泉湧井洴滂渤 見彼泉清冽 不忍置之擅離去 徒佇此處沉幽思

      佚名 1127


1128 【承前,第二。】

     安志妣成 榮之君之 穿之井之 石井之水者 雖飲不飽鴨

     馬醉木成(あしびな)す (さか)えし(きみ)が ()りし()の 石井水(いしゐのみづ)は ()めど()かぬかも

       馬醉木成兮 榮極一時吾君之 穿鑿所掘井 石井之水味甘美 飲之幾度仍不厭

      佚名 1128


1129 詠倭琴

     琴取者 嘆先立 盖毛 琴之下樋爾 嬬哉匿有

     琴取(ことと)れば (なげ)先立(さきだ)つ (けだ)しくも 琴下樋(ことのしたび)に (つま)(こも)れる

       每取和琴者 嘆息先立總唏噓 蓋是琴下樋 槽板龍背箱庭間 玉殞亡妻隱其間

      佚名 1129


1130 芳野作 【五首第一。】

     神左振 磐根己凝敷 三芳野之 水分山乎 見者悲毛

     (かむ)さぶる 岩根凝(いはねこごし)き 御吉野(みよしの)の 水分山(みくまりやま)を ()れば(かな)しも

       神氣發震懾 磐根凝敷嚴聳立 三芳御吉野 今見吉野水分山 不覺哀悲從衷來

      佚名 1130


1131 【承前,五首第二。】

     皆人之 戀三芳野 今日見者 諾母戀來 山川清見

     皆人(みなひと)の ()ふる御吉野(みよしの) 今日見(けふみ)れば (うべ)()ひけり 山川清(やまかはきよ)

       眾人無例外 皆戀三芳御吉野 今日得見者 理宜誠然慕戀矣 見彼山清水澈秀

      佚名 1131


1132 【承前,五首第三。】

     夢乃和太 事西在來 寤毛 見而來物乎 念四念者

     夢浀(いめのわだ) (こと)にしありけり (うつつ)にも ()()(もの)を (おも)ひし(おも)へば

       夢浀十八灣 嚴名雖峻實不然 今覺寤於現 來而見之何難有 只在心思之所至

      佚名 1132


1133 【承前,五首第四。】

     皇祖神之 神宮人 冬薯蕷葛 彌常敷爾 吾反將見

     天皇(すめろき)の 神宮人(かみのみやひと) 冬薯蕷蔓(ところづら) 彌常(いやとこ)しくに 我返見(われかへりみ)

       皇祖神宗之 累代神之宮人矣 冬薯蕷葛兮 彌常更盛歷永久 吾將返見來再三

      佚名 1133


1134 【承前,五首第五。】

     能野川 石迹柏等 時齒成 吾者通 萬世左右二

     吉野川(よしのがは) 巖跡柏(いはどかしは)と 常磐成(ときはな)す (われ)(かよ)はむ 萬代迄(よろづよまで)

       其猶吉野川 巖跡柏者成常磐 歷久彌不變 吾通此地心不易 直至千世萬代後

      佚名 1134


1135 山背作 【五首第一。】

     氏河齒 與杼湍無之 阿自呂人 舟召音 越乞所聞

     宇治川(うぢがは)は 淀瀨無(よどせな)からし 網代人(あじろひと) 舟呼(ふねよ)ばふ(こゑ) 彼此聞(をちこちき)こゆ

       菟道宇治川 淺緩淀瀨無有矣 杭簀網代人 漁捕冰魚呼舟聲 此起彼落咸可聞

      佚名 1135


1136 【承前,五首第二。】

     氏河爾 生菅藻乎 河早 不取來爾家里 裹為益緒

     宇治川(うぢがは)に ()ふる菅藻(すがも)を 川速(かははや)み ()らず()にけり (つと)にせ(まし)

       菟道宇治川 河中所生菅藻者 以其川水速 無奈不採而來矣 本欲裹之為土毛

      佚名 1136


1137 【承前,五首第三。】

     氏人之 譬乃足白 吾在者 今齒與良增 木積不來友

     宇治人(うぢひと)の (たとひ)網代(あじろ) (われ)ならば (いま)()らまし 木屑來(こつみこ)ずとも

       宇治八十氏 宮人喻諺網代者 吾若在此處 今頃佳人自寄來 何待柘枝逐流至

      佚名 1137


1138 【承前,五首第四。】

     氏河乎 船令渡呼跡 雖喚 不所聞有之 楫音毛不為

     宇治川(うぢがは)を 舟渡(ふねわた)せをと ()ばへども ()こえずあらし 楫音(かぢのおと)()

       菟道宇治川 欲攬扁舟以船渡 雖喚舟不來 蓋是不聞吾召聲 楫音不為無船寄

      佚名 1138


1139 【承前,五首第五。】

     千早人 氏川浪乎 清可毛 旅去人之 立難為

     千早人(ちはやひと) 宇治川波(うぢがはなみ)を (きよ)みかも 旅行人(たびゆくひと)の 立難(たちかて)にする

       千早逸靈威 宇治川水波澄明 以彼水清澈 旅行之人翫水清 流連忘返難相去

      佚名 1139


1140 攝津作 【廿一第一。○新古今0910。】
1141 【承前,廿一第二。】

     武庫河 水尾怱 赤駒 足何久激 沾祁流鴨

     武庫川(むこがは)の 水脈(みを)(はや)みと 赤駒(あかごま)の 足搔(あが)(たぎ)ちに ()れにけるかも

       以其武庫川 水脈澪流速疾故 栗毛赤駒之 足搔激越水沫濺 沾衣濡兮漬裳溼

      佚名 1141


1142 【承前,廿一第三。】

     命 幸久吉 石流 垂水水乎 結飲都

     (いのち)をし (さき)()けむと 石走(いはばし)る 垂水水(たるみのみづ)を (むす)びて()みつ

       祈命能長久 安幸無恙常健朗 石走迸流水 飛瀧蘊勁垂水兮 合手誠心掬飲矣

      佚名 1142


1143 【承前,廿一第四。○續古今1642。】
1144 【承前,廿一第五。】

     悔毛 滿奴流鹽鹿 墨江之 岸乃浦迴從 行益物乎

     (くや)しくも 滿()ちぬる(しほ)か 住吉(すみのえ)の 岸浦迴(きしのうらみ)ゆ ()益物(ましもの)

       後悔已莫及 漲潮滿來路已沒 當自墨江之 住吉岸崖浦迴處 步其沙州今既晚

      佚名 1144


1145 【承前,廿一第六。】

     為妹 貝乎拾等 陳奴乃海爾 所沾之袖者 雖涼常不干

     (いも)(ため) (かひ)(ひり)ふと 千沼海(ちぬのうみ)に ()れにし(そで)は ()せど(かわ)かず

       為贈吾妹妻 遍尋四周揀美貝 和泉千沼海 所沾濡濕吾袖者 雖然涼之常不乾

      佚名 1145


1146 【承前,廿一第七。】

     目頰敷 人乎吾家爾 住吉之 岸乃黃土 將見因毛欲得

     (めづら)しき (ひと)我家(わぎへ)に 住吉(すみのえ)の 岸埴生(きしのはにふ)を ()(よし)もがも

       親親所珍愛 良人今通來吾家 墨江住吉之 岸之黃土埴生者 冀能得見嘆無暇

      佚名 1146


1147 【承前,廿一第八。○新敕撰1279。】
1148 【承前,廿一第九。】

     馬雙而 今日吾見鶴 住吉之 岸之黃土 於萬世見

     馬並(うまな)めて 今日我(けふわ)()つる 住吉(すみのえ)の 岸埴生(きしのはにふ)を 萬代(よろづよ)()

       列馬出遊行 今日吾所見得者 墨江住吉之 岸之埴生黃土矣 還欲再覽至萬世

      佚名 1148


1149 【承前,廿一第十。】

     住吉爾 徃云道爾 昨日見之 戀忘貝 事二四有家里

     住吉(すみのえ)に ()くと()(みち)に 昨日見(きのふみ)し 戀忘貝(こひわすれがひ) (こと)にし()りけり

       人云徃住吉 所行道中昨日見 戀忘貝也者 空有虛有名卻無實 不能解憂緩戀苦

      佚名 1149


1150 【承前,廿一十一。】

     墨吉之 岸爾家欲得 奧爾邊爾 緣白浪 見乍將思

     住吉(すみのえ)の (きし)(いへ)もが (おき)()に ()する白波(しらなみ) ()つつ(しの)はむ

       冀於住吉之 墨江濱岸有邸者 瀛沖至邊岸 所寄緣來白浪矣 欲得不厭常眺望

      佚名 1150


1151 【承前,廿一十二。】

     大伴之 三津之濱邊乎 打曝 因來浪之 逝方不知毛

     大伴(おほとも)の 御津濱邊(みつのはまへ)を 打曝(うちさら)し 寄來(よせく)(なみ)の 行方知(ゆくへし)らずも

       難波大伴之 三津御濱白砂岸 欲洗曝白而 緣來寄岸白浪者 不知行蹤將何去

      佚名 1151


1152 【承前,廿一十三。】

     梶之音曾 髣髴為鳴 海末通女 奧藻苅爾 舟出為等思母【一云,暮去者,梶之音為奈利。】

     楫音(かぢのおと)そ 彷彿(ほのか)にすなる 海人娘子(あまをとめ) 沖藻刈(おきつもか)りに 舟出(ふなで)すらしも一云(またにいふ)夕去(ゆふさ)れば、楫音(かぢのおと)(なり)。】

       船楫梶音聲 彷彿之間猶可聞 海人娘子矣 為刈沖藻取海幸 榜船出舟入瀛哉【一云,時值夕暮時,船梶之音猶可聞。】

      佚名 1152


1153 【承前,廿一十四。】

     住吉之 名兒之濱邊爾 馬立而 玉拾之久 常不所忘

     住吉(すみのえ)の 名兒濱邊(なごのはまへ)に 馬立(うまた)てて 玉拾(たまひり)ひしく 常忘(つねわす)らえず

       墨江住吉之 名兒濱邊駐馬停 下馬而拾玉 其事其景常留心 歷久不忘存所念

      佚名 1153


1154 【承前,廿一十五。】

     雨者零 借廬者作 何暇爾 吾兒之鹽干爾 玉者將拾

     (あめ)()る 假廬(かりほ)(つく)る 何時間(いつのま)に 吾兒潮干(あごのしほひ)に (たま)(ひり)はむ

       為避雨零者 權設假廬以宿身 何時之間乎 身居吾兒潮干瀉 屈身拾得玉石來

      佚名 1154


1155 【承前,廿一十六。】

     奈吳乃海之 朝開之奈凝 今日毛鴨 礒之浦迴爾 亂而將有

     名兒海(なごのうみ)の 朝明餘波(あさけのなごり) 今日(けふ)もかも 磯浦迴(いそのうらみ)に (みだ)れてあるらむ

       住吉名兒海 朝明晨曦餘波者 今日亦如斯 散落磯岸浦迴間 漣漪紊亂盪漾哉

      佚名 1155


1156 【承前,廿一十七。】

     住吉之 遠里小野之 真榛以 須禮流衣乃 盛過去

     住吉(すみのえ)の 遠里小野(とほさとをの)の 真榛以(まはりも)ち ()れる(ころも)の 盛過徃(さかりすぎゆ)

       墨江住吉之 遠里小野真榛生 吾以彼榛實 摺染之裳年華去 已然褪色不復華

      佚名 1156


1157 【承前,廿一十八。】

     時風 吹麻久不知 阿胡乃海之 朝明之鹽爾 玉藻苅奈

     時風(ときつかぜ) ()かまく()らず 吾兒海(あごのうみ)の 朝明潮(あさけのしほ)に 玉藻刈(たまもか)りてな

       不知時風者 何時將拂濤浪至 住吉吾兒海 朝明之際潮乾時 去來採集刈玉藻

      佚名 1157


1158 【承前,廿一十九。】

     住吉之 奧津白浪 風吹者 來依留濱乎 見者淨霜

     住吉(すみのえ)の 沖白波(おきつしらなみ) 風吹(かぜふ)けば 來寄(きよ)する(はま)を ()れば(きよ)しも

       墨江住吉之 遠洋瀛津白浪矣 每逢風吹者 來寄緣岸滌濱邊 見之清淨心澄澈

      佚名 1158


1159 【承前,廿一二十。】

     住吉之 岸之松根 打曝 緣來浪之 音之清羅

     住吉(すみのえ)の 岸松(きしのまつ)() 打曝(うちさら)し 寄來(よせく)(なみ)の 音清(おとのさや)けさ

       墨江住吉之 邊岸所生松根矣 欲為濯其根 前後緣來所寄浪 其音爽朗響清清

      佚名 1159


1160 【承前,廿一廿一。○續古今1636。】
1161 羈旅作 【九十第一。】

     離家 旅西在者 秋風 寒暮丹 鴈喧度

     家離(いへざか)り (たび)にしあれば 秋風(あきかぜ)の 寒夕(さむきゆふへ)に 雁鳴渡(かりなきわた)

       離家去故鄉 隻身羈旅在外者 秋風吹瑟瑟 寒景淒涼沁骨凍 飛鴈鳴渡道蕭寂

      佚名 1161


1162 【承前,九十第二。】

     圓方之 湊之渚鳥 浪立也 妻唱立而 邊近著毛

     的形(まとかた)の 湊渚鳥(みなとのすどり) 波立(なみた)てや 妻呼立(つまよびた)てて ()近付(ちかづ)くも

       伊勢的形之 湊間洲渚之鳥者 蓋因浪湧哉 高聲呼妻喚佳偶 飛來近岸緣濱邊

      佚名 1162


1163 【承前,九十第三。】

     年魚市方 鹽干家良思 知多乃浦爾 朝榜舟毛 奧爾依所見

     年魚市潟(あゆちがた) 潮干(しほひ)にけらし 知多浦(したのうら)に 朝漕(あさこ)(ふね)も (おき)()()

       年魚市潟矣 其今蓋是退潮時 吾見知多浦 朝榜之舟離岸遠 依於沖瀛狀可見

      佚名 1163


1164 【承前,九十第四。】

     鹽干者 共滷爾出 鳴鶴之 音遠放 礒迴為等霜

     潮干(しほふ)れば (とも)(かた)()で 鳴鶴(なくたづ)の 聲遠放(こゑとほざか)る 磯迴(いそみ)すらしも

       每逢退潮時 一同共自潟飛去 鳴鶴聲漸遠 蓋是翱翔離此處 磯迴濱岸覓漁食

      佚名 1164


1165 【承前,九十第五。】

     暮名寸爾 求食為鶴 鹽滿者 奧浪高三 己妻喚

     夕凪(ゆふなぎ)に (あさり)する(たづ) 潮滿(しほみ)てば 沖波高(おきなみたか)み (おの)妻呼(つまよ)

       夕暮風平時 將漁求食之鶴矣 當於滿潮者 以其瀛浪湧駭高 鳴喚己妻啼聲響

      佚名 1165


1166 【承前,九十第六。】

     古爾 有監人之 覓乍 衣丹揩牟 真野之榛原

     (いにしへ)に (あり)けむ(ひと)の (もと)めつつ (きぬ)()りけむ 真野榛原(まののはりはら)

       回顧曩昔時 太古之人所尋覓 欲取榛實而 摺染衣裳渲杉華 長田真野之榛原

      佚名 1166


1167 【承前,九十第七。】

     朝入為等 礒爾吾見之 莫告藻乎 誰嶋之 白水郎可將苅

     (あさり)すと (いそ)()()し 莫告藻(なのりそ)を (いづれ)(しま)の 海人(あま)()りけむ

       吾欲為漁獵 而於礒上之所見 莫告藻者也 其是海人白水郎 苅於何島集在此

      佚名 1167


1168 【承前,九十第八。】

     今日毛可母 奧津玉藻者 白浪之 八重折之於丹 亂而將有

     今日(けふ)もかも 沖玉藻(おきつたまも)は 白波(しらなみ)の 八重折(やへを)るが(うへ)に (みだ)れてあるらむ

       今日亦如斯 沖瀛玉藻漂逐流 白浪捲驚濤 八重波折駭天湧 玉藻為之散紊亂

      佚名 1168


1169 【承前,九十第九。】

     近江之海 湖者八十 何爾加 公之舟泊 草結兼

     近江海(あふみのうみ) (みなと)八十(やそ)ち 何方(いづく)にか (きみ)舟泊(ふねは)て 草結(くさむす)びけむ

       淡海近江海 湖湊遍在八十沼 以其湊且眾 不知君舟泊何方 結草假廬宿異地

      佚名 1169


1170 【承前,九十第十。】

     佐左浪乃 連庫山爾 雲居者 雨曾零智否 反來吾背

     樂浪(ささなみ)の 連庫山(なみくらやま)に 雲居(くもゐ)れば (あめ)()るちふ 歸來我(かへりこわ)()

       碎波樂浪之 近江淡海連庫山 若逢雲居者 人云雨之將零也 還願速歸吾夫矣

      佚名 1170


1171 【承前,九十十一。】

     大御舟 竟而佐守布 高嶋之 三尾勝野之 奈伎左思所念

     大御船(おほみふね) ()てて(さもら)ふ 高島(たかしま)の 三尾勝野(みをのかつの)の (なぎさ)(おも)ほゆ

       乘輿大御船 泊於此地宮人仕 近江高島之 三尾勝野汀渚矣 吾今懷古騁幽思

      佚名 1171


1172 【承前,九十十二。】

     何處可 舟乘為家牟 高嶋之 香取乃浦從 己藝出來船

     何處(いづく)にか 舟乘(ふなの)りしけむ 高島(たかしま)の 香取浦(かとりのうら)ゆ 漕出來(こぎでく)(ふね)

       其自何方湊 乘舟而來榜出哉 近江高島之 香取之浦湖沼間 所榜出來扁舟者

      佚名 1172


1173 【承前,九十十三。】

     斐太人之 真木流云 爾布乃河 事者雖通 船會不通

     飛驒人(ひだひと)の 真木流(まきなが)すと()ふ 丹生川(にふのかは) (こと)(かよ)へど (ふね)(かよ)はぬ

       人云飛驒人 巧匠所以流真木 丹生川也者 雖然言語能傳過 無奈舟船不得通

      佚名 1173


1174 【承前,九十十四。】

     霰零 鹿嶋之埼乎 浪高 過而夜將行 戀敷物乎

     霰降(あられふ)り 鹿島崎(かしまのさき)を 波高(なみたか)み ()ぎてや()かむ (こひ)しき(もの)

       霰零雹降兮 鹿嶋之崎以浪高 不覺過而行 其觸景勝令人戀 寔欲委細觀翫矣

      佚名 1174


1175 【承前,九十十五。】

     足柄乃 筥根飛超 行鶴乃 乏見者 日本之所念

     足柄(あしがら)の 箱根飛越(はこねとびこ)え 行鶴(ゆくたづ)の (とも)しき()れば 大和(やまと)(おも)ほゆ

       險路足柄之 箱根嶺上行鶴翔 吾見其姿形 羨彼身輕輙越岑 不覺騁思念大和

      佚名 1175


1176 【承前,九十十六。】

     夏麻引 海上滷乃 奧洲爾 鳥者簀竹跡 君者音文不為

     夏麻引(なつそび)く 海上潟(うなかみがた)の 沖渚(おきつす)に (とり)(すだ)けど (きみ)(おと)()

       夏麻根引兮 下總海上潟之間 沖瀛洲渚上 鳥者相集喧鼎沸 君卻杳然無音信

      佚名 1176


1177 【承前,九十十七。】

     若狹在 三方之海之 濱清美 伊徃變良比 見跡不飽可聞

     若狹(わかさ)なる 三方海(みかたのうみ)の 濱清(はまきよ)み い行歸(ゆきかへ)らひ ()れど()かぬかも

       北陸若狹坐 三方五湖之海矣 以彼濱清淨 徃歸再三反復見 觀翫幾度不飽厭

      佚名 1177


1178 【承前,九十十八。】

     印南野者 徃過奴良之 天傳 日笠浦 波立見【一云,思賀麻江者,許藝須疑奴良思。】

     印南野(いなみの)は 行過(ゆきす)ぎぬらし 天傳(あまづた)ふ 日笠浦(ひかさのうら)に 波立(なみた)てり()一云(またにいふ)飾磨江(しかまえ)は、漕過(こぎす)ぎぬらし。】

       播磨印南野 既已徃過行去哉 渡空天傳兮 日笠之浦濤駭浪 洶湧之狀眼可見【一云,飾磨之江者,既已榜過漕去哉。】

      佚名 1178


1179 【承前,九十十九。】

     家爾之弖 吾者將戀名 印南野乃 淺茅之上爾 照之月夜乎

     (いへ)にして (あれ)()ひむな 印南野(いなみの)の 淺茅(あさぢ)(うへ)に ()りし月夜(つくよ)

       待吾歸故里 吾居家中將戀哉 播磨印南野 照臨淺茅原之上 晶瑩月夜誠難忘

      佚名 1179


1180 【承前,九十二十。】

     荒礒超 浪乎恐見 淡路嶋 不見哉將過去 幾許近乎

     荒磯越(ありそこ)す (なみ)(かしこ)み 淡路島(あはぢしま) ()ずか()ぎなむ 幾許近(ここだちか)きを

       駭浪越荒磯 以恐其浪震滔天 未見淡路嶋 急趨輙過令人惜 分明相去未幾許

      佚名 1180


1181 【承前,九十廿一。】

     朝霞 不止輕引 龍田山 船出將為日 吾將戀香聞

     朝霞(あさかすみ) ()まず棚引(たなび)く 龍田山(たつたやま) 舟出(ふなで)しなむ() 我戀(あれこ)ひむ(かも)

       朝霞層湧出 棚引頂上無息日 大和龍田山 待至乘船將出日 吾當眷戀難捨哉

      佚名 1181


1182 【承前,九十廿二。】

     海人小船 帆毳張流登 見左右荷 鞆之浦迴二 浪立有所見

     海人小舟(あまをぶね) ()かも()れると ()(まで)に 鞆浦迴(とものうらみ)に 波立(なみた)てり()

       海人白水郎 小舟揚帆之所如 見彼張一面 鞆之浦迴岸濱邊 濤天浪湧今可見

      佚名 1182


1183 【承前,九十廿三。】

     好去而 亦還見六 大夫乃 手二卷持在 鞆之浦迴乎

     真幸(まさき)くて 亦還見(またかへりみ)む 大夫(ますらを)の ()卷持(まきも)てる 鞆浦迴(とものうらみ)

       好去好來矣 願軍無恙再還見 人云大夫之 壯士之手所纏持 鞆之浦迴景奇勝

      佚名 1183


1184 【承前,九十廿四。】

     鳥自物 海二浮居而 奧浪 驂乎聞者 數悲哭

     (とり)(もの) (うみ)浮居(うきゐ)て 沖波(おきつなみ) (さわ)くを()けば 數多悲(あまたかな)しも

       非鳥而似鳥 浮居海上載浮沉 今聞沖瀛浪 潮騷之聲繞耳樑 傷悲不絕從衷來

      佚名 1184


1185 【承前,九十廿五。】

     朝菜寸二 真梶榜出而 見乍來之 三津乃松原 浪越似所見

     朝凪(あさなぎ)に 真楫漕出(まかぢこぎで)て ()つつ()し 三津松原(みつのまつばら) 波越(なみご)しに()

       朝凪風靜時 貫以真楫榜出而 望見漕來之 難波御津之松原 今越浪上遙可見

      佚名 1185


1186 【承前,九十廿六。】

     朝入為流 海未通女等之 袖通 沾西衣 雖干跡不乾

     (あさり)する 海人娘子等(あまをとめら)が 袖通(そでとほ)り ()れにし(ころも) ()せど(かわ)かず

       討海漁獵之 海人娘子少女等 霑衣通袖濕 所濡衣衫每水漬 縱雖干之總不乾

      佚名 1186


1187 【承前,九十廿七。】

     網引為 海子哉見 飽浦 清荒礒 見來吾

     網引(あびき)する 海人(あま)とか()らむ 飽浦(あくのうら)の 清荒磯(きよきありそ)を ()()(われ)

       他人之所見 蓋思曳網海人哉 所以在此者 來見飽浦清荒磯 翫景駐足吾是也

      佚名 1187

         右一首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1188 【承前,九十廿八。】

     山超而 遠津之濱之 石管自 迄吾來 含而有待

     山越(やまこ)えて 遠津濱(とほつのはま)の 岩躑躅(いはつつじ) ()()(まで)に (ふふ)みて在待(ありま)

       翻山越嶺兮 遠津之濱岩躑躅 岩躑躅也者 直至吾來再臨間 願仍含苞待我還

      佚名 1188


1189 【承前,九十廿九。】

     大海爾 荒莫吹 四長鳥 居名之湖爾 舟泊左右手

     大海(おほきうみ)に 嵐莫吹(あらしなふ)きそ 息長鳥(しながどり) 豬名湊(ゐなのみなと)に 舟泊(ふねは)つる(まで)

       滄溟大海間 還願狂嵐莫拂矣 相率息長鳥 直至船著豬名湊 吾泊此舟駐岸邊

      藤原房前 1189


1190 【承前,九十三十。】

     舟盡 可志振立而 廬利為 名子江乃濱邊 過不勝鳧

     船泊(ふねは)てて 枷振立(かしふりた)てて 廬為(いほりせ)む 名子江濱邊(なごえのはまへ) 過克(すぎかて)ぬかも

       泊船駐岸留 振立枷杭繫綱停 假廬宿於此 名子之江美濱邊 不得輙過欲流連

      藤原房前 1190


1191 【承前,九十卅一。】

     妹門 出入乃河之 瀨速見 吾馬爪衝 家思良下

     (いも)(かど) 出入川(いでいりのかは)の ()(はや)み ()馬躓(うまつまづ)く 家思(いへおも)ふらしも

       親親吾妻門 出入之川湍瀨急 乘馬躓不前 蓋是家人念吾歸 掛心不願吾行遠

      藤原房前 1191


1192 【承前,九十卅二。】

     白栲爾 丹保布信土之 山川爾 吾馬難 家戀良下

     白栲(しろたへ)に (にほ)真土(まつち)の 山川(やまがは)に ()馬滯(うまなづ)む 家戀(いへこ)ふらしも

       白栲之所如 含光真土山川間 乘馬滯不前 蓋是家人慕吾歸 掛心不願吾行遠

      藤原房前 1192


1193 【承前,九十卅三。】

     勢能山爾 直向 妹之山 事聽屋毛 打橋渡

     背山(せのやま)に (ただ)(むか)へる 妹山(いものやま) 事許(ことゆる)せやも 打橋渡(うちはしわた)

       蓋與勢能山 兄背之山直向之 妻妹之山者 許事聽聞所諾乎 今渡打橋船岡山

      藤原房前 1193


1194 【承前,九十卅四。】

     木國之 狹日鹿乃浦爾 出見者 海人之燎火 浪間從所見

     紀伊國(きのくに)の 雜賀浦(さひかのうら)に 出見(いでみ)れば 海人燈火(あまのともしび) 波間(なみのま)()

       麻裳良且秀 紀伊之國雜賀浦 出行遙望者 海人所燎燈火等 自於浪間可觀見

      藤原房前 1194


1195 【承前,九十卅五。】

     麻衣 著者夏樫 木國之 妹背之山二 麻蒔吾妹

     麻衣(あさごろも) ()れば(なつか)し 紀伊國(きのくに)の 妹背山(いもせのやま)に 麻蒔(あさま)我妹(わぎも)

       吾著麻衣者 不覺興感難捨離 麻裳良且秀 紀伊國間妹背山 蒔播麻種吾妹矣

      藤原房前 1195

         右七首者,藤原卿作。未審年月。


1196 【承前,九十卅六。】

     欲得裹登 乞者令取 貝拾 吾乎沾莫 奧津白浪

     (つと)もがと ()はば()らせむ 貝拾(かひひり)ふ (われ)()らす() 沖白波(おきつしらなみ)

       欲得裹土毛 人若乞者則令取 屈身拾貝矣 還冀莫濡漬我濕 沖津白浪聽我訴

      佚名 1196


1197 【承前,九十卅七。】

     手取之 柄二忘跡 礒人之曰師 戀忘貝 言二師有來

     ()()るが からに(わす)ると 海人言(あまのい)ひし 戀忘貝(こひわすれがひ) (こと)にしありけり

       俗諺手稍取 便可解憂忘戀苦 海人之所謂 戀忘貝者似虛名 空有其聲卻無實

      佚名 1197


1198 【承前,九十卅八。】

     求食為跡 礒二住鶴 曉去者 濱風寒彌 自妻喚毛

     (あさり)すと (いそ)棲鶴(すむたづ) ()けされば 濱風寒(はまかぜさむ)み 己妻呼(おのづまよ)ぶも

       求餌將為漁 棲於岩岸礒間鶴 每逢日曉時 以其濱風沁骨寒 難耐寂寥喚己妻

      佚名 1198


1199 【承前,九十卅九。】

     藻苅舟 奧榜來良之 妹之嶋 形見之浦爾 鶴翔所見

     藻刈(もか)(ぶね) 沖漕來(おきこぎく)らし (いも)(しま) 形見浦(かたみのうら)に 鶴翔(たづかけ)()

       海人苅藻舟 蓋已榜來至沖瀛 加太妹嶋上 形見之浦濱邊間 翔鶴騰空今可見

      佚名 1199


1200 【承前,九十四十。】

     吾舟者 從奧莫離 向舟 片待香光 從浦榜將會

     ()(ふね)は (おき)莫離(なさか)り 迎舟(むかへぶね) 片待難(かたまちがて)り (うら)漕逢(こぎあ)はむ

       扁扁吾舟者 莫經沖瀛離岸遠 濱邊迎向舟 枯等久待誠難耐 欲榜至浦期相會

      佚名 1200


1201 【承前,九十卌一。】

     大海之 水底豊三 立浪之 將依思有 礒之清左

     大海(おほきうみ)の 水底響(みなそことよ)み 立波(たつなみ)の ()せむと(おも)へる 礒清(いそのさや)けさ

       滄溟大海原 水底鼓盪響洶湧 所濤駭浪者 思將寄岸依濱去 以此岩岸礒清清

      佚名 1201


1202 【承前,九十卌二。】

     自荒礒毛 益而思哉 玉之裏 離小嶋 夢所見

     荒礒(ありそ)ゆも ()して(おも)へや 玉浦(たまのうら) (はな)小島(こしま)の (いめ)にし()ゆる

       荒礒景雖美 蓋吾思有更勝耶 命緒玉之浦 離岸小島繫心絃 常時幽夜現夢田

      佚名 1202


1203 【承前,九十卌三。】

     礒上爾 爪木折燒 為汝等 吾潛來之 奧津白玉

     礒上(いそのうへ)に 爪木折焚(つまぎをりた)き ()(ため)と ()潛來(かづきこ)し 沖白玉(おきつしらたま)

       身居荒磯上 折燒爪木取身暖 吾奉為汝而 潛下滄溟所拾來 奧津深邃白玉矣

      佚名 1203


1204 【承前,九十卌四。】

     濱清美 礒爾吾居者 見者 白水郎可將見 釣不為爾

     濱清(はまきよ)み (いそ)()()れば 見人(みむひと)は 海人(あま)とか()らむ ()りも為無(せな)くに

       以彼濱清美 吾人駐足在礒間 他人見我者 將疑吾作海人乎 分明非漁不為釣

      佚名 1204


1205 【承前,九十卌五。】

     奧津梶 漸漸志夫乎 欲見 吾為里乃 隱久惜毛

     沖梶(おきつかぢ) 漸漸(やくやく)しぶを ()まく()り ()がする(さと)の (かく)らく()しも

       船航至沖瀛 梶楫漸緩漸轉弱 還欲望長久 吾所思里繫方寸 隱於眼前令人惜

      佚名 1205


1206 【承前,九十卌六。】

     奧津波 部都藻纏持 依來十方 君爾益有 玉將緣八方【一云,沖津浪,邊浪布敷,緣來登母。】

     沖波(おきつなみ) 邊藻卷持(へつもまきも)ち 寄來(よせく)とも (きみ)(まさ)れる 玉寄(たまよ)せめやも一云(またにいふ)沖波(おきつなみ)邊波頻頻(へなみしくしく)寄來(よせく)とも。】

       遠瀛沖津波 卷持邊藻攜之至 依濱寄岸來 雖其持藻緣此地 豈攜美玉勝吾君【一云,遠瀛沖津浪,卷持邊藻頻頻至,依濱寄岸來。】

      佚名 1206


1207 【承前,九十卌七。】


1208 【承前,九十卌八。】

     妹爾戀 余越去者 勢能山之 妹爾不戀而 有之乏左

     (いも)()ひ ()越行(こえゆ)けば 背山(せのやま)の (いも)()ひずて ()るが(とも)しさ

       吾忍相思苦 與妻相離所越去 兄背勢能山 常與妹山相廝守 不惱戀苦令人羨

      佚名 1208


1209 【承前,九十卌九。】

     人在者 母之最愛子曾 麻毛吉 木川邊之 妹與背山

     (ひと)ならば (はは)愛子(まなご)そ 麻裳良(あさもよ)し 紀川邊(きのかはのへ)の (いも)()(やま)

       汝若為人者 當是母之最愛子 麻裳良且秀 紀伊川畔兩相望 妹與兄背此雙山

      佚名 1209


1210 【承前,九十五十。】

     吾妹子爾 吾戀行者 乏雲 並居鴨 妹與勢能山

     我妹子(わぎもこ)に ()戀行(こひゆ)けば (とも)しくも 並居(ならびを)るかも (いも)()(やま)

       心繫吾愛妻 掛念離情出行者 反觀令人羨 見彼並居長相守 紀伊妹與兄之山

      佚名 1210


1211 【承前,九十五一。】

     妹當 今曾吾行 目耳谷 吾耳見乞 事不問侶

     (いも)(あた)り (いま)()()く ()のみだに (あれ)()えこそ 言問(ことと)はずとも

       吾今將前去 到來所愛妹之邊 但願能相見 只願有緣能拜眉 無暇言問亦不悔

      佚名 1211


1212 【承前,九十五二。】

     足代過而 絲鹿乃山之 櫻花 不散在南 還來萬代

     足代過(あてす)ぎて 絲鹿山(いとかのやま)の 櫻花(さくらばな) ()らずもあらなむ 歸來(かへりく)(まで)

       今既過足代 到來絲鹿之山矣 妍哉櫻花者 願汝長盛莫早零 待吾歸來還欲賞

      佚名 1212


1213 【承前,九十五三。】

     名草山 事西在來 吾戀 千重一重 名草目名國

     名草山(なぐさやま) (こと)にしありけり ()()ふる 千重一重(ちへのひとへ)も (なぐさ)()くに

       所謂名草山 有名無實徒空聲 吾之所戀苦 縱令千重之一重 莫能得解其憂

      佚名 1213


1214 【承前,九十五四。○續古今1747。】
1215 【承前,九十五五。】

     玉津嶋 能見而伊座 青丹吉 平城有人之 待問者如何

     玉津島(たまつしま) ()()(いま)せ 青丹吉(あをによ)し 奈良(なら)なる(ひと)の 待問(まちと)はば如何(いか)

       汝當詳以觀 細翫和歌玉津島 青丹良且秀 奈良平城所居人 待問其景當何如

      佚名 1215


1216 【承前,九十五六。】

     鹽滿者 如何將為跡香 方便海之 神我手渡 海部未通女等

     潮滿(しほみ)たば 如何(いか)()むとか 海神(わたつみ)の (かみ)手渡(てわた)る 海人娘子等(あまをとめども)

       潮滿水漲者 其當如何將為哉 滄溟海神之 神威海峽今將渡 手弱海人娘子等

      佚名 1216


1217 【承前,九十五七。】

     玉津嶋 見之善雲 吾無 京徃而 戀幕思者

     玉津島(たまつしま) ()てし()けくも (あれ)()し (みやこ)()きて ()ひまく(おも)へば

       和歌玉津島 人觀美景心舒暢 然吾有憂思 唯恐其後去京師 思慕其景更惆悵

      佚名 1217


1218 【承前,九十五八。】

     黑牛乃海 紅丹穗經 百礒城乃 大宮人四 朝入為良霜

     黑牛海(くろうしのうみ) 紅匂(くれなゐにほ)ふ 百礒(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)し (あさり)すらしも

       紀伊黑牛海 染作丹紅耀赤輝 百敷宮闈間 八十伴緒大宮人 漁於濱邊所致乎

      藤原房前 1218

         以下,依錯簡,當為「藤原卿作」歌。


1219 【承前,九十五九。】

     若浦爾 白浪立而 奧風 寒暮者 山跡之所念

     若浦(わかのうら)に 白波立(しらなみた)ちて 沖風(おきつかぜ) 寒夕(さむきゆふ)は 大和(やまと)(おも)ほゆ

       若浦和歌浦 白浪濤天駭波湧 沖瀛風吹拂 天寒夕暮闇晚間 所念故鄉慕大和

      藤原房前 1219


1220 【承前,九十六十。】

     為妹 玉乎拾跡 木國之 湯等乃三埼二 此日鞍四通

     (いも)(ため) (たま)(ひり)ふと 紀伊國(きのくに)の 湯羅岬(ゆらのみさき)に 此日暮(このひく)らしつ

       一心為吾妻 欲拾珠玉為土毛 麻裳紀伊國 由良之崎湯羅岬 終日流連至暮時

      藤原房前 1220


1221 【承前,九十六一。】

     吾舟乃 梶者莫引 自山跡 戀來之心 未飽九二

     ()(ふね)の (かぢ)莫引(なひ)きそ 大和(やまと)より 戀來(こひこ)(こころ) 未飽(いまだあ)()くに

       噫呼吾船矣 莫引梶楫榜太急 吾自大和而 遠慕此地風光來 其心未飽意未盡

      藤原房前 1221


1222 【承前,九十六二。】

     玉津嶋 雖見不飽 何為而 裹持將去 不見人之為

     玉津島(たまつしま) ()れども()かず 如何(いか)にして 包持行(つつみもちゆ)かむ ()(ひと)(ため)

       和歌玉津島 見之幾度不厭飽 當如何而為 可將裹持攜行去 奉為未得見之者

      藤原房前 1222

         右,藤原卿作。未審年月。


1223 【承前,九十六三。】

     綿之底 奧己具舟乎 於邊將因 風毛吹額 波不立而

     海底(わたのそこ) 沖漕(おきこ)(ふね)を ()()せむ (かぜ)()かぬか 波立(なみた)てずして

       海底深奧處 榜自沖瀛所漕船 將寄於邊岸 何以風者亦不吹 浪靜不得順風助

      佚名 1223


1224 【承前,九十六四。】

     大葉山 霞蒙 狹夜深而 吾船將泊 停不知文

     大葉山(おほばやま) 霞棚引(かすみたなび)き 小夜更(さよふ)けて ()船泊(ふねは)てむ (とま)()らずも

       近江大葉山 深埋雲霞瀰漫間 昏昏夜已深 吾船將泊以寄岸 其湊不知何所依

      佚名 1224


1225 【承前,九十六五。】

     狹夜深而 夜中乃方爾 欝之苦 呼之舟人 泊兼鴨

     小夜更(さよふ)けて 夜中潟(よなかのかた)に (おほほ)しく ()びし船人(ふなびと) ()てにけむかも

       小夜既已深 漆黑烏玉夜中潟 彷彿迷茫間 闇中相喚船人等 將泊其船在何湊

      佚名 1225


1226 【承前,九十六六。】

     神前 荒石毛不所見 浪立奴 從何處將行 與奇道者無荷

     三輪崎(みわのさき) 荒磯(ありそ)()えず 波立(なみた)ちぬ 何處(いづく)()かむ 避道(よきぢ)()しに

       神前三輪崎 駭浪濤天蔽荒礒 險象令人畏 然愁當從何處行 苦無避道迂迴路

      佚名 1226


1227 【承前,九十六七。】

     礒立 奧邊乎見者 海藻苅舟 海人榜出良之 鴨翔所見

     (いそ)()ち 沖邊(おきへ)()れば 海布刈舟(めかりぶね) 海人漕出(あまこぎづ)らし 鴨翔(かもかけ)()

       立身礒岸上 望見沖邊奧津者 可見苅藻舟 海人出航榜船去 更見翔鴨劃大空

      佚名 1227


1228 【承前,九十六八。】

     風早之 三穗乃浦迴乎 榜舟之 船人動 浪立良下

     風早(かざはや)の 三穗浦迴(みほのうらみ)を 漕船(こぐふね)の 舟人騷(ふなびとさわ)く 波立(なみた)つらしも

       疾風吹猛勁 三穂姬嶋浦迴間 浮海榜舟之 船人騷動不得閒 蓋是風浪將湧至

      佚名 1228


1229 【承前,九十六九。】

     吾舟者 明石之湖爾 榜泊牟 奧方莫放 狹夜深去來

     ()(ふね)は 明石水門(あかしのみと)に 漕泊(こぎは)てむ (おき)莫離(なさか)り 小夜更(さよふ)けにけり

       噫呼吾舟者 明石水門湖湊間 願得榜泊矣 莫離邊岸往瀛去 小夜深去近三更

      佚名 1229


1230 【承前,九十七十。】

     千磐破 金之三埼乎 過鞆 吾者不忘 壯鹿之須賣神

     千早振(ちはやぶ)る 金岬(かねのみさき)を ()ぎぬとも (われ)(わす)れじ 志賀皇神(しかのすめかみ)

       千早振稜威 金岬天險今雖過 吾不忘險象 恩謝志賀海神社 國神加護貺旅順

      佚名 1230


1231 【承前,九十七一。】

     天霧相 日方吹羅之 水莖之 岡水門爾 波立渡

     天霧(あまぎ)らひ 日方吹(ひかたふ)くらし 水莖(みづくき)の 岡水門(をかのみなと)に 波立渡(なみたちわた)

       天霧空瀰漫 日方之風今拂矣 水莖瑞城兮 岡之水門港湊處 浪湧一面渡海行

      佚名 1231


1232 【承前,九十七二。】

     大海之 波者畏 然有十方 神乎齋祀而 船出為者如何

     大海(おほきうみ)の (なみ)(かしこ)し (しか)れども (かみ)(いの)りて 船出(ふなで)せば如何(いか)

       滄溟大海原 駭浪濤天令人畏 雖然如此者 齋祀神祇求冥貺 其後出船者如何

      佚名 1232


1233 【承前,九十七三。】

     未通女等之 織機上乎 真櫛用 搔上栲嶋 波間從所見

     娘子等(をとめら)が ()機上(はたのうへ)を 真櫛以(まくしも)ち 搔上(かか)栲島(たくしま) 波間(なみのま)()

       處女娘子等 編織妙絹織機上 持真櫛梳理 搔上栲兮栲島矣 其自波間今可見

      佚名 1233


1234 【承前,九十七四。】

     鹽早三 礒迴荷居者 入潮為 海人鳥屋見濫 多比由久和禮乎

     潮速(しほはや)み 磯迴(いそみ)()れば (かづ)きする 海人(あま)とや()らむ 旅行(たびゆ)(われ)

       海潮疾且速 吾居磯迴望之者 他人之所見 蓋思潛水海人哉 寔是行旅吾是也

      佚名 1234


1235 【承前,九十七五。】

     浪高之 奈何梶執 水鳥之 浮宿也應為 猶哉可榜

     波高(なみたか)し 奈何(いか)梶取(かぢとり) 水鳥(みづとり)の 浮寢(うきね)やすべき (なほ)()ぐべき

       浪高海象險 執梶之人當奈何 應如水鳥之 浮宿海上隨波蕩 或應尚榜趨岸哉

      佚名 1235


1236 【承前,九十七六。】

     夢耳 繼而所見乍 竹嶋之 越礒波之 敷布所念

     (いめ)のみに ()ぎて()えつつ 竹島(たかしま)の 礒越(いそこ)(なみ)の 頻頻思(しくしくおも)ほゆ

       唯有在夢中 繼而所見長相望 其如竹嶋之 越礒寄浪無止時 頻頻所念繫心絃

      佚名 1236


1237 【承前,九十七七。】

     靜母 岸者波者 緣家留香 此屋通 聞乍居者

     (しづ)けくも (きし)には(なみ)は ()せけるか 茲屋通(これのやとほ)し ()きつつ()れば

       嗚咽聲輕靜 濱邊波濤緣岸來 目雖不得見 豎耳傾聽便可察 越茲屋棟聲可聞

      佚名 1237


1238 【承前,九十七八。】

     竹嶋乃 阿戶白波者 動友 吾家思 五百入鉇染

     高島(たかしま)の 安曇白浪(あどしらなみ)は (さわ)けども (われ)家思(いへおも)ふ 廬悲(いほりかな)しみ

       近江竹嶋之 安曇之川白浪者 波音雖喧鬧 然我孤寂愁思家 悲於草枕廬異地

      佚名 1238


1239 【承前,九十七九。】

     大海之 礒本由須理 立波之 將依念有 濱之淨奚久

     大海(おほきうみ)の 礒本搖(いそもとゆす)り 立浪(たつなみ)の ()せむと(おも)へる 濱清(はまのきよ)けく

       滄溟大海原 鼓盪礒本振礁渤 所濤駭浪者 思將寄岸依濱去 以此沙岸濱清清

      佚名 1239


1240 【承前,九十七十。】

     珠匣 見諸戶山矣 行之鹿齒 面白四手 古昔所念

     玉櫛笥(たまくしげ) 三諸戶山(みもろとやま)を ()きしかば 面白(おもしろ)くして 古思(いにしへおも)ほゆ

       珠篋玉櫛笥 三諸戶山神奈備 行往見之者 風光明媚景宜人 不覺偲古念昔事

      佚名 1240


1241 【承前,九十八一。】

     黑玉之 玄髮山乎 朝越而 山下露爾 沾來鴨

     烏玉(ぬばたま)の 黑髮山(くろかみやま)を 朝越(あさこ)えて 山下露(やましたつゆ)に ()れにけるかも

       漆黑烏玉之 闇玄墨染黑髮山 今朝來越而 衣為山下露霑襟 漬之濡來裳未乾

      佚名 1241


1242 【承前,九十八二。】

     足引之 山行暮 宿借者 妹立待而 宿將借鴨

     足引(あしひき)の 山行暮(やまゆきぐ)らし 宿借(やどか)らば 妹立待(いもたちま)ちて 宿貸(やどか)さむかも

       足曳勢險峻 步行山中日將暮 欲得借宿者 佳人立待出門迎 可否貸宿棲此哉

      佚名 1242


1243 【承前,九十八三。】

     視渡者 近里迴乎 田本欲 今衣吾來 禮巾振之野爾

     見渡(みわた)せば 近里迴(ちかきさとみ)を 俳迴(たもとほ)り (いま)()()る 領巾振(ひれふ)りし()

       放眼視渡者 去此里迴路不遙 然以總徘迴 迂迴至今吾復來 昔日領巾振之野

      佚名 1243


1244 【承前,九十八四。】

     未通女等之 放髮乎 木綿山 雲莫蒙 家當將見

     娘子等(をとめら)が (はな)りの(かみ)を 木綿山(ゆふのやま) 雲莫棚引(くもなたなび)き 家邊見(いへのあたりみ)

       佳人娘子等 所放垂髮將為 木綿山頂上 還願浮雲莫蒙蔽 以吾遙欲見家鄉

      佚名 1244


1245 【承前,九十八五。】

     四可能白水郎乃 釣船之紼 不堪 情念而 出而來家里

     志賀海人(しかのあま)の 釣舟綱(つりぶねのつな) 堪難(あへかて)に (こころ)(おも)ひて (いで)()にけり

       志賀白水郎 釣舟舳綱之所如 不堪隱忍久 心懷情念無所堰 出行來兮欲相逢

      佚名 1245


1246 【承前,九十八六。○新古今1592。】


1247 【承前,九十八七。】

     大穴道 少御神 作 妹勢能山 見吉

     大汝(おほなみち) 少御神(すくなみかみ)の (つく)らしし 妹背山(いもせのやま)を ()らくし()しも

       大穴牟遲神 少彥名神相與共 攜手所造之 妹背之山誠秀麗 見之心曠復神怡

      柿本人麻呂 1247


1248 【承前,九十八八。】

     吾妹子 見偲 奧藻 花開在 我告與

     我妹子(わぎもこ)と ()つつ(しの)はむ 沖藻(おきつも)の 花咲(はなさ)きたらば (われ)()げこそ

       視如吾妹子 觀翫偲慕憶佳人 沖津勿告藻 若其花開綻放者 務必相告令吾知

      柿本人麻呂 1248


1249 【承前,九十八九。】

     君為 浮沼池 菱採 我染袖 沾在哉

     (きみ)(ため) 浮沼池(うきぬのいけ)の 菱摘(ひしつ)むと ()()めし(そで) ()れにけるかも

       為君至浮沼 摘採池中菱實歸 取菱浮沼池 吾所染袖為沾濕 漬濡更滲隨袖上

      柿本人麻呂 1249


1250 【承前,九十九十。】

     妹為 菅實採 行吾 山路惑 此日暮

     (いも)(ため) 菅實摘(すがのみつ)みに ()きし(われ) 山道(やまぢ)(まと)ひ 此日暮(このひく)らしつ

       欲為吾妻妹 摘取菅實為土毛 所出行吾者 惑於山路失其道 不覺日暮夕陽斜

      柿本人麻呂 1250

         右四首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1251 問答 【四首第一,詠鳥。】

     佐保河爾 鳴成智鳥 何師鴨 川原乎思努比 益河上

     佐保川(さほがは)に ()くなる千鳥(ちどり) (なに)しかも 川原(かはら)(しの)ひ 彌川上(いやかはのぼ)

       佐保川之上 齊聲爭鳴千鳥矣 何以如此許 偲慕川原翫其景 彌彌隨河趨川上

      佚名 1251


1252 【承前,四首第二,詠鳥。】

     人社者 意保爾毛言目 我幾許 師努布川原乎 標緒勿謹

     (ひと)こそば (おほ)にも()はめ ()幾許(ここだ) (しの)川原(かはら)を 標結(しめゆ)勿努(なゆめ)

       汝云鳥偲川 吾度人者更愛之 凡為靈長者 我戀川原慕幾許 切莫標結佔自賞

      佚名 1252

         右二首,詠鳥。


1253 【承前,四首第三,詠白水郎。】

     神樂浪之 思我津乃白水郎者 吾無二 潛者莫為 浪雖不立

     樂浪(ささなみ)の 志賀津海人(しがつのあま)は 我無(あれな)しに (かづ)きは莫為(なせ)そ 浪立(なみた)たずとも

       神樂碎浪之 志賀津之海人矣 當吾不在時 還願莫妄為沉潛 縱令風平浪不起

      佚名 1253


1254 【承前,四首第四,詠白水郎。】

     大船爾 梶之母有奈牟 君無爾 潛為八方 波雖不起

     大船(おほぶね)に (かぢ)しもあらなむ 君無(きみな)しに (かづ)きせめやも 波立(なみた)たずとも

       若其大船間 梶楫備具或可為 然君不在時 豈妄沉潛蹈滄溟 縱令風平浪不起

      佚名 1254

         右二首,詠白水郎。


1255 臨時 【十二第一。】

     月草爾 衣曾染流 君之為 深色衣 將摺跡念而

     月草(つきくさ)に (ころも)()むる (きみ)(ため) 深色衣(ふかいろごろも) ()らむと(おも)ひて

       手取月露草 摺染衣裳上墨藍 思欲為吾君 摺製深濃綵色衣 沁染此衣込吾念

      佚名 1255


1256 【承前,十二第二。】

     春霞 井上從直爾 道者雖有 君爾將相登 他迴來毛

     春霞(はるかすみ) 井上(ゐのうへ)(ただ)に (みち)()れど (きみ)()はむと 徘迴來(たもとほりく)

       春霞所居兮 井上直通道雖有 然欲與君逢 迴避不欲他人知 不辭道遠徘迴來

      佚名 1256


1257 【承前,十二第三。】

     道邊之 草深由利乃 花咲爾 咲之柄二 妻常可云也

     道邊(みちのへ)の 草深百合(くさぶかゆり)の 花笑(はなゑ)みに ()みしがからに (つま)()ふべしや

       道邊茂草深 叢間百合花開咲 吾別無此意 唯稍一笑若花綻 君何妄云作妻哉

      佚名 1257


1258 【承前,十二第四。】

     默然不有跡 事之名種爾 云言乎 聞知良久波 苛者有來

     默有(もだあ)らじと 言慰(ことのなぐさ)に 言事(いふこと)を 聞知(ききし)れらくは (から)くはありけり

       汝不欲默然 擇言酌字以為慰 雖聞此言事 然以悉知汝真意 不覺心酸由衷來

      佚名 1258


1259 【承前,十二第五。】

     佐伯山 于花以之 哀我 手鴛取而者 花散鞆

     佐伯山(さへきやま) 卯花持(うのはなも)ちし (かな)しきが ()をし()りてば (はな)()るとも

       佐伯山花盛 所持山間卯花之 愛憐娘子矣 若得執子攜汝手 縱令散華無所惜

      佚名 1259


1260 【承前,十二第六。】

     不時 斑衣 服欲香 嶋針原 時二不有鞆

     (とき)ならぬ 斑衣(まだらのころも) 著欲(きほ)しきか 島榛原(しまのはりはら) (とき)にあらねども

       欲著豔斑衣 然苦時節不相符 以為摺染之 島地榛原榛木者 旬時未臻仍須待

      佚名 1260


1261 【承前,十二第七。】

     山守之 里邊通 山道曾 茂成來 忘來下

     山守(やまもり)が 里邊(さとへ)(かよ)ふ 山道(やまみち)そ (しげ)(なり)ける (わす)れけらしも

       昔日山守之 通往人里山道矣 以其歷時久 雜草叢生化荒蕪 蓋為人所忘去哉

      佚名 1261


1262 【承前,十二第八。】

     足病之 山海石榴開 八峯越 鹿待君之 伊波比嬬可聞

     足引(あしひき)の 山椿咲(やまつばきさ)く 八峰越(やつをこ)え 鹿待(ししま)(きみ)が 齋妻哉(いはひづまかも)

       足曳勢險峻 君越山椿綻八峰 伏狩待豬鹿 妾身蓋猶齋妻哉 苦守空閨盼君歸

      佚名 1262


1263 【承前,十二第九。】

     曉跡 夜烏雖鳴 此山上之 木末之於者 未靜之

     (あかとき)と 夜烏鳴(よがらすな)けど 此山(このやま)の 木末(こぬれ)(うへ)は (いま)(しづ)けし

       庶庶天將明 夜烏雖然啼報曉 然在此山上 木末稍端今仍靜 何須匆忙歸太急

      佚名 1263


1264 【承前,十二第十。】

     西市爾 但獨出而 眼不並 買師絹之 商自許里鴨

     西市(にしのいち)に 唯獨出(ただひとりいで)て 目並(めなら)べず ()ひてし(きぬ)の (あき)じこりかも

       隻身出家門 獨至西市眼不並 未嘗精挑而 不曾細選所購絹 今悔輕率濫商矣

      佚名 1264


1265 【承前,十二十一。】

     今年去 新嶋守之 麻衣 肩乃間亂者 誰取見

     今年行(ことしゆ)く 新嶋守(にひしまもり)が 麻衣(あさごろも) 肩紕(かたのまよひ)は (たれ)取見(とりみ)

       今年將赴任 新就嶋守防人矣 其所著麻衣 肩上紕縷服弊者 誰人取見繕其裳

      佚名 1259


1266 【承前,十二十二。】

     大舟乎 荒海爾榜出 八船多氣 吾見之兒等之 目見者知之母

     大船(おほぶね)を 荒海(あるみ)漕出(こぎい)で 彌船操(やふねた)け ()()兒等(こら)が 目見(まみ)(しる)しも

       身乘大船中 榜出荒海蹈滄溟 彌操船遠去 然吾所見兒倩影 歷歷在目更難忘

      佚名 1266


1267 就所發思 【旋頭歌。】

     百師木乃 大宮人之 踏跡所 奧浪 來不依有勢婆 不失有麻思乎

     百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)の ()みし跡所(あとどころ) 沖波(おきつなみ) 來寄(きよ)らずありせば ()せざら(まし)

       百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 昔日遊樂之所踏 足印跡所者 若以沖浪不曾寄 或得不失今仍在

      佚名 1267

         右十七首,古歌集出。


1268 【承前。】

     兒等手乎 卷向山者 常在常 過徃人爾 徃卷目八方

     子等(こら)()を 卷向山(まきむくやま)は (つね)()れど ()ぎにし(ひと)に 行卷(ゆきま)かめやも

       兒等之手兮 纏向之地卷向山 此山雖常在 然憶過往已故人 可去相寢手枕哉

      柿本人麻呂 1268


1269 【承前。】

     卷向之 山邊響而 徃水之 三名沫如 世人吾等者

     卷向(まきむく)の 山邊響(やまへとよ)みて 行水(ゆくみづ)の 水沫如(みなわのごと)し 世人我等(よひとわれら)

       大和纏向地 卷向山邊所響徹 川流逝水之 須臾水沫之所如 世人我等無常矣

      柿本人麻呂 1269

         右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1270 寄物發思

     隱口乃 泊瀨之山丹 照月者 盈昃為焉 人之常無

     隱國(こもりく)の 泊瀨山(はつせのやま)に 照月(てるつき)は 滿闕(みちか)けしけり 人常無(ひとのつねな)

       盆底隱國兮 長谷泊瀨山頂上 懸空照月者 如其陰晴有盈闕 人亦虛渺復無常

      佚名 1270

         右一首,古歌集出。


1271 行路

     遠有而 雲居爾所見 妹家爾 早將至 步黑駒

     (とほ)(あり)て 雲居(くもゐ)()ゆる (いも)(いへ)に (はや)(いた)らむ (あゆ)黑駒(くろこま)

       久方遠在而 雲居彼端之所見 親親吾妻家 吾欲速至不容緩 汝當疾驅黑駒矣

      柿本人麻呂 1271

         右一首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1272 旋頭歌 【廿四第一。】

     劍後 鞘納野 葛引吾妹 真袖以 著點等鴨 夏草苅母

     大刀後(たちのしり) (さや)入野(いりの)に 葛引(くずひ)我妹(わぎも) 真袖以(まそでも)ち ()せてむとかも 夏草刈(なつくさか)るも

       大刀直劍後 太刀納鞘入野間 曳葛愛妻吾妹矣 蓋欲以兩袖 織作葛衣令吾著 今刈夏草除雜蓬

      柿本人麻呂 1272


1273 【承前,廿四第二。】

     住吉 波豆麻公之 馬乘衣 雜豆臈 漢女乎座而 縫衣敘

     住吉(すみのえ)の 波豆麻君(はづまのきみ)が 馬乘衣(うまのりころも) (さひづ)らふ 漢女(あやめ)()ゑて ()へる(ころも)

       墨江住吉之 波豆麻軍之所著 馭駒乘馬衣者矣 言語雜囀兮 漢女織匠招來而 所縫織成此衣也

      柿本人麻呂 1273


1274 【承前,廿四第三。】

     住吉 出見濱 柴莫苅曾尼 未通女等 赤裳下 閏將徃見

     住吉(すみのえ)の 出見濱(いでみのはま)の 柴莫刈(しばなか)りそね 娘子等(をとめら)が 赤裳裾(あかものすそ)の ()れて()かむ()

       墨江住吉之 出見之濱柴茂生 還願莫輙刈此柴 娘子迴濱邊 赤裳之裾水濡狀 吾欲窺之覓柴後

      柿本人麻呂 1274


1275 【承前,廿四第四。】

     住吉 小田苅為子 賤鴨無 奴雖在 妹御為 私田苅

     住吉(すみのえ)の 小田(をだ)()らす() (やつこ)かも()き 奴在(やつこあ)れど (いも)御為(みため)と 私田刈(わたくしだか)

       墨江住吉之 小田之間為苅子 汝蓋無奴私刈哉 吾非無奴矣 奴隸雖在吾不使 躬刈私田為吾妻

      柿本人麻呂 1275


1276 【承前,廿四第五。】

     池邊 小槻下 細竹苅嫌 其谷 公形見爾 監乍將偲

     池邊(いけのへ)の 小槻(をつき)(もと)の 篠勿刈(しのなか)りそね (それ)をだに (きみ)形見(かたみ)に ()つつ(しの)はむ

       池邊小槻下 槻許所生細竹矣 還願莫刈此篠竹 吾唯借其篠 以為夫君形見而 望之騁偲憶良人

      柿本人麻呂 1276


1277 【承前,廿四第六。】

     天在 日賣菅原 草莫苅嫌 彌那綿 香烏髮 飽田志付勿

     (あめ)なる 日賣菅原(ひめすがはら)の 草莫刈(くさなか)りそね 蜷腸(みなのわた) 香黑髮(かぐろきかみ)に (あくた)()くも

       久方高天兮 日賣菅原草茂繁 冀美娘子莫刈草 蜷腸卷貝兮 青絲烏玉香黑髮 塵芥付兮令人惋

      柿本人麻呂 1277


1278 【承前,廿四第七。】

     夏影 房之下邇 衣裁吾妹 裏儲 吾為裁者 差大裁

     夏蔭(なつかげ)の 妻屋下(つまやのした)に 衣裁(きぬた)我妹(わぎも) 裏設(うらま)けて ()為裁(ためた)たば 稍大(ややおほ)きに()

       夏蔭日影許 妻屋之下戶機間 裁縫織衣吾妹矣 禦寒設裏地 汝所裁若為吾者 當稍大裁以為之

      柿本人麻呂 1278


1279 【承前,廿四第八。】

     梓弓 引津邊在 莫謂花 及採 不相有目八方 勿謂花

     梓弓(あづさゆみ) 引津邊(ひきつのへ)なる 莫告藻花(なのりそのはな) 摘迄(つむまで)に ()はざらめやも 勿告藻花(なのりそのはな)

       梓弓張絃兮 引津邊處莫告藻 不謂名諱莫告藻 直至摘花時 不得相逢會晤哉 堅貞勿告藻之花

      柿本人麻呂 1279


1280 【承前,廿四第九。】

     撃日刺 宮路行丹 吾裳破 玉緒 念妄 家在矣

     內日射(うちひさ)す 宮道(みやぢ)()くに ()()()れぬ 玉緒(たまのを)の 思亂(おもひみだ)れて (いへ)()(まし)

       內日照臨兮 往還宮路大道時 吾裳破兮裾弊矣 魂絲玉緒兮 吾雖思亂情意紊 早知當忍居家中

      柿本人麻呂 1280


1281 【承前,廿四第十。】

     公為 手力勞 織在衣服敘 春去 何色 揩者吉

     (きみ)(ため) 手力疲(たぢからつか)れ ()りたる(きぬ)ぞ 春去(はるさ)らば 如何(いか)なる(いろ)に ()りてば()けむ

       其奉為吾君 精疲力竭所手織 入魂裁縫衣服矣 時值春日臨 當以何色摺染之 添沁色彩而良哉

      柿本人麻呂 1281


1282 【承前,廿四十一。】

     橋立 倉椅山 立白雲 見欲 我為苗 立白雲

     梯立(はしたて)の 倉橋山(くらはしやま)に ()てる白雲(しらくも) ()まく()り ()がするなへに ()てる白雲(しらくも)

       橋立豎梯兮 倉橋之山峰頂上 若有白雲則景勝 當吾心思至 欲見白雲所念時 白雲湧立現山嶺

      柿本人麻呂 1282


1283 【承前,廿四十二。】

     橋立 倉椅川 石走者裳 壯子時 我度為 石走者裳

     梯立(はしたて)の 倉橋川(くらはしがは)の 石橋(いしのはし)はも 男盛(をざか)りに ()(わた)してし 石橋(いしのはし)はも

       橋立豎梯兮 倉橋之川淺瀨處 石橋走石今何如 顧吾壯盛時 為訪佳人渡幾回 石橋走石今何如

      柿本人麻呂 1283


1284 【承前,廿四十三。】

     橋立 倉椅川 河靜菅 余苅 笠裳不編 川靜菅

     梯立(はしたて)の 倉橋川(くらはしがは)の 川靜菅(かはのしづすげ) ()()りて (かさ)にも()まぬ 川靜菅(かはのしづすげ)

       橋立豎梯兮 倉橋川間所從生 可憐川河靜菅矣 吾人雖手刈 然仍不及編為笠 可憐川河靜菅矣

      柿本人麻呂 1284


1285 【承前,廿四十四。】

     春日尚 田立羸 公哀 若草 孋無公 田立羸

     春日(はるひ)すら ()立疲(たちつか)る (きみ)(かな)しも 若草(わかくさ)の 妻無(つまな)(きみ)が ()立疲(たちつか)

       時值春日和 人多遊興君不與 疲於田務令人哀 親親若草兮 無妻相伴農夫矣 疲於田務令人哀

      柿本人麻呂 1285


1286 【承前,廿四十五。】

     開木代 來背社 草勿手折 己時 立雖榮 草勿手折

     山背(やましろ)の 久世社(くせのやしろ)の 草勿手折(くさなたを)りそ ()(とき)と 立榮(たちさか)ゆとも 草勿手折(くさなたを)りそ

       繼峰山城國 久世之社宮域間 久世社草莫手折 仿若云吾時 茂盛立榮展生氣 久世社草莫手折

      柿本人麻呂 1286


1287 【承前,廿四十六。】

     青角髮 依網原 人相鴨 石走 淡海縣 物語為

     青髻(あをみづら) 依網原(よさみのはら)に (ひと)()はぬ(かも) 石走(いはばし)る 近江縣(あふみのあがた)の 物語為(ものがたりせ)

       青髻碧角髮 碧海之郡依網原 莫有人來相會哉 石走迸流水 淡海相海近江縣 故事將為述物語

      柿本人麻呂 1287


1288 【承前,廿四十七。】

     水門 葦末葉 誰手折 吾背子 振手見 我手折

     水門(みなと)の 葦末葉(あしのうらば)を (たれ)手折(たを)りし ()背子(せこ)が ()()()むと (われ)手折(たを)りし

       港湊水門之 葦之末葉為所摘 葦之末葉誰手折 妾見我兄子 臨別招手道離情 葦之末葉吾手折

      柿本人麻呂 1288


1289 【承前,廿四十八。】

     垣越 犬召越 鳥獵為公 青山 葉茂山邊 馬安公

     垣越(かきご)しに 犬呼越(いぬよびこ)して 鳥獵(とがり)する(きみ) 青山(あをやま)の 葉茂山邊(はしげきやまへ)に 馬休(うまやす)(きみ)

       塀外越垣而 呼喚鷹犬來膝下 將為獵鷹吾君矣 當汝至青山 榮盛葉茂山邊處 當稍駐足令馬歇

      柿本人麻呂 1289


1290 【承前,廿四十九。】

     海底 奧玉藻之 名乘曾花 妹與吾 此何有跡 莫語之花

     海底(わたのそこ) 沖玉藻(おきつたまも)の 勿告藻花(なのりそのはな) (いも)(あれ)と 此處(ここ)にし(あり)と 莫語之花(なのりそのはな)

       海底深奧處 沖瀛玉藻之所綻 莫語勿告藻花矣 吾今與妹妻 私竊逢瀨此處者 切莫語兮藻花矣

      柿本人麻呂 1290


1291 【承前,廿四二十。】

     此岡 草苅小子 勿然苅 有乍 公來座 御馬草為

     此岡(このをか)に 草刈(くさか)(わらは) 勿然刈(なしかか)りそね (あり)つつも (きみ)來坐(きまさ)む 御馬草(みまくさ)()

       在於此岡間 苅草小子稚童矣 還欲莫刈如此然 願留此岡草 待於吾君來幸時 以為御馬食料草

      柿本人麻呂 1291


1292 【承前,廿四廿一。】

     江林 次完也物 求吉 白栲 袖纏上 完待我背

     江林(えばやし)に ()せる(しし)やも (もと)むるに()き 白栲(しろたへ)の 袖卷上(そでまきあ)げて 豬待(ししま)()()

       入江叢林間 豬鹿者潛匿伏間 欲求獲彼獸 捲上白栲兮 素織襟袖纏臂膀 伏待豬鹿吾兄子

      柿本人麻呂 1291


1293 【承前,廿四廿二。】

     丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊

     霰降(あられふ)り 遠江(とほつあふみ)の 吾跡川楊(あとかはやなぎ) ()れども (また)()ふと()ふ 吾跡川楊(あとかはやなぎ)

       丸雪零霰降 淡海湖北遠江之 高島吾跡川楊矣 人云雖苅而 須臾復生不曾息 安曇吾跡川楊矣

      柿本人麻呂 1293


1294 【承前,廿四廿三。】

     朝月日 向山 月立所見 遠妻 持在人 看乍偲

     朝付日(あさづくひ) 向山(むかひのやま)に 月立(つきた)てり()ゆ 遠妻(とほづま)を ()ちたる(ひと)は ()つつ(しの)はむ

       晨曦朝付日 彼方向山峰頂上 新月出兮狀可見 遠妻在家鄉 孤身旅外相別人 望見此月以偲哉

      柿本人麻呂 1294

         右廿三首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1295 【承前,廿四廿四。】

     春日在 三笠乃山二 月船出 遊士之 飲酒坏爾 陰爾所見管

     春日(かすが)なる 御笠山(みかさのやま)に 月舟出(つきのふねい)づ 風流士(みやびを)の ()酒杯(さかづき)に (かげ)()えつつ

       寧樂春日之 御蓋三笠山頂上 月舟出兮越大虛 風流遊士之 盛宴歡飲酒盃中 映得其影今可見

      佚名 1295




譬喻歌


1296 寄衣

     今造 斑衣服 面影 吾爾所念 未服友

     今作(いまつく)る  斑衣(まだらのころも) 面影(おもかげ)に (われ)(おも)ほゆ 未著(いまだき)ねども

       今造即將臻 艷斑衣裳華服矣 其面影猶幻 每每總現吾心懷 然實未服袖未通

      柿本人麻呂 1296


1297 【承前,第二。】

     紅 衣染 雖欲 著丹穗哉 人可知

     (くれなゐ)に 衣染(ころもそ)めまく ()しけども ()(にほ)はばか 人知(ひとのし)るべき

       雖欲染吾衣 沁作艷紅摺華美 然亦有所思 吾恐著之匂人目 為人所察天下知

      柿本人麻呂 1297


1298 【承前,第三。】

     干各 人雖云 織次 我廿物 白麻衣

     云云(かにかく)に (ひと)()ふとも 織繼(おりつ)がむ ()機物(はたもの)の 白麻衣(しろきあさごろも)

       諸人雖口傳 流言蜚語噂不斷 然欲繼織矣 吾之織機所縫紉 白妙素織麻衣矣

      柿本人麻呂 1298


1299 寄玉 【五首第一。】

     安治村 十依海 船浮 白玉採 人所知勿

     味鴨群(あぢむら)の (とを)よる(うみ)に 舟浮(ふねう)けて 白玉採(しらたまと)ると (ひと)()らゆ()

       味鴨所群聚 漂泊盪漾橈海上 浮船蹈滄溟 來採珍珠白玉者 還願莫令他人知

      柿本人麻呂 1299


1300 【承前,五首第二。】

     遠近 礒中在 白玉 人不知 見依鴨

     彼此(をちこち)の 礒中(いそのなか)なる 白玉(しらたま)を (ひと)()らえず ()(よし)もがも

       遠近相點落 彼此各處礒中藏 白玉珍珠者 可有方法窺明珠 卻不令他人知哉

      柿本人麻呂 1300


1301 【承前,五首第三。】

     海神 手纏持在 玉故 石浦迴 潛為鴨

     海神(わたつみ)の ()卷持(まきも)てる 玉故(たまゆゑ)に 礒浦迴(いそのうらみ)に (かづ)きするかも

       此玉何由來 海神手纏持在故 欲得其明珠 不辭艱辛海象險 沉潛荒礒浦迴間

      柿本人麻呂 1301


1302 【承前,五首第四。】

     海神 持在白玉 見欲 千遍告 潛為海子

     海神(わたつみ)の ()てる白玉(しらたま) ()まく()り 千度(ちたび)()りし (かづ)きする海人(あま)

       欲見海神之 手纏持在白玉故 心念其珍珠 千遍揚言詠唱告 沉潛滄溟白水郎

      柿本人麻呂 1302


1303 【承前,五首第五。】

     潛為 海子雖告 海神 心不得 所見不云

     (かづ)きする 海人(あま)()れども 海神(わたつみ)の (こころ)()ねば ()ゆと()()くに

       海人白水郎 雖告揚言將潛水 然以其不得 海神御心之所許 自然無緣見珍珠

      柿本人麻呂 1303


1304 寄木

     天雲 棚引山 隱在 吾下心 木葉知

     天雲(あまくも)の 棚引(たなび)(やま)の (こも)りたる ()下心(したごころ) 木葉知(このはし)るらむ

       其猶天雲之 棚引瀰漫山所如 隱在浮雲下 吾之本心無人察 唯有木葉能知之

      柿本人麻呂 1304


1305 【承前。】

     雖見不飽 人國山 木葉 己心 名著念

     ()れど()かぬ 人國山(ひとくにやま)の 木葉(このは)をば ()(こころ)から (なつか)しみ(おも)

       雖見不飽厭 他人國內山間之 可怜木葉矣 吾自方寸慕汝命 滿腔所念懷胸中

      柿本人麻呂 1305


1306 寄花

     是山 黃葉下 花矣我 小端見 反戀

     此山(このやま)の 黃葉下(もみちのした)の (はな)(あれ) 小端(はつはつ)()て 尚戀(なほこ)ひにけり

       生息此山之 黃葉之下樹蔭間 妍花綻於茲 吾人瞥見彼花開 反而更戀難釋懷

      柿本人麻呂 1306


1307 寄川

     從此川 船可行 雖在 渡瀨別 守人有

     此川(このかは)ゆ (ふね)()くべく (あり)()へど 渡瀨每(わたりぜごと)に 守人在(まもるひとあ)

       隨云經此川 渡船可行能乘越 然顧彼川間 灘灘渡瀨有守人 不得輙妄通其關

      柿本人麻呂 1307


1308 寄海

     大海 候水門 事有 從何方君 吾率凌

     大海(おほきうみ)を (さもら)水門(みなと) (こと)()らば 何方(いづへ)(きみ)は ()率凌(ゐしの)がむ

       汝居大海原 所侯水門港湊處 若逢有事者 可君率吾至何方 憑賴克險越難哉

      柿本人麻呂 1308


1309 【承前,第二。】

     風吹 海荒 明日言 應久 公隨

     風吹(かぜふ)きて (うみ)()るとも 明日(あす)()はば (ひさ)しくあるべし (きみ)(まにま)

       風吹濤浪起 海象荒險時不與 汝既云明日 妾身唯有引領盼 久俟空閨隨君意

      柿本人麻呂 1309


1310 【承前,第三。】

     雲隱 小嶋神之 恐者 目間 心間哉

     雲隱(くもがく)る 小島神(こしまのかみ)の (かしこ)けば ()(へだ)てども 心隔(こころへだ)てや

       雲隱不可見 小島之神令人恐 雖以畏其神 相隔兩地不相見 然吾倆心豈離哉

      柿本人麻呂 1310

         右十五首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。


1311 寄衣 【五首第一。】

     橡 衣人皆 事無跡 曰師時從 欲服所念

     (つるはみ)の (きぬ)人皆(ひとみな) 事無(ことな)しと ()ひし(とき)より 著欲(きほ)しく(おも)ほゆ

       人皆云橡染 黃褐衣裳適於著 穿之而太平 自吾聽聞此言時 亦有所思欲著之

      佚名 1311


1312 【承前,五首第二。】

     凡爾 吾之念者 下服而 穢爾師衣乎 取而將著八方

     (おほろか)に (われ)(おも)はば (した)()て ()れにし(きぬ)を ()りて()めやも

       論及吾本懷 若唯凡俗所念者 豈將每下服 肌身著馴此衣乎 取而將披飾身裝

      佚名 1312


1313 【承前,五首第三。】

     紅之 深染之衣 下著而 上取著者 事將成鴨

     (くれなゐ)の 深染(ふかそ)めの(きぬ) (した)()て (うへ)取著(とりき)ば 言為(ことな)さむかも

       鮮艷紅華之 深染之衣總下服 一旦取其衣 裝於身上顯於外 必將為噂遍流哉

      佚名 1313


1314 【承前,五首第四。】

     橡 解濯衣之 恠 殊欲服 此暮可聞

     (つるはみ)の 解濯衣(ときあらひきぬ)の (あやし)くも (こと)著欲(きほ)しき 此夕哉(このゆふへかも)

       黃褐摺橡染 解濯之衣修整裳 不知以何故 殊欲著兮裝此身 油然發興此暮哉

      佚名 1314


1315 【承前,五首第五。】

     橘之 嶋爾之居者 河遠 不曝縫之 吾下衣

     (たちばな)の (しま)にし()れば 川遠(かはとほ)み (さら)さず()ひし ()下衣(したごろも)

       以吾居寧樂 飛鳥橘地島之中 此去河甚遠 無以洗濯復日曝 輕率縫之我下衣

      佚名 1315


1316 寄絲

     河內女之 手染之絲乎 絡反 片絲爾雖有 將絕跡念也

     河內女(かふちめ)の 手染(てそ)めの(いと)を 繰返(くりかへ)し 片絲(かたいと)にありとも ()えむと(おも)へや

       吾取河內女 織機手染之絲而 絡返繰幾度 此其雖為單絲者 吾度當必不易絕

      佚名 1316


1317 寄玉 【十一第一。】

     海底 沈白玉 風吹而 海者雖荒 不取者不止

     海底(わたのそこ) (しづ)白玉(しらたま) 風吹(かぜふ)きて (うみ)()るとも ()らずは(やま)

       海底千尋下 所沉白玉珍珠矣 縱雖狂風拂 捲起駭浪波濤來 吾豈堪得不取哉

      佚名 1317


1318 【承前,十一第二。】

     底清 沈有玉乎 欲見 千遍曾告之 潛為白水郎

     底清(そこきよ)み (しづ)ける(たま)を ()まく()り 千度(ちたび)()りし (かづ)きする海人(あま)

       水澈海底清 所沉珠玉稍可見 欲得更端詳 揚言申告幾千度 入海深潛白水郎

      佚名 1318


1319 【承前,十一第三。】

     大海之 水底照之 石著玉 齊而將採 風莫吹行年

     大海(おほうみ)の 水底照(みなそこて)らし (しづ)(たま) (いは)ひて()らむ 風莫吹(かぜなふ)きそね

       滄溟大海之 水底光耀照赫映 沉水輝玉矣 吾將齋戒而潛採 還願疾風莫吹撓

      佚名 1319


1320 【承前,十一第四。】

     水底爾 沈白玉 誰故 心盡而 吾不念爾

     水底(みなそこ)に (しづ)白玉(しらたま) ()(ゆゑ)に 心盡(こころつく)して ()(おも)()くに

       千尋水底下 所沉珍珠輝白玉 吾乃為誰故 盡心全靈不反顧 除汝之外無他想

      佚名 1320


1321 【承前,十一第五。】

     世間 常如是耳加 結大王 白玉之緒 絕樂思者

     世間(よのなか)は 常如是(つねかく)のみか (むす)びてし 白玉緒(しらたまのを)の ()ゆらく(おも)へば

       浮生憂世間 諸行無常如是耳 思及固所結 白玉之緒仍將絕 惆悵滿懷愴難息

      佚名 1321


1322 【承前,十一第六。】

     伊勢海之 白水郎之嶋津我 鰒玉 取而後毛可 戀之將繁

     伊勢海(いせのうみ)の 海人島津(あまのしまつ)が 鮑玉(あはびたま) ()りて(のち)もか 戀繁(こひのしげ)けむ

       神風伊勢海 白水郎之嶋津矣 縱令潛滄溟 取得白玉來之後 相思戀繁豈將絕

      佚名 1322


1323 【承前,十一第七。】

     海之底 奧津白玉 緣乎無三 常如此耳也 戀度味試

     海底(わたのそこ) 沖白玉(おきつしらたま) (よし)()み 常如此(つねかく)のみや 戀渡(こひわた)りなむ

       千尋海底下 奧津深邃沖白玉 無緣可得之 常如此耳不得近 可誠不捨戀渡哉

      佚名 1323


1324 【承前,十一第八。】

     葦根之 懃念而 結義之 玉緒云者 人將解八方

     葦根(あしのね)の 懃思(ねもころおも)ひて (むす)びてし 玉緒(たまのを)()はば 人解(ひとと)かめやも

       葦根相絡兮 誠心懃念所手繫 結緣玉緒者 吾倆情深難分捨 他人豈得易解哉

      佚名 1324


1325 【承前,十一第九。】

     白玉乎 手者不纏爾 匣耳 置有之人曾 玉令詠流

     白玉(しらたま)を ()には()かずに (はこ)のみに ()けりし(ひと)そ 玉嘆(たまなげ)かする

       白玉珍珠矣 若人空擁不手纏 藏諸韞櫝而 不欲顯作人觀者 方令玉歎不遇矣

      佚名 1325


1326 【承前,十一第十。】

     照左豆我 手爾纏古須 玉毛欲得 其緒者替而 吾玉爾將為

     照左豆(てるさづ)が ()卷古(まきふる)す (たま)もがも 其緒(そのを)()へて ()(たま)()

       卑微照左豆 其所手纏古珠者 吾欲得其玉 汰換舊緒翻新絲 以為吾玉彰其秀

      佚名 1326


1327 【承前,十一十一。】

     秋風者 繼而莫吹 海底 奧在玉乎 手纏左右二

     秋風(あきかぜ)は ()ぎて莫吹(なふ)きそ 海底(わたのそこ) (おき)なる(たま)を ()()(まで)

       蕭瑟秋風者 切莫繼吹不止息 直至千尋下 海底沖奧珍白玉 取而纏於吾手迄

      佚名 1327


1328 寄日本琴

     伏膝 玉之小琴之 事無者 甚幾許 吾將戀也毛

     (ひざ)()す 玉小琴(たまのをごと)の 事無(ことな)くは 甚幾許(いたくここだく) 我戀(あれこ)ひめやも

       伏膝置腿上 玉之小琴和琴矣 若以無事者 何以吾戀甚幾許 心慌意亂衷不安

      佚名 1328


1329 寄弓

     陸奧之 吾田多良真弓 著絃而 引者香人之 吾乎事將成

     陸奧(みちのく)の 安達太良真弓(あだたらまゆみ) 弦著(つらは)けて ()かばか(ひと)の ()(こと)なさむ

       天離陸奧之 安達太良真弓上 著弦待發而 稍為張弓微引之 人云吾事蜚言繁

      佚名 1329


1330 【承前,第二。】

     南淵之 細川山 立檀 弓束纏及 人二不所知

     南淵(みなぶち)の 細川山(ほそかはやま)に 立檀(たつまゆみ) 弓束卷迄(ゆづかまくまで) (ひと)()らえじ

       飛鳥稻淵之 南淵之地細川山 聳立檀木矣 迄至汝化弓束纏 莫令人知為他用

      佚名 1330


1331 寄山 【五首第一。】

     磐疊 恐山常 知管毛 吾者戀香 同等不有爾

     岩疊(いはだたみ) 恐山(かしこきやま)と ()りつつも (あれ)()ふるか (なみ)なら()くに

       汝命甚高貴 一猶幾重積磐疊 恐山勢高嶮 吾仍戀之不能抑 縱令雲泥不比等

      佚名 1331


1332 【承前,五首第二。】

     石金之 凝敷山爾 入始而 山名付染 出不勝鴨

     岩根(いはがね)の (こご)しき(やま)に 入始(いりそ)めて 山懷(やまなつか)しみ 出難(いでかて)ぬかも

       巨石岩根之 所凝嶮山勢巍峨 一旦始入而 心繫彼山慕其景 難以復出弭離情

      佚名 1332


1333 【承前,五首第三。】

     佐穗山乎 於凡爾見之鹿跡 今見者 山夏香思母 風吹莫勤

     佐保山(さほやま)を (おほ)()しかど 今見(いまみ)れば 山懷(やまなつか)しも 風吹(かぜふ)莫勤(なゆめ)

       寧樂佐保山 以往雖見之漠然 然今日觀者 彼山惹懷繞心頭 還願逆風莫勤吹

      佚名 1333


1334 【承前,五首第四。】

     奧山之 於石蘿生 恐常 思情乎 何如裳勢武

     奧山(おくやま)の (いは)苔生(こけむ)し (かしこ)けど (おも)(こころ)を 何如(いか)にかもせむ

       深山幽境間 磐上蘿生發神氣 雖敬畏惶恐 吾之慕情猶泉湧 如何欲隱不能抑

      佚名 1334


1335 【承前,五首第五。】

     思賸 痛文為便無 玉手次 雲飛山仁 吾印結

     思餘(おもひあま)り (いた)術無(すべな)み 玉襷(たまたすき) 畝傍山(うねびのやま)に 我標結(あれしめゆ)ひつ

       此情發甚激 抑之無術更滿盈 玉襷披頸後 畝火之山畝傍山 吾標結之難克己

      佚名 1335


1336 寄草 【十七第一。】

     冬隱 春乃大野乎 燒人者 燒不足香文 吾情熾

     冬籠(ふゆこも)り 春大野(はるのおほの)を ()(ひと)は 燒足(やきた)らね(かも) ()心燒(こころや)

       籠冬日已遠 臘月去兮春大野 燒野農夫矣 汝蓋燒之不足哉 令吾情燃焦我心

      佚名 1336


1337 【承前,十七第二。】

     葛城乃 高間草野 早知而 標指益乎 今悔拭

     葛城(かづらき)の 高間草野(たかまのかやの) 早知(はやし)りて 標刺(しめさ)(まし)を (いま)(くや)しき

       春柳絵葛城之 高間草野萱原矣 若得知未然 早宜標刺作己物 如今後悔不當初

      佚名 1337


1338 【承前,十七第三。】

     吾屋前爾 生土針 從心毛 不想人之 衣爾須良由奈

     ()宿(やど)に ()ふる土針(つちはり) (こころ)ゆも (おも)はぬ(ひと)の (きぬ)()らゆ()

       吾人屋戶間 庭院所生土針矣 既非發方寸 由衷所念之人者 莫以汝色染彼裳

      佚名 1338


1339 【承前,十七第四。】

     鴨頭草丹 服色取 揩目伴 移變色登 稱之苦沙

     月草(つきくさ)に 衣色取(ころもいろど)り ()らめども (うつ)ろふ(いろ)と ()ふが(くる)しさ

       手取月露草 雖欲摺染裳墨藍 然聞人之言 云彼之色不久常 俄然移變我心苦

      佚名 1339


1340 【承前,十七第五。】

     紫 絲乎曾吾搓 足檜之 山橘乎 將貫跡念而

     (むらさき)の (いと)をそ()()る 足引(あしひき)の 山橘(やまたちばな)を ()かむと(おも)ひて

       手取貴紫絲 紡搓為線何所念 足曳勢嶮峻 山橘赤實藪山子 欲以貫之繫君情

      佚名 1340


1341 【承前,十七第六。】

     真珠付 越能菅原 吾不苅 人之苅卷 惜菅原

     真玉付(またまつ)く 越菅原(をちのすがはら) ()()らず (ひと)()らまく ()しき菅原(すがはら)

       真珠所貫兮 越智菅原路途遙 吾未苅之間 為人所苅見人穫 可怜菅原甚惜矣

      佚名 1341


1342 【承前,十七第七。】

     山高 夕日隱奴 淺茅原 後見多米爾 標結申尾

     山高(やまたか)み 夕日隱(ゆふひかく)りぬ 淺茅原(あさぢはら) 後見(のちみ)(ため)に 標結(しめゆ)(まし)

       以其山高峻 夕日早暮天昏闇 早知如此者 寔宜標結淺茅原 以為日後來苅取

      佚名 1342


1343 【承前,十七第八。】

     事痛者 左右將為乎 石代之 野邊之下草 吾之苅而者【一云,紅之,寫心哉,於妹不相將有。】

     言痛(こちた)くは 左右為(かもかもせ)むを 岩代(いはしろ)の 野邊下草(のへのしたくさ) (われ)()りてば一云(またにいふ)(くれなゐ)の、(うつ)(こころ)や、(いも)()はざらむ。】

       流言蜚語傳 言痛喧囂當何如 紀洲岩代之 野邊下草閒語者 吾當苅之止言傳【一云,染映深紅之,吾人正氣寫心耶,可耐不與妹逢哉。】

      佚名 1343


1344 【承前,十七第九。】

     真鳥住 卯名手之神社之 菅根乎 衣爾書付 令服兒欲得

     真鳥棲(まとりす)む 雲梯杜(うなでのもり)の 菅根(すがのね)を (きぬ)描付(かきつ)け ()せむ()もがも

       真鳥鷲所棲 大和橿原雲梯社 以彼菅根而 描付衣裳飾華彩 可有佳人願著哉

      佚名 1344


1345 【承前,十七第十。】

     常不 人國山乃 秋津野乃 垣津幡鴛 夢見鴨

     (つね)ならぬ 人國山(ひとくにやま)の 秋津野(あきづの)の 杜若花(かきつはた)をし (いめ)()しかも

       諸行總無常 他人國內山間之 蜻蛉秋津野 所生妍麗杜若花 吾常思念夢中現

      佚名 1345


1346 【承前,十七十一。】

     姬押 生澤邊之 真田葛原 何時鴨絡而 我衣將服

     女郎花(をみなへし) 佐紀澤邊(さきさはのへ)の 真葛原(まくずはら) 何時(いつ)かも()りて ()(きぬ)()

       妍哉女郎花 所咲佐紀澤之邊 叢生真葛原 何日得以為手繰 紡織為衣令吾著

      佚名 1346


1347 【承前,十七十二。】

     於君似 草登見從 我標之 野山之淺茅 人莫苅根

     (きみ)()る (くさ)()しより ()()めし 野山淺茅(のやまのあさぢ) 人莫刈(ひとなか)りそね

       自吾見彼草 以其姿與汝相似 故吾標結之 野山淺茅年尚幼 還願他人莫輙苅

      佚名 1347


1348 【承前,十七十三。】

     三嶋江之 玉江之薦乎 從標之 己我跡曾念 雖未苅

     三島江(みしまえ)の 玉江薦(たまえのこも)を ()めしより (おの)がとそ(おも)ふ 未刈(いまだか)らねど

       三島玉江岸 自吾手取真菰而 標結之時起 吾思此薦為己物 縱令至今未苅之

      佚名 1348


1349 【承前,十七十四。】

     如是為而也 尚哉將老 三雪零 大荒木野之 小竹爾不有九二

     如是(かく)してや 尚哉老(なほやお)いなむ 御雪降(みゆきふ)る 大荒木野(おほあらきの)の (しの)にあら()くに

       如是為而也 尚哉將老年華去 御雪零紛紛 吾非寧樂大荒木 野間篠竹仍斑駁

      佚名 1349


1350 【承前,十七十五。】

     淡海之哉 八橋乃小竹乎 不造笶而 信有得哉 戀敷鬼呼

     近江(あふみ)() 八橋篠(やばせのしの)を 矢矧(やは)がずて (まこと)あり()() (こひ)しき(もの)

       淡海近江之 八橋篠竹生繁茂 不以造矢矧 誠可有得永續哉 吾戀慕情難抑止

      佚名 1350


1351 【承前,十七十六。】

     月草爾 衣者將揩 朝露爾 所沾而後者 徙去友

     月草(つきくさ)に (ころも)()らむ 朝露(あさつゆ)に ()れての(のち)は (うつ)ろひぬとも

       手取月露草 摺染衣裳上墨藍 縱令沾朝露 衣濡之後色易褪 仍欲一親彼芳澤

      佚名 1351


1352 【承前,十七十七。】

     吾情 湯谷絕谷 浮蓴 邊毛奧毛 依勝益士

     ()(こころ) (ゆた)蕩漾(たゆた)に 浮蓴(うきぬなは) ()にも(おき)にも ()りかつましじ

       吾心情意者 動靜徘徊常盪漾 其由浮蓴而 隨波翻騰無定所 不近瀛沖不寄岸

      佚名 1352


1353 寄稻

     石上 振之早田乎 雖不秀 繩谷延與 守乍將居

     石上(いそのかみ) 布留早稻田(ふるのわさだ)を (ひで)ずとも (なは)だに()へよ ()りつつ()らむ

       石上振神宮 布留之地早稻田 其穗雖未秀 還願延繩標所領 戍衛守之待結實

      佚名 1353


1354 寄木 【六首第一。】

     白菅之 真野乃榛原 心從毛 不念吾之 衣爾揩

     白菅(しらすげ)の 真野榛原(まののはりはら) (こころ)ゆも (おも)はぬ(われ)し (ころも)()りつ

       茫茫白菅之 真野榛原寔渺遠 縱令幻夢中 未曾奢望有所念 不覺我衣漬摺染

      佚名 1354


1355 【承前,六首第二。】

     真木柱 作蘇麻人 伊左佐目丹 借廬之為跡 造計米八方

     真木柱(まきばしら) (つく)杣人(そまびと) (いささめ)に 假廬(かりいほ)(ため)と (つく)りけめやも

       偉哉真木柱 所作杣人樵夫矣 所以製此柱 豈為率性設假廬 而費心思作柱哉

      佚名 1355


1356 【承前,六首第三。】

     向峯爾 立有桃樹 將成哉等 人曾耳言焉 汝情勤

     向峰(むかつを)に ()てる桃木(もものき) ()らめやと (ひと)(ささや)く ()心努(こころゆめ)

       對面向峯上 所立桃樹生欣榮 人云將成實 汝雖聞人囁如此 莫令內心甚浮躁

      佚名 1356


1357 【承前,六首第四。】

     足乳根乃 母之其業 桑尚 願者衣爾 著常云物乎

     垂乳根(たらちね)の (はは)其業(そのな)る (くは)すらに (ねが)へば(きぬ)に ()ると云物(いふもの)

       育恩垂乳根 母之御業桑蠶矣 縱令桑葉疇 願者紡織化衣裳 得以著之何難有

      佚名 1357


1358 【承前,六首第五。】

     波之吉也思 吾家乃毛桃 本繁 花耳開而 不成在目八方

     ()しきやし 我家毛桃(わぎへのけもも) 本繁(もとしげ)み (はな)のみ()きて ()らざらめやも

       可愛令人憐 吾家庭中毛桃矣 本繁發新枝 泉思汩汩自方寸 豈徒開花不結實

      佚名 1358


1359 【承前,六首第六。】

     向岳之 若楓木 下枝取 花待伊間爾 嘆鶴鴨

     向峰(むかつを)の 若桂木(わかかつらのき) 下枝取(しづえと)り 花待(はなま)つい()に (なげ)きつるかも

       對面向峯上 所生稚嫩若桂木 吾取彼下枝 悠悠待花俟之間 不覺嘆息漏噓唏

      佚名 1359


1360 寄花 【六首第一。】

     氣緒爾 念有吾乎 山治左能 花爾香公之 移奴良武

     息緒(いきのを)に (おも)へる(あれ)を 山齊墩果(やまぢさ)の (はな)にか(きみ)が (うつ)ろひぬらむ

       吾愛汝花者 不惜身命賭息緒 然汝徒花哉 山齊墩果之所如 散華心變無結實

      佚名 1360


1361 【承前,六首第二。】

     墨吉之 淺澤小野之 垣津幡 衣爾揩著 將衣日不知毛

     住吉(すみのえ)の 淺澤小野(あささはをの)の 杜若花(かきつはた) (きぬ)摺付(すりつ)け ()日知(ひし)らずも

       墨江住吉之 淺澤小野間所生 杜若花者也 不知何日能折枝 摺染衣裳著此身

      佚名 1361


1362 【承前,六首第三。】

     秋去者 影毛將為跡 吾蒔之 韓藍之花乎 誰採家牟

     秋去(あきさ)らば (うつ)しも()むと ()()きし 韓藍花(からあゐのはな)を (たれ)()みけむ

       夫待秋至者 將欲取作染料而 吾所蒔種之 韓藍雞頭之花者 誰人先採折去乎

      佚名 1362


1363 【承前,六首第四。】

     春日野爾 咲有芽子者 片枝者 未含有 言勿絕行年

     春日野(かすがの)に ()きたる(はぎ)は 片枝(かたえだ)は 未含(いまだふふ)めり 言勿絕(ことなた)えそね

       寧樂春日野 野間綻放秋萩矣 唯以此片枝 含苞待放未及咲 還願音訊無絕時

      佚名 1363


1364 【承前,六首第五。】

     欲見 戀管待之 秋芽子者 花耳開而 不成可毛將有

     ()まく()り ()ひつつ()ちし 秋萩(あきはぎ)は (はな)のみ()きて ()らずかもあらむ

       欲見其形影 朝思暮想苦待之 嗚呼此秋荻 莫非徒花唯空咲 虛無不得成實哉

      佚名 1364


1365 【承前,六首第六。】

     吾妹子之 屋前之秋芽子 自花者 實成而許曾 戀益家禮

     我妹子(わぎもこ)が 宿秋萩(やどのあきはぎ) (はな)よりは ()(なり)てこそ 戀增(こひまさ)りけれ

       親親吾妹子 所宿庭院間秋萩 相較花開時 今日成實結其果 吾人戀慕彌更增

      佚名 1365


1366 寄鳥

     明日香川 七瀨之不行爾 住鳥毛 意有社 波不立目

     明日香川(あすかがは) 七瀨淀(ななせのよど)に 棲鳥(すむとり)も 心有(こころあ)れこそ 波立(なみた)てざらめ

       寧樂飛鳥川 明日香河七瀨淀 淀間棲鳥者 正因其鳥有情意 是以戒慎不起波

      佚名 1366


1367 寄獸

     三國山 木末爾住歷 武佐左妣乃 此待鳥如 吾俟將瘦

     三國山(みくにやま) 木末(こぬれ)()まふ 鼯鼠(むささび)の 鳥待(とりま)(ごと)く 我待瘦(あれまちや)せむ

       三國山森內 木末樹梢棲鼯鼠 待鳥之所如 吾人苦俟日長久 身形消瘦面憔悴

      佚名 1367


1368 寄雲

     石倉之 小野從秋津爾 發渡 雲西裳在哉 時乎思將待

     岩倉(いはくら)の 小野(をの)秋津(あきづ)に 立渡(たちわた)る (くも)にしもあれや (とき)をし()たむ

       起石倉小野  迄於秋津所發渡 天雲之所如 汝雖非雲何相似 悠悠久待俟時哉

      佚名 1368


1369 寄雷

     天雲 近走而 響神之 見者恐 不見者悲毛

     天雲(あまくも)に (ちか)(はし)りて 鳴神(なるかみ)の ()れば(かしこ)し ()ねば(かな)しも

       天雲之近處 鳴神雷迸發虺虺 其光赫赫矣 見之畏恐心惶懼 不見悲寂心憂苦

      佚名 1369


1370 寄雨

     甚多毛 不零雨故 庭立水 太莫逝 人之應知

     甚多(はなはだ)も ()らぬ雨故(あめゆゑ) 庭潦(にはたつみ) (いた)莫行(なゆ)きそ (ひと)()るべく

       雨零非甚多 還願庭潦積水者 莫甚行如此 庭潦水流激幾許 將致密情令人知

      佚名 1370


1371 【承前。】

     久堅之 雨爾波不著乎 恠毛 吾袖者 乾時無香

     久方(ひさかた)の (あめ)には()ぬを (あやし)くも ()衣手(ころもで)は ()時無(ときな)きか

       遙遙久方兮 天雨之下未著之 奇也恠也哉 何以吾袖沾襟濕 漬濡衣手無乾時

      佚名 1371


1372 寄月 【四首第一。】

     三空徃 月讀壯士 夕不去 目庭雖見 因緣毛無

     御空行(みそらゆ)く 月讀壯士(つくよみをとこ) 夕去(ゆふさ)らず ()には()れども 寄由(よるよし)()

       御空劃渡兮 月讀壯士太陰矣 每夕復每宵 縱雖舉目便可見 天地懸殊無由近

      佚名 1372


1373 【承前,四首第二。】

     春日山 山高有良之 石上 菅根將見爾 月待難

     春日山(かすがやま) 山高(やまたか)からし 岩上(いはのうへ)の 菅根見(すがのねみ)むに 月待難(つきまちがた)

       足曳春日山 蓋以彼山高峻乎 蔽月阻其光 岩上菅根雖欲見 明月難待遍常闇

      佚名 1373


1374 【承前,四首第三。】

     闇夜者 辛苦物乎 何時跡 吾待月毛 早毛照奴賀

     闇夜(やみのよ)は (くる)しき(もの)を 何時(いつ)しかと ()待月(まつつき)も (はや)()らぬか

       闇夜令人苦 獨守空閨總辛酸 心盼何時昇 吾所待月每遲出 還願早臨照地明

      佚名 1374


1375 【承前,四首第四。】

     朝霜之 消安命 為誰 千歳毛欲得跡 吾念莫國

     朝霜(あさしも)の 消易(けやす)(いのち) ()(ため)に 千歲(ちとせ)もがもと ()(おも)()くに

       朝霜晨露兮 儚渺易消此命矣 若除汝之外 為誰欲得千齡壽 唯汝不作他人想

      佚名 1375

         右一首者,不有譬喻歌類也。但闇夜歌人所心之故,並作此歌。因以此歌,載於此次。


1376 寄赤土

     山跡之 宇陁乃真赤土 左丹著者 曾許裳香人之 吾乎言將成

     大和(やまと)の 宇陀真埴(うだのまはに)の 小丹付(さにつ)かば ()こもか(ひと)の ()(こと)なさむ

       蜻蛉大和國 宇陀秀埴真赤土 吾頰染丹紅 他人察我色如此 將傳蜚語道吾言

      佚名 1376


1377 寄神

     木綿懸而 祭三諸乃 神佐備而 齋爾波不在 人目多見許曾

     木綿懸(ゆふか)けて (まつ)三諸(みもろ)の (かむ)さびて (いは)ふには(あら)ず 人目多(ひとめおほ)みこそ

       謹懸真木綿 所祭三諸神奈備 嚴神宮所如 其非齋戒禁業欲 唯憚人目多所以

      佚名 1377


1378 【承前。】

     木綿懸而 齋此神社 可超 所念可毛 戀之繁爾

     木綿懸(ゆふか)けて (いは)此社(このもり) ()えぬべく (おも)ほゆるかも 戀繁(こひのしげ)きに

       縱雖懸木綿 莊嚴祭齋此神社 可越不忌顧 吾之所念迫如此 相思慕苦焦戀繁

      佚名 1378


1379 寄河 【六首第一。】

     不絕逝 明日香川之 不逝有者 故霜有如 人之見國

     ()えず()く 明日香川(あすかのかは)の (よど)めらば (ゆゑ)しも()(ごと) 人見(ひとのみ)まくに

       逝者如斯夫 不捨晝夜飛鳥川 日日通無止 若逢川淀足絕者 人必視之有其故

      佚名 1379


1380 【承前,六首第二。】

     明日香川 湍瀨爾玉藻者 雖生有 四賀良美有者 靡不相

     明日香川(あすかがは) 瀨瀨(せぜ)玉藻(たまも)は ()ひたれど 柵有(しがらみあ)れば 靡相(なびきあ)()くに

       明日香之川 湍瀨之間玉藻者 雖然生向榮 卻遭水柵受阻絕 無由相靡不相依

      佚名 1380


1381 【承前,六首第三。○續古今1124。】
1382 【承前,六首第四。】

     泊瀨川 流水沫之 絕者許曾 吾念心 不遂登思齒目

     泊瀨川(はつせがは) (なが)水沫(みなわ)の ()えばこそ ()思心(おもふこころ) ()げじと(おも)はめ

       隱國泊瀨川 澪脈逝水如斯夫 水沫無絕時 吾之念情無盡窮 除非一朝沫已時

      佚名 1382


1383 【承前,六首第五。】

     名毛伎世婆 人可知見 山川之 瀧情乎 塞敢而有鴨

     (なげ)きせば 人知(ひとし)りぬべみ 山川(やまがは)の 激心(たぎつこころ)を ()かへてあるかも

       若嘆息於外 此情將為人所知 故如山川之 塞堰激流止其澪 忍隱吾心抑激情

      佚名 1383


1384 【承前,六首第六。】

     水隱爾 氣衝餘 早川之 瀨者立友 人二將言八方

     水隱(みごも)りに 息衝餘(いきづきあま)り 早川(はやかは)の ()には()つとも (ひと)()はめやも

       潛匿隱水下 息苦衝餘氣不繼 今雖勢險迫 立於早川川瀨際 豈將輕言語人知

      佚名 1384


1385 寄埋木

     真鉇持 弓削河原之 埋木之 不可顯 事爾不有君

     真鉋持(まかなも)ち 弓削川原(ゆげのかはら)の 埋木(うもれぎ)の (あらは)るましじ (こと)()()くに

       手持真鉋兮 弓削川原埋木矣 吾可猶埋木 隱匿泥間不顯哉 此事寔難事將露

      佚名 1385


1386 寄海 【六首第一。】

     大船爾 真梶繁貫 水手出去之 奧者將深 潮者干去友

     大船(おほぶね)に 真楫繁貫(まかぢしじぬ)き 漕出(こぎで)なば (おき)(ふか)けむ (しほ)()ぬとも

       身乘大船間 真梶繁貫刺叢槳 榜出滄溟者 瀛津水深不可測 縱令時逢退潮許

      佚名 1386


1387 【承前,六首第二。】

     伏超從 去益物乎 間守爾 所打沾 浪不數為而

     伏越(ふしごえ)ゆ ()益物(ましもの)を (まも)らふに 打濡(うちぬ)らさえぬ 波數(なみよ)まずして

       早知如此者 近路雖險當行矣 迂迴守之間 漬濡衣裳令人知 不計浪數而為也

      佚名 1387


1388 【承前,六首第三。】

     石灑 岸之浦迴爾 緣浪 邊爾來依者香 言之將繁

     石濯(いはそそ)き 岸浦迴(きしのうらみ)に ()する(なみ) ()來寄(きよ)らばか 言繁(ことのしげ)けむ

       濯石拍岸激 岸之浦迴浪所寄 吾人猶此波 近緣心繫邊岸者 蜚言不止人語繁

      佚名 1388


1389 【承前,六首第四。】

     礒之浦爾 來依白浪 反乍 過不勝者 誰爾絕多倍

     礒浦(いそのうら)に 來寄(きよ)白波(しらなみ) (かへ)りつつ 過克無(すぎかてな)くは (たれ)搖盪(たゆた)

       礒岸浦迴間 來寄青波白浪者 反復緣岸而 何以流連無克過 可知搖盪為孰哉

      佚名 1382


1390 【承前,六首第五。】

     淡海之海 浪恐登 風守 年者也將經去 榜者無二

     近江海(あふみのうみ) 波畏(なみかしこ)みと 風守(かぜまも)り (とし)はや()なむ ()ぐとは()しに

       淡海近江海 畏其波濤懼駭浪 戍守俟風間 年華經去光陰逝 馬齒徒長莫榜出

      佚名 1390


1391 【承前,六首第六。】

     朝奈藝爾 來依白浪 欲見 吾雖為 風許增不令依

     朝凪(あさなぎ)に 來寄(きよ)白波(しらなみ) ()まく()り (われ)()れども (かぜ)こそ()せね

       晨曦朝凪時 來依白浪吾欲見 雖然引頸盼 發自方寸思如此 何以天不令風依

      佚名 1391


1392 寄浦沙

     紫之 名高浦之 愛子地 袖耳觸而 不寐香將成

     (むらさき)の 名高浦(なだかのうら)の 真砂地(まなごつち) (そで)のみ()れて ()ずか(なり)なむ

       窮極貴紫兮 名高之浦真砂地 愛子令人憐 此袖衣手梢觸而 輾轉難眠無所寐

      佚名 1392


1393 【承前。】

     豐國之 聞之濱邊之 愛子地 真直之有者 何如將嘆

     豐國(とよくに)の 企救濱邊(きくのはまへ)の 真砂地(まなごつち) 真直(まなほ)にしあらば (なに)(なげ)かむ

       豐國企救濱 濱邊愛子真砂地 此情若如名 真直尋常之有者 何如憂嘆至此哉

      佚名 1393


1394 寄藻 【四首第一。】

     鹽滿者 入流礒之 草有哉 見良久少 戀良久乃太寸

     潮滿(しほみ)てば ()りぬる(いそ)の (くさ)なれや ()らく(すく)なく ()ふらくの(おほ)

       漲潮滿盈時 入水隱匿荒礒上 叢草之所如 所見雖少數寔繁 此戀惱煩無盡藏

      佚名 1394


1395 【承前,四首第二。】

     奧浪 依流荒礒之 名告藻者 心中爾 疾跡成有

     沖波(おきつなみ) ()する荒磯(ありそ)の 勿告藻(なのりそ)は 心中(こころのうち)に (やま)ひとなれり

       瀛津沖奧浪 波波來寄荒磯間 勿告藻者也 鬱悶心中不得發 終將成疾羸吾情

      佚名 1395


1396 【承前,四首第三。】

     紫之 名高浦乃 名告藻之 於礒將靡 時待吾乎

     (むらさき)の 名高浦(なだかのうら)の 勿告藻(なのりそ)の (いそ)(なび)かむ 時待(ときま)(われ)

       窮極貴紫兮 名高之浦勿告藻 漂靡將寄岸 吾人戍守俟磯邊 靜待浮藻來時矣

      佚名 1396


1397 【承前,四首第四。】

     荒礒超 浪者恐 然為蟹 海之玉藻之 憎者不有手

     荒礒越(ありそこ)す (なみ)(かしこ)し (しか)すがに 海玉藻(うみのたまも)の (にく)くは(あら)ずて

       所越荒礒之 濤天駭浪令人恐 雖然畏如此 吾人心寄海玉藻 莫憎唯有更相思

      佚名 1397


1398 寄船 【五首第一。】

     神樂聲浪乃 四賀津之浦能 船乘爾 乘西意 常不所忘

     樂浪(ささなみ)の 志賀津浦(しがつのうら)の 船乘(ふなの)りに ()りにし(こころ) 常忘(つねわす)らえず

       碎波樂浪之 近江淡海志賀津 猶於彼浦間 安心乘船寄信賴 吾妻之情未嘗忘

      佚名 1398


1399 【承前,五首第二。】

     百傳 八十之嶋迴乎 榜船爾 乘爾志情 忘不得裳

     百傳(ももづた)ふ 八十島迴(やそのしまみ)を 漕船(こぐふね)に ()りにし(こころ) 忘兼(わすれか)ねつも

       百傳數繁兮 八十嶋迴榜船間 所乘之情矣 汝寄信賴憑吾者 吾妻之心不得忘

      佚名 1399


1400 【承前,五首第三。】

     嶋傳 足速乃小舟 風守 年者也經南 相常齒無二

     島傳(しまづた)ふ 足速小舟(あばやのをぶね) 風守(かぜまも)り (とし)はや()なむ ()ふとは()しに

        繼島越嶼兮 足速小舟疾舸矣 俟風待時間 不覺年者早經去 馬齒徒長未得逢

      佚名 1400


1401 【承前,五首第四。】

     水霧相 奧津小嶋爾 風乎疾見 船緣金都 心者念杼

     水霧(みなぎ)らふ 沖小島(おきつこしま)に (かぜ)(いた)み 船寄兼(ふねよせか)ねつ (こころ)(おも)へど

       水霧瀰漫兮 沖瀛奧津小島矣 逆風疾且勁 船以駭浪難緣近 心雖常念無所遂

      佚名 1401


1402 【承前,五首第五。】

     殊放者 奧從酒嘗 湊自 邊著經時爾 可放鬼香

     殊放(ことさ)けば (おき)()けなむ (みなと)より 邊付(へつ)かふ(とき)に ()くべき(もの)

       若將疏離者 當自沖瀛疏離矣 如今既經湊 將緣邊岸欲泊時 相避疏遠豈宜哉

      佚名 1402


1403 旋頭歌

     三幣帛取 神之祝我 鎮齋杉原 燎木伐 殆之國 手斧所取奴

     御幣取(みぬさと)り 三輪祝(みわのはふり)が (いは)杉原(すぎはら) 薪伐(たきぎこ)り (ほとほと)しくに 手斧取(てをのと)らえぬ

       恭執奉御幣 御諸三輪社祝所 鎮齋大神杉原矣 伐薪樵夫者 殆將犯禁入神域 揮動手斧伐之矣

      佚名 1403




挽歌


1404 雜挽 【十二第一。】

     鏡成 吾見之君乎 阿婆乃野之 花橘之 珠爾拾都

     鏡成(かがみな)す ()()(きみ)を 阿婆野(あばのの)の 花橘(はなたちばな)の (たま)(ひり)ひつ

       明鏡之所如 吾之日日所常見 君姿不復在 我今屈身阿婆野 拾撿花橘珠玉矣

      佚名 1404


1405 【承前,十二第二。】

     蜻野叫 人之懸者 朝蒔 君之所思而 嗟齒不病

     秋津野(あきづの)を 人懸(ひとのか)くれば 朝撒(あさま)きし (きみ)(おも)ほえて (なげ)きは()まず

       每逢聞人言 大和蜻蜓秋津野 吾憶君往時 朝日野中撒灰景 哀愁歎息不能止

      佚名 1405


1406 【承前,十二第三。】

     秋津野爾 朝居雲之 失去者 前裳今裳 無人所念

     秋津野(あきづの)に 朝居(あさゐ)(くも)の 失去(うせゆ)けば 昨日(きのふ)今日(けふ)も 亡人思(なきひとおも)ほゆ

       每見秋津野 朝日居雲消散去 憶彼煙雲者 無論昨日或今日 皆念故人方寸悲

      佚名 1406


1407 【承前,十二第四。】

     隱口乃 泊瀨山爾 霞立 棚引雲者 妹爾鴨在武

     隱國(こもりく)の 泊瀨山(はつせのやま)に 霞立(かすみた)ち 棚引(たなび)(くも)は (いも)にかもあらむ

       盆底隱國兮 長谷泊瀨山頂上 湧霞漫天邊 流連棚引之雲者 可是吾妻所化哉

      佚名 1407


1408 【承前,十二第五。】

     狂語香 逆言哉 隱口乃 泊瀨山爾 廬為云

     狂言(たはこと)か 逆言(およづれこと)か 隱國(こもりく)の 泊瀨山(はつせのやま)に 廬為(いほりせ)りと()

       狂言妖語哉 亦或逆言惑眾哉 人云汝結盧 盆底隱國泊瀨山 撒手永眠豈寔哉

      佚名 1408


1409 【承前,十二第六。】

     秋山 黃葉𢘟怜 浦觸而 入西妹者 待不來

     秋山(あきやま)の 黃葉憐(もみちあは)れと 衷觸(うらぶ)れて ()りにし(いも)は ()てど來坐(きま)さず

       汝云秋山之 黃葉繽紛令人憐 神貌黯然而 迷入山中吾妻矣 雖久待之不來歸

      佚名 1409


1410 【承前,十二第七。】

     世間者 信二代者 不徃有之 過妹爾 不相念者

     世間(よのなか)は 誠二代(まことふたよ)は ()かざらし ()ぎにし(いも)に ()()(おも)へば

       浮生世間者 一旦徃去莫復來 今思吾愛妻 撒手人間離世後 無由相逢可知之

      佚名 1410


1411 【承前,十二第八。】

     福 何有人香 黑髮之 白成左右 妹之音乎聞

     (さきはひ)の 如何(いか)なる(ひと)か 黑髮(くろかみ)の (しろ)()(まで) (いも)(こゑ)()

       何幸之有者 得以至福如此矣 黑髮執其手 與之偕老化白髮 尚得日日聞妻聲

      佚名 1411


1412 【承前,十二第九。】

     吾背子乎 何處行目跡 辟竹之 背向爾宿之久 今思悔裳

     ()背子(せこ)を 何處行(いづちゆ)かめと 辟竹(さきたけ)の 背向(そがひ)()しく (いま)(くや)しも

       親親吾夫子 莫知汝命何處去 早知如此者 憶及過往如辟竹 背向而寢今甚悔

      佚名 1412


1413 【承前,十二第十。】

     庭津鳥 可雞乃垂尾乃 亂尾乃 長心毛 不念鴨

     庭鳥(にはつとり) 雞垂尾(かけのたりを)の 亂尾(みだれを)の 長心(ながきこころ)も (おも)ほえぬかも

       庭鳥常鳴鳥 雞之垂尾亂尾矣 吾不如彼尾 能持悠心垂且長 哀切心焚殆毀滅

      佚名 1413


1414 【承前,十二十一。】

     薦枕 相卷之兒毛 在者社 夜乃深良久毛 吾惜責

     薦枕(こもまくら) 相枕(あひまき)()も ()らばこそ 夜更(よのふ)くらくも ()()しみせめ

       若有佳人在 得以相枕與共者 方惜春宵短 今後孤枕無人伴 何恨夜更惜天明

      佚名 1414


1415 【承前,十二十二。】

     玉梓能 妹者珠氈 足冰木乃 清山邊 蒔散漆

     玉梓(たまづさ)の (いも)玉哉(たまかも) 足引(あしひき)の 清山邊(きよきやまへ)に ()けば()りぬる

       玉梓華杖兮 吾妻姿形不復在 今化猶玉珠 足曳峻嶮清山邊 掬之蒔撒散紛紛

      佚名 1415


1416 或本歌曰

     玉梓之 妹者花可毛 足日木乃 此山影爾 麻氣者失留

     玉梓(たまづさ)の (いも)花哉(はなかも) 足引(あしひき)の 此山蔭(このやまかげ)に ()けば()せぬる

       玉梓華杖兮 吾妻姿形不復在 今化猶木花 足曳峻嶮此山蔭 掬之蒔撒逝消零

      佚名 1416


1417 羈旅歌