續古今和歌集 卷第十七 雜歌上
1484 文永二年七月七日、白川にて題を探りて七百首歌人人に詠ませ侍しに、年中立春と云ふ事を
初音とは 思はざらなん 一歲に 二度來る 春鶯
太上天皇 後嵯峨院
1485 同心を
雪深き 山は霞める 色も無し 年內為る 春曙
入道前太政大臣 西園寺實氏
1486 百首歌詠侍けるに、春歌
今日と言へば 身ぞ舊增さる 新玉の 誰が為年の 始成るらん
正三位 藤原知家
1487 述懷百首歌詠侍ける時
春日野の 松古枝の 悲しきは 子日にあへど 引人も無し
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
1488 霞を詠める 【○萬葉集1813。】
卷向の 檜原にたてる 春霞 晴れぬ思は 慰まるやは
吾思作何如 若猶卷向檜原間 所湧春霞之 所念迷濛欝抑者 豈有方法可慰哉
人丸 柿本人麻呂
1489 霞を詠める
足引の 山邊に今は 宿りせじ 霞も深く 訪人も無し
僧正遍昭 良岑宗貞
1490 洞院攝政家百首に、霞を
知らざりき 山より高き 齡迄 春霞の 立つを見んとは
前中納言 藤原定家
1491 前內大臣基家家百首歌合に
熟と 眺むる儘に 戀しきは 霞める方や 昔成るらん
前參議 藤原忠定【兼宗男】
1492 題不知
霞にも 富士煙は 紛ひけり 似たる物無き 我思哉
土御門院御歌
1493 大神宮へ百首御歌奉られける時
霞さへ 猶異浦に 立ちにけり 我身方は 春も由緣無し
後鳥羽院御歌
1494 岸柳を
潮滿てば 海人釣かと 見ゆる哉 岸に亂るる 青柳絲
花園左大臣 源有仁
1495 春雨之心を
春雨の 遍き御代の 惠みとは 賴む物から 濡るる袖哉
前大納言 藤原基良
1496 題不知
草も木も 時に逢ひける 春雨に 漏れたる袖は 淚也けり
前內大臣 藤原基家
1497 枇杷殿梅花盛りなりけるを見て詠侍ける
花香の 匂ふに物の 悲しきは 春や昔の 形見為るらん
民部卿 藤原長家
1498 昔見侍ける所の梅を、內裏に植ゑられけるを見て詠侍ける
宿變へて 匂ひ劣る莫 梅花 昔忘れぬ 人も在る世に
馬內侍
1499 題不知
袖觸れば 猶如何為らん 梅花 立寄るだにも 人咎めけり
左兵衛督 堀川高定
1500 【○承前。無題。】
如何にして 春光も 知らぬ身に 霞める月の 袖に見ゆらん
前參議 藤原忠定【兼宗男】
1501 【○承前。無題。】
秋風に 復こそ訪はめ 津國の 生田社の 春曙
順德院御歌
1502 【○承前。無題。】
歸雁 雲居は誰も 慣れしかど 羨ましきは 春之通路
土御門院御歌
1503 堀河院御時百首に
世中は 何處か何處 歸雁 何故鄉へ 急ぐ為るらん
藤原基俊
1504 待花之心を
七十路に 一歲足らぬ 老が身の 何時と賴みて 花を待つらん
入道前太政大臣 西園寺實氏
1505 三百首歌中に
花咲かぬ 常磐山の 嶺にだに 櫻を見せて 懸かる白雲
中務卿 宗尊親王
1506 前內大臣基家家百首歌合の春歌
見る度に 憐心の 慰みて 憂きに紛れぬ 花色哉
後一條關白實經家民部卿
1507 花歌中に
下にこそ 人心も 移ふを 色に見せたる 山櫻哉
中務卿 宗尊親王
1508 【○承前。花歌中。】
花咲きし 時春のみ 戀しくて 我が身彌生の 空ぞ長閑けき
前大納言 藤原為家
1509 建曆二年二月、南殿花を偲びて御覽ぜらるとて
我為らで 見し世春の 人ぞ無き 分きても匂へ 雲上花
後鳥羽院御歌
1510 【○承前。建曆二年二月,偲南殿花而御覽。】
憐我が 君が御代より 見し花の 變らぬ色に 年の經にける
參議 藤原雅經
1511 弘長元年百首に、花を
古の 大內山の 櫻花 面影為らて 見ぬぞ悲しき
前大納言 藤原為家
1512 文永元年春、鷲尾花偲びて見侍し時
懷かしき 香にこそ匂へ 袖觸れし 代代之昔の 花下風
太上天皇 後嵯峨院
1513 返し
古りにける 代代行幸の 跡為れど 今日こそ花に 色は添へつれ
兵部卿 藤原隆親【隆衡男】
1514 題知らず
慣行くは 憂世為ればや 御吉野の 山櫻も 飽かで散るらん
後鳥羽院御歌
1515 中務卿親王家百首歌中に
憂世をば 花見てだにと 思へども 猶過難く 春風ぞ吹く
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1516 殷富門院大輔、三輪社にて人人に歌詠ませ侍けるに
長らへば 我が世春の 思出に 語る許の 花櫻哉
權中納言 藤原長方
1517 草庵前に花咲きたるを見て
在所離れし 春心を 今よりは 宿に留めよと 花ぞ咲きける
貞慶上人
1518 藤原信實朝臣、日吉社にて歌合し侍けるに、山花
櫻花 咲添ふ儘に 白雲の 重なる山に 匂ふ春風
祝部成賢【成茂男】
1519 文集に、百花落如雪、兩鬢垂似絲と云ふ事を
見る人ぞ 昔色は 變りける 花は老木の 春も有けり
按察使 藤原隆衡
1520 修行し侍ける時、花蔭に休みて詠侍ける
分きて見ん 老木は花も 憐也 今幾度か 春に在ふべき
西行法師 佐藤義清
1521 老後、花を見て詠める
花色の 今は定かに 見えぬ哉 老は春こそ 哀也けれ
前律師慶暹
1522 花歌とて詠める
面影の 映らぬ時も 無かりけり 心や花の 鏡為るらん
權律師仙覺
1523 【○承前。詠花歌。】
昔より 心に染めし 花香は 苔袖迄 變らざりけり
前大納言 藤原伊平
1524 題不知
諸共に 在し昔を 思出て 花見る每に 音こそ泣かるれ
伊勢
1525 【○承前。無題。】
我が為に 何仇とて 春風の 惜しむと知れる 花を吹くらん
伊勢
1526 前中納言隆家、雲林院花見に罷りて、おかしかりける枝を折りて、見せに遣はしたりければ
折節の 行方も今は 知らぬ身に 春こそ斯かる 花は見えしか
小野宮右大臣 藤原實資
1527 花歌中に
願くは 花下にて 春死なむ 其如月の 望月頃
吾夙有所願 冀在櫻花絢爛下 春死得圓寂 恰值釋迦所入滅 如月十五望日頃
西行法師 佐藤義清
1528 夕花を
見ても猶 飽かぬ心の 生憎に 夕は增さる 花色哉
藤原伊長朝臣
1529 尚齒會行侍ける時
散華は 後春とも 待たれけり 復も來まじき 我が盛はも
藤原清輔朝臣
1530 千五百番歌合に
櫻花 移ふ春を 數多經て 身さへ古りぬる 淺茅生の宿
前中納言 藤原定家
1531 春歌中に
山陰の 古木櫻 同枝も 如何なる末に 花咲くらん
藤原為綱朝臣
1532 百首歌詠侍けるに
櫻花 散るを限と 思ふ身は 咲くと見る間や 命為るらん
平政村朝臣
1533 題不知
さけば散る 習を知れば 山櫻 盛を見ても 惜しまるる哉
藤原賴景
1534 【○承前。無題。】
人知れぬ 深山隱の 櫻花 徒に散る 春や經ぬらん
平時茂
1535 【○承前。無題。】
惜しめども 唯大方の 偽に 思作してや 花散るらん
平時廣
1536 【○承前。無題。】
明日知らぬ 我が身ながらも 櫻花 移ふ色ぞ 今日は悲しき
土御門院小宰相
1537 【○承前。無題。】
山端に 稍入りぬべき 春日の 心長きも 限りこそ有れ
土御門院御歌
1538 百首歌奉し時
如此許 暮るる別を 暮ふとも 思ひも知らず 春や行くらん
皇后宮大夫 花山院師繼
1539 暮春之心を
世を捨てて 後さへ春を 惜しむこそ 惜忘れぬ 心也けれ
正三位 藤原知家
1540 【○承前。暮春之趣。】
此春の 別や限り 留る身の 老いて久しき 命為らねば
正三位 藤原知家
1541 建保百首歌
老いが世の 我身花の 名殘迄 今年は甚く 惜しき春哉
從二位 藤原家隆
1542 夏初之歌
今日見れば 夏衣に 成にけり 憂きは變らぬ 身を如何にせん
源重之女
1543 卯花隱れに鶯鳴くを聞きて詠侍ける
卯花の 咲ける垣根に 時為らで 我が如ぞ鳴く 鶯聲
小野小町
1544 郭公を
何處より 鳴きて出れば 時鳥 山奧にも 猶待たるらん
法印良覺
1545 【○承前。詠郭公。】
音せぬは 待人からか 時鳥 誰教へけん 數為らぬ身を
源俊賴朝臣【經信男】
1546 【○承前。詠郭公。】
憂身には 由緣無き山の 郭公 誰に待たせて 初音聞かまし
素暹法師
1547 中務卿親王家百首に
明けぬれど 猶も待たれて 我妹子が 來ぬ夜に勝る 時鳥哉
藤原基政【基綱男】
1548 後法性寺入道前關白、右大臣の時の百首歌に、時鳥
待付けて 今年も聞きつ 郭公 老いは賴みの 無き身為れども
刑部卿 藤原賴輔
1549 題不知
今はとて 深山を出る 時鳥 如何なる宿に 鳴かむとすらん
延喜皇后宮大輔
1550 【○承前。無題。】
去來然らば 淚較べん 時鳥 我も憂世に 泣かぬ日は無し
雅成親王
1551 百首歌中に
古を 思出れば 時鳥 雲居遙かに 音こそ泣かるれ
前大納言 藤原為家
1552 夏草を詠侍ける
夏苅の 葦踏拉く 水鳥の 世に立空も 無き身也けり
靜仁法親王
1553 五月雨を詠める
布瑠川の 入江橋は 浪越えて 山本迴る 五月雨頃
法印尊海
1554 夏風と云ふ事を
夏山の 同綠の 梢にも 松は知らるる 風音哉
法印最信
1555 湊夕立と云ふ事を
夕立の 未過遣らぬ 湊江の 葦葉戰ぐ 風の涼しさ
平時親
1556 題不知
人知れず 音こそ泣かるれ 空蟬の 身を無き物と 思作せども
安嘉門院右衛門佐 安嘉門院四條
1557 六月祓之心を
御禊する 袂に觸るる 大幣の 引くて數多に 靡く川風
土御門院御歌
1558 題不知
夏果つる 曉方の 槙戶は 明けての後ぞ 涼しかりける
忠義公 藤原兼通
1559 中務卿親王家百首歌に、秋
然らでだに 露干し遣らぬ 我袖の 老淚に 秋萩にけり
前左兵衛督 飛鳥井教定【雅經男】
1560 寶治二年百首歌に、早秋を
時知らぬ 身とも思はじ 秋來れば 誰が袖よりも 露けかりけり
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1561 秋歌之中に
幾歲の 淚露に 萎切ぬ 衣吹干せ 秋初風
藤原秀能【秀宗男】
1562 【○承前。秋歌之中。】
風渡る 岡萱原 夕暮は 心亂れぬ 夕暮ぞ無き
天台座主澄覺 澄覺法親王
1563 【○承前。秋歌之中。】
伊勢島や 和歌松原 見渡せば 夕潮掛けて 秋風ぞ吹く
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
1564 百首歌奉し時、海路を
松蔭の 入海掛けて 白菅の 湊吹越す 秋潮風
前內大臣 藤原基家
1565 題不知
契りけん 程は知らねど 七夕の 絕えせぬ今日の 天川浪
宇治入道前關白太政大臣 藤原賴通
1566 枇杷殿にて、七夕別之心を
何時しかと 待暮しけん 七夕の 今朝は昨日や 戀しかるらん
藤原義孝【敦舒男】
1567 五十首歌詠侍けるに
秋風の 軒端荻の 答へずは 一人やせまし 昔語を
從二位 藤原家隆
1568 題不知
栞して 人欲得 秋萩に 花亂れて 道も知られず
權大納言 藤原公實
1569 閏九月、關白左大臣家十六首歌、人人に詠ませ侍けるに、原上露と云ふ事を
長月の 綴喜原の 秋草に 今年は餘り 置ける露哉
侍從 藤原行家【知家男】
1570 河原院にて詠侍ける
草茂み 庭こそ荒れて 年經ぬれ 忘れぬ物は 秋白露
惠慶法師
1571 秋歌之中に
古は 身に沁む秋も 無かりしを 老いては物や 悲しかるらん
源道濟
1572 【○承前。秋歌之中。】
秋を經て 重なる年の 數よりも 淚ぞ老いの 兆也ける
兵部卿 藤原隆親【隆衡男】
1573 述懷歌中に
舊りにけり 我が元結の 其髮に 見ざりし色の 秋初霜
源兼康朝臣
1574 三百首歌中に
黑髮は 筋變れども 濃紫 我が元結の 色ぞ由緣無き
太上天皇 後嵯峨院
1575 日吉に奉ける歌合に
思ふより 露ぞ止らぬ 小萩原 見ざらん後の 秋夕風
正三位 藤原知家
1576 朝顏花に付けて遣はしける
朝顏の 朝花の 露よりも 憐儚き 世にも經る哉
粟田關白贈太政大臣 藤原道兼
1577 返し
人世か 露哉にぞと 見し程に 面慣れにける 朝顏花
源英明朝臣女
1578 百首御歌中に
人為らぬ 岩木も更に 悲しきは 御津小島の 秋夕暮
順德院御歌
1579 秋夕を
憐憂き 秋夕の 習哉 物思へとは 誰教へけむ
中務卿 宗尊親王
1580 秋歌中に
我心 留る所は 無けれども 猶奧山の 秋夕暮
權大納言 九條教家
1581 【○承前。秋歌中。】
餘所に行く 雲居雁の 淚さへ 袖に知らるる 秋夕暮
藤原康能朝臣
1582 【○承前。秋歌中。】
草葉の 露も我身の 上為れば 袖のみ干さぬ 秋夕暮
藻璧門院少將
1583 百首御歌中に
如此許 物思ふ秋の 幾歲に 猶殘りける 我が淚哉
順德院御歌
1584 【○承前。百首御歌中。】
臥侘ぶる 籬竹の 長き夜も 猶置餘る 秋白露
順德院御歌
1585 題不知
大方の 憂身は時も 分かねども 夕暮辛き 秋風ぞ吹く
後鳥羽院御歌
1586 【○承前。無題。】
如何樣に 秋夕を 慰めん 世は背けども 元身にして
正三位 藤原知家
1587 月歌とて
何時迄と 心を留めて 在果てぬ 命待間の 月を見るらん
平義政
1588 【○承前。詠月歌。】
恨みずよ 曇れはとても 秋月 身憂きとかの 淚也けり
從三位 藤原忠兼【忠行男】
1589 【○承前。詠月歌。】
憂きにのみ 袖をや濡らす 秋月 心澄むにも 淚落ちけり
權中納言 藤原長雅
1590 【○承前。詠月歌。】
幾度か 我が身一つに 秋を經て 袖淚に 月を見るらん
從二位 藤原成實【親實男】
1591 【○承前。詠月歌。】
身憂さを 歎かぬ秋の 夜半も有らば 袖に隈無く 月は見てまし
平時茂
1592 【○承前。詠月歌。】
如何にして 身を替へて見む 秋月 淚晴るる 此世為らねば
雅成親王
1593 秋懷舊と云へる心を詠侍ける
老いらくの 我身影は 變れども 同昔の 秋夜月
前大納言 藤原忠信
1594 徹夜月を御覽じて
甚しく 物思ふ夜半の 月影に 昔を戀ふる 袖露けさ
東三條院 藤原詮子
1595 八月十五夜、月宴せさせ給けるに
月每に 見る月為れど 此月の 今宵月に 似る月ぞ無き
天曆御歌 村上天皇
1596 題不知
古は 我だに忍ぶ 秋月 如何なる代代を 思出らむ
前大納言 藤原為家
1597 徹夜月を見て、數多歌詠侍ける中に
泣く泣くも 我世老けぬと 見つる哉 傾く月を 袖に宿して
入道前太政大臣 西園寺實氏
1598 後鳥羽院位に御坐しましける時、御祈に候ひて、廿日夜頃罷出けるを、猶留め仰せられければ
然もこそは 寢待月の 頃ならめ 出でも遣られぬ 雲上哉
承仁法親王
1599 題不知
深夜の 雲居月や 冴えぬらん 霜に渡せる 鵲橋
順德院御歌
1600 【○承前。無題。】
烏玉の 夜半枕に 置霜の 重なる儘に 身こそ古りぬれ
右兵衛督 藤原基氏【基家男】
1601 廿首歌に、月を
露置かぬ 袖には月の 影も無し 淚や秋の 色を知るらむ
中務卿 宗尊親王
1602 弘長元年百首歌に
曇れとは 思はぬ物を 秋夜の 月に淚の 何ど零るらむ
藤原信實朝臣
1603 百首御歌中に
霧晴れば 明日も來て見ん 鶉鳴く 石田小野は 紅葉しぬらん
順德院御歌
1604 秋歌之中に
夏日は 蔭に涼みし 片岡の 柞は秋ぞ 色付きにける
能因法師
1605 老後に落葉を見て
擬へても 見れば淚ぞ 降增さる 殘少なき 庭紅葉
入道前太政大臣 西園寺實氏
1606 題不知
木葉こそ 風誘へば 脆からめ 何どか淚も 秋は落つらん
藤原能清朝臣
1607 【○承前。無題。】
暮れて行く 秋を惜しまぬ 空だにも 袖より外に 猶時雨也
源親行【光行男】
1608 備中國湯川と云ふ山寺にて
山田守る 案山子之身こそ 哀為れ 秋果てぬれば 問人も無し
僧都玄賓
1609 長月晦頃、甚哀に打時雨ける氣色を眺めて
袖濡れし 時をだにこそ 歎きしか 身さへ時雨の 古りも行く哉
右近大將藤原道綱母
1610 神無月頃、山科山庄に侍けるに、時雨し侍ける日、女房許に申送侍し
時雨のみ 音羽里は 近けれど 都人の 言傳ても無し
前左大臣 洞院實雄
1611 返し
問はずとも 音羽里の 初時雨 心色は 紅葉にも見よ
太上天皇 後嵯峨院
1612 題不知
山川の 冰や薄く 結ぶらん 下に木葉ぞ 見えて流るる
平泰時朝臣
1613 【○承前。無題。】
真木屋に 木葉時雨と 降果てて 袖に留るは 淚也けり
法印覺寬
1614 【○承前。無題。】
木葉のみ 空に知られぬ 時雨かと 思へば復も 降る淚哉
源具氏朝臣
1615 山路時雨を
此處にても 袖濡らせとや 世憂目 見えぬ山路の 猶時雨るらん
中務卿 宗尊親王
1616 冬歌とて
神無月 時雨許を 降りぬとも 我身餘所に 何時思ひけむ
衣笠前內大臣 藤原家良
1617 【○承前。詠冬歌。】
神無月 時雨るる雲は 晴にけり 由緣無く降るや 我身成るらん
衣笠前內大臣 藤原家良
1618 三首歌講侍しに、夕時雨を
風騷ぐ 夕空の 叢雲に 思ひも堪へず 降る時雨哉
藤原範忠朝臣
1619 中務卿親王家百首歌に、冬
徒に 淚時雨れて 神無月 我身古りぬる 森柏木
前左兵衛督 飛鳥井教定【雅經男】
1620 【○承前。中務卿親王家百首歌,冬。】
時雨つつ 寂しき宿の 板間より 漏るにも過ぎて 濡るる袖哉
平政村朝臣
1621 題不知
如此許 定無き世に 年經りて 身さへ時雨るる 神無月哉
從二位 藤原家隆
1622 百首御歌中に
如何許 麓里の 時雨るらん 遠山薄く 懸かる叢雲
順德院御歌
1623 建保四年百首に
外山にて 吉野奧を 思哉 深雪降るらし 時雨降る也
僧正行意
1624 題不知
積れ唯 更にも誰か 踏分けん 木葉降りにし 庭初雪
侍從 源具定
1625 冬歌中に
降始めて 幾日とも無き 雪中に 且且人の 訪はぬ宿哉
藤原伊信朝臣
1626 【○承前。冬歌中。】
風速み 天霧る雪の 雲間より 凍れる月の 影ぞ清けき
平親清女
1627 【○承前。冬歌中。】
朝な朝な 餘所にやは見る 真澄鏡 向岡に 積る白雪
正三位 藤原知家
1628 曉雪と云ふ事を
白妙に 雪も我身も 降果てぬ 憐名殘の 有明月
西園寺入道前太政大臣 藤原公經【實宗男。】
1629 冬歌に
富士嶺は 雪中にも 現れて 埋れぬ名に 立煙哉
中宮權大納言今出河院近衛
1630 法印覺寬勸侍ける七十首歌詠侍ける中に
盡きもせず 同憂世を 惜しむとや 我身に積る 年は見るらん
皇太后宮大夫藤原俊成女
1631 歲暮之心を
老いぬれば 早くも年の 暮るる哉 昔も同じ 月日為れども
信生法師 鹽古朝業
1632 【○承前。歲暮之趣。】
徒に 月日は雪と 積りつつ 我身古りぬる 歲暮哉
大納言 源通具
1633 【○承前。歲暮之趣。】
年と言ひて 今年さへ復 暮にけり 憐多くの 老數哉
藤原信實朝臣